カルビー グラノーラ 1988年8月8日発売 アメリカの食卓に定着していたシリアルに着目して開発がスタート。 オーツ麦やライ麦などの穀物をベースに、日本人向けの味わいを目指して誕生しました。 【網干解説】 カルビー10年に一度の新カテゴリは徹底的に日本人向けを研究 「弊社の代表作『かっぱえびせん』は1964年、『ポテトチップス』は1975年と、約10年に1度、新カテゴリを誕生させてきました。 80年代の例が『カルビー グラノーラ』ですね。 日本人向けの味わいとして注目したのは食感です。 アメリカのグラノーラはボソっとしていたのですが、サクサク、パリパリとしたスナックで培った技術をもとに、徹底的に食感を研究し、焼き方や配合を模索。 ザクザクとした噛みごたえと、のど越しや食べやすさを工夫したと聞いています」(網干) フルーツグラノーラ 1991年3月発売。 クランベリー、パイナップル、レーズン、かぼちゃの種が加わり、現在に近いフルーツミックスタイプに進化した一品。 【網干解説】 お皿に入れたときの華やかさを重視 当時、プレーンなタイプはあったのですが、フルーツを入れたものは珍しかったそうです。 ただ、実は当時はプレーンタイプ、フルーツタイプともに目標まで届かず、売り上げが10億円未満のことも。 不遇の時代といえるでしょう」(網干) ラインナップの統廃合でフルーツに一本化し第一次ブームへ 受難ではありながらも「絶対おいしいからウケるはず!」と社内にファンが多く、なんとか存続の危機を乗り越えている状況だったとか。 やがて90年代なかばになるとある決断が下り、さらに中味にも変革のときが訪れることに。 そのひとつが1996年末のグラノーラ終売や、フルーツの変更(1995年5月にパイナップルがリンゴへ、1997年2月にクランベリーがパパイヤへ)です。 「グラノーラが終売になったことで、事業的には『フルーツグラノーラ』に一本化されました。 これによって、マーケティングを集中させることに成功。 店頭で目立ちやすくなるとともに若い女性を中心に火が付き、社会的にも少しずつ注目されるようになったのです」(網干) ついに飛翔の時を迎えたフルグラは、1997年ごろにはいわば第1次ブームといえるトレンドに。 そして2000年代に入り、ついにあのフルーツが仲間入り。 売上的にも30億円規模へと伸長していったのです。 かぼちゃとあずきのグラノーラ 2002年11月より期間限定発売 知る人ぞ知る、かぼちゃとあずきを使ったグラノーラ。 【網干解説】 秋冬の素材で違うイメージを演出 「フルーツが入っていない、秋冬の素材で作られたタイプです。 商品ロゴも和風調の、珍しい商品といえるでしょう」(網干) フレーバー、容量ともにバリエーションが生まれた時代 2000年代の商品のなかには、いまに通じるフレーバーも。 たとえば2004年4月〜8月に発売された「南国デザートグラノーラ」は、その後「トロピカルココナッツ味」(春夏限定のため、現在は終売)へ。 そして2008年8月〜2009年3月に発売された「フルーツグラノーラ森のめぐみ」は「フルグラ 4種の実りメープル味」へとつながっています。 また、2015年からはヘビーユーザーの熱烈な声があり、大容量タイプのラインナップとして定着しています。 2011年2月 フルグラ(名称変更) 【網干解説】 20周年を記念に愛されていた名称に変更 「『フルーツグラノーラ』は一般名称であり、他メーカーの商品と間違えやすいというお声をいただいていました。 パンケーキやフレンチトーストとともに、お洒落な朝食として大ブレイク。 結果、2012年度は63億円、2013年度は95億円、2014年度には一気に143億円代と、第2次成長が巻き起こります。 「このころからは、シリアルとしてだけではなく朝食として毎日ご利用いただくヘビーユーザーの方も増加。 手軽においしく、栄養バランスにも寄与できる食品として広がっていきました。 ただ、フレーバーがさらに増加するのは2015年からですね。 お客様の層をより拡大するべく、様々な商品が生まれています」(網干) こうして振り返ると、1998年の誕生から約10年は長い不遇の時代、1997年〜2003年は第1次成長といえる跳躍の時代、そしてまた約10年の停滞期を経て、2012年に第2次成長を迎え、朝の定番となる時代が到来。 やがて2015年ごろからフレーバーの多様化が進み、若い女性向けの「フルーツグラノーラ」から、老若男女に愛される朝食の定番「フルグラ」に至るという歴史が見えてきます。 すっかり身近なフードですが、今度見つけたら改めてじっくり吟味したり、オフィシャルショップからおトクなお試しセットや定期便を注文してみてはいかがでしょうか! *こちらの記事は、2017年9月15日に「Get Navi WEB」上で公開された内容を、学研プラス「Get Navi WEB」許可のもと、一部編集し掲載しています。
