【質問】 人前で字書くと手が震える 30代の女性です。 何年か前から人前で文字を書くときに手が震えるようになりました。 ストレスを感じているときや生理の前などは特にひどくなります。 「また震えるんじゃないか」という恐怖心から、より一層震えるという悪循環に陥っています。 家でいるときや人に見られていなければ、震えることはありません。 これが原因で落ち込んでいます。 精神的なものと思っていますが、どうやって対処すればいいでしょうか。 【答え】 恐怖症性不安障害 -治療には薬物療法など- 今井メンタルクリニック 院長 今井 幸三(鳴門市撫養町黒崎) 文字を書くときに手が震える症状は「振戦」といい、以下のようなさまざまな病気や状態に伴って表れます。 <1>本態性振戦(物を取ろうと手を近づけたときに手や指が震えたり、一定の姿勢をとるときに震えが出たりする)<2>パーキンソン病(文字を書き続けるとだんだん小さな文字になっていく、歩くときに手を振らない、表情が乏しくなるなどの全身的な症状が出る)<3>甲状腺機能亢進(こうしん)症(首の付け根にある甲状腺が腫れ、汗かきになり、体重の減少や脈が速くなるなどの症状が出る)<4>アルコール性振戦(酒を長年、多量に飲み続けている人によく見られる症状)<5>精神的に緊張し、手がこわばって震える-などです。 <1>と<2>は、周囲の状況によって震えの程度に多少強弱があるものの、質問にあるように「家でいるときは震えない」ということはありません。 <3>は震え以外の症状がたくさんあるし、<4>でもないようです。 以上から、質問の女性の症状は「人前で文字を書くとき(しかも見られているときだけ)に手が震えて文字を書きにくい」ということなので、<5>の精神的な緊張によるものと考えられます。 緊張によって手が震えるというのはどういうことでしょう。 誰しも、そばに人がいるときは少なからず緊張するものです。 ただ、緊張も少しだけならいい結果に表れることがありますが、ひどくなると質問の女性のように「手が震えて文字が書きにくい」状態になることがあります。 これは書痙(しょけい)といい、恐怖症性不安障害といわれる病気の症状の一つです。 一般的には「対人恐怖症」といった方が分かりやすいかもしれません。 結婚式の受け付けやホテルのチェックインに際して名前を書くときに手が震えて思うように書けなかったり、大勢の人前で話をするときに手や足が震えてしまうこともあります。 この病気は、このほかに人前で赤面したり(赤面恐怖)、あるいは緊張が強いあまりに声が震えて出にくくなったりもします。 最近、たくさんの人が悩んでいるパニック障害も含まれています。 パニック障害は、パニック発作(ある日突然、動悸(どうき)がして呼吸が速く苦しくなって脈も速くなり、死ぬのではないか、との強い不安や恐怖を感じる)と予期不安(同じ不安や恐怖感がまた襲ってくるのでは、と不安になる)があり、仕事や社会生活に支障を来すようになります。 書痙の治療は薬物療法や行動療法、森田療法、カウンセリングなどがあります。 まずはかかりつけの医師、もしくは心療内科や神経科、精神科を受診してください。 私は薬物療法(人前で文字を書く30分くらい前に安定剤を服用する。 必要であれば、安定剤を毎日規則的に服用することも追加する)とカウンセリングを併用しますが、他の治療法を選択する医師やカウンセラーもいます。 いずれにしても、自分の病気に関する十分な説明を受け、納得できる治療を受けることが大切です。
次の「パニック障害」も「不安障害」も、近年よく用いられるようになった病名ですが、正確にいうと、両者は並列関係にあるものではなく、下図のように、「パニック障害」は「不安障害」の下位分類のひとつです。 図1 不安障害と下位分類 ここに示した分類は、米国精神医学会のDSM-IV-TRによっています。 もうひとつの臨床でよく使われる分類基準であるWHOのICD-10では、パニック障害と恐怖症の関係がやや異なることと、一般身体疾患や物質によるものは不安障害からのぞかれている点が異なっていますが、他はほぼ共通しています。 