今年の厄を断ち切る... そばは、うどんなどの他の麺類に比べてプツプツと切れやすいことから、新年を健やかに迎えるために「一年間に溜まった悪いものを断つ」という意味を込めて食べる。 身体に溜まった毒を出す... そばの健康効果は古くからから認められており、そのデトックス効果を期待して身体の内側からキレイになるようにと願って食べる。 健康で長生きする... そばは「細く」「長く」伸ばして作られることから、新しい年も健康で長生きできますように、家系が長く続きますようにと祈って食べる。 強い心身になる... そばは雨風に強く荒れた土地でも育ちやすい植物であることから、心身が強くなりますようにという意味を込めて食べる。 大晦日になると、そば屋の前には大行列ができることが多い。 もちろん、そば屋に並んで年越しそばを食べるのも風情があって良いのだが、子どもが小さかったり年の瀬で忙しかったりすると、長時間並ぶのは難しいかもしれない。 そこで、自宅で美味しい年越しそばを作る方法をご紹介しよう。 (1)乾麺がすっぽり入る鍋やバットなどを用意し、水に浸けて10分間(袋に表記されたゆで時間と同じくらいの時間)おく。 10分後そばを取り出す。 (2)(1)のそばを浸けた水に、さらに水を500ml程度加えて、加熱する。 (3)沸騰したら、(1)のそばを入れて袋などに表記されたゆで時間の半分の時間だけゆでる。 (4)ゆで上がったそばをザルにあげて、水で表面のぬめりを取る。 乾麺を予め水に浸しておくだけで、スーパーで購入した普通のそばがモチッと美味しくなる。 そばの香りを楽しむために大切なポイントは、「そばを短時間でゆでる」こと。 予め水を吸わせることで、ゆで時間が半分に短縮でき、美味しくゆでられるという訳だ。 また、最初にそばを浸けた水を捨てずに使うことで、そばの風味をアップさせることにもつながる。 簡単な方法だが、おすすめだ。
次のねぇ、轟先輩って知ってる? 運動もできて勉強もできて、おまけにスタイルも顔もか、かっこいい先輩なんだけどねっ。 こんなぼくにもすごい親身に接してくれるとても優しい人なんだよ。 こないだだって学年テスト三位だったし、マラソンだって五位位だったんだよ!すごくない? …………えっ?俺のが順位上だった? へえ、そうなんだ。 知らなかった……って、ちょっと!蹴らないでよっ!すごいねって言ってるじゃん! もうっ、それよりぼくの話したいのはね。 と………轟先輩って何が好きなのかな? お蕎麦が好きなのはぼくも知ってるんだけど、 それ以外の好みってよく分からないんだよね。 ぼくもよく知らないけど、家はお金持ちらしいし、たぶんほしいものとかみんな持ってそうだし。 何かスポーツやってるわけでもないし……あ〜でも運動部入ってる先輩も見てみたいなぁ。 運動神経いいからどの部活入っても活躍できそう。 サッカーでもバレーでもバスケでもなんでも似合いそうだと思わない? あんまり土埃被って運動するってイメージじゃないし。 あっ、弓道とか剣道とかもかっこいいよねー! 先輩の家、日本家屋だって話だし! …………え?バスケ部にいたらボコボコにのしてやる? ちょっとやめてよ!そんなことしたらぼく許さないからね! ……もう、なんでさっきから敵意むき出しなの? 変なの。 ってそんな話じゃなくて。 轟先輩がなにが好きかって話! サブカル的なのって好きじゃなかったよね? 音楽も本もヒーローも興味ないよなぁ、きっと。 ぼくだったらオールマイトのグッズもらったら嬉しいけど、でもぼくがほしいからって相手もほしいとは限らないもんね。 激怒してもなお、自分の腕に纏わりつく幼馴染みの頭を思い切り叩く。 そこでやっと幼馴染みは自分から離れ、爆豪は一息ついた。 