人生、一寸先はセックス。 『課長島耕作』シリーズを読んでいると思うことである。 とにかく次の瞬間に何が起こるのか分からない。 人は突如としてセックスをする。 そこで浮かぶのが冒頭の言葉だ。 人生、一寸先はセックス。 これが真実だったのか。 もっとも、「島耕作にとっての人生は」と言ったほうがいいかもしれない。 私はべつに一寸先がセックスの人生を送っていない。 たいていの人もそうだと思う。 島耕作という特殊なサラリーマンにとってのみ、人生一寸先はセックスなのである。 本当にこの人は、油断すると女と寝ている。 さて、一方で『君に届け』というマンガを読んでいると、この世にセックスなど存在しなかったような気がしてくる。 なにか悪い魔導師にだまされて、われわれは性行為で子供ができると勘違いしていたのではないか。 人類は本当は、手をつなぐことで子供を生んでいたのではないか。 しかしふたたび『島耕作』のページをめくれば、人類は息を吸うような自然さでセックスをし、挨拶がわりに不倫している。 同じ地球という惑星で、同じ男と女が扱われているのに、この違いはなんなのか。 もしも私が異星人で、『島耕作』と『君に届け』を参考に人類のことを学ぼうとすれば、「島耕作と風早は同じ男なのか?」という問いを断末魔に、頭が破裂して死ぬだろう。 『君に届け』においては、実際にひとつの想いが「届く」までに、1000ページ以上が費されている。 そして読んでいる最中、われわれはそれを長いとは感じないわけである。 たしかに爽子と風早の二人は、これだけの時間、これだけの枚数を費さなければ、お互いの想いを伝えあうことはできなかっただろう。 しかし島耕作にとって、知り合った女と数ページでセックスに至るのは普通のことだ。 すさまじい速度で君に届いている。 (見つめあうだけで照れる風早と爽子。 『君に届け』3巻29ページ) (この次のコマでセックスしてます。 『課長島耕作』1巻215ページ) 『君に届け』のリズム 『島耕作』というマンガの大きな魅力は、過不足のない情報の提示が生みだす軽快なテンポである。 そこでは「省略」が大きな魅力になる。 なんの気なしに『島耕作』を読みはじめ、「次々とページをめくってしまい、気づけば満足感とともに話を読み終えていた」という経験をした人は多いのではないか。 一方で、『君に届け』の魅力は繊細な心理描写にある。 その結果、作中の時の流れはどんどん遅くなる。 そこでは一秒が永遠になる。 その極めつけがコミックス12巻である。 ここでは、爽子と風早がはじめて手をつなごうとするのだが、そのために23ページが費されるのである。 手をつなぐという、ただそれだけのことで23ページ。 これが『君に届け』という作品のリズムなのである。 『君に届け』のゆったりとしたリズムを体験してもらうために、23ページの具体的な内容を簡単に記述しておく。 1:爽子が風早の横顔を見つめる。 2:二人の手は、ふれそうな距離にある。 3:二人の後ろ姿。 4:爽子の心の声。 「…ちょっとだけさわってもいい?」 ここで回をまたいでいる。 手をつなげるか否かが、次回への「引き」となっているのだ。 「はたして爽子と風早は手をつなぐことができるのか!? 」を楽しみに、われわれは急いでページをめくるわけである。 言うまでもないが、島耕作においてこんな引きが成立するはずがない。 (二人はゆっくりと距離を縮めていく。 『君に届け』12巻49-50ページ) ということで回をまたいで、 5:いつもの帰り道。 6:爽子の手がすこしずつ風早のほうに伸びてゆく。 7:爽子が風早の手にふれようとする。 8:「ドキン……」。 地面に映る二人の影。 9:瞬間、風早がおどろいたように爽子を見る。 10:爽子はあわてて手を引っこめる。 11:勝手にふれようとしたことをあやまる爽子。 12:「風早くんはいつもどおり普通なのに、私ばかりはずかしい」 13:「嫌いにならないで……」 14:風早のほうから爽子の手を握る。 