Q: 主治医にリチウムから非定型抗精神病薬に変更するよう勧められたのですが… 私は双極 I型障害で通院しています。 リチウム、バルプロ酸を中心に服用していますが、ここ数年は一度も再発していません。 通院が大変なので、最近、大学病院から近くのクリニックに転院したところ、「リーマス、デパケンの処方量が多すぎる。 アメリカの雑誌を読むと非定型抗精神病薬による治療が中心になっている。 ついては、いずれは非定型抗精神病薬のみの治療に変更していきたい」と言われました。 先生なりにいろいろ調べてくださっていて、より副作用が少なく、投与量を少なくしてくださろうという熱意はよくわかるのですが、私としては治療方針の大転換になるので何となしに不安です。 確かに今は1日10錠ほど飲みますし、飲み忘れることもしばしばあります。 しかし指の振戦以外にこれといった副作用もないので、無理に新しい治療にしなくとも、躁うつ病に確たる有効性がある今の処方の方がよいようにも思います。 アメリカなどでは主流になりつつあるという非定型抗精神病薬の治療法が日本でどの程度有効なのか、果たしてこの治療方針でいけるのか? 先生のご意見を教えてください。 A: なるほど、ちょっと困りましたね。 この問題はいずれホームページでもきちんと取り上げたいと思っていましたので、この機会に少し書いてみたいと思います。 結論から言うと、今も双極性障害の予防療法における第一選択薬であるリチウムを、効果がでているのに変更する必要はないと思います。 確かに、リチウムより非定型抗精神病薬の方が予防効果が高いことを示す研究結果も報告されています。 しかし、これらは、非定型抗精神病薬の効果を最大限にするように最適化された臨床試験ですので、リチウムと非定型抗精神病薬を比較することは難しいと思います。 もちろん、予防効果が不十分である場合や、副作用で非常に困っている場合には、非定型抗精神病薬を試してみる価値があると思います。 最新の文献を調べたり、学会に参加すると、新薬を推奨する内容ばかりに遭遇するので、主治医の先生が勉強した結果、新薬に変えた方が良いと思ったのは理解できます。 しかし、やはり今の処方で落ち着いている場合には、今の薬を続けた方がよいと思います。 以下に、問題点をいくつか記したいと思います。 1) 新薬情報についてのメディア・リテラシーの問題 昨今、学会では「サテライトシンポジウム」「ランチョンセミナー」などの形で、製薬会社が資金援助した企画が多く行われています。 学会側としては、スポンサーになってもらうことで、学会運営費を援助してもらえるというメリットがあり、製薬会社側としては効率よい宣伝方法となっています。 学会だけでなく、論文になるような研究についても、製薬会社が研究費を援助していることがしばしばあります。 それどころか、米国における治療ガイドラインの作成、出版に際しても製薬会社による資金援助が行われたと聞きました。 このように、製薬会社による宣伝活動と学術的な情報との境界は、ますます曖昧になっているのが現状です。 製薬会社に援助を受けることが学術論文の内容に影響するのか、について調べた研究論文も報告されており Nature, 440: 270-272, 2006 、製薬会社の研究費を得た臨床試験論文では、そうでない研究に比べ、治療効果を支持する結果が多く報告されていることがわかりました Als-Nielsen B et al, JAMA 290, 921-928, 2003。 また、治療効果を支持する結果を示した論文と、支持しない結果を示した論文では、治療効果を支持しない結果を報告した論文の方が、臨床試験終了後から論文出版までの時間が長い Decullier E, et al, BMJ 331:19 、といったデーターも報告されています。 このように、論文発表される内容、学会で発表される内容も、製薬会社の意向の影響を受けたものになっている場合があることは、今や決して否定できません。 さて、双極性障害の情報に関してはどのような状況になっているでしょうか? リチウムは古くからある薬である上、一般的な化学物質なので、特許も取れません。 すなわち、リチウムを売って大きな利潤を上げている会社はない訳です。 一方、非定型抗精神病薬はどうでしょうか? これらは新たに開発された薬であり、製薬会社が特許を持ち、大々的に販売しています。 製薬会社としては、多額の開発費を投入して開発した以上、その開発費を取り返さないといけないわけですから、懸命に宣伝活動を行い、その中には、学会のサポート、研究費援助なども含まれるわけです。 