仏教の最終目標とは「 苦しみから解放され、楽しく安らかな世界」にたどり着くことです。 この世界が涅槃の意味するところで、仏教は様々な宗派があったり、見慣れぬ漢字が並んで一見わかりにくそうですが、全てはこの涅槃の世界 涅槃の境地 にたどり着くという教えを説きます。 涅槃の読み方は「ねはん」|ニルヴァーナの音訳 涅槃は「ねはん」と読みます。 涅槃という言葉はインドでお釈迦様が生きていた時代に使われていたサンスクリット語の「ニルヴァーナ」 もしくはパーリ語の「ニッバーナ」 という言葉の音を漢字に直したものです。 難しい漢字を使っていますが、涅槃という漢字自体には意味はありません。 アジアのことを亜細亜と漢字表記するようなものです。 それでは涅槃という仏教の最終目標の意味について、さらに詳しく見ていきましょう。 涅槃の意味とは 涅槃の意味は、先ほど仏教の最終目標であり、「苦しみのない世界」とご紹介しました。 これはわかりやすく表現したもので、本来の涅槃 ニルヴァーナ の意味を仏教文化研究の第一人者の中村元の本では次のように紹介しています。 「動揺をしずめる」「しずかに落ち着かせる」という意味の用例があるが、普通は、「[炎が]消えて滅びたこと」、あるいは「[炎が]消えてなくなった状態」を意味すると考えられている。 中略 ニルヴァーナとは、本来的に灯火の消え失せることであると考えていた。 出典:原始仏教の思想I 中村元選集 中村元 春秋社 涅槃と言う状態は、燃え盛る火が消えた後の、静寂でイメージできるものです。 この燃え盛る火と言うのは、苦しみの元凶である私たちの欲望の炎 と言います のことを意味します。 つまり、仏教ではこの煩悩を消すことで、涅槃という苦しみのない安らかな世界に到達できるのです。 煩悩とは何かについてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃の境地とは 涅槃の境地と言う言葉は、先ほどの涅槃の意味でイメージができたと思いますが、「静寂」「安らか」「楽しい」というとても落ち着いた世界と表現されます。 お釈迦様は、涅槃の状態についてとても分かりやすく、次のような例えをのことしています。 「 涅槃というのは、借金が無くなった状態みたいなものです。 借金があると 借金取りに日々追われて苦しむということもなく、安らかに生活ができる。 だから 涅槃の境地に達した私は 楽しいのです。 」と とても分かりやすい例えですね。 涅槃の境地に達すると、人生の様々な苦しみから解放されるのです。 ちなみに、苦しみ苦しみと続きますが、これはお釈迦様の教えが「人生は苦しみばかり と言います であり、その人生の苦しみから逃れる方法とはなんだ?」というものなので、この後も何度も「苦しみ」という言葉が出てきます。 一切皆苦という言葉についてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃は悟り・解脱などの言葉と同じ意味 涅槃という言葉は、他にも様々な言葉で表現されます。 「悟り」という言葉も、涅槃のことを意味します。 悟りの境地というのは、難しく書くと涅槃の境地と言うことです。 他にも涅槃という言葉は、解脱や滅度、寂滅、円寂、泥洹 ないおん という言葉でも表現されます。 厳密にはサンスクリット語の違う言葉を語源としているのですが、ほとんど同じ意味と考えて大丈夫です。 これは死ぬと感覚も何もなくなり、食べたい、寝たいなどのあらゆる欲望・煩悩から解放されるためで、完全な涅槃の状態「 般涅槃」と表現されるようになるのです。 涅槃に入るという言葉は、生きていながら「涅槃の境地に達する」という場合にも、「 高僧などが 亡くなる」という場合にも使われるようになります。 涅槃という状態は、たくさんの解釈が生まれ、有余涅槃・無余涅槃、その他様々な涅槃の段かいが考えられるようになるのですが、長くなるのでここでは省きます。 ちなみに、生物として死んで完全に欲望から開放される状態はとも表現されます。 