第七話 選択 午後からの面会開始時間ちょうどに、俺は遥の病室を訪れた。 「やっほー翔真! いらっしゃーい!」 部屋に入るなり、遥はニコニコ笑顔で手を振ってきた。 薄ピンク色の病衣にずんと気持ちが重くなったけれど、昨日と比べてずいぶん顔色がよくなっていたことにひとまず胸をなで下ろす。 「どうだ? 体調は」 「どうって、見てのとおり超元気!」 「どこが超元気なんだよ。 入院してるヤツの言うセリフじゃねぇって」 確かに顔色だけはいいが、その声を聴けばそんなものは安心材料でも何でもないことがわかる。 明らかに声が出ていない。 少ししゃべるたびに、遥は何度も咳払いを入れていた。 俺がお母さんから病状や手術のことを聞いているとわかっているのだろう。 入院患者なんだから本当はあんまりしゃべっていちゃいけないんだろうけど、遥はやれ夏休みの宿題が多いだの、つい最近見た映画がつまらなかっただのと、ほとんどひとりでべらべらと話し続けていた。 その話題の中に音楽に関するものは一切なくて、俺に気を遣っているつもりなのかもしれないが、もしそうならとんだ間違いだ。 避けられれば避けられるほど、気持ちはそちらを向いてしまうのだから。 「んー! おいしー!」 母さんがお見舞いにと言って持たせてくれた桃を心底おいしそうに頬張るも、飲み込みにくいのか、のどを上下させるたびに顔をゆがませている。 やはり症状は悪化の一途をたどっているようだ。 「いつまで入院すんの」 遥の話が途切れたタイミングで、俺は一つ問いかけた。 「とりあえず三日間だって」 ふぅん、と相づちを打つも、その先の言葉が出てこない。 帰宅したのは日付を跨ぐ直前だった。 いろんなことが頭の中でこんがらがって、結局明け方まで寝つくことができず、昼前まで浅い眠りと中途覚醒を何度も繰り返していた。 あきらめてしまうことで、これまでの人生を無にしてしまうほどの大きな夢。 夢を追い続けることで、永遠に失われてしまう命。 もしも俺が遥なら、と彼女の立場に立って考えてみた。 けれど、それだと迷いを払拭することができなかった。 だから俺は俺の立場で、俺の想いを基準にこの問いの答えを導いてみる。 すると、驚くほど簡単にその答えは見つかった。 「手術を受けろ」 一晩寝ずに考えて、ようやく出した答え。 もったいぶらず、俺は真正面から自分の想いを遥にぶつけた。 遥は目を見開いているけれど、そんなことは知ったこっちゃない。 「手術を受けてくれ」 もう一度、真剣な眼差しを遥に向ける。 ……けれど。 「イヤ」 俺から目を逸らし、遥は低い声で拒絶した。 「頼む」 「イヤ」 「遥!」 「イヤ! 絶対にイヤ!! 」 大きくかぶりを振り、遥はぽろぽろと涙をこぼし始める。 「歌をうたえない人生なんて死んでるのと同じだもん! 誰がなんて言おうと、あたしは絶対歌手になる! パパと約束したんだから! パパとの約束が守れない人生なんていらない! 歌を諦めるくらいなら、こんな命捨ててやるッ!! 」 「バカ言ってんじゃねぇ!! 」 叫びながら勢いよく立ち上がる。 ガタン、と椅子が倒れる音がした。 「……困るんだよ」 ぎゅっと拳を握りしめ、ありったけの想いを言葉に乗せる。 「お前に死なれると、俺が困るんだよ」 遥は目を見開いた。 交わる視線を逸らすことなく、俺は言葉を紡ぎ続ける。 「はじめてあの河原でお前の歌を聴いた時、全身が震えたんだ。 ずっとあの歌声に浸っていたいって、兄貴以外にもそんな風に思わせてくれる歌い手に出逢えるなんて、まさに運命だと思った。 お前が練習に誘ってくれたときは驚いたけど、本当はすごくうれしかったんだ。 うたうことってこんなにも楽しいことだったんだって、ずっと忘れていたそんな気持ちをもう一度味わわせくれたことも、めちゃくちゃ感謝してる」 ありがとう、と笑いかけてみたけれど、遥はやっぱり驚いた顔を向けてくる。 「確かに、きっかけは歌だった。 俺はお前の歌声に惚れた。 でも、今は違う。 この一ヶ月、お前と一緒に過ごしてきて気づいたんだ」 ふっと表情を緩め、俺はまっすぐ遥の目を見つめて言った。 「お前のことが好きだ」 確かな想いを、揺らぐことのない言葉に乗せて。 「お前の歌も、声も、笑顔も……全部ひっくるめて、俺はお前のことが好きなんだ。 だから……」 声が、震えた。 「死ぬな」 そう。 これが、俺のたどり着いた答え。 「死ぬなよ、遥」 言葉にすると、涙が頬を伝った。 遥に死んでほしくない。 死なれたら困る人。 そばにいてくれなきゃならない人。 そうだと気づいた時、どうしようもなく愛おしくなって。 伝えたいことが、湯水のようにあふれ出した。 「あの河原で出逢った次の日、わざわざ西高まで会いに来てくれたこと、マジでうれしかった。 それから毎日のように、あの河原でお前の歌を聴かせてもらってさ。 全然飽きねぇんだよな、お前の歌って。 一日中聴いてても絶対に飽きない自信があるよ。 そうそう、一晃を観客にふたりで即興ライブもやったよな。 あれ、すっげー楽しかった。 この間なんて、俺んちのオーディオルームで一緒に昼寝したよな。 二時間もだぜ? バカだよなぁ、せっかくの練習時間だったのに」 あっという間に過ぎた一ヶ月。 振り返れば、楽しい思い出しか蘇ってこない。 「俺、お前と一緒にいる時間がすごく楽しいんだ。 だからこれからはもっといろんなところへ行こう。 そんで、お前のことをもっと教えてくれ。 春には一緒に桜を見て、夏は海に行って、秋はうまいもんをいっぱい食って、冬になったらでっけぇ雪だるまを作ってさぁ……」 いろんなものを垂れ流して、俺は思いの丈を遥にぶつけた。 「なぁ遥。 俺、お前にはまだまだしてやりたいことが山ほどあんだよ。 俺を音楽の世界に引き戻してくれたことの礼もできてない。 これからいろんなことをふたりで共有して、お前のことをもっともっと好きになりたいんだ。 