15,993• 3,761• 7,700• 2,044• 218• 1,702• 502• 620• 169• 119• 11,609• 107• 1,517• 1,593• 545• 288• 374• 544• 132• 278• 394• 198• 301• 228• 334• 451• 214• 128• 106• 447• 240• 117• 139• 2,248• 804• 402• 116• 273• 171• 151• 131•
次のその日も獪岳は、彼方此方の街をあてもなく彷徨っていた。 悲鳴嶼の寺で雷に打たれ、そして寺を出て行ってから、既に半月が経とうとしていた。 全身を苛んでいた痛みはとうに収まり、目立った後遺症もない。 ただ一つ、髪の色素が黒から金へと様変わりした意外は。 なんで雷で髪の色が変わるんだよ、あり得ないだろ。 異常な雷め。 そういくら怒ったところで、しかし現状が変わるわけでもなかった。 きっとこんな摩訶不思議な髪色は、この世界に自分一人しかいるまい。 だが、鬼とか言う化物に遭った上、落雷の直撃を受けてもなお、自分は生きているのだ。 何という幸運。 そう思うと、思わず笑いが込み上げてくる。 安堵の笑いなのか、何なのか、獪岳自身も分からない笑み。 確かに街を歩いていれば奇異なものでも見る視線を受けたが、それもすぐに慣れてしまった。 いや、そんな視線を投げ掛けられる事にはとうに慣れ切っている。 そうだ、あの寺から持ち出した金もそろそろ尽きる頃だ。 ところであの寺にいた他の子ども、悲鳴嶼がその後どんな日々を送っているのか、知ったことでは無いし知る気もしない。 東の方に金持ちが多い街があるとかないとか、とにかくそこらで適当に金を盗むか。 今いる街にも、もう用はない。 そんなことを思いながら、獪岳は石畳の道を、少し覚束ない足取りで歩き始めた。 もう三日も、道端の水溜り以外、何も口にしていないのだ。 早く何か胃に入れないと、胃酸が身体まで溶かしてしまう。 それに、ここの街には、柄の悪い奴らが多い。 金貸しやら女衒やら、そんな奴らばかりが住んでいる。 そのせいかすれ違う人々は隙の無い目をしており、たまに路上で追い剥ぎに遭った奴が打ち捨てられているのも見かけた。 獪岳自身、幾度か金を強請り取られそうになった事もあったが、隙を見て逃げるか、もしくは素直に金を渡してその場を治めた。 それでも殴られたりする事はあったが、なんてことは無い。 命さえあればどうにかなる。 自分を殴ってきたそのクズをいつか叩きのめしてやることも、だ。 一時の感情に任せて勝てない勝負に挑むのは、余程の阿呆がやる事なのだ。 だがしかし、獪岳が女だと気がつくと、救いようの無い哀れな考えを抱き、そして手を出そうとしてくる輩と遭った事もある。 その時は何だろうが関係無い。 殴った。 「ねぇ、お鹿ちゃん!?え、だって俺の有り金あげたら結婚してくれるって言ってたよね!ねえ俺たち結婚するんでしょ!?ちょっと待ってくれよぉぉ、ねえちょっと!人妻だなんて聞いて無いんですけどっ!俺のこと好きじゃなかったの!?顔が凄く好みなのにぃぃ!」 ふと、妙な騒音が、まるで北風のように獪岳の耳に突き刺さってきた。 驚いて辺りを見回せば、酒店が立ち並んでいる一角で、男二人と女一人が何やら言い争っている所らしい。 しかもその内片方の男は、投げ飛ばされるようにして地面に転がっていた。 俗に言う、痴情のもつれ、だろうか。 人妻だの何だの騒いでいるカスと、その人妻、そして旦那の三角関係と言った所か。 いや、もしかしたらそう思わせておいて、実は旦那をめぐる人妻とカスの三角関係かもしれない。 …一体俺は何を考えているんだ。 あのカスの声に頭までやられたか。 柄でも無く突飛な考えが出来たことに、獪岳は心底腹が立った。 「あんたなんか知らないわよ!…ねえあなた、この子ちょっと頭が弱いみたいよ、可哀想にねぇ。 」 「お鹿ちゃん!なんで!?酷いよぉぉ!俺のこと騙してたの!?愛してるって言ってたよね?ね!え、お金は?俺のお金!