「いつもどおり?」 15:風早の照れた顔。 16:風早「…普通に……見える?」 17:風早は握った手をおろす。 18:爽子のおどろいた顔。 19:二人は手をつないだまま歩きはじめる。 20:通学路の風景。 「ドキン…ドキン…」 21:二人は手をつないだまま歩いている。 22:そのとき偶然、爽子の母親と出くわしてしまう。 23:爽子はあわてて手をふりほどく。 以上、はじめて手をつなぐシーンで23ページが使われている。 これが『君に届け』の時間のリズムである。 次に、島耕作を見てみよう。 島耕作のスピード感 『取締役島耕作』第1巻。 ついに取締役となった島耕作のもとに、過去に愛人関係にあった久美子から久しぶりの連絡がある。 久美子は電話ごしに島耕作の取締役就任を祝ったあと、次のように提案する。 「じゃ セレブレーションファックしよか」 「了解」 (圧倒的2コマ。 『取締役島耕作』1巻29ページ) そしてページをめくると、ホテルでセックスが始まっている。 このスピード感はなんなのか。 風早と爽子は手をつなぐだけであんなに葛藤していたのに、島耕作は「了解」の二文字であっさりと性器を結合させてしまう。 爽子と風早の間を猛スピードで吹き抜ける一陣の風。 それが島耕作である。 二人は気づくことすらできない。 なにかが自分たちの間を通り過ぎた。 そんな気がした。 それだけだ。 遠くで性器の結合する音がする。 しかし二人の耳には届かない。 二人は手をつなぐことに必死だ。 ようやく二人が手をつないだ頃、島耕作はすでにホテルを出て、商談をいくつかまとめていることだろう。 1905年、相対性理論の発見によって、アインシュタインは物質が光速をこえられないことを示した。 そして現代、島耕作はこの2コマによって、マンガ界が島耕作のセックス速度をこえられないことを提示した。 現代物理学において光速をこえることが原理的に不可能であるように、現代マンガにおいて島耕作のセックス速度をこえることは不可能なのである。 先述したように、私は島耕作的な世界を生きていない。 『君に届け』のリズムで生きている。 だから「セレブレーション・ファック」というわけの分からない造語に恥じらってほしいとすら思ってしまう。 これほどパンチのきいた造語を「了解」の二文字で飲み込んでほしくない。 だが、そんなことをすればどんどん枚数は増えてしまう。 どんどん速度が低下してしまう。 自意識とは重力である。 『君に届け』と『島耕作』がクロスする瞬間 『君に届け』には、爽子が島耕作のようになる瞬間がある。 とはいっても、妄想の中の1コマではあるのだが。 経緯はこうである。 あるとき爽子は、風早が別の女子と楽しそうに会話している姿を見る。 自分のときとちがって、風早は非常に軽快なやりとりをかわしているようだ。 「自分もあんなふうに会話ができたらな……」と爽子は妄想する。 (つい笑っちゃうコマ。 「アメリカ人……?」という自己ツッコミも良いですね。 『君に届け』3巻148ページ) この妄想内のやりとりは島耕作のテンポにかぎりなく近い。 それは葛藤なしに会話する男女の姿だからだ。 「CD貸して」「オッケー」を突き詰めた先にあるのが、「セレブレーション・ファックしようか」「了解」だろう。 島耕作は、CDを貸し借りするような気軽さで女とファックしているということだろうか。 爽子は軽快なやりとりに憧れるが、その先にあるのは島耕作のスピード感だ。 目指すのはやめたほうがいいと思う。 風早と爽子の二人が島耕作化してしまえば、『君に届け』はまったく別の作品になってしまう。 風早と爽子に2コマで手をつながれても困るだろう。 餅は餅屋。 まぜるな危険。 カエサルのものはカエサルに、島耕作のものは島耕作に。 爽子「じゃ手つなごっか」 風早「了解」 こんな『君に届け』、誰も読みたくないでしょう。