ここは爆豪の部屋で、目の前で頭を大げさに擦っている女は近所に住む他人だ。 しかも幼馴染みの看板を傍若無人に振りかざし、主の許可なしに部屋へ侵入を果たしてあまつさえ爆豪が止める暇もなく弾丸トーク。 このくらいは許される筈だ。 昔からこの女はそうだった。 人の話も聞かずに自分勝手なことばかり。 この部屋においての行動規範は爆豪にあるはずなのに。 「いたた……いや、本当はただ猫ちゃんに会いに来たんだけなんだけどおじさんいないし、おばさんにきいたら猫はかっちゃんの部屋にいるって聞いたからそれで入ったんだよ。 ちゃんと許可はとったしおばさんも良いって言ってたもん!」 「クソババアじゃなくて俺に聞けや!!」 部屋の片隅で丸くなっていた猫が爆豪の怒鳴り声に体を震わせる。 にゃあ、と一声鳴くと猫は緑谷の背後に隠れた。 「だいたいなんなんだよテメェは!猫に会いに来ただけならもう用事は済んだだろうが!」 「そ、そうなんだけど……その、せっかくかっちゃんが、いるから」 そうしてどんどん言葉が小さくなっていき、緑谷は俯き加減に頬を染めた。 「…………」 爆豪は思わず口を噤んだ。 別に恥じらう幼馴染みの姿が愛らしいだとか、自分と話したいと言われて心が揺らいだとかいった馬鹿げたことは断じてない。 この女が爆豪と話したいという理由なんて冒頭の内容から知れているのだ。 まったくどいつもこいつも、と爆豪は大きな溜息を吐いた。 悩むのは勝手だが、そこへ自分を巻き込まないでほしいと心底思う。 なんの理由かは知らないが、轟の好きなものを知りたがる幼馴染み。 そして自分の目の前で恥じらいながらカーペットにのの字を書く幼馴染み。 爆豪の演算能力に長けた脳みそがフル回転する。 導き出される結論は一つだろう。 (……あ?こいつもあの半分野郎のこと意識してんのかよ?だったらさっさと告白でもなんでも体当たりすりゃあいい話じゃねぇか) 思わぬ形で本人たちから両者の思いを聞いてしまった爆豪は一人頭を抱えた。 こんなことなら猫を渡してさっさと部屋から追い出しておけばよかった。 しかも始末に負えないのがお互いがお互いを想い合っているのが無自覚、ということだ。 「……阿呆らし」 爆豪は急にやるせなくなって、自分のベッドに横たわり緑谷に背を向けた。 「か、かっちゃん!無視しないでよ~!」 「うっせ。 俺にできることは何もねぇ」 怒鳴る気力もなくなり、犬を追い払うようにして爆豪は手を振った。 「だってかっちゃん轟先輩と同じクラスでしょ!?しかもなんか最近仲良いって」 「はあ!?んなわけねぇだろうが!」 「え?でも噂になってたよ?あの爆豪勝己が放課後轟先輩のこと脅してたって」 「…………脅されてたんわこっちだわ」 恐らく先日受けた轟からの恋愛相談のことを指しているのだろうが、事実無根の噂話に呆れが止まらない。 噂は捻じ曲がるものだが、あの様子を見てどうなったら爆豪が轟を脅しているように見えるというのだろうか。 噂を流した奴を探し出して訂正させてやりたいと思った。 しかしながら爆豪が黙ってベッドに横になっても、緑谷は部屋を出ていこうとしなかった。 爆豪の肩を力任せに揺さぶり「ねぇねぇかっちゃん!ぼくの話聞いてよ!」とオウムのように繰り返す。 猫の方も緑谷の真似をしているのか「にゃあにゃあ」と合わせて鳴いているのが喧しい。 爆豪は仕方なく緑谷の方へ向き直り、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。 「あー……だいたい、なんでお前、そんなにあの野郎の好きなモン知りてぇんだよ」 「えっ?だってもうすぐ轟先輩の誕生日でしょ?