ウツボ 求愛。 #1 フロイド先輩の不思議な行動

ウツボ

ウツボ 求愛

主人公はシャチの人魚。 捏造、オリジナル要素多め 全て個人の妄想です。 エピソードを全て把握していません。 前作の書き直し。 前作からオリ主の設定に変更があります。 ご注意ください。 [newpage] いくつも海を泳いだ。 気が付けば私はシャチに生まれ変わっていた。 それも人の特徴を兼ね備えたシャチの人魚としてだ。 わお、なんてファンタジー。 しかもこの世界には魔法やモンスターも存在している。 なんとも心が躍る。 家族とともに生まれたときから数多の海洋を旅して回った。 主食はイルカやサメやクジラだ。 前世を思い出してから、イルカを食べることに多少の罪悪感があったものの、奴らの言葉を理解できるようになってからは罪悪感なく食えるようになった。 あいつらってね、かわいい顔してけっこうクズなの。 それからサメも美味しい。 クジラも美味しい。 海って美味しいものがいっぱいある。 「あなたもそろそろ学校に行かないとね」 そんな母の一声で、立ち寄った珊瑚の海という国にある人魚の学校に編入することに決まった。 母の言葉はもちろん本心であっただろう。 それに加えて他に理由があったことも間違いない。 母は妊娠していた。 母は若くはないし、出産には危険が伴う。 弟か妹かを身ごもって普段の旅を続ける危険は冒したくなかったのだろうと思う。 街に現れて、近くで暮らし始めたシャチの家族を街の人魚たちは遠巻きに見ていた。 まあ、シャチは海の絶対的な捕食者だしね。 人魚を食べることこそないけど、大人の人魚と比べても体長は倍以上にある。 暴れられたらひとたまりもない。 そういう相手への警戒はして当然。 それが普通。 まだまだ子供の私ですら、同年代の人魚に比べて倍も体の大きさが違うんだから、怖がられても仕方がない。 いつも通りだ。 シャチを受け入れるのはシャチしかいない。 広いはずの海で、どこでも同じ事実。 海というのは思っていたより、ずっと狭いのかもしれない。 「いいかい。 私たちシャチ族以外の人魚……とくに子供の人魚というのはね、ずっとずっと体が脆い。 力加減を間違えるとすぐに壊れてしまうんだ。 だから人魚で遊ぶときにはくれぐれも気を付けるんだよ」 「はーい」 編入前に家族と約束を交わした。 元気に返事をすると家族は頭を撫でてくる。 そ して家族に手を引かれて学校へ向かった。 人魚の街にある学校は当然ながら、人魚しかいない学校だ。 私の体よりずっと小さい人魚の稚魚が群れを作っている。 数の多さと小ささに面食らう。 子供の人魚ってこんなに小さいんだ! 家族の言っていた通りに壊さないように気を付けないと! 視界の端で青緑の長い尾びれを持つ人魚がくるくると泳いで回っていた。 尾びれだけでない、人魚というよりは半魚人に近いような青緑の肌を持っている。 そして鏡写しの黒メッシュに金とオリーブのオッドアイ。 ……リーチ兄弟では? フロットサム、ジェットサム……うっ頭が! まほ~のおべんきょ、た~のし~。 きゃっきゃっ。 サイズの合わない学び舎で、といっても青空教室ならぬ海中教室だけど。 魔法の基礎を学んでいく。 正直、魔法というだけでわくわくが止まらないし、この科目だけでも編入した甲斐があるというものだ。 陸基準の初等学級だったら、たぶん心が死んでたと思う。 いまさら算数とか勉強しても、ねぇ? まわりの幼い人魚ちゃんたちを壊さないように細心の注意を払って体を縮こませる。 もう本当に小さいくせに数ばかりあるもので、ストレスが溜まる。 クソ邪魔。 授業が終わっても家族が迎えに来るまでは帰れない。 図書スペースで魔導書を借りて時間を潰すのがいつものことだった。 その日、いつもの場所に青緑がいた。 なんだろうと思いつつ、いつも通り魔導書を借りようと、本棚に手を伸ばしたとき 「やーい、でかぶつ!」 ころん、ころん。 背びれに投げられた貝殻が当たっては海底に転がる。 こめかみがひくつく。 私に向かって貝殻を投げて遊ぶたわけを見ないふり、気づかないふりで無視し続けた。 落ち着け、落ち着け……びーくーるよ、私……。 「おまえらってお腹に穴があるんだろ? 何する穴だよ、きもー!」 我慢する必要ねぇわ。 家族で共通の身体的特徴を侮辱されて、黙っていられるはずもない。 へそは哺乳類共通やぞ。 衝動のまま人魚の方へ距離を縮める。 「あ、ひっ……」 見開かれた目と視線を合わせる。 揺れる瞳に移る顔が笑ってる? そんな馬鹿な。 私は温厚なシャチだよ。 「あのね、喧嘩を売る相手は選ぼ? 私だって、こんな乱暴なことがしたいわけじゃないのよ? ……もしも次、同じこと言いやがったら間抜けじゃねぇなら分かるよな?」 「う、わあぁぁぁぁん!! おかーさーん!!」 衝動のまま掴んだ人魚ちゃんの首を離す。 手のひらで輪っかを作り、そこに首をいれただけなので、苦しさは感じなかったはず。 折ってもいないし。 そのはずだけど、自由になった人魚は一目散に逃げていった。 壊れてはいないのでセーフ。 なんてすばらしい力加減だろう。 さすがは私である。 くすくす、という笑い声が頭上から降ってきた。 見上げると、海面から差し込む日光の眩いなかを双子のウツボがくるくると回っていた。 眩しさに目を細める。 リーチ兄弟は楽しげに私を見下ろして笑みを深めた。 「ねぇ、君。 ずいぶんと優しいんですね」 「あんなのさっさと締め付けちゃえばいいのに、ばっかみたぁい」 「君らは?」 「同じクラスのジェイド・リーチです。 こっちは双子のフロイド。 どうして彼をそのまま帰してしまったんです?」 「なんでって……」 目の前にまで降りてきた双子はお互いに絡み合いながら、またくすくすと笑っている。 ジェイドからの問いに困惑する。 第一に家族との約束があるし、そもそも分かりきったことではあるけど。 「話を広げる奴がいないと同じ事をする馬鹿が増えるじゃん……」 「っ、ふ」 「あはっはは、だから生かして帰してやったのぉ? ねぇジェイドぉ、こいつ変~」 「えぇ、フロイド。 僕も同じ気持ちですよ」 「失礼な人魚たちだなぁ」 くすくすあははとなんとも楽しそうな双子の人魚だ。 つまりはおもしれーシャチ、といった展開なんですか? ありきたり過ぎてつまらんけども、それ。 そのタイミングで家族の迎えがやってくる。 双子から離れて、家族のもとへと泳いでいく。 家族が双子の人魚を振り返り、私に問いかけた。 「人魚の友達が出来たの?」 「ううん。 面白がられてるだけ」 「あら、そう。 でもオルカならすぐに出来るわよ」 だといいねぇ。 でもなんとなく人魚とは友達にはなれない気がする。 