この記事はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2019年9月) 医学書院 正式名称 株式会社医学書院 英文名称 IGAKU-SHOIN Ltd. 現況 事業継続中 種類 市場情報 非上場 出版者記号 260 取次コード 0305 設立日 代表者 金原 俊() 本社所在地 1-28-23 資本金 7550万円 売上高 109億3700万円(2019年10月期) 従業員数 229名(2020年2月1日現在) ネット販売 自社サイト、 定期刊行物 を参照。 出版以外の事業 得意ジャンル 、、 外部リンク 医学書院(いがくしょいん 英称:IGAKU-SHOIN Ltd. )は、医学系出版社。 (昭和19年)、日本医学雑誌株式会社として創立。 (昭和25年)株式会社医学書院と改称し現在に至る。 本社は。 (平成19年)までの並びに社屋を構えていたが、同年、に面した新社屋に移転した。 医学雑誌、医学書籍、医学辞典などを発行するの中でも最大手。 この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2019年11月) 医学生向けの教科書「標準」シリーズは、基礎系・臨床系のほぼ全領域を網羅し定期的に改訂されているため、殆どの学生に購読されている(巻数が多くが決して安くないため、全巻を揃えるような買い方はほとんどされない)。 看護学生()を対象とした「系統看護学講座」は、全国の看護学校で圧倒的なシェアを誇る(看護学校では学校で一括して教科書を購入するため、シリーズでまとめて購入する傾向がある)。 一方、を対象とした「新看護学」は競合書の「看護学入門」()とほぼ互角の採用率である。 このように、学生向けのテキストを医学・看護の領域で網羅しているため、「医学書院といえば教科書」というように認知されている。 上記のほかに、年鑑書である「今日の治療指針」は創刊以来50年間安定した購買層に支えられ、目立つ競合書は存在しない。 また、「医学大辞典」や「治療薬マニュアル」は、後発ながら、それぞれの競合書「ステッドマン医学大辞典」()、「医学大辞典」()、「今日の治療薬」()にせまる売上数実績がある。 『リハビリの夜』、2009年。 - 第9回受賞• 『驚きの介護民俗学』、2012年。 - 日本医学ジャーナリスト協会賞受賞• 『中動態の世界 意志と責任の考古学』、2017年。 - 第16回(2017年)、第8回(2018年)受賞• ISBN-978-4260038850。 -第19回(2019年)、第10回(2019年)受賞 など多数刊行されている。 2019年11月3日、シリーズ「ケアをひらく」が、第73回(企画部門)を受賞した。 電子出版 [ ] 早くからに着手し、総合診療ガイド「今日の診療()」は1991年より毎年発行され、広く医療界にて愛用されている。 また、からの商品「看護医学」は看護界でのベストセラーとなり、さらに(20年)3月には、より向け「SR-A10000」を発売し話題となった。 (平成21年)3月には「医学大辞典第2版」を新規搭載した「電子辞書SR-A10001,SR-A10001M」を発売している。 また電子テキストシリーズ「医学書院eテキスト」、雑誌の電子配信サービス「MedicalFinder」、看護技術研修eラーニング「eナーストレーナー」など、数多くのデジタルコンテンツを発売。 雑誌 [ ] 主に、医学・看護の領域でを発行する。 