それでは、一体どうしたらよいのでしょうか。 私は製薬会社の宣伝活動自体に文句をつけても仕方がないと思います。 新薬開発は、何十万、何百万の物質の中で、薬として使えるたった一つの物質を探し出すという、巨額の開発費のかかるギャンブルのようなものです。 企業である以上、やっと薬が開発できたら、それを売って利潤をあげないといけないのは当然のことです。 むしろ、問題は、こうした情報を受け取る医師の側にあると考えるべきでしょう。 医師としては、学会発表や論文を読む際にも、それらの背景に目を配りながら勉強しないといけない、ということになります。 最近よく言われる、「メディア・リテラシー」と同じようなものです。 リテラシーとは『読み書き能力』のことで、マスコミの発表内容について、その情報の背景などにも注意を払いながら注意して読み解く能力、というような意味です。 最近では、論文の最後に、「 conflict of interest ( interestは利益、 conflictは葛藤です) 」という項目が書いてある場合も多くなってきました。 その論文の内容に利害関係のある製薬会社などからの資金援助の有無などが書かれています。 論文一つ読むにも、こうしたことを注意しなければならないという訳です。 今ご覧いただいているホームページは、他の Webページに比べるとどう見ても見劣りのする、まことに無骨なものです。 2) リチウム、バルプロ酸の服用量の問題 さて、リチウム、バルプロ酸の量が多すぎる、と言われたとのことですが、ここにはいくつかの可能性があります。 まず、血中濃度を測る際に、きちんと朝の薬を抜いて、最低値を測っているでしょうか? これは当然のことなのですが、朝の服薬後に採血をして測定した値を見て、「血中濃度が高すぎる」と仰る先生もおられるようなので、要注意です。 次に、バルプロ酸の投与量と血中濃度の関係は、ちょっと変わっている点に注意が必要です。 服用量を倍にすると血中濃度が倍になると何となく考えてしまいますが、バルプロ酸は、ある濃度を超えると、血中濃度がだんだんあがりにくくなってきます。 そのため、血中濃度を測定しながらちょうど良いところを目指すと、 1600mgとか、結構多めの量になってしまいます。 これまで、保険診療ではバルプロ酸血中濃度が測れなかったこともあり、開業医の先生方の中には、 600mg〜 800mg程度(あるいはもっと少量)の無難な量を使われる先生も多かったと思います。 最近、躁うつ病の病名で血中濃度を測定することが保険診療として認められましたので、今後は血中濃度を目安とした服用量設定が可能になり、こうした誤解は解けていくと思います。 374名の躁病患者で、バルプロ酸群を血中濃度で 6群とプラセボ群の計 7群に分け、血中濃度と治療効果の関係を調べると、プラセボに比べて有意差が見られたのは 71. 4-85. また、高濃度グループ( 94. 1-107. (なお、前項の関係で記しますと、この論文の foot noteには、「 Study sponsored by Abbott Laboratories」 [Abbottはバルプロ酸を販売している製薬会社 ]とあります。 ) その他、リチウム中毒は重症なので、医師としては、副作用で大変なことになるより、病気が悪くて再発する方がまし、という感覚があることも否定できないでしょう。 副作用で訴えられたら大変ですから…。 ちょっとうがった見方かもしれませんが、大学病院に比べ、開業医の先生方の方がリチウムの投与量が少なめになるのは、そんな事情もあるような気がします。
次のデパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)は気分安定薬という種類のお薬になります。 気分安定薬は、主に気分の波を安定させるはたらきがあります。 具体的には双極性障害(躁うつ病)の治療に用いられ、気分の高揚を抑えたり、気分の落ち込みを持ち上げたりする作用が確認されています。 デパケンは双極性障害を始め、うつ病で補助的に用いられたり、認知症の方の興奮に用いられることもあり、精神科で幅広く用いられています。 また、その他もデパケンは様々な作用を持つお薬で、抗てんかん薬(てんかんを抑える)、偏頭痛の治療薬としても使われています。 様々な場面で使用できるデパケンですが、多くの場面で使うからこそ副作用には注意しなくてはいけません。 今日はデパケンの副作用やその対処法について紹介していきます。 1.