2017年8月28日 カテゴリ: 映画化された「武士の家計簿」(磯田道史著)の主人公、猪山直之は借金で逼迫した家計を立て直した"算盤侍"といわれています。 猪山家がつけた家計簿には幕末から明治にかけて、37年間の収支が克明に記録されていました。 年収の2倍の借金で破綻寸前 猪山家は代々加賀百万石の前田家に御算用者(経理)として仕えていましたが、武士身分を保つ為の費用や江戸への単身赴任等の出費がかさみ、年収の2倍の借金と、収入の3分の1は利子に消え(年利18%)、もはや破綻寸前でした。 不退転の覚悟で2つの計画を実行 いよいよ首の回らなくなった直之は家財等の売却と家計簿をつけるという2つのことを不退転の覚悟で借金返済計画として実行しました。 家財を売却し、元金の4割返済 体面を気にする武家であるにも関わらず、家財や商売道具である和算の書籍、加賀藩・溶姫ゆかりの茶器など約1,000万円分(現在価値)も売却し、返済に充てました。 また、大口融資先には「元金の四割を今すぐ返済する代わりに、残りは無利子十年賦にしてほしい」と誠意をもって交渉し、了解を得ることができました。 帳簿づけで家計を"見える化" 家計簿は饅頭一つ買っても漏れなく正確に記帳し、お金の動きを可視化して収支を完璧に把握しました。 これにより武士身分を保つ為に必要不可欠な項目と、食費や衣類費等の削減できる項目に分けてやりくりし、家計の黒字化に成功しました。 その倹約ぶりは、娘の祝の席で、高値だった鯛を買わず絵に描いて代用したという逸話もある程です。 "手に職"で時代・組織を問わず活躍 直之は長男の成之に大変厳しく算盤英才教育を施しました。 成之の出仕が始まるとすぐに頭角を現し、大政奉還後には多くの武士が失業に苦しむ中、大村益次郎にその才能を買われて新政府軍の兵站を差配しました。 その後は海軍省主計大監まで出世して、年収は約3,600万円程(現在価値)あったそうです。
次の近頃では「武士道精神」「侍ジャパン」のように、「武士」や「侍」という言葉が伝統的な日本の精神や理想的な在り方のイメージで使われることが多くなってきています。 日本で長く生活していれば「ウチは元々武士の家系なんです」と誇らしげに話す方にも1度くらいは出会ったことがあるのではないでしょうか? そんな事情もあって、「自分の家は武士の家系だと親戚から聞いたことがある」方もいれば、「ウチの祖先が武士だったらいいな!」と気になっている方もいらっしゃると思います。 というわけで、この記事では自分の先祖が武士なのか調べる方法について解説します。 10個の質問に回答するだけで自分の先祖が武士だった確率がわかるも用意しています!是非挑戦してみて下さい! 1.自分たちの領地を守るために武装した地方豪族 2.朝廷から派遣された国司や下級貴族が土着し武装したもの このように、実に様々な武士が存在していたことになります。 2の場合では源氏や平氏が有名で、その武力をもって貴族社会だった平安時代を終わらせ、武士が実質的に支配する武家政権(鎌倉幕府)を成立させます。 ここから戦国時代を通して、江戸幕末まで700年続く武士の時代が始まったのです。 戦国時代が終わり、徳川幕府による天下泰平の江戸時代になると武士の在り方は大きく変化していきます。 それまでは戦で活躍するのが武士の本分であり、常に戦があれば軍に加わる態勢を整えていましたが、戦が減るとともに各藩の城下町や江戸の市中で暮らす都市生活者へと変わっていく武士も多くいました。 武士が幕府や藩の行政を担う役人となって日々お勤めすることになるのですが、お城番と呼ばれる公務は月に数日しかないということも多く、武士として身分は高かったものの自由に商売ができていた町人よりも質素な生活をする武士も多かったというのが実態でした。 そんな中で「武士は食わねど高楊枝」という言葉が生まれたのでしょうね。 武士と侍の違い 一言に「武士」といっても、「侍」という呼び方もあり、違いはあるのでしょうか。 侍とは、いわゆる武士の中でも上級の武士であると考えていただければ差し支えありません。 武士の中にも身分の違いがあり、時代劇に出てくるイメージの上級武士から、戦がないときは農業をして生計を立てている下級武士(郷士)もいたのです。 現代の一般的な武士のイメージは「侍」の方が近いといえます。 幕末時代に活躍した坂本龍馬が元々土佐藩の下級武士である「郷士(ごうし)」だったことは有名ですから、ご存知の方も多いのではないでしょうか。 実はその坂本龍馬の家系は元々武士の家系ではなく豪商(商人)だったものの、龍馬の先祖である坂本直益が土佐藩から武士の身分(郷士株)を買ったことで、武士の身分を得た経緯があります。 今も昔もお金の力は大きく、藩としても武士の身分を高額で売ることで貴重な財源にしていたようです。 これは江戸時代には武士の身分にそれだけの価値があったということを示すとともに、その時代にもある程度の身分の流動性は存在していたということを意味しています。 武士の権利とは 江戸時代の武士の特権の代表的なものは以下の2つです。 1.苗字帯刀:苗字を公に名乗り、刀を携帯することができる 2.切捨御免:一定の要件のもと、農民・町人を殺害する権利 つまり武士は、今でいう公務員・警察官・軍人・政治家を兼ねたような特権階級だったわけです。 身分制度が廃止された今の時代からは考えられないような話です。 江戸時代の武士の割合 では江戸時代の武士の割合は、人口の中でどの程度だったのでしょうか。 