第71回カンヌ映画祭で最高賞パルムドールを受賞した映画『万引き家族』。 日本映画の同賞受賞は、1997年の今村昌平監督作『うなぎ』以来21年ぶりの快挙です。 「万引き」という犯罪で生計を立てている一家を描いた本作には、批判も含めて多くの声が集まりました。 是枝裕和監督が本作で伝えたかった、本当のメッセージとは何なのでしょうか。 この記事では『万引き家族』をネタバレありで、感想を交えながら徹底解説&考察していきます。 家族の本当の関係や、劇中何度も出てきた「スイミー」が意味するもの、ラストシーンから読み取れる彼らのその後について考えてみませんか? この記事は映画のネタバレに触れています。 未鑑賞の方はご注意ください。 柳楽優弥の主演男優賞受賞が話題となった2004年の『誰も知らない』では、親に見放された子供たち。 2013年の『そして父になる』では、出生時の病院で子供を取り違えられ、血縁と過ごした時間との間で悩む2つの家族。 2016年の『海よりもまだ深く』では離散した家族のその後の交流。 漫画原作の『海街diary』でも、親と一緒に生活することのできなかった姉妹たちが、腹違いの妹と家族になるという、今までの是枝作品に通じるストーリーがそのまま映像化されています。 このように是枝裕和監督はこれまで様々な家族を自分の作品の中で描いてきました。 家族とはなんだろうという問いかけとも思えるこれらの作品たちの延長線上に、本作『万引き家族』は位置しています。 治と祥太を筆頭に、初枝はパチンコ店で他人のドル箱を大胆にネコババしたり、信代もクリーニング店に預けられた洋服のポケットなどに入っていた物を家に持ち帰ったりしていました。 もう1つの意味としては、「万引き 誘拐 されて集まった家族」だということ。 治は、りんを団地の外廊下から、治と信代は祥太をパチンコ店の駐車場から連れ帰りました。 広い意味では、信代、治、亜紀も初枝に拾われたと言えるでしょう。 実は仮題は『声に出して呼んで』で、脚本も「お父さん」「お母さん」と子どもに呼ばれたい、と願う主人公の気持ちを軸に描いていたのだとか。 プロデューサーら宣伝側の「内容が伝わりやすいタイトルを」との依頼により、現在の『万引き家族』に変更されました。 作中で小学校にも通えていない祥太が国語の教科書を朗読するシーンがあります。 祥太が読んでいるのはレオ・レオニ作の『スイミー』。 兄弟を失った黒い魚のスイミーが、兄弟そっくりの赤い魚たちと協力して、兄弟たちを食べたマグロを追い払って平和を手に入れる話です。 是枝裕和監督は、本作を「スイミーを読んでくれた女の子」に向けて作っていたと製作後に思うようになったと語っています。 しかし、ただ取材先で出会った少女へのトリビュートに留まらないと思えるほど、スイミーたちと祥太たち「家族」の姿は似ています。 それぞれが力のない存在である彼らが「家族」という大きな魚に扮して、社会というマグロに立ち向かおうとしていたのではないでしょうか。 亜紀だけは万引きする描写がなく、治や信代が給料を生活費に充てる中、初枝により収入を渡さなくても良いとされていました。 作中で初江は、前夫の月命日に後妻との間に生まれた息子夫婦が住む家を訪れ、供養ついでに慰謝料などの名目で金を無心しています。 亜紀はこの家の長女ですが、息子夫婦と初枝の間で彼女は海外留学中になっており、都内にいるとは知られていません。 亜紀が初枝の家にやって来たのは、才能あふれる妹・さやかに両親の愛情を奪われ、居場所を失ったと感じて家出をしたから……。 勤務先の風俗店「JK見学クラブ」での源氏名を「さやか」にしている点でも、妹へのコンプレックスが伺えますね。 本人からではないにせよ、初枝はすでに金を受け取っていると判断したのでしょう。 しかし、実際には慰謝料を貯めていたので、何らかの意図があったのかもしれません。 治たちの疑似家族は、祥太がわざと目立つように万引きをしたことが原因で瓦解しました。 事件を起こしたのは、「妹」のりんを助けるためだったのでしょうか。 それとも、犯罪を生業とする生活のおかしさに気付いてしまったからでしょうか。 何が答えなのかははっきりしていません。 なぜなら祥太は理由を語らなったからです。 祥太だけではなく、「家族」の誰もが自分の思いや世の中のことを語ろうとしません。 彼らには圧倒的に言葉が足りないのです。 もし、最初から万引きが悪いことで、悪いことをしなければ、自分たちは生きられないと伝えていたら、祥太の行動は違っていたのではないでしょうか。 また、初枝も亜紀の親から受け取ったお金を使わずに溜め込んでいたことを言っていれば、最後にわだかまりを残すことはなかったはずです。 彼らを崩壊させたのはりんを迎え入れたことでも、祥太がわざと捕まったことではなく、彼らの間に言葉が足りなかったことだと考えることもできます。 映画のラストでは、亜紀が警察で全てを話し、りん =北条じゅり の未成年者誘拐、初枝の死体遺棄など一家が犯してきた罪状は信代がひとりで引き受けました。 