「不安障害」というのは、精神疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた名称です。 その中には、特徴的な不安症状を呈するものや、原因がトラウマ体験によるもの、体の病気や物質によるものなど、様々なものが含まれています。 中でもパニック障害は、不安が典型的な形をとって現れている点で、不安障害を代表する疾患といえます。 患者数 一般住民を対象とした疫学調査では、わが国ではH14-18年度に厚労省の研究班(主任、川上憲人)が行った調査があり、何らかの不安障害を有するものの数は生涯有病率で9. その内訳をみると、特定の恐怖症が最も多く3. 米国の大規模疫学調査では有病率はもっと高く、ECA調査 Epidemiologic Catchment Area Program, 1980-83年 では不安障害全体は14. この結果からは、不安障害は年々増えていて、米国では今や10人に3人以上が経験する病気であることが考えられます。 パニック障害の有病率はECA調査1. NCS調査によりますと、不安障害は女性に多く(男性25. 5倍、そのほかの不安障害の下位分類でもすべて女性が多くなっています。 年齢分布は、18歳から60歳までのすべての年齢層であまり変わらず、60歳以上になると減少する傾向がみられます。 疫学調査でわかったもうひとつ重要な所見は、不安障害の患者さんは一定期間に二つ以上の診断基準を満たす障害がみられる「併存」を経験することが多いことです。 原因・発症の要因 不安障害の原因は、まだ十分には解明されていません。 どんな病気もそうですが、精神障害の発症には、生物学的(身体的)、心理的、および社会的要因がいろいろな度合いで関わっています。 不安障害も、かつては心理的要因(心因) が主な原因であると考えられてきましたが、近年の脳研究の進歩により、今日では、心因だけでなく様々な脳内神経伝達物質系が関係する脳機能異常(身体的要因)があるとする説が有力になってきています。 脳機能異常 パニック障害では、大脳辺縁系にある扁桃体を中心とした「恐怖神経回路」の過活動があるとする有力な仮説があります。 大脳辺縁系は本能、情動、記憶などに関係する脳内部位で、扁桃体は快・不快、怒り、恐怖、などの情動の中枢としての働きをしています。 内外の感覚刺激によって扁桃体で恐怖が引き起こされると、その興奮が中脳水道灰白質、青斑核、傍小脳脚核、視床下部など、周辺の神経部位へ伝えられ、すくみ、心拍数増加、呼吸促迫、交感神経症状などのパニック発作の諸症状を引き起こしてくると考えられています。 またこの神経回路は主としてセロトニン神経によって制御されていて、セロトニンの働きを強めるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)がパニック障害に有効であることが、この仮説を補強しています。 心理的要因(心因) 不安障害の発症に心理的要因が関与していることも間違いありません。 パニック障害では何の理由もなく突然パニック発作に襲われるのが典型的とされていますが、実はこれも、• 過去に何らかのきっかけがあった• 発症前1年間のストレスが多い• 小児期に親との別離体験をもつ などの心理的要因があるケースが多い、という報告もあります。 社会的要因 このほか、社会的要因も心理的要因の背後にあります。 時代やその人の住んでいる国・地域の文化によって、ものごとの受け止め方も考え方も変わります。 たとえば日本の場合、恐怖症では対人恐怖が多く、人の目を気にして恥を重視する日本文化独特のものといわれてきましたが、今日そのような傾向が薄れるとともに、対人恐怖も減ってきているといわれています。 症状 不安障害の症状 不安障害の主症状は不安です。 不安とは漠然とした恐れの感情で、誰でも経験するものですが、はっきりした理由がないのに、あるいは理由があってもそれと不釣り合いに強く、または繰り返し起きたり、いつまでも続いたりするのが病的な不安です。 不安のあらわれ方にはいろいろな形があり、それによって不安障害の下位分類がなされています(ただし原因の明らかなものは原因によって分類)。 