『昨晩お会いしましょう』からはじまる80年代のユーミンの大ヒット作の数々からすると、70年代末のこのアルバムのころの彼女の音楽は地味に思えるかもしれない。 しかし結婚して少しずつシフト・チェンジしていったこの時期に彼女は歌の作り方に磨きをかけていた。 特に作詞面での時の流れや人間関係の変化の描き方は、この時期すでに名人芸の域に達していたと言っていい。 少し細かくなるが具体的に聴いてみよう。 たとえば後にコンサートの人気曲のひとつになる「DESTINY」。 このアップ・テンポのダンス・ポップ・ナンバーのヒロインは、別れの悲しい出来事の後、悲しみを忘れるために気を張って暮らしていたのに、たまたま自分がみじめに思えるような状態で、相手と再会してしまう。 1番では、別れた後、強がりながらも心のどこかで再会を楽しみにほっこりしているヒロインが描かれる。 しかし末尾に「悲しいDISTINY」という反対の言葉が続くことで、その楽しみが報われないであろうことが暗示される。 2番には、再会したのに結ばれることはないと気づいたヒロインがいる。 それに続く「悲しいDESTINY」は、そのままヒロインの思いと状況の説明の意味を持つ。 難しい状況に置かれたときでも、希望を持つことで、人は自分を励ましながら生きていくことができる。 しかし希望が実現しないとわかったところでこの歌の物語は終わり、ヒロインがその悲しみを受け入れるのを待つかのように演奏がゆっくりフェイド・アウトしていく。 コンサートではみんな立って盛り上がる曲だが、実はけっこう悲しい歌なのだ。 この曲が発表された前年には、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が大ヒットして、ディスコが世界的に流行しはじめていた。 この曲はその感覚を機械的なダンス・ビートではなく、ファンキーな演奏にして取り入れている。 この歌のヒロインの悲しい気分は、その陽気な演奏によって和らげられる。 ここまでの歌詞と演奏の重層性は、初期の彼女の歌にはなかったものだ。 「安いサンダル」をはいていたことで、強がっていた自分の気持ちがつまずくあたりは、おしゃれに無頓着なぼくにはわかりにくいが、ま、単にぼくが野暮な奴だからだろう。 いまのアーティストだったら、あるいは80年代のユーミンだったら、この勢いのいい曲をアルバムの1曲目に置いたにちがいない。 レコード会社もそうして欲しかったことだろう。 しかしこの曲は4曲目という中途半端なところに入っている。 あえて冒頭に置かなかったところからは、曲順も含めてアルバム全体でひとつの作品という美学の存在が感じられる。 ま、それは、「ジャコビニ彗星の日」という大名曲があったからではあるだろう。 1972年10月9日と、彗星の出た日付までうたいこまれているが、歌のテーマはもちろん天体現象そのものではなく、彗星を待ちながら「夢はつかのま」と思うヒロインの心のありようだ。 このアルバムには時の移ろいや「もののあはれ」が描かれた曲が多く、だからこそ、それを象徴するこの曲が冒頭に置かれているのだろう。 夜空を連想させるストリングスやキーボードのアレンジも素晴らしい。 東京音楽大学講師。 「ニューミュージック・マガジン」の編集者を経て、世界各地のポピュラー音楽の紹介、評論活動を行っている。 著書に『増補・にほんのうた』『Jポップを創ったアルバム』『毎日ワールド・ミュージック』など。
次の『昨晩お会いしましょう』からはじまる80年代のユーミンの大ヒット作の数々からすると、70年代末のこのアルバムのころの彼女の音楽は地味に思えるかもしれない。 しかし結婚して少しずつシフト・チェンジしていったこの時期に彼女は歌の作り方に磨きをかけていた。 特に作詞面での時の流れや人間関係の変化の描き方は、この時期すでに名人芸の域に達していたと言っていい。 少し細かくなるが具体的に聴いてみよう。 たとえば後にコンサートの人気曲のひとつになる「DESTINY」。 このアップ・テンポのダンス・ポップ・ナンバーのヒロインは、別れの悲しい出来事の後、悲しみを忘れるために気を張って暮らしていたのに、たまたま自分がみじめに思えるような状態で、相手と再会してしまう。 1番では、別れた後、強がりながらも心のどこかで再会を楽しみにほっこりしているヒロインが描かれる。 しかし末尾に「悲しいDISTINY」という反対の言葉が続くことで、その楽しみが報われないであろうことが暗示される。 2番には、再会したのに結ばれることはないと気づいたヒロインがいる。 それに続く「悲しいDESTINY」は、そのままヒロインの思いと状況の説明の意味を持つ。 難しい状況に置かれたときでも、希望を持つことで、人は自分を励ましながら生きていくことができる。 しかし希望が実現しないとわかったところでこの歌の物語は終わり、ヒロインがその悲しみを受け入れるのを待つかのように演奏がゆっくりフェイド・アウトしていく。 コンサートではみんな立って盛り上がる曲だが、実はけっこう悲しい歌なのだ。 この曲が発表された前年には、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が大ヒットして、ディスコが世界的に流行しはじめていた。 