まさか本人に欲しいもの聞くわけにもいかないし、先輩のお友達に聞くわけにもいかないし、ここはやっぱりかっちゃんを頼るしかないかなあって」 目をぱちくりとさせる緑谷は「かっちゃん同じクラスだし知ってるでしょ?なんでそんな当然のことを」と言わんばかりの眼差しで不思議そうに爆豪を見つめている。 本人の意思とは関係なく、相手の考えていることが分かってしまうのも嫌だった。 腐れ縁の幼馴染みほど厄介なものはない。 生半可な気持ちで関わってはいけないのだ。 一度はこの女がどこぞの男とでも付き合えば自分の怒りもおさまるかと思ったが、そんなことはない。 「……そんなに喜ばせてぇんなら自分の首にリボンでも巻いて半分野郎のとこ行きやがれ」 「は、はぁっ!?ななな何言ってんの!?かっちゃんのえっち!」 もうなんでもいい。 爆豪は自分の背中をぽかぽか叩いてくる緑谷に見向きもせず、ベッドの上に乗り上げてきた猫と狸寝入りを決めた。 麗日がその言葉を繰り返すと、緑谷は焦ったように「しーっ!」と人差し指を立ててきた。 「う、麗日さん!声が大きいよ!」 「ご、ごめん。 なに?なんかプレゼントでもするの?」 轟の女子人気は凄まじい。 確かに他の子に聞こえでもしたら大変なことになるだろう。 麗日は慌てて自分の口を塞ぎ、小声で質問をした。 緑谷が一学年先輩の轟焦凍に恋心を抱いているのは麗日も知っている。 緑谷からの相談にのったのが秘密を共有する始まりだったが、と言っても緑谷は誰が見ても轟に恋していると分かる態度だったので、当時あまり驚きはしなかったのをよく覚えている。 ちなみに彼女が轟と初めてデートをしたときに着る服を一緒に選んだのも麗日だった。 もちろんその後の報告は受けていたが、再び彼女の中で悩みが生まれたらしい。 「で、できたらいいなって……もうすぐ、先輩の誕生日なんだ」 「そうなんだ、知らんかったよ~。 じゃあ当日はバレンタイン並みに大変やね。 んん、でもそっか、あげたら喜ぶもの……」 そう言って麗日はちらりと緑谷の表情を窺い見る。 そこにあったのはまさしく恋に恋する女の子の顔だ。 心なしか潤んだ瞳はせわしなく動き、頬をほんのり染め上げて麗日の答えを真剣に待っている。 (……デクちゃん、このまま轟先輩のとこ行ったらええんと違うかな?) 麗日は心底不思議そうに首を傾げた。 なぜ彼女は気づかないのだろう。 緑谷の想い人、轟もまた彼女のことを好いているということを。 それは本人に確かめたわけではないので勘だったが、麗日の中では確信に近いものがあった。 轟は学校でも1、2位を争うほどのイケメンで有名な男子生徒で、女子からの人気が高い。 麗日と緑谷は高校入学当初からの付き合いで、彼女の人となりはよく知っているつもりだったが、好きになった相手がそんな有名人であったことにまずは驚いた。 緑谷にはもっと、真面目で、正義感に熱くてまっすぐな……例えば、轟と同じクラスの飯田のような相手とゆっくりゆっくり距離を縮めていくのだと思っていたから。 だから緑谷が時折轟のことを熱い視線で見つめていることも、彼に話しかけられたときの嬉しそうな表情も、初めて目撃した時は意外な気持ちでいっぱいだった。 (正直言うと、顔が少しいいからってだけでデクちゃん取られた気がして嫌やったんよね) 麗日は同性愛者ではなかったが、友人の緑谷のことをとても大切に思っていて、ちょっとした独占欲のような感情が生まれていた。 自分が男だったら絶対に轟などに渡さないし、彼女の幼馴染みとかいう不良にも近づけさせない所存だ。 しかし今はその轟が緑谷と話す時だけは瞳が優しくなるのも知っているし、いつも彼が緑谷のことを目で追っているのにも麗日は気づいていた。 そのときに麗日は「ああこの二人は両想いなんだ」と自分が立ち入る隙はないことを理解したのだ。 