韓国大法院(最高裁)が戦時中の韓国人元徴用工へ賠償するよう日本企業に命じる判決を再び出した。 日本が植民地にしていた朝鮮半島から日本本土へ多くの韓国人が労務動員されたが、政府は1965年の日韓請求権協定で解決したとの立場だ。 これに対し、日本での戦後補償裁判に関わってきた弁護士らは声明を出し、元徴用工の個人としての請求権は「消滅していない」と指摘している。 声明の呼び掛け人の一人、山本晴太弁護士(福岡県弁護士会)に聞いた。 後に原爆被害者が「条約により米国に賠償請求できなくなった」として日本政府に補償を求めて提訴すると、政府は「自国民の損害について、相手国の責任を追及する『外交保護権』を放棄したもの。 個人が直接賠償を求める権利に影響はなく、国に補償の義務はない」と主張した。 90年代には、韓国人の戦争被害者が日本で提訴し始めたが、政府は従来と矛盾する解釈は取れず、「個人請求権は消滅していない」との国会答弁を続け、訴訟でも「請求権協定で解決済み」とは抗弁しなかった。 ところが、2000年代に重要な争点で国や企業に不利な判決が出始めると、国は「条約で裁判での請求はできなくなった」との主張に転じた。 最高裁も07年4月、中国人強制連行訴訟の判決で、サ条約について「事後的な民事裁判にゆだねれば、混乱が生じる。 裁判上では個人請求権を行使できないようにするのが条約の枠組み」と判断した。 この判例が日中共同宣言や日韓請求権協定にも適用され、以降、日本の法廷での外国人戦争被害者の権利回復は不可能になった。 一方で、この判決では「(条約は)個人の実体的権利を消滅させるものでなく、個別具体的な請求権について、債務者側の自発的な対応を妨げない」とも示し、関係者が訴訟以外の交渉で問題解決する道を残した。 政府は「解決済み」と切り捨てず、話し合いで救済を目指すべきだ。 動員は、企業による募集や国民徴用令の適用などを通じて行われた。 当時の公文書や証言から、ときに威嚇や物理的な暴力を伴ったことがわかっている。 元徴用工への補償は、日韓両政府とも1965年の日韓請求権協定で解決したとの立場だが、不満を持った元徴用工らが日韓で日本企業などを相手に訴訟を起こし、争ってきた。 韓国政府が認定した元徴用工は約22万6千人。 日本が韓国に無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力金を供与し、両国とそれぞれの国民間で「請求権」の問題を「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」と明記した。 日本政府はこれに基づき、元徴用工への補償問題は解決済みとの立場。 韓国政府も2005年には、協定が定めた経済協力金に元徴用工への補償問題解決の資金も含まれるとの見解を発表していた。
次の新日鉄住金に対する損害賠償訴訟で、10月30日の韓国大法院判決後に記者会見する元徴用工ら=東亜日報提供 日本による植民地支配下で強制動員され、日本本土の工場で働かされたとする元「徴用工」らが、新日鉄住金に対して損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、韓国の大法院(最高裁判所に該当)は10月30日、被告の上告を棄却し、原告らにそれぞれ1億ウォンの慰謝料を支払うことを命じた原判決を確定させた。 河野太郎外務大臣は、「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の法的基盤を根本から覆すもの」で、「断じて受け入れることができない」との談話を発表し、李洙勲駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議した。 また安倍晋三首相も、「国際法に照らしてあり得ない判断」であり、「毅然と対応していく」と述べた。 対する韓国政府は、李洛淵首相が、「司法府の判断を尊重」し、「判決に関連する事項を綿密に検討する」としたうえで、「関係部署や民間の専門家らとともに諸般の要素を総合的に考慮して、政府としての対応を決めていく」との考えを対国民発表文の形で明らかにした。 日韓国交正常化と「請求権・経済協力協定」 1965年6月22日、日韓両国は足かけ14年に及んだ交渉を経て、「日韓基本条約」と四つの協定に調印した。 その中核ともいえるのが、「請求権・経済協力協定」であった。 「日韓基本条約」の締結交渉で最後まで難航したのは、「日韓併合条約」に至る旧条約・協定がいつから無効となったのかという問題と、韓国政府の管轄権は軍事境界線以南に限定されるのか、朝鮮半島全体に及ぶのかという問題であった。 また、後者についても、国連総会決議を引用する形で、大韓民国政府が「朝鮮にある唯一の合法的な政府」であることが確認され、将来の北朝鮮との関係正常化を念頭に休戦ライン以南に限られるとする日本と、自分が半島全体を代表するとする韓国が、いずれも都合よく解釈できる条文となった。 