それなのに……お別れなんてあんまりだろ……!」 止まらない涙をどうにか拭おうとしたけれど、やっぱり無様に流れ続ける。 窓のほうに目を向けて、はぁ、と大きく息をつく。 すると、遥が掛け布団をはね 除 ( の )けた。 「翔真」 すくっと床に足をついて立った遥がゆっくりと俺に近づいてくる。 「…………!? 」 遥の唇が、俺の唇に重なった。 ほのかに甘い香りがする。 はじめてのキスは、さっきまで食べていた桃の味。 「ありがと、翔真」 二つの唇がスッと離れる。 突然の出来事に口もとを押さえて目を見開いていると、遥はいつものようにあどけなく笑ってそう言った。 「あたしも翔真のことが好きだよ。 翔真の気持ち、すごくうれしい」 ひんやりと冷たい遥の手が、 火照 ( ほて )った俺の両手を包む。 「でも、ごめんね」 うつむき加減で小さく首を横に振ってから、遥は改めて俺を見た。 「あたし、やっぱり歌手になる夢を諦めることはできない」 揺らぐことのない意思は、俺の心に容赦なく突き刺さって。 真剣な瞳が、変わらない想いを強調する。 「手術は受けない。 歌をうたえない人生は、あたしの人生じゃないから」 そう言い切った遥の顔からは、もはや清々しささえ感じられた。 たぶん、どんな言葉も今の遥には届かない。 それでも、言わずにはいられなかった。 「……死ぬんだぞ、手術を受けなかったら」 「うん、わかってる」 「もう二度と会えなくなるんだぞ、俺たち」 「そうだね」 「いいのかよ」 「イヤだよ」 「だったら!」 「あたしだって!」 俺の声を遮るように、遥は力強く言葉を紡ぐ。 「あたしだって、まだまだこれからも生きていきたいよ。 翔真と一緒にいろんなところに行って、おいしいもの食べて、ふたりで歌をうたってさ。 ずーっとずーっと、翔真と一緒にいたい」 「遥……」 「でもね」 綺麗な涙をにじませながらも、遥はぐっと顔を上げた。 「それでも、あたしはこの夢を諦めたくない。 生きているうちは、迷わずにずっと追い続けていたいの。 たとえこの命が消えてなくなっちゃったとしても、最後まで信じていたいんだ……パパと一緒に見た夢は、いつか絶対に叶うんだって」 ごめんね、ともう一度言おうとした遥の声は、かすれて音にならなかった。 上げた顔がどんどん下がっていって、俺はぎゅっとその体を抱き寄せる。 「……痛いよ、翔真」 「うるせぇ。 黙ってろ」 「あ、もしかしてまた泣いてる?」 「黙ってろって」 どんなにまっとうな言葉をかけようとも、遥の気持ちは変わらない。 だとしたら、俺にできることは何だろう。 夢が叶っても叶わなくても、近い将来、遥は死ぬ。 具体的に何ができるかすぐには思いつかないけれど、遥の意思が変わらない限り、一分一秒も無駄にできない。 ならばせめて、彼女の選んだ生き様を、最後の最後までこの目にしっかりと焼きつけよう。 「がんばろうな、今度のオーディション」 小さな体を抱いたまま、俺の右手は彼女の頭へと伸びる。 さらっとした髪をなでると、遥は俺の胸に顔を 埋 ( うず )めた。 今の俺にできるのは、背中を押してやることくらいかもしれない。 それでも、遥のためになるのなら。 前を向いていられるのなら。 俺の気持ちは、胸の中にしまっておこう。 「うん、がんばろう」 「……がんばる、じゃなくて?」 「がんばろう、でしょ」 「なんでだよ」 「なんでも」 俺が眉をひそめると、遥はくすくすと小さく笑って顔を上げた。 「絶対観に来てね、今度のオーディション」 「当たり前だろ。 お前の夢が叶う瞬間に立ち会わないでどうする」 だよね、と胸を張る遥。 がんばれ、ともう一度頭をなでてやると、ふにゃんと力の抜けた可愛らしい笑みを見せてくれた。 あとどれくらい時間が残されているのかわからないけれど。 最後まで全力で走りきろうとしている彼女の姿を、俺も全力で応援しようと心に誓った。
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次の山岸家母親襲来事件がなんとか丸く収まってから、全国に向けてさらに一丸となって練習を重ねた。 短い期間だったけど、かなり質の高い練習ができたんじゃないだろうか。 これもあの事件のおかげかもしれないな、とも思う。 大会前最後の練習が終わり、掃除も終了し、後は帰るだけ。 部室もいつも通りにきれいに片付けて、鍵をかけて。 呆れるほどいつも通りの流れで解散したが、どうやらいつも通りじゃない奴らがいるようだ。 二、三年は慣れたもんだが、一年はまだなんだかそわそわしていて落ち着きがない。 まったく、本番は明日からだろうに、今からそんなんじゃ疲れちまうぞ。 特に及川と岩泉。 二年が笑いながら肩をたたいたり頭を撫でたりしていく。 大丈夫、皆がいる、ちゃんと寝ろよ、遅れんなよ、そんな一言と共に。 去年同じようにしてもらったことを覚えているんだろう。 声をかけあうこと、相手を思いやること、支えあうこと。 俺たちが受け継いできたものを、しっかりと次に渡してくれている。 「嬉しそうだな、澤村」 林が声をかけてくる。 「嬉しいからな。 お前もだろ、にやついてるぞ」 「・・・・・・」 口元をおさえて顔をそむける。 照れなくてもいいのに。 「これからの北一もきっと大丈夫だ、って思えた。 安心して全力で戦える」 「山岸、も、戻ったし」 「そうだな。 きついだろうと思ったけど、乗り越えてくれたし。 頼もしさも増したしな」 聡志も話に入ってくる。 珍しく自分から話を振ってきたのは、聡志も山岸を心配していたからなんだろう。 山岸をレギュラーから外すのは監督ともコーチともかなり悩んでの結論だった。 もう部活に来なくなってしまうかもしれないという思いももちろんあって。 でも俺たちが引退した後に部を任せるのは山岸だって思ってたから、あいつのバレーへの思いを信じて外すことを決めた。 戻ってきてくれて、本当によかった。 