「……たぶん、デクちゃんの選んだ物ならなんでも喜ぶんじゃないんかなぁ」 「ええっ?そんなことないと思うけど……でもそっか、麗日さんもわからない、よね」 「う~~~ん、わかると言えばわかるんだけどでも言いたくない自分がいるというかなんというか……」 そんな曖昧な返答をして麗日は誤魔化す。 しかしそれがよくなかったようで「ま、まさか麗日さんも轟くんのことを!?」と緑谷からあらぬ疑念を持たれてしまう原因になってしまったので慌てて全力で否定した。 「いやいやそんなわけないやん!?あたしずっとデクちゃんの相談のってたわけやし!?」 「そ、そうだよね……でも麗日さんと轟先輩お似合いだし……」 「…………デクちゃん、目悪いんと違う?」 何をどう見たらそんな面白い発想ができるのだろう。 轟が見ているのは麗日でも学校の美少女達でもなく、緑谷ただ一人だということに気付かないのだろうか。 (まあ、気づかないから今こうなってるんよね) 誰かがお互いの気持ちを代弁すれば良いのかもしれないが、麗日はどうしてもそうする気にはなれなかった。 「でも、デクちゃんが何あげても喜ぶんじゃないかっていうのはホント。 絶対にそう。 間違いない!」 「う……」 麗日が顔を間近に近づけてそう強く念押しすると、さすがの緑谷も照れて押し黙った。 「でもぼくなんかが……」 「そんなことないよぉ~デクちゃんかわいいし」 「か、かわいくなんかっ」 ない、と顔を真っ赤にして小声で否定する緑谷は、麗日の目から見てもやはりとても愛らしかった。 轟がさっさと告白しないのなら麗日がこのまま抱き締めてしまいたいくらいだ。 きっと彼女は自分の容姿に自信がないのだ。 もしかしたら頬に散ったそばかすを気にしているのかもしれないが、緑谷らしい素朴さを演出していたし少しだけ垂れた大きな瞳も相まりとても可愛く映った。 それに今どきこんなに純粋な子を麗日は知らなかった。 (いいなあ轟先輩。 こんなかわいい子に好かれて。 でもそれ言ったら面白くないし、わたしもデクちゃんすぐ取られんのも嫌だし黙っとこ) そうして麗日は未だ悩み続ける緑谷のつむじとふさふさのポニーテールを見下ろしては、いつまでも悩み続ける彼女に付き合った。 1月にもなると頬を撫でる風は痛むほどに冷たくて、沸騰しそうな緑谷の脳みそを冷やしてくれた。 緑谷は羽織ったダッフルコートの襟もとを手ですぼめ、体を縮こませた。 今日は天気予報によると初雪が降るらしい。 空は灰色の雲に全体が覆われていて、見上げていると憂鬱な気分になった。 しかし緑谷の気持ちが暗いのは、大半が天候のせいではない。 今日は轟の誕生日だった。 ダメ元で幼馴染みに相談をすれば全く相手にされず、頼みの綱の友人にも相談してみたが何でもよいのでは、と言われてしまう。 そういわれると緑谷は悩んでしまって、とうとうこれといった物が決まらないまま当日を迎えるに至ってしまった。 一応傍らのリュックには準備をしたプレゼントがあるにはある。 色んなサイトを調べ上げて、重すぎず、友人の域を出ないものを選んだ。 しかし、本当に轟に必要なのか自信が持てなかったし、色だって好みがあるだろうし……と考え出すと、今にもこの包み紙を破りさってしまいたい気持ちに駆られた。 (勇気を出して渡そうと思ったけど、なんだか渡したくなくなってきたなあ……) 今はほとんどの生徒が部活に勤しんでいて、屋上から見下ろすグラウンドにはサッカー部が走り込みをしていた。 轟は部活に入っていないので、もう家に帰っているかもしれない。 緑谷からするとそのほうがありがたくて、渡す口実がなくなることにどこか安堵していた。 予定では授業が終わったら昇降口で轟のことを待ち伏せ、プレゼントを渡すつもりだった。 