だって力が違いすぎる。 私がじゃれただけで人魚たちは死んでしまうだろう。 あの双子だってそうだ。 そんな相手と誰が友達になりたいだなんて思うだろう。 母の経過はいいらしい。 このままいけば妹か弟は無事に産まれてこられるそうだ。 「はやく会いたいな」 「ふふ……あなたももうお兄さんになるのね、オルカ」 「うん、お兄ちゃんだからいっぱい遊んであげる。 会えたらいっぱい優しくするからね」 「いい子」 膨らんだ母のお腹にそう言えば、ベッドで横たわる母に頭を撫でられた。 いつの間にか用意された家はシャチサイズの大きなものだ。 家族が力を合わせて用意したらしい。 私が学校にいるあいだのことで詳しくは知らないけど、たぶん魔法を使ったのだろう。 それにしても早業だ。 さすがは家族。 用意してもらえた初めての自分の部屋のベッドに寝ころび、宿題をした。 部屋にいても家族の声が聴こえるけれど、一人部屋というのも感慨深いものがある。 それにベッドも素敵。 可愛い貝殻型のベッドだ。 リトルマーメイドで出てきそう。 とにかくかわいい。 あー幸せと大きく伸びをした。 いい天気ですね」 学校につくなり、声をかけてきたのは例の双子だ。 前世知識からこの双子のやばさは知っている。 明らかにやべぇ奴と普通に見せかけたやべぇ奴。 どちらにしたってやべぇ奴じゃん。 まだ幼いとはいえ、家族がいる海域で関わりたくない。 というか問題自体を起こしたくない。 え? 人魚の脅し? あれはあっちが悪いでしょ! 僕は悪くない! 予想通りにクラスメイトの人魚たちは私を遠巻きに見ているだけで、不必要な絡みはしてこなかった。 双子を除いてね。 「ねぇ~、遊ぼうよぉ」 「べんきょーちゅーでーす」 授業が終わると、物理的に尾びれを絡ませて、駄々っ子のように腕を引っ張るフロイド。 それを押しのけ、押しのけどうにか本棚の魔導書を手に取る。 近くにいるジェイドは笑うばかりで兄弟を止めやしない。 「なぁんでぇ? 勉強なんていつでもできるじゃん」 「できないよ。 母さんが出産したらすぐに旅に戻るもん」 「え~? じゃ、残れば?」 「家族を捨てて? あり得ない」 私のつれない態度が気に食わないようで、フロイドが腕を引っ張りながら頬を膨らませる。 続いた言葉を鼻で笑ってしまう。 家族は大事だ。 他のどんなことよりも。 「お母さまが妊娠しているんですね」 「そう、もうすぐ妹か弟が出来るんだ」 「シャチの稚魚は母親のお腹で大きくなってから産まれると聞いています。 やはり魚とは違うんですね」 「魚の中にも赤ちゃんをおなかで育てるのはいるだろ? 確か、サメとかそうじゃなかった?」 前に食べたサメにはお腹の中に小さいのがいた気がする。 あんまり詳しいわけではないけどサメって卵生も胎生もいるんだっけ? ジェイドがすぐ隣までやって来る。 いつものにっこり笑いだ。 「恥ずかしいことにあまり詳しくないんです、よければ聞かせてくださいませんか」 「私も詳しくないよ。 旅の途中で見たことあるくらいで」 「旅! 素敵ですね。 僕らはこの珊瑚の海から離れたことがないので、興味があります」 「気になるなら、話すけど……何か企んでる?」 「まさか。 純粋な好奇心ですよ。 ふふふ、どうもシャチくんは僕らのことを勘違いしてるみたいですね。 僕とフロイドは君と仲良くしたいだけなんですよ?」 ジェイドの目が細まる。 立ち絵で見たことあるー! あくどい笑い方が似合うなぁ。 ていうか、まあ、確かに人魚の子供相手に警戒しすぎだったかも。 体格の差も力の差も歴然であるし、何をされてもどうにでもなる。 むしろ何をしでかすか分からない、というのを楽しむのもありかもしれない。 「そっかぁ、勘違いしちゃってたねぇ」 「いいんです。 これから仲良くしてくれるなら、優しい僕らは許します」 「はっはあ、言い方よ」 「おや、ご不満でしたか?」 にこにこ。 ジェイドはいつもの人のよさそうな笑みに戻る。 腹の探り合いは疲れる……。 「ねぇ、話終わったぁ? けっきょくシャチくん遊んでくれるの?」 「いいよ、迎えが来るまでね」 「やった! じゃ行こ。 いいところ案内してあげる」 つまらなそうな表情をぱっと笑顔に変えたフロイドが体を離す。 私の手を引いて泳ぎ出した。 「いいところ?」 「普段、僕らが遊んでる特別な場所ですよ」 「へぇ……」 フロイドに手を引かれてジェイドとと並び泳いでいく。 学校からどんどんと距離ができる。 まあ、少しならいいか。 そこにはいくつも沈没船が落ちていた。 船の墓場だ。 試しに周囲の様子を聴いてみるも、生き物の気配はサメのものしかない。 それも遠く、私と兄弟の他に生き物はいないようだった。 「じゃぁん、沈没船でぇす」 「いつもここで遊んでるの?」 「えぇ。 宝探しなんて案外、面白いんですよ。 船の中には陸の道具が残っていますからね」 「サメが巣にしてるからさぁ、他の人魚は来ねぇの。 オレとジェイドの秘密の場所」 ゆらゆらと、尾びれを揺らしながら兄弟が先行して泳ぐ。 水面からの日差しを反射して、海底が光っている。 よく目を凝らせば海底の砂の中に沈没船から落ちたのだろう硝子の欠片が、光を反射していた。 ジェイドとフロイドの青緑の体にも光は差し込んで反射をしている。 幻想的、というのはこういうことかもしれない。 「シャチくん、どぉしたの?」 「ほら、あそこの船は最近、増えたものなんです」 眩しさに目を細めていると、フロイドが目の前に来ていた。 顔を覗き込まれオッドアイがすぐ近くで見えた。 まだ真新しい船をジェイドが指さす。 双子の先導に従い、私も一緒に船の中へ入った。 「あはぁ、みてみて。 銀の髪すき」 「ふふ、博物館にあるものとよく似ていますね」 「死体とかはないんだぁ、結構きれい」 沈没船という響きから、もっと古びた幽霊船を想像していたけどジェイドの言ったとおりに、この船は比較的近世のものであるらしい。 骸骨なんかも一つもない。 棚の中にはグラスや皿が重なっていて絵画や倒れた椅子など人のいた気配だけが残っている。 「死体はサメなんかが掃除してくれているんです。 骨がないのは、人売りが回収していったのかもしれませんね」 「人売り?」 穏やかに告げられた不穏な言葉を思わず繰り返す。 サメの巣窟になっているのはもう聞いている。 「えぇ。 こういった沈没船に残された骨や死体を陸の人間に売るんです。 陸では人の死体も高く売れるそうですよ」 「へ、えぇ……」 それって事故で行方知れずになった遺体の回収をしてもらっているんでは……。 せめて遺体でも帰ってきてほしい、なんて人も多いのだろう。 人魚的には死体を欲しがってるっていう感覚なのか。 