及川と岩泉たち一年と他の二年と一緒になってわいわいと楽しそうに話している山岸を見て、心からそう思う。 「さーて、俺らも行くぞ!」 「「「うぇーい!」」」 三年皆で一、二年の輪に突撃だ! 翌日、学校に集合した俺たちは、バレー部専用のバスで全国大会の開催地、東京に向かった。 見送りに来てくれた生徒たちに手を振られ、声援を受けながら出発する。 彼らの多くは、試合当日に応援に来てくれるらしい。 学校側がまとめて連れてきてくれるとのこと。 生徒だけでなくバレー部の家族も来るので、毎年のことながら、大応援団の出来上がりだ。 応援の練習も毎年欠かさずにしているので、北一の乱れのない応援は全国でも有名である。 「澤村、起きろー」 「ん・・・」 肩を揺さぶられてゆっくりと目を開けると、苦笑した林の顔が。 「・・・あれ、俺寝てたんか・・・?」 「すげーぐっすりな。 いつもお疲れ、キャプテン」 「おー、・・・って、着いたのか」 バスがゆっくりと動いていたので外を見ると、見慣れた光景が広がっていた。 うちの学校が大会だったり合宿だったり遠征だったりでしょっちゅう利用させてもらっている旅館の入り口だ。 お出迎えの人たちが笑顔で待っていてくれている。 「よーし、着いたぞー。 寝てる奴いたら起こせよ」 監督の声が聞こえた。 どうやら俺以外にも眠っていたやつらがいたらしい。 まあ長旅だしな。 バスが止まって、ドアが開く。 降りた俺は一つ伸びをして、思いっきり深呼吸をする。 この旅館は緑が多いからか、空気が美味しく感じるんだよなぁ。 他の連中も同じようで、肩を回したり伸びをしたりしている。 それから各自、荷物を持って整列する。 「それでは、今日からお世話になります。 よろしくお願いします!」 「「「「お願いします!!!」」」」 お出迎えの人たちに向かって頭をさげる。 俺の言葉に続いて、チーム全員で。 大会は今日の午後の開会式から始まり、三日後には準決勝と決勝だ。 もちろん最終日までお世話になる予定だ。 旅館の人たちも笑顔で迎えてくれる。 旅館に入ると支配人さんまで出てきてくれて、歓迎してくれた。 「応援しているから、頑張って」との言葉に、「はい!」と全力で返事をする。 支配人さんも昔バレーをやっていたらしく、いつもニコニコと応援してくれる。 ルールも変わってきたよねぇ、なんて時々昔のことについても教えてくれる、優しい人だ。 ほかのスタッフさんたちとも顔見知りだったりするので、この旅館は居心地がいいのだ。 なんというか、家にいるみたいな感覚でくつろげるというか。 部屋に案内されて、荷物を置いてから俺と林は監督たちの部屋に。 一応今日のこれからの予定の確認だ。 「荷物片付けたら、会場に向かう。 バスは来ているから、準備できたら乗り込むように。 それから今日は開会式だけだけど、俺たちは前回優勝校だから取材もあるかもしれない。 後で全員に伝えるが、お前たちは先にな。 何聞かれてもいいように頭ん中整理しとけよ」 「・・・面倒ですね」 「林、それは言わない。 分かりました、考えておきます」 失礼します、と部屋を出て、ため息を一つ。 「インタビューは澤村に任せるからよろしく」 「なんでだよ」 俺だって得意じゃないわあんなの。 でも澤村の方が向いてるって!と言い張る林は置いといて、自分たちの部屋に向かう。 荷物は片付け終わっていたので、促して駐車場へ。 会場に向かう途中で、監督から同じような説明があった。 インタビューかぁ、まあこれも主将の仕事だしな。 今日は試合がないせいか観客は少ない、と思いきや、けっこうな人が観客席にいたので驚いた。 俺たちが入っていくとざわついたが、まあいつのもことなので気にしない。 でもいつもより騒がしい・・・? 時間通りに開会式は終了し、なじみの選手たちと話をしたりしていると、やはりというか監督に呼ばれた。 林と聡志も呼ばれ、三人でインタビューを受ける。 「では澤村君、最後に意気込みを一言お願いします」 「はい。 俺たちはチーム一丸となって全力で勝ちに行きます。 そして、バレーのすごさや楽しさを、たくさんの人たちに知ってもらえるように頑張ります!応援、よろしくお願いします!」 「昨年優勝の北川第一中学校の三人でしたー。 ありがとうございました!」 「「「ありがとうございました!」」」 インタビューが終わってテレビ局の人たちと挨拶していると、今回は結構な注目がされていることが分かった。 理由を聞こうと思ったが戻る時間だということだったので、まあいいか、とそのまま別れることに。 後々その理由は判明するのだけど、この時点ではちょっと疑問に思う程度だった。 旅館に戻ると受付のお姉さんがお帰りなさい、とにっこり迎えてくれる。 戻りました、と声を返して部屋に向かおうとしたが、視界の端に一人でロビーのソファに座っている男の子が見えた。 後姿しか見えなかったが、周りに親らしい人はいない。 待ち合わせでもしているんだろうか、と少し気になったもののこの後にミーティングが控えていたので、気にはしながらも部屋に向かうことにした。 ミーティングを終えた後、夕飯までまだ時間があることを確認して部屋を出た。 なんとなくロビーに向かう。 もうだれかと合流して帰っていればそれでよし、もしまだいるなら・・・と考えながらきょろきょろすると、やはり同じ場所にその男の子の後ろ姿があった。 ちょうど通りかかった顔見知りの仲居さんたちに聞いてみると、母親がここに勤めているのだそうだ。 男の子はここの近くの小学校に通っていて、一緒に帰るために待っているのだが、今日に限ってなかなか仕事が終わらないらしい。 と、そんな話をしているとちょうど母親らしき女性が走ってきて男の子に声をかけている。 どうやらまだ仕事が終わらないようで、なんとか合間を抜けてきたようだ。 一人で帰るように言っているが、男の子は一緒に帰るから待ってると言い張っている。 