ちょっと全部渡しちゃったんですけど!あーっ!」 「あぁ?何だとこのクソ餓鬼が。 ふざけた髪の色しやがって。 俺の女房はお鹿じゃねえ、鹿江ってんだよ。 分かったらとっとと失せな!」 「いやお鹿だって言ってたでしょ!ねえ!結婚が駄目ならせめてお金は返してくれよぉぉ!じゃないと爺ちゃんに殺されるんだよ俺が!」 しかしどうもこうも、嫌でも三人の大声が獪岳の耳に不快感を与え続けた。 もし奴らが自分より貧弱な体をしていたら、今すぐその頭を桃の中に埋め込んで、濁流に飲ませてやりたい所だ。 道すがら他の奴らは、面白そうな顔をしてヤジを飛ばすが、獪岳はただ衝動を堪えながら、淡々とした調子でそいつらを通り過ぎようとした。 だが、残念。 幸運というものは、ある一定量来るとしばらく運搬されなくなるらしい。 素通りを試みたものの、その時だ。 何故だか獪岳の肩に、武骨な男の手が掛かっていた。 「どうかされましたか。 」 至って丁寧な口調を心懸けて、尋ねてみた。 自分に掛かる影で分かる。 この男は自分の半倍くらいも背があるのだ。 この声、あの人妻の旦那だ。 まあ妙に波風を立てずにやり過ごそう。 「おい餓鬼、お前も中々ふざけた髪しやがってるじゃねえか。 」 軽く後髪を引かれるが、獪岳は動揺する気持ちを押さえ込んだ。 「すみませんが生まれつきなもので。 」 異常な雷め。 空を叩き割ってやりたい。 子供が大の大人に絡まれているところを見ても、通行人は誰一人として足を止めない。 丁度良い娯楽とでも思ってるのだろう。 背後の男が再び口を開く。 「へえ、そうかよ。 …そこの金髪の餓鬼。 ……いや、まさか。 地面に転がって、その髪は土埃で薄汚れてはいるが、確かに。 我妻の髪は憎々しい程、しっかりとした金髪だ。 まさかお前も雷に打たれたなんて吐かすなよ。 この世に、そんな惚けた理由で髪色が変わったのは俺一人だけだろう。 鯱鉾でも溶かして塗ったのかよカス。 「いや、あんな奴は知らない。 」 思う所は色々とあったが、獪岳はそう即答した。 知らないカスの面倒ごとに巻き込まれるなんて、お断りだ。 「そうだ!俺とは関係ない人なんだ、巻き込まないでくれよ。 」 ふと声がするので見れば、あの金髪我妻が立ち上がっているではないか。 しかも先程とは違い、騒音を撒き散らしていない。 確たる意思を持った声で、獪岳の髪を掴む人妻旦那にそう言った。 こればかりは、さすがの獪岳もうんうんと頷く。 なんだこの我妻金髪、せめて他人に迷惑を掛ける、掛けないの線引きくらいはできているらしい。 「それに、女の子にそんな乱暴な扱いをするのは、下衆な奴がやる事だ!」 そこに加え堂々たる声で、我妻がそう言い放つ。 カスめ。 獪岳は地底を貫く勢いで、この我妻と言う少年が大嫌いになった。 よくも余計なことを言ってくれたものだ。 別に隠している訳じゃ無かったが、この状況でその発言が、どれだけこちらに不利をもたらすか想像して欲しい。 三歳児でも分かるだろう。 我妻の言葉を受けてなのか。 背後の人妻旦那が、獪岳の顔をまじまじと見てくる。 酒臭い。 「…言われてみれば……」 我妻め。 初対面だがお前なんか大嫌いだ。 そもそもお前が人妻に騙されたのが悪いんだろ、愚図野郎。 他にも呪詛の言葉を延々と呟きたかったが、獪岳は取り敢えずの所、逃げる事を考えた。 と、後ろ髪を再度引かれる。 「おい嬢ちゃんよぉ、今コイツのせいで金が足りねえんだわ。 どうにかしてくんないかねぇ…。 あんた、どうせコイツの姉貴か何かなんだろ?なぁ?何ならあんたが色々と良いようにしてくれたら……」 酒臭い息が、鼻に詰まる。 そうか、これが不快の絶頂と言うものなのか。 大体髪の色だけで血縁関係を判断する基準を作ったら、この国中お前の兄弟だらけだろうが。 ふざけんなよ頭に蛸でも詰まってんのかゴミカス。 さすがの獪岳も、こんな悪態を吐かざるを得なかった。 これらあまりの暴言を飲み込もうと深呼吸をした拍子に、突如身体が浮遊するような感覚を覚える。 何だろうか、この感じは。 