間取り:3LDK 専有面積:60㎡ 築年数:20年 最寄駅まで:徒歩3分 周辺施設:スーパー・コンビニ・病院有り 家賃:48,000円 駐車場:7,000円 これは現在僕の住む地域の家賃相場です。 安いと感じる方も多いのではないでしょうか。 関西ですが、もちろん大阪市内や京都市内とかではありません。 田舎ではありますが「ド田舎」というほどでもなく、大阪市内から20kmほど離れた郊外の小さな町です。 田舎なので車は必須ですが、周辺の生活インフラはそれなり充実しており、不便さは特に感じません。 都市部へのアクセスにしても 電車で30分と申し分ないと。 典型的な都市部郊外ベッドタウンの様相の町であります。 十分な住環境にもかかわらず、家賃・駐車場合わせて 55,000円。 大阪の家賃相場(80,000円)に比べれば「破格の値段」といえるでしょう。 関西圏内で、これと同様の条件でこの値段で住める地域は、ほぼ見当たりません。 大阪市・京都市・神戸市などの主要都市部においては、これだけ低コストな物件はまずないでしょう。 どんなに安くとも、家賃だけで7万は軽く超えてきますよね。 東京であれば10万は軽く超えるかもしれない。 役場の方や不動産屋に聞いてみたところ、この家賃相場に惹かれて大阪や京都からの移住者が毎年一定数後はいるそうですね。 にもかかわらず、ネット上では不人気地区扱いのままであり、家賃相場も上がる兆しはありません。 その理由は、 同和地区のど真ん中だからです。 Contents• 部落地区だなんて知らなかった 現在の場所に越してきたのは7年前のこと。 越してきた理由は先述のとおり、安い家賃につられたからです。 僕のような安月給の社畜投資家にとっては、「固定費の削減」こそ生活の最優先事項ですから。 初めて物件を紹介された時は目を疑いました。 この条件で家賃たった 48,000円とは! さすがに「これは怪しい」と思いまして、自分なりにいろいろ調べたところ、事故物件でもないらしい。 確かに築年数は23年と古いのですが、オーナーがこまめにメンテナンスしてるのでしょう、外観自体さほど劣化しておらず、古いながらも全体の清潔度は高く保たれてる。 住民の方々も、みなごく普通です。 ヤクザなんていやしません。 しかも一階には美味しくて小綺麗なカフェまで入ってるとは。 超穴場。 これは住むしかないと、決断まで1日もかかりませんでした。 が、よくよく考えれば、僕のような素人が良物件に偶然巡り会えるほど不動産は甘くありません。 安いには安いなりの理由があったのです。 被差別部落地域 そう気づいたのは住み始めて半年後のことでした。 気付いたきっかけは、子供の保育絡みで知り合った隣の地区のオジサンの爆弾発言。 オジサン 「新参者のあんたは知らんだろうがね、この地区はな、昔からろくでなしが多いのよ。 地元民なら、その地区にはまず寄り付かんやろうな。 」 なんですか? その意味深発言? オジサンからすれば軽い世間話程度のつもりだったのでしょうが、僕の知的好奇心をくすぐるには、十分すぎるほど刺激的な発言であります。 最初は意味がわかりませんでした。 物件・地区内を見る限りにおいては、隣近所の方々・マンション住人含め極めて普通な人ばかりではないか。 いや、ろくでなしどころか、みんな親切で礼儀正しい。 と、オジサンに伝えたところ、 「そういうことじゃない。 」と言われる。 オジサン 「住人がどうこういう問題じゃないんだよ。 あんたの住むこの地区自体が問題なの。 ええか、ここは部落のど真ん中や。 家賃が安いのはそういうわけ。 安い安いとあんたははしゃぐけど、それは幸運でもなんでもないんだよ。 」 安い理由は同和地区のど真ん中だから (そうか…今住んでるのは 同和地区内のど真ん中か。 ) ある意味カルチャーショックでしたね。 なんせ僕の生まれ育った町には「部落差別」なんてあまり聞かなく、小学校の時に同和教育もあるにはありましたが、そんなものは遥か遠い国の出来事のようにしか思ってなかったですから。 