次の課長島耕作は大手電器メーカー「初芝電器産業」に入社したサラリーマンの出世街道を描いた作品で、松下電器産業(現パナソニック)がモデルだというのはご存知の方が多いでしょう。 いわゆる団塊の世代に圧倒的な人気を博した漫画で、第1巻が発売されたのは 実に40年近くも昔です。 僕も読むまでは古臭いイメージを持っていたのですが、実際読んでみたら面白く、 令和の現代でも役に立つ名言がちりばめられた名作でした。 これだけの時を経て色褪せない作品は本当にすばらしいと思います。 さて今日はそんな島耕作シリーズに登場する名言を引用しつつ、 成功するビジネスマンの特徴を独断と偏見で10コに分類してまとめてみました。 意外に思われるかもしれませんが、島耕作は40代中頃まで出世欲は全くありませんでした。 初期の頃は特に自分の好きな仕事をしていきたいという姿勢が前面に出ていて、プライドを持って仕事に取り組むサラリーマン像が描かれています。 行動力があり失敗を恐れない 手をこまねいているよりまず実行だ。 失敗した時のことを考えていたら何も前には進まないでしょう。 島耕作はどんな時でも前向きです。 物語中、絶体絶命のピンチという場面が幾度となく降りかかるのですが、その度に明るく問題に取り組む姿勢を見せています。 前向きさは一流のビジネスマンにはかかせない要素ですね。 (銀行なんかは今でも根強く残っているみたいですね) そんな中、島耕作はさまざまな上司から何度も派閥に誘われますが、その度に断っています。 大きな力に自分を委ねることが大人だとは思わん 中沢部長に出会うまでは、一貫して誰かの派閥に属すことを拒み、あくまで自分の力で勝負していく姿勢を見せています。 現代でいう社内 フリーランスといったイメージでしょうか。 特にこれからの時代は個人で稼ぐ力が必要と言われていて、作者は数十年前から見通していたのかもしれません。 それらをねじ伏せてこられたのは、シンプルに、 結果・成果を出し続けたからです。 一度でもミスをしたら社長の椅子には座れなかったでしょう。 探偵をしている大学時代の友人や自分に好意を寄せる女性までもフルに活用して、相手の弱みを握ることで危機を回避しました。 マンガなので大げさなエピソードですが、 何がなんでも目的を達成する、という姿勢は一流には欠かせない要素です。 だから俺はあえて年の離れた人達と話す機会を多く作るようにしているんだ。 これは島耕作の同期であり一番の出世頭である樫村の名言です。 個人的にはこれがTOP3に入ります。 嫌いな相手からさえ学び自分の成長へと繋げていく姿勢が大切だということです。 どうしても苦手な人は避けてしまいがちですが、これができるのが一流なんですね。 他人のプライベートに干渉しない 続いて島耕作の名言に学ぶ一流ビジネスマンの特徴として、 ドライな一面がある点があげられます。 訳すと、「自分には関係ない」、これは島耕作の代表的な名言で、ご存知な方も多いのではないでしょうか。 wikipediaによるとこれが島耕作の座右の銘だそうです。 エピソードとしては、部下が広告スポンサーの地位を利用して女の子を口説いたりと、 ゲスな行為をしているのですが、仕事に影響がなければ、我関せず、のスタンスをとったシーンのものです。 仕事上の関係者との 馴れ合いは不要、ということなのかなと理解しています。 よしてくれ そんなの契約違反だ。 そんな気持ちならこれ以上会えないよ。 これは軽い気持ちで付き合った女性に結婚を迫られた時のセリフです。 これ以外にも「学生島耕作」編ではガールフレンド2人が鉢合わせる修羅場で平然と 「俺が悪いのかなぁ」と思ってたり、 初期には体の関係を持った女の子が面接にきて落とそうとしたり(この話は数年前にプチ炎上しましたね)、と クズと評される場面をあげれば枚挙にいとまがありません(笑)。 何十年も前にこれらのセリフやシーンを世の中に発する作者の感性はすさまじいですね。 一方で作中では女性に入れ込みすぎて破滅する部下や上司が多く描かれており、 女関係には注意しろよ、というメッセージですね。 