生体の科学(偶数月発売)• 公衆衛生(毎月発売)• medicina メディチーナ (毎月発売)• 総合診療(毎月発売・「JIM」から誌名変更)• 呼吸器ジャーナル(書籍扱い)• 循環器ジャーナル(書籍扱い)• (毎月発売)• BRAIN and NERVE(毎月発売・「脳と神経」 と「神経研究の進歩」 の統合誌として2007年発刊)• 脳神経外科(毎月発売)• 精神医学(毎月発売)• 臨床外科(毎月発売)• 日本内視鏡外科学会雑誌(発行:日本内視鏡外科学会・2019年より電子版のみ)• 臨床整形外科(毎月発売)• 臨床婦人科産科(毎月発売)• 臨床眼科(毎月発売)• 耳鼻咽喉科・頭頸部外科(毎月発売)• 臨床皮膚科(毎月発売)• 臨床泌尿器科(毎月発売)• 総合リハビリテーション(毎月発売)• 理学療法ジャーナル(毎月発売)• 言語聴覚研究(書籍扱い)• 臨床検査(毎月発売)• 検査と技術(毎月発売)• 病院(毎月発売)• 看護教育(毎月発売)• 看護研究(偶数月発売)• 保健師ジャーナル(毎月発売)• 訪問看護と介護(毎月発売)• 助産雑誌(毎月発売)• 看護管理(毎月発売)• 精神看護(偶数月発売) 休刊した雑誌 [ ]• Cancer Board Square(書籍扱い)• 糖尿病診療マスター(2003年創刊~2017年12月号休刊)• 呼吸と循環(2016年休刊・呼吸器ジャーナルと循環器ジャーナルにリニューアル)• 看護学雑誌(1946年創刊~2010年12月号休刊)• 肝胆膵画像(1999年「消化器画像」として創刊~2008年誌名を変更~2012年7号休刊)• JJNスペシャル(書籍扱い)• リハビリテーション医学(発行:日本リハビリテーション医学会・三輪書店に移管) 脚注 [ ] 出典 [ ].
次のがん診療レジデントマニュアル 第7版 緩和ケアレジデントマニュアル エビデンスからわかる 患者と家族に届く緩和ケア 看護者が行う意思決定支援の技法30-患者の真のニーズ・価値観を引き出すかかわり 死にゆく患者 ひと と、どう話すか トワイクロス先生の緩和ケア: QOLを高める症状マネジメントとエンドオブライフ・ケア 患者の感情表出を促す NURSEを用いたコミュニケーションスキル がん看護実践ガイド 死亡直前と看取りのエビデンス 終末期の苦痛がなくならない時,何が選択できるのか? 大津の 誰でもわかる 医療用麻薬 リンパ浮腫の治療とケア がん患者へのシームレスな療養支援 がん看護実践ガイド• 池田市• 泉大津市• 泉佐野市• 和泉市• 茨木市• 大阪狭山市• 大阪市• 貝塚市• 柏原市• 交野市• 門真市• 河内長野市• 岸和田市• 四條畷市• 吹田市• 摂津市• 泉南郡• 泉南市• 泉北郡• 高石市• 高槻市• 大東市• 豊中市• 豊能郡• 富田林市• 寝屋川市• 羽曳野市• 阪南市• 東大阪市• 枚方市• 藤井寺市• 松原市• 三島郡• 南河内郡• 箕面市• 守口市• 八尾市 関西圏での医学書や看護学書、薬学書の買い取りはお任せください。 大阪全域迅速に無料出張いたします。 不要なものは買取します。
次の主人公の若き心理士は、ようやく見つけたデイケアの職場で、上司からいきなり「トンちゃん」と命名され、こう言われた。 「とりあえず座っといて」 座ってみる……。 凪の時間……。 トンちゃんは1分と間が持たない。 そこで隣で新聞を読みふけっているおばさんに話しかけてみた。 「あの……何を読んでおられるんですか? 」 「新聞だけど」 そりゃそうだ、見りゃわかる。 「……なんか面白いことありますか」 「別に。 ただのスポーツ新聞だけど」 「……ですよね」 心理学ハカセの専門性ははかなく砕け散った。 しかし、甲子園に出た興南高校をテレビで一緒に応援したり、朝夕ハイエースでメンバーさんを送迎したり、レクの時間に一生分のトランプをすることによって、やがて「ただ居るだけ」の価値を見出していく。 それにしても、なぜこの「ただ居るだけ」の価値が人々に伝わらないのだろうか。 トンちゃんは、「居場所」「暇と退屈」「愛の労働」「事件」「遊び」「中動態」「会計」「資本主義」などの概念を足がかり、探求を始めた。 この探求の旅は、彼自身の一身上の変化とともに、意外な方向に転換する。 なぜこの「善きケア」がときにブラック化していくのか、という問いが彼を衝き動かしたのだ。 一般社会で居づらい人たちのためのアジール(避難所)が、なぜアサイラム(収容所)に転化するのか? それは偶然の出来事なのか? ケアという行いに内在した構造的な原因があるのか? そして、いったい何がケアを損なうのか? トンちゃんは血を吐きながら(実話)、じりじりと真犯人を追いつめていく。 