目の前を桜の花びらが舞っては、落ちていく。 それを黙って見詰めては、もうそんな季節なのだと思い知らされる。 去年の春。 俺は、好きな人の好きなものを殺した。 愛する人の愛するものを殺してしまったのだった。 その時の彼の顔は、今でも忘れられない。 真っ黒になった瞳。 僅かに開いた口からは何の音も聞こえなくて、彼は真っ直ぐ俺の手元を見る。 じっと見詰めたのは、俺の手にある愛しい其れだけ。 …俺のことは、ちっとも見てくれなかった。 その事が、泣きたくなるくらい悲しくて。 俺は余計に惨めに感じた。 そう感じた瞬間、ぽたっと落ちる涙。 大好きな彼は、声も無く泣いた。 泣かせてしまった。 俺は、彼を泣かせてしまったのだ。 皮肉にも、それが初めて見る彼の涙だった。 俺じゃない、愛するものの為の涙だった。 「結城…」 思わず俺は、彼の名前を呼んだ。 揺れる瞳。 あ、やっと俺を見てくれた。 けれども彼の口から出た言葉は 「…死んでしまえよ」 「……っ…!」 酷く小さくて、震えた声で紡がれた、確かな拒絶だった。 その声色は赤と黒で、怒りと憎しみだけが詰められていた。 「お前なんか、親友でも何でも無い」 「…ま、待って…。 結し…」 「俺の名前を、二度と呼ぶな。 俺に…二度と関わるな」 それが、俺と愛する人との最後の会話だった。 あれから、もう一年経ったのか。 相変わらず俺は、結城が好きだ。 彼のことは、二年前から好きだった。 入学式で結城を見かけた時に俺は、人生初の、一目惚れというものを体験する。 桜の木の下で一人立ち止まった結城は、儚くてただただ綺麗だった。 思わず呼吸を止めてしまっていて、その後眼が合った瞬間。 もう彼が、ズボンを履いていて、自分と同じ男であることなんて、どうでも良くなっていた。 俺たちは、運良く同じクラスで。 偶然が、運命に感じた。 俺と結城が一緒に過ごせる時間は、入学式のその時だけにならなかったのだ。 俺は結城に話しかけ、徐々に仲良くなっていった。 あまり口数が多くない結城だったが、微笑みながら話してくれることが増えていった。 二人で平日も休日も、たくさん過ごしていった。 歴代の彼女たちには悪いけど、今までに無いくらい、俺は彼を大事にした。 そうした努力のお陰で、親友という位置を手に入れた時。 結城は、残酷な言葉を呟く。 「…俺さ、木が好きなんだ」 [newpage] 「……ん?」 最初、真剣な顔して言われた意味が解らなかった。 木が好き。 …俺も嫌いじゃないけど? 特に好きでもないけど、理解出来ない訳では無い。 驚くことでも無い。 風流だな…と思ったくらいだった。 でも、違った。 全然違う。 意味が違う。 俺の考えが、甘かった。 「中橋は、女の子が好きだろ?」 「……うん」 俺の名前を読んで、俺の目を見て、そう尋ねてくる彼。 違うけど。 俺が好きなのは、男であるお前だけど。 でも言える訳がなかったから、頷いた。 表情が崩れそうになるのを堪えて、続きを促す。 すると彼は、ふわりと笑った。 「…俺は、それと同じ気持ちで、木が好き」 「……え…?…」 その時、何かが消えた気がした。 笑った彼を見て、その言葉を聞いて、白くなって濁って、消えた。 消えたのは何だったかなんて、もう俺にも解らない。 でも、確かに自分の中に空洞を感じた。 空っぽ。 何も無い。 気持ち悪がらないでくれ…」 お願い?そんなの…狡い。 結城、お前は狡いよ…。 泣きそうな顔して、縋ってきて。 そんなの 「気持ち悪くないよ…」 「…え?」 「それでも、結城は結城だ」 「中橋…ありがと…」 突き放せる訳ない。 結城は、俺の大好きな人。 ずっと隣りにいて、ずっと見てきたんだ。 沢山笑ってほしいと思っていたし、何より傷つけたくない。 ずっとそう思ってきたんだ。 俺の言葉に弱々しく笑うその顔を見て、締め付けられる自分の心臓が忌々しい。 恋は惚れた方が負けって、ほんとなんだな。 俺を見てくれないかな。 少しだけでも良いから。 そう思ってたけど…もう無理だと解った。 結城の恋愛対象は、人じゃない。 喋りもしない、樹木だ。 …何でこんな奴を、好きになってしまったんだろう。 泣きたいのは、俺の方だった。