運がいい 島耕作に実力があるのは間違いないですが、実力だけで上に行けるほど甘くはありません。 成功する人には間違いなく「運」が必要です。 もしかしたらこれが 一番有名な名言かもしれませんね。 自分の力ではどうにもならないような状況に陥った際に、その度に偶然や幸運に助けられています。 マンガだからといえばそれまでですが、実社会でもこれは間違いなくあります。 なんでかあの人が担当する案件はうまくいくんだよな〜、って人いませんか。 作中のキーマンである 大町久美子や銀座のママであ る馬場典子には何度も助けられています。 人間一人の力はたかがしれてますので、 周囲に恵まれる運というのも成功に必要な要素です。 もちろんこれは運だけでなく、世の中の一流と言われる人たちは積極的に人と会ったり、交流を深めていますよね。 成功する人は妬みや嫉妬などに晒されることも多く、さまざまな陰謀により失脚することを狙われます。 これらに対して鋭い危機察知能力で回避していく力が必要です。 上司が不正にインサイダー取引をした際も一切の関与を拒否しました。 成功する人はまず第一に モラルが大切です。 サラリーマンでトップに立つ人たちは一見豪放磊落に見えたりするけど、本当は小心な人ほど出世するんだってね。 これは僕自身の周囲をみるかぎり、 間違いなく事実です。 成功する人は大胆な行動、決断を見せますが、意外と小心者の人が多いのかもしれません。 言い換えると 注意深く、用心深いということです。 でないと自分の決めた方向に進まなくなると新たなストレスが生まれるだろう 若かりし島耕作が真面目すぎて追い詰められている後輩を諭したシーンです。 その後輩を遊びに誘う時に次のようにも言っています。 別に命までとられるわけじゃないし 気負いすぎない、というのは いつも冷静に、視野を広く持つことができることに繋がります。 似たようなところで、要領のよさに加えてリラックスの仕方が上手いと評されています。 真面目な人は生き方も不器用ね。 たしかに一流の人は オンとオフの切り替えが上手です。 銀座のママのセリフですが、真面目一辺倒な人より適度に遊び心がある人の方が出世している印象がありますね。 (自分が追いやった上司に対して)申し訳ありませんでした。 これは自分をクビにしようとした元上司と対面した際に発したセリフです。 あと少しでクビというところまで追い詰められた相手から身を守っただけなのですが、こういう誠実な一面も持っています。 残りのジャックダニエルをもっと静かな場所で飲みたくない? これに限らず行く先々でモテまくってます。 こういうエピソードは数え切れませんが本人は 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスです。 これはベトナム勤務時代に、女性を買ったと、アシスタントの女の子に誤解された時のシーンです。 いくらでも弁解のチャンスはあったのですが、自分から言い訳することはありませんでした。 ふざけるな。 業者を何だと思ってるんだ! 数少ない怒りの場面ですが、弱いものいじめのような業者の扱いに対して、自社の社員に対して激怒しています。 正義感が強い性格は、時としてあだとなるかもしれませんが、自分のポリシーを貫くというのは大切です。 まとめ 今日は課長島耕作(シリーズ含む)の名言を引用しつつ、成功するビジネスマンの特徴を独断と偏見でお伝えしました。 本当はもっと紹介したい名言がたくさんあるのですが、多くなりすぎるので今回はかなり絞りました。 僕も最近読んだのですが、令和の時代でも通用する教訓が多数示されていて、ビジネスマン必読の漫画と言って良いでしょう。 作者の弘兼憲史さんはバリバリの現役で現在は「相談役島耕作」を連載中ですし、スピンオフの 「転生したら島耕作だった件」や 「島耕作の事件簿」なども人気で、これらもおすすめです。