差別は現実にあるんだと。 その時はじめて知りました。 現に目の前にあり、しかもそのど真ん中に僕は今住んでいると。 なるほどね。 少し引きましたが、同時に妙な納得感もありましたね。 破格の家賃にも、ようやく納得がいきました。 知ってる人は避ける。 事情を知らず家賃相場に惹かれた人だけが、どんどん入居してくる。 かといって爆発的に人気があるわけでもなく、全体的にみればまぁ不人気地区の部類であります。 だから家賃相場は安く抑えられてるわけか。 その後もオジサンと話す機会は多く、部落差別についてとことん語り合いました。 オジサンの話すことことごとくが、当時の僕には衝撃的でしたね。 もっとも衝撃的だったのは、 「オジサン」という超差別主義者が現実に目の前にいるということ。 ちょっと調べてみた 以来、僕はとことん調べました。 生まれつき好奇心旺盛、一度気になったことは極めずにいられない性分なため、いろんな文献を読み漁り歴史をほじくり返しました。 おかげさまで、部落差別に関する知識をスポンジが水を吸い取るが如く体系的に身につけていく。 豚がエサを食うが如く、同地域についての知識を貪欲にかき集め、自分なりの考えを持てるようになりました。 ・隣保館(公民館みたいなもの)がある ・公衆浴場がある ・「人権」とうたわれる看板や行事がある ・川沿いの地区 ・草履屋、革屋、肉屋をよく目にする といった特徴があれば、その地区は高確率で被差別部落地区であります。 僕の地区は全て当てはまりますね。 当てはまりはしますが、何の問題もありませんよ。 公衆浴場たまに行くけど快適だし、人権フェスタなんて屋台の多い楽しい祭りみたいなものです。 草履屋の何がいけませんか? 川が氾濫するのは、正直たまりませんが。 デマがほとんどですから。 部落問題の本質に関心のある方は、上記の著者「八切止夫」氏の本が一読の価値ありでしょう。 同氏は「真実」を語りすぎたために、当時の学会から追放されたほどの過去をもつ人物です。 部落差別の起源から真相について、これでもかというくらい述べられています。 この本は現在廃刊なので、手に入れるには電子書籍しか無理です。 が、Kindleだと2,419円(2019. 25時点)といいお値段ですので、どうせなら Kindleunlimited キンドルアンリミテッド に登録すれば無料で読めます。 次月以降はお金がかかるにしても、たったの 980円。 どちらがお得かは言うまでもありませんね。 といった具合にいろいろな本を読み漁ってきましたが、やっぱり僕の住む地区は典型的な同和地区でありました。 知識が増すごとに、同時に、この問題がいかに根深いものであるかもわかりました。 差別は風化しつつあるとはいえ、現実は存在しており、根強く残り続けている。 その理由も分かるようになりました。 部落差別のそもそもの原因とは、元をたどれば、 藤原王朝時代に生まれた差別であります。 勝者側が敗者側を限定された地区に押し込め虐げてきた歴史。 「ゲットー」ともいうべき人と人との断絶が、やがては同和地区の起源となったわけです。 以降も差別は残り続け、やがては江戸時代の 穢多非人という差別的風習、近代以降の被差別部落者側の利権なども加わることで、差別問題は一気に 歪(いびつ)化していく。 学校で教わる日本史などは、当たり障りのない表面を削り取っただけにすぎません。 その裏側にある部落差別の歴史こそが 真の日本史。 こうした部落差別が特に関西において根強く残っているのは、日本史の中心地が長らく関西であったからであります。 歴史を紐解き部落差別の本質を知ったことで、同時に一つ気づいたことは、ほとんどの人は 「ノリ」で差別しているということ。 興味もありません。 先に述べたオジサン然り。 つまりは、差別するのに理由なんてどうでもいいのです。 救い難いと思うのは、むしろ差別しなきゃ気が済まない人間も一定数いるということ。 オジサン然り。 