その後、信代は刑務所に入り、祥太は児童保護施設に入居し、治は一人暮らしを始めます。 治は信代の元へ面会に行っているようですし、今後も関係を続けていくのでしょう。 亜紀に関する描写はありませんが、実家へ戻ったか、一人暮らしの可能性も。 特に祥太は小学校で優秀な成績を残し、趣味にも精を出すなど最も新しい生活を謳歌しているようで、治たちとの日々に別れを告げるような表情さえ見せました。 一方、親元に戻ったりんは、母親からのネグレクトなど児童虐待が復活し、治と出会った時と同じ団地の外廊下で一人きりでした。 そしてラストは、台に乗って外を見ようとするりんの寂しげな表情を映し出し、『万引き家族』は幕を閉じるのです。 あえて最後で、血の繋がった家族と生活するりんの悲惨さを描いたところに、是枝監督からの問題提起があるのかもしれません。 血の否定ではなく、家族を家族たらしめるものとは?それは絆でも、他の何かでもいいのではないかという、多様性の提案にも感じました。 カンヌ映画祭の審査委員長を務めたケイト・ブランシェットは、本作を「見えない人々 Invidsible People 」の物語であると表現しました。 そんな本作を形作ったのは、見えない人々とは対照的な豪華俳優陣。 リリー・フランキーや樹木希林、安藤サクラや松岡茉優を始めとする、主演級の華やかな顔ぶれが揃っています。 しかし、彼らは演技合戦という表現が似合わないほど、自然な表情と言葉遣いで静かに社会の片隅で生きる人々を演じました。 池松壮亮や片山萌美、山田裕貴もわずかな出演時間ながら、主役の家族たちとはまた異なる「見えない人々」としての役目を果たしています。 彼らの名演技によって、映画『万引き家族』は多くの人の心に刺さる作品になったと言っても過言ではありません。
次の鑑賞前の方はご注意ください】 『万引き家族』の是枝裕和監督にインタビュー 第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した、是枝裕和監督作『万引き家族』 公開中。 カンヌ映画祭の審査委員長ケイト・ブランシェットが、なかでも手放しで絶賛した俳優が、是枝組初出演の安藤サクラだ。 安藤にとっては、本作が第1子出産後初の映画出演作となった。 是枝監督に単独インタビューし、安藤の魅力やキャスティング秘話について話を伺った。 【写真を見る】カンヌ国際映画祭で安藤サクラは、ルイ・ヴィトンのドレスで登場 [c]2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro. 是枝監督は「いろんな人と稀有なタイミングで出会えた現場だった」と振り返るが、特に安藤にオファーした際のエピソードが印象深い。 「街で出産前の安藤さんにばったり会って、確か次の日くらいにオファーの連絡をしたと思います。 信代はリリーさん演じる治の相手役。 リリーさんが50歳を過ぎていたから、バランス的には40歳くらいの女優さんを想定していたので、安藤さん 現在32歳 のキャスティングは考えてなかったです。 しかし、街でお会いした時『この2人ならありかもしれない』と思い、打診しました。 実はその時点で安藤さんは『子どもを産んでみて、自分がどんなふうに変化するのかわからないから、受けられないかもしれません』というような話もされていましたが、僕のなかで『信代役は安藤さん』と決めていました」。 祖母・初枝 樹木希林 の古い一軒家で身を寄せ合って暮らす家族5人。 日雇い労働者の父・治 リリー・フランキー と息子・祥太 城桧吏 は、生活のために2人でよく万引きをしている。 ある日2人は、団地の廊下で凍えていた少女・ゆり 佐々木みゆ を見つけ、家に連れて帰る。 妻・信代 安藤サクラ は呆れるも、傷や痣だらけの少女を見て彼女の境遇を察知し、そのまま彼女の面倒をみていく。 血のつながらないゆりに対して、愛情を注いでいく信代。 ところがある事件がきっかけで、仲良く暮らしていた家族の時間や、信代のささやかな母としての幸せが奪い去られてしまう。 安藤は出産後だったから、溢れる思いもひとしおだったのではないか。 「僕もそうじゃないかと思ったけど、今回の信代役はあまりそこに引き寄せすぎてもよくないと考えていました。 ただ、間違いなく彼女は一番いいタイミングであの役と出会ったのではないかと自負しています。 彼女を撮っていて僕はそう感じました」。 是枝監督曰く「映画の後半では、よってたかってあの家族を壊していくんです」とのこと。 「正義が壊したり、善意が壊したり、悪意が壊したり、家族の1人が疑心暗鬼になって壊れていったりと、内側と外側から壊れていく。 また、壊れることで成長する子どももいるというのが最後の30分、という流れです」。 なかでもケイト・ブランシェットが絶賛していたのが、尋問を受けた信代が涙を流すシーンだ。 溢れ出る涙を無造作に広げた指で拭う仕草、にらみつける目つきからは、信代のただならぬ悲しみや怒りがひしひしと伝わってくる。 