その間、胡蝶カナエはお館様に連絡を取り、すぐに柱合会議が開かれることとなった。 カナエと義勇だけが炭治郎のことを知っているが、他の柱には伝えないようにとお館様は言った。 『彼が、どういう人間か。 柱のみんなが直接見て、判断して欲しいからね』 カナエと義勇が受け取った手紙には、こう書かれていた。 しかしカナエは、その前に妹のしのぶにだけは炭治郎のことを話してしまっていた。 それをお館様にお伝えしようと思ったのだが、カナエが貰った手紙の最後に。 『カナエ、この手紙が届く前までに喋った人にも、このことは伝えておいてね』 と書かれていたので、やはりお館様はなんでもお見通しのようだ。 そして、そのしのぶは……。 「絶対に!! 反対だわ!!」 「えー、しのぶー……」 姉のカナエが、鬼と友達になったというのに断固反対していた。 「人を喰わない鬼だとしても反対よ! そもそも、本当に人を喰わないのかもわからないじゃない!」 「本当に喰わないわよ。 冨岡くんと一緒にいたから、知ってると思うわ」 「冨岡さんなんてどうでもいいわ!」 その場に義勇がいたのなら、「心外!」とでも言うように目を見開いていただろう。 「炭治郎くんはまだ13歳で、可愛いのよ? それにすごい強いし!」 「そこ! 鬼になったばかりで人も喰ってないのに、なんで柱の姉さんと冨岡さんにおにごっこで勝てるのよ!」 しのぶの一番の疑問、不審に思う点はそこであった。 通常鬼は、人を喰らうほど力を増していく。 柱であるカナエと義勇に勝てる鬼など、下弦の月どころではない。 今まで100年間討伐されていない、上弦でないとそのような強さは持っていないだろう。 それなのに、数日前に鬼になったばかり? 人を喰わない? 太陽を克服した? そんな鬼、本当にいるのであれば鬼殺隊の最大の脅威でしかない。 「……姉さんと冨岡さんが、血鬼術にかかったってことはないの?」 「うーん、可能性としては非常に低いと思うけど」 まだ血鬼術で、幻覚を見せられたと言う方が納得出来る。 「今日、炭治郎くんがこの屋敷に来るから」 「えっ!? き、聞いてないわ、姉さん!」 「あら、言ってなかったかしら? じゃあ今言ったわ」 「姉さん……!」 ニコニコしながらそんなことを言うので、怒る気も失せてしまう。 「というかなんで今日来るのよ。 柱合会議は明日じゃないの?」 「前日に蝶屋敷に来た方がすぐにお館様のお屋敷に行けるじゃない? それに、しのぶとも炭治郎くんと仲良くなって欲しいし!」 「私は鬼と仲良くならないわよ!」 「しのぶ、怒ってばかりじゃダメよ。 私はしのぶの笑った顔が好きなんだから!」 「誰が怒らせてるのよ、誰が……」 何を言っても聞かない姉なので、もう諦めるしかない。 炭治郎という鬼が来るみたいだが、少しでもおかしな行動をしたら……。 (すぐに毒を打ち込んでやる……!) 蝶屋敷ではあまり帯刀していたくはないが、しょうがない。 自分の身を、そして蝶屋敷で働く皆を守るためだ。 夜になり、炭治郎と約束した場所があるので、カナエが一人で蝶屋敷を出てその場所へと向かう。 「うーん、しのぶも炭治郎くんと仲良くなって欲しいのに……まあ炭治郎くんは良い子だし、すぐ仲良くなれるわよね」 そんなことを思いながら、夜の道を歩いていく。 「こんばんは、素敵なお嬢さん。 今夜は月が綺麗だねー」 月が照らす小道の先に……女の身体の一部を喰らいながら歩いて来る、男の姿があった。 任務や見回りが入っていなくても、蝶屋敷ではやることが多い。 特にしのぶは蝶屋敷での仕事の他に、自身が使う毒を研究しないといけないのだ。 血を吐くような努力を重ね続け、ようやく鬼の頸が切れなくても殺せるようになった。 最近、しのぶは一人で下弦の鬼を殺した。 つまりそれだけ強い鬼にも、しのぶが作った毒は効くのだ。 だがそれでも、しのぶは毒の研究をやめない。 憎き鬼を、全て滅するまで。 (その鬼が……今からこの蝶屋敷に来るのよね……) カナエと義勇が会ったという、人を喰わない鬼。 今までそんな鬼、会ったことがない。 しかも柱のカナエや義勇よりも強いらしい。 カナエにも言ったが、まだ血鬼術に惑わされていると言われた方が納得出来る。 そんなことを考えながら、患者の世話を終えて研究室に行こうとした時……。 「……ん? 鎹鴉?」 蝶屋敷の上空に、鎹鴉が飛んで来るのが見えた。 (あれ、あの鴉……たしか、姉さんの……) 「カァー! 