被差別部落にもそうなるに至った原因があるわけで、そこで暮らす人々も元を辿れば皆と同じです。 殆どの人は原因を知ろうともせず、差別があるというだけで疑問も抱かず差別する側に回っていく。 はい、とても恐ろしいことであります。 勝手なイメージが一人歩きしている ここで、僕の住む町についてのネット上での書き込みを紹介しておきましょう。 〇〇町の保育園にはその地域の人しか来なくて、何か園児同士のトラブルが起こると村人が集団で相手方の園児の家に押しかける。 とにかく民度が低くて親が刺青は当たり前。 顔に刺青とかまでいる。 ここはとにかく危険。 非常に危険な地域です。 この地域の小学校では小学校低学年から酒やタバコ、場合によってはシンナーやドラッグを使用する子もいます。 本当にこの世の果てみたいな場所でした。 私は小学校はこの地域の学校に通い、中学受験して私立中学に進学したのですが 本当に同じ人間かと思えるほどこの地域は酷かったです。 幼稚園児で刺青してる子さえ2人いましたからね、、、差別はいけませんが、社会で生活する以上は区別は必要です。 同和だからとかは一切関係ないです。 どう考えてもここの民度は病的で異常です。 昔は知りません。 現在この同和地区のど真ん中に8年間住み続け、子供を町立保育園に預けてる身から言わせていただくと、 そのような事実は聞いたことがありません。 もちろん町民全てが善人とは言いません。 僕が知らないだけで、中には上記のような方もいることでしょう。 が、たとえ高級住宅街であったとしても変な奴はいます。 どんな地区でもロクデナシはいるものです。 現に僕がこれまで住んできた地域は部落ではありませんでしたが、こことは比較にならないほど荒廃してました。 都市部へのアクセスも良く自然も豊富。 子育て環境には申し分ありません。 難点は、 学区の学習レベルが低いということ。 それ以外は極めて普通です。 その後もオジサンからは「そこで育った者しか理解できない事情がある。 」「少し勉強したからって、差別を安易に語るな。 」とよく言われました。 しかしながら、オジサンと今の僕とでは差別に対する見解が全く違います。 そもそも、これだけ人が活発に行き来する現代においては、特定の地区に住んでるという理由だけで差別するのは時代錯誤にしか思えません。 郊外の新興住宅地とて、元を辿れば悲惨な地域であることが多いです。 そうした地区には今風の綺麗な地名でありますが、元の地名は凄まじいものであることも多いのです。 人を呼び込むには具合が悪いからですね。 そうして昔を知らない若いファミリー層がどんどん増えていくわけです。 一方で、過去を知る人達はどんどん消えていくと。 人が入れ替わるのであれば、いい加減差別も消えなければなりません。 固定費安くて最高としか思えない 同和地区のど真ん中に7年住む僕としては、 家賃が安くて最高。 それ以外に感想はありません。 気になるのはマイルドヤンキー率が高いくらいですが、彼らは基本リア充なだけで他人に迷惑をかけることはないし、反社会的でもありません。 それどころか熱心に消防団員として活動してくれる。 秋の祭りでは先陣に立って盛り上げてくれるように、地元愛がとても強く地域貢献度は極めて高い。 自然と住宅街が融合しており、とにかく住みやすい。 子育てにも最適な土地であると僕は感じています。 ただ差別地区に住んでるからといって、そこの住人たちに偏見を持つことはないということはわかってもらいたい。 そこんところをご承知の上で、被差別部落の問題を少し追記しようと思います。 もし、子育て世帯が被差別部落地区に住むのであれば、気をつけなければならないのは 「学区」です。 被差別部落地区の学校は、総じて偏差値が低めです。 子供が幼稚園や保育園までは被差別部落地区に住むのは問題ないでしょう。 ただし、小学校に入れるとなれば話が違ってきます。 もし子供の学業を伸ばしたいのであれば、部落地区の小学校に入れるのは今後かなり不利になるとお考えください。