次の人生、一寸先はセックス。 『課長島耕作』シリーズを読んでいると思うことである。 とにかく次の瞬間に何が起こるのか分からない。 人は突如としてセックスをする。 そこで浮かぶのが冒頭の言葉だ。 人生、一寸先はセックス。 これが真実だったのか。 もっとも、「島耕作にとっての人生は」と言ったほうがいいかもしれない。 私はべつに一寸先がセックスの人生を送っていない。 たいていの人もそうだと思う。 島耕作という特殊なサラリーマンにとってのみ、人生一寸先はセックスなのである。 本当にこの人は、油断すると女と寝ている。 さて、一方で『君に届け』というマンガを読んでいると、この世にセックスなど存在しなかったような気がしてくる。 なにか悪い魔導師にだまされて、われわれは性行為で子供ができると勘違いしていたのではないか。 人類は本当は、手をつなぐことで子供を生んでいたのではないか。 しかしふたたび『島耕作』のページをめくれば、人類は息を吸うような自然さでセックスをし、挨拶がわりに不倫している。 同じ地球という惑星で、同じ男と女が扱われているのに、この違いはなんなのか。 もしも私が異星人で、『島耕作』と『君に届け』を参考に人類のことを学ぼうとすれば、「島耕作と風早は同じ男なのか?」という問いを断末魔に、頭が破裂して死ぬだろう。 『君に届け』においては、実際にひとつの想いが「届く」までに、1000ページ以上が費されている。 そして読んでいる最中、われわれはそれを長いとは感じないわけである。 たしかに爽子と風早の二人は、これだけの時間、これだけの枚数を費さなければ、お互いの想いを伝えあうことはできなかっただろう。 しかし島耕作にとって、知り合った女と数ページでセックスに至るのは普通のことだ。 すさまじい速度で君に届いている。 (見つめあうだけで照れる風早と爽子。 『君に届け』3巻29ページ) (この次のコマでセックスしてます。 『課長島耕作』1巻215ページ) 『君に届け』のリズム 『島耕作』というマンガの大きな魅力は、過不足のない情報の提示が生みだす軽快なテンポである。 そこでは「省略」が大きな魅力になる。 なんの気なしに『島耕作』を読みはじめ、「次々とページをめくってしまい、気づけば満足感とともに話を読み終えていた」という経験をした人は多いのではないか。 一方で、『君に届け』の魅力は繊細な心理描写にある。 その結果、作中の時の流れはどんどん遅くなる。 そこでは一秒が永遠になる。 その極めつけがコミックス12巻である。 ここでは、爽子と風早がはじめて手をつなごうとするのだが、そのために23ページが費されるのである。 手をつなぐという、ただそれだけのことで23ページ。 これが『君に届け』という作品のリズムなのである。 『君に届け』のゆったりとしたリズムを体験してもらうために、23ページの具体的な内容を簡単に記述しておく。 1:爽子が風早の横顔を見つめる。 2:二人の手は、ふれそうな距離にある。 3:二人の後ろ姿。 4:爽子の心の声。 「…ちょっとだけさわってもいい?」 ここで回をまたいでいる。 手をつなげるか否かが、次回への「引き」となっているのだ。 「はたして爽子と風早は手をつなぐことができるのか!? 」を楽しみに、われわれは急いでページをめくるわけである。 言うまでもないが、島耕作においてこんな引きが成立するはずがない。 (二人はゆっくりと距離を縮めていく。 『君に届け』12巻49-50ページ) ということで回をまたいで、 5:いつもの帰り道。 6:爽子の手がすこしずつ風早のほうに伸びてゆく。 7:爽子が風早の手にふれようとする。 8:「ドキン……」。 地面に映る二人の影。 9:瞬間、風早がおどろいたように爽子を見る。 10:爽子はあわてて手を引っこめる。 11:勝手にふれようとしたことをあやまる爽子。 12:「風早くんはいつもどおり普通なのに、私ばかりはずかしい」 13:「嫌いにならないで……」 14:風早のほうから爽子の手を握る。 