胡蝶カナエ! 上弦ノ弐ト戦闘中! スグ向カエー!」 それを聞いた瞬間、しのぶはいつも患者に言うことを忘れ、蝶屋敷の廊下を駆け抜けた。 「姉さん……!」 すでにしのぶも、柱に匹敵するほどの実力は持っている。 下弦の鬼を殺し、鬼を50体以上も殺していた。 だが柱という地位を欲しているわけではない。 今、柱は欠員がいないし、なれないなら別に構わない。 むしろ柱になれない方が、欠員が出ないということでいいのだ。 しのぶが柱になるときは、柱が年齢などの理由で引退するか……死ぬかしかないのだから。 (姉さん、やめてよ……! 私、姉さんの代わりに柱になるなんて、絶対に……!) 嫌な想像をしてしまう。 下弦をも殺せる柱が死ぬときなど、限られたことでしかない。 ほとんどが……上弦と遭遇し、殺されることである。 しかも今カナエが遭遇した相手は、上弦の弐。 鬼舞辻無惨を除いて、鬼の中で二番目に強いとされる鬼なのだ。 全力で走った時間は10分ほどだろうか。 いつもなら息一つ切れないが、今はなぜか呼吸が荒くなってしまっている。 相手が氷の血鬼術を使ってから、しばらく戦っていたら……攻撃を喰らってないにも関わらず、血を吐き出した。 「あはは、俺の血鬼術を吸っちゃったんだね。 可哀想に、今楽にしてあげるからね」 朗らかに笑いながら、近づいてくる上弦の弐・童磨。 対の鋭い扇を持っており、不覚にもお腹を斬られてしまい、もう思ったようには動けないだろう。 「大丈夫だよ、もう怖がらなくていいから。 俺が救ってあげる」 そう言いながら近づいてくるが、カナエはもう何も出来ない。 自分はここで死ぬ。 この鬼は強すぎる。 呼吸を使う鬼殺隊士にとって、この鬼の血鬼術は天敵である。 「じゃあね。 「っ!!」 童磨は凄まじい反射速度で攻撃を察知し、それを避けた。 それは、ただの拳だった。 鬼ならともかく、人間の拳。 武を習っている人間でもない、ただの拳の突き出しにもかかわらず……童磨は避けた。 避けていなければ、確実に頭部を破壊されていただろう。 「……誰だい? 君は」 突如現れた男は、まだ少年とも言える歳である。 いや……もうその者は、人間ではなかった。 「なんで鬼なのに、俺の邪魔をするのかな?」 「……」 「もしかして、君がこの子を狙ってたの? ダメだよ、俺がちゃんと救ってあげるんだから」 楽しそうに話す童磨を他所に、その少年のような鬼はカナエが落とした日輪刀を拾った。 そして、強く、強く握る。 「お前は、人ではないみたいだな」 「だって、鬼だからね」 何を当然のことを、というように返す童磨。 「違う。 俺は鬼に会ったことがあるが、その鬼でも感情の匂いは人間のようにあった。 だけど、お前からは何もしない」 「……感情の、匂い? 何言ってるのかな?」 「お前はいつから感情がないんだ? 人間の時から? それとも鬼になってからか?」 初対面で何を根拠に言っているのかわからない。 しかしなぜか目の前の少年は、確信を持って言っている。 童磨の作られた笑みが、徐々に冷えて、冷酷な表情となっていく。 その巫女が息を吐き出すように、口から氷を吐き出す。 広範囲を凍結させる技で、防ぐことは困難だろう。 逃げないと死ぬが、少年の背後には虫の息の女がいる。 その瞬間、童磨が放った冷気が全て霧散した。 まるで太陽に当たって、氷が溶けるかのように。 「えっ……?」 そんな防がれ方をしたのは初めてだったので、童磨は一瞬固まってしまう。 そして少年を見ると、その姿が、何かを思い出させる。 (いや、俺はこの少年を知らない。 この記憶は……あの方の……?) 髪型も、その額にある痣も。 先程まで女の刀で淡い桃色をしていたはずが、今は炎に包まれたかのように真っ赤に染まっている。 その赫い日輪刀も。 無惨様が数百年前に見た、あの剣士の姿を思い出させる。 どれだけ強くても、童磨の血鬼術は呼吸を使う者に対して、有利で……。 天と地が逆転し、地面へ近づいている光景が映る。 察しが良い童磨は、もうすでに理解した。 (あっ……俺、頸斬られたんだ) 地面に頭が転がり、身体が倒れていくのが視界に入った。 (えー、なんか呆気ない。 死ぬときはもっと、上弦の弐らしく、柱の強い奴らに囲まれて死ぬと思ってたんだけど、まさかよくわからない少年に斬られるなんて。 しかも同族の鬼だし) 自分の身体が灰になるように消えて行き、残った頭が頸の辺りから消えていくのがわかる。 