江戸時代の人口は約3,000万人程度といわれています。 そういった意味では、やはり江戸時代の武士は割合が少なく身分も高かったため、特権階級だったと考えてよいでしょう。 自分の家系がもし武士だったら、誇らしくなってくるのも頷けます。 自分の祖先が武士なのか調べる方法 では、あなたのご先祖様が武士かどうか調べる具体的な方法を紹介していきます。 調べる方法にも段階があり、今すぐできる方法から綿密な計画が必要な方法もありますので、可能な範囲でチャレンジしてみて下さい。 先祖の調査は一つの情報だけではなく、数ある情報を総合的に見て考えるのがコツになります。 情報の「点」をつなげて、「線」にしていくイメージで進めてみて下さい。 自分なりの「先祖探しノート」を作って、一つ一つの情報を注意深く眺めてみることも大切です。 名字から調べる方法 まず手軽な調べ方として、誰でも持っている「名字」から考えてみましょう。 先に紹介したとおり、武士は苗字帯刀の権利がありましたから、江戸時代から名字を公の場で名乗ることができました。 一方で庶民が名字を名乗ることができるようになったのは、明治に入ってからのことでした。 名字が今のように使われる前には様々な歴史があったのです。 ここで、自分や先祖の名字が武士と同じだったとしても、それだけで先祖が武士であったと特定することは残念ながらできません。 武士の名字は、明治になると誰でも名乗れる名字となってしまったからです。 さらに武士の名字も庶民の名字も「地名」や「地形」がルーツになっていることが多いのが特徴です。 日本の中にも同じ地名や地形が多く存在していたことから、ルーツも一つに絞るのが難しく、名字の情報だけでは武士の家系と判断することが難しいのです。 しかし名字も一つの参考情報になることには変わりありませんので、疎かにせず他の情報との相関関係を見ていくことが大切です。 武士の名字を調べる方法 まず自分と同じ名字の武将がいないかWEB検索で確認してみるべきです。 同じ名字の武士・武将が存在した場合は、検索結果2ページ目までにWikipedia等、参考になるページが表示されるはずです。 表示されたそのページを開き、来歴・領地(失った領地も含む)・家紋に関する情報をノートにメモしておいて下さい。 その武将が治めていた場所が自分の先祖のゆかりの場所と同じだったら、自分の家系と何か関係がある可能性が高いと考えられるからです。 自分と同じ名字の武将だけではなく、その武将に仕えた家臣についても調べられる範囲で調べておきましょう。 貴族(公家)の名字との違いは? その点、昔の貴族である公家の名字については「家名」だったため、武士の名字とはルーツが異なります。 公家の名字は京都の地名をルーツにするものが多く、かつ珍しい名字も多いため、武士に比べて名字からルーツのヒントが得やすいといえます。 貴族(公家)の名字は以下の関連記事からご確認いただけます。 両親、祖父母、親戚に聞いてみる(至急!) 家族に聞いてみることは、最も手軽なのにも関わらず、実はとても有力な方法です。 幕末時代は、今から150年前のことですので、家族の間の言い伝えがまだ残っている可能性は意外と高いものです。 「何でもいいから、ウチの先祖のことを教えて!」「ウチの先祖って武士だったの?」と聞いてみましょう。 おじいちゃんおばあちゃんに話を聞くときは、家族の間の何気ない会話の中にルーツ探しのヒントが隠されている場合もあるので、必ずメモを取るようにして、できれば録音もした方がよいです。 録音を聞き直すことで、後から気付けることもあるかもしれないからです。 もし先祖が武士だったら、きっと〇〇藩の武士だったか、先祖の名前、家紋等も知っているはずです。 聞けることは全部聞いておきましょう。 さらに写真や資料があるようであれば、写真等で保存しておきましょう。 ここで教えてもらった情報やもらった資料は、ルーツ探しに直接結びつかなくても、貴重な 「家族の伝承物」 になるはずです。 家に立派な家系図や骨董品はなくとも、情報や写真だけでも子孫のために大切にして、残していく気持ちが大切です。 【要注意】聞き込み調査は時間制限がある!? 一番注意したいのは、家族に話を聞くチャンスは限られていて、時間制限があるということです。 10年後に先祖のことを聞いてみよう!と思い立ったとしても、その時おじいちゃんが話をできる状態であるかはわかりません。 近頃では戦争を体験した方が急速に減ってきていることも話題になっています。 つまり「話を聞く」方法は、家族や親戚が元気なうちでないと、できない方法なのです。 これこそが家系図を早く作るべき理由です。 最近家族やおじいちゃんおばあちゃんに会ってない場合は、これを機会に会って話を聞きに行ってみることをオススメします。 自分の先祖から直接話が聞けるありがたみも感じられることでしょう。 戸籍を辿って家系図を作ってみる インターネットと家族への聞き込みで先祖のイメージを膨らませたら、ルーツ探しの「王道」ともいえる戸籍調査に取り掛かりましょう。 厳密にいえば家系図を作らなくても、明治時代までの戸籍を取得するだけでルーツは調べることはできます。 しかし、家系図を作ることで幕末から現在に至るまでの系譜が視覚的にわかりやすくなり、ルーツ探しもはかどります。 立派な仕立ての家系図まではできなくても、メモ程度のものでも構いませんので、家系図も必ず書いておきましょう。 どれほどの数の家系を調べるのか?