「いつもどおり?」 15:風早の照れた顔。 16:風早「…普通に……見える?」 17:風早は握った手をおろす。 18:爽子のおどろいた顔。 19:二人は手をつないだまま歩きはじめる。 20:通学路の風景。 「ドキン…ドキン…」 21:二人は手をつないだまま歩いている。 22:そのとき偶然、爽子の母親と出くわしてしまう。 23:爽子はあわてて手をふりほどく。 以上、はじめて手をつなぐシーンで23ページが使われている。 これが『君に届け』の時間のリズムである。 次に、島耕作を見てみよう。 島耕作のスピード感 『取締役島耕作』第1巻。 ついに取締役となった島耕作のもとに、過去に愛人関係にあった久美子から久しぶりの連絡がある。 久美子は電話ごしに島耕作の取締役就任を祝ったあと、次のように提案する。 「じゃ セレブレーションファックしよか」 「了解」 (圧倒的2コマ。 『取締役島耕作』1巻29ページ) そしてページをめくると、ホテルでセックスが始まっている。 このスピード感はなんなのか。 風早と爽子は手をつなぐだけであんなに葛藤していたのに、島耕作は「了解」の二文字であっさりと性器を結合させてしまう。 爽子と風早の間を猛スピードで吹き抜ける一陣の風。 それが島耕作である。 二人は気づくことすらできない。 なにかが自分たちの間を通り過ぎた。 そんな気がした。 それだけだ。 遠くで性器の結合する音がする。 しかし二人の耳には届かない。 二人は手をつなぐことに必死だ。 ようやく二人が手をつないだ頃、島耕作はすでにホテルを出て、商談をいくつかまとめていることだろう。 1905年、相対性理論の発見によって、アインシュタインは物質が光速をこえられないことを示した。 そして現代、島耕作はこの2コマによって、マンガ界が島耕作のセックス速度をこえられないことを提示した。 現代物理学において光速をこえることが原理的に不可能であるように、現代マンガにおいて島耕作のセックス速度をこえることは不可能なのである。 先述したように、私は島耕作的な世界を生きていない。 『君に届け』のリズムで生きている。 だから「セレブレーション・ファック」というわけの分からない造語に恥じらってほしいとすら思ってしまう。 これほどパンチのきいた造語を「了解」の二文字で飲み込んでほしくない。 だが、そんなことをすればどんどん枚数は増えてしまう。 どんどん速度が低下してしまう。 自意識とは重力である。 『君に届け』と『島耕作』がクロスする瞬間 『君に届け』には、爽子が島耕作のようになる瞬間がある。 とはいっても、妄想の中の1コマではあるのだが。 経緯はこうである。 あるとき爽子は、風早が別の女子と楽しそうに会話している姿を見る。 自分のときとちがって、風早は非常に軽快なやりとりをかわしているようだ。 「自分もあんなふうに会話ができたらな……」と爽子は妄想する。 (つい笑っちゃうコマ。 「アメリカ人……?」という自己ツッコミも良いですね。 『君に届け』3巻148ページ) この妄想内のやりとりは島耕作のテンポにかぎりなく近い。 それは葛藤なしに会話する男女の姿だからだ。 「CD貸して」「オッケー」を突き詰めた先にあるのが、「セレブレーション・ファックしようか」「了解」だろう。 島耕作は、CDを貸し借りするような気軽さで女とファックしているということだろうか。 爽子は軽快なやりとりに憧れるが、その先にあるのは島耕作のスピード感だ。 目指すのはやめたほうがいいと思う。 風早と爽子の二人が島耕作化してしまえば、『君に届け』はまったく別の作品になってしまう。 風早と爽子に2コマで手をつながれても困るだろう。 餅は餅屋。 まぜるな危険。 カエサルのものはカエサルに、島耕作のものは島耕作に。 爽子「じゃ手つなごっか」 風早「了解」 こんな『君に届け』、誰も読みたくないでしょう。
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