奥へ奥へと進んでいくフロイドのあとを追う。 ジェイドは私の隣を泳いで、気になったことを質問すると教えてくれた。 ガイド機能付きである。 「おっと、これは」 「大きな箱でしょう」 最奥の部屋にはとくに豪華な部屋があった。 大きなベッドだけでなくゆったりとくつろげそうなソファーにバルコニーまである。 さらには金庫が置いてある。 金庫の前でフロイドが待っていた。 「これさぁ、オレらじゃ開けらんねぇの」 「あぁ、そういうこと?」 「ふふふ、シャチくんの力なら開けられますかね?」 金庫に抱き着き、フロイドが尾びれを揺らす。 ようやく合点がいった。 どうやら双子の狙いはこの金庫を開けさせることであったらしい。 でもこれだけ豪華な部屋だ。 金庫の中にはさぞ素晴らしいお宝があるのだろう、と私も少し気になってくる。 「開けて、中身はどうするの?」 「僕らと君とで山分けで、どうでしょう。 僕とフロイドがそれを見つけました。 君がそれを開ける。 これでイーブンでしょう」 「わかった。 その条件でいい」 「では頼みます」 フロイドが金庫から離れる。 ジェイドに促されて私は金庫の扉の隙間に指をかける。 力をこめた。 「ん~~~~~っ」 「ひゃぁ、顔真っ赤で金魚みてぇ」 手の中で手ごたえがした。 金属のひしゃげる音が響く。 外れた扉が船の床に沈んだ。 金庫の中を覗き込む。 金庫の中にはさらに扉がついている。 外のとは違い、鍵がかからないタイプだ。 すぐに開けられるだろう。 扉に手をかけた。 「ぉ、おぉ~! キラキラだ~」 「キラキラ、の石がたくさん……。 これは……?」 「わぁ、すごぉ」 今度は三人で中を覗き込む。 きらきら、と色とりどりの宝石が光を反射して輝いている。 中には金色のコインもある。 陸では確かにお宝だなぁ。 宝石はどれもアクセサリーの加工がされている。 この部屋にいたのは相当のお金持ちだったんだな。 もしくは商人。 フロイドが手に取ったのはとくに光をたくさん反射させていたネックレスだ。 私に宝石の鑑定なんて出来ないけど、透明の小さな石がシンプルにぶら下がっているところを見ると、もしやダイヤなのでは? 知らんけど。 続いてジェイドが手にしたのは三連の青緑の石がぶら下がったピアスだ。 何の宝石だろ……青の宝石ってサファイアくらいしかわからないや。 私もコインを手に取って、刻まれた誰かの横顔を見る。 髪が長いし女かな。 海外のお金って感じ。 しばらく金庫の中にある装飾品を手に取ってみていた。 結局、分かったのはラピスラズリとかオパールとか、判断のしやすい宝石だけだった。 ルビーとトパーズの違いだって分からない。 ふとジェイドが最初に手にしたピアスをじっと見つめていることに気が付く。 ジェイドの手の中を私も覗き込めば、青緑の石が、同じ色の手のひらの上できらりと光った。 「きれいな石だね」 「えぇ、海の色をしている……それに鱗みたいな形だ」 「あははっ、確かにそうも見えるね」 「え、なになに? オレにもみせて、ジェイド」 金庫の中に手を突っ込んでは放り出していたフロイドもジェイドの手の中のピアスをのぞき込む。 ピアスの片方をつまみ上げるとにっこりと笑った。 「ほんとだぁ、鱗みてぇ」 「同じ色だし、ちょうど二つあるし。 なんか君らみたいじゃね」 「あははははっはっ! 何言ってんの? おもしれっ、オルカの色の石もあるかな」 「白黒はないでしょ」 ジェイドの手にピアスを戻すとフロイドは大きな笑い声を響かせて、再び金庫の中を漁り始める。 その様子に私も金庫をのぞき込むけど、やっぱり白と黒の宝石なんてないんじゃないかな。 仮にあってもそんな都合よく……、 「あった」 「あるのかよ」 「ほら、見てみて。 ちいせぇけどオルカみてぇな白と黒だよ」 「うっわ……ほんとだ、すげぇ」 ピアスのように大きな石ではないけど、確かに黒と白の石が並べられた指輪をフロイドが見せてきた。 マジであった。 驚くわ。 フロイドに指輪を渡される。 手のひらでじっと見つめる。 小さな指輪だ。 おそるおそる人差し指にはめてようと試みる。 やっぱりサイズが合わない。 第一関節にすら通らない指輪に落胆する。 私の体が大きすぎるのだ。 「それ、そう使うやつなん?」 「これ指輪って言うんだよ。 ほんとなら指にはめるんだけどねぇ……。 そっちのはピアス」 「どう使うものなんです?」 「耳たぶに穴をあけてそこに着け……そっか、君らに耳はないのか」 耳たぶに触れて、教えようとするも双子の姿を思い出して説明をやめる。 双子の顔のよこにはえら、のようなものが付いている。 ひれなのか? フロイドのものに触れようと手を伸ばすと叩き落された。 ひでぇ。 「そう、耳……じゃあ、僕らもつけられませんね」 「ジェイドつけたかったの?」 「えぇ、少しだけ。 オルカの言う通り二つあるのでフロイドとおそろいに出来ると思ったんですがね……」 「ジェイドぉ。 落ち込むなって、耳が出来たときにお揃いしたらいーじゃん?」 「できますかねぇ、ふふふ……」 いちゃ……いちゃ……。 いちゃつきの踏み台にされた!! ぐやじいっ!! 私の手の中の指輪を見つめる。 せっかくフロイドが見つけてくれた私の色をした指輪だ。 でも身に着けることは出来ない。 と、そこでひらめいた。 「あぁん? オルカ、なにしてんのぉ?」 「いいこと思いついた。 あ、やっぱあった」 部屋の中の引き出しを逆さにして、物色していく。 ベッドわきの引き出しの中に目当てのものを見つけた。 それを掲げて双子へ見せる。 「ずいぶんと小さな、箱ですね?」 「それがなんなの?」 「これ、中にアクセサリーを仕舞えるようになってるやつ。 ほら、中に仕切りがあるでしょ、こうやってはめると移動させても動かなくて石が傷つかないし、失くさないんだ」 サイズから察するに元は指輪用のものだろう。 指輪をはめ込み、実演して見せる。 それを双子へ投げる。 弧を描いた箱をジェイドが受け止めた。 「ピアス、そこにしまっとけば? いつか耳が生えるときのために?」 「いーじゃん! そうしよっ、ジェイド」 「何か、企んでます?」 明るい笑顔を浮かべるフロイドと対照的にジェイドは箱を持ったまま私へ懐疑的な視線を送ってくる。 それに対して私は優しく微笑む。 裏なんてないよ? ほんとほんと。 「やだなぁ、ただの親切だよ。 君らの兄弟愛に感動しちゃったのさ」 「ね! ジェイド、しまっとこ」 「……そうですね、フロイド。 いつか耳が出来たときのために」 箱を開き、先に収まっていた白黒の指輪を挟んだ両側にジェイドは青緑のピアスを差し込んだ。 そうしてしまい込むと、宝物にでもするように大切そうに胸の前で抱きしめた。 