この曲はその感覚を機械的なダンス・ビートではなく、ファンキーな演奏にして取り入れている。 この歌のヒロインの悲しい気分は、その陽気な演奏によって和らげられる。 ここまでの歌詞と演奏の重層性は、初期の彼女の歌にはなかったものだ。 「安いサンダル」をはいていたことで、強がっていた自分の気持ちがつまずくあたりは、おしゃれに無頓着なぼくにはわかりにくいが、ま、単にぼくが野暮な奴だからだろう。 いまのアーティストだったら、あるいは80年代のユーミンだったら、この勢いのいい曲をアルバムの1曲目に置いたにちがいない。 レコード会社もそうして欲しかったことだろう。 しかしこの曲は4曲目という中途半端なところに入っている。 あえて冒頭に置かなかったところからは、曲順も含めてアルバム全体でひとつの作品という美学の存在が感じられる。 ま、それは、「ジャコビニ彗星の日」という大名曲があったからではあるだろう。 1972年10月9日と、彗星の出た日付までうたいこまれているが、歌のテーマはもちろん天体現象そのものではなく、彗星を待ちながら「夢はつかのま」と思うヒロインの心のありようだ。 このアルバムには時の移ろいや「もののあはれ」が描かれた曲が多く、だからこそ、それを象徴するこの曲が冒頭に置かれているのだろう。 夜空を連想させるストリングスやキーボードのアレンジも素晴らしい。 東京音楽大学講師。 「ニューミュージック・マガジン」の編集者を経て、世界各地のポピュラー音楽の紹介、評論活動を行っている。 著書に『増補・にほんのうた』『Jポップを創ったアルバム』『毎日ワールド・ミュージック』など。
次の『昨晩お会いしましょう』からはじまる80年代のユーミンの大ヒット作の数々からすると、70年代末のこのアルバムのころの彼女の音楽は地味に思えるかもしれない。 しかし結婚して少しずつシフト・チェンジしていったこの時期に彼女は歌の作り方に磨きをかけていた。 特に作詞面での時の流れや人間関係の変化の描き方は、この時期すでに名人芸の域に達していたと言っていい。 少し細かくなるが具体的に聴いてみよう。 たとえば後にコンサートの人気曲のひとつになる「DESTINY」。 このアップ・テンポのダンス・ポップ・ナンバーのヒロインは、別れの悲しい出来事の後、悲しみを忘れるために気を張って暮らしていたのに、たまたま自分がみじめに思えるような状態で、相手と再会してしまう。 1番では、別れた後、強がりながらも心のどこかで再会を楽しみにほっこりしているヒロインが描かれる。 しかし末尾に「悲しいDISTINY」という反対の言葉が続くことで、その楽しみが報われないであろうことが暗示される。 2番には、再会したのに結ばれることはないと気づいたヒロインがいる。 それに続く「悲しいDESTINY」は、そのままヒロインの思いと状況の説明の意味を持つ。 難しい状況に置かれたときでも、希望を持つことで、人は自分を励ましながら生きていくことができる。 しかし希望が実現しないとわかったところでこの歌の物語は終わり、ヒロインがその悲しみを受け入れるのを待つかのように演奏がゆっくりフェイド・アウトしていく。 コンサートではみんな立って盛り上がる曲だが、実はけっこう悲しい歌なのだ。 この曲が発表された前年には、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が大ヒットして、ディスコが世界的に流行しはじめていた。 この曲はその感覚を機械的なダンス・ビートではなく、ファンキーな演奏にして取り入れている。 この歌のヒロインの悲しい気分は、その陽気な演奏によって和らげられる。 ここまでの歌詞と演奏の重層性は、初期の彼女の歌にはなかったものだ。 「安いサンダル」をはいていたことで、強がっていた自分の気持ちがつまずくあたりは、おしゃれに無頓着なぼくにはわかりにくいが、ま、単にぼくが野暮な奴だからだろう。 いまのアーティストだったら、あるいは80年代のユーミンだったら、この勢いのいい曲をアルバムの1曲目に置いたにちがいない。 レコード会社もそうして欲しかったことだろう。 しかしこの曲は4曲目という中途半端なところに入っている。 あえて冒頭に置かなかったところからは、曲順も含めてアルバム全体でひとつの作品という美学の存在が感じられる。 ま、それは、「ジャコビニ彗星の日」という大名曲があったからではあるだろう。 1972年10月9日と、彗星の出た日付までうたいこまれているが、歌のテーマはもちろん天体現象そのものではなく、彗星を待ちながら「夢はつかのま」と思うヒロインの心のありようだ。 このアルバムには時の移ろいや「もののあはれ」が描かれた曲が多く、だからこそ、それを象徴するこの曲が冒頭に置かれているのだろう。 夜空を連想させるストリングスやキーボードのアレンジも素晴らしい。 東京音楽大学講師。 「ニューミュージック・マガジン」の編集者を経て、世界各地のポピュラー音楽の紹介、評論活動を行っている。 著書に『増補・にほんのうた』『Jポップを創ったアルバム』『毎日ワールド・ミュージック』など。
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