主人公をとりまくハゲ、デブ、ガリの看護師三人組にはケアの何たるかを教えられ、強気の事務ガールズのヒガミサと「ケアのダークサイド」に挑み、月の住人ユウジロウさんには内輪受けのギャグで心底癒されます。 そして最後、主人公がこのデイケアを去るとき、やくざに追われ続けて20年のヤスオさんとのキャッチボール風景はじつに感動的です。 ここでは詳細は書けませんが、代わりに著者の言葉を引いておきましょう。 「ただ居るだけ」の価値を、僕は官僚や会計係を説得する言葉にすることはできない。 だけど、僕は実際にそれを生きた。 だから、その風景を、そのケアの質感を、語り続ける。 本書はケアとセラピーについて考え抜かれた思想書であると同時に、沖縄で知り合った人々との魂の交流を描く、極上の物語です。 著者について 東畑開人(とうはた・かいと) 1983年生まれ。 2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。 沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、2014年より十文字学園女子大学専任講師。 2017年に白金高輪カウンセリングルームを開業。 臨床心理学が専門で、関心は精神分析・医療人類学。 著書に、『美と深層心理学』京都大学学術出版会、『野の医者は笑う』誠信書房、『日本のありふれた心理療法』誠信書房、監訳書に『心理療法家の人類学』(J. デイビス著)誠信書房がある。 *著者より 「この本は僕の青春物語です。 夢見る青年が現実と出会って、完膚なきまでに打ちのめされるお話だからです。 そのほろ苦い、いや苦杯を一気飲みするようなきつい敗北を経て、僕は友情と知を得ました。 ケアとセラピーの価値について究極まで考え抜かれた本書は、同時に、人生の一時期を共に生きたメンバーさんやスタッフたちとの熱き友情物語でもあります。 一言でいえば、涙あり笑いあり出血(!)ありの、大感動スペクタクル学術書! 「普通に死ぬ」を再発明する。 病院によって大きく変えられた「死」は、いま再びその姿を変えている。 現在の在宅死は、かつてあった看取りの文化を復活させたものではない。 先端医療が組み込まれた「家」という未曾有の環境のなかで、訪問看護師たちが地道に「再発明」したものである。 著者は並外れた知的肺活量で、訪問看護師の語りを生け捕りにし、看護が本来持っているポテンシャルを言語化する。 「看護がここにある」と確かに思える一冊。 著者の齋藤陽道さんもパートナーの麻奈美さんも、耳の聞こえない写真家です。 陽道さんの第一言語は日本語。 麻奈美さんは日本手話。 言葉が違えば見ている世界も違います。 ふたりの間に生まれた樹 いつき さんは、どうやら聞こえるらしい。 聴者です。 からだが違えば見ている世界も違います。 そんな「異なる」3人が、毎日をどんな風に過ごしているのか。 本書は、ケアが発生する現場からの感動的な実況報告です。 しゃべれるほうが、変。 吃音とは、言葉が肉体に拒否されている状態です。 しかし、なぜ歌っているときにはどもらないのか? なぜ独り言だとどもらないのか? 本書は、従来の医学的・心理的アプローチとはまったく違う視点から、 吃音という「謎」に迫った画期的身体論です! 自傷患者は言った「切ったのか、切らされたのかわからない。 気づいたら切れていた」。 語る言葉がないのか? それ以前に、私たちの思考を条件付けている「文法」の問題なのか? 若き哲学者による《する》と《される》の外側の世界への旅はこうして始まった。 ケア論に新たな地平を切り開く画期的論考。 大学院で博士号まで取得した著者は、「ケアじゃなくてセラピーをしたい p. 22 」と考え、沖縄のある精神科クリニックで働き出す。 しかし、彼に求められたものは、クリニックの一部である精神科デイケアのスタッフとしての仕事であり、著者はそこで働くなかで「セラピーとは何か。 