次の間取り:3LDK 専有面積:60㎡ 築年数:20年 最寄駅まで:徒歩3分 周辺施設:スーパー・コンビニ・病院有り 家賃:48,000円 駐車場:7,000円 これは現在僕の住む地域の家賃相場です。 安いと感じる方も多いのではないでしょうか。 関西ですが、もちろん大阪市内や京都市内とかではありません。 田舎ではありますが「ド田舎」というほどでもなく、大阪市内から20kmほど離れた郊外の小さな町です。 田舎なので車は必須ですが、周辺の生活インフラはそれなり充実しており、不便さは特に感じません。 都市部へのアクセスにしても 電車で30分と申し分ないと。 典型的な都市部郊外ベッドタウンの様相の町であります。 十分な住環境にもかかわらず、家賃・駐車場合わせて 55,000円。 大阪の家賃相場(80,000円)に比べれば「破格の値段」といえるでしょう。 関西圏内で、これと同様の条件でこの値段で住める地域は、ほぼ見当たりません。 大阪市・京都市・神戸市などの主要都市部においては、これだけ低コストな物件はまずないでしょう。 どんなに安くとも、家賃だけで7万は軽く超えてきますよね。 東京であれば10万は軽く超えるかもしれない。 役場の方や不動産屋に聞いてみたところ、この家賃相場に惹かれて大阪や京都からの移住者が毎年一定数後はいるそうですね。 にもかかわらず、ネット上では不人気地区扱いのままであり、家賃相場も上がる兆しはありません。 その理由は、 同和地区のど真ん中だからです。 Contents• 部落地区だなんて知らなかった 現在の場所に越してきたのは7年前のこと。 越してきた理由は先述のとおり、安い家賃につられたからです。 僕のような安月給の社畜投資家にとっては、「固定費の削減」こそ生活の最優先事項ですから。 初めて物件を紹介された時は目を疑いました。 この条件で家賃たった 48,000円とは! さすがに「これは怪しい」と思いまして、自分なりにいろいろ調べたところ、事故物件でもないらしい。 確かに築年数は23年と古いのですが、オーナーがこまめにメンテナンスしてるのでしょう、外観自体さほど劣化しておらず、古いながらも全体の清潔度は高く保たれてる。 住民の方々も、みなごく普通です。 ヤクザなんていやしません。 しかも一階には美味しくて小綺麗なカフェまで入ってるとは。 超穴場。 これは住むしかないと、決断まで1日もかかりませんでした。 が、よくよく考えれば、僕のような素人が良物件に偶然巡り会えるほど不動産は甘くありません。 安いには安いなりの理由があったのです。 被差別部落地域 そう気づいたのは住み始めて半年後のことでした。 気付いたきっかけは、子供の保育絡みで知り合った隣の地区のオジサンの爆弾発言。 オジサン 「新参者のあんたは知らんだろうがね、この地区はな、昔からろくでなしが多いのよ。 地元民なら、その地区にはまず寄り付かんやろうな。 」 なんですか? その意味深発言? オジサンからすれば軽い世間話程度のつもりだったのでしょうが、僕の知的好奇心をくすぐるには、十分すぎるほど刺激的な発言であります。 最初は意味がわかりませんでした。 物件・地区内を見る限りにおいては、隣近所の方々・マンション住人含め極めて普通な人ばかりではないか。 いや、ろくでなしどころか、みんな親切で礼儀正しい。 と、オジサンに伝えたところ、 「そういうことじゃない。 」と言われる。 オジサン 「住人がどうこういう問題じゃないんだよ。 あんたの住むこの地区自体が問題なの。 ええか、ここは部落のど真ん中や。 家賃が安いのはそういうわけ。 安い安いとあんたははしゃぐけど、それは幸運でもなんでもないんだよ。 」 安い理由は同和地区のど真ん中だから (そうか…今住んでるのは 同和地区内のど真ん中か。 ) ある意味カルチャーショックでしたね。 なんせ僕の生まれ育った町には「部落差別」なんてあまり聞かなく、小学校の時に同和教育もあるにはありましたが、そんなものは遥か遠い国の出来事のようにしか思ってなかったですから。 