デパケンの副作用の特徴 デパケンの副作用にはどのような特徴があるのでしょうか。 全体的に見ればデパケンは安全性が高く、適正に使っていれば副作用で困るケースは多くはありません。 デパケンは独特の作用機序を持つお薬で、同系統のお薬というのは他にありません。 精神科領域では主に気分安定薬(気分の波を抑えるお薬)として双極性障害に使われたり、興奮を抑えるために使われたりします。 同じ気分安定薬に属するものとしては、• リーマス(炭酸リチウム)• ラミクタール(ラモトリギン)• テグレトール(カルバマゼピン) などがあります。 しかしこれらは同じ気分安定薬に属してはいるものの、いずれも作用機序がそれぞれ異なります。 そのため、単純にこれらの副作用を比較することは出来ません。 気分安定薬の中でもリーマスやテグレトールは血中濃度が高くなりすぎてしまうと中毒域に入ってしまい危険な副作用が生じることがあります。 そのためこれらのお薬は定期的に血液検査をし、血中濃度が高くなりすぎていないか見ていかなければいけません。 また風邪などで脱水になったり、食事・水分が十分に取れない時というのは中毒域に達しやすいため注意が必要になります。 デパケンも血中濃度が高くなりすぎれば危険なのは同じですが、リーマスやテグレトールと比べると中毒域には入りにくいお薬になります。 そのため比較的安全に使用することが出来ます。 デパケンの副作用は大きく分けると、• 肝臓への副作用、高アンモニア血症• 胃腸への副作用• 精神への副作用• 血液への副作用• 皮膚への副作用 の5つに分けることができます(細かい副作用を挙げればこれ以外もありますが、代表的なものを挙げています)。 またデパケンは妊婦の方は「催奇形性」という副作用のため使用することが出来ません。 これは妊婦さんがデパケンを服用していると、それが赤ちゃんに達してしまい、赤ちゃんに奇形が発生してしまう可能性が高くなるということです。 デパケンと催奇形性については「」で詳しくお話していますのでこちらをご覧ください。 2.デパケンで生じる各副作用と対処法 デパケンで生じる副作用とその対応法について紹介します。 代表的な副作用として、• 肝臓への副作用、高アンモニア血症• 胃腸への副作用• 精神への副作用• 血液への副作用• 皮膚への副作用 の5つについて詳しく紹介し、副作用が生じてしまった時の対処法も考えてみます。 そのため肝機能障害が生じることがあります。 デパケンは体内で分解されて4-en-VPAという物質が作られますが、4-en-VPAは毒性が高いことが知られています。 これが肝機能障害の原因なのではないかと推測されています。 ちなみに妊娠中の女性がデパケンを服用すると赤ちゃんに奇形が生じやすくなってしまうのも、この4-en-VPAが関与していると考えられています。 肝機能障害の多くは軽度にとどまります。 このような肝機能障害は軽度であるため、血液検査で発見され、適切に評価されていれば問題となることはほとんどありません。 デパケンによる肝機能障害が発見された場合、基本的にはデパケンの減量を行います。 またデパケンは相互作用するお薬が多いため、他に服薬しているお薬がデパケンの効きに影響を与えていないかもチェックする必要もあります。 例えばデパケンの血中濃度を高めてしまうお薬が併用されていたら、肝機能障害も生じやすくなるからです。 ただしデパケンで肝機能障害が生じていても、その程度が軽度であってデパケン継続のメリットが高いと判断される場合は、こまめな血液検査を続けながら慎重にそのままデパケンを継続することもあります。 このようにデパケンで生じる肝機能障害は軽症であることがほとんどですが、稀に重篤な肝障害が生じてしまうこともあります。 デパケンで重篤な肝機能障害を生じるのは、• 小さい子(2歳以下)• デパケンの服用を始めたばかりの方• たくさんのお薬を飲んでいる方• 精神遅滞・自閉症スペクトラム障害などがある方 に多いことが報告されています。 そのためこれらに該当する方でデパケンを使用する場合は、より慎重に少量から開始したり、最初は血液検査を細めに行うなどの対処法が必要になるでしょう。 また急激に肝臓がダメージを受けると、• 倦怠感• 黄疸(身体が黄色くなる)• 褐色尿(尿の色が濃くなる)• 吐き気 などの症状が出現します。 デパケンを服用してからこれらの症状を認める場合はなるべく早く主治医に相談するようにしましょう。 またデパケンの注意すべき副作用として、高アンモニア血症があります。 