しかし、何も怖くない。 何も感じない。 (あーあ、やっぱりか……まあ特にやり残したことはないし、いいか。 それに……可愛い女の子も見れたしね) 最期に目にした光景は、自分が救おうとした女を抱き上げる、これまた可憐な少女だった。 真っ赤な日輪刀を持った……鬼。 一見では鬼とわからないが、しのぶほどの実力者ならその気配でわかる。 しかし、鬼である者が日輪刀を持ち、そして背後には姉であるカナエがいる。 明らかに、目の前の扇を持った鬼から、姉さんを守っていた。 なぜだか全くわからないが、その鬼が姉が話していた竈門炭治郎ということが理解できた。 赤が混じった黒髪を後ろで纏めて、横顔からは端正な顔立ちが見える。 相手の軽薄そうな笑みを浮かべた鬼を貫くように捉えている瞳は、鬼特有の縦長の瞳孔をしていたが、鬼のような薄っぺらい瞳はしていない。 その姿を見るだけで、今までの鬼とは違うと断定出来た。 (っ! 見えな、かった……!) いつの間にか軽薄そうな鬼のすぐ側に立っていて、その鬼の頸が斬れていた。 それをしのぶは目の当たりにして、固まってしまっていた。 しかしすぐに姉の苦しそうに咳き込む声が聞こえて、ハッとして姉に駆け寄った。 その第一歩を、しのぶは目撃したのだった。 次の話はこちらです。
次のその間、胡蝶カナエはお館様に連絡を取り、すぐに柱合会議が開かれることとなった。 カナエと義勇だけが炭治郎のことを知っているが、他の柱には伝えないようにとお館様は言った。 『彼が、どういう人間か。 柱のみんなが直接見て、判断して欲しいからね』 カナエと義勇が受け取った手紙には、こう書かれていた。 しかしカナエは、その前に妹のしのぶにだけは炭治郎のことを話してしまっていた。 それをお館様にお伝えしようと思ったのだが、カナエが貰った手紙の最後に。 『カナエ、この手紙が届く前までに喋った人にも、このことは伝えておいてね』 と書かれていたので、やはりお館様はなんでもお見通しのようだ。 そして、そのしのぶは……。 「絶対に!! 反対だわ!!」 「えー、しのぶー……」 姉のカナエが、鬼と友達になったというのに断固反対していた。 「人を喰わない鬼だとしても反対よ! そもそも、本当に人を喰わないのかもわからないじゃない!」 「本当に喰わないわよ。 冨岡くんと一緒にいたから、知ってると思うわ」 「冨岡さんなんてどうでもいいわ!」 その場に義勇がいたのなら、「心外!」とでも言うように目を見開いていただろう。 「炭治郎くんはまだ13歳で、可愛いのよ? それにすごい強いし!」 「そこ! 鬼になったばかりで人も喰ってないのに、なんで柱の姉さんと冨岡さんにおにごっこで勝てるのよ!」 しのぶの一番の疑問、不審に思う点はそこであった。 通常鬼は、人を喰らうほど力を増していく。 柱であるカナエと義勇に勝てる鬼など、下弦の月どころではない。 今まで100年間討伐されていない、上弦でないとそのような強さは持っていないだろう。 それなのに、数日前に鬼になったばかり? 人を喰わない? 太陽を克服した? そんな鬼、本当にいるのであれば鬼殺隊の最大の脅威でしかない。 「……姉さんと冨岡さんが、血鬼術にかかったってことはないの?」 「うーん、可能性としては非常に低いと思うけど」 まだ血鬼術で、幻覚を見せられたと言う方が納得出来る。 「今日、炭治郎くんがこの屋敷に来るから」 「えっ!? き、聞いてないわ、姉さん!」 「あら、言ってなかったかしら? じゃあ今言ったわ」 「姉さん……!」 ニコニコしながらそんなことを言うので、怒る気も失せてしまう。 「というかなんで今日来るのよ。 柱合会議は明日じゃないの?」 「前日に蝶屋敷に来た方がすぐにお館様のお屋敷に行けるじゃない? それに、しのぶとも炭治郎くんと仲良くなって欲しいし!」 「私は鬼と仲良くならないわよ!」 「しのぶ、怒ってばかりじゃダメよ。 私はしのぶの笑った顔が好きなんだから!」 「誰が怒らせてるのよ、誰が……」 何を言っても聞かない姉なので、もう諦めるしかない。 炭治郎という鬼が来るみたいだが、少しでもおかしな行動をしたら……。 (すぐに毒を打ち込んでやる……!) 蝶屋敷ではあまり帯刀していたくはないが、しょうがない。 自分の身を、そして蝶屋敷で働く皆を守るためだ。 夜になり、炭治郎と約束した場所があるので、カナエが一人で蝶屋敷を出てその場所へと向かう。 