何度か頭の中でシュミレーションをして、轟が女生徒に囲まれてしまった場合はどうするかなど前向きに考えていたのだ。 しかしそれももう意味をなさない。 先ほど昇降口で女の子に囲まれている轟を見つけてしまったし、結局自分はシュミレーション予測を裏切りこうして屋上に逃げてきてしまったのだから。 あの様子ではしばらく昇降口は騒がしくなるのだろう。 緑谷はすぐにでも家に帰ってふて寝してしまいたかったけれど脇をすり抜ける勇気はなくて、なんとなく轟と顔を合わせづらかった。 「轟先輩、やっぱり人気なんだなあ……」 傍らのリュックからプレゼントを取り出し、先ほど見た光景を思い出す。 自分よりもかわいくて美人な女の子に囲まれている轟の姿。 とてもお似合いだった。 立派な包み紙に包まれたプレゼントを渡されている様子を見ると自分の用意したものがとても貧相なものに見えてきて、緑谷には耐えられなかった。 一際強い風が緑谷に吹き付ける。 それは緑谷の手に握られたプレゼントを奪おうとしているようにも見えた。 「はぁ……ぼくがあげるなんておこがましいし、このプレゼント屋上から投げちゃいたい」 そうして緑谷は手に持った包み紙をじと目で見下ろし、勢いよく振り上げては投げる真似をしようとした。 勿論屋上から投げたらグラウンドに落ちてしまう可能性があったので、本当に投げてしまおうとは思わなかった。 だから振り上げた手を後ろから誰かに取られるなんてこと、考えもしなかった。 「なら、俺がもらってもいいか」 「!?と、轟先輩っ!?」 「ん。 これ、開けていいか?」 そう言って轟は緑谷の振り上げたプレゼントをひょいと奪い、早速包装紙を開けようとしていた。 なんで彼はここへいるのだろう。 緑谷の目の前には、さっきまで昇降口で揉みくちゃにされていた轟の姿があった。 しかも緑谷の制止の声も間に合わず、既にプレゼントの包装を繋ぎとめるテープが剥がされていくのをあわあわと見守った。 「せ、先輩。 もももしかしてぼくの独り言聞いて」 「ああ。 全部じゃねぇけど、大体は。 これ、俺のなんだろ」 「……そう、ですけど。 でも先輩他の子から同じの貰ってるかもしれないし……」 「全部断った」 「え?」 「お前、さっきまで昇降口にいただろ?そのときのことを言ってるんだよな。 あれ、もらってねえから」 「えええええ!?」 「俺が断ってるときに丁度緑谷の後ろ姿が見えて、それでここまで追ってきた。 ……お、これ手袋か?」 緑谷が呆気に取られているうちに轟は包装をすべて開いていて、その中身を暴かれてしまう。 中には緑谷からすると見慣れた、黒いシンプルな手袋が入っている。 緑谷が必死にネットサーフィンして男子高校生の欲しいものをリサーチし、自分のお財布と相談をしながら選んだ物だ。 轟がその手袋を取り出し、しげしげとそれを観察しているのに堪らず唇を開く。 気が逸って、マシンガンのように早口にまくし立ててしまうくらいには緑谷は慌てていた。 「あの!先輩、手が片方冷たかったからっ。 だから少しでも温まればいいなって、思って。 といっても冷たいのは片方だけだから手袋も片手だけでいいのかもしれないし、先輩は少しも寒いと思ってないかもしれないから迷惑だったら捨ててくださいっ!それにその手袋、安いやつですし、それから、あっ!えっと!お誕生日おめでとうございますっ!」 「緑谷、落ち着け」 「……はい」 「これ温かいな。 俺、手袋使ったことないからありがてぇ。 サイズもちょうどいい。 緑谷、ありがとな。 大切にする」 「………っ」 緑谷は顔から火が出そうだった。 (先輩が手袋してくれてる先輩が手袋してくれてる…っ!) 歯がかじかんで言葉がうまく出てこない。 