でも一人で放っておくのは、と母親の方は渋っている。 思わず隣の仲居さんと目を合わせて、うーん、と考えてしまう。 「相手してあげたいんだけど、私たちも手が空かなくて」 心配そうに親子を見る仲居さんたちは自分が相手できたらいいんだけど…とため息をつく。 「なら、俺が相手してますよ。 夕飯までまだ時間ありますし、一人にしておくのも心配でしょうし」 「あら、澤村君なら安心だけれど、いいの?」 「はい。 俺もちょっと気になってたんで。 じゃあ行ってきますね。 お仕事頑張ってください」 そう言って親子の方に向かって歩く。 後ろで「はぁ、やっぱりいい子ね」「あんな息子が欲しいわぁ」「うちの子も、澤村君みたいになってほしい」などと会話が交わされていたのだが、残念ながら(?)俺には聞こえてこなかった。 まだ話が平行線の二人に近づいて声をかける。 「あの、よかったら俺が一緒にいましょうか?」 驚いて振り返った二人の顔を見て、俺も驚いた。 正確には、男の子の顔を見て、だったけど。 「いきなりすみません、ちょっと話が聞こえてきたので。 俺はここに宿泊している、北川第一中学の澤村といいます。 えっと、お子さんが一人でいるのが心配ってことなら、俺が一緒にいますよ」 「北川第一の!っっ、コホン。 申し訳ありません、お客様の前で。 私は赤葦と申します。 でも、」 「・・・大丈夫ですよ、時間ならありますし。 その子がよければ、ですけど」 「・・・京治、もう少し待っていてくれる?お兄さんが一緒にいてくれるって」 母親の問いかけに男の子はじっとこっちを見た後、こくん、と頷いた。 「澤村さん、お願いしてもよろしいでしょうか。 すぐに!できる限り速く!終わらせてきますので!」 「任されました。 無理はしないでくださいね」 「ありがとうございます。 じゃあ京治、待っててね」 俺に頭を下げ、走ってはいないが最速の速さで歩いて行った彼女を見送りながら、旅館のスタッフスゲー、と思った。 それにしても、赤葦って言ってたし、京治って呼んでたよな。 てことはやっぱりそういうことなんだろう。 まだ座ったままこちらを見上げている男の子の隣に座り、目線を合わせてから話しかける。 「はじめまして、おれは澤村大地。 赤葦君、でいいかな?」 またこくん、と頷く。 しゃべらないのは緊張しているのか人見知りなのか。 高校生の時よりはまだ目が大きいな、でも無表情・・・。 そういや誰かが無気力とか言ってたっけ。 赤葦君と言えば影山も尊敬していたし、あの木兎を制御できるしっかり者であったはず。 「一人でお母さん待っててあげるなんて、えらいな」 そう言って頭を撫でる。 身長は小学生なのでまだ高くない。 ちょうどいい高さに頭があるもんだから、ついいつも後輩にしているようにやってしまった。 驚いたように固まってしまったが、拒否されないのでいいかと思ってそのまま撫でる。 「う、え、と、あの、お兄さん、は」 ・・・・・・。 わしわしわし!! 「!?」 赤葦君のお兄さん呼びって珍しい体験をしてしまった!いや、なんつーか、こそばゆい! 「澤村でいいから。 もしくは大地でも」 「・・・じゃあ、大地お兄さん」 「・・・・・・」 うん、もうそれでいいよ。 この日、俺、澤村大地には、弟ができました。 後輩可愛いわー、弧爪君も可愛かったわそういや。 黒尾は・・・うん、慕われてるのは嬉しかったけど、まあ可愛くはないよな、あれは。 Side 赤葦 学校が終わって、お母さんのいる旅館に向かう。 受付の女の人は知り合いで、声をかけたらソファで待っててね、といってくれた。 言われたとおり、そしていつも通りに待っていると、女の人がきて、「ごめんね、今日まだ終わらないみたいで、もう少し時間かかりそうなの。 先に帰っててって言ってたけど、」と言うから、待ってます、と答えた。 そんなに時間はかからないだろうと思っていたけど、思ったより大変みたいで、なかなかお母さんはきてくれなかった。 けっこう時間がたって、やっと来てくれたと思ったらまだ終わってないんだって。 先帰るようにまた言われたけど、家に帰ったってお父さん帰ってくるまで一人だし、それに今日は遅いって言ってた。 一人で家にいるよりここの方が明るいし、人の声がしていい、と言っても、お母さんはうーん、と納得してくれない。 二人してどうしよう、と思っていたら、後ろから「あの、よかったら俺が一緒にいましょうか?」と声がした。 振り返ると俺よりおっきいけどまだ大人じゃない、そんな男の人がこっちを見て微笑んでいた。 そこからはお母さんとその人が話していて俺は何も言わずにいたけど、お母さんがもう少し待っていてくれるかと俺に聞いてきたので、頷いた。 もちろんそのつもりだったのもあるけど、この人が一緒にいてくれるらしいと分かったから。 優しそうな笑顔、おだやかな話し方、すこしの会話でもなんとなくもうちょっと一緒にいたいと思ったんだ。 お母さんがすごい勢いで、でもそれを感じさせないような絶妙な速さで戻っていったのを見送って、となりの男の人を見上げる。 と、目が合ったので、内心どうしようかとドキドキしていたら、俺の隣に座って目線を合わせてくれた。 自己紹介してくれたけど、俺は何を言っていいか分からなくて、ただ頷いただけだった。 すこし黙ってしまったので、嫌な気分にさせてしまったかと不安になる。 俺はあまり感情を出すことがうまくない。 それは自分でもわかってるし、こんな態度が相手に嫌な気持ちを持たせてしまうのもわかってる。 学校でもこのせいであんまり仲のいい友達はいない。 「赤葦いつも無表情でつまんない」なんてよく言われて。 でもどうすればいいかなんてわからない。 だって俺は俺で、面白ければ笑うし、つまらなければ笑わないだけで。 馬鹿にしているわけでも、一人が好きなわけでもないけれど。 ただ、なんでもかんでも周りと同じじゃないと駄目、合わせないと駄目とでも言われているような、そんなふうな小学校のクラスが、俺はあんまり好きじゃなかった。 