これは体内に「アンモニア」という有害物質が溜まってしまう副作用です。 アンモニアが高値になると意識レベルが低下して昏睡状態になったり嘔吐が出現したりし、危険な副作用になります。 これはデパケンが肝臓にダメージを与えてしまうことが一因です。 アンモニアは肝臓によって解毒されるため、肝臓が障害されるとアンモニアが解毒されにくくなるからです。 また、それとは別にデパケンが「尿素サイクル」という回路のはたらきを悪くしてしまう事も高アンモニア血症が生じる一因だと考えられています。 尿素サイクルはアンモニアを無害な尿素に解毒する回路で、デパケンはこの回路に必要なカルニチンを減少させてしまうため、アンモニアが体内に溜まりやすくなるのです。 高アンモニア血症は軽度であれば自覚症状も乏しく、そのまま様子を見ることもあります。 しかしどんどんと上昇を続けるような場合はデパケンの減量を行う必要がありあす。 高アンモニア血症が高度である場合は、デパケンの減量に加えて、• エルカルチン(L-カルニチン)の投与• タンパク質制限• アルギU(アルギニン)の投与• モニラック(ラクツロース)の投与 などが行われます。 エルカルチンは尿路サイクルを回すのに必要なカルニチンを投与するという方法です。 デパケンはカルニチンを減少させるため、カルニチンの投与はアンモニアを減少させてくれます。 またアンモニアはタンパク質(アミノ酸)が分解されて作られるため、アンモニアが高い時にはタンパク質の摂取量は制限する必要があります。 アルギニンはアミノ酸の一種で、アンモニアの分解を促進させるはたらきがあります。 ラクツロースは腸管からのアンモニアの吸収を抑えるはたらきがある他、腸内細菌に作用して腸内細菌がアンモニアを産生しないようにします。 具体的には、• 食欲増加・低下• 体重増加• 吐き気・嘔吐• 下痢・便秘 などです。 デパケンはこのような胃腸障害を認め、特に服薬初期で認めやすい傾向があります。 症状の程度が軽ければそのまま様子をみることも少なくありません。 特にまだ服薬して日が浅いのであれば、服薬を続けることで徐々にこれらの副作用の程度が軽くなることもあるからです。 程度が重い場合は、デパケンの減量になります。 また「デパケン」を服用している場合は、徐放製剤(ゆっくり効くお薬)である「デパケンR」に変更するとこれらの副作用の頻度が少なくなります。 また体重増加に関しては、先ほども紹介した「エルカルチン(L-カルニチン)」が体重増加を抑える効果も報告されており、状況によっては検討されることもあります。 ちなみに副作用ではないのですが、デパケンRを服用していると稀にこの粒が便から出てくることがあります。 これを経験した患者さんはびっくりして「デパケンが吸収されていないのではないか」と心配されます。 しかしこの場合もデパケンRの成分はしっかりと体内に吸収されていますので心配いりません。 デパケンRは構造上、中身だけが吸収され、その側の殻がそのまま排泄されることがあるのです。 そのため副作用にも精神症状が生じることがあります。 精神症状として多いのは、• ふらつき になります。 これはデパケンが双極性障害の躁状態を改善させることからも分かるように、脳の興奮を抑える作用があるためです。 デパケンの眠気については「」で詳しく説明しています。 基本的にはデパケンの減量になります。 また「デパケン」を服用している場合は徐放製剤である「デパケンR」に変更することで眠気の頻度を抑えることができます。 デパケンで眠気が生じた時に気を付けて頂きたいことは、異常な眠気であればそれは前述の高アンモニア血症に伴うものである可能性があるということです。 眠気の程度があまりにひどく「昏睡」などに至っている場合、それ以外にも嘔吐などの症状を伴う場合は早めに主治医に相談しましょう。 その頻度は多くはありませんが、注意すべき副作用の1つになります。 具体的には「出血しやすくなる」ことがあり、鼻出血、吐血、紫斑などが認められることがあります。 以前より血が出やすくなるため「ちょっとぶつけただけで出血するようになった」と感じることもあります。 これはデパケンが血小板やフィブリノーゲンといった血を止めるはたらきを持つ物質のはたらきを弱めてしまうからです。 特に高用量のデパケンを服用しているケースで多く認められるため、高用量のデパケンを服用している方は定期的に血小板数のチェックを行う必要があります。 血小板減少が減少していても、軽度であればそのまま様子をみることもあります。 