以下に、パニック障害での症状を解説します。 パニック障害の症状 パニック障害の症状をまとめますと、 、予期不安 、が3大症状ということができます。 中でもパニック発作、それも予期しないパニック発作がパニック障害の必須症状であり、予期不安、広場恐怖はそれに伴って二次的に生じた不安症状といえます。 そして症状のみならず広場恐怖によるQOLの低下が、この障害のもうひとつの特徴でした。 にパニック障害の診断基準を示します。 パニック発作 パニック障害かどうかを決めるための第一の条件は、に示す「予期しない発作」であることです。 「パニック発作」はパニック障害の特徴的な症状で、急性・突発性の不安の発作です()。 突然の激しい動悸、胸苦しさ、息苦しさ、めまいなどの身体症状を伴った強い不安に襲われるもので、多くの場合、患者さんは心臓発作ではないか、死んでしまうのではないかなどと考え、救急車で病院へかけつけます。 しかし症状は病院に着いたころにはほとんどおさまっていて、検査などでもとくに異常はみられません。 そのまま帰宅しますが、数日を置かずまた発作を繰り返します。 パニック発作は恐怖症、強迫性障害、PTSDなどのほかの不安障害、うつ病、統合失調症、身体疾患や物質関連障害などでも同様の症状がみられますが、パニック障害で経験するパニック発作は、「予期しない発作」です。 原因やきっかけなしに怒る、いつどこで起こるかわからない発作を「予期しない発作」といいます。 恐怖症の人が(たとえばヘビ恐怖症の人が恐怖対象のヘビに出会った時)に起こるパニック発作は、「状況依存性発作」であり予期しない発作ではありません。 ただし、パニック障害の患者さんに、両方のタイプの発作が起こることはありえます。 予期不安と発作からくる変化 次いで、のどれかに該当するかをみます。 パニック障害では通常は a の「また発作が起こるのではないか」という心配が続く、が該当することが多く、これを「予期不安」といいます。 発作を予期することによる不安という意味です。 b は「心臓発作ではないか」「自分を失ってしまうのではないか」などと、発作のことをあれこれ心配し続ける、 c は、口には出さなくても発作を心配して「仕事をやめる」などの行動上の変化がみられる場合です。 いずれも、パニック発作がない時(発作間欠期)も、それに関連した不安があり、1ヶ月以上続いているということを意味しています。 広場恐怖 B. の条件は、パニック障害は広場恐怖を伴うものと伴わないものに分けられますが、伴う場合の条件です。 「」というのは、パニック発作やパニック様症状が起きた時、そこから逃れられない、あるいは助けが得られないような場所や状況を恐れ、避ける症状をいいます。 そのような場所や状況は広場とは限りません。 一人での外出、乗り物に乗る、人混み、行列に並ぶ、橋の上、高速道路、美容院へ行く、歯医者にかかる、劇場、会議などがあります。 広場というより、行動の自由が束縛されて、発作が起きたときすぐに逃げられない場所や状況が対象になりやすいことがわかります。 に広場恐怖の診断基準を示しました。 この表にある「パニック様症状」というのは、パニック発作の基準は満たさないが、それと似た症状という意味です。 パニック障害ではほとんどの患者さんがこの広場恐怖を伴っていて、日常生活や仕事に支障を来す場合が多くみられます。 サラリーマンであれば電車での通勤や出張、主婦であれば買い物などが、しばしば困難になります。 誰か信頼できる人が同伴していれば可能であったり、近くであれば外出も可能であったりしますが、その結果、家族に依存したり、行動半径が縮小した生活を余儀なくされる場合が多く、広場恐怖を伴うパニック障害によるQOL(Quality of Life, 生活の質)の低下は、見かけ以上に大きいといわれています。 そのほかの条件 後の2つの条件 は、パニック発作が身体疾患や物質によるものでないこと、恐怖症、強迫性障害、PTSDなど、ほかの精神疾患によるものでないことという除外規定です。 ただし併存はあり得ます。 治療法 不安障害の治療は、薬物療法と精神療法に分けられます。 