そんなふうに頭の中でぐるぐると考え込んでいると、ポン、と頭に何かが触れた。 なんだろう、と思ってそっちに意識を向けると、「一人でお母さん待っててあげるなんて、えらいな」という言葉と一緒に、撫でられた。 そこで頭の上にあるのが、隣の人の手なんだと分かった。 声があまりにも優しくて、不安でいっぱいだったはずの気持ちが、ポーンと飛んで行ってしまった。 兄がいたらこんな感じなのかな、と一瞬思ったら声に出てしまっていたらしく、お兄さん、と呼んでしまった。 しまった、と思ったけど、黙ってさっきまでより強く、でも痛くないくらいの強さでわしわしわし、とされた。 「澤村でいいから。 もしくは大地でも」と言われてお兄さんと呼ばれるのは嫌なのかな、と思ってちょっと沈んだ。 でも俺がそう呼びたかったから、もう一回言って駄目だったら諦めよう!と決心して「大地お兄さん」と呼んだら、片手で顔を覆ってしまったけれど、嫌がっているわけじゃないみたいだ。 それからは大地お兄さんと呼んでもなんだ?って笑顔で返してくれるから、なんだかうれしくて。 それだけじゃない、俺の話も笑顔で聞いてくれるし、大地お兄さんのこともたくさん話してくれた。 お兄さんは中学3年生で、バレーボール部のキャプテンで、今日は大会のために東京に来ていて。 バレー部の人たちのことを話すお兄さんはすごく楽しそうで、誇らしそうで。 お兄さんはたくさんの人に囲まれているんだろうな、って思うと、少し羨ましくてさびしい気がした。 「あー!澤村がナンパしてるー 笑 」 「なんだナンパって・・・」 後ろから大きな声が聞こえた。 お兄さんの言っていたチームメイトかな、と思って振り返ると、たくさんの男の人たちがいた。 「もう夕飯だっていうのにいないからさ、探したんだぞ」 「悪い悪い。 って、もうそんな時間か」 ああ、これでお兄さんも行ってしまう。 でも仕方ない、ここまで付き合ってくれただけでも感謝しないと。 「うーん、でもまだお母さん戻ってこないしなぁ。 ・・・そうだ、監督、もし許可出たらこの子も一緒に飯食べてもいいっすか」 「え」 「んん?迷子か?」 「いや、母親がまだ仕事終わんなくて、一緒に待ってたんです。 もう少しかかりそうなら一人にするのも心配だし、確認して一緒に食堂行ったらどうかな、と思って」 「まあ、親がいいって言うなら大丈夫だろ」 「じゃあちょっと確認してくるか」 なんだかトントンと話が進んでいく。 お兄さんは行こうか、と言って俺を受付まで連れて行って事情を説明してくれた。 お姉さんが内線で確認を取ってくれたところ、お母さんから申し訳ないけどよろしくお願いします!との返事があったので、改めてみんなで一緒にご飯を食べられることになった。 お兄さんとまだ一緒にいられるんだと思って内心やった!とガッツポーズだ。 他の人たちにも自己紹介をして、ちょっと不安だったけど皆笑いながら受け入れてくれた。 お兄さんの席の隣に座らせてもらうと、周りからいいなーっていう視線を感じた。 やっぱりお兄さんは人気者だ。 「えっと、大地お兄さん」 「どうした?」 「あの、ありがとうございます」 「おう。 みんないいやつらだから、遠慮しなくていいぞ」 「「「・・・・・・・・・」」」 「お前らどうした?」 「あの、キャプテン、今、その子、お兄さん、って」 「ああ。 ふふん、いいだろう。 さっき弟ができた」 嬉しそうに、自慢そうに言うので、俺も嬉しくて、でも少し気恥ずかしくて。 照れて前を見れない、そんな俺の頭をまたわしわしと撫でてくれる。 「「「羨ましいっすーーー!!!」」」 「俺もキャプテンみたいな兄貴が欲しい!」 「でもその子みたいな可愛い弟も欲しい!」 ワイワイと賑やかに騒ぎ始める。 誰も俺の無口さとか無表情さは気にしていないみたいだ。 中学生って、こんなに小学生と違うんだろうか。 思わずじっと見つめてしまうと、お兄さんと目が合った。 「はは、賑やかだろ」 「は、はい。 でも、みんなこんなに受け入れてくれるなんて・・・」 「ああ、まあうちの部に、似ている奴いるから。 おーい、聡志ー」 「なんだ」 おっきい人が来た! 「こいつも寡黙だし無表情なんだよ。 でも、俺たちの頼れるエースで仲間だ」 「なかま・・・」 見上げないと顔が見えない。 それに気が付いたのか、おっきい人はしゃがんでくれた。 「大地、のおかげで、俺は今、すごく、楽しい」 「たのしい・・・」 「ああ。 仲間が、たくさんいる、から。 俺も、話すの苦手、だけど。 それでも、」 「それ、でも・・・?」 「分かってくれて、一緒にいてくれる仲間、は、必ずいる、から」 「!!!」 思っていたことを、見透かされたのかと思った。 そんなわけない、けど、もしかしたらこの人も、俺とおんなじような日々を送っていたのかもしれない。 それで、お兄さんに出会って、仲間がたくさんできて。 今、こんなにやさしく話をしてくれているのかな。 「俺も、みつけられるかな・・・」 「きっと、見つかる。 それに・・・」 「・・・?」 おっきい人が後ろを指さす。 その先にいるのはお兄さんたちで。 「もうここにいるしな!京治君は俺の弟なんだから!」 「キャプテンの弟なら俺らの仲間も同然!よろしくな!」 再びわいわい騒がしくなる。 ああ、お兄さんはあったかくて。 だからかな、その周りの人たちも、こんなにもあったかい。 嬉しくて、幸せで、泣きそうだ。 夕飯はすごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。 お兄さんの隣にいると、たくさんの人が話しかけてくれる。 その中には、最初はあんまり好意的じゃなかった人もいたけど、話をしていたらだんだんと打ち解けることができて、最後はお兄さんがどれだけすごいのか力いっぱい教えてくれた。 