様々な表現が出てきて仏教に詳しくないと、しんどくなってきたかもしれません。 ただ、もう一度強調すると、仏教の教えはとてもシンプルで「苦しみから解放される」ことであり、苦しみから解放された境地を涅槃と言うのです。 入滅や般涅槃という言葉についてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃像や涅槃図の意味すること を見たことはありますでしょうか。 日本の仏像ではかなり珍しいのですが、タイのワットポー寺院などで見られる、お釈迦様が横に寝そべっている仏像です。 この涅槃像はお釈迦様が般涅槃、つまりお亡くなりになり完全に欲望・煩悩から解放される際の姿を表現したものです。 日本にも福岡県糟屋郡篠栗町の南蔵院にブロンズ像として世界最大の涅槃像があります。 この涅槃像はお釈迦様が頭を北に向けて、顔を西に向けてされた姿をしていて、足の裏には仏教の世界観を表す装飾や、願いを叶える意味を持つ相があります。 また、涅槃の姿を描いた涅槃図という絵は、涅槃会というお釈迦様が亡くなったとされる2月15日に行われる法要で掲げられ、その絵を前にお釈迦様の教えなどを偲ぶのです。 涅槃像についてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃経|お釈迦様の涅槃に入る際の物語 涅槃経というお経が仏教にはあります。 この涅槃経はお釈迦様が完全なる涅槃に入る、つまり肉体が滅びるまでの旅について書いたお経です。 涅槃経に書かれるお釈迦様の最期の旅について簡単にご紹介しましょう。 今から2500年ほど前のことです、お釈迦様はすでに80歳でした。 35歳で菩提樹の下で、座禅をして涅槃の境地に達してから45年間も様々なところに旅に出てはありがたい教えを伝えていました。 涅槃の境地に達したといっても、人の体を持つお釈迦様ですので、食欲も睡眠欲もありますし、体が衰えていくことは避けられません。 そして、入滅する日が近いことを、一緒に旅に出ていた弟子のアーナンダー 阿難 に伝えます。 ほどなくして、パーヴァーという町で鍛冶工のチュンダという人に施しでいただいたスーカラ・マッダヴァというキノコ料理と言われる料理を食べて食中毒にかかり体調を崩します。 そして、お釈迦様は病の体でさらに歩き、クシナガラ クシナーラー という場所にある沙羅双樹の下の台に体を横たえて、そこに集まったたくさんの弟子に最後の説法をします。 この時お釈迦様は頭を北に向け、西に顔を向けていたのですが、この姿が後に、• 亡くなった人が仏様の世界に行けますようにという意味を込めてにすることに由来 後に日本でもインドでもが悪いとなる• 仏様の世界 涅槃に達した人が向かう世界 は西にあるという西方浄土の由来 後に日本での由来に など、様々なことに影響をします。 そして、最期の説法で、最期の言葉として残したものが、 「 この世のものはすべて変化し続ける。 怠らず精進しなさい」 という言葉でした。 この言葉はこの世のと仏教の教えを凝縮したものと言えます。 お釈迦様の入滅の際の詳しい物語や、北枕やお彼岸についてはこちらで詳しく解説していますのでぜひご覧ください。 涅槃に関する事柄 涅槃に関係するもの事について簡単にご紹介します。 涅槃会という法要 涅槃像の部分で簡単にご紹介しましたが、お釈迦様が入滅された旧暦の2月15日にお釈迦様の教えを偲ぶ会である涅槃会が行われます。 そこでは、法話を聞いてお釈迦様の教えについて学び、場所によっては甘酒を振舞ってくださるところもあります。 涅槃会についてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃を英語で表現するとニルヴァーナ Nirvana 以外にも 涅槃という言葉は、サンスクリット語のニルヴァーナという言葉が言語ですとご紹介しましたが、ニルヴァーナはそのまま英語でも使われるようになりました。 ただ、それ以外にも涅槃 悟り をenlightmentと訳したりすることもあります。 