新型コロナウイルス感染症につきまして、感染予防、拡散防止に細心の注意を払い、様々な対応策を講じた上で、現時点ではすべての公演を実施する予定でございます。 ただし、体調にご懸念がありご来場が難しいなど、公演にお越しいただけない場合、下記日程までにチケットご返送いただいた方にはチケット代の払い戻しをさせていただきます。 予めご了承ください。 <ご来場いただくお客様へのお願い> 新型コロナウイルス等の感染予防のためのご協力をお願いいたします。 ・発熱、咳等の風邪症状があるお客様は、ご来場をお控えください。 ・「こまめな手洗い」のご協力をお願い致します。 各階ロビー、各階お化粧室にアルコール消毒液をご用意しておりますのでご利用ください。 ・ご来場の際はマスクの着用をお願い申し上げます。 マスクがない場合、ティッシュ、ハンカチ、上着の袖などで口と鼻を覆う「咳エチケット」にご協力ください。 (主催者・ホールにてマスクのご提供はしておりませんので予めご了承ください) ======================================= <3月12日 木 19:00公演 プログラム> メンデルスゾーン: 幻想曲 嬰ヘ短調 op. 28「スコットランド・ソナタ」 ベートーヴェン: ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op. 78「テレーゼ」 ブラームス: 8つのピアノ小品 op. 76 7つの幻想曲集 op. 116 J. バッハ: イギリス組曲第6番 ニ短調 BWV811 <3月19日 木 19:00公演 プログラム> シューマン: 精霊の主題による変奏曲 WoO24 ブラームス: 3つの間奏曲 op. 117 モーツァルト: ロンド イ短調 K. 511 ブラームス: 6つのピアノ小品 op. 118 J. バッハ: 平均律クラヴィーア曲集第1巻から 「プレリュードとフーガ」第24番 ロ短調 BWV869 ブラームス: 4つのピアノ小品 op. 119 ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 op. 81a「告別」 現代最高のピアニストによる、幻想的な小宇宙に抱かれる夜。 予めご了承ください。 団体概要.
次のこの連載で初めて、コンサートレビューではなく、一冊の本を取り上げる。 音楽に耳を傾けることはすべての前提だが、それと同時に、言葉による思索が音楽体験の大きな支えとなってくれることも多い。 今回は、ハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフ著『静寂から音楽が生まれる』(岡田安樹浩訳、春秋社)について。 アンドラーシュ・シフは、現代を代表するピアニストの一人であるのみならず、透明感にあふれたピアノの音色の美しさで、飛び抜けた個性の輝きを放ってきた。 シフの音というものが、はっきりとある。 まずは得意のシューベルト、ついでバッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、バルトーク。 どんな楽曲を弾いていても、聴き手をうっとりとさせるほどに、音がくっきりと、深くて、透明なのだ。 だがその向こうには、さまざまな思考があり、闘争があるのだということを、本書は教えてくれる。 中でも驚かされたのが、シフが2011年1月、「ワシントン・ポスト」への寄稿のなかで、自由と民主主義と芸術についての見解を明らかにし、ハンガリーにおける反ユダヤ主義や人種差別、外国人排斥主義や反動的なナショナリズムの動きについての危惧を公式に表明したために、故国ハンガリーの権力側との軋轢に巻き込まれ、匿名のブログ等で、「悪臭のする排泄物」「ユダヤ野郎」「裏切者」などと罵倒されている状況についての記述である。 シフはネット上での誹謗にも屈することなしに、2013年には「プレッセ」と「ガ-ディアン」に寄稿し、ハンガリーの一般大衆の大半が、ハンガリー人自身による反ユダヤ主義や収容所抑留などの暗い歴史的事実を軽視し、否定すらしていることを嘆きつつ、こう述べている。 「過去は忘れることも消し去ることもできません。 過去を総括し、消化することは政治だけの義務ではなく、国民全体の義務です。 私たちは歴史を直視しなければいけません。 それがどんなに不愉快で痛ましいものであってもです。 それを共通の教訓としなければいけません。 ハンガリーでは、これまでそうしたことはできていないようです」 日本ではほとんど報道されないハンガリーのこうした状況は、必ずしも他人事とは思えない。 音楽と政治の関係については、さまざまな意見があることだろう。 だが、本書を読んで感じるのは、大半が音楽についての思索的記述であるが、その必然的な延長線上に、ヨーロッパの政治についての忌憚ない表明がなされていることの、正直さと誠実さである。 シフは、「芸術と政治は無関係である」という考え方は、「傍観者、ないしは見て見ぬふりをする人の」考え方なのだとさえ述べている。 先に政治的なことを書いてしまったが、本書の大部分は、現代を代表するピアニストの手による音楽的思索に満ちていて、しかもそれは愛情とユーモアにあふれるものとなっている。 そうした人間的な営みの一部として、政治の話がわずかに、避けがたく率直に出てくるのだ。 音楽の話に戻ると、本書で特に感銘を受けたのは、「天国のロベルト・シューマン氏に宛てて」と題された手紙の全文である。 2010年6月に、200回目の誕生日を迎えた作曲家シューマンが、あたかもまだ生きているかのように、敬愛の気持ちを込めて、書かれたこの手紙には、現代のコンサート状況や音楽家や聴衆の動向も盛り込まれている。 演奏家にとって、作曲家とは、2世紀も前の人物であったとしても、いまも生き生きと呼吸し存在するマエストロなのであり、信頼し、語り掛けるべき相手なのである。 