という問題 家系図を書くと、今の自分に至るまで、たくさんの家系(名字)が交わっていることがわかります。 戸籍でわかる範囲だけでも、一人あたり平均8つ程度の名字が判明します(弊社実績)。 自分の名字の1つの家系の戸籍調査であれば、おそらくご自身でもできると思いますが、母方・女系の先祖も辿るとなると作業量が膨大になってきて大変です。 女系の先祖の方が本籍地の異動が多いため全国的な調査になるケースも多く、戸籍取得の技術も求められることになります。 しかし女系の系統こそ知られざる発見が多いものなので、調べる対象から外してしまうのは非常にもったいないです。 さらに昔の戸籍については、戸籍の字が読めないというハードルも大きく立ちはだかってきますので、旧字に関する知識も必要になってきます。 昔の戸籍を調べる上で最も貴重な情報は、 1.最古の先祖の名前と命日 2.最古の本籍地 に関する情報です。 中でも2の最古の本籍地は、「先祖のゆかりの場所」や「ルーツの場所」とされ、実際に自分の先祖が生活した可能性も高い場所です。 「先祖」はもうお亡くなりになっていることと思いますが、「場所」はこの日本のどこかに必ず存在しています。 その場所に自分のルーツのヒントがあることも多いので、役場等に電話を入れて「現在の土地表記のどこあたるのか」を確認しておく必要があります。 最古の本籍地が江戸時代の農村であった場合は可能性が低くなりますが、城下町であった場合は先祖が武士である可能性が高まります。 この2つの情報があれば、さらに江戸時代まで調査を進めていくことができます。 自分の名字の家系だけであれば比較的簡単ですが、女系も含めて自分の4世代前までの先祖の家系(高祖父の1つ上の世代)まで調べた場合、16もの家系が存在することになり、情報量が増えて手間も多くかかるようになってきます。 ご自身でもやり遂げることは可能ですが、忙しい場合、面倒な場合は私達のような専門業者の活用も検討してみて下さい。 図書館・資料館・法務局で文献調査 法務局で旧土地台帳を閲覧する 法務局は、不動産登記簿や商業登記簿の閲覧や登記の申請を受け付けている法務省の出先機関です。 士業にとって法務局は仕事をする上で何度もお世話になる場所ですが、一般の方にとっては縁遠いものであることが多いです。 法務局には、現在の土地の所有が記載された登記簿が閲覧できますが、それとは別に「旧土地台帳」といわれる昔の土地の権利者が記載された帳面を閲覧することができます。 自分の先祖が明治時代に土地を所有していた場合、旧土地台帳にその名前を確認することができるはずです。 最古の本籍地を管轄する法務局が遠方の場合は、郵送で写しを請求する方法もあります。 しかし、閲覧と異なり現物をめくって調べることができず、郵送請求の手間がかかることがハードルになり、はかどらないことも多いです。 現地に行く予定がある場合は、その際の予定に含めておくほうが得策といえます。 大きめの図書館で郷土史を読む 戸籍調査にメドがついたら、次は文献調査に進みます。 東京近郊にお住まいの方は、国立国会図書館の東京本館(東京都千代田区永田町)・都立中央図書館(東京都港区南麻布)、関西にお住まいの方は関西館(京都府相楽郡精華町)が代表的です。 自分が調べたい「先祖のゆかりの場所」に関する郷土史が豊富に所蔵されている、大きめの図書館に足を運んでみて下さい。 事前にインターネットで蔵書検索もしておくことをオススメします。 郷土資料館も活用する この国立国会図書館のどちらかよりもルーツの場所が近い場合は、最初からルーツの場所にある郷土資料館に行った方が効率的です。 郷土資料館は小学生の頃に1度行った程度で、日常的に行く場所ではないので、どこにあるのかイメージがつきづらいものです。 しかし調べてみるとわかりますが、意外とどんな場所にもひっそりと郷土資料館はあるものです。 まず自分でインターネットで調べて、それでもわからない場合は、市役所に電話して施設の情報を教えてもらいましょう。 文献調査で調べておきたいことは、以下のようなことです。 <自分の家系のこと> 1.自分の家系の家紋のルーツ 2.自分の家系の名字のルーツ 文献調査のコツとは? 図書館や資料館では、自分だけの力で調べようとしないのがコツです。 図書館のレファレンスや資料館の館長、職員の方の力も借りながら進めていきましょう。 図書館や資料館にお勤めの方は、基本的に調べることが得意で、かつ好きであることが多いものです。 「自分の祖先が武士かどうか知りたいんです!」と伝えれば、きっと親切に協力してくれるはずです。 分限帳がポイントになる 文献調査の中で、分限帳(ぶげんちょう)とは、江戸時代に藩ごとに保管されていた、武士の名簿のような資料で、「分限帳」という名称ではないことも多いです。 武士だけが載った名簿ですから、この分限帳の中に自分の先祖の名前がもしあったのなら、自分の先祖が武士だったことは間違いなく、一つのゴールに到達したことになります。 一方で、分限帳自体が見つからない場合や、江戸時代の先祖の名前が見つからなかった場合でも、決して諦めてはいけません。 まだ先祖を遡れる可能性もありますし、分限帳も全ての武士が載っているものでもないので、結論を出すにはまだ早く、本家に由緒書(ゆいしょがき)といわれる一家の来歴等が書かれた古文書が残っている場合もあります。 ここまでやってわからなかったら、現地調査を検討するべきでしょう。 ルーツの場所に行ってみる現地調査 次は、実際にルーツの場所に行ってみる現地調査です。 