しかもこうして轟が自分の購入した手袋を試着して、意中の人に褒めてもらっている。 その事実に寒空に冷えた脚がふるふると震え、崩れ落ちそうな感覚に陥った。 「……緑谷?」 「ひゃ、ひゃい!?」 「どうした?熱でもあんのか」 「!せ、先輩!?ちかいです!」 「……む」 にじり寄ってくる轟を緑谷は慌てて制止する。 今彼に近寄られたら、ただでさえ今は轟のことで頭がいっぱいなものだから幸せすぎて死んでしまいそうだった。 他の人のプレゼントは受け取らないのに、理由はどうあれ自分の手袋は受け取ってくれた。 その事実に緑谷は舞い上がっていた。 想定していたシュミレーションとは遥かに違う結果となったがそれでも構わない。 轟は「近いのはだめなのか……」と呟き少し残念そうに緑谷の額に伸ばそうとした手を下ろした。 轟がこれ以上近づいてこないことを確認すると、緑谷は聞きたかったことをおずおずと口にした。 「あの、先輩。 なんでぼくのは受け取ってくれるんですか」 「……………………ちょうど、こんな感じの、手袋がほしいと思ってたんだ」 「なるほど、そうだったんですね!よかったぁ……マフラーとどっちにしようか迷ったんです」 「…………」 緑谷がホッとした表情を浮かべるのに対し、轟はどこか複雑な表情をしているのに違和感を感じていたけれど、そこは指摘しなかった。 だって、轟が手袋を大事そうに鞄へしまったのが見えてそれがとても嬉しかったのだ。 ネットの情報は思いの外当てになると自分の中での評価を改めた。 背中を押してくれたのは麗日だったが、選んだのは緑谷だ。 最後は自分の勘を信じてよかった、と少しだけ自信も生まれた。 轟は納得したような緑谷の表情を見下ろしバツが悪いことでもあったのか、後ろ頭に手をやり視線を逸らした。 「……悪ぃ、やっぱ訂正する。 手袋じゃなくても、俺は嬉しかった。 マフラーでも……その、何でも」 「轟先輩……」 その台詞を聞いて緑谷が思い浮かべたのは麗日の言葉だった。 何でもいい、という轟の台詞と、彼のほんのり赤らんだ頬。 緑谷の勉強はできるがどこか少し緩い脳みそは、実際とは的外れの答えを導き出した。 (先輩、実は寒がりだったのかな) 轟の赤い頬はきっと寒空の下にいて、手袋で体が温まったからに違いない。 手袋でどこまで体温上昇が見込めるのかは知らないが、轟には効果覿面だったのだろうと緑谷は内心頷いた。 「緑谷は誕生日いつなんだ?」 「ぼくですか?7月ですけど」 「そうか。 じゃあ今年はもう無理だな。 悪ぃ」 「そんな!気にしないでください!手袋はぼくがあげたくてしたことですから」 「でもそれだと俺の気が済まねぇ」 そう言ってふむ、と唇に手をあてて悩み始めた轟の姿が緑谷はとても愛おしく感じた。 なんて真面目な人なんだろう。 なんて緑谷と精一杯向き合ってくれる人なんだろう、と。 そんな先輩はやっぱり格好良くて、ずるいなぁ、と心のうちで呟く。 最近は轟のことをどんどん好きになっている自分がいた。 きっと、先日初めて轟と一緒に外出したことがきっかけだ。 結局あの日は轟におぶわれて帰宅したが、怪我に驚いた母によって瞬く間に病院へ連れていかれてしまったのだ。 だから、一つだけ達成出来ていない欲があった。 本当はメールでも何でもして約束を取りつけてしまえば良かったのかもしれないが、文字入力画面を開いては結局送信できず、未送信の思いばかりが溜まっていった。 そうこうしているうちに轟の誕生日が近いことに気づき、それからは轟を驚かせたい一心で彼に会わないようにしていた。 結果としてその欲は宙ぶらりんのまま緑谷の心の奥で滞留していたのだ。 「ぱ……パンケーキ」 緑谷が思わずそう呟くと、轟は顔を上げ驚いた様子でこちらを見た。 もしかしたら轟は既に忘れているかもしれない。 