血小板の正常値はおおよそ15~45万ですが、その範囲内の減少であれば様子をみても良いでしょう。 しかし血小板数が10万を切るようなら対策が必要です。 血小板が10万を切るとちょっとした刺激で出血しやすくなることがあります。 更に5万を切ると何もなくても出血してしまうという事があり、早急な対策が必要となります。 このような場合は早急にデパケンを中止する必要があります。 その内容としては、• 皮膚炎• 脱毛・毛髪変化 などがあります。 たまに経験するのが「脱毛」や「髪質の変化」です。 患者さんから「最近、髪の毛がよく抜けるんです」と言われることがあります。 これは非常に難しいところで、デパケンを服薬している方は大抵精神ストレスがある方ですから、そのストレスで脱毛が生じている可能性も否定できません。 しかしデパケンを始めてから明らかに脱毛量が増えているような場合は、デパケンが原因であると考えます。 また「髪質が変化した」という訴えも稀ですが、あります。 これはストレスで変わるわけありませんので、デパケンの副作用だと考えます。 なぜこのような副作用が生じるのかは不思議なのですが、デパケンによって髪質が変化するという事があるのです。 具体的には直毛の方が縮毛になったり、その反対もあります。 頻度の多い副作用ではないのですが、デパケンを服用していてこのような毛髪変化が生じた場合はまずデパケンの副作用だと考えてよいでしょう。 ちなみに服用を中止すれば髪質は元に戻ります。 頻度は極めて稀ですが、重篤な皮膚への副作用として、• 中毒性表皮壊死融解症(TEN)• Stevens Johnson症候群(SJS) などがあります。 これらは重篤な発疹が全身に出現する副作用であり、早急なデパケンを中止し、入院による加療が必要となります。
次のデパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)は気分安定薬という種類のお薬になります。 気分安定薬は、主に気分の波を安定させるはたらきがあります。 具体的には双極性障害(躁うつ病)の治療に用いられ、気分の高揚を抑えたり、気分の落ち込みを持ち上げたりする作用が確認されています。 デパケンは双極性障害を始め、うつ病で補助的に用いられたり、認知症の方の興奮に用いられることもあり、精神科で幅広く用いられています。 また、その他もデパケンは様々な作用を持つお薬で、抗てんかん薬(てんかんを抑える)、偏頭痛の治療薬としても使われています。 様々な場面で使用できるデパケンですが、多くの場面で使うからこそ副作用には注意しなくてはいけません。 今日はデパケンの副作用やその対処法について紹介していきます。 1.デパケンの副作用の特徴 デパケンの副作用にはどのような特徴があるのでしょうか。 全体的に見ればデパケンは安全性が高く、適正に使っていれば副作用で困るケースは多くはありません。 デパケンは独特の作用機序を持つお薬で、同系統のお薬というのは他にありません。 精神科領域では主に気分安定薬(気分の波を抑えるお薬)として双極性障害に使われたり、興奮を抑えるために使われたりします。 同じ気分安定薬に属するものとしては、• リーマス(炭酸リチウム)• ラミクタール(ラモトリギン)• テグレトール(カルバマゼピン) などがあります。 しかしこれらは同じ気分安定薬に属してはいるものの、いずれも作用機序がそれぞれ異なります。 そのため、単純にこれらの副作用を比較することは出来ません。 気分安定薬の中でもリーマスやテグレトールは血中濃度が高くなりすぎてしまうと中毒域に入ってしまい危険な副作用が生じることがあります。 そのためこれらのお薬は定期的に血液検査をし、血中濃度が高くなりすぎていないか見ていかなければいけません。 また風邪などで脱水になったり、食事・水分が十分に取れない時というのは中毒域に達しやすいため注意が必要になります。 デパケンも血中濃度が高くなりすぎれば危険なのは同じですが、リーマスやテグレトールと比べると中毒域には入りにくいお薬になります。 そのため比較的安全に使用することが出来ます。 デパケンの副作用は大きく分けると、• 肝臓への副作用、高アンモニア血症• 胃腸への副作用• 精神への副作用• 血液への副作用• 皮膚への副作用 の5つに分けることができます(細かい副作用を挙げればこれ以外もありますが、代表的なものを挙げています)。 またデパケンは妊婦の方は「催奇形性」という副作用のため使用することが出来ません。 これは妊婦さんがデパケンを服用していると、それが赤ちゃんに達してしまい、赤ちゃんに奇形が発生してしまう可能性が高くなるということです。 