今なら千里くらい走れそうな気分、麻薬でも吸ったっけ。 いや、もしかしたら泥水にも、実は未知の栄養分が含まれているのかもしれない。 ここ数日の食生活を振り返って、ぼんやりと、獪岳はそんな事を考えていた。 …何だか目の前に、変な斑点が浮かんでくる。 いや違うなこれは。 ただ単純に、泥水に含まれている黴菌やら何やらのせいで身体がやられてるだけだ。 「聞いてんのかよ。 なぁ!?」 髪が強く引っ張られた。 「やめろよ!」 我妻金髪の声が聞こえる。 ヤマビコのように響いて不快だ。 妙な感覚の中にいた時、獪岳の頭の中では延々と、桃色の渦巻きが蠢いていた。 桃色の渦巻きは、よく見てみると一つ一つ、何かの粒からできている。 何の粒だろう。 と顔を近づけると、それもまた渦巻きだった。 桃色の。 とにかく。 重力が消え失せたような感覚が元に戻ったのは、その光景に吐き気を催したからだ。 なぜか気が付いたら、目の前に知らない老人がいた。 中々、芸術的な形の髭の持ち主だ。 だが声を上げるより前に込み上げてきたのは、吐き気。 三日分の泥水が、胃からせり上がってきて気持ち悪い。 気管が酸っぱいし、詰まって、息ができない。 以前にも似たようなめに遭ったことがあるが、これ程酷くはなかった。 とにかく両手で口を抑え、息苦しさに耐えるしか無い。 吐いたら胃が空になって、余計空腹に苛まれる。 水分も外に出てしまう。 かと言って戻ってくるものを抑えるのも、これまた地獄のように辛いが、今までそうしてきたのだから、これくらい多分耐えられる。 大丈夫だ。 と思っていたのだが。 「ここ数日何も食べて来なかったのだろう…だが、一度吐き出してしまわん事には水も飲めぬぞ。 」 風呂桶のような物を、見知らぬ老人に手渡された挙句、次の瞬間。 老人の手が獪岳の背を数度、叩いた。 その力はとても優しいものだったが、そのお陰で獪岳の胃は、すっかりがらんどうになってしまった。 一時の嵐が過ぎ去り、酸素を求めて何度も浅く息を吸う。 程よく行きが落ち着いた頃、横から老人が、水の入った器を差し出してくれた。 それを受け取って、獪岳はふと思う。 …おや、前にも、こんな事があった気がする。 「落ち着いたようで何より。 どうだい、少しは楽になったかね?」 「…はい。 その…助けて頂き、有難うございます。 」 また胃に不快感を感じ、獪岳は二度三度、咳き込んだ。 何があったかよく覚えていないが、この老人に助けられたのは確かな事である。 礼を言うのは正しい対応だろう。 老人はそこそこ柔らかい表情で口を開く。 「いやいや、気にせんとも良い。 それでだが、儂は桑島慈悟郎と言う者じゃ。 お前さんは何と言うのかな。 」 「獪岳と言います。 獪岳は己の字が好きではなかった。 そちらの方がうんと自分に合っていると思う。 「中々聞かない名前よの。 」 「そうですね。 」 老人、もとい桑島はうんうんと頷いた。 ふと気が付いたが、この桑島には片足がない。 その代わり、木の棒が右膝下から伸びている。 だが獪岳が彼の容姿を気が付いたのと同様に、桑島もまた獪岳に尋ねてきた。 「ところで獪岳よ、その髪は生まれつきかね?それとも…まさかだが、雷に打たれたりして…」 「ご推察の通りです。 運悪く春雷に打たれまして。 」 「…誠なのか。 」 「はい。 」 二人の間に、若干の間が空いた。 桑島の顔を窺ってみれば、彼は妙な表情をしている。 それはそうだろう。 彼も先程のはきっと、冗談のつもりだったのだ。 獪岳はこの空気を流すために、口を開く。 「ところで、なぜ俺…私をここに?申し訳無いのですが、記憶が曖昧でして…。 」 視界もたまに揺れるくらいに、獪岳の頭はまだ薄く靄が掛かっていた。 桑島が説明しよう、と話し掛けた、その時。 部屋に稲妻が落ちた。 襖を撥ねとばす勢いで、一人の少年が部屋に入ってくる。 「アーッ!!君、あの時助けてくれた人!?ありがとうありがとうありがとう!!俺凄い弱いんだよぉぉ君凄い強いんだねぇぇ、俺を守ってくれよぉぉ。 姉貴って呼ばせて……」 その音は、狭い室内を轟かすのに十分だった。 