だからその言葉を口にするのはとても勇気がいった。 「もしよかったらですがっ、あとこの間の約束がまだ有効だったらですけどっ!こ、今度、ぼくにパンケーキ奢ってください」 「……そんなことでいいのか?」 「も、勿論です!最近のパンケーキ結構お値段張るんですよ!先輩こそ覚悟しててくださいね!」 (い、言えた!) 緑谷は自分の思いを伝えられた感動にその場で打ち震えた。 奢ってくださいだなんて少し欲張った主張をしてしまっただろうか。 そんな後悔も無いわけではなかったが、轟は嫌だとは言わなかった。 轟はなぜか自身の顔を手で覆い隠していて、表情を読み取ることはできなかったのが悔やまれる。 もし嫌がられたらどうしようと、臆病な緑谷は数分の短い間に気持ちの浮き沈みがあった。 しかしそれを打ち切るようにして轟の低い声が緑谷の耳に届いた。 「…………正直、驚いた。 お前、最近俺のこと避けてただろ。 だから、もうその約束忘れてんのかと思った。 本当は、今日お前の姿を見たときに自分から言おうと思ってたんだ。 メールで言うのもなんか味気ねぇし、直接言いたかったから」 だから緑谷に先に言われてすげぇ悔しい、そう拗ねたように呟く轟の姿を見て、緑谷の顔には全身の血液が集中して心臓は破裂しそうなほどどくりと高く跳ね上がった。 「は、ぅ……」 「緑谷?大丈夫か?」 「大丈夫です……大丈夫じゃないですけど……健康ですからぁ……」 「そ、そうか?でも顔真っ赤だし、こんな寒い場所にずっと立ってるから体冷やしたんじゃねぇか」 急に胸を押さえてその場へしゃがみ込んだ緑谷を心配して、轟が近寄って声をかけた。 けれど轟の香りが近くなって、自分の体に体温が触れるとそれだけで緑谷の心臓はまた大きく飛び跳ねたし、顔は轟の髪色のようにどんどん赤く染まっていった。 轟が地面に尻もちをついた緑谷のマフラーを巻き直してくれると少しだけ自分の顔が隠れたので安堵する。 「……風邪、引くなよ。 パンケーキは来週の日曜日でもいいか?お前の誕生日祝えなかったのが俺は悔しいんだ。 だからたくさん食べろ。 あと、来年は楽しみにしててくれ」 「ぅぅ……先輩のお誕生日なのに、こんなに幸せすぎてぼく、いいんでしょうか……」 「お前、本当にパンケーキ好きなんだな。 そう、俺の誕生日だから俺がしたいことさせてくれ。 他には緑谷は何が好きなんだ。 アクションヒーローと……あぁ、いちご、好きなのか?」 「?なんでですか?たしかに嫌いではないですけど……」 急に出てきたいちごというワードに緑谷は首を傾げた。 そんな緑谷の反応を受けて轟はしまったというリアクションをする。 緑谷が不審がって彼をじっと見つめると、轟は観念したように理由を告白した。 「……その、さっき、と、あと今……また見えちまって」 「いったいなにをですか?」 「……見るもりはなかったんだ。 でも風が、強かっただろ。 しかも下から上に煽るような感じの。 俺が屋上に着いたときはお前、グラウンドの方向いてて後ろ無防備だったし。 も、もう少し、スカート長くした方がいいんじゃねぇかとも思ったが。 ……だからその、お前の下着」 「~~~~~っ!?」 そこまで聞いてやっとその理由を理解した緑谷の頬にはさっと朱が差した。 地面にしゃがみ込んで無防備になっていた脚をすぐさま閉じてスカートを両手で押さえる。 しかし見えてしまったものは元に戻らなくて、轟は緑谷と同じくらい顔を染めて居心地が悪そうに視線を逸らしていた。 (ばかばかばかばかっ!!なんで今日に限っていちごのやつ履いてきたのぼく?!ぜったい子供っぽいって思われたよね?!) 緑谷はポニーテールを振り乱して地面に蹲った。 