次のマーケティングやブランディングが成功しているかどうかを測るためには指標が必要です。 今回は、ブランド構築の最後のステップである「マーケティングの目標設定」について事例を交えながら解説します。 マーケティングの目標設定:KGIとKPIとは マーケティングにおいてよく使われる指標といえば、KGIとKPI。 KGI(Key Goal Indicator)は、重要目標達成指標を意味し、「2016年の売上を3億円にする」など、最終目標を示します。 KPI(Key Performance Indicator)は、重要業績評価指標であり、一言で言うと中間目標です。 その他にも、ROI(費用対効果)やLTV(顧客生涯価値)などの横文字はよく聞くところです。 ブランディングにおけるマーケティングの目標とは ブランド構築における最後のステップがマーケティングの目標の設定です。 ブランド・マネージャー認定協会では、次のように述べています。 目標とは、3C分析、STPマーケティングで設定した顧客(市場)とブランド・アイデンティティから判断して、いつまでに、どのくらいの実績を目標とするのかを明らかにすることです。 その際に、目標をしっかりと数値化することが非常に重要です。 (出典:「社員をホンキにさせるブランド構築法」同文舘出版) 数値化するのは、売上高、利用客数、稼働率など、事業の収益性に関するものですが、ブランディングでは、顧客にブランド・アイデンティティが伝わっているかどうかも重要です。 例えば、長野県の高級旅館「しんゆ」では「神秘なる諏訪湖に心癒される宿」というブランド・アイデンティティを掲げました。 この場合の目標設定は「お土産品売上高」、「リピート率」、「紹介比率」といった項目で、ブランド・アイデンティティが伝わっているかどうかを判断することができます。 目標設定のポイント 目標設定では、特に下記の3つがポイントとなります。 ・3C分析やSTPマーケティングからの一連の流れと、整合性を持たせる ・設定したペルソナ(顧客・市場)にふさわしい目標値になっているか ・設定したペルソナと実際の購買者との間はかけ離れていないか それでは、設定したぺルソナを無視して売上を求めたあまりに、目標設定に失敗したモデルケースを考えてみます。 全国展開によって失敗した飲食店A社 アメリカから日本に初出店したハンバーガーショップA社。 A社は、ハンバーガー単品が1200円と強気な価格設定で、「都市部のプレミアム嗜好の強いお客」をターゲットにしていました。 それに合わせて当初の目標は都内6店舗まで拡大することでした。 日本初上陸が話題となり、連日行列が続き、すぐに目標であった6店舗まで拡大。 そこから売上が増加するにつれて、目標も全国100店舗と大きくなり、数年後には、地方の大きい都市を中心に全国に60店舗まで展開するようになりました。 当初は、その話題性から毎日行列だったハンバーガーショップ。 しかし、店舗が拡大するにつれて、目新しさが薄れ「どこでも食べられる高いハンバーガー」というイメージに変わってしまいました。 結果的に、全国的に客離れが起こり、店舗数の縮小へとつながってしまいました。 この失敗は、「都市部のプレミアム嗜好の強い客」というペルソナを設定したにも関わらず、売上を求めて全国展開を目標としてしまい、ブランドを守れなかったのが原因と言えるでしょう。 一方、売上目標を現状の3倍以上に設定したにも関わらず、ブランドのイメージを戦略的に変えることで売上達成に成功した「フルグラ」の事例を見ていきます。 戦略的PRによって成功した「フルグラ」 (出典:) 目標設定に対して、ブランドのイメージを戦略的に変えて成功したのが「フルグラ」です。 