差別は現実にあるんだと。 その時はじめて知りました。 現に目の前にあり、しかもそのど真ん中に僕は今住んでいると。 なるほどね。 少し引きましたが、同時に妙な納得感もありましたね。 破格の家賃にも、ようやく納得がいきました。 知ってる人は避ける。 事情を知らず家賃相場に惹かれた人だけが、どんどん入居してくる。 かといって爆発的に人気があるわけでもなく、全体的にみればまぁ不人気地区の部類であります。 だから家賃相場は安く抑えられてるわけか。 その後もオジサンと話す機会は多く、部落差別についてとことん語り合いました。 オジサンの話すことことごとくが、当時の僕には衝撃的でしたね。 もっとも衝撃的だったのは、 「オジサン」という超差別主義者が現実に目の前にいるということ。 ちょっと調べてみた 以来、僕はとことん調べました。 生まれつき好奇心旺盛、一度気になったことは極めずにいられない性分なため、いろんな文献を読み漁り歴史をほじくり返しました。 おかげさまで、部落差別に関する知識をスポンジが水を吸い取るが如く体系的に身につけていく。 豚がエサを食うが如く、同地域についての知識を貪欲にかき集め、自分なりの考えを持てるようになりました。 ・隣保館(公民館みたいなもの)がある ・公衆浴場がある ・「人権」とうたわれる看板や行事がある ・川沿いの地区 ・草履屋、革屋、肉屋をよく目にする といった特徴があれば、その地区は高確率で被差別部落地区であります。 僕の地区は全て当てはまりますね。 当てはまりはしますが、何の問題もありませんよ。 公衆浴場たまに行くけど快適だし、人権フェスタなんて屋台の多い楽しい祭りみたいなものです。 草履屋の何がいけませんか? 川が氾濫するのは、正直たまりませんが。 デマがほとんどですから。 部落問題の本質に関心のある方は、上記の著者「八切止夫」氏の本が一読の価値ありでしょう。 同氏は「真実」を語りすぎたために、当時の学会から追放されたほどの過去をもつ人物です。 部落差別の起源から真相について、これでもかというくらい述べられています。 この本は現在廃刊なので、手に入れるには電子書籍しか無理です。 が、Kindleだと2,419円(2019. 25時点)といいお値段ですので、どうせなら Kindleunlimited キンドルアンリミテッド に登録すれば無料で読めます。 次月以降はお金がかかるにしても、たったの 980円。 どちらがお得かは言うまでもありませんね。 といった具合にいろいろな本を読み漁ってきましたが、やっぱり僕の住む地区は典型的な同和地区でありました。 知識が増すごとに、同時に、この問題がいかに根深いものであるかもわかりました。 差別は風化しつつあるとはいえ、現実は存在しており、根強く残り続けている。 その理由も分かるようになりました。 部落差別のそもそもの原因とは、元をたどれば、 藤原王朝時代に生まれた差別であります。 勝者側が敗者側を限定された地区に押し込め虐げてきた歴史。 「ゲットー」ともいうべき人と人との断絶が、やがては同和地区の起源となったわけです。 以降も差別は残り続け、やがては江戸時代の 穢多非人という差別的風習、近代以降の被差別部落者側の利権なども加わることで、差別問題は一気に 歪(いびつ)化していく。 学校で教わる日本史などは、当たり障りのない表面を削り取っただけにすぎません。 その裏側にある部落差別の歴史こそが 真の日本史。 こうした部落差別が特に関西において根強く残っているのは、日本史の中心地が長らく関西であったからであります。 歴史を紐解き部落差別の本質を知ったことで、同時に一つ気づいたことは、ほとんどの人は 「ノリ」で差別しているということ。 興味もありません。 先に述べたオジサン然り。 つまりは、差別するのに理由なんてどうでもいいのです。 救い難いと思うのは、むしろ差別しなきゃ気が済まない人間も一定数いるということ。 