はわわ、よかったですね。 けどピアスの間に私色の指輪があったんですけども。 なんか百合に挟まろうとする男みたいでいやだな。 完全に紛れ込んだ異物じゃん。 指輪を抜いてから投げればよかったな……。 ちなみに私は百合に混じろうとする男は死んでもいいと思っているよ。 「なんです」 「べつに?」 「なぁなぁ、残りのこれ。 どうすんの? いらなくね?」 「ぶっちゃけ山分けって言ったけど俺もいらねぇ。 君らの好きにして」 「僕もいらないですよ。 持ち帰っても場所を取るだけだし」 じゃ、放置で~。 と他の石はそのままに解散した。 学校に戻るとすでに来ていた家族に叱られた。 ジェイドの手にはしっかりと箱が握られていた。 船の中をゆっくりと探索する。 お目当ては陸の本や、文化の分かるもの。 今でこそ海で生きているけど、陸のことも忘れがたかった。 「またここに来たんですか、君」 「だって面白いんだもん」 「ここいるオルカ、つまんねぇ」 やって来た双子は呆れを隠そうともしていない。 私にここのことを教えたのが間違いだったな。 おそらくは二人だけの遊び場に入り込まれたなんて考えているのだろう。 大抵の本は、海水で脆くなっていたり、インクが滲んでしまっていたりで読むことが出来なくなっていた。 そんな中で唯一見つけたのが、水に濡れないよう加工された世界地図である。 「この地図さ、持って帰りたいな」 「えぇ~、そんなん見て何がおもしれの?」 「陸の全体図、というのは確かに興味深くはありますけどね……何がそこまで君を熱中させるんでしょう」 その船はたぶん軍艦だったのだ。 装飾のない船内に唯一、壁に地図が固定されて展示されていた。 地図の中の大陸の形は想像通り、私の知るものとは全く違っている。 ここはあの世界ではないのだ。 「なんでって、自分の知らないことって知りたくならない? 知れば知るほどわくわくしてくる感じ?」 「んぇ~……わかんねぇ」 「ふふふ、好奇心旺盛なんですね」 そのあとしばらく熱を入れて語ったもののフロイドもジェイドも、反応は薄く興味がないということだけがはっきりと分かった。 聞いてきたのはお前らやろがい。 「ねぇ、オルカ。 オレ飽きた。 なんかあそぼ」 「え~、いま忙しい」 「なんでぇ? 船のなか、漁ってるだけじゃん」 「事実だけど言い方よ。 ジェイドぉ、フロイドと遊びに行きなよぉ」 「おやおや、困りましたね」 背びれにフロイドがじゃれついて来る。 猫みたい。 魚だけど。 片割れに助けを求めるもジェイドはくすくす笑うばっかりで、止める気はないらしい。 そういうところあるよね。 「なにして遊ぶの?」 「おいかけっこ!」 「では先にサンゴ礁についたら勝ちということで」 「よーいどん!」 息が合った双子素早い行動に周囲の海水が混ぜられ、冷たく肌を冷やす。 船内には私だけが残された。 負けたら、何を言い出されるか分からず、私も慌てて双子のあとを追ったのだ。 「よっし! 私の勝ち!」 「はぁぁぁあ!? 絶対、勝てると思ったのに!」 「ふふふ、負けてしまいましたね」 笑い声が三つ重なった。 眠る母の横で妹の入っている籠に寄り添う。 「きゅ、きゅ、ぅ……?」 まぶたも開いていないのに、ぷくぷくした小さな手で私の指を掴んでくる。 消え入りそうな鳴き声も小さな小さな体もなんて可愛らしいのだろう。 いくら見ていても飽きない。 「へぇ、妹が出来たんだぁ」 「それはおめでとうございます」 「もうね、超可愛い! 君らも会いに来なよ。 まだ名前はないんだけど、すっげぇ可愛いから! もうマジでかわいいから!」 学校で双子に妹のことを話す。 いや、言葉だけであの妹の可愛さを伝えきることは出来ない。 ぜひ会いに来てほしい。 二人の気を引こうと話にかつてないほどの熱がこもる。 とにかく妹の可愛さを知ってほしい。 あんな可愛い妹を独り占めなんて出来ない。 そんなことしたら犯罪だし、全世界の人間に妹の可愛さを(略) フロイドは興味なさそうだけど、ジェイドは興味がありそうだ。 顎に手を当てて悩んでいるように見えた。 ジェイドの手を取る。 私の勢いに押されてか、ジェイドの目が丸く見開かれる。 「ね、ね! ジェイド、私んちおいで? もうすんごい可愛いから!」 「…………、あなたがそんなに言うならよほどなんでしょうね……。 少し興味が湧きました。 伺ってもよろしいですか?」 「いいよ!」 「えー!! ジェイド、行くのぉ!? オレ、興味ねーんだけど!」 授業が始まり、そこでいったん話は終わる。 放課後、迎えにやって来た家族に事情を話して、二人と連れて帰宅した。 「ぅ、きゅ…っう」 「かわい~!」 移動を防ぐ籠に入った妹に籠越しに手を触れる。 伸ばした指を妹も掴んでくる。 それだけでかわいさが天元突破。 籠は天井で吊るされており、動かないようになっている。 そんな妹を前に結局ついてきたフロイドは顔を青くしている。 「えぇ……なんで稚魚、閉じ込めてんのぉ? こっわ……」 「目を離すとすぐどっか行っちゃうんだよ。 まだ赤ちゃんだからさ、サメにも勝てないしイルカにだって殺される。 外に泳いでかないように籠が必要なの」 「なるほど。 シャチにとっては一般的なことなんですね……」 籠越しの妹はあぶあぶと、訳も分からないまま籠の中を泳いでいる。 シャチの人魚が人間の特性を手に入れているからなのか、産まれたばかりの赤ちゃんはかなり無力なのだ。 籠から出して抱っこしたいけど、大人がいないと出来ない。 悲しい。 にぎにぎと私の指をする妹の様子に心から和む。 可愛い。 「赤ちゃんってすごい柔らかいんだ、なんかもうほんとうに守ってあげなきゃいけない頼りないかんじ」 「僕も触っていいですか?」 「んー……少しだけね。 傷つけたら殺すからほんとに気を付けて」 「えぇ、分かってます。 では失礼しますね」 ぶにぃ。 ジェイドの指が私の頬をついた。 頬に爪が刺さる。 フロイドが噴き出して、腹を抱えて笑いはじめた。 「ジェイドくん?」 「あぁ、本当に柔らかいんですね。 けれど守ってあげなきゃって気持ちにはなりませんねぇ、ふふふ」 「赤ちゃんじゃありませんけど!!」 「赤ちゃんでしょ。 だらしなくほっぺを緩ませてさぁ、能天気な人魚みてぇじゃん」 「はぁ~~~!? なんだ、お前? 煽りに来たのか!?」 怒鳴るも、ジェイドもフロイドもにやにやと笑うばかりだ。 ほんと……っ、こいつら……! やっぱ、双子は双子だな。 連れてこなきゃよかった。 とたんに後悔が胸に広がる。 「なになに、そんな怒んなよ。 ちょっとからかっただけじゃん? ねぇジェイド」 「えぇ、フロイド。 朝から妹の話ばかりするから、少し妬いてしまって……悪気はなかったんですよ」 「はぁ~、どうだかな」 一転して言葉を翻る双子である。 