25年前からカルビーが製造・販売をしているシリアル「フルグラ」。 いくつかの穀物を主原料にフルーツがミックスされていて、栄養バランスに優れているのが特徴です。 ここ5年ほどで急激に注目を集め、売上も右肩上がりに伸びています。 「フルグラ」は、2002年~2009年ごろは年間売上高が30億円ほどの横ばい状態でしたが、社長である松本晃氏の一声がきっかけとなり、売上100億円のブランドにすることが目標値となりました。 『フルグラ』は、もともと売上30億円のブランドでした。 2009年に代表取締役会長兼CEOである松本晃がカルビーに来て、ひと通りカルビー商品を食べてみました。 『フルグラ』を食べて、 「こんなにうまいものが、なぜこれだけしか売れていないんだ。 100億円くらいは軽く売れるだろう、何とかしよう」と社内に指示を出しました。 ・シニア女性向けには、ヨーグルトを使って「かむヨーグルト」 ・ヨーグルトに『フルグラ』を加えて食べると栄養価が上がり健康に良い ・子供が好んで食べるパンケーキと一緒に『フルグラ』を食べることでフルーツの甘みでおいしくなり、さらに身体に良い食事になる ・流行っていたマグカップ料理に噛む食感を加える「噛む足し」の訴求(これにより秋冬も売れるようになった) そして、中目黒にあるグラノーラ専門店に注目し、「グラノーラの専門店ができるほど、ブームの兆しが来ている」というプレスリリースを各メディアへ発信。 当初のターゲットであったシニア女性、お母さん世代が読んでいるメディアや、流通(バイヤー)が読む経済誌に取り上げられることで、各バイヤーからの注文が殺到しました。 ブランドのイメージの変化により、売上目標を達成! こうして、一部の健康志向の人だけが食べている「特殊なシリアル」というイメージから、 グラノーラがメインの「フルグラ」はアレンジして食べることができる、という新しいイメージを生み出すことができたのです。 ブランド・マネージャーであり、「フルグラ」のマーケティングを担当していた藤原かおり氏は、次のように話しています。 もともとのマーケティング手法が、ご飯やパンの代わりにシリアルを食べてほしい、という非常に押し付けがましい手法でした。 ですから、『フルグラ』をヨーグルトに加えてもらうなど、とにかく副食でも良いので、一度試してもらう、食卓にプラスしてもらうことを目指したことが成功のポイントだと思っています。 そればかりか、シリアル市場自体が拡大を続け、2020年には1000億円規模になると言われています。 成功と失敗を分けた2つのポイント 事例に挙げたハンバーガーショップA社と、「フルグラ」では、どちらも売上増加を目標としていますが、ペルソナ(顧客・市場)のニーズを把握しているか、ブランドがどう思われていて、どう思われることがゴールなのか、という2つの点において、理解に大きな差がありました。 目標設定は、3C分析やSTPマーケティングを徹底して行い、ブランドを理解した上で、進めるのが本流と言えるでしょう。 是非参考にしてみてください。 その他 参考になる記事.
次のさて最近はグーグル村八分か、ネットワーク村八分かしらないが、どうも東日本からのアクセスが入らず、訪問者が約半分になった感がある。 これは今年辺りから突然訪問者が半分に減ったからまず間違いないだろう。 東日本からのネットワークから遮断されているのである。 たぶん民進党のせいだろうナ。 が、ちょっと個人的なメモをしておこう。 最近、私は昼飯はほとんど食べない主義にしてきたが、食物繊維を一応取っておこうかと、いわゆるシリアル製品を試してみることにした。 それで、 業界ナンバーワンというシリアルの定番。 カルビーのフルグラ を食べてみたのである。 すると、いくつか問題が生じたというわけだ。 それをメモしておこう。 もちろん、私自身がその記憶を忘れないための戒めのためである。 何が問題だったか? というと、 (あ)体重が増える (い)中毒になる (う)体中が痒くなる の 3重苦だったということだ。 それで最近もう、見ざる、買わざる、食わざるの三猿となった。 とたんにしばらくして 体中のかゆみが回復した。 (あ)「体重が増える」というのは、やはり 糖質が多すぎたことだ。 