「うーん、しのぶも炭治郎くんと仲良くなって欲しいのに……まあ炭治郎くんは良い子だし、すぐ仲良くなれるわよね」 そんなことを思いながら、夜の道を歩いていく。 「こんばんは、素敵なお嬢さん。 今夜は月が綺麗だねー」 月が照らす小道の先に……女の身体の一部を喰らいながら歩いて来る、男の姿があった。 任務や見回りが入っていなくても、蝶屋敷ではやることが多い。 特にしのぶは蝶屋敷での仕事の他に、自身が使う毒を研究しないといけないのだ。 血を吐くような努力を重ね続け、ようやく鬼の頸が切れなくても殺せるようになった。 最近、しのぶは一人で下弦の鬼を殺した。 つまりそれだけ強い鬼にも、しのぶが作った毒は効くのだ。 だがそれでも、しのぶは毒の研究をやめない。 憎き鬼を、全て滅するまで。 (その鬼が……今からこの蝶屋敷に来るのよね……) カナエと義勇が会ったという、人を喰わない鬼。 今までそんな鬼、会ったことがない。 しかも柱のカナエや義勇よりも強いらしい。 カナエにも言ったが、まだ血鬼術に惑わされていると言われた方が納得出来る。 そんなことを考えながら、患者の世話を終えて研究室に行こうとした時……。 「……ん? 鎹鴉?」 蝶屋敷の上空に、鎹鴉が飛んで来るのが見えた。 (あれ、あの鴉……たしか、姉さんの……) 「カァー! 胡蝶カナエ! 上弦ノ弐ト戦闘中! スグ向カエー!」 それを聞いた瞬間、しのぶはいつも患者に言うことを忘れ、蝶屋敷の廊下を駆け抜けた。 「姉さん……!」 すでにしのぶも、柱に匹敵するほどの実力は持っている。 下弦の鬼を殺し、鬼を50体以上も殺していた。 だが柱という地位を欲しているわけではない。 今、柱は欠員がいないし、なれないなら別に構わない。 むしろ柱になれない方が、欠員が出ないということでいいのだ。 しのぶが柱になるときは、柱が年齢などの理由で引退するか……死ぬかしかないのだから。 (姉さん、やめてよ……! 私、姉さんの代わりに柱になるなんて、絶対に……!) 嫌な想像をしてしまう。 下弦をも殺せる柱が死ぬときなど、限られたことでしかない。 ほとんどが……上弦と遭遇し、殺されることである。 しかも今カナエが遭遇した相手は、上弦の弐。 鬼舞辻無惨を除いて、鬼の中で二番目に強いとされる鬼なのだ。 全力で走った時間は10分ほどだろうか。 いつもなら息一つ切れないが、今はなぜか呼吸が荒くなってしまっている。 相手が氷の血鬼術を使ってから、しばらく戦っていたら……攻撃を喰らってないにも関わらず、血を吐き出した。 「あはは、俺の血鬼術を吸っちゃったんだね。 可哀想に、今楽にしてあげるからね」 朗らかに笑いながら、近づいてくる上弦の弐・童磨。 対の鋭い扇を持っており、不覚にもお腹を斬られてしまい、もう思ったようには動けないだろう。 「大丈夫だよ、もう怖がらなくていいから。 俺が救ってあげる」 そう言いながら近づいてくるが、カナエはもう何も出来ない。 自分はここで死ぬ。 この鬼は強すぎる。 呼吸を使う鬼殺隊士にとって、この鬼の血鬼術は天敵である。 「じゃあね。 「っ!!」 童磨は凄まじい反射速度で攻撃を察知し、それを避けた。 それは、ただの拳だった。 鬼ならともかく、人間の拳。 武を習っている人間でもない、ただの拳の突き出しにもかかわらず……童磨は避けた。 避けていなければ、確実に頭部を破壊されていただろう。 「……誰だい? 君は」 突如現れた男は、まだ少年とも言える歳である。 いや……もうその者は、人間ではなかった。 「なんで鬼なのに、俺の邪魔をするのかな?」 「……」 「もしかして、君がこの子を狙ってたの? ダメだよ、俺がちゃんと救ってあげるんだから」 楽しそうに話す童磨を他所に、その少年のような鬼はカナエが落とした日輪刀を拾った。 そして、強く、強く握る。 「お前は、人ではないみたいだな」 「だって、鬼だからね」 何を当然のことを、というように返す童磨。 「違う。 俺は鬼に会ったことがあるが、その鬼でも感情の匂いは人間のようにあった。 だけど、お前からは何もしない」 「……感情の、匂い? 何言ってるのかな?」 「お前はいつから感情がないんだ? 人間の時から? それとも鬼になってからか?」 初対面で何を根拠に言っているのかわからない。 しかしなぜか目の前の少年は、確信を持って言っている。 童磨の作られた笑みが、徐々に冷えて、冷酷な表情となっていく。 