ここまでくると、自分のルーツ調査も大詰めです。 しらみ潰しに行うことは現実的ではありません。 調査方法も自分がどこまで知りたいのかによって、臨機応変に変える必要があるといえます。 現地調査での調査項目の代表的なものをご紹介します。 現地調査の調査項目 調査対象 調査の内容 墓 石 墓石に戸籍調査で判明した先祖より昔の先祖の名前(俗名)、戒名が彫られていないか確認する 菩提寺 檀家のお寺(菩提寺)の過去帳に先祖の情報がないか確認してもらう。 菩提寺や本家の過去帳、家に伝わる資料等が残っているときもあるので、写真やコピーをとらせてもらう 以上が代表的なものですが、こういった専門的な調査は、一般の方には困難な場合も少なくありません。 自分では厳しいと思った場合は、私達のようなプロに相談・依頼することも検討する必要があります。 現地調査で何よりも大切なこと! 実際に自分のルーツの場所に出向く際に大事なことは、調査だけではなく観光も含めた旅行と考えて、楽しんで帰ってくることです。 家族旅行として訪れるのもオススメです。 自分のルーツ探しだけを目的にしてしまうと、成果が乏しかった時に苦い思い出になってしまいます。 ルーツの調査は一般の方にとっては困難な場合も多いため、出向いても大きな成果がないことも珍しくありません。 そんな場合でも楽しい思い出だけは残るように、観光や食事、レジャーも含めて旅の計画をすることをオススメします。 先祖のゆかりの場所を訪れたということだけでも十分意味のあることですから、成果だけにとらわれないようにしましょう。 「ルーツの旅」の思い出話だけでも、家族の大きな資産になるはずです。 ルーツの旅|遥か昔の先祖の街へ 突然「行きたい場所がある」と妻を連れ出す夫。 順番に先祖のゆかりの場所を巡っていく物語です。 現地調査を楽しんで戻ってきたら、もう一度文献調査を行いましょう。 資料・文献(分限帳)の中に自分の先祖の名前が見つけられたら、自分の家系は武士だった!ということが判明します。 分限帳に名前が見つからなくても、本家からの言い伝えだけでも十分な情報と考えていいでしょう。 もし歴史の教科書に出てくるような著名な武士に辿り着いたら、大当たりです。 <情報を見るポイント> 1.名字と家紋の組み合わせに着目してみる 2.自分のルーツの場所を治めていた武家の家紋にも注目 3.自分と同じ名字の墓が密集してないか探してみる 4.その土地の武士と自分の間に共通点がないか確認してみる 江戸時代は今と比べて国民の管理方法が大きく異なり、調査についても濃い霧の中を一人で進んでいくようなものですから、いくら調べても確証が得られ難い場合もあり、終わりというものもありません。 でもルーツ探しは誰かのためではなく、あくまで自分のことですから、自分の納得がいくまでライフワークとして気長に調査してみてもいいと思います。 こうした時間も自分を見つめ直すよいキッカケとなり、決して無駄にはならないものです。 かんたん!武士診断 自分の先祖が武士だったのか、これから調べてみようかな?と思い立った方には、家樹オリジナルの武士診断をオススメします。 高度な文献調査をすることで武士であった確証が得られる可能性があります。 高度な文献調査をすることをオススメします。 戸籍調査を行った後、基本的な文献調査を行うとさらに情報が得られるはずです。 40未満 残念ながら情報が少ないため判断が困難です。 戸籍調査を行い、基本的な文献調査を行った後に再度診断して下さい。 いかがだったでしょうか。 ご先祖調査の基本資料である戸籍の調査や基本的な文献調査が終わってないと答えづらい質問も多かったと思います。 まだ戸籍調査が済んでいない方は、調査が終わってから再度診断してみて下さい。 ご先祖が武士であったかどうかを正確にお知りになりたい方は、藩政史料などを調査されることをオススメします 先祖が武士じゃなかったら? ここまで調べて、自分の先祖が武士じゃないとわかったらガッカリでしょうか。 全くガッカリする必要はありません! なぜなら、自分の先祖が武士じゃなかったら、誰も殺さず戦わず、平和に生活していたということだからです。 そのことは子孫として誇りにしてよいことに違いありません! 先祖が農業に携わる農民だったら町民の食料供給に貢献していたということですし、工業に携わる職人だったら、技術で町民の生活を豊かにしていた、商人だったら、商売人として事業を行い、武士よりお金を持ち、豊かに生活していたかもしれません。 つまり、自分の先祖がどんな職業だったとしても、それぞれが社会に必要な仕事をして貢献していた立派なご先祖様ということに違いないのです。 命のバトンを自分までつないでくれたことに感謝しましょう! 実は自分が武士の子孫である可能性は相当高い! 自分にとって「家系」は1つと考えれば、先祖が武士の家系である可能性は限られています。 しかし先立って説明したように、長い歴史の中で自分にはたくさんの家系が交わっているということも是非知っておいて下さい。 自分の先祖を10代遡れば、1024もの家系の数になります。 そう考えると確率的に考えても自分に武士の血が流れている可能性は相当高いことがご理解いただけると思います。 1024にとどまらず、遡れば遡るほど先祖の数は天文学的に増えていくことになります。 平安時代(西暦1000年頃)から続く武士の歴史を通じて、この日本で武士の血が流れていないことの方が、むしろあり得ないことに思えてくるはずです。 