デパケンと催奇形性については「」で詳しくお話していますのでこちらをご覧ください。 2.デパケンで生じる各副作用と対処法 デパケンで生じる副作用とその対応法について紹介します。 代表的な副作用として、• 肝臓への副作用、高アンモニア血症• 胃腸への副作用• 精神への副作用• 血液への副作用• 皮膚への副作用 の5つについて詳しく紹介し、副作用が生じてしまった時の対処法も考えてみます。 そのため肝機能障害が生じることがあります。 デパケンは体内で分解されて4-en-VPAという物質が作られますが、4-en-VPAは毒性が高いことが知られています。 これが肝機能障害の原因なのではないかと推測されています。 ちなみに妊娠中の女性がデパケンを服用すると赤ちゃんに奇形が生じやすくなってしまうのも、この4-en-VPAが関与していると考えられています。 肝機能障害の多くは軽度にとどまります。 このような肝機能障害は軽度であるため、血液検査で発見され、適切に評価されていれば問題となることはほとんどありません。 デパケンによる肝機能障害が発見された場合、基本的にはデパケンの減量を行います。 またデパケンは相互作用するお薬が多いため、他に服薬しているお薬がデパケンの効きに影響を与えていないかもチェックする必要もあります。 例えばデパケンの血中濃度を高めてしまうお薬が併用されていたら、肝機能障害も生じやすくなるからです。 ただしデパケンで肝機能障害が生じていても、その程度が軽度であってデパケン継続のメリットが高いと判断される場合は、こまめな血液検査を続けながら慎重にそのままデパケンを継続することもあります。 このようにデパケンで生じる肝機能障害は軽症であることがほとんどですが、稀に重篤な肝障害が生じてしまうこともあります。 デパケンで重篤な肝機能障害を生じるのは、• 小さい子(2歳以下)• デパケンの服用を始めたばかりの方• たくさんのお薬を飲んでいる方• 精神遅滞・自閉症スペクトラム障害などがある方 に多いことが報告されています。 そのためこれらに該当する方でデパケンを使用する場合は、より慎重に少量から開始したり、最初は血液検査を細めに行うなどの対処法が必要になるでしょう。 また急激に肝臓がダメージを受けると、• 倦怠感• 黄疸(身体が黄色くなる)• 褐色尿(尿の色が濃くなる)• 吐き気 などの症状が出現します。 デパケンを服用してからこれらの症状を認める場合はなるべく早く主治医に相談するようにしましょう。 またデパケンの注意すべき副作用として、高アンモニア血症があります。 これは体内に「アンモニア」という有害物質が溜まってしまう副作用です。 アンモニアが高値になると意識レベルが低下して昏睡状態になったり嘔吐が出現したりし、危険な副作用になります。 これはデパケンが肝臓にダメージを与えてしまうことが一因です。 アンモニアは肝臓によって解毒されるため、肝臓が障害されるとアンモニアが解毒されにくくなるからです。 また、それとは別にデパケンが「尿素サイクル」という回路のはたらきを悪くしてしまう事も高アンモニア血症が生じる一因だと考えられています。 尿素サイクルはアンモニアを無害な尿素に解毒する回路で、デパケンはこの回路に必要なカルニチンを減少させてしまうため、アンモニアが体内に溜まりやすくなるのです。 高アンモニア血症は軽度であれば自覚症状も乏しく、そのまま様子を見ることもあります。 しかしどんどんと上昇を続けるような場合はデパケンの減量を行う必要がありあす。 高アンモニア血症が高度である場合は、デパケンの減量に加えて、• エルカルチン(L-カルニチン)の投与• タンパク質制限• アルギU(アルギニン)の投与• モニラック(ラクツロース)の投与 などが行われます。 エルカルチンは尿路サイクルを回すのに必要なカルニチンを投与するという方法です。 デパケンはカルニチンを減少させるため、カルニチンの投与はアンモニアを減少させてくれます。 またアンモニアはタンパク質(アミノ酸)が分解されて作られるため、アンモニアが高い時にはタンパク質の摂取量は制限する必要があります。 アルギニンはアミノ酸の一種で、アンモニアの分解を促進させるはたらきがあります。 ラクツロースは腸管からのアンモニアの吸収を抑えるはたらきがある他、腸内細菌に作用して腸内細菌がアンモニアを産生しないようにします。 具体的には、• 食欲増加・低下• 体重増加• 吐き気・嘔吐• 下痢・便秘 などです。 