enlightmentとnirvanaの意味は少し違うものであるとも考え議論されてもいます。 涅槃に入るための仏教の教え 涅槃について簡単にご紹介してきましたが、お釈迦様は涅槃の境地に達するためにどうすればよいのかということ教えてくださっています。 それが仏教となるのですが、涅槃に入るための教えには、後の世の解釈が入って複数の考えが生まれます。 それが世界に数ある仏教の宗派として分裂していくわけです。 ここでは簡単にお釈迦様の言葉などを踏まえ一部をご紹介します。 涅槃の境地に達したお釈迦様が最初に語った四諦八正道の教え お釈迦様は35歳で涅槃の境地に達したのですが、達して後、お釈迦様は共に修行をしていた修行者に、この世の真理とこの世の苦しみから逃れる方法を教えました。 このお釈迦様の初めての説法を初転法輪と言います。 そこで伝えたことは様々あるのですが、有名な言葉が「 」という教えです。 とは、• この世は思い通りにならず苦しみばかりの世界 苦諦• 苦しみの原因は欲望 煩悩 である 集諦• 苦しみの原因の煩悩が亡くなれば苦しみなく生きることができる。 つまり涅槃の境地に達する 滅諦• 涅槃の境地に達するための修行をする 道諦 というものです。 そして、その原因を解決する方法として、をお釈迦様は教えるのです。 仏教の教えはとても合理的で、問題を解決するためには、根本的な原因を解決しなければならないという考えに立脚します。 例えると、お酒を飲んで二日酔いになったり、何か問題を起こしてしまったりと大きな問題になることを防ぐための解決策を考えるとします。 お水を多く飲む、お酒を飲む量に限度を設ける、酔いにくいお酒を飲む。。 などたくさんあると思いますが、どれも根本的な解決策ではありません。 当たり前ですが、お酒で問題が起こるのはお酒を飲むということが根本的な原因です。 つまり、お酒の問題を解決する根本的な解決策はお酒を飲まないということです。 もし飲まないといけない状況に陥るのなら、そもそもお酒を飲む場に行かないなどが根本的な解決策です。 でもお酒が好きなら難しいですよね。 お酒が好きな人は頭ではわかっても、中々お酒を飲むという欲望は捨てられない、仏教も同じようなものかもしれません。 四諦や八正道の教えはとても分かりやすいのですが、その実践は中々難しいものです。 それらについてはこちらで詳しく解説しています。 大乗仏教では六波羅蜜の実践が涅槃に至るに必要 日本は大乗仏教という派に属し、涅槃に至るために八正道の教えも重要視されますが、の実践をより重要視しています。 ちなみにこの六波羅蜜というのは、お仏壇のお供え物と関係していています。 お仏壇で供養しているご先祖様が涅槃という仏様の世界にたどり着くようにという考えからだそうです。 六波羅蜜についてはこちらで詳しく解説しています。 涅槃寂静を含む仏教の重要な教えの三法印 涅槃という言葉は、仏教の教えを3つに凝縮した言葉の三法印で「」という言葉でも利用されます。 仏教の教えはたくさんあるとご説明してきましたが、そのたくさんある教えを3つにまとめると• :この世のすべてのものは永遠ではない• :仏教の最目指すの涅槃の境地のこと という三法印にまとめられるのです。 この三法印はお釈迦様が涅槃に入る際に残した、「 この世のものはすべて変化し続ける。 怠らず精進しなさい」という言葉にも表されています。 諸行無常と諸法無我というこの世の絶対に変えられないルール、真理を知ると、この世の見え方も変わるかもしれません。 三法印についてはこちらで詳しく解説しています。 ちなみに、上記の3つにという言葉を足して四法印とも言うことがあります。 ちなみにという言葉も実は仏教の言葉で、この世の避けられない8つの苦しみを意味する言葉なのです。 また、そもそも真理とは何かについてはこちらで詳しく解説しています。