すり寄るような発言だけど、表情は変わっていない。 本心ではないのだろう。 ただまあ、もうどうでもいいという感じだ。 私も不機嫌を鎮める。 「お前らが私の妹に興味ないのはわかったよ。 妹と会わせるって私の用事は済んだわけだけど?」 「オルカの部屋におもちゃとかねえのぉ?」 「おもちゃは、……ないねぇ。 遊ぶなら君らがいるし、とくに必要性も感じなかったからさ」 「では、外に遊びに行きましょう」 「いいねぇ、じゃあさ! サンゴ礁まで追いかけっこな! よーいどん!」 フロイドが窓から家を飛び出した。 それを追って、私も飛び出す。 フロイドもジェイドも泳ぐのが早いので、追いかけっこなら勝負になるのだ。 先を泳ぐフロイドの尾びれが少しずつ近づいて来る。 口の端があがる。 捕まえるときは尾びれでなく背びれじゃなきゃノーカンだというルールがある。 たった今作った。 すぐ目の前に迫るフロイドを目指して、さらに速度をあげた。 あーー。 すると顔を真っ赤にしたフロイドが弾かれたように距離を取る。 冗談に決まってるし、そんなに怒ることなくない? かわいいシャチジョークじゃん……。 「ばーか、ばーか」 「そこまで言う? ちょっとぉ、オタクのご兄弟どうなってるんです? ……ジェイド?」 食べる振りを止めても罵倒を続けるフロイドにジェイドへ文句を言おうと振り返る。 ジェイドの姿はなかった。 周囲を見渡すと少し離れた、学校の上で何かに気を取られているらしい。 フロイドが片割れのもとへすぐさま泳いで行った。 「なにしてんのぉ、ジェイドぉ」 「あそこ、何かいるみたいで」 遅れてジェイドのそばへ行く。 ジェイドが指さす先へ視線を巡らせると、魔導書と墨で真っ黒になった貝殻が散らばっている。 その中心にたこつぼがぽつんと置かれていた。 不思議な光景に誘われるように双子がたこつぼへ近づいていく。 それが何を意味するのか、すぐに気が付いた。 双子の様子を岩場の上から見つめる。 三人の会話に耳を澄ませながら、にまにまとしてしまう。 オクタヴィネルええねぇ……。 出会いの場面に居合わせられるとは幸運では? たこつぼからタコ足がはみ出ている。 タコ足は鬱陶しそうにのぞき込む双子を振り払おうと懸命だ。 これが何年後にはさんこいちになるんだからたまらねえ。 「オルカ~! なにしてんの~、はやくおいでよぉ!」 上機嫌なフロイドが手を大きく振りながら私を振り返った。 スキップしたいような気分になりつつ、私も一緒にたこつぼをのぞき込む。 真っ黒なタコ足の中にふっくらした顔が目を丸くして収まっている。 口元にはほくろがあって、かつて見た立ち絵の人物と重なる。 「墨だらけだね」 「なっ、なんだよ! うるさいなぁ! あっちにいけったら」 「そう邪険にしないでよ~。 って、あ!」 涙目で睨んでくるアズールににやにやと笑ってしまう。 かわいいよな。 タコ足の中に紛れる魔導書にある文字を見つけてたこつぼの中に頭を突っ込ませる。 瞬間アズールが悲鳴を上げて、暴れ出した。 「いてて……そんな暴れることないじゃん……」 「急に近づくからびっくりしたんだ! なんなんだよ!」 「なにしてんの、オルカ」 「何かを見つけた様子でしたけど」 「ふふーん、見てこれ。 人間になる薬の作り方~」 頬に張り付たいくつかの吸盤を外し、戦利品を双子に掲げる。 もちろん、あとで返すよ? 突然の私の暴挙に呆れた目をしていたフロイドとジェイドは珍しく、そろって目を丸くした。 笑う以外で同じ反応って初めて見た気がする。 「その魔導書、返せよ……」 「あぁ、ごめんごめん。 ね、その本さ。 君が勉強し終わったら私にも貸してくれない? あとでちゃんと返すし、貴重なものなら君のそばで読むだけにするからさ」 「そ、れは別に構わないけど……君、陸に行きたいの?」 喉から絞り出したような泣きそうな声で言われて、慌てて魔導書をアズールへと返す。 開いて見せていたページに一瞬だけ視線を移したアズールが、落ち着かなそうに問い掛けてきた。 別にずっと陸で生きたいわけではないんだよな。 海には家族もいるし……でも、異世界の地上を旅するなんていうのは何とも心の惹かれる響きがある。 「少しだけね。 陸って楽しそうじゃん!」 「……へぇ、なんだか君って伝説の人魚姫みたいだね。 陸に憧れてるなんて」 「いや~、たぶん遺伝子じゃねぇかな? シャチって大昔は陸にいたんだってさ」 「そうなんだ、初めて聞いたよ……」 この世界の陸というのはどういうものなのか、ひたすらに興味が尽きない。 確か獣人なんて種族もいたし、一度くらいは会ってみたいよなぁ。 そう話していると急にフロイドが飛びかかって来た。 首を両腕いっぱいに締め付けられて、細いとはいえ少し苦しい。 フロイドを離そうと尾びれを引っ張る。 ぬるぬると掴みづらく、ちっとも動かない。 「ちょっと、なに? なんなの?」 「おやおや……フロイドったら」 「何しているんだよ、君たち……」 問い掛けても何も返さず、フロイドが尾びれを揺らすだけだ。 えぇ……。 困惑しかない。 私がアズールと話をしていたから気に入らなかったんだろうか。 アズールに興味を持っていそうだったもんな。 「なんなのぉ……」 「フロイドが満足するまでそのままでお願いしますね。 オルカ」 「えー」 「はぁ……僕は勉強に戻るよ、おかしな奴らだな……」 ジェイドにもアズールにも見捨てられた……。 フロイドが私を絞めるのを飽きるまで学校の上で浮遊し続けた。 結局、もう帰宅よ~と家族が迎えに来るまで、それは続いて最後にはジェイドに諭され、ようやくフロイドは離れたのだった。 出来るなら、最初からしといてよ。 今では目も開いて、はっきりと私や家族を見つめてくる。 「末っ子も大きくなって来たことだし、そろそろ旅に戻りましょうかね」 母の言葉に妹を撫でる手が止まった。 ああ、そうだ。 初めからそういう話だった。 このサンゴ礁は安全そのもので、すっかり忘れてしまっていたけど。 旅ばかりの群れには引っ越す準備というものすら必要としない。 群れの長が出発すると決めたならその瞬間から旅が再開される。 家族の隊列に紛れて、珊瑚の海を離れていく。 「おや……オルカ?」 「んぇ、あ。 ほんとだ、お~い」 ふと耳に声が届いた。 目をやれば海底であのたこつぼの前でジェイドとフロイドが手を振っている。 珍しくたこつぼの中からアズールも顔を出していて、少しだけ泣きたくなった。 くだらない感傷だろう。 「じゃあな~。 また会おうぜ~」 それなりの距離がある。 魚の視力と聴力で、どこまで見えていて聴こえているかはわからないけど最後だ。 