関係正常化にあたっての核心的課題ともいうべき財産、請求権については、「請求権・経済協力協定」において、双方は、「両締結国及びその国民の間の請求権に関する問題」が、「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とされた。 そのうえで、協定についての合意議事録で、完全かつ最終的に解決されたこととなる問題には、「日韓会談において韓国側から提出された『韓国の対日請求要綱』(いわゆる八項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており」、それに関しては、「いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」。 八項目の「対日請求要綱」には、「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」が明記されていたのである。 双方があえて自己の主張を押し通すことをせず、ある意味曖昧さを是として、大局的な見地から国交正常化の門を開いたといえよう。
次の日本の植民地主義のもと徴用工として働かされた韓国(当時:朝鮮)の人々に対し慰謝料を払うよう命じた、2018年10月の韓国大法院判決は、大きな波紋を呼んだ。 日本国内では、「日韓請求権協定で解決済みの問題を、蒸し返すな」といった取り上げられ方が目立った。 しかし、本当に請求権協定で「解決済み」だったのだろうか。 今回の大法院判決を読み解き、請求権協定の締結過程やその後の解釈の変遷を調べると、日韓両国の政府や裁判所の態度が変遷し、その狭間で救済を受けられなかった被害者の苦闘が見えてくる。 本書では、何よりも、被害者の人権を救済するという視点からこの問題を捉え、救済策を考える。 戦時下にだまされて日本に連れて来られ、給料も支払われずに過酷な労働を強いられた13歳の少女。 戦後、韓国に戻ってからも、日本で被った苦痛を忘れることなどできず、無償労働を強いた日本企業を相手に慰謝料の支払いを求めつづけました。 そしてそれがようやく裁判で認められました。 この問題は日韓両国の国家間の問題として考えられがちですが、何よりも一番考えるべきことは、過酷な被害を受けた彼女らが、13歳から今日に至るまで救済されずに放置されてきたということではないでしょうか。 韓国大法院は彼女らの訴えをどうして認めたのか、判決を読み解き、考えてみませんか。 2018年韓国大法院判決をどう捉えるか——本書の概要 第1章 徴用工裁判韓国大法院判決を知る 第2章 背景事情を知る 第3章 日韓請求権協定の内容と解釈を知る 第4章 徴用工裁判を深く知る 資料 コラム 参考文献 はじめに 2018年韓国大法院判決をどう捉えるか——本書の概要 第1章 徴用工裁判韓国大法院判決を知る Q1 判決の概要:2018年10月から韓国の裁判所で、日本企業に対して強制動員被害 者への賠償を命じる判決が何件か出されました。 これらはどのようなものだったの でしょうか? Q2 判決が認定した労働実態:韓国で勝訴した原告らは、どのような体験をした人た ちなのでしょうか? Q3 判決に至るまでの経過 日本 :原告らの一部は日本でも裁判をしたとのことですが、 どのようなものでしたか? Q4 判決に至るまでの経過 韓国 :韓国での裁判はどのようなものでしたか? 第2章 背景事情を知る Q5 強制動員の規模・背景:「強制動員」とは、いつごろ、どのような規模で行われたの でしょうか? このようなことが行われた背景にはどんなことがあったのですか? Q6 様々な形態の強制動員「募集」「官斡旋」「徴用」「女子勤労挺身隊」とはどのような 制度ですか? それはどのように実施されましたか? 第3章 日韓請求権協定の内容と解釈を知る Q7 協定の内容:日韓請求権協定とは何ですか? Q8 協定締結過程:請求権協定の締結過程では、徴用工問題について、どのような話し合いがされたのですか? Q9 経済協力支援:請求権協定では、日本政府は、韓国政府に対し、合計5億米ドル 無償3億米ドル、有償2億米ドル の経済協力支援を行うと規定されていますが、5億ドルの経済協力はどのような形で韓国政府に提供されたのですか? Q10 日本側解釈の変遷:請求権協定では、「両締約国及び其の国民」の「財産、権利及 び請求権に関する問題が」「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認す る」としています。 そのため、徴用工の未払賃金や慰謝料を含む個人請求権の問 題も「完全かつ最終的に解決された」のではないでしょうか? 日本政府及び日本 の裁判所は、どのような解釈をとってきたのですか? Q11 韓国側解釈の変遷:請求権協定において、両国の請求権に関する問題が、完全か つ最終的に解決されたとされていることについて、韓国政府は、どのように解釈し ているのでしょうか? 