その巫女が息を吐き出すように、口から氷を吐き出す。 広範囲を凍結させる技で、防ぐことは困難だろう。 逃げないと死ぬが、少年の背後には虫の息の女がいる。 その瞬間、童磨が放った冷気が全て霧散した。 まるで太陽に当たって、氷が溶けるかのように。 「えっ……?」 そんな防がれ方をしたのは初めてだったので、童磨は一瞬固まってしまう。 そして少年を見ると、その姿が、何かを思い出させる。 (いや、俺はこの少年を知らない。 この記憶は……あの方の……?) 髪型も、その額にある痣も。 先程まで女の刀で淡い桃色をしていたはずが、今は炎に包まれたかのように真っ赤に染まっている。 その赫い日輪刀も。 無惨様が数百年前に見た、あの剣士の姿を思い出させる。 どれだけ強くても、童磨の血鬼術は呼吸を使う者に対して、有利で……。 天と地が逆転し、地面へ近づいている光景が映る。 察しが良い童磨は、もうすでに理解した。 (あっ……俺、頸斬られたんだ) 地面に頭が転がり、身体が倒れていくのが視界に入った。 (えー、なんか呆気ない。 死ぬときはもっと、上弦の弐らしく、柱の強い奴らに囲まれて死ぬと思ってたんだけど、まさかよくわからない少年に斬られるなんて。 しかも同族の鬼だし) 自分の身体が灰になるように消えて行き、残った頭が頸の辺りから消えていくのがわかる。 しかし、何も怖くない。 何も感じない。 (あーあ、やっぱりか……まあ特にやり残したことはないし、いいか。 それに……可愛い女の子も見れたしね) 最期に目にした光景は、自分が救おうとした女を抱き上げる、これまた可憐な少女だった。 真っ赤な日輪刀を持った……鬼。 一見では鬼とわからないが、しのぶほどの実力者ならその気配でわかる。 しかし、鬼である者が日輪刀を持ち、そして背後には姉であるカナエがいる。 明らかに、目の前の扇を持った鬼から、姉さんを守っていた。 なぜだか全くわからないが、その鬼が姉が話していた竈門炭治郎ということが理解できた。 赤が混じった黒髪を後ろで纏めて、横顔からは端正な顔立ちが見える。 相手の軽薄そうな笑みを浮かべた鬼を貫くように捉えている瞳は、鬼特有の縦長の瞳孔をしていたが、鬼のような薄っぺらい瞳はしていない。 その姿を見るだけで、今までの鬼とは違うと断定出来た。 (っ! 見えな、かった……!) いつの間にか軽薄そうな鬼のすぐ側に立っていて、その鬼の頸が斬れていた。 それをしのぶは目の当たりにして、固まってしまっていた。 しかしすぐに姉の苦しそうに咳き込む声が聞こえて、ハッとして姉に駆け寄った。 その第一歩を、しのぶは目撃したのだった。 次の話はこちらです。
次の「おい伊之助そんなに引っ張るな!列が崩れるだろ!ねー禰豆子ちゃん!」 「おい紋逸てめーもっと早く動きやがれ!」 青く澄んだ空の下、裏庭から聞き覚えのある声が響き渡る。 朝食を終えた後、しばらく打ち込みをしていたカナヲは、その声がするまで太陽がてっぺんに昇っていたことに気が付かなかった。 随分夢中になってしまっていたようだ、と自身の集中力に少し驚く。 そして続けて聞こえてきた「喧嘩はよすんだ!」という高らかな声に、ようやく裏庭からだと気付いた。 「あ、カナヲー!ずっと打ち込みしてたのか?お疲れ様!」 赤みがかった瞳を細め、お日様のような笑顔を向けられ思わずドキリとする。 久しぶりー!と、ブンブンと大袈裟に手を振りながら駆け寄ってくる様に、カナヲは戸惑いながらも控えめに手を振り返すが、彼の言葉に疑問を抱く。 今日初めて会う炭治郎には、もちろん打ち込みするとは話してない。 何故知ってるのだろう。 それに気付いた炭治郎は笑いながら自身の鼻を指さした。 そうか、匂いで分かったのか…… 人一倍鼻の良い炭治郎のことだ。 長いこと振っていたために、手に染み付いた木刀の匂いでも嗅ぎとったのだろう。 それとも、汗の匂いがひどかったのだろうか。 「おい炭治郎。 女の子の匂い嗅ぐなんてとんでもねえな!見ろカナヲちゃんも引いてるだろ!真っ青になってるぞ!」 「……っは!すまないカナヲ!つい…!別に下心があって嗅いだわけではないんだ!」 いつの間にか炭治郎の隣で、善逸が自分のことを棚に上げて説教を垂れていたが、今はそれどころではない。 汗臭いと思われていないだろうかと心配するが、その感情も匂いで感じ取ったのか「大丈夫だカナヲはいつも良い匂いがするぞ!…あー!また嗅いでしまった!」