ケアとは何か。 28 」「『ただ、いる、だけ』の価値とそれを支えるケアの価値 p. 337 」について等、根源的に考えざるを得なくなる。 本書は、そういう著者の思索を、デイケアでの様々な出来事と重ね合わせて辿っていく。 全体としては、著者の「成長物語」にもなっており前向きなのだが、最終章だけはデイケアの「ダークサイド」について論じており、トーンが違う。 本書に登場するメンバー(デイケアに来る人たち)について「私のさまざまな臨床体験を断片化し、改変し、新しく再構成した p. 345 」と著者は記し、また「この本の体裁は物語とかエッセイに見えるかもしれないけど、僕はね、これをガクジュツ書のつもりで書いてます p. 268 」とも述べるが、メンバーや同僚と著者のやり取りは実に生き生きとして「物語」として魅力的である。 いくつかの引用。 「心の深い部分に触れることが、いつでも良きことだとは限らない。 49 」 「自立を良しとする社会では、依存していることそのものが見えにくくなってしまうから、依存を満たす仕事の価値が低く見積もられてしまうのだ。 107 」 「人は本当に依存しているとき、自分が依存していることに気がつかない。 114 」 「この本は精神科デイケアを舞台にしたお話ではあるのだけど……これはケアしたりされたりしながら生きている人たちについてのお話……そう、それは『みんな』の話だと思うのだ。 347 」 それにしても、「生き延び」るために、同僚にICレコーダーを貸したり贈ったりする必要がある職場っていったいどういう職場なのだ。 「僕のいたデイケアが……ブラックデイケアであったというわけではない p. 305 」と著者はわざわざ書くのだが。 難しいことを難しく説明するのは簡単だが(いや多分前提として頭が良くないとダメでしょうが)、本当はとても難しいことを面白く表現するのというのは難しいですよね。 本著はそれに成功しているのですね。 面白かった。 書いてくれてありがとうございました。 読む前は、え?なんですと?京大大学院卒?高学歴で頭良すぎてスパイラル起こしちゃってんじゃないのか?大丈夫なのぉと、偏見とひがみと先入観で懐疑満載でしたが、読み終わってみれば、嘘くさいハッピーエンドでお茶を濁されることなく、一緒に四年間働いてきたデイケアの同僚だったような気分にさせてもらった。 そして考えさせられた。 何か友との別れの虚無感のような、疲労感と爽快感と。 筆者が成長した物語なので一緒に成長した気持ちになれる。 だから爽やかな後味なんだろう。 そっか、河合隼雄先生の門下生ということか、見直したぜ。 いえごめんなさい、お見それしました。 円環的な時を筆者と共有できて良かった。 うん、超頭のいい理想に燃える人が理想と現実を知り現場で傷つき疲労困憊し、それを恐れずに言葉にしてくれた。 ありがとう。 そしてとても大事なことをこういう風に面白く読み手に受け止めやすく書いてくれたおかげで、受け止めるだけじゃなく、頭で理解するだけじゃなく、自分自身の言葉で語れる人も増えてくるんじゃないかな。 そうすると、いずれここで書かれている『いる』を支えることというか、人同士の関わり…、集まり、つながり、意味、意義、そんなものの概念に対して意識改革が起こったりして。 『いる』ことの本質がみんな共有できる感覚になっていけば、今は見えづらいそれが、いつか形をとり、チカラを持ち、いつの日か『会計の声』に対抗しうる何かになるかもしれない、……ならないかもしれない。 昔、デイで働き2年間で退職した酸っぱい経験を思い出した。 あれは何だったのか未だ総括できていない私にはとてもとても必要な一冊でした。 私は医療従事者でもなく、臨床心理とは無縁の会社員だが、好奇心で本書を読んでみた。 自分の立場だと、本書の内容が、会社の辞め方と、恋人や家族との付き合い方の2点において、特に参考になると感じた。 まずは、会社の辞め方についてだ。 これはネガティブな意味ではなく、これからの時代、1つの会社に勤め上げることはあまり現実的ではない。 