パニック障害でも抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と抗不安薬のベンゾジアゼピン誘導体(BZD)を中心とした薬物療法と精神療法である認知行動療法を基本として行います。 薬物療法 パニック障害ではパニック発作を消失させることが治療の第一目標になりますが、それには薬物が有効で、上述のようにSSRIとBZDが主として用いられます。 SSRIとBZDにはそれぞれ特徴があり、両者の長所・短所を踏まえた併用療法が推奨されています。 SSRI 長所:パニック発作を確実に抑制し、予期不安や広場恐怖にも有効、副作用が少なく安全性が高く、長く続けていても依存性を生じない 短所:即効性がなく(効果発現に2~4週間かかる)、投与初期(1~2週間)に眠気、吐き気、食欲低下、下痢、軟便などの副作用や、一時的な不安の増強がみられることがある(少量から開始し、徐々に増やしていくことで防ぐことは可能)。 薬物相互作用といって、のみあわせに注意しなければならない薬がある(ほかの病院等にかかって薬を処方された場合は、必ず医師か薬剤師に相談してください)。 BZD 長所:不安、不眠、不安に伴う自律神経症状など、不安症状全般に有効で、副作用も少なく(常用量では眠気、ふらつきくらい)安全性が高く、即効性である 短所:長く続けていると依存性を生じやすい、乱用の危険がある、急にやめるとリバウンドや離脱症状(不眠、焦燥、知覚異常など)が出やすい。 アルコールとの併用は禁忌です。 なお、症状が良くなっても薬はすぐにやめず、半年から1年くらいそのまま続け、それから徐々に減らしていくようにします。 パニック障害は再発しやすい病気だからです。 またSSRIを急に中止すると、断薬症状といって、頭痛、めまい、感冒様症状などが出ることがありますので、必ず医師に相談し、指示通りに服用または中止するようにしてください。 パニック障害には、認知行動療法が薬物と同等の効果をもつことがわかっています。 認知行動療法は、曝露療法や 認知療法、など様々な技法の組み合わせからなっています。 症状や治療環境に合わせ、どの技法を用いてどのような方法で行うか、事前に患者さんと治療者でよく話し合って決め、計画的に実施します。 認知行動療法は簡単ではなく、良く訓練をうけた専門家による指導が必要ですが、専門家もまだ十分でないのが現状です。 治療ガイドラインでは、急性期の治療では、薬物でパニック発作やそのほかの不安症状を出来るだけ軽減させ、それでも広場恐怖症状が続く場合は、認知行動療法、中でも曝露療法を行うよう勧めています。 曝露療法 広場恐怖に最も効果のある治療法です。 通常は「段階的曝露療法」といって、広場恐怖の対象を、その不安の度合いによって0から100までに段階づけし、容易な段階から挑戦して、出来たらその上を目指すというやり方で行動練習を行います。 たとえば一人で電車に乗れない場合は、はじめは家族同伴で乗ってみる、次は家族に別のハコに乗ってもらい、その次は一人で一駅だけ乗ってみる、出来たら二駅三駅と距離と時間をのばしていくといった具合です。 無理せず、少しずつ成功体験を積み重ねることによって、自信をつけていくのがコツです。 認知療法 不安の予兆に対し、いつも最悪の事態を予測してしまうクセ(認知の歪み)に気づき、「これはいつもの不安のためだ、時間がたてば自然に治まる」などと、言葉にして自分に言い聞かせることによって認知の修正をはかるようにする方法。 これは自分でできる簡単な認知療法です。 経過 発症の時期はいろいろですが、パニック障害は早期成人期が多く、米国の調査では後期青年期と30代半ばとの二つの山があるといわれています。 発症後の経過は、寛解と増悪をくりかえす慢性経過が一般的です。 不安障害はほかの精神障害の併存が多いことも特徴のひとつと述べましたが、そのことも経過に影響を与えます。 とくにうつ病(大うつ病や気分変調性障害)、アルコール・薬物依存、パーソナリティ障害などが加わると、症状が悪化し経過が長引くことが分かっています。 初診時までの罹病期間が長い、ソーシャルサポートが乏しい、といった環境も経過を長引かせる要因とされています。 