と、正直者の炭治郎があたふたする。 本人はフォローしたつもりだろうが、既に恥ずかしさでいっぱいだったカナヲは追い討ちをかけられ、とうとう俯いてしまった。 「おい!いつまで話してんだ。 早く続きするぞ!」 「ムッ、ムー!」 少し離れたところで痺れを切らしたように猪の被り物をした少年、伊之助が両手の拳を突き上げている。 その隣では真似するかのように禰豆子も拳を掲げていた。 「ごめんねえええ~禰豆子ちゃん!さあ続きしようねえ〜!次は俺が鬼かな?なんなら夫かな?結婚する?」 すぐさま善逸は締まりのない顔で駆け寄って行ったが、「何訳のわかんねえこと言ってんだ気持ち悪りぃな。 次は俺が鬼だ」と伊之助に蹴っ飛ばされていた。 もちろん、その次には予想通りの汚い高音が響き渡る。 一連のやり取りを眺めていたカナヲは、「あの人達ほんっと騒がしい!訓練中もぎゃーぎゃーうるさくて耳がおかしくなりそう!」といつか聞いたアオイの愚痴を思い出す。 あの時はまだあまりそういう感情がなかったがために、黙って聞いていただけだったが、今なら全力で賛同できる。 心の中ではそう思うカナヲであったが、相変わらず黙ったままだ。 しかしその様子を隣で見てた炭治郎は、嬉しそうに微笑む。 それこそ口数は少ないが、僅かながらも確かに表情一つ一つが豊かになった。 鼻の利く炭治郎は、様々な感情の匂いが出てきたのも嬉しかった。 そんなカナヲの変化に、自分が影響していたとは知らずに。 「そうだ!カナヲも一緒に遊ぼう!皆でことろことろをしてたんだ」 思い付いたように手を引く炭治郎だが、カナヲは不思議そうに首を傾げる。 それに気付いた炭治郎は拍子抜けしたように足を止める。 「あれ、ことろことろって知らないか?ほら、皆で列になって、鬼から逃げる童遊びだよ」 それを聞いても、カナヲにはピンとこなかった。 鬼ごっことは違うのだろうか。 それなら機能回復訓練の一環としてやったことがある。 しかし列を作るあたり、やはり少し違うようだ。 「うちは兄妹がいるから、よくやってたんだ。 懐かしいなあ。 カナヲは?家族とやったことある?」 柔らかな笑みを浮かべながら問う炭治郎の言葉に、思わず息が止まった。 そうか、私が知らないのは、家族と遊んだことがないからなのか。 毎日毎日親の暴力に蹲るばかりで、たくさんいたはずの兄妹とも遊ぶことなんてなかった。 打ちどころに気をつける日々で、童遊びというものすら知らなかった。 最近は薄れかけていた記憶が再び蘇る。 毎日髪を洗って、清潔な服を着て、心の声が大きくなったって、忌まわしい過去は変えられないのだ。 私は普通の女の子とは違う。 好きだと感じていた炭治郎の笑顔が、今は眩しすぎるくらいに遠く感じた。 「どうしたんだカナヲ?ことろことろじゃつまらないか?他の童遊びが良いかな?」 そんな様子に気付いたのか、炭治郎が慌てて顔色を伺う。 こんな太陽のような人に、こんな暗い思い知られたくない。 きっと憐れまれる。 家族に恵まれ、愛に溢れていた幼少期を過ごしたであろう炭治郎が、途端に自分とは正反対に思えてきて、それが何とも惨めで、恥ずかしくて。 「……やらない」 そう一言だけ言い残し、裏庭を後にした。 炭治郎は何か言いたげだったが、その隙も与えぬよう早歩きで屋敷に戻った。 せっかく誘ってくれたのに、嫌な断り方をしてしまった。 これが罪悪感というものなのかな、と初めての感情に心臓が重い。 宛もなく屋敷の廊下を歩いていたが、とうとうしゃがみこんでしまった。 どうしたら良かった? 知らないなんて言ったら変だと思われる? やったことないなんて言ったら誘ってもらえなくなる? どうしたら____ 気付くと無意識にポケットの銅貨を握りしめていた。 やはり私は、何事も銅貨を投げ続けないとダメなのだろうか。 未だに自分では上手な判断ができないのだろうか。 心の声には従わない方が良いのだろうか。 そんな思考回路でいっぱいだったカナヲは、声をかけられるまで目の前の人に気が付かなかった。 「カナヲ?どうしたんですそんな所でうずくまって。 具合が悪いの?」 「師範……」 珍しく驚いている様子のしのぶが、カナヲの背中に手を回す。 「大丈夫です」と小さな声で返すが、「顔色が悪いですよ何があったんです」と引き下がらない。 中々訳を話さないカナヲに、いつも笑みを浮かべているしのぶが眉をしかめる。 …………昔のしのぶ姉さんみたい。 