日本人と武士の精神・価値観 日本は鎌倉時代から幕末まで700年もの間、武士が支配してきた国です。 さらに幕末に武士の時代を終わらせたのも、また長州や薩摩の武士達でした。 戦に負けた武士たちが集落を作り、農民として生き延びたり、農民だったものが土地を守るために武装して武士になることもあり、長い期間で職業や身分も移り変わります。 もし万が一自分に武士の血が流れていなかったとしても、忠誠心、潔さ、勇気、憐れみの心など、武士の精神や価値観は、確実に現代にも引き継がれています。 国語の授業で勉強する諺(ことわざ)をとってみても、武士の精神からきているものが多いことに気付けるはずです。 個人主義や多様性、グローバル化が叫ばれる現代でも、ご先祖様に感謝しながら、そういった日本人らしさ、日本人としての精神も忘れたくないものです。 幕末までの先祖を辿って家系図を作ることは今からでもできることですから、是非この機会にご自身の家系図作りについても検討してみて下さい。
次の近頃では「武士道精神」「侍ジャパン」のように、「武士」や「侍」という言葉が伝統的な日本の精神や理想的な在り方のイメージで使われることが多くなってきています。 日本で長く生活していれば「ウチは元々武士の家系なんです」と誇らしげに話す方にも1度くらいは出会ったことがあるのではないでしょうか? そんな事情もあって、「自分の家は武士の家系だと親戚から聞いたことがある」方もいれば、「ウチの祖先が武士だったらいいな!」と気になっている方もいらっしゃると思います。 というわけで、この記事では自分の先祖が武士なのか調べる方法について解説します。 10個の質問に回答するだけで自分の先祖が武士だった確率がわかるも用意しています!是非挑戦してみて下さい! 1.自分たちの領地を守るために武装した地方豪族 2.朝廷から派遣された国司や下級貴族が土着し武装したもの このように、実に様々な武士が存在していたことになります。 2の場合では源氏や平氏が有名で、その武力をもって貴族社会だった平安時代を終わらせ、武士が実質的に支配する武家政権(鎌倉幕府)を成立させます。 ここから戦国時代を通して、江戸幕末まで700年続く武士の時代が始まったのです。 戦国時代が終わり、徳川幕府による天下泰平の江戸時代になると武士の在り方は大きく変化していきます。 それまでは戦で活躍するのが武士の本分であり、常に戦があれば軍に加わる態勢を整えていましたが、戦が減るとともに各藩の城下町や江戸の市中で暮らす都市生活者へと変わっていく武士も多くいました。 武士が幕府や藩の行政を担う役人となって日々お勤めすることになるのですが、お城番と呼ばれる公務は月に数日しかないということも多く、武士として身分は高かったものの自由に商売ができていた町人よりも質素な生活をする武士も多かったというのが実態でした。 そんな中で「武士は食わねど高楊枝」という言葉が生まれたのでしょうね。 武士と侍の違い 一言に「武士」といっても、「侍」という呼び方もあり、違いはあるのでしょうか。 侍とは、いわゆる武士の中でも上級の武士であると考えていただければ差し支えありません。 武士の中にも身分の違いがあり、時代劇に出てくるイメージの上級武士から、戦がないときは農業をして生計を立てている下級武士(郷士)もいたのです。 現代の一般的な武士のイメージは「侍」の方が近いといえます。 幕末時代に活躍した坂本龍馬が元々土佐藩の下級武士である「郷士(ごうし)」だったことは有名ですから、ご存知の方も多いのではないでしょうか。 実はその坂本龍馬の家系は元々武士の家系ではなく豪商(商人)だったものの、龍馬の先祖である坂本直益が土佐藩から武士の身分(郷士株)を買ったことで、武士の身分を得た経緯があります。 今も昔もお金の力は大きく、藩としても武士の身分を高額で売ることで貴重な財源にしていたようです。 これは江戸時代には武士の身分にそれだけの価値があったということを示すとともに、その時代にもある程度の身分の流動性は存在していたということを意味しています。 武士の権利とは 江戸時代の武士の特権の代表的なものは以下の2つです。 1.苗字帯刀:苗字を公に名乗り、刀を携帯することができる 2.切捨御免:一定の要件のもと、農民・町人を殺害する権利 つまり武士は、今でいう公務員・警察官・軍人・政治家を兼ねたような特権階級だったわけです。 身分制度が廃止された今の時代からは考えられないような話です。 江戸時代の武士の割合 では江戸時代の武士の割合は、人口の中でどの程度だったのでしょうか。 江戸時代の人口は約3,000万人程度といわれています。 そういった意味では、やはり江戸時代の武士は割合が少なく身分も高かったため、特権階級だったと考えてよいでしょう。 自分の家系がもし武士だったら、誇らしくなってくるのも頷けます。 自分の祖先が武士なのか調べる方法 では、あなたのご先祖様が武士かどうか調べる具体的な方法を紹介していきます。 調べる方法にも段階があり、今すぐできる方法から綿密な計画が必要な方法もありますので、可能な範囲でチャレンジしてみて下さい。 先祖の調査は一つの情報だけではなく、数ある情報を総合的に見て考えるのがコツになります。 情報の「点」をつなげて、「線」にしていくイメージで進めてみて下さい。 自分なりの「先祖探しノート」を作って、一つ一つの情報を注意深く眺めてみることも大切です。 名字から調べる方法 まず手軽な調べ方として、誰でも持っている「名字」から考えてみましょう。 