内容物のすべてに糖質がコートされているからだろう。 内容物のイチゴ、ナッツやらのすべてにコートされているほか、グラノーラ自体にもコーティングされている。 (い)次に「中毒」になるというのは、一旦買って食べ始めると、切れるとすぐにまた買いたくなるという現象である。 私にもこれが起こった。 また、一食50gで始まるが、徐々に70g、100g、150gと増え、終いには気がつくと200g程度食ってしまっていた。 これでは太るだろう。 何か食欲をそそるものが仕込まれているのだろう。 たぶんこんな感じ。 (う)さて、「体中が痒くなる」というのはこれが一番困った問題だった。 どういうわけか、シリアルのフルグラを食い始めた途端に、まず足首のあたりから痒くなり、体全体が乾燥肌になった。 そして、太もも、尻、腰、背中、肩と痒い部分が上昇し、終いには四六時中背中尻を掻かなくてはならなくなった。 この時、奥さんに聞いたら、 「それは老人肌というやつだ。 老化だよ」っていわれる始末。 「乾燥させないことが一番」とクリームを渡されただけだった。 さすがに、 「 これって何かの食物アレルギーかもな」っていう具合で、やっと食物アレルギーを疑い始めたのである。 そこで、まずは真っ先にフルグラを止めることにした。 すると、効果てきめん、体中の痒みが和らぎ、もう引っ掻き回す必要がなくなった。 普通の老人性乾燥肌程度でかゆみはない。 (え)そこで、 フルグラの何が問題だったか? というと、これが実は一番厄介な問題だったのだ。 なぜなら、フルグラにはフルとあるように、あらゆる食品が混合されているのである。 その数およそ50種類は下らない。 オーツ麦、ライ麦粉、砂糖、乾燥果実 パパイヤ、レーズン、りんご、いちご 、小麦粉、ココナッツ、マルトデキストリン、植物油、米粉、水溶性食物繊維、コーンフラワー、かぼちゃの種、アーモンド、食塩、小麦ふすま、玄米粉、グリセリン、加工デンプン、クエン酸鉄Na、乳化剤、酸味料、酸化防止剤 ビタミンE、ローズマリー抽出物 、ナイアシン、パントテン酸Ca、カゼインNa(乳由来)、ビタミンB1、ビタミンB6、ビタミンA、葉酸、ビタミンD、ビタミンB12 この1つ1つのアレルギーを見つける暇はないし、まず不可能だ。 アレルギーの原因は何か? というわけで。 ネットで可能性の高いものがないかと探すと、どうやらこんな感じである。 しかしながら、これでは、一般的な普通の食物アレルギーの可能性の話であって、私が問題にしているものではない。 つまり、小麦、とうもろこし、グルテン、ココナッツ、イチゴ、アーモンドとか、こういうものは人によってアレルギー度合いがことなるものである。 そこで、 もっと何か本質的に秘匿されているものがないか?ということで、いったいそれぞれの食物の産地がどこか?これを調べることができないか?と考えて調べてみた。 すると実にすぐれたサイトを発見。 これである。 この中にはそれぞれの製品の産地と製造工場の場所(国)が記載されている。 フルグラをピックアップするとこれだ。 空欄となっている食品添加物(ビタミン類)の中には、サプリメントと同じような栄養強化の目的で入れている化学品のものもあり、原産地のない原料がある。 検出限界値は原料メーカー、カルビー製品本体共に10Bq。 〈製造工場〉 清原工場(栃木県) 20148. 13時点 このように原材料はまさにワールドワイド、グローバリゼーションだった。 見も知らない世界中の工場で生産されたものが、混合されて、我が国に配布されているというわけである。 この中で、一番農薬を使う国として知られているのが、 中国、 アメリカ、 フィリピン である。 そこでこの三カ国を色分けしたわけだ。 豪州、カナダも危ないし、EUも南米ももちろん危ない。 いわゆる地産地消の原理原則からすれば、 フルグラとは、グローバリゼーションの典型的な食品ということになる。 いくら中には日本並の良い品質の製品を作っている工場があったとしても、他の国々がずさんな製品を作っていれば、それが全部を汚染するわけである。 先進国やら第三世界やら、北米南米欧州とそれぞれの法律の違うあらゆる国々で作られたものを混入する。 これは犯罪行為である。 したがって、 すべてに農薬がかかっている可能性が高い。 これが結論だ。 (お)そこで農薬が実際に身体を痒くするかどうかをチェック。 すると、こんなものが見つかった。 これらの薬品は、総じて極陰性であり、分散・分解・崩壊作用を持ち、血液を劣化させ、感染の可能性を高め、治癒を遅らせます。 除草剤・化学肥料・その他の化学薬品を摂取すると、 かゆみ・過敏症・神経系の症状が見られることが多く、また不整脈・ホルモン障害・アレルギー反応など、軽症から重症のものまで、多様な反応も次第に表面化してきます。 考えが散漫でまとまらず、怒りっぽくなり、凶暴で唐突な行動をするなど、心身ともに奇怪な行動が見られるのは、食べ物に含まれる化学薬品による直接的な影響によるものが多いでしょう。 ビンゴ!!! 俺の症状はフルグラの内容物の乾燥食品の果物および大本のグラノーラの小麦などに含有されているらしき農薬のせいだった可能性が高い。 今の農薬は簡単にいえば、かつてのイラン・イラク戦争時代のマスタードガス(毒ガス)の主成分と同じ系列の化学物質である。 マスタードガスでは体中が痒くなって、体中から出血して死ぬ。 いくら濃度が薄くてもそれが残留すると同じことが起こる。 いや〜〜参ったネ。 フルグラ、死ね!カルビー死ね! おっといけね〜、これほど日本人が凶暴になったのもまたフルグラのようなシリアルのせいかもナ。 農薬で精神を潰されるのである。 (か)実はこのフルグラのように、含有物の生産国や場所を記載しないようになったのは、あの小泉純一郎と竹中平蔵の「狂牛病の方針」こと「骨太の方針」という時代に遡る。 この時代に、ネオコンのジョージ・子・ブッシュ米大統領の側近であったラムズフェルト、チェイニーのいいなりになってそういうことをしたのである。 賞味期限、原産地名、製造工場名、こういったものを端折るルールを生み出した。 その心は? それが食品のグローバリゼーションだったようだ。 多国籍フード。 これがヘンリー・キッシンジャーが首謀した 兵器としての食料というものである。 (き)さらにこれと同じ製造法を行っているものがワクチンである。 製薬のワクチンの何が一番危険か知っているかい? 私がかなり最初にワクチンの危険性を論じた10年ほど前にはこれはあまり知られていなかったが、今ではワクチンの危険性は大分知られるようにはなったが、それでもこれはあまり知られていないものがある。 ワクチンの危険成分は、その添加物である。 防腐剤、タンパク質、水銀、アジュバント、DNAやRNAの断片、未知のウィルスの混入などなど。 しかし本当の怖さはこういうものだけではない。 実は一番怖いのはワクチンの主成分の作り方である。 例えば、血清を作る場合、昔はだれか個人、あるいは、日本人なら日本人の血を基にして作った。 ところが、グローバリゼーションの時代になると、多国籍メーカーが、人種国籍などまったく問わずに、世界中の人間の血を混合して血清を作るようになった。 だから、その中のたった一人でも不適格者の保菌者がいれば、すべてが汚染されてしまう。 しかし大手メーカーはそれでは損するから、チンすれば結構っていうやつで、加熱製剤を作ったのである。 加熱処理したからいいんちゃう、っていうやつだ。 同様に、ワクチンメーカーも無数の細胞で作ったワクチン成分を混合する。 この中の細胞が1個でも汚染されていれば、すべてが汚染する。 そこで加熱処理ワクチンとあいなった。 ところが、生ワクってか? 聞いても驚くばかり。 自殺行為である。 実際小児麻痺の生ワクを打って成人になってガンで死ぬ人は、全米で数百万人とあいなったわけである。 これがシオニストNWOのグローバリゼーションの目論見だったのである。 人口削減。 というわけで、どうやら中高年の人口を削減する目標で、中高年は食物繊維が足りない、フルグラ、グラノーラがいい、青汁を飲めってな具合になった可能性が高い。 (く)カルビーはいつから多国籍軍の支配を受けたのか? そこでカルビーがこういう方向に進んだのはなぜか?調べてみたわけである。 私の記憶ではカルビーと言えば カッパえびせん 私も昔はよく食べた。 やめられないとまらない、カッパえびせん。 というやつですナ。 それがいつしかまるでモンサントの下請けのようになった。 そこで、カルビーをウィキで調べると、こんな案配。 Calbee 年表[編集] カルビー旧本社ビル(北区赤羽南一丁目)。 