慢性疾患全般に共通することですが、不安障害は症状そのものによる苦悩だけでなく、能力障害や機能障害が仕事や日常生活へ与える影響が問題で、QOLの低下を招き、その程度はうつ病にも劣らないといわれています。 従って、治療では症状を軽減させるだけでなく、症状があってもそれを制御しながら、仕事や日常生活をいかに維持していくかが重要な目標になります。 次に述べる患者さんへのアドバイスは、自分でも出来るこれらの障害への対処法、いわゆる養生法を含んでいて、QOLの向上に役立つと思われます。 是非参考にしてください。 患者さんへのアドバイス 先に述べた経過に影響を及ぼす要因は、逆にそれらを減らすことによって、転帰を改善する可能性があることを示しています。 たとえば、初診時の罹病期間を短くするためには、早期発見・早期治療につとめる、ソーシャルサポートを充実させるためには、家族や周囲の人々の理解・協力や社会的な支援体制を整備するなどです。 また、たとえ不安障害に罹患しても、アルコールに依存しない、うつ病・うつ状態がみられたら早めに十分な治療を行うこと等が、転帰の悪化を防ぐ可能性があります。 症状・経過の悪化を防ぎ、機能障害やQOLの向上をはかるために、患者さん自身で出来ることもあります。 以下に、不安障害への一般的な対処法、養生法をまとめておきましょう。 疾患を理解すること 不安障害の多くは、症状が誰でも経験するありふれたもので、内科的検査でも異常がみつからないために、「気のせい」「気にしすぎ」「性格的なもの」などとみなされ、本人も周囲も病気だとは考えないことがよくあります。 まず不安障害という精神疾患であり、治療可能な病気だということをよく理解してください。 本人だけでなく、家族など周囲の人々にも正しい理解を持ってもらうことが重要です。 正しい診断と適切な治療を受ける 症状の訴えがあっても、検査などで客観的な所見がないと、医師によってはなかなか正しい診断がなされずに、「自律神経失調症」「不定愁訴」などの暫定的な病名で、BZDなどの薬物をただ漫然と投与されているだけというケースが、残念ながらまだみられます。 これは…と思ったら、精神科や心療内科医を受診し、正しい診断と適切な治療を受けるようにしてください。 納得がいかなければ、セカンドオピニオンを求めることも選択肢のひとつですが、いったん決めたら信頼関係を維持し継続して治療を受けることが肝要です。 名医を探すより、相性のよい医師をみつけて長くかかることをお勧めします。 自分でも不安をマネジメントする方法を身につける 薬物療法は医師にゆだねるしかありませんが、一般的な不安マネジメントは自分でも可能です。 腹式呼吸、筋弛緩などによるリラクゼーション法、ヨガや自律訓練、音楽やアロマを用いる方法などがあります。 主治医に相談し、出来れば指導を受けてから実行するのがよいでしょう。 規則正しい生活、適度な運動 これらは健康の基本ですが、体の健康だけでなく精神健康にもあてはまります。 規則正しい生活の基本は、食事、睡眠、それと運動です。 これらを規則正しくすることによって、体内リズムを整え、自律神経内分泌系を安定させ、免疫力を向上させます。 また適度な運動は、体力向上だけでなく、脳内快感物質(エンドルフィン)の分泌や海馬の神経細胞新生にかかわるBDNF(脳由来栄養因子)の産生を促すことによって、"うつ"の改善にも役立つともいわれています。 タバコ、アルコール、コーヒー タバコやアルコールは一時的に不安を軽減する効果がありますが、長く続けていると耐性や依存を起こしやすく不安障害にはよくありません。 とりわけタバコは百害あって一利なしと考えてください。 アルコールは、抗不安薬として処方されるベンゾジアゼピン系誘導体と併用すると、副作用が増強し危険です。 飲む場合は併用を避け、十分時間を空けて控えめにするようにしてください。 コーヒーは過剰摂取で不安を増強させることがあるので、やはり控えめにしましょう。 不安やストレスから逃げない、乗り越えることをめざす 不安や不安をもたらすストレスは、生活する以上避けることは出来ません。 