エジプトにいた奴隷をエジプトからイスラエルまで連れ帰る途中に海があった。 陸からは王の軍勢が追いかけてきた。 そこを逃げる為に海が割れたんです。 その時地震がきて海が割れたのか、神が割ったのかは不明。 地震だったら津波でやられているはずだけど... そういう大きな地震が他の地方でその頃あったらしいです。 で海の水が引っ張られて左右に別れたかな? 持っていた杖 おそらくアロンの杖 を降ったら海が割れたそうです。 アロンの杖はイスラエルの3種の神器です。 でその後シナイ山で神の言葉を印した十戒のはいった箱を授かります。 大理石で出来た二枚の板でその箱をアークといいます。 モーゼが数年ぶりに山を下りると、民が金色の牡羊を崇めていて、 その偶像崇拝の罪で、イスラエルに入るのが10年程遅れたそうです。
次のユダヤ教の経典、「旧約聖書」。 そこには、ヘブライ人の歴史が膨大なエピソードとともに綴られている。 考古学的見地からの研究や発掘調査によって、これが単なる神話ではなく、史実に基づいた事柄も含まれていることが次第に明らかになってきた。 今回は、特に有名な「モーゼが"海を割った"」という奇跡のエピソードさえも、実際に起こった現象なのではないかとする最新の研究結果についてお伝えしよう。 旧約聖書によると、彼らはモーゼに率いられてエジプトを脱出、約束の地「カナン」(現在のパレスチナ)を目指した。 エジプトのファラオは、彼らを引き戻そうと軍隊を差し向けるが、有名な奇跡はここで起きた。 モーゼが手を上げると"海が割れ"、道ができたのだ。 このエピソードが史実であるとは、にわかには信じ難い話だが、今月8日付の「ワシントン・ポスト」紙によると、すでに現代の科学が謎を解き明かしつつあるという。 研究を指揮したアメリカ大気研究センターのカール・ドレウス氏は、考古学的な手法と科学的な手法を用いて謎に挑んだ。 まず氏は、"割れた"とされる「葦の海」について、紅海だとする説が一般的だったものの、これは誤訳によるものであり、実際はナイル川デルタ(三角州)北東部に存在したタニスという都市付近にできたラグーン(潟湖)であると考えた。 その上でドレウス氏は、様々なデータを用いて当時の地形状況や気候をコンピュータモデルで再現。 東から強烈な風を吹かせると、嵐のようにラグーンの水面が波立ち、海水が西へと追いやられることを確認した。 時間にして4時間程度だったという。 また19世紀後半、エジプトに軍事介入した英国軍の記録にも、現地で強風が吹きラグーンの水が完全に無くなっていたとの記述が見られるという。 さらに同様の現象は、エリー湖(北米大陸五大湖のひとつ)などでも観測されているとした。 しかし奇跡と思われた現象が、特定の条件下によって発生し得るということを明らかにした。 来年1月30日、モーゼの活躍を描いた大作映画『エクソダス:神と王』も公開されるようだが、彼が"海を割った"エピソードを、完全なフィクションと言い切ることはできないのだ。 過去には、神話上の都市とされていた「トロイ」の存在を固く信じ、実際に遺跡の発掘に成功したシュリーマンの例もある。 世界に伝わる数々の伝説には、その成立に現実の出来事が影響を与えている例が少なからず存在するのかもしれない。 なんとも心ときめく話である。
次のモーゼの十戒とは? モーゼの十戒 (モーセの十戒:英語ではTen Commandments)とは、紀元前16世紀または紀元前13世紀頃に実際に存在したとされる人物「モーゼ (エジプト生まれのヘブライ人)」が、神から与えられたとされる10の戒律のこと。 当時、古代の民族指導者的立場だったモーゼは、奴隷同然に扱われていたヘブライ人をから救い出す命令を神から受け、多くのヘブライの民達を従えて約束の地を目指すことになります (この中では有名な「海が割れる」エピソードも含まれる)。 その道中、シナイ半島 (アラビア半島とアフリカ大陸北東部にある半島)にあるシナイ山の山上に神が現れ、この10の戒律(十戒)をモーゼに与えることになるのです。 ちなみにこの十戒は、2つの石板に掘られる形で記されており、それは神の意思であるとされています。 モーゼの十戒が誕生した時期やあり方に関する主張 モーゼの十戒は、出エジプト記ある通りに解釈すれば、モーゼが生きた時代、つまり紀元前13世紀から紀元前16世紀に誕生したものになります。 しかし一方で、モーゼの十戒は、イスラエルにおける法律及び聖職者の伝統を要約したものだとする主張もあり、この主張ではまた、十戒が作られたのはモーゼが誕生した時代よりもっと後、具体的には紀元前750年以降ではないかと言います。 またモーゼの十戒は、古代世界にとって新しい事はほとんど含んでおらず、古代中東に共通する道徳感を反映したものであるとする解釈もあります。 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。 あなたはいかなる像も造ってはならない。 上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。 あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。 わたしは主、あなたの神。 わたしは熱情の神である。 わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。 みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。 安息日を心に留め、これを聖別せよ。 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。 あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。 六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。 あなたの父母を敬え。 そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。 殺してはならない。 姦淫してはならない。 盗んではならない。 隣人に関して偽証してはならない。 隣人の家を欲してはならない。 隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。 」 (引用元:『新共同訳 旧約聖書』出エジプト記20章2節〜17節) モーゼの十戒を簡潔にまとめると また、各戒律に番号を振って簡潔にまとめたものは、以下の通りです。 モーゼの十戒の意味 モーゼの十戒について、その歴史的な背景から実際の日本語訳までを紹介してきましたが、ここからは、モーゼの十戒の意味をもう少し噛み砕いて見ていきたいと思います。 今回、この意味の解釈に関しては、を参考にしている点は事前にご了承ください。 「わたしのほかに神があってはならない。 」の意味 この戒めは、偶像崇拝および偽の神々や女神達を信じることを禁じ、「唯一の神」を信仰するよう主張しているもの。 例えば、黄金の子牛を作ること、イシス (エジプトの女神)に対して寺院を建てること、の彫像を崇拝することなどを禁止しています。 「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。 自らの魂と心の奥底からから真に神を崇拝するならば、神の名を何度も唱えることなく、自然と情熱と活力を込めて神を敬うことになるだろうと戒めています。 「主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。 」の意味 決められた安息日を設けて、神を敬うようにするべきという意味の戒律。 ユダヤ教の安息日(主日)は、金曜の夕方の日没から始まって土曜日の日没まで続き、キリスト教のカトリック、プロテスタント、正教会は、日曜日を安息日としています。 「あなたの父母を敬え。 」の意味 この戒めは、子供も大人も両親に敬意を示すよう義務づけているもの。 子供は両親に従わなければならず、大人は老齢になったり、病気になったりした両親の世話をして、敬意を示さなければならないという道徳的な意味が含まれます。 「殺してはならない。 」の意味 ヘブライ語からの訳では、「貴方は殺人をしてはいけません(Thou shalt not murder)」となるよう。 この戒律は、無実の人を殺すことは殺人と見なされる一方、自身の生命を守るために不条理な侵略者を殺す (正当防衛で殺してしまう)ことについては、殺してしまった事実は変わりませんが、殺人または不道徳とはみなされないと考えられているそうです。 「姦淫してはならない。 」の意味 この戒めは、不道徳な性行為、姦通、特に他人の配偶者との性交や配偶者を欺く性交を禁じる意味を持ったもの。 また、未婚の者同士の性交、売春、ポルノ、同性愛行為、マスターベーション、グループセックス、レイプ、近親相姦、小児性愛、獣姦、および屍姦などの性行為も含まれるとされます。 「盗んではならない。 」の意味 この戒めは、他者の財産を尊重することに焦点を当てたもので、他人の財産を奪う行為を禁じています。 また、カトリック教の解釈によれば、金銭や財産に関して他人を欺く、労働者の正当な賃金を払わない、1日の労働に対する十分な対価を支払わないことも非難する意味があるとしているようです。 加えて、横領、詐欺、脱税、および破壊行為は、すべてこの戒めに反する行為であると考えられます。 「隣人に関して偽証してはならない。 」の意味 第8の戒めは、嘘への非難を意味しているもの。 神は全ての真実の創造主であるとみなされるので、人間が真実に忠実であるべきだとしています。 つまり、意図的に嘘をつくことで他者を欺いたりしてはいけないという戒めになります。 「隣人の妻を欲してはならない。 」の意味 この戒めは、第6の戒めと同じように、不道徳な性行為に対する意図的な欲望と憧れを禁じているものですが、特に婚姻関係にあるもの以外の性行為に関して強調しています。 キリスト教のカソリックの中では、人間の性行為は神からの贈り物であるため、正しい性行為は神聖であり、それは同時に正しい婚姻関係の中で行われるべきとして考えられているようです。 「隣人の財産を欲してはならない。 」の意味 この第10の戒律は、他人が所有する財産を羨んだり、奪い取ることを禁じたもの。 他の人々が所有しているものに対する盗難や、財産を持っていることに対して嫉妬することを非難しています。 合わせて読みたい世界雑学記事• モーゼの十戒に興味を持った人は、映画「十戒」を見てみると、また違う発見が出来るかもしれません。
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