是枝監督も「おかしいでしょ。 女優はああやって泣かないよね」とうなる。 ここは、是枝監督独自の演出方法が功を奏したシーンでもある。 是枝監督は、これまでの監督作で子役には脚本を渡さず、その都度、台詞を口頭で伝えて演出していくというアプローチ方法を取ってきた。 『誰も知らない』 04 では、第57回カンヌ国際映画祭で、当時14歳の柳楽優弥に、史上最年少かつ日本人初の男優賞をもたらしたのも、この演出あってのことだ。 是枝監督は、この尋問シーンに限っては、安藤や尋問する側の池脇千鶴たちにも同じような手法を取ったと明かす。 「尋問されるシーンの安藤さんは、そこでなにを聞かれるのかまったく知らなかったんです。 池脇さんには『次はこれを聞いてください』と、毎回僕がホワイトボードに書いた台詞を見せ、順番に言ってもらいました。 安藤さんは池脇さんからどんな言葉が飛び出すのかわからないから、すごく不安なわけです」。 「捨てたんじゃないです。 誰かが捨てたのを拾ったんです」と訴える信代の言葉が胸に突き刺さる。 安藤の涙も、その場で湧いてきたリアルな感情によるものだった。 「普通、女優であれば、大粒の涙を見せようといったわかりやすいお芝居になるんですが、あんな泣き方をする女優を僕は初めて見ました。 身も蓋もないよね 苦笑。 現場にいたみんなが『すごいものを見ちゃった』となりましたし、セカンドの助監督は『いまのシーンに立ち会えただけで、この作品に参加した意味がありました』と言って帰りました」。 『万引き家族』は6月8日 金 より全国公開中 [c]2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro. 「決して素ではないことが見ていてわかり、僕は鳥肌が立ちました。 安藤さんがなぜそういう演技ができるのか、僕にはわからなかったです」。 「リリーさんや松岡茉優さんにも同じことをやっています。 台本には書いてない台詞やシーンはいくつかありました」と言う是枝監督。 台詞の変更は常にあると言われる是枝組だが、今回の即興は特にハードルが高かったのではないかと思う。 だが、そのすばらしいコラボレーションが、パルムドールを呼び寄せたに違いない。 だからこそ、多くの人の心を揺さぶる作品となったのではないだろうか。 『万引き家族』は、いまを生きるすべての人々に観てほしい1作だ。
次の先にお断りを。 公開間もない、これだけの話題作・傑作なので、 以下この回答には、物語の核心部分に触れる ネタバレが含まれます。 前知識や先入観無しで観た方が絶対に良い作品なので、 映画『万引き家族』を鑑賞していない閲覧者の方は、 見ないでスルーして下さい。 映画『万引き家族』は、解釈の幅をあえて 広く取れるようにしている作品なので、 質問者さんが映画から感じた 関係性が正しいとも言えます。 ただ、是枝監督自身が執筆された小説版では、 映画では(あえて)詳しくは語られなかった 設定などが確認できます。 結論を言うと、 「全員血が繋がっていない」 が正解。 初枝(樹木希林)と治(リリー・フランキー)は 本当の親子ではありません。 二人が知り合ったのはパチンコ店。 映画のワンシーンにもあったように、 他の客の出玉をかすめ取っていた初枝に 興味を持った「治」が声をかけ、 初枝の自宅を訪ねたことをきっかけに、 そこに居候をするようになった。 生活力のない男は初枝と疑似家族の契約を結び、 老婆の年金に頼って暮らすようになるのです。 信代(安藤サクラ)は自分が開いていたバーで 「治」と知り合っています。 暴力を振るわれていた自分の夫を 殺害してしまった過去があり、 「治」とは事実婚的な関係にあります。 ちなみに「治」「信代」という偽名は それぞれ、音信不通になってしまった 初枝の実の息子とその嫁の名前です。 亜紀(松岡茉優)は初枝の元夫の孫娘。 元夫の葬儀の際に見かけた亜紀と、 バス停で偶然出会った初枝が、 一緒に暮らすことを提案したことで 疑似家族に加わります。 祥太(城桧吏)はパチンコ店の駐車場で、 自動車内に置き去りにされていたところを (おそらく車上荒らしのついでに) 「治」「信代」に保護されて、 初枝の家に連れてこられた。 凛(佐々木みゆ)については…… さすがに映画を観ていれば、 わかると思うので割愛します。 偽名の多い作品なので、ややこしくなってしまってすみません。 小説版を読んでみて、同じ物語ではあるものの、 私にはやはり「映画」の方が断然優れた作品に感じられました。 映画では、大事なセリフの声が消されていたりするのですが、 全体に説明的な描写を極力省くことで、良い意味で観る側の 想像力を喚起させるような演出がなされています。 是枝監督自身も解釈が限定されることを好まないと思うので、 あくまでもご参考として受け取っていただければ幸いです。 覚え違いがあったら、ごめんなさい。 長文失礼いたしました。
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