不安やストレスのない生活を求めるのでなく、受けとめ乗り越えるという意識をもつことが大切です。 認知行動療法が教える曝露療法や、認知の歪みの修整法が役立ちます。 日常生活の中で、曝露療法的な行動練習(苦手場面を避けずに、少しずつ勇気を出して挑戦し、克服していく)を心がけ、マイナス思考に陥りやすい自分の傾向に気づき、プラス思考に変えていくようにしましょう。 このような前向きな生活態度によって、「自分もやれば出来る」という感覚(自己効力といいます)が生まれればしめたものです。 病気に負けていない生活となり、QOLが向上するはずです。 研究の状況 不安障害に関する最近の研究は、脳研究の進歩に裏づけられ、症状の発症機序を説明する脳内部位や神経回路とその機能異常の解明に向けられています。 分子遺伝学的研究も近年の進歩が著しい領域で、不安障害についても多くの関連する遺伝子候補が報告され、病気への脆弱性(なりやすさ)の説明が試みられてきています。 ただしこれが実際の病気や症状とどう結びつくかについては、まだまだ明確ではありません。 治療については、SSRIの登場によって、薬物療法が大きく進歩したことは事実ですが、SSRIにも治療法の項で述べたような多くの欠点や限界があり、それを越える薬物の開発が課題になっています。 精神療法では認知行動療法の有効性が確かめられ、専門家の育成と普及が実際的な課題となっていますが、これについては民間の養成機関などが増え、徐々に進んできているところです。 ほかの精神療法は、有効性を科学的に証明することが依然として課題になっています。 今日では、多くの疾患について学会や専門家集団による「治療ガイドライン」が発表され、標準的な治療法の普及に役立っています。 不安障害についても同様ですが、これらは研究の進歩や臨床経験の蓄積によって、常に改訂していく必要があります。 治験や臨床研究には制約も多く、いかに継続してデータを更新し、完成度を高めていくかが今後の課題です。 【参考文献】 1 American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth edition, Text Revision DSM-IV-TR. Washington, DC, American Psychiatric Association, 2000 2 American Psychiatric Association: Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-IV-TR 高橋三郎,大野 裕,染矢俊幸訳:DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引き.東京,医学書院,2002 3 竹内龍雄:パニック障害,追補改訂版.東京,新興医学出版社,2000 4 竹内龍雄編:パニック障害 新しい診断と治療のABC 40 .東京,最新医学社,2006 5 熊野宏昭,久保木富房編集:パニック障害ハンドブック-治療ガイドラインと診療の実際.東京,医学書院,2008 6 竹内龍雄,不安・抑うつ臨床研究会編:パニック障害はここまでわかった.東京,日本評論社,2008 7 川上憲人 主任研究者 :こころの健康についての疫学調査に関する研究 平成16~18年度厚生労働科学研究費補助金 こころの健康科学研究事業 こころの健康についての疫学調査に関する研究,総合研究報告書 .2007.
次の全般性不安障害とは、時間や予定のずれ、仕事、学校、家族、健康などに対して、 自分自身で不安の感情をコントロールできないほど過剰に心配をし、普段の活動に支障をきたす状態が続いている状態を指す疾患です。 身の回りに起こるかもしれない出来事の発生可能性、発生した際にどういう影響が起こるかという本人の予測は、感じる不安や心配の強度、持続期間、発生頻度と必ずしも一致するものではありません。 通常の場合、人はいま行っていることに対しての集中を妨げないために、一旦、不安や心配は抑制されている状態を保ちながら活動に集中できるようコントロールすることができています。 