好きな人に下着を見られただけではなく、しかも自分の持っている下着の中で一番子供っぽい物を見られたという事実が緑谷の羞恥心を煽り立てた。 こんなとき、相手があの幼馴染みであればいつものお返しとばかりに暴力に訴えるのだが、相手は轟だ。 しかも今回は自分の不用心さが招いたことで、轟はなにも悪くない。 怒るに怒ることも出来なくて、緑谷はどうしようもできない感情をぶんぶんと束ねられた毛先を振って耐えた。 傍から見るとその様子は動物が尻尾を振っているようで愛らしかったが、轟にはそれを楽しむ余裕はなかった。 「わわわ忘れてくださいっ!記憶から抹消してくださいっ!!」 「わ、忘れる。 もう忘れた」 「ぜったいですよ?!」 「ああ。 緑谷は、いちごをはいてない」 「それぜったい忘れてないですよね?!ちがうんです!今日はその、たまたまなんです!普段のぼくはもっと、ええっと……す、凄いんですから!!」 「………す、すごい」 本当はどれも綿の下着であったし、緑谷の言うような「凄い」下着なんて持ち合わせていなかったのだが、その虚勢を信じた轟は何を想像したのか顔全体を赤くして黙り切ってしまった。 緑谷は轟の様子を見て自分の主張を分かってくれたのだと勘違いをし、ホッと胸をなで下ろしている。 緑谷はなぜか首元まで赤く染めあげる轟の様子よりも、来週の日曜日が楽しみで仕方がなかった。 今度は無理なダイエットをするのはやめようと思った。 この間のように急にお腹が鳴ったら恥ずかしい。 それに、高いヒールの靴もやめようと思った。 絶対に靴擦れしないような、歩き慣れている靴で行こう。 それだと洋服も女の子らしい服を着るのは難しそうだが、かといっていつものTシャツ姿を轟に見られるのも嫌だ。 彼の前では少しぐらい見栄を張りたい自分もいた。 (また麗日さんに服を一緒に選んでもらわないと) 来週まで時間の余裕はある。 スタイリッシュな轟に見合うように、というのは難しいが、並んでも恥ずかしくないくらいの服を着たいと緑谷は思う。 ちらりと轟の姿を窺い見る。 轟は制服姿であってもやはり格好良くて、ただ立っているだけなのに華があった。 轟は相変わらず黙ったままなので緑谷は少しだけ寂しかったが、彼の髪を見上げながら今度は白い服もいいかも、とポニーテールを揺らしては幸せそうに空想していた。 [chapter:「だからお願い、そばにおいてね」] END.
次の笑顔は人間関係において最強の武器。 彼はあなたの笑顔を見たくてあなたの喜びそうなことを先回りして行うようになります。 そして何かしてもらったら満面の笑みになるのも尽くされる女性の特徴です。 彼はその笑顔が見たくて「次はあれをしてあげよう」「これをしてあげよう」と続いていきます。 まさに良い連鎖です! (3)男性を立てられる『頼られると、こっちからも手伝いやすくなりますよね。 ここは僕の出番かなって考えなくて済む!』(24歳/IT) 男性はプライドを傷つけられるのを嫌がる生き物です。 尽くされる女性は、彼のプライドや主義を傷つける真似はしないように気を付けています。 むしろ、そのプライドを満たしてあげようとするのです。 分かりやすい例を挙げてみましょう。 例え彼が年下だったとしても、年下扱いはしないで彼を頼ります。 「あなたのおかげでいつも助かっている」「頼りになる」 そんな声掛けが彼のプライドを満たし、彼女のために動こうという気持ちにさせるのです。 (4)ちょっと頼りない『そう思わせられる女性は最強ですよ』(34歳/商社) 「俺がいないとだめだ!」と思わせるのです。 あまりにも頼りないのは問題ですが、彼よりも少し抜けている、くらいがちょうど良いでしょう。
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