前半最後の第15変奏の終わりの部分についての「天国と地上の間の無慈悲な虚空」という形容、最後のアリアの直前の第30変奏についての「バッハ一家がワイングラスを(あるいはビールジョッキを)片手に一緒に歌っている様子が目に浮かぶ」という形容。 まさに読む「ゴルトベルク変奏曲」として楽しめる。 最後には「コンサートの聴衆のための十戒」と題された、演奏中のマナーについての10の掟も、ユーモアと本音にあふれている。 咳払いや演奏中のおしゃべりはつつしみ、飴やトローチの包み紙を開けるなどの雑音をたてないで静かに聴いて欲しい、演奏中に客席で歌ったり指揮しないで欲しい、あまり早すぎる拍手をしないで欲しい、といった趣旨の項目が並んでおり、最後には「この十戒が守られますよう、よろしくお願い申し上げます」と締めくくられた末尾には、大作曲家たちの連名が記されているのも、微笑ましい。 シフの美しいピアノの響きの背景にあるものを、本書にあるすぐれた言葉を通して知ることで、さらに鑑賞の悦びも深められることだろう。
次のこの連載で初めて、コンサートレビューではなく、一冊の本を取り上げる。 音楽に耳を傾けることはすべての前提だが、それと同時に、言葉による思索が音楽体験の大きな支えとなってくれることも多い。 今回は、ハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフ著『静寂から音楽が生まれる』(岡田安樹浩訳、春秋社)について。 アンドラーシュ・シフは、現代を代表するピアニストの一人であるのみならず、透明感にあふれたピアノの音色の美しさで、飛び抜けた個性の輝きを放ってきた。 シフの音というものが、はっきりとある。 まずは得意のシューベルト、ついでバッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、バルトーク。 どんな楽曲を弾いていても、聴き手をうっとりとさせるほどに、音がくっきりと、深くて、透明なのだ。 だがその向こうには、さまざまな思考があり、闘争があるのだということを、本書は教えてくれる。 中でも驚かされたのが、シフが2011年1月、「ワシントン・ポスト」への寄稿のなかで、自由と民主主義と芸術についての見解を明らかにし、ハンガリーにおける反ユダヤ主義や人種差別、外国人排斥主義や反動的なナショナリズムの動きについての危惧を公式に表明したために、故国ハンガリーの権力側との軋轢に巻き込まれ、匿名のブログ等で、「悪臭のする排泄物」「ユダヤ野郎」「裏切者」などと罵倒されている状況についての記述である。 シフはネット上での誹謗にも屈することなしに、2013年には「プレッセ」と「ガ-ディアン」に寄稿し、ハンガリーの一般大衆の大半が、ハンガリー人自身による反ユダヤ主義や収容所抑留などの暗い歴史的事実を軽視し、否定すらしていることを嘆きつつ、こう述べている。 「過去は忘れることも消し去ることもできません。 過去を総括し、消化することは政治だけの義務ではなく、国民全体の義務です。 私たちは歴史を直視しなければいけません。 それがどんなに不愉快で痛ましいものであってもです。 それを共通の教訓としなければいけません。 ハンガリーでは、これまでそうしたことはできていないようです」 日本ではほとんど報道されないハンガリーのこうした状況は、必ずしも他人事とは思えない。 音楽と政治の関係については、さまざまな意見があることだろう。 だが、本書を読んで感じるのは、大半が音楽についての思索的記述であるが、その必然的な延長線上に、ヨーロッパの政治についての忌憚ない表明がなされていることの、正直さと誠実さである。 シフは、「芸術と政治は無関係である」という考え方は、「傍観者、ないしは見て見ぬふりをする人の」考え方なのだとさえ述べている。 先に政治的なことを書いてしまったが、本書の大部分は、現代を代表するピアニストの手による音楽的思索に満ちていて、しかもそれは愛情とユーモアにあふれるものとなっている。 そうした人間的な営みの一部として、政治の話がわずかに、避けがたく率直に出てくるのだ。 音楽の話に戻ると、本書で特に感銘を受けたのは、「天国のロベルト・シューマン氏に宛てて」と題された手紙の全文である。 2010年6月に、200回目の誕生日を迎えた作曲家シューマンが、あたかもまだ生きているかのように、敬愛の気持ちを込めて、書かれたこの手紙には、現代のコンサート状況や音楽家や聴衆の動向も盛り込まれている。 演奏家にとって、作曲家とは、2世紀も前の人物であったとしても、いまも生き生きと呼吸し存在するマエストロなのであり、信頼し、語り掛けるべき相手なのである。 前半最後の第15変奏の終わりの部分についての「天国と地上の間の無慈悲な虚空」という形容、最後のアリアの直前の第30変奏についての「バッハ一家がワイングラスを(あるいはビールジョッキを)片手に一緒に歌っている様子が目に浮かぶ」という形容。 まさに読む「ゴルトベルク変奏曲」として楽しめる。 最後には「コンサートの聴衆のための十戒」と題された、演奏中のマナーについての10の掟も、ユーモアと本音にあふれている。 咳払いや演奏中のおしゃべりはつつしみ、飴やトローチの包み紙を開けるなどの雑音をたてないで静かに聴いて欲しい、演奏中に客席で歌ったり指揮しないで欲しい、あまり早すぎる拍手をしないで欲しい、といった趣旨の項目が並んでおり、最後には「この十戒が守られますよう、よろしくお願い申し上げます」と締めくくられた末尾には、大作曲家たちの連名が記されているのも、微笑ましい。 シフの美しいピアノの響きの背景にあるものを、本書にあるすぐれた言葉を通して知ることで、さらに鑑賞の悦びも深められることだろう。
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