全般性不安障害は、こうした不安や心配のコントロールにトラブルが生じ、日常生活に支障が出るほどの症状となって現れた状態であり、一般的な「心配性」とは区別されています。 ・自分の身の回りに起こる様々な出来事に対して大きい苦痛を感じ、それが長続きする傾向がある。 ・不安や心配の感情が前触れなくいきなり生じる。 ・不安や心配の感情がからだの不調になって現れる。 以上の症状を顕著に感じ、長期化しているとき、全般性不安障害を発症している恐れがあります。 すべての人に共通して現れる症状は以下の2つです。 ・過剰な不安と心配をする日が、しない日よりも多い状態が少なくとも6ヶ月以上続く。 ・自分自身で心配を抑制することを、むずかしいと感じる。 不安と心配の感情と共に、以下のうち3つ以上(子どもの場合は1つ以上)の症状が現れます。 ・落ち着きのなさ、緊張感、神経の高ぶり ・疲労しやすい ・集中困難、心がからっぽに感じる ・挑発されたと感じると、すぐに頭に血がのぼってしまう ・筋肉が震えたり、筋肉痛になったり、収縮感を感じたりするなどして緊張する ・寝付きの悪さ、途中で起きてしまうなどの睡眠障害 ・発汗、吐き気、下痢などの身体症状 ・突発的に起こった出来事に対して、顔面蒼白、冷や汗、動機、不眠、脱力感などの精神的、身体的反応を生じる極度の驚愕症状 全般性不安障害は、生活の全ての要素に対して不安を感じ、その不安が慢性化していくことによって発症します。 そのため、時間の経過によって不安の出現がクセになっていく可能性が増え、30歳くらいで発症する人が多いです。 そして、年齢を重ねるごとに症状は比較的小さくなると言われています。 また、女性の方が男性より2倍経験しやすいとされています。 加えて、以下の性格をもつ人は全般性不安障害を発症しやすいといわれています。 ・周囲の環境を敏感に感じ取ってしまう人 ・コンプレックスを抱えており、自信がない人 ・完璧主義者、完璧以外に極端な不満を持つ人 ・過度の保障を必要とする人 しかし、これらの特徴がある人が必ず発症するとは限りません。 原因として、 性格からくる要因、環境からくる要因、生物学的要因の3つがあります。 性格からくる要因として、我慢強い性格、ネガティヴ思考、リスクをとらない性格などが挙げられます。 我慢強い性格が全般性不安障害の原因になってしまうのは、我慢という行動は、他人に嫌われるのが怖いなどといった不安や心配する感情が伴っているからです。 また、ネガティヴ思考が原因になってしまうのは、常にネガティヴな気持ちに伴って不安や心配の感情がおこっている場合が多いからです。 そして、リスクを取らない性格が原因になってしまうのは、常にリスクに伴う不安や心配が念頭にあり、行動することによって危険にあう可能性をネガティヴに捉えてしまう傾向があるからです。 環境的要因として、子どもの頃の逆境や親の過保護を受けた経験が当てはまります。 しかし、これらは完全に証明されたわけではなく、必ずしも十分な要因ではありません。 生物学的要因として、脳内の神経伝達物質であるセロトニンが関与している場合があるという説があります。 セロトニンの分泌量を調節するセロトニントランスポーター(日本では不安遺伝子と呼ばれている)が作用し、これらは遺伝性が認められています。 そのため全般性不安障害は遺伝的要因により発症する場合もあると考えられているのです。 しかし、全般性不安障害の原因のすべてについては、まだはっきりとはわかっていない部分も多いため、更なる研究が必要な段階です。 (仕事や学業などの)多数の出来事または活動について過剰な不安と心配(予期憂慮)が起こる日のほうが起こらない日より多い状態が少なくとも6ヶ月間にわたる。 その人は、その心配を抑制することが難しいと感じている。 その不安および心配は、以下の6つの症状のうち3つ(またはそれ以上)を伴っている(過去6ヶ月間、少なくとも数個の症状が、起こる日のほうが起こらない日より多い)。 注:子どもの場合は1項目だけが必要。 その不安、心配、または身体症状が、臨床的に意味のある苦痛、または、社会的、職業 的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。 