次の田舎出身の管理人は、子供の頃から自然と触れ合うのが好きでした。 道端に生えている雑草で気になる草花があると、じっくり観察して、つい触れてしまいます。 草の生えた地面に直に座るのも気持ちよかったですね。 雑草と土のひんやりした感触が肌から伝わり、ほんのりと青臭さも漂ってきて、自分もまた地球の一部であることを再認識させられます。 ガイア理論に則れば、私たち人類と植物や大地とは相互作用を及ぼしているため、「人類が一方的に地球を支配している」と考えるのはナンセンス。 そんなガイア理論の正しさを感覚的に理解していたのが、子供時代に私が経験した雑草との触れ合いだと思っています。 2019-01-12 07:19 一般的には、誰も気に留めない存在で、時として邪魔者扱いされる雑草ですが、私たちが好意を示せば、それに応えてくれるだけのスピリチュアルなものがあるような気がします。 とはいえ、好意が過ぎると、「デンドロフィリア」とされます。 デンドロフィリアは、樹木を中心とする植物に対する強い愛情です。 そんなデンドロフィリアを表現した動画がYouTubeに公開されています。 草の生い茂る広場の片隅に、一人の若い女性が座っています。 お尻の下には布を敷いていますが、素足の一部が草や土に触れていますね。 彼女は、学校の課題にでも取り組んでいるのでしょうか?ノートが開かれています。 彼女はバッグの中から何かを取り出そうとして探しますが、どうやら使いたいものが見つからなった模様。 その後、バッグのあった場所に脚を伸ばしますが、このとき脚の肌に草が触れました。 小さくて細長い緑の葉っぱが肌を撫で、柔らかくもくすぐったい感触が脚から伝わってきたのでしょう。 彼女はその感触を脚だけでなく、手の平でも確かめます。 草を握り、葉先を指先で弄び、指と指の間に花を挟み……。 普段は全く気にも止めなかった雑草の存在を意識し始めたとき、彼女は瞬く間にその虜となってしまいました。 足元でじっとしているだけの小さな生命は、自ら人間に語り掛けてくることはありません。 しかし、自分に気づいてくれた人間には、柔らかい肌触りや自然の香りで優しく応えてくれるんですよね。 彼女は、一瞬でも草と拘留してしまった自分を恥じるかのように、急いで荷物をまとめてその場を去って行きました。 決して他人には話すことができない甘美なひとときは、こうして幕を閉じたのでした。 無音映像でしたが、デンドロフィリアに目覚めた女性の心の変化を上手く表現していると思いました。 私は、自分の子供時代と重ね合わせながら、動画を楽しませてもらいました。
次の目の前を桜の花びらが舞っては、落ちていく。 それを黙って見詰めては、もうそんな季節なのだと思い知らされる。 去年の春。 俺は、好きな人の好きなものを殺した。 愛する人の愛するものを殺してしまったのだった。 その時の彼の顔は、今でも忘れられない。 真っ黒になった瞳。 僅かに開いた口からは何の音も聞こえなくて、彼は真っ直ぐ俺の手元を見る。 じっと見詰めたのは、俺の手にある愛しい其れだけ。 …俺のことは、ちっとも見てくれなかった。 その事が、泣きたくなるくらい悲しくて。 俺は余計に惨めに感じた。 