先に紹介したとおり、武士は苗字帯刀の権利がありましたから、江戸時代から名字を公の場で名乗ることができました。 一方で庶民が名字を名乗ることができるようになったのは、明治に入ってからのことでした。 名字が今のように使われる前には様々な歴史があったのです。 ここで、自分や先祖の名字が武士と同じだったとしても、それだけで先祖が武士であったと特定することは残念ながらできません。 武士の名字は、明治になると誰でも名乗れる名字となってしまったからです。 さらに武士の名字も庶民の名字も「地名」や「地形」がルーツになっていることが多いのが特徴です。 日本の中にも同じ地名や地形が多く存在していたことから、ルーツも一つに絞るのが難しく、名字の情報だけでは武士の家系と判断することが難しいのです。 しかし名字も一つの参考情報になることには変わりありませんので、疎かにせず他の情報との相関関係を見ていくことが大切です。 武士の名字を調べる方法 まず自分と同じ名字の武将がいないかWEB検索で確認してみるべきです。 同じ名字の武士・武将が存在した場合は、検索結果2ページ目までにWikipedia等、参考になるページが表示されるはずです。 表示されたそのページを開き、来歴・領地(失った領地も含む)・家紋に関する情報をノートにメモしておいて下さい。 その武将が治めていた場所が自分の先祖のゆかりの場所と同じだったら、自分の家系と何か関係がある可能性が高いと考えられるからです。 自分と同じ名字の武将だけではなく、その武将に仕えた家臣についても調べられる範囲で調べておきましょう。 貴族(公家)の名字との違いは? その点、昔の貴族である公家の名字については「家名」だったため、武士の名字とはルーツが異なります。 公家の名字は京都の地名をルーツにするものが多く、かつ珍しい名字も多いため、武士に比べて名字からルーツのヒントが得やすいといえます。 貴族(公家)の名字は以下の関連記事からご確認いただけます。 両親、祖父母、親戚に聞いてみる(至急!) 家族に聞いてみることは、最も手軽なのにも関わらず、実はとても有力な方法です。 幕末時代は、今から150年前のことですので、家族の間の言い伝えがまだ残っている可能性は意外と高いものです。 「何でもいいから、ウチの先祖のことを教えて!」「ウチの先祖って武士だったの?」と聞いてみましょう。 おじいちゃんおばあちゃんに話を聞くときは、家族の間の何気ない会話の中にルーツ探しのヒントが隠されている場合もあるので、必ずメモを取るようにして、できれば録音もした方がよいです。 録音を聞き直すことで、後から気付けることもあるかもしれないからです。 もし先祖が武士だったら、きっと〇〇藩の武士だったか、先祖の名前、家紋等も知っているはずです。 聞けることは全部聞いておきましょう。 さらに写真や資料があるようであれば、写真等で保存しておきましょう。 ここで教えてもらった情報やもらった資料は、ルーツ探しに直接結びつかなくても、貴重な 「家族の伝承物」 になるはずです。 家に立派な家系図や骨董品はなくとも、情報や写真だけでも子孫のために大切にして、残していく気持ちが大切です。 【要注意】聞き込み調査は時間制限がある!? 一番注意したいのは、家族に話を聞くチャンスは限られていて、時間制限があるということです。 10年後に先祖のことを聞いてみよう!と思い立ったとしても、その時おじいちゃんが話をできる状態であるかはわかりません。 近頃では戦争を体験した方が急速に減ってきていることも話題になっています。 つまり「話を聞く」方法は、家族や親戚が元気なうちでないと、できない方法なのです。 これこそが家系図を早く作るべき理由です。 最近家族やおじいちゃんおばあちゃんに会ってない場合は、これを機会に会って話を聞きに行ってみることをオススメします。 自分の先祖から直接話が聞けるありがたみも感じられることでしょう。 戸籍を辿って家系図を作ってみる インターネットと家族への聞き込みで先祖のイメージを膨らませたら、ルーツ探しの「王道」ともいえる戸籍調査に取り掛かりましょう。 厳密にいえば家系図を作らなくても、明治時代までの戸籍を取得するだけでルーツは調べることはできます。 しかし、家系図を作ることで幕末から現在に至るまでの系譜が視覚的にわかりやすくなり、ルーツ探しもはかどります。 立派な仕立ての家系図まではできなくても、メモ程度のものでも構いませんので、家系図も必ず書いておきましょう。 どれほどの数の家系を調べるのか?という問題 家系図を書くと、今の自分に至るまで、たくさんの家系(名字)が交わっていることがわかります。 戸籍でわかる範囲だけでも、一人あたり平均8つ程度の名字が判明します(弊社実績)。 自分の名字の1つの家系の戸籍調査であれば、おそらくご自身でもできると思いますが、母方・女系の先祖も辿るとなると作業量が膨大になってきて大変です。 女系の先祖の方が本籍地の異動が多いため全国的な調査になるケースも多く、戸籍取得の技術も求められることになります。 しかし女系の系統こそ知られざる発見が多いものなので、調べる対象から外してしまうのは非常にもったいないです。 さらに昔の戸籍については、戸籍の字が読めないというハードルも大きく立ちはだかってきますので、旧字に関する知識も必要になってきます。 昔の戸籍を調べる上で最も貴重な情報は、 1.最古の先祖の名前と命日 2.最古の本籍地 に関する情報です。 中でも2の最古の本籍地は、「先祖のゆかりの場所」や「ルーツの場所」とされ、実際に自分の先祖が生活した可能性も高い場所です。 