オジサン然り。 被差別部落にもそうなるに至った原因があるわけで、そこで暮らす人々も元を辿れば皆と同じです。 殆どの人は原因を知ろうともせず、差別があるというだけで疑問も抱かず差別する側に回っていく。 はい、とても恐ろしいことであります。 勝手なイメージが一人歩きしている ここで、僕の住む町についてのネット上での書き込みを紹介しておきましょう。 〇〇町の保育園にはその地域の人しか来なくて、何か園児同士のトラブルが起こると村人が集団で相手方の園児の家に押しかける。 とにかく民度が低くて親が刺青は当たり前。 顔に刺青とかまでいる。 ここはとにかく危険。 非常に危険な地域です。 この地域の小学校では小学校低学年から酒やタバコ、場合によってはシンナーやドラッグを使用する子もいます。 本当にこの世の果てみたいな場所でした。 私は小学校はこの地域の学校に通い、中学受験して私立中学に進学したのですが 本当に同じ人間かと思えるほどこの地域は酷かったです。 幼稚園児で刺青してる子さえ2人いましたからね、、、差別はいけませんが、社会で生活する以上は区別は必要です。 同和だからとかは一切関係ないです。 どう考えてもここの民度は病的で異常です。 昔は知りません。 現在この同和地区のど真ん中に8年間住み続け、子供を町立保育園に預けてる身から言わせていただくと、 そのような事実は聞いたことがありません。 もちろん町民全てが善人とは言いません。 僕が知らないだけで、中には上記のような方もいることでしょう。 が、たとえ高級住宅街であったとしても変な奴はいます。 どんな地区でもロクデナシはいるものです。 現に僕がこれまで住んできた地域は部落ではありませんでしたが、こことは比較にならないほど荒廃してました。 都市部へのアクセスも良く自然も豊富。 子育て環境には申し分ありません。 難点は、 学区の学習レベルが低いということ。 それ以外は極めて普通です。 その後もオジサンからは「そこで育った者しか理解できない事情がある。 」「少し勉強したからって、差別を安易に語るな。 」とよく言われました。 しかしながら、オジサンと今の僕とでは差別に対する見解が全く違います。 そもそも、これだけ人が活発に行き来する現代においては、特定の地区に住んでるという理由だけで差別するのは時代錯誤にしか思えません。 郊外の新興住宅地とて、元を辿れば悲惨な地域であることが多いです。 そうした地区には今風の綺麗な地名でありますが、元の地名は凄まじいものであることも多いのです。 人を呼び込むには具合が悪いからですね。 そうして昔を知らない若いファミリー層がどんどん増えていくわけです。 一方で、過去を知る人達はどんどん消えていくと。 人が入れ替わるのであれば、いい加減差別も消えなければなりません。 固定費安くて最高としか思えない 同和地区のど真ん中に7年住む僕としては、 家賃が安くて最高。 それ以外に感想はありません。 気になるのはマイルドヤンキー率が高いくらいですが、彼らは基本リア充なだけで他人に迷惑をかけることはないし、反社会的でもありません。 それどころか熱心に消防団員として活動してくれる。 秋の祭りでは先陣に立って盛り上げてくれるように、地元愛がとても強く地域貢献度は極めて高い。 自然と住宅街が融合しており、とにかく住みやすい。 子育てにも最適な土地であると僕は感じています。 ただ差別地区に住んでるからといって、そこの住人たちに偏見を持つことはないということはわかってもらいたい。 そこんところをご承知の上で、被差別部落の問題を少し追記しようと思います。 もし、子育て世帯が被差別部落地区に住むのであれば、気をつけなければならないのは 「学区」です。 被差別部落地区の学校は、総じて偏差値が低めです。 子供が幼稚園や保育園までは被差別部落地区に住むのは問題ないでしょう。 ただし、小学校に入れるとなれば話が違ってきます。 もし子供の学業を伸ばしたいのであれば、部落地区の小学校に入れるのは今後かなり不利になるとお考えください。