盧武鉉政権において、日韓の請求権協定には徴用工の問題も含まれており、賠償を含む問題は韓国政府が持つべきだという見解が公表さ れているのではありませんか? Q12 今回の判決の位置づけ:2018年10月に出された韓国大法院の判決は従来の韓 国政府の立場と矛盾しないのでしょうか? Q13 請求権協定が定める紛争解決方法:日韓請求権協定について、両国政府及び裁 判所の解釈が一致しない場合、協定の解釈を最終的にどのような手続で判断すれ ばよいのでしょうか? また、日本政府は、国際司法裁判所 ICJ への提訴も検討 していると表明していますが、提訴することは可能なのでしょうか? 仮に仲裁や 裁判が実施された場合、どのような決定が出されるのでしょうか? Q14 海外の参考事例:ドイツでは戦時強制動員の被害者にどのような補償をしてきた のでしょうか? Q15 判決の執行:韓国の大法院判決で日本製鉄や三菱重工の敗訴が確定しましたが、 日本企業が支払いに応じない場合、この判決はどのように執行されるのでしょうか? 日本や韓国以外の国でも判決は執行できるのでしょうか? Q16 強制動員問題への今後の対応:元徴用工などの強制動員被害者が日本企業に対 して損害賠償を請求する訴訟が複数起こされており、今後こうした訴訟が増加す るとも言われる中で、今回の判決を受けて、日本政府及び韓国政府は、強制動員 問題に対してどのような対応を取ればよいのでしょうか? Q17 基金による解決:個別の訴訟による対応ではなく、日本企業等が共同で基金 財団 を設立するという提案も出されていますが、具体的にはどのような提案なのでしょ うか? 実現のためにどのような課題があるのでしょうか? 基金 財団 が設立 されても、基金 財団 に納得しない被害者が個別に訴訟を提起することは可能な のでしょうか? 第4章 徴用工裁判を深く知る 韓国大法院判決と日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷 資料 資料1 日本製鐵徴用工事件再上告審判決〔韓国大法院2018年10月30日判決〕 資料2 日本製鐵徴用工事件上告審判決〔韓国大法院2012年5月24日判決〕 資料3 西松建設強制労働事件上告審判決〔最高裁判所2007年4月27日判決〕 資料4 元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明〔2018年11月5日 資料5 日本弁護士連合会と大韓弁護士協会の共同宣言〔2010年12月11日〕 資料6 日韓請求権並びに経済協力協定〔財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済 協力に関する日本国と大韓民国との間の協定・1965年6月22日〕 資料7 日韓請求権並びに経済協力協定合意議事録 1 〔1965年6月22日〕 資料8 日韓基本条約〔抜粋・1965年6月22日 資料9 日韓共同宣言——21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ〔1998年10月8日〕 資料10 韓国民官共同委員会見解〔韓日会談文書公開後続関連民官共同委員会開催に関す る国務調整室報道資料・2005年8月26日〕 資料11 カイロ宣言〔日本国ニ関スル英、米、華三国宣言・1943年12月1日〕 資料12 ポツダム宣言〔米、英、華三国宣言・抜粋・1945年7月26日〕 資料13 サンフランシスコ平和条約〔抜粋・1951年9月8日署名〕 資料14 世界人権宣言〔抜粋・1948年12月10日採択〕 資料15 自由権規約〔市民的及び政治的権利に関する国際規約・抜粋・1966年12月16日採択〕 資料16 大韓民国憲法 第10号・現行憲法 〔抜粋・1987年10月29日公布〕 資料17 日本国憲法〔抜粋・1946年11月3日公布〕 資料18 柳井俊二・外務省条約局長 当時 の国会答弁〔抜粋・1991年8月27日参議院予算委員会・第121回国会参議院予算委員会会議録3号10頁〕 資料19 伊藤哲雄・外務省条約局法規課長 当時 「第二次世界大戦後の日本の賠償・請求権処理」〔抜粋・外務省調査月報1994年度1号112頁〕 資料20 日中共同声明〔日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明・1972年9月29日〕 資料21 請求権協定年表 資料22 関係地図 コラム コラム1 韓国と日本での情報公開請求 コラム2 韓国の大法官はどのように選任されているのか コラム3 「土地」に対する差別と「人」に対する差別 コラム4 ドイツ「記憶・責任・未来」基金や日本「西松基金」など 参考文献.
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