そう感じた瞬間、ぽたっと落ちる涙。 大好きな彼は、声も無く泣いた。 泣かせてしまった。 俺は、彼を泣かせてしまったのだ。 皮肉にも、それが初めて見る彼の涙だった。 俺じゃない、愛するものの為の涙だった。 「結城…」 思わず俺は、彼の名前を呼んだ。 揺れる瞳。 あ、やっと俺を見てくれた。 けれども彼の口から出た言葉は 「…死んでしまえよ」 「……っ…!」 酷く小さくて、震えた声で紡がれた、確かな拒絶だった。 その声色は赤と黒で、怒りと憎しみだけが詰められていた。 「お前なんか、親友でも何でも無い」 「…ま、待って…。 結し…」 「俺の名前を、二度と呼ぶな。 俺に…二度と関わるな」 それが、俺と愛する人との最後の会話だった。 あれから、もう一年経ったのか。 相変わらず俺は、結城が好きだ。 彼のことは、二年前から好きだった。 入学式で結城を見かけた時に俺は、人生初の、一目惚れというものを体験する。 桜の木の下で一人立ち止まった結城は、儚くてただただ綺麗だった。 思わず呼吸を止めてしまっていて、その後眼が合った瞬間。 もう彼が、ズボンを履いていて、自分と同じ男であることなんて、どうでも良くなっていた。 俺たちは、運良く同じクラスで。 偶然が、運命に感じた。 俺と結城が一緒に過ごせる時間は、入学式のその時だけにならなかったのだ。 俺は結城に話しかけ、徐々に仲良くなっていった。 あまり口数が多くない結城だったが、微笑みながら話してくれることが増えていった。 二人で平日も休日も、たくさん過ごしていった。 歴代の彼女たちには悪いけど、今までに無いくらい、俺は彼を大事にした。 そうした努力のお陰で、親友という位置を手に入れた時。 結城は、残酷な言葉を呟く。 「…俺さ、木が好きなんだ」 [newpage] 「……ん?」 最初、真剣な顔して言われた意味が解らなかった。 木が好き。 …俺も嫌いじゃないけど? 特に好きでもないけど、理解出来ない訳では無い。 驚くことでも無い。 風流だな…と思ったくらいだった。 でも、違った。 全然違う。 意味が違う。 俺の考えが、甘かった。 「中橋は、女の子が好きだろ?」 「……うん」 俺の名前を読んで、俺の目を見て、そう尋ねてくる彼。 違うけど。 俺が好きなのは、男であるお前だけど。 でも言える訳がなかったから、頷いた。 表情が崩れそうになるのを堪えて、続きを促す。 すると彼は、ふわりと笑った。 「…俺は、それと同じ気持ちで、木が好き」 「……え…?…」 その時、何かが消えた気がした。 笑った彼を見て、その言葉を聞いて、白くなって濁って、消えた。 消えたのは何だったかなんて、もう俺にも解らない。 でも、確かに自分の中に空洞を感じた。 空っぽ。 何も無い。 気持ち悪がらないでくれ…」 お願い?そんなの…狡い。 結城、お前は狡いよ…。 泣きそうな顔して、縋ってきて。 そんなの 「気持ち悪くないよ…」 「…え?」 「それでも、結城は結城だ」 「中橋…ありがと…」 突き放せる訳ない。 結城は、俺の大好きな人。 ずっと隣りにいて、ずっと見てきたんだ。 沢山笑ってほしいと思っていたし、何より傷つけたくない。 ずっとそう思ってきたんだ。 俺の言葉に弱々しく笑うその顔を見て、締め付けられる自分の心臓が忌々しい。 恋は惚れた方が負けって、ほんとなんだな。 俺を見てくれないかな。 少しだけでも良いから。 そう思ってたけど…もう無理だと解った。 結城の恋愛対象は、人じゃない。 喋りもしない、樹木だ。 …何でこんな奴を、好きになってしまったんだろう。 泣きたいのは、俺の方だった。
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