「及川、ちょっと大げさ」 「そんなことないです!俺と岩ちゃんにとって、澤村さんはヒーローなんです!」 お兄さんは全く、と言って苦笑していたけど、俺は楽しかった。 知らなかったお兄さんのことをたくさん知れて、及川さんと岩泉さんともたくさん話せて。 この二人は俺の一つ上で、年が近いので話しやすかった。 それでも中学生ってだけでちょっと大人に見えるから不思議だ。 「最初は喧嘩売ってたくせに」 「だって、澤村さんをお兄ちゃんとか、うらやましいじゃん!」 「・・・まあ、否定はしない」 そんな感じで、及川さんも岩泉さんも、もちろん他の人たちも、お兄さんが大好きなんだってわかった。 でも俺は、この二人の幼馴染っていう関係もいいなって思う。 それをそのまま伝えたら、「そうだよね!」「うざいけどな」とそれぞれの反応が。 お兄さんたちはまた始まったーなんて言って笑ってた。 食べ終わって、また少し話をして、そろそろ終わるんじゃない、と言うことでロビーに戻ってきた。 そうしたらちょうどお母さんがきたところで。 「良かった、今ちょうど迎えに行こうと思ってたのよ。 あの、皆さん、本当にありがとうございました」 お母さんが頭を下げたので、俺も一緒にぺこり、と頭を下げた。 「いえ、こっちも楽しかったです。 ・・・それじゃあ、」 「ええ。 さ、京治、帰りましょう。 遅くなってごめんね」 これでもう会えなくなってしまうのか、と思うと、お兄さんの側から離れるのが嫌で、その足にギュッとつかまってしまう。 皆が驚いている。 俺はめったにわがままいわないから、お母さんもこの行動にはびっくりしてる。 「あらあら、よっぽど楽しかったのね」 困ったような声がする。 困らせているのは分かったけど、どうしても離れたくなかった。 すると、お兄さんがしゃがんでまた頭を撫でてくれた。 「ありがとうな、京治君。 でも、今日はもう帰らないと」 「でも・・・」 「うーん、じゃあ、もしよければ、明日でも明後日でもその次の日でも、大会見に来ないか?」 「大会・・・。 バレーの」 「そうそう。 俺たちは優勝するから、最終日でも大丈夫だ」 後ろのみんながさすがキャプテン!と笑っている。 「きっと楽しいぞ。 俺たちが楽しくて好きで仕方ないもの、京治君にも知ってもらいたい」 お母さんの方を見ると、他の人から時間や場所を教えてもらっていた。 「応援してくれたら、俺たちみんなもっと頑張れる。 どうかな」 「・・・うん、応援、いく」 「よし!じゃあ今日は帰って、明日に備えないとだ。 待ってるからな!」 「・・・はい!」 お母さんがほっとしたように、もう一度頭を下げる。 何度も何度も振り返って手を振る。 お兄さんたちも手を振ってくれて、「また明日な!」「かっこいいとこみせるから!」と声をかけてくれた。 駐車場の車に乗って、お母さんに「明日が楽しみね」と言われたから、それに「うん!」と強く返すと、少し驚いたように、でも嬉しそうに笑ってくれた。 その夜、お父さんに今日のことを話すと、お母さんと一緒にすごく喜んでくれて、明日は三人で大会に行こうな、って約束してくれた。 俺が寝た後、二人が「あんなに楽しそうにして・・・」「澤村君たちに感謝しないと、な」「ええ、ほんとうに・・・」などと話していたことは、幸せな夢を見ていた俺には分からなかったけれど。 * * * * * 翌日、大会当日。 俺たちは大会の会場にいた。 地方の大会と同様に、俺たちは昨年の優勝校と言うことで注目を浴びている。 ・・・それにしても、昨日も思ったけど去年よりも人が多い気がする。 大会関係者に注目されるのは慣れているけど、なんか一般の人もたくさんこっちを見ているような・・・。 「なんか、いつもと違くないか?」 「うーん、確かに。 昨日も思ったけど、なんだろ」 他の部員たちもなんとなく感じているのか、いつもより周りを気にしている。 なにかあったのかな、と考えていると、「いたー!」と声がした。 「澤村さん!久しぶりデス!」 「お、黒尾。 弧爪君も。 久しぶり、元気そうだな」 「はい、お久しぶりです」 「応援来ました!東京開催でよかったー!」 「澤村さん、誰ですか?」 「ああ、こいつが前話してた黒尾、と、弧爪君」 「あー!よく電話してくるやつ!」 及川が勢いよく叫んだ。 部員たちもああ、例の、と納得顔だ。 「・・・お前が及川、か。 いつもいつも澤村さんとの会話を邪魔してくれやがって」 「澤村さんは俺たちのキャプテンなんですー!どこの誰だか分かんないようなトサカの人には渡せないんですー!」 「んだとこらぁ!この髪形の良さが分からないとは、田舎者はこれだから!」 「・・・弧爪、だったか。 なんか、いつも悪いな、及川が」 「イエ、クロもすいません」 「苦労してるんだな、なんかあったら相談のるぞ」 「!・・・ありがとうございます。 よろしくお願いします」 「「って、おいそこぉ!」」 なに連絡先交換してんのさ岩ちゃん!研磨、お前ってやつは! 「・・・・・・仲いいな、初対面のはずなんだが」 「及川がガキに見える」 「ガキだろ。 お気に入りの人を渡したくない、俺の方が仲がいいんだーってやつだ」 「ああ、そんな感じだな」 「はぁ。 おい、お前たち、いつまでも騒いでいたら迷惑だろ」 「「スミマセン!」」 こいつらはまったく。 でも、こんなところでこいつらが知り合いになるっていうのも面白いな。 前の時は大学生になるまで面識なかったし。 「それにしても、やっぱり観客たくさんですね。 北一も注目されてるし」 「そりゃあそうでしょ。 こっちの人たち澤村さんたち見る機会なんて全然ないんだから」 ん? 「黒尾、弧爪君。 今のって」 「え?」 「俺たちを見る機会が~って」 「ああ、多分ここにきている観客皆北一見に来てるんだと思いますよ。 めったに見れないからこの機会にって」 「いや、なんで俺たち?」 「・・・クロ、澤村さんたち、知らないのかも」 「ええ!?