天才が幸せとは限らない。 分からないほうがいいことだって、この世の中にはたくさんあるからだ。 天才たちは世の中とどう折り合いをつけて生きているのか。 天才たちにその人生を聞いてみた—。 IQ150以上の人の結社 「幼い頃から、走っている車のナンバープレートを見て、4つの数字から加減乗除で10をつくるという遊びをいつもやっています」 「ゴースト暗算」開発者・岩波邦明氏 「頭脳のために、映画は観ないようにしています。 映画は、受動的に観るだけで頭を使わず、脳にとってよくありません。 もちろんドラッグや喫煙も勧められません」 IQ世界一、マリリン・ボス・サバントさん 「昔、日付を見るだけで曜日を一瞬で言い当てられるという特技があって、よく周囲に驚かれていました」 数学・情報オリンピック金メダル・保坂和宏氏 「小学校の間にプロのすぐ下まで昇段し、中学3年生でプロ入りしましたが、語学のネイティブスピーカーと同じようなもので、特に苦労はなかった。 ごく自然でした」 プロ棋士・渡辺明竜王 世の中にはほんのひと握りだけ、〝天才〟と呼ばれる人々が存在する。 いわゆる「秀才」とは次元が違う。 脳のつくりが根本的に違うのではないかと思わずにはいられない。 彼ら天才は日頃どんな暮らしを送り、何を考えて生きているのか。 凡人とはどこがどう違うのか。 そして、天才ゆえの苦悩とはどんなものなのか---。 多様なジャンルで天才と呼ばれる人たちにインタビューした。 「IQ 知能指数 テストを初めて受けたのは、小学校に入学してすぐの頃です。 そこで上限のスコアを取った生徒は、翌年により難しいIQテストを受け、正確な知能指数を測定されます。 その結果にもとづいて、最終的にギフテッド・クラス 才能がある生徒だけが入れる特別クラス に振り分けられるのです。 自分のIQが高いことに気づいたのはその時でした」 こう語るのは、マリリン・ボス・サバントさん 65歳。 米国ミズーリ州に生まれ、現在コラムニストとして活躍している彼女は、ギネス公認のIQ世界最高記録の持ち主だ。 その数値は驚異の228。 世界の天才たちが集う結社〝メンサ〟の入会条件がIQ150以上というから、サバントさんの知能がいかに図抜けているかがわかる。 もちろん彼女もメンサの会員だ。 サバントさんは、一般人と自分の違いをこう表現している。 「小学生の時点ですでに、私は他の人たちよりも真剣に思考していると感じていました。 だから自分よりIQが低い友達には、『もっと考えるように』と常に言ってきたんです。 天才と一般人では、頭で情報を処理する速さ、そして正確さがまるで違います。 比べものにならない。 ですから、話をすれば天才か否かはすぐにわかります。 私が得意だったのは、数学や科学系の科目です。 数学は勉強しなくてもできました。 解けない問題はなかった。 だから学校はとても退屈でした。 ただし、芸術系科目は苦手でしたね。 アートはIQの高さとは関係ないですから。 高いIQのせいで悩んだり後悔したこと? 一瞬たりともありませんよ。 何かを理解するとき、人よりも速く『わかった! 』と言えるのはとても気持ちがいい、そうでしょう?