現在はPALTAC東京支社。 カルビー広島工場 カルビー広島西工場 1949年(昭和24年):広島に松尾糧食工業株式会社を設立。 1955年(昭和30年): 社名をカルビー製菓株式会社に改める。 『かっぱあられ』を発売、日本初の小麦粉によるあられ。 1964年(昭和39年):『かっぱえびせん』を発売。 1968年(昭和43年):宇都宮工場を操業。 1969年(昭和44年):千歳工場を操業。 1971年(昭和46年):『仮面ライダースナック』を発売。 1972年(昭和47年): カルビー食品株式会社を設立。 じゃがいもを原料にしたスナック菓子『サッポロポテト』を発売。 1973年(昭和48年): 本社を東京に移転。 社名をカルビー株式会社に改める。 『仮面ライダーV3スナック』を発売。 『プロ野球スナック』を発売。 1975年(昭和50年): 鹿児島工場、下妻工場を操業。 『ポテトチップス』を発売。 (当初は内容量90g[2]で定価100円) 1976年(昭和51年):宇都宮第2工場、滋賀工場を操業。 1976年(昭和51年):原料部門が独立し、カルビーポテト株式会社を設立。 1983年(昭和58年):各務原工場を操業。 1986年(昭和61年):広島西工場を操業。 1988年(昭和63年):シリアル食品市場に参入。 1989年(平成元年):シリアル製造の清原工場を操業。 1990年(平成2年):スナックフード・サービス株式会社を設立。 1991年(平成3年):東京研究開発センターを開設。 1992年(平成4年):『ピザポテト』発売。 1993年(平成5年):『堅あげポテト』発売。 1994年(平成6年):東京都北区赤羽南一丁目に旧本社ビルが完成。 1995年(平成7年): 新宇都宮工場を操業。 『じゃがりこ』を発売。 1996年(平成8年):ガーデンベーカリー株式会社を設立。 1999年(平成11年):綾部工場を操業。 2世代目のカルビーポテト丸の竣工。 2000年(平成12年):株式会社カルナックを設立。 2004年(平成16年): シリアル製造部門が独立し、オイシア株式会社を設立。 2005年(平成17年):滋賀工場が独立し、カルビー湖南株式会社を設立。 2006年(平成18年): 『じゃがビー』(Jagabee)を発売。 旧広島工場(宇品)が閉鎖し、現広島工場(廿日市市)創業。 2007年(平成19年):『ポテトチップス』のベーシックラインのレギュラーサイズを従来の90gから85gに減量。 参考価格は税込み145円で据え置き。 2010年(平成22年):本社を現在地(丸の内トラストタワー本館)に移転[4]。 旧本社屋はその後、吉野家ホールディングスの本社として2016年1月まで使用されたのち、同年11月よりPALTAC東京支社となっている。 また、2008年11月より「ポテトチップス」のレギュラーサイズが158円(85g、税込参考価格)となっていたが、値下げされ148円となった。 2011年(平成23年): 東京証券取引所1部上場。 東日本大震災の影響による生産工場の被災と発生直後の自粛ムードで「ポテトチップス」を一時価格据え置きで85gから70gに減量。 2012年(平成24年):世界最大のポテトチップス(501kg)を作成し、ギネス世界記録に認定。 2013年(平成25年):2004年に独立させたオイシア株式会社を吸収合併。 2015年(平成27年):秋、同社初となる筒入り型『ポテトチップス クリスプ』を発売[5]。 これを見て、アハ〜〜! ビンゴ! やっぱり米大手が入っていた。 悪名高きペプシのペプシコである。 これが偽ユダヤ商法の典型ですナ。 カルビーの株たった20%の株式保有でカルビーの親玉になり、経営の悪かったペプシコの日本の子会社を買わせる。 つまり、ペプシコのフリトレーではペプシの多国籍フードが売れないから、カルビーの名前を付けて売り出すっていう悪徳商法だ。 ということは、フルグラの主成分、内容物は全部、もともとフリトレーが作ったもの。 カルビーは単に我々日本人を騙すための「なりすまし」の名前、あるいは、名義貸し。 あるいは、「通名」のようなものである。 カルビーのスナック、シリアルは全部ペプシコの製品に過ぎなさそうだということになる。 これにて一件落着。
次の