まさか!」 「えっと、なんのことだか・・・」 「・・・・・・ほら」 「まじっすかー」 それから二人に教えてもらったところによると、俺たちが修学旅行の際にバレーの親善試合を見に行った時の中継で、俺たちのことが話題になった。 全日本のメンバーやイタリア代表にまで面識があり、なおかつ中継の際ちょくちょく映っていて、それがまた仲がいいだの真剣さがかっこいいだのと視聴者の好感度急上昇。 学校も特定されたが、中学生のためあまり騒げないし、迷惑をかけたくない。 彼らのバレーを見たいけれど、中学生のバレーの大会の映像はそんなに残っていない。 じゃあどうすれば彼らに会えるのか。 中学バレーのこれからの予定を調べたら今年は東京で全国大会が開催されるという。 昨年優勝校ならばきっとそこまで上がってくるはず。 ならばその時がチャンス! 「ってわけで、こんなに観客が」 「「「「「・・・・・・・・・」」」」」 正直なんて言っていいか分からない。 でも、確かにあの後から大会に人が増えていたような気はしていた。 でも、県大会も東北大会も会うメンツは同じようなもんだったし、近隣県には遠征だったり合宿だったりで行くことは多いから、もともとの知り合いが多い。 バレー好きは前からよく大会に来てくれていたわけだし。 「そっか、あれって全国中継だったもんな」 「地元じゃよくテレビで特集されたりしてたからみんな俺たちのこと知ってたけど、こっちの人たちは中学バレーのことなんて分かんなかっただろうし」 「俺たちも見てましたよ。 キャプテンたちが映るのが気になった」 「うんうん、楽しそうだったし。 全日本生で見られるなんていいなーって」 思ってもみなかった現象が起こっていたが、なんにせよやることは変わらない。 俺たちは俺たちのバレーをするだけだ。 頑張ってくださいねー!と手をぶんぶん振る黒尾と控えめに振ってくれる弧爪君と別れて会場内に。 相も変わらず俺たちが来ると人が左右に割れるのはなんなんだろう。 今日の試合は4チームごとに総当たりでのグループ戦、上位チームが決勝トーナメントに進める。 午前中に1試合で午後に2試合がある。 まあ当然というか順当にと言うか、俺たちは午前中の試合にストレートで勝利し、昼食を終えたところだ。 午後の試合相手のデータを見返しながらそれぞれにくつろいでいると、黒尾と弧爪君がきてまた賑やかになった。 おめでとうございます、すごかったです!なんて言われれば、皆のテンションもさらに上がっていくってもんで。 この二人はすっかり顔なじみになったなぁ、としみじみと思う。 「・・・大地お兄さん」 後ろからかけられた声に振り返ると、昨日弟になった赤葦、もとい京治君がこっちを見ていた。 「おお、来てくれたんだな」 「はい、さっき、お母さんとお父さんと一緒に」 ご両親は監督と挨拶をしているそうだ。 「そっか、もう1試合は終わったんだけど、これからあと2試合あるから。 応援よろしくな」 「はい!」 笑顔で気合を入れた声で答えてくれる京治君にほっこりとする。 ほかのメンバーもよろしくなー、と声をかけている。 「お兄さん・・・?」 あ、これはなんかめんどうな予感が。 「澤村さん、兄弟いたっけ・・・」 「いなかったと思うけど。 ・・・クロ、顔がめんどくさい」 「めんどくさい顔ってどんなよ!?じゃなくて、だってお兄さんって!!」 「あー、昨日色々あって、弟っていうか、弟分、みたいな感じか?」 「なにそれうらやましい!!」 遠くで「お前の昨日の反応と同じだな 笑 」「うっさいよ岩ちゃん!」と及川がからかわれているのが聞こえた。 俺も同じこと考えたとは言わないでおこう。 「弟、いいな・・・」 「弧爪君なら弟でもいいかも」 「!!」 「研磨だけずるい!澤村さん、俺も!」 「黒尾は弟ってよりは近所の手のかかる悪ガキって感じだなぁ」 ガーン、と効果音が出そうな勢いでがっくりした黒尾を見ていると、ちょっとかわいそうだったかな、とも思うけど。 「まあ、手のかかるやつ程かわいいともいうし」 「!!」 ガバ!っと頭を上げてこっちを見てくるので、余計なこと言ったかも、と照れ隠しに黒尾の頭をちょっと強めにわしわししておく。 「・・・おれ、弧爪研磨。 弟同士、よろしく」 「え?えっと、赤葦、京治、です」 「赤葦、いくつ?・・・おんなじじゃん、敬語いらない」 「・・・わかった。 よろしく、弧爪」 横で同い年の二人が仲良くなっていた。 うーん、続々と知り合いになっていくなあ。 それからご両親とも改めて挨拶したり、他の学校の顔見知りの生徒に声をかけられて話したり。 午後の試合が始まるまで、賑やかに過ごすことになった。 そろそろ時間になるので応援席に行くという赤葦家と、気が合ったらしく一緒に応援することになった弧爪君と黒尾と別れ、再度ミーティングを行う。 予選で敗退するわけにはいかないので、改めて気合を入れる。 でも、彼らのおかげでいい感じに皆リラックスできたみたいだ。 表情にも余裕があるように思う。 「次も勝つ!行くぞ!」 「「「「「おう!!!!」」」」」 そしてこの第二試合もストレートで勝利を収め、本日第三戦目。 スターティングメンバーに及川が選ばれた。 相手校からは「一年・・・?」と、声が聞こえてくる。 全国大会というこの大舞台で一年生をレギュラーに入れ、起用するというのはよほどその選手を信頼していないとできないだろう、と、警戒されているのが分かる。 及川も初の出場と言うことで、だいぶ緊張しているみたいだ。 お昼にはリラックスできていたんだけど、時間たっちゃったしな。 「及川、」 「っっはい!!!」 声をかけただけなのに思いっきり驚かれた。 こいつでも初めての試合デビューの時には緊張したんだなあ、となんだかほほえましい。 高校で初めて会った時は、自信満々な感じだったのに。 「緊張するな、とは言わないけど。 