英雄ポロネーズ 解説。 ショパンの「ポロネーズ」主要7曲を解説!【意味/曲/難易度】

交響曲第3番 (ベートーヴェン)

英雄ポロネーズ 解説

ショパン英雄のポロネーズのピアノ演奏の難易度は? 弾き方を解説! 英雄のポロネーズは華やかなメロディー、力強さを感じさせるメロディーでショパンの名曲の中でもインパクトがあり、人の心に強い印象を与える名曲中の名曲です。 最初から最後までしゅちゅ力を持ち引ききることが必要で一曲弾き切るまでに相当な精神力を必要とします。 曲の難易度は、超難関といってもいいでしょう。 また、演奏時間も長くいろいろなパーツがまるで映画のシーンのように変わっていくのも特徴です。 誰もが知っているメロディーは、17小節目から出てくるのですが有名なメロディーの到達するまでも相当な練習数を要することがあります。 まず注意点は1小節目のスフォルツァンドの後のスラーは注意深く練習しないといけません。 いつもペダルがあるからと気を抜きノンレガートで弾かれる方がいますが、それはどうしてもアラが出てしまいます。 この部分が滑らかに弾ける=練習を細やかにしているというイメージなります。 特にコンクール、試験などで弾く場合は、初めの3小節までで興味を持って聞くか、流して聞くか決められることがあるので初めの部分の大切さは、しっかりと感じておかなくてはいけません。 このような曲を弾くときは和音にしっかり体重が乗せられるように普段から練習しておくようにしておかないといけません。 それは、自分で思っている音をしっかり身体が反応して出せるようにしておく必要があります。 また、和音部分はアルペッジョで弾くことが多いので巣がそれでも女性の手には音程幅が広くばらつきが出やすかったりしますができるだけばらつかないようにしっかりと練習をしましょう。 そのファーミがメロディーへとつながります。 また、ポロネーズという特徴をしっかり出すために左手のリズムスラーとスタッカートをしっかりと出して弾きたいものです。 メロディー部分はしっかりとうたうことを忘れてはいけません。 例えば23小節目の下りの部分は高い部分からジェットコースターが落ちるような速度の変化を与えるときれいにまとまります。 41小節目は、メロディーが滑らかに流れるようにすることで42小節目をキメて弾くと対比が生まれ美しくなります。 カデンツの部分ははじめは落ち着いてゆっくり弾くようにして初めからインテンポで弾こうとしないようにしましょう。 右手に気をとられずにしっかりと左手で局長を出しましょう。 和音が2小説続く部分からごロットシーンが変わります。 ここからは音楽に動きが出てきます。 この部分シンプルに見えて意外と難しいです。 左手がオクターブで音階になっているのですがまるでレバーを回しているようにうでを回しながら軽く力を抜いて弾かないととても辛くなってきます。 この部分はスタッカートを上手に使ってくださいね! この部分が終わると少しメロディーを歌えるようにしたいです。 この部分は譜読みが意外とすっと進むと思いますがちゅいがあります途中から右手のドに不規則にアクセントがついているのに気づいていますか? 英雄のポロネーズを上手に弾くには慌てずに弾くこと、和音にしっかりと力をのせて弾くこと、ポロネーズのリズムが出てきたときにしっかりとリズム感を感じてしっかりと出すことで曲を引き締めることができます。 主旋律はいろいろなところに出てくるので練習をするときはメロディーによってパーツ分けをして細やかな練習を重ねるようにしましょう。 このような長い曲にになってくると、最初から弾いてばかりすると最後まで練習が行き届かず、「上達しない」と悩むことになります。 練習時間にもよりますが通しで弾くのは、一日一回程度にとどめ、部分練習のみを繰り返し根気よくしていきましょう。

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名曲解説:ショパンの英雄ポロネーズ

英雄ポロネーズ 解説

ポロネーズ polonaise は、「ポーランド風の」という意味です。 (フランス語) ポーランド起源のダンスや舞曲を指し、4分の3拍子の音楽特徴的です。 リストやチャイコフスキーなどの「ポーランド人以外の作曲家」もポロネーズを作曲しています。 ショパンは生涯で全18曲のポロネーズを作曲しました。 ポーランド愛国主義者だったショパン ショパンはワルシャワ音楽院を卒業してから間もなくしてポーランドを離れます。 そして多くの時間をフランスのパリで過ごし、パリで生涯を終えました。 そんなショパンですが、母国ポーランドには熱い想いがありました。 1831年のロシアによるワルシャワ侵攻(11月蜂起)の時期に作曲された、「スケルツォ第1番」「革命のエチュード」では母国への悲痛な想いが表現されています。 ちなみにショパンの死後、彼の遺志により彼の心臓はポーランドに持ち帰らました。 20歳でポーランドを離れ、ポーランドに戻ることのなかったショパンでしたが、ポーランドへの愛は生涯忘れることはありませんでした。 第2次世界大戦のポーランドに響いた音楽 第2次世界大戦で、ワルシャワはナチスにより壊滅的な被害を受けました。 その中で市民を勇気づけたのは「ショパンの音楽」でした。 ラジオ局は「軍隊ポロネーズ」を流し、ワルシャワ陥落の際には繰り返し流し続けたそうです。 ショパン「軍隊ポロネーズ」の演奏.

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ショパン・英雄ポロネーズ〜管理人のピアノ練習奮闘記・第5話&作品解説

英雄ポロネーズ 解説

『英雄ポロネーズ』の愛称で親しまれている。 この名前はショパンが付けたものではなく、他人が付けたもの。 説は色々あるが、誰が付けたものなのか分かっていない。 ポロネーズとはフランス語で「ポーランド風」の意味。 この曲はショパンのボロネーズの中で、もっとも人気のある作品の一つである。 つまり一番難しい部類の曲じゃ。 当時のフランスでは女性の権利が男性よりも弱く、権利の拡大が必要と感じていたからだ。 サンドは当時、労働組合が発行する小規模な新聞を始めており、エッセイ等で政治的なメッセージを精力的に発信していた。 彼女は当時の新聞にこう書いている。 サンドこの革命に対する想いを、ポロネーズ第6番を聴きながらショパンへの手紙にしたためた。 じゃが本当かどうかはわかっておらん。

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