ふと蘇る懐かしい記憶に、思わず、その羽織にすがってしまった。 「なるほど、そんなことが」 久しぶりに入ったしのぶの部屋で、カナヲは出されたラムネを飲んだ。 昼間の出来事を途切れ途切れに話し出すカナヲに、しのぶは優しく頷きながら聞いていた。 「ことろことろかあ。 懐かしいわ、私もよく両親と姉さんと遊んだものです」 姉さんはすぐ捕まるのよ、と同じくラムネを飲みながらしのぶは微笑みながら言った。 それは炭治郎と同じく、どこの家にもある、ごく普通の日常だったのだろう。 「それで?カナヲはどうしたかったの?」 優しく語りかけるかのように聞かれるが、すぐには答えが出せなかった。 「……皆楽しそうで、やってみたかったです。 でも……知らないから、やったこと、なかったから……」 口下手だからアオイみたいにハキハキ話せないし、なほ達みたいに素直で愛らしくもない。 少し前まではそんな思いしてなかったのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。 炭治郎の一言で、すっかり変わってしまったようだ。 「……私、前より、精神力が弱くなったみたいです」 何も感じてなかった日々は、どう過ごしていたのかと思い出せないくらいに、感情一つ一つに悩まされる毎日だ。 「おかしな子ですね。 どうして落ち込むんです?」 そんな一方、しのぶはふふっ、と笑い出していた。 そして目を細めて、嬉しそうに言葉を紡ぐ。 「カナヲが最近感情を表に出すようになってきて、私は嬉しいのですよ。 それは皆も同じ思いです。 大切なのは過去にとらわれる事ではなく、これからは自分がどうしたいか。 そんな難しく考えなくて大丈夫ですよ」 人は心が原動力、なのでしょう?と悪戯っぽく微笑んだ。 ああ、そうか。 精神力が弱くなったのではない。 人間らしくなったということなのか。 何も感じない日々は、悲しむことも悩むこともないが、喜びで満ち溢れることや、感動に震えることもなかった。 そう気付いたら自身があれほど頭を悩ませていた葛藤も、嫌なものには思えなかった。 「……ありがとうございます、師範」 何よりも、しのぶとラムネを飲みながら悩みを話せることが嬉しかった。 鬼のことでもなく、稽古のことでもなく、他人からしたらどうでも良さそうな悩みを話し合う普通の姉妹のようで。 「いいえ、礼には及びませんよ。 またお話しましょう」 しのぶも同じことを思ったのか、嬉しそうにラムネを飲み干した。 カナヲはそわそわと蝶屋敷の廊下を歩いていた。 なほ達に聞けば、今日も炭治郎達は昼の稽古後、裏庭で遊んでいるらしい。 昨日のことを謝ろうと足を向けるが、中々勇気も出ない。 しかし、昨日のしのぶの言葉を思い出し、自身を奮い立たせた。 意を決し裏庭へ行けば、そこには予想通り炭治郎達の姿があった。 「あ、カナヲ!おーい!」 鼻の良い炭治郎はすぐに気付き、駆け寄ってきた。 「昨日はすまなかった、嫌がってるのに気付かず、無理に誘ったりして。 打ち込みもして疲れていただろうに」 本当にごめん!と深々と頭を下げられ、予想外の出来事にカナヲは慌てたが、ぶんぶんと首を横に振る。 「違うの、嫌だったわけじゃなくて、その……、やり方が分からなくて……」 思っていた反応と違ったのか、炭治郎は拍子抜けしたように口を開けていた。 「……だから、教えて欲しい。 一緒に遊びたい、から……。 やり方、教えて」 俯きながら小さな声で言えば、相変わらず炭治郎はポカンと立っているままだ。 痺れを切らしチラ、と上目で様子を伺えば、徐々に顔が綻んでいるのが分かった。 「……うん、そうだな。 うん!俺が教えるよ!」 ついにはいつも以上の、とびきりの笑顔で手を握ってきた。 「だからカナヲも教えてくれ。 俺、もっとカナヲのこと知りたいんだ」 貴方のことを知りたい。 そんな甘いセリフを手を取りながらこの笑顔で言うもんだから、カナヲは真っ赤な顔で頷くしかなかった。 こいつとんでもねえよ!といつかの善逸の言葉を思い出す。 本当に、とんでもない男だ。 お日様の光は鬼だけでなく、私の淀んでいた心も灰のように消してしまうらしい。 「おい!いつまでそうしてんだ早くやるぞ!めんつゆハナヲ!おめーもだ!」 どこからか突然急かすような低音が聞こえ、振り向くと伊之助、善逸、禰豆子の3人がそこに立っていた。 「おめーやり方分かんねえんだろ?俺様が教えてやるよ!ハン!