まあ、この試合はお前が司令塔だから、思うようにやってみな。 だいじょーぶ、及川ならできるさ」 「・・・はい」 「それに、コートには俺たちもいる。 全員でお前を支えてやるよ」 任せろ、と肩をたたく。 チームメイトもそれぞれに声をかけて肩や背中をたたいていく。 「はい!!」 顔つきが変わった及川を見て、もう大丈夫だな、と思う。 そしてこの試合で、及川は北川第一のセッターとして満点の活躍を見せ、そのルックスも相まってあっという間にその名を知られていくことになる。 ピンチサーバーとして初出場を果たし、その威力で周りを驚かせた岩泉とともに、『北川第一には大型新人が二人いる』と。 Side 弧爪 「いやー、今日も澤村さんかっこよかったー!!」 テンションの高いクロと一緒に家に向かう。 今日の試合の感想を、聞いてもいないのに機嫌よく話している。 まあ気持ちは分かるけど。 俺たちが澤村さんたちの試合を生で見られる機会なんてほとんどない。 だから、この機会を逃してたまるかと主張するクロと予選から観戦に行くのは当然のことだった。 「及川さんと岩泉さんもすごかったよね」 「・・・まあ、そういってやらんでもない」 澤村さんがすごかったのは当然として、最後の試合に出てきた一年二人もすごかった。 いつも電話すると割り込んできたり、澤村さんがよく褒めていたりしたから、クロはライバル意識を持っているみたいだ。 でも、今日初めて会って話してみたら、二人ともいい人だった。 及川さんはちょっとうるさかったけど、岩泉さんはこっちのことも気づかってくれたし。 二人とも澤村さんのことをすごく尊敬していて、そこは俺たちとおんなじだから話を聞いていると楽しい。 一緒にバレーできている彼らのことを、羨ましいとも思うけど。 澤村さんはけっこう鈍感だと思う。 鈍感っていうか、周りの目をあんまり気にしない、っていうのかな。 そういうの、すごいと思う。 俺はじろじろ見られたり、注目されたりするの嫌だし、だからできるだけクロに隠れている。 クロは背も高いし顔つきもあれだから、注目されやすい。 そのおかげで俺は隠れていられる。 クロもそれは分かっているから、相手を挑発したりして自分に目を向けさせようとする。 でも、それじゃあいけないんじゃないかってことも分かってる。 澤村さんはそんな俺をクロの陰から引っ張り出してくれる人だ。 直接話をしてみたい、あの笑顔を俺にも向けてほしい。 そんなふうに思ってしまうから、隠れてばかりはいられないんだ。 今回も大会の会場で、たくさんの人たちが澤村さんたちに話しかけたそうにしていたが、遠巻きに見ているだけで近づいては行かない。 そんな周りの状況に、全く気が付く様子はない。 クロなんかはそれに気が付きながらも優越感をにじませながら大声で叫びながら近づいたりするから、心臓強いと思う。 でも、澤村さんたちと仲良くなりたいというなら、遠巻きにしていてはダメなんだ。 自分から行動しないと。 そこで及川さんと岩泉さんに初めて出会った。 想像通りの人たちだなあ、と思うと同時に、岩泉さんに気づかってもらったから、いい人だなぁ、と思った。 同い年の赤葦、という子にも出会った。 あんまり表情が豊かじゃない感じで、ちょっと俺と似ているかな、と思った。 でも話を聞いたら、澤村さんの弟分だとか。 クロが騒いでいるけど、同感。 思わずいいなぁ、ってつぶやいたら澤村さんが「弧爪君なら弟でもいいかも」って言ってくれたから、すごい嬉しかった。 それをきっかけに、赤葦とも仲良くなった。 午後の試合も一緒に応援したし、明日もまた一緒に応援しようって約束もした。 「研磨も、新しい友達できてよかったな!」 考えていたことが分かったのかと思うくらいタイミングよくクロが話しかけてきた。 「弟、っていうのは、うらやましいけど!」 「クロは近所の悪ガキだもんね」 「ぐっっ!でも、かわいいって言われたし!」 「まあ、澤村さんはクロのこと気に入ってると思うよ。 じゃなきゃ初めて会って連絡先教えてなんてくれないだろうし、連絡だってくれないでしょ」 実際そうだと思う。 クロと話している時の澤村さんは楽しそうだ。 メールも向こうからしてきてくれたりするし。 始めは何でだろう、って思ってた。 いくら自分のファンだからってここまで親切に、親しくしてくれるものなんだろうか、って。 不思議だな、とも感じたけど、仲良くできるのは嬉しかったからその内気にはしなくなった。 「明日も楽しみだな!」 「・・・そうだね」 明日からはトーナメントだから、一回でも負けたらそこで終わり。 緊張感は増していく。 きっと今日より観客は増えるだろう。 もともとバレーファンには人気だった澤村さんたちだけど、あの全国中継から、彼らのファンは一般層にも一気に増えたらしい。 バレーをよく知らずに見に来る人たちも増えるだろうから、観戦のルールを守らずに選手たちの迷惑になるようなことにならないといいな、と思う。 まあ、澤村さんたちのプレーを見たら、バレー好きになるに決まってるけど。 澤村さんには不思議な魅力があると思う。 周りを巻き込んでいく力だ。 知らないうちに彼に惹かれて、彼につり合うようになりたくて、自分を見てほしくて、認めてほしくて。 自然と自分を高めようと思える。 きっと彼の周りにいる人たちはみんな同じ気持ちになったことがあるんじゃないかな。 俺もそのうちの一人だけど。 彼はいつだって真っすぐにこっちに向かってきてくれるから、それに応えられる自分でありたいと思う。 いつか手の届かないようなところに行ってしまうのかもしれない。 日本だけじゃなく、世界とか。 ありえないことじゃない。 だってすでにイタリアの選手と交流があるって話だし。 それでも、離れたくないと思う。 ファンの中の一人になんてなる気はない。
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