「先祖」はもうお亡くなりになっていることと思いますが、「場所」はこの日本のどこかに必ず存在しています。 その場所に自分のルーツのヒントがあることも多いので、役場等に電話を入れて「現在の土地表記のどこあたるのか」を確認しておく必要があります。 最古の本籍地が江戸時代の農村であった場合は可能性が低くなりますが、城下町であった場合は先祖が武士である可能性が高まります。 この2つの情報があれば、さらに江戸時代まで調査を進めていくことができます。 自分の名字の家系だけであれば比較的簡単ですが、女系も含めて自分の4世代前までの先祖の家系(高祖父の1つ上の世代)まで調べた場合、16もの家系が存在することになり、情報量が増えて手間も多くかかるようになってきます。 ご自身でもやり遂げることは可能ですが、忙しい場合、面倒な場合は私達のような専門業者の活用も検討してみて下さい。 図書館・資料館・法務局で文献調査 法務局で旧土地台帳を閲覧する 法務局は、不動産登記簿や商業登記簿の閲覧や登記の申請を受け付けている法務省の出先機関です。 士業にとって法務局は仕事をする上で何度もお世話になる場所ですが、一般の方にとっては縁遠いものであることが多いです。 法務局には、現在の土地の所有が記載された登記簿が閲覧できますが、それとは別に「旧土地台帳」といわれる昔の土地の権利者が記載された帳面を閲覧することができます。 自分の先祖が明治時代に土地を所有していた場合、旧土地台帳にその名前を確認することができるはずです。 最古の本籍地を管轄する法務局が遠方の場合は、郵送で写しを請求する方法もあります。 しかし、閲覧と異なり現物をめくって調べることができず、郵送請求の手間がかかることがハードルになり、はかどらないことも多いです。 現地に行く予定がある場合は、その際の予定に含めておくほうが得策といえます。 大きめの図書館で郷土史を読む 戸籍調査にメドがついたら、次は文献調査に進みます。 東京近郊にお住まいの方は、国立国会図書館の東京本館(東京都千代田区永田町)・都立中央図書館(東京都港区南麻布)、関西にお住まいの方は関西館(京都府相楽郡精華町)が代表的です。 自分が調べたい「先祖のゆかりの場所」に関する郷土史が豊富に所蔵されている、大きめの図書館に足を運んでみて下さい。 事前にインターネットで蔵書検索もしておくことをオススメします。 郷土資料館も活用する この国立国会図書館のどちらかよりもルーツの場所が近い場合は、最初からルーツの場所にある郷土資料館に行った方が効率的です。 郷土資料館は小学生の頃に1度行った程度で、日常的に行く場所ではないので、どこにあるのかイメージがつきづらいものです。 しかし調べてみるとわかりますが、意外とどんな場所にもひっそりと郷土資料館はあるものです。 まず自分でインターネットで調べて、それでもわからない場合は、市役所に電話して施設の情報を教えてもらいましょう。 文献調査で調べておきたいことは、以下のようなことです。 <自分の家系のこと> 1.自分の家系の家紋のルーツ 2.自分の家系の名字のルーツ 文献調査のコツとは? 図書館や資料館では、自分だけの力で調べようとしないのがコツです。 図書館のレファレンスや資料館の館長、職員の方の力も借りながら進めていきましょう。 図書館や資料館にお勤めの方は、基本的に調べることが得意で、かつ好きであることが多いものです。 「自分の祖先が武士かどうか知りたいんです!」と伝えれば、きっと親切に協力してくれるはずです。 分限帳がポイントになる 文献調査の中で、分限帳(ぶげんちょう)とは、江戸時代に藩ごとに保管されていた、武士の名簿のような資料で、「分限帳」という名称ではないことも多いです。 武士だけが載った名簿ですから、この分限帳の中に自分の先祖の名前がもしあったのなら、自分の先祖が武士だったことは間違いなく、一つのゴールに到達したことになります。 一方で、分限帳自体が見つからない場合や、江戸時代の先祖の名前が見つからなかった場合でも、決して諦めてはいけません。 まだ先祖を遡れる可能性もありますし、分限帳も全ての武士が載っているものでもないので、結論を出すにはまだ早く、本家に由緒書(ゆいしょがき)といわれる一家の来歴等が書かれた古文書が残っている場合もあります。 ここまでやってわからなかったら、現地調査を検討するべきでしょう。 ルーツの場所に行ってみる現地調査 次は、実際にルーツの場所に行ってみる現地調査です。 ここまでくると、自分のルーツ調査も大詰めです。 しらみ潰しに行うことは現実的ではありません。 調査方法も自分がどこまで知りたいのかによって、臨機応変に変える必要があるといえます。 現地調査での調査項目の代表的なものをご紹介します。 現地調査の調査項目 調査対象 調査の内容 墓 石 墓石に戸籍調査で判明した先祖より昔の先祖の名前(俗名)、戒名が彫られていないか確認する 菩提寺 檀家のお寺(菩提寺)の過去帳に先祖の情報がないか確認してもらう。 菩提寺や本家の過去帳、家に伝わる資料等が残っているときもあるので、写真やコピーをとらせてもらう 以上が代表的なものですが、こういった専門的な調査は、一般の方には困難な場合も少なくありません。 自分では厳しいと思った場合は、私達のようなプロに相談・依頼することも検討する必要があります。 現地調査で何よりも大切なこと! 実際に自分のルーツの場所に出向く際に大事なことは、調査だけではなく観光も含めた旅行と考えて、楽しんで帰ってくることです。 