となると、どのような去り方が良いのかは知っておく必要があると普段から思っていた。 本作で表現されている傷つけない辞め方、傷つきと向き合う辞め方という2種類の辞め方を知れたのは良かった。 会社の場合だと、自分と特に関係が深い相手とはセラピー的な辞め方を、あまり関わりがなかった相手とは傷つけない辞め方が良いのかなと感じた。 とはいえ、本書で述べられていた通り、人と付き合うということは、葛藤を抱えつつ、その都度その都度何が良いか判断しながら付き合っていく必要があるため、一概には言えない。 続いては、恋人や家族との付き合い方についてだ。 本書の中で、とある哲学者が、日常に支障をきたさないために誰かがやらなければいけない素人でもできる仕事を、「依存労働」と呼ぶと紹介してくれる箇所がある。 依存労働について、本書では、現在の世の中は自立を良しとする風潮のもと成立しているため、家事などの依存労働の社会的価値が低くなっている、依存労働は見えにくくなってしまうため、どうしても仕事の価値も低く見積もられがちであることに言及している。 そう言われてみると、確かに依存労働は社会的価値が低くなりがちだ。 そのことを自分が自覚して、相手の行動に敬意を表し感謝できるか、そこが夫婦円満や、家庭円満の1つのポイントになってくるのかなと読みながら感じた。 また、依存労働者には、依存労働者をケアする「ドゥーリア」による支えが必要という部分も興味深かったが、長くなってしまうためこの部分の感想は割愛させていただく。 本書は学術書である、という著者の主張どおり、参考文献も多く、学びが多い本である。 一方で軽妙な語り口で、読みやすい本でもある。 個人的には、自分と全然関係ない分野でも、自分にとって必要な新しい気付きや発見って本当にできるんだなと実感できた本だった。 総じて読んでよかった。 前著において、多くの人から憧れられる純金の心理療法ではなく、現代日本のそこここで行われている『ありふれた心理療法』に焦点を当ててみせた著者が、今度は日本のデイケアにスポットを当てています。 著者の代表作ともいえる『野の医者は笑う』が疾走感あふれるコミカルなノンフィクションだったのに対し、本書は笑いどころがたくさんあるにも関わらず、一貫して不安定で、脆さを感じさせる空気に包まれています(他のレビュワーさんが書かれているように、統合失調症の症状のような、足場がもろもろと崩れそうな感じがします)。 だからこそハラハラしてページをめくらずにいられませんでした。 セラピーで身を立てようと意気込んで沖縄にやってきた著者が、勤務先でデイケアに出会い、「ただ、いる、だけ」というあり方に戸惑いながらもその意味を探求していくプロセスが、物語のようにして紡がれていきます。 著者の体験の記述と、それがどうして起こったのかを考える省察とのバランスが絶妙だと思いました。 たとえば、突如勃発したメンバー同士のトラブル(事件!)に際し、著者がビビッて動けなかった、というシーンは印象的です。 著者は看護師の迅速な対応を見て自身のチキンな性格を嘆き、それだけでは終わらず看護師と心理職との専門性の違いを知的に考察してみるものの、やっぱり割り切れずに「ケア」とは何なのかと悩んでいく…というように、生々しい体験と論理的思考とが行ったりきたりする描写がダイナミックで、読んでいて引き込まれました。 最終盤は意外な方向に論が展開し、そこが非常に刺激的で、考えさせられました てっきり「ケア」の意義や重要性を提示して、同じように戸惑っている在野の数多の心理職に支持と勇気を与えるような結びかなーと思いながら読んでいたのですが、良い意味で裏切られました。 著者の視点は、臨床心理学だけでなく、広く社会に開かれています。 それにしても、この『シリーズ ケアをひらく』は名著が多いです。 本書は特に、装丁や内部のイラストまでこんなに凝った内容で2160円とは…医学書院さん本当にありがとうございます。
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