全く世話のかかる子分だぜ」 「伊之助だって最近覚えたばっかりでしょ」 自分も知らなかったくせに偉そうだな、と善逸が隣で突っ込むと、「うるせー!お前だってやったことなかっただろ!」と喧嘩になっていた。 「伊之助は山で1人で暮らしてたからな、最近俺が教えてから遊ぶようになったんだ。 善逸もやったことなかったらしいぞ!やり方は知ってたけど、一緒に遊ぶ人がいなかったらしい」 「うおい!てめー何サラッと俺の黒歴史晒しとんじゃ!確かに家族も友達もいなかったけどさ!頭の中では可愛い女の子と童遊びするのに忙しかったわ!あー楽しかったな!やだ何でそんな目で見るの!やめて!禰豆子ちゃんまでそんな目で俺を見ないでよ!やめてええええ!」 今日も蝶屋敷の昼下がりは、汚い高音が響き渡る。 なんだ、私だけじゃなかったんだ。 なんだ、なんだ。 拍子抜けしたような、安心したような。 これまたよく分からない感情に息を吐いた。 「あー!見つけたわよ伊之助さん!あなたまたお客様用に取っておいたおかき食べたわね!今日こそは許さないんだから!」 「棚にしまってあった饅頭もなくなってますー!」 「羊羹もないですー!」 「きっと善逸さんですー!」 バタバタと駆け寄る音に続け、アオイ、なほ、きよ、すみの声も聞こえてきた。 途端に焦り出す伊之助と善逸は、いつの間にか仲良く並んで逃げ回っていた。 「あらあら、随分騒がしいですね」 ふわり、と蝶が舞い降りようにしのぶも姿を見せる。 今日は任務も、急患の治療もないようだ。 「伊之助達が勝手にお菓子を食べてすみません!はあ、折角カナヲも混ぜてことろことろで遊ぼうと思ったのに」 炭治郎は文字通りその硬そうな頭を抱え、ため息をついている。 「あら、私も混ぜて下さいな。 良ければアオイ達も」 にこにこと楽しそうに提案するしのぶに、名を挙げられたアオイ達は足を止めた。 「えっ、しのぶ様、私達も?」 やったー!やりたいですー!とはしゃぐなほ達3人とは裏腹に、真面目なアオイは怪訝そうだ。 無論、炭治郎は「もちろん良いですよ!楽しくなりそうですね!」としのぶに笑顔で応えているし、禰豆子も皆で遊べるのが嬉しいのか、やる気に満ち溢れている。 伊之助と善逸はぜーはーと座り込んでいるが。 「でも私は仕事もありますし……」 「少しくらい良いではないですか。 気晴らしも必要です」 「「「そうですよ!アオイさんもやりましょー!」」」 「……私も、アオイと遊びたい……」 尊敬するしのぶの提案や、手を引いて一緒に遊ぼうとせがむなほ達。 珍しくわがままを言うカナヲに、アオイが頷くのに時間はかからなかった。 「よっしゃー!じゃあアオコが鬼だ!あいつすぐ追いかけてきやがるからな!」 「あなたが言うこと聞かなくて逃げるからでしょう!?それと私はアオイです!」 「禰豆子ちゃんは俺と一緒に逃げようね~!」 「ム?ムー、ムム」 「「「善逸さんやめて下さい!禰豆子さんが困ってます!」」」 「カナヲも早く行こう!しのぶさんも!」 こっちこっち、と楽しそうに手を招く炭治郎に、カナヲはうん、と微笑む。 皆の後ろ姿を見ていたら、何故だか鼻の奥がツンとした。 それを隣にいたしのぶも、泣きたくなるような、このうえなく嬉しそうな表情で、カナヲの横顔を見ていた。 この顔、姉さんにも見せたかったわ、と心の中で呟いた。 そして、カナヲの背中を優しく叩く。 「ほら、大丈夫だと言ったでしょう?」 だってカナヲは可愛いもの、としのぶは笑った。 理屈になってない、といつかの言葉を思い出し、カナヲもつられて笑った。 「さ!私達も参加しますよ、伊之助くんと善逸くんには容赦しなくて良いですからね」 「はい、師範」 「ぎゃー!何かすごい音する!蝶屋敷の人達の怒ってる音がすごい聴こえる!いやああああ!」 「肌に殺気をビリビリ感じるぜ……」 まだ始まってもないのに逃げ惑う善逸と、炭治郎の背中に隠れる伊之助。 何度も見たであろう光景だが、今日は何だか愛おしく感じた。 いつもポケットに入れていたはずの銅貨も、今は宝箱に閉まってある。 前を走るしのぶの姿と重なり、羽織をなびかせる長い黒髪が見えるのは、視界が滲んだせいだろうか。 姉さんも、ありがとう、と心の中でカナヲは呟く。 それに応えるかのように、蝶屋敷に咲いている花が揺らいだ。 end.
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