家族旅行として訪れるのもオススメです。 自分のルーツ探しだけを目的にしてしまうと、成果が乏しかった時に苦い思い出になってしまいます。 ルーツの調査は一般の方にとっては困難な場合も多いため、出向いても大きな成果がないことも珍しくありません。 そんな場合でも楽しい思い出だけは残るように、観光や食事、レジャーも含めて旅の計画をすることをオススメします。 先祖のゆかりの場所を訪れたということだけでも十分意味のあることですから、成果だけにとらわれないようにしましょう。 「ルーツの旅」の思い出話だけでも、家族の大きな資産になるはずです。 ルーツの旅|遥か昔の先祖の街へ 突然「行きたい場所がある」と妻を連れ出す夫。 順番に先祖のゆかりの場所を巡っていく物語です。 現地調査を楽しんで戻ってきたら、もう一度文献調査を行いましょう。 資料・文献(分限帳)の中に自分の先祖の名前が見つけられたら、自分の家系は武士だった!ということが判明します。 分限帳に名前が見つからなくても、本家からの言い伝えだけでも十分な情報と考えていいでしょう。 もし歴史の教科書に出てくるような著名な武士に辿り着いたら、大当たりです。 <情報を見るポイント> 1.名字と家紋の組み合わせに着目してみる 2.自分のルーツの場所を治めていた武家の家紋にも注目 3.自分と同じ名字の墓が密集してないか探してみる 4.その土地の武士と自分の間に共通点がないか確認してみる 江戸時代は今と比べて国民の管理方法が大きく異なり、調査についても濃い霧の中を一人で進んでいくようなものですから、いくら調べても確証が得られ難い場合もあり、終わりというものもありません。 でもルーツ探しは誰かのためではなく、あくまで自分のことですから、自分の納得がいくまでライフワークとして気長に調査してみてもいいと思います。 こうした時間も自分を見つめ直すよいキッカケとなり、決して無駄にはならないものです。 かんたん!武士診断 自分の先祖が武士だったのか、これから調べてみようかな?と思い立った方には、家樹オリジナルの武士診断をオススメします。 高度な文献調査をすることで武士であった確証が得られる可能性があります。 高度な文献調査をすることをオススメします。 戸籍調査を行った後、基本的な文献調査を行うとさらに情報が得られるはずです。 40未満 残念ながら情報が少ないため判断が困難です。 戸籍調査を行い、基本的な文献調査を行った後に再度診断して下さい。 いかがだったでしょうか。 ご先祖調査の基本資料である戸籍の調査や基本的な文献調査が終わってないと答えづらい質問も多かったと思います。 まだ戸籍調査が済んでいない方は、調査が終わってから再度診断してみて下さい。 ご先祖が武士であったかどうかを正確にお知りになりたい方は、藩政史料などを調査されることをオススメします 先祖が武士じゃなかったら? ここまで調べて、自分の先祖が武士じゃないとわかったらガッカリでしょうか。 全くガッカリする必要はありません! なぜなら、自分の先祖が武士じゃなかったら、誰も殺さず戦わず、平和に生活していたということだからです。 そのことは子孫として誇りにしてよいことに違いありません! 先祖が農業に携わる農民だったら町民の食料供給に貢献していたということですし、工業に携わる職人だったら、技術で町民の生活を豊かにしていた、商人だったら、商売人として事業を行い、武士よりお金を持ち、豊かに生活していたかもしれません。 つまり、自分の先祖がどんな職業だったとしても、それぞれが社会に必要な仕事をして貢献していた立派なご先祖様ということに違いないのです。 命のバトンを自分までつないでくれたことに感謝しましょう! 実は自分が武士の子孫である可能性は相当高い! 自分にとって「家系」は1つと考えれば、先祖が武士の家系である可能性は限られています。 しかし先立って説明したように、長い歴史の中で自分にはたくさんの家系が交わっているということも是非知っておいて下さい。 自分の先祖を10代遡れば、1024もの家系の数になります。 そう考えると確率的に考えても自分に武士の血が流れている可能性は相当高いことがご理解いただけると思います。 1024にとどまらず、遡れば遡るほど先祖の数は天文学的に増えていくことになります。 平安時代(西暦1000年頃)から続く武士の歴史を通じて、この日本で武士の血が流れていないことの方が、むしろあり得ないことに思えてくるはずです。 日本人と武士の精神・価値観 日本は鎌倉時代から幕末まで700年もの間、武士が支配してきた国です。 さらに幕末に武士の時代を終わらせたのも、また長州や薩摩の武士達でした。 戦に負けた武士たちが集落を作り、農民として生き延びたり、農民だったものが土地を守るために武装して武士になることもあり、長い期間で職業や身分も移り変わります。 もし万が一自分に武士の血が流れていなかったとしても、忠誠心、潔さ、勇気、憐れみの心など、武士の精神や価値観は、確実に現代にも引き継がれています。 国語の授業で勉強する諺(ことわざ)をとってみても、武士の精神からきているものが多いことに気付けるはずです。 個人主義や多様性、グローバル化が叫ばれる現代でも、ご先祖様に感謝しながら、そういった日本人らしさ、日本人としての精神も忘れたくないものです。 幕末までの先祖を辿って家系図を作ることは今からでもできることですから、是非この機会にご自身の家系図作りについても検討してみて下さい。
次の