デパケンはこのような胃腸障害を認め、特に服薬初期で認めやすい傾向があります。 症状の程度が軽ければそのまま様子をみることも少なくありません。 特にまだ服薬して日が浅いのであれば、服薬を続けることで徐々にこれらの副作用の程度が軽くなることもあるからです。 程度が重い場合は、デパケンの減量になります。 また「デパケン」を服用している場合は、徐放製剤(ゆっくり効くお薬)である「デパケンR」に変更するとこれらの副作用の頻度が少なくなります。 また体重増加に関しては、先ほども紹介した「エルカルチン(L-カルニチン)」が体重増加を抑える効果も報告されており、状況によっては検討されることもあります。 ちなみに副作用ではないのですが、デパケンRを服用していると稀にこの粒が便から出てくることがあります。 これを経験した患者さんはびっくりして「デパケンが吸収されていないのではないか」と心配されます。 しかしこの場合もデパケンRの成分はしっかりと体内に吸収されていますので心配いりません。 デパケンRは構造上、中身だけが吸収され、その側の殻がそのまま排泄されることがあるのです。 そのため副作用にも精神症状が生じることがあります。 精神症状として多いのは、• ふらつき になります。 これはデパケンが双極性障害の躁状態を改善させることからも分かるように、脳の興奮を抑える作用があるためです。 デパケンの眠気については「」で詳しく説明しています。 基本的にはデパケンの減量になります。 また「デパケン」を服用している場合は徐放製剤である「デパケンR」に変更することで眠気の頻度を抑えることができます。 デパケンで眠気が生じた時に気を付けて頂きたいことは、異常な眠気であればそれは前述の高アンモニア血症に伴うものである可能性があるということです。 眠気の程度があまりにひどく「昏睡」などに至っている場合、それ以外にも嘔吐などの症状を伴う場合は早めに主治医に相談しましょう。 その頻度は多くはありませんが、注意すべき副作用の1つになります。 具体的には「出血しやすくなる」ことがあり、鼻出血、吐血、紫斑などが認められることがあります。 以前より血が出やすくなるため「ちょっとぶつけただけで出血するようになった」と感じることもあります。 これはデパケンが血小板やフィブリノーゲンといった血を止めるはたらきを持つ物質のはたらきを弱めてしまうからです。 特に高用量のデパケンを服用しているケースで多く認められるため、高用量のデパケンを服用している方は定期的に血小板数のチェックを行う必要があります。 血小板減少が減少していても、軽度であればそのまま様子をみることもあります。 血小板の正常値はおおよそ15~45万ですが、その範囲内の減少であれば様子をみても良いでしょう。 しかし血小板数が10万を切るようなら対策が必要です。 血小板が10万を切るとちょっとした刺激で出血しやすくなることがあります。 更に5万を切ると何もなくても出血してしまうという事があり、早急な対策が必要となります。 このような場合は早急にデパケンを中止する必要があります。 その内容としては、• 皮膚炎• 脱毛・毛髪変化 などがあります。 たまに経験するのが「脱毛」や「髪質の変化」です。 患者さんから「最近、髪の毛がよく抜けるんです」と言われることがあります。 これは非常に難しいところで、デパケンを服薬している方は大抵精神ストレスがある方ですから、そのストレスで脱毛が生じている可能性も否定できません。 しかしデパケンを始めてから明らかに脱毛量が増えているような場合は、デパケンが原因であると考えます。 また「髪質が変化した」という訴えも稀ですが、あります。 これはストレスで変わるわけありませんので、デパケンの副作用だと考えます。 なぜこのような副作用が生じるのかは不思議なのですが、デパケンによって髪質が変化するという事があるのです。 具体的には直毛の方が縮毛になったり、その反対もあります。 頻度の多い副作用ではないのですが、デパケンを服用していてこのような毛髪変化が生じた場合はまずデパケンの副作用だと考えてよいでしょう。 ちなみに服用を中止すれば髪質は元に戻ります。 頻度は極めて稀ですが、重篤な皮膚への副作用として、• 中毒性表皮壊死融解症(TEN)• Stevens Johnson症候群(SJS) などがあります。 これらは重篤な発疹が全身に出現する副作用であり、早急なデパケンを中止し、入院による加療が必要となります。
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