次の涅槃(ニルヴァーナ)とは? 「 涅槃(ねはん)」とは、 もともとインドの言葉の「 ニルヴァーナ」に そのまま中国語の漢字をあてたもので、 意味から翻訳した言葉では「 滅度(めつど)」ともいわれます。 意味は「 吹き消すこと」です。 ややなど、一切のを吹き消した 最高のの境地のことを 「 涅槃」とか「 ニルヴァーナ」、「 滅度」と言い、 仏教究極の目的です。 ところがこの「 涅槃」には2つあります。 2つの涅槃 「 涅槃」に2つあるというのは、 「 有余涅槃(うよねはん)」と 「 無余涅槃(むよねはん)」の2つです。 「 余」とは、残余のことで、肉体のことです。 は、35歳で仏のさとりを開かれましたが、 そのときは肉体がありますので、食べ物も必要ですし、 病気にもなりますから、肉体の束縛を受けます。 まだ完全とは言えず「 有余涅槃」といいます。 ところが、仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、 80歳でお亡くなりになりますと、肉体はなくなって、 「 無余涅槃」となります。 これが完全な涅槃です。 仏のさとりを開かれた方は、 地球上ではお釈迦さまただお一人ですから、 お釈迦さまがお亡くなりになることを 「 涅槃の雲に隠れられる」ともいわれます。 この「 無余涅槃」のことを「完全な涅槃」ということで、 「 般涅槃(はつねはん)」ともいわれます。 「 般」というのは完全ということです。 「 般涅槃」に大の字をつけて 「 大般涅槃(だいはつねはん)」ともいわれ、 『 大般涅槃経』というお経もあります。 ところが、この完全な涅槃である「 般涅槃」について、 重大な聞き誤りがあります。 聞き誤った完全な涅槃とは? それは、煩悩の火を吹き消して涅槃の境地に達したならば、 を離れるので、涅槃の境地に達した人は、 「 死ねば何もなくなってしまう」というものです。 これは、上座部仏教の目指す最高のさとりの境地です。 今日スリランカや東南アジアに残っている、 も同じです。 この死ねば何もなくなってしまうという聞き誤りを 「 灰身滅智(けしんめっち)」といわれます。 身を灰にし、智が滅しますので、心身共に無になる、というもので、 それで昔西洋人は、テーラワーダ(上座部)仏教から仏教の研究を始めたので、 仏教は虚無主義だという誤解を与えてしまったのです。 このように、上座部仏教では、 布施やを教えないことはありませんが、 は在家の人のするべき程度の低い行だと教え、 の人はなど、自分の修行の完成を優先します。 そして、さとりが完成すれば何もなくなってしまうとすれば、 お釈迦さまの説かれた仏教とは異なる利己的な教え、 自分だけが救われる小さな乗り物ということで、 「 」と言われるのです。 では、真実の涅槃とはどんな境地なのでしょうか? 真実の涅槃とは? 真実の涅槃とはどんな境地かというと、 「 あるが故に生死にとどまらず 慈悲あるが故に涅槃に住せず」 といわれる境地です。 「 あるが故に生死にとどまらず」とは、 がありますから、生死輪廻を 限りなく続けるということは、もはやありません。 しかしだからといって、自分だけ助かれば、 他の人はどんなに苦しんでいてもかまわない ということでは無慈悲です。 慈悲心がありますから、まだ苦しみ迷っている人が大勢いるのに、 自分だけ涅槃でじっとしていることはできません。 「 慈悲あるが故に涅槃に住せず」 何とか助けてやりたいと、 すぐに生死の世界に戻ってきて、 すべての人を助ける救済活動をせずにおれなくなってきます。 これを「 無住処涅槃(むじゅうしょねはん)」と言います。 生死にも涅槃にとどまらず、すべての人が救われるまで、 助けずにおれないのです。 これを「 生死即涅槃(しょうじそくねはん)」ともいわれます。 真実は言葉にかからないから、 言っても分かることではないと思っても、 言わずにおれなくなります。 それが、真実の涅槃であり、 仏のさとりなのです。 どうすれば涅槃が得られるの? では、私たちはどのようにすれば、 真実の涅槃の境地に達することができるのでしょうか? それには、の根本原因を知らなければなりません。 このの根本原因は、ではなく、もっと深いところにあります。 それこそが、私たちの苦悩の根元であり、 それを断ち切れば、輪廻から離れ、涅槃に至ってが消えると 仏教では教えられています。 ではその苦悩の根元とは何か、小冊子とメール講座にまとめましたので 読んでみてください。 メニュー•