笑顔を浮かべて手を振った。 私の体は大人と変わらないまでに成長した。 最後に測った全長は六メートルほど。 これはシャチとしては小柄な方だ。 ま、まだ成長期だし? 一人で狩りも出来るようになった。 そうまで成長した私が初めにしたのは家族のもとを、群れから離れることだった。 今でも家族のことは好きだし、群れには最愛の妹だっている。 それでも離れたのは、自分でもわからない理由からだ。 ただなんとなく、このまま家族のために群れの内の一人として生き続けるのかと思えば、少しだけ空しいような気がしてしまった。 大好きなはずの家族と一緒にいるのが、ときおりひどく苦しくなる。 私にはそれがどうしても耐えられなかった。 陸の人間であったころの名残だろうか。 もうほとんどシャチとしての感覚しか残っていないというのに、最後の最後になんて厄介なものを残してくれたんだろう。 だから私は家族のもとから逃げ出したのだ。 そういうわけで冷たく暗い海を一人で旅するようになった。 幸いなことに魔法が使えるおかげで死ぬような目に遭うことは少なくすんだ。 そうやって過ごしていると気が付けば深海にやって来ていた。 海で最も冷たい場所で真っ暗闇で視力は役に立たず、聴力による反響を頼りに泳いでいく。 特に深海には見たこと生き物が多くいて楽しい。 いつまでも飽きることなく好奇心をくすぐられるし、一度なんて深海魚の人魚だという存在とも出会った。 「あはぁ」 「おや」 静かであるはずの深海の中で岩陰から私を見つめる二人の形が反響で視えた。 ……深海魚かなぁ。 その二人はくすくすと笑いながらゆっくりと私の周りで円を描くように泳ぎながら少しずつ近づいてきている。 大きさはそこまでじゃない。 私に比べればずいぶんと小さい。 …………おっと? すぐそばを人魚が通り過ぎる。 ずいぶんと私に近づいているののだけど気にする素振りを見せずに二人組の人魚はくすくすと変わらずに笑う。 そうして周りをぐるぐると泳いでいる。 常に反響で周囲を確認しているものの、少し不穏よな。 「っ、ァ!」 ぐるぐるぐるぐる、回り続けるうちの一人をタイミングを合わせて捕まえる。 ちょうど、胴体は手のひらで掴めるくらいだった。 掴まった勢いで手の中から小さく悲鳴があがる。 別に握りつぶしやしないし、と指を動かす。 体表がぬるぬるとしていて掴みにくい。 知っているような気がする感触だ。 背びれにエラに、長いくねくねとした尾びれ。 鱗はない。 動かすたびに手の中で捕まえた人魚の体がびくびくと震える。 「ッ、……、っ」 顔を近づけ、よくよく目をこらせば暗闇の中でも金に光る、一つの瞳が見えた。 緩んだ金色が私を睨んでいる、ような気がする。 残されたもう片割れも掴んだ手の近くに寄ってきている。 掴まった方を助けようとか、私の手に指をかけて、身を乗り出していた。 そのちょうど、目玉の部分でまた一つの金色が光っている。 色の違うオッドアイ、それはそれぞれ右と左で鏡写しだ。 あれ、知ってるな、これ。 「もしかしてジェイドとフロイド?」 「あははぁ、正解で~す」 「おひさしぶりです、オルカ。 またずいぶんと成長されたようで」 「お~、君らも大きくなったみたいだね」 さすがに裸眼では見えない。 けどたぶんあのにやにや笑いをしている気がする。 いま、掴んでいるのはどちらだろう。 片側だけ光る二人の目を見比べる。 右と左、どちらがどっちだったかな。 「なんで君ら、こんな深海にいるの? 危ないよ」 「雑魚あつかいしてんじゃねぇよ。 オレらもともと深海育ちだし」 「そうですよ。 深海についてはむしろあなたより詳しいかと」 「へぇ、初耳だ」 「ふふ、言っていませんでしたからね」 手の中でどちらかが、もぞもぞと体を揺らす。 どうやら私から少しでも距離を取ろうとしているようだ。 じっと、また顔を近づける。 どっちだ。 青緑なのは何となくわかる。 急募、暗闇の中での双子の見分け方。 「オレらは散歩ちゅ~、オルカこそ何してんの? 目ぇ見えてねえじゃん」 「ん~、ちょっと色々とあってさぁ。 ……ねぇ、今、捕まえてるのってどっち?」 「ふふ、秘密ですよ」 「あはっ、どっちでしょお?」 「わからないって、会うの何年振りだと思ってるんだ。 しかも真っ暗だしさ」 手から力を抜くと、すぐにぬるりと抜け出される。 空っぽになった手のひらに手が置かれる。 金色がすぐ目の前に。 「アハハハ! ぜんぜん目ぇ合わねぇ。 おもしれ」 「こっちはフロイドか」 「せいか~い」 けらけら笑うフロイドの声が深海の闇の中で響く。 会うのは久しぶりだけど、変わらずに楽しそうだ。 今日はここまでにしておこうかな……。 とくに帰る家があるわけでもないけど、海上に上昇しようと浮かび上がる。 それにどうやら双子もついて来ているようだった。 ついて来る二人の姿がはっきりと聴こえている。 背を向けたまま問い掛ける。 「なんなの、君ら」 「久しぶりに会ったんです。 もう少し話でもしませんか?」 「話すことないもん」 「えぇ~? じゃ、なんか考えてよ、オルカ」 「なんで私が?」 「オレ、オルカともっと遊びてぇよ」 本当かなぁ……という気持ちだ。 思いもしない再会が嬉しい気持ちは確かに私にもある。 海上から月の淡い光がおぼろげに差し込みはじめた。 ようやく見えると、二人を振り返る。 「ね、いいじゃん。 まだ一緒にいよ」 「何か急ぎの用事でも? なんなら終わるまで待ちますよ」 眉を下げて、声音はちっとも変っていないのに……予想とは異なる表情で言葉を失う。 動きを止めた隙にフロイドの手が腕に絡まり、尾びれもまた絡んでくる。 逃がす気はないと。 いや、あんな迷子の赤ちゃんみたいな表情で見つめられたら流されるなという方が無理だろう。 「久しぶりにさぁ、沈没船んとこでも行かね?」 「あぁ、いいね……久しぶりだしね」 「本当に会えて嬉しいんですよ。 僕ら」 右手側にジェイドの腕も絡みつく。 色っぽいような声で耳元に囁かれて、鳥肌が立ちそう。 シャチは鳥肌にはなりません……たぶん。 少なくとも私はならないから……。 そうやって二人に先導される形で泳ぐ羽目になった。 いや、接待かな?って感じだけど、そんな両側を挟まんでも逃げんわ。 少し気が遠くなった。 記憶の通りに海流に乗り、流れ着いた船の死体が海底に沈んでいる。 時期なのか、クラゲが淡く光りながら海中を舞っている。 邪魔だし、泳ぎづらいわ。 クラゲをかいくぐり、沈没船の間を通り過ぎる。 成長した今ではもう船内にも入れない。 「なんかあった?」 