次の化学バイオ工学科は、化学技術やバイオテクノロジーを基に環境調和型の「ものづくり」に挑戦します。 「ものづくり」を通じて、持続的な発展と地球環境保全が両立した豊かで安全な社会の構築に貢献する人材を育成します。 研究面では、化学の原理や方法に基づき、原子や分子の世界から生活に欠かせない物質や材料を創り出す分野と、複雑な生体分子や細胞機能に基づき先端バイオ技術を創造する分野が共存し融合することで、化学・生物・工学をキーワードとした新しい分野を開拓していきます。 教育面では、専門知識だけでなく、科学技術が社会に及ぼす影響について地球的規模で総合的に洞察し、自ら適切に判断できる専門技術者・研究者の養成を行うためのカリキュラムを整備しています。 東 雅之 教授 酵母や大腸菌をモデルとして、微生物の可能性を探究 バイオテクノロジー分野で重要な役割を担っている微生物の利用。 すでに細胞内の多くの現象が解き明かされ、本格的な応用研究が進んでいます。 なかでも当研究室では、酵母や大腸菌をモデルとして微生物の新たな可能性を探究している。 遺伝子工学的手法を用いた改良によって、食品・環境・エネルギー・医薬など幅広い分野への応用をめざしています。 特に私が注目しているのは、酵母の表層構造です。 古来、発酵や醸造などに利用されてきた酵母は、増殖スピードが速く、応用性が高い。 その表層は頑強で、加工にも適しています。 しかも酵母の表層には、免疫を活性化させる構造体があるため、例えば食品分野であれば、免疫機能を最大限に発揮できるパン酵母が作れないかと改変を進めています。 さらにパン酵母の変異株には細胞自体に強い乳化作用があることを見出し、特許を出願。 免疫賦活作用と乳化作用を併せ持つ成分の応用に向けて、メーカーと協働し研究を進めています。 最新の技術を駆使することで、新しい世界を開ける分野 一方、金属を吸着させる酵母細胞壁の機能を活用すれば、有害な重金属や稀少なレアメタルを回収することも可能です。 研究では、多糖のリン酸化を行うことで吸着力が高まる現象を発見。 実用化に向け、さらなる高機能化や低コスト化にチャレンジしています。 ほかにも酵母を活用した副作用の少ない抗真菌薬の開発や、微生物燃料電池に適した触媒微生物の開発などにも取り組んでいます。 微生物燃料電池とは、微生物が糖などの有機物を代謝することで作り出される電子を、電気エネルギーとして取り出す装置のこと。 大腸菌の遺伝子を改変することで、実用化に必要な出力の向上をめざしています。 現在すでに、遺伝子組換えだけでなく、酵母の染色体を人工合成する技術も確立されています。 さらに研究を進めれば、思いも寄らないところにも微生物を応用できるはず。 古くから活用されている細胞に対し、最新の技術を駆使することで、新しい世界を開ける…非常に面白い研究分野だと感じています。 アドミッションポリシー 本学科における教育では、少人数教育と4年一貫教育という本学の教育理念に則り、物質・生命およびその変化を原子・分子レベルや遺伝子・細胞レベルで理解できる基本的考え方を身につけ、化学・バイオに関わる基礎理論と技術の実際を学びます。 さらに、化学・バイオの先端領域で活躍し、かつ技術者としての責任感・倫理観を身につけ、広く社会に貢献できる人材を育成することをめざしています。 そのため、本学科では次のような人を求めています。 化学・バイオについての基礎知識を理解できる能力を有し、意欲的に勉学に取り組める人• 化学現象や生命現象に対する興味と探究心が強く、新技術の開発に熱意を有する人• 実験や自然観察が好きな人• 論理的な記述、論理的な発表力など、研究能力とともにコミュニケーション能力を高めることに努力する人幅広い教養の 習得に熱意をもち、倫理観のある人.
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