次のアメリカのロック・グループ。 ・ロックの代表的存在。 アルバム『ネヴァーマインド』を大ヒットさせて、アメリカのロック界にオルタナティブ・ロックの時代を到来させた。 コバーンはアメリカのハードコア・パンク(パンクとヘビー・メタルの境界上にあるロック)のファンで、ワシントン州オリンピアを拠点にするバンド、メルビンズと交流があり、同じくパンクが好きだったノボゼリックと意気投合し、一緒にバンドを始める。 当初コバーンはドラマーだったが、ボーカリストとギタリストがつぎつぎと入れ替わり、結局コバーンが楽器をギターに替えて歌うようにもなる。 88年にシアトルのインディー・レーベル、サブ・ポップと契約し、デビュー・シングル「ラブ・バズ」を発表。 翌年には600ドルあまりの低予算でつくったアルバム『ブリーチ』を発表する。 このアルバムはカレッジ・ラジオで人気を集め、3万5000枚を売り上げた。 加えて、ソニック・ユースなどのバンドやイギリスの専門紙などからの好意的な発言もあり、メジャー・レーベルが彼らに関心をもち始めた。 この『ネヴァーマインド』が91年に発売されると、やり場のない欲求不満を皮肉を込めて叫ぶように歌ったシングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」が全米チャート第1位の大ヒットとなり、92年初頭にはアルバムもチャートの首位を占める爆発的成功を収めた。 『ネヴァーマインド』は翌年までに300万枚を突破するミリオン・セラーになり、2003年現在までにアメリカだけで1000万枚以上を売っている。 ニルバーナの音楽は「薄汚れた、きたない」を意味する「グランジ」と呼ばれた。 彼らは70年代のパンクのもつ怒りとニヒルなメッセージを、レッド・ツェッペリンやブラック・サバスのようなハード・ロックのサウンドと結びつけたのである。 グランジを育んだシアトルは一躍注目の街となり、サウンドガーデン、マッドハニー、アリス・イン・チェーンズといったグループがつぎつぎと全米で人気を獲得し、それまでのヘビー・メタル・グループを一掃してしまう。 そのうえニルバーナは、彼らの音楽とともにグランジ・ファッションを流行させた。 ズボンにたくしこまず、だらりと着たフランネルのシャツや、虫に食われ穴のあいたようなぼろぼろのセーターなどがその特徴だった。 1966~79年生まれで、親の離婚率が高く、未来に対する展望をもてずに虚無と倦怠と憂鬱を感じているとされた世代)と呼ばれる若者たちの英雄にしたが、コバーンはそういった注目に苦しむことになる。 その結果、コバーンは麻薬への耽溺 たんでき 、慢性的な胃の病気などに苦しみ、麻薬の過剰摂取で病院に担ぎ込まれる事件も数回起こした。 その後、93年にアルバム『イン・ユーテロ』が発表された。 ファンの大きな期待は英米両国で発売週にアルバム・チャートの首位に躍り出るという結果に表れていたが、コバーンはますます精神的に不安定になっていた。 94年のヨーロッパ・ツアーを、途中2月にローマで緊急入院して切り上げたコバーンは、3月に麻薬中毒更正施設に入る。 しかしそこから抜け出し、4月5日にシアトルの自宅において猟銃で自殺した。 遺体が発見されたのは死の3日後のことだった。 コバーンの自殺の波紋は大きく、彼はグランジ世代にとって神格化された存在になった。 同年末に『MTVアンプラグド』、96年にライブ・アルバム『フロム・ザ・マディ・バンクス・オブ・ウィッシュカー』が発表され、いずれも発売週にアルバム・チャートの1位を獲得している。 94年にニルバーナは解散し、その後、グロールはドラムから離れ、フー・ファイターズで歌とギターを担当し成功を収めた。 同年にはニルバーナの未発表曲入りのベスト盤が発売された。
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