「んーん、なぁんもねぇ」 「新しい船も増えているようですが、どうやらすでに中はあらかた物色されているみたいですね」 「昔の私たちみたいなのがいるのかもね」 「あはは! そうかもしれませんね」 船内に飛び込んでいったフロイドへ声をかける。 すぐに窓から顔を出すと、首を横に振った。 私のそばでジェイドはきょろきょろと周囲の様子を見渡しながら、微笑みを浮かべている。 私も船の中を見たいんだけどなぁ……つまらなくなり船体を尾びれで叩く。 「あははは! すっげ揺れる!」 「おやおや……どうしました?」 「だってさぁ船の中に入れないからさぁ、むかつく」 「仕方ありませんよ、あなたは体が大きいですから」 「えー? そんなん壊して入ればいいじゃん」 きょとんとしたフロイドの発言にジェイドと顔を見合わせる。 確かにそうだ。 もう動くことのない船だもんな。 壊しても誰に文句を言われるわけではない。 船の屋根に向かって魔力を練り上げる。 魔法でささっと吹き飛ばしてしまおう。 ユニーク魔法 【嵐よ、来い】 沸き起こった渦に海底から海水がかき混ぜられて、冷たく濁っていく。 渦の軌道を操作して、狙い通りにぶち当てる。 「……お見事」 「お褒めにあずかり光栄だね、フロイド~、いる?」 「いるよぉ」 屋根のあった部分に大穴の空いた船内をのぞき込むと、フロイドが笑顔で手を振った。 中はさっきの魔法で少しだけ荒れてしまっている。 もしかしたら魔法が理由じゃないかもしれないけど。 さて、と船内を見回す。 フロイドの言っていた通りめぼしいものは何もない。 魔法を使って損した気分だな……。 「そういえば……ご家族も近くにいらっしゃるんですか?」 「あ~……いない」 「それはまた、珍しい」 同じような方法で沈没船を探索していた。 ふと思い出したようにジェイドが問い掛けてきた。 私の返事にぱちくりと瞬きを繰り返している。 珍しい。 その通りだろう。 雄のシャチは大人になっても母のいる群れを離れないものだ。 それが普通で、当たり前で、母が亡くなったわけでもないくせに群れを離れて一人でいる私の方がおかしいのだ。 自然と大きなため息が口から泡となってこぼれた。 ふと人魚には魂がないらしいという御伽話を思い出す。 それがなにさ、という気持ちだけど。 上昇していく泡を見ていると冷たい水かきのついた手のひらが頬に触れる。 「どしたの? なんか悩み事?」 「……悩み、ってわけじゃない」 顔の高さまで浮かび上がったフロイドが顔を覗き込んでいる。 影が出来て表情がはっきりと見えない。 声だけは心配そうな響きを持っている。 「オルカ、僕らでよければ聞きますよ?」 気が付けば、ジェイドもまたフロイドと隣り合うように私のすぐ目の前にいる。 二人とも問いかけるていで言ってはいるものの、尾びれが容赦なく首やら私の体に巻き付いてきている。 逃がさねぇぞ、話すまでは……という強い意思を感じさせてくる。 二人に話してどうにかなる問題でもないのだけど、もう一度、大きな泡が口から漏れ出た。 「誰かに話せば楽にはなるかもしれないしね……」 船の開けた甲板に腰掛ける。 改めて声に出してみれば、やっぱりくだらない悩みだ。 自分でもそう思うのに、意外にも二人は笑うことをしなかった。 真剣な顔で話を聞いている。 話の合間に飽きることも、茶々を入れることもされなかったのは、正直予想外だった。 フロイドとジェイドなら笑い飛ばすくらいはしそうなものだけど。 「で、そういうわけで私は群れから離れて独りぼっちでこんなところにいるわけよ。 くだらないだろ、笑っていいよ」 「笑いませんよ。 悩みの種類は人それぞれでしょう。 あなたが思い悩むなら、それはあなたにとって深刻なことなんですよね……」 ジェイドは私の手に小さな手を置いて、気遣わしげに微笑んでいる。 表情も声音も完璧に思いやりの溢れるものだけど、どうしてもそれを信じる気にはなれなかった。 こうしてジェイドの言葉を信用できないのも私が人だったからなのかな。 人差し指の腹でジェイドの頭に触れる。 「なんです?」 頬に触れる人差し指を握り返して、ジェイドがまた微笑んだ。 思い立ち、ぱか、と口を開く。 「え」 固まったジェイドの胴に手を回し、しっかりと掴んで逃げられないようにしてから顔を近づけていく。 「あーん、食べちゃうぞぉ」 「え、っ、え……っオルカ……!?」 「なんちゃってー、冗談だよ」 笑いながらジェイドを捕まえていた手を離す。 絵画みたいなきれいな微笑みを崩して目を見開き慌てだしたジェイドの姿に留飲が下がる。 この慌てている表情だけは本物と思える。 すぐに口を閉じれば少し顔を赤くしたジェイドがまた微笑みだした。 でも今度のはちょっと怒っているのが分かる。 確かな充足感に心が満たされていく。 「あのさぁ、なにしてんの?」 「からかっただけ~」 「えぇ。 そうですよね。 遊びですよね。 オルカ」 「あははぁ、ジェイド、怒ってんじゃん。 どうすんの、オルカ」 「えー、どうしよ。 フロイド、どうにかしてよ」 「オレが怒らせたんじゃねぇもん」 「怒っていません、えぇ。 怒っていませんとも」 「あはっははは! めちゃ怒ってるじゃん!」 怒ってるわ。 フロイドの高笑いが海中に響く。 ジェイドの顔から微笑みが消えて、尾びれが首に巻き付く。 あ、これ本気の奴ですね……。 少しずつ、ジェイドの尾びれがきつくなっていく。 目が据わってる……。 助けを求めてフロイドへ視線を送る。 フロイドは珍しく穏やかな顔でほほ笑んでいた。 君、そんな顔も出来たんだね!? 「ほらぁ、どうすんのぉ? オルカ、早くどうにかしねぇとジェイド、泣いちゃうよ?」 「またまた……ジェイドが泣くわけが……」 「泣きますよ。 その前にあなたを絞め落としますけどね」 「ひェ……ジェイド、どうしたら許してくれる?」 こんな、少し食べる真似をしただけでガチギレされるとか誰が思うか。 そんなに怖かったかしらん。 ああでも確かに体の大きさは子供のころより、ずっと変わってしまっているんだった。 内心で反省しながらジェイドを窺う。 首の絞めつけが少し緩んだ。 「もう一度、食べる真似をしてごらんなさい」 「え!? それされて怒ってるくせに!?」 「泣かれるのが嫌ならしてください、今すぐに! さぁ!」 「え、えぇ……あー」 「ははは、マジでした」 勢いに押されて、ジェイドに向けて口を大きく開けて食べる真似をする。 するとなぜかフロイドが口笛を吹く。 頬に手が触れて、視線を戻すとジェイドの顔がすぐ近くに迫っていた。 「あー」 「え、うん……なに?」 「あはっははっははっははははっはっはは!!! なぁ、オルカ。 オレもオレも」 「えぇ……あー?」 「ふふふふっ、あー」 真似をするように口を大きく開けたジェイド。 