畳という畳が焼き切れそうな、そんな声だ。 …だが、獪岳は自分の足に縋り付いてきた少年に見覚えがあった。 この自分と同じ忌々しい金髪頭に、加えて騒音轟音。 あ、人妻。 気が付かぬうちに、両脚にしがみ付いていた少年を蹴り飛ばしていた。 「さっきはよくも俺を巻き込んだなこのカス。 どういうつもりだ?姉貴だの何だの言わせておけば…」 「え、えぇぇ俺!?俺は何も……」 数秒、辺りは静かになった。 獪岳も一瞬黙る。 かと思えば次の瞬間、金髪の少年は嵐の如く泣き始める。 「ねえぇぇ!聞いてよ爺ちゃぁあん!お鹿ちゃんに振られたんだよぉぉぉ!酷くない!?ねえ酷いと思うでしょ!?結婚するって、運命だって言ったのにさぁぁぁあ!」 「 善逸! お前は少し黙らんかっ!」 今度は桑島の怒号が飛ぶ。 そうか、二人は知り合いなのか。 我妻…善逸?彼は桑島の孫なのだろうか。 気がつくと泣き声が、いつのまにか止んでいた。 入れ替わりに、桑島が咳払いをして、獪岳の方を向く。 「騒がしくて悪かったのぉ、獪岳。 遅くなってすまないが、ここにお前を連れて来たわけを話そう。
次のスポンサーリンク 鬼滅の刄 第143話のおさらい しのぶの死の知らせを受けた、炭治郎。 死んだ父の意思を受け継ぐ、産屋敷輝利哉。 死んだ祖父の意思を受け継ぐ善逸。 鬼を殺したいという思いは深まるばかり…。 絶対に負けられない!! 前回のお話はこちら >> 鬼滅の刃 第144話のネタバレとあらすじ 炭治郎と義勇は、無惨を追って、建物自体が生きているような感じのするところを走っていた。 「カアアアーッ 死亡!! 胡蝶シノブ、死亡!! 上弦ノ弐ト格闘ノ末、死亡ーッ!! 笑顔で笑うしのぶを思い出して、涙が溢れてくれる炭治郎。 しのぶの分まで、鬼を殺すとその涙に誓う。 義勇は、伝達が速いと感じた。 それもそのはず…。 死んだ父の意思を受け継いだ、産屋敷輝利哉が奮闘していたからだ。 産屋敷輝利哉は、8歳にして産屋敷家の当主となった。 父、母、姉二人を亡くしても、悲しむ時間は与えられなかった。 残された妹二人も同じ境遇だった。 妹のくいな、かなたも必死に働いていた。 特に、輝利哉は、死んだ父に代わり、鬼殺隊の隊士たちの父にならなければならないと意を決していた。 「情報少ないね。 「無惨の位置は動いていない。 …北へ誘導して」 スポンサーリンク 戦況を読み取り、素早く情報を流そうとする輝利哉と妹たち。 父のようにならなければと必死だった。 その頃、善逸は元兄弟子の獪岳と睨み合っていた。 「変わってねえなあ。 チビでみすぼらしい。 軟弱なままでよ」 獪岳は、善逸を馬鹿にしていた。 「雷の呼吸の継承権持った奴が何で鬼になった。 アンタが鬼になったせいで爺ちゃんは腹切って死んだ!!! 」 善逸の怒りは、頂点に達している。 「知ったことじゃねぇよ。 だから? …俺は俺を評価しない奴なんぞ、相手にしない。 …爺が苦しんで死んだなら、清々するぜ。 あれだけ俺が尽くしてやったのに俺を後継にせず、テメェみたいなカスと共同で後継だと抜かしやがったクソ爺だ」 獪岳の言葉に、善逸の怒りはさらに増した。 「俺がカスならアンタはクズだ。 壱ノ型しか使えない俺と壱ノ型だけ使えないアンタ。 後継に恵まれなかった爺ちゃんが気の毒でならねぇよ」 『雷の呼吸 肆ノ型 遠雷』 善逸は、獪岳の頸元を斬った。 「おせーんだよ、クズ」 獪岳は、予想以上の善逸の攻撃にかなりのダメージを負った。 「斬られた!! 速い…コイツ!! 動きがまるで別人だ!! 」 どうなる…、この戦い…。 鬼滅の刃 第144話の感想と思考 死んだ仲間、親、祖父の意思を受け継いで戦う、輝利哉、その妹たち、善逸がかっこよかったです。 悲しいけれど弱音も吐かず、敵にぶつかっていく姿がよかったです。 善逸、がんばってください!! 馬鹿にする獪岳なんて、たたきのめしてください!! 善逸の持っているスピードと技で、絶対に倒してくださいね。 きっと、爺ちゃんも見守っていますよ。 次回を楽しみにしています。
次の