その障害は、物質(例:乱用薬物、医薬品)または他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進 症)の生理学的作用によるものではない。 その障害は、他の精神疾患ではうまく説明できない(例:パニック障害におけるパニック発作が起こることの不安又は心配、社交不安症における否定的評価、強迫症における汚染、または他の強迫観念、分離不安症における愛着の対象からの分離、心的外傷後ストレス障害における身体的訴え、醜形恐怖症における想像上の外見上の欠点の知覚、病気不安症における深刻な病気をもつこと、または、統合失調症または妄想性障害における妄想的信念の内容、に関する不安または心配)。 日本精神神経学会/監修『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院,2014年刊)p. 220より引用 全般性不安障害かも?と気になったときは専門機関に相談を 全般性不安障害は通常、身体の不調の症状を強く感じて内科に診察を受けに行く人が多いです。 しかし、検査をした際に異常なし、と診断されることがあり、精神疾患について言及するお医者さんは必ずしも多いとは言えません。 他の科で異常がないと診断されたが、身体的、精神的不調が半年以上続いており常に不安なことがある。 もしくは、周囲の人に相談したり、打ち明けたりすることに抵抗感を感じたりする場合は、以下の相談先に相談するか受診をおすすめします。 都道府県・政令市には、ほぼ一か所ずつ設置されている、保健・精神保健に関する公的な窓口です。 精神保健福祉に関する相談をすることができます。 精神科医、臨床心理技術者、作業療法士、保健師、看護師などの専門職が配置されています。 相談については、予約制、健康保険の適応があるところがあります。 詳細は、それぞれのセンターにお問い合わせください。 全般性不安障害の治療法として主に薬物療法と精神療法があります。 代表例はベンゾジアゼピン誘導体、タンドスピロンなどです。 ベンゾジアゼピンは不安や緊張を和らげる効果がありますが、連用すると依存症になりやすいといわれており、アルコールとの併用は厳禁です。 また、連鎖的に表れる不安には抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や、5-HT1A受容体部分作動薬などが用いられます。 全般性不安障害は精神を安定させる働きのある脳内伝達物質、セロトニンの調節安定性も大きく関わっています。 そのため、セロトニンに直接作用する抗不安薬が即効性があるといわれているのです。 しかし、薬には副作用もありますし、人によって合う合わないがあります。 低年齢の子どもの場合はより慎重に進めるべきという専門家もいます。 主治医の先生と信頼関係を築き、よく相談した上で納得して治療を進めるとよいでしょう。 精神療法は、 即効性はありませんが薬物療法に比べて副作用が少なく、再発率も低くなっています。 全般性不安障害に有効な精神療法の2つの代表例は以下の通りです。 そして、そういった状況に直面した際に、どのように考え、対処していけばいいかを考え、考え方をコントロールしていく治療法です。 全般性不安障害がある人は、自身の抱えている不安や心配を、周囲の人に相談したり、訴えたりすることが多いです。 その際に、 不安や心配に伴って、こころだけではなくからだにも不調が長く続いていることを理解してあげることが重要です。 では、具体的にどう接することが適切なのでしょうか? ・気持ちの問題や、性格だと決めつけない。 ・否定的なことを言わない、できないことがあっても責めない。 ・不安を訴えているときは、その対象に対してアドバイスをするより、まずはどんな時も側にいてあげるという意思表示をする。 ・辛い時は休める環境を整え、安心感を与える。 ・本人が意識を変えようと努力しているときは積極的に褒める、賛同する。 これらを意識して温かい気持ちで支えてあげることをおすすめします。 まとめ.
次の