困惑しているとフロイドもまた自らの口を指さして、顔のすぐ近くに寄って来る。 言われるままフロイドへも食べる真似をする。 すると満足そうに笑い声をあげて、同じようにフロイドも口を開けてくる。 え、なに。 私のことなど置いてけぼりで二人はぐるぐると私の体に尾びれを、どころではなく腕まで使って締め付けてくる。 「オルカさぁ、家族のところに帰るの嫌ならオレらといたらいいよ。 ねぇジェイド」 「えぇ、フロイド。 あの日、あなたがいなくなってしまって僕らがどれだけ探し回ったことか」 「……お別れの挨拶も出来なくてごめんね」 数年前に別れの言葉もなく珊瑚の海を離れたことを思い出す。 ジェイドとフロイドの手が首に巻き付く……左右の肩にそれぞれ頭をうずめていた。 その背中をあやすように軽く撫でる。 「ねぇ、オルカ~。 ところでウツボの求愛って知ってる?」 「え?」 「これで僕ら、番ですね。 アズールとジェイド、フロイドと同じ年で同じエレメンタリースクールに通っていた幼馴染。 自称心優しく温厚なタイプのシャチくん。 家族で旅をするタイプのシャチであり、基本的に定住とは縁がない。 人であったという前世の記憶を持っているが、時とともにシャチの意識の方が強くなりつつある。 味オンチ。 嗅覚が鈍い。 シスコン。 この度、ウツボの伴侶を得た。 幼いころから定期的に驚かしているつもりでウツボの求愛行動をしていた。 まんざらでもない。 オルカ(海のすがた) 全長六メートル。 ガチ人外サイズと思いきやシャチとしては小柄。 黒髪に白メッシュ。 黒い目。 まつげと眉毛も白い。

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ウツボの生態や天敵、噛まれる危険性や毒性について

ウツボ 求愛

昨年、2001年のゴールデン・ウィークの頃のことでした。 朝一番に脇の浜の一角に20匹近いウツボが集まって来たのです。 しかも、それぞれが非常にせわしなく動き回っていました。 「すわっ、これは産卵行動なのか?」 と色めき立って様子を見守ったのですが、求愛する様子も威嚇しあう様子も窺えないのです。 ラッシュアワーに人ごみを掻き分けながら目的地に急ぐサラリーマンの様に、それぞれがぶつかり合わぬように泳ぎ回っているのでした。 通り過ぎて行ったと思ったら直ぐにまた戻って来て、またグルグルその場で回っています。 その傍を別のウツボがすり抜けて行くのです。 たくさんのウツボがそうして一帯の水温を急上昇させたのでした。 土中から湧き出たミミズの様にそんなにたくさんのウツボがのたうち回っているのは異様な光景でした。 でも、それは朝だけの出来事で、お昼頃に再び訪れると静かないつもの光景に戻っていました。 あんなにたくさん居たウツボ達も何処かに姿を消してしまいました。 その奇妙なラッシュは翌日も、そして翌週も見られました。 でも、それっきり。 こめかみに血管を浮かせている様なあのウツボたちの必死の形相は一体何だったのでしょう? 今年ももう一度チェックしてみようと思います。

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ウツボ

ウツボ 求愛

ヘッドボードに背を預ける監督生の投げ出した足の間で大きな体がビクンと跳ねた。 監督生の両足に添えられた白く長い指が跳ねる体に合わせてわさわさともどかしげに蠢き、たまらない、と言うように時折制服を握り込む。 しなる背中に押し上げられたシャツのボタンが今にも弾けてしまいそうだ。 快楽を逃す様に立てられた膝がスリスリと互いの膝小僧を擦り合わせて、ピンと反ったつま先が白いシーツを巻き込んで滑る。 上気した頬と垂れ下がった目尻、形の良い眉毛をキュッと寄せた男の顔はそれはそれは扇情的に目の前の獲物を誘っていた。 毎度の事ながら、そう、もう何度目かも知れないお誘いと言う名の強制連行を受けて押し込められた自室で羞恥に背中を丸めた監督生は目の前で大口を開ける男の口をそっと塞いだ。 きっかけは何気ない軽口から。 小エビはウツボの体を綺麗にしてくれるんだって、なんて言う学友のおふざけに零した笑い声を耳ざとく聞きつけたウツボの片割れが面白がって要求してきた「お掃除」 最初は髪のブラッシング、制服のクリーニング、お部屋の掃除にラウンジの皿洗い。 段々と雑になる「お掃除」の要求にもしかしてこれは体良くこき使われているだけでは?と薄々感じ始めた頃だ。 手に小さなブラシを握り締めたフロイドがオンボロ寮にやって来たのは。 わけも分からないまま押し付けられた歯ブラシを片手に唖然とする監督生にニンマリと笑って一言、 「小エビちゃん。 歯磨き、して」 それから何度か自分勝手なタイミングで押し掛けて来ては歯磨きを強請るフロイドと、よく分からないまま拒否権もなく今日も甲斐甲斐しくツンツンととんがった歯を磨く監督生。 案外器用な監督生が操る歯ブラシが子気味良く口内を擦る度に惜しげも無く発される喘ぎ声も毎度恒例のソレなのだが、今日遂にあまりの艶っぽさに一向に馴れることが出来なかった監督生がとうとう音を上げ白旗を振ったという訳だ。 「仕方ねぇじゃん気持ちぃんだもん」 口を塞がれたままふごふごと喋りにくそうにしながらも呆気からんと答えるフロイドに、心底参ったと深いため息を零す監督生がどうしたものかと思案する間にも手持ち無沙汰なフロイドが手の甲の皮をムニムニと弄ぶものだからくすぐったさと掌に当たる生暖かい吐息に口を塞いでいた手をベッドに落とした。 「せめてちょっと抑えるとか…」 「もぉ〜〜いいじゃん誰も聞いてねぇんだし〜!それより早く、もっかいして」 「私が!!聞いて!!ます!!!!」 もう耐えられません居た堪れない!真っ赤な顔を再び両手で覆い隠してフルフルと頭を振る監督生。 震える声で零したもう止めましょうという懇願にも似た要求に、しかし素直にハイソウデスカと素直に引き下がる男は此処には居ない。 いつの間にか体を反転させ先程まで惜しげも無く晒していた腹を監督生の膝の上に乗り上げて、こちらも顔を仄かに赤くしたフロイドは至近距離で固まる監督生の鼻先にカプリと噛み付いた。 小エビちゃんちょっと鈍感過ぎない?オレ魅力ないのかと思ってちょっとショックだった〜と好き勝手に話を続けるフロイドを尚も固まったまま凝視する監督生の顔が数秒遅れて今までで1番、ボボボ!と赤く染まる。 その様を見て楽しそうに笑うフロイドが、悲鳴を上げる監督生の口を塞いだのは数秒後の事だった。 「ねぇ知ってた?」 とあるウツボの求愛行動.

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