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次の『ギネス世界記録』で世界一知能指数が高い人間に認定された、マリリン・ボス・サバント。 そのたぐいまれなる知能はいったい、彼女の人生と考え方をどのように変えてきたのだろうか。 Marilyn vos Savant マリリン・ボス・サバント 1946年、米ミズーリ州セントルイス生まれ。 米誌「パレード」のコラムニスト。 小学校時代に記録されたIQ228が『ギネス世界記録』に認定されて以来、世界一知能指数が高い人間として国内外で広く知られている。 ニューヨークの5番街60丁目にあるメトロポリタン・クラブは、マンハッタンらしい高級感を漂わせている。 1894年、当時米国でもっとも華々しい建築家だったスタンフォード・ホワイトにこの紳士向け会員制クラブの設計を依頼したのはJ・P・モルガンで、「費用のことなど考えなくていい」と言ったとされる。 モノグラム入りの赤いじゅうたんが敷かれたクラブのなかを行き交う会員の姿は、月曜日の夜はまばらだ。 時刻は7時を廻ったところで、まだ宵の口。 しかしマリリン・ボス・サバント(64)は、この時間帯を好んでクラブに姿を見せる。 世界で最も高い知能指数(IQ)の記録を持つサバントの趣味は、社交ダンスだ。 数年前、ジャービック型人工心臓(拍動流型全置換型の人工心臓)の開発者である夫のロバート・ジャービックと本格的に始めた。 メトロポリタン・クラブをほぼ毎月訪れているのもそのため。 早い時間帯なら、二人きりでフロアを独占できることもある。 その日がまさにそうだった。 ホールにほとんど人影がないなか、バンドが演奏をしている。 ヨボヨボの老紳士が妻に連れられ、上機嫌にフロアを去って行った。 こうなると、サバントとジャービックは、フロアの好きなところで思う存分ダンスを満喫できる。 たたずまいから裕福な暮らしぶりがうかがえる細身の二人は、軽やかにステップを踏む。 サバントはシンプルかつ正確に、ジャービックは勢いのある変わったヒールタップで踊る。 しばらくするとフロアが埋まりはじめた。 盛装したカップルたちが注意深くステップを踏みながら、回転木馬のようにフロアを巡るようになると、サバントとジャービックは自分たちのテーブルに戻った。 「こうなると、ここは社交の場ね」とサバントは笑みを浮かべて言う。 そして、こう付け加えた。 「でも、念のために言っておくけれど、私たちの社交の場じゃないわ」 しばらくすると、きまじめそうな男性が冴えないステップでテーブルの前を横切った。 目を合わせた夫婦は、こらえきれずに笑った。 それから間もなく、タクシーで自宅へ帰っていった。 サバントは帰りしなに、「いつもはもっと踊るのよ。 今日よりもずっと。 それからオフィスに戻るの」と言った。 時刻はまだ8時半だ。 世界最高のIQの持ち主 学者や学識豊富な人を意味する 「サバント」は本名で、母親の旧姓だ。 サバントは1980年代半ばから、特異な能力の持ち主として有名になった。 ちょうどそのころ、彼女のIQが世に知られるようになったからだ。 その30年前、ミズーリ州セントルイスで小学生だったときに受けた知能検査の結果が話題になり、85年には『ギネス世界記録』を出版する「ギネス・ワールド・レコーズ」が、サバントが10歳のときに成人向けのスタンフォード・ビネー式知能検査で全問正解したと認定した。 その記録で「IQ228」と「精神年齢22歳11ヵ月」という桁外れの数字を残している。 世界最高のIQがもたらした名声は、サバントの人生を変えた。 テレビに出演したり、新聞や雑誌で取り上げられたりするようになった。 そのおかげで、サバントが表紙を飾った機内誌に偶然目を留めたジャービックが、彼女を探し出してデートに誘おうと決心した。 また、サバントの名が米国中で親しまれるきっかけとなる仕事にもつながった。 400以上の米地方紙の付録雑誌として日曜日に配られる「パレード」誌で、彼女は読者の疑問に答える「マリリンに聞く」というコラムを執筆している。 これまで24年間、サバントは読者の尽きることのない疑問に答えてきた。 送られてくる質問には、「ヒバリは本当のところ、どの程度幸せなのでしょうか?」というものから「妻はドライヤーで髪を乾かします。 ドライヤーの音で耳が悪くなることはないのでしょうか?」というものまでさまざまだ。 コラムの執筆を通じて、サバントは崇高でありながら庶民的なイメージを確立することができた。 彼女はファンのあいだでは、驚異的な知性の持ち主で、楽しく問題を解決してくれる人物として知られている。 逆に、サバントを嫌う人々には、才能を無駄遣いする小物か、あるいは知能指数が何の役にも立たないことの証拠とみなされている。 いずれにせよ、サバントが米国民に強い印象を与えていることは、彼女が99年に人気アニメ『ザ・シンプソンズ』に登場したことからもわかる。 彼女は同番組で、シンプソン一家が暮らす町のメンサ会員(MENSA、IQが高い人のための国際的な会員制団体)という役柄で登場している。 凡人のように話す人間計算機 サバントは凝った言い回しを避け、わざとらしいほど、ふつうの話し方をする。 なんだか、複雑で神秘的な才能があると思われているようね。 そんなことまったくないのに」と彼女は語る。 実際、その話し方には、「マリリンに聞く」の回答と同じような明瞭さがある。 しかし同時に、誤解を招かないよう慎重に話そうとする人のような堅苦しさも感じられる。 たとえば、彼女が故郷のセントルイスで暮らした家について説明していたときのことだ。
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