0 こんにちは。 エンタメブリッジライターのしおりです。 今回は、 社会派映画「闇の子供たち」についてご紹介します。 「闇の子供たち」は、タイのまだ初潮さえ迎えていない 児童の人身売買 (性的搾取、臓器売買)に焦点を当てた映画です。 思わず目を背けてしまいたくなるショッキングなシーンがたくさんあり、観ているうちに気が重くなってしまうかもしれません…。 テーマがテーマだけに、賛否両論巻き起こった問題作の側面もあります。 タイでは「イメージダウンに繋がる」などの理由でこの映画は上映禁止になりました。 しかし、私はあえてこの映画をオススメしたいです。 それでは早速始めていきますね。 公開日: 2008年8月2日 日本 監督: 坂本順治 原作: 梁石日 原作本:闇の子供たち 出演者:江口洋介、 宮崎あおい、 妻夫木聡 第43回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭正式招待作品。 財団法人日本ユニセフ協会、コードプロジェクト推進協議会推薦。 「闇の子供たち」のあらすじ(ネタバレなし) 新聞社のタイ駐在員、南部(なんぶ/江口洋介)は、違法臓器移植で、 タイの子供が 「生きたまま殺される」 という特報をつかみ、闇ルートで情報を探っていきます。 一方で、純粋にタイの児童の教育や生活向上の役に立ちたい恵子(宮崎あおい)は、バンコクの社会福祉センターで働くこととなりました。 ミャンマー国境付近の山岳地帯やバンコクのスラム街から、次々とタイ北部のチェンライの売春宿へモノのように売られていく子供たち…。 売春宿の監禁された8歳ほどの子供たちは、毎日欧米人や日本人観光客の性奴隷となっていました。 また、臓器提供のため生きたまま殺されたり、AIDSを発症した子はモノのようにゴミ袋へ入れられ捨てられていました…。 闇に生きるタイの子供の実態… 組織ぐるみで子供の性や命を搾取するマフィアたちと、南部、恵子、フリーカメラマン与田(妻夫木聡)が加わって奮闘するものの…。 ミャンマー国境付近に住むヤイルーン、センラー姉妹は親からブローカーに手渡され、チェンライの売春宿に売られます。 売春宿で子供たちは、殴る蹴る、タバコを押し付けられる、という暴力で支配・監禁され、 外国人観光客の性奴隷としてこの世の地獄のような生活を強いられます。 姉のヤイルーンはまもなくAIDSを発症し 使い物にならない。 とゴミ袋に入れられそのままゴミ集積所へ捨てられます。 その後、自力でゴミ袋からはい出し、ほふく前進して命がらがら故郷へ帰りますが、 誰にも歓迎されず、離れた小屋に放置されたまま死亡します。 8歳の妹のセンラーは、外国人の性奴隷となった後、日本の臓器移植のドナーとして、生きたまま麻酔をかけられ殺されてしまいます。 このような 「タイの違法臓器売買」の情報をつかんだ南部。 南部はフリーカメラマンの与田とともに、新聞記事として取り上げるべく、証拠をつかむために奮闘します。 同時期に、バンコクにある児童社会福祉センターに働きにきた恵子。 恵子は純粋に「1人でも多くの子供を救いたい」という正義感にあふれる若い女性 でした。 ある日、この社会福祉センターで教育を受けていた「アランヤー」という女児が忽然と消えます。 実は、アランヤーもチェンライの売春宿に売られ、監禁されていたのでした。 間もなくアランヤーもAIDSを発症、客に頼んで社会福祉センターに助けを求める手紙を書き、 これが証拠となり、社会福祉センターは売春宿の場所を突き止めることができました。 社会福祉センターは、売春宿のある現地のNGOスタッフ、「ゲーオ」という男性を通して、児童救出に挑みます。 そして恵子は 「アランヤーがAIDSならば、そのうちゴミ袋に捨てられるはず!」 と予測し、毎朝張り込んでゴミ袋を監視しました。 ある日とうとう捨てられたアランヤーを発見、保護し、アランヤーは病院で治療を受けますが、この直後に社会福祉センターのスタッフが帰宅中に銃で撃たれ死亡します。 NGOが児童救済に乗り出すことは、マフィアの商売の邪魔だったのです。 一方南部は、臓器売買の証拠を探っているうちに、南部自身が「過去に男児を買って、弄んでいた」というショッキングな記憶がフラッシュバックするようになります。 このあたりから、映画はドキュメンタリーから急にサイコサスペンスのように変わっていきます。 実は、 南部は過去(?)現在も(?)「小児性愛者(ペドフィリア)」だったのです。 南部は、闇の病院に入る、臓器提供者の女児の写真撮影に無事成功するものの、殺されゆく女児の突き刺すような目線にいたたまれぬ葛藤をかかえます。 その直後、社会福祉センターは、殺されたスタッフの死を受け「児童の権利を守る抗議集会」を開きますが、そこに来たNGOスタッフであるはずのゲーオが、突然仲間と銃を乱射。 実はゲーオはマフィアの手先であり、ボスの指令でNGOを潰すために、スタッフを装って働いていたのでした。 警察とマフィアの撃ち合いで大パニックになった集会で、恵子は南部に 「大使館へ行こう!」 と言われます。 しかし恵子は 私は自分に言い訳したくない!! と手をふりほどき、子供を保護することを最優先に社会福祉センターへ逃げます。 このとき、南部の足に助けを求める子供がしがみつきいてきて、再び南部は「男児をホテルに連れ込むシーン」がフラッシュバック… ウォーーーーーー! と のたうち回るように泣き崩れ、翌朝首を吊って自殺してしまいました。 南部の部屋を片付けていた与田は、壁に幕がかけられた箇所に気づきます。 その真ん中に自分を映す鏡があり、その鏡を与田と新聞社スタッフが不思議そうに覗き込むシーンで、映画は幕を閉じます。 国際協力団体が本作を広報するワケ 「闇の子供たち」は梁石日著のフィクション小説を、「亡国のイージス」などを手がけた阪本順治監督が映画化したものです。 フライヤーには これは事実か、現実か、真実か と書かれていますが、児童人身売買問題に取り組むスペシャリストの団体はどう観たのでしょうか? まず日本ユニセフがアドボカシーの一環として後援しているほか、日本のNPOで人身売買の先駆け団体「」も この作品は現実 と太鼓判を押し、紹介されています。 人身取引(Human Trafficking)は、世界では麻薬に次ぐ第2の犯罪産業ということをご存知でしょうか? 今私たちが平和に過ごしているこの10分間の間に、3~40人がトラフィッカー(子供や女性を売りに出す人)により連れ去られています。 しかし、「人身取引」という言葉が国連で認知されたのはなんと2000年の11月とごく最近。 「闇の子供たち」の公開は2008年で、さらに「人身取引」の3つの分類「性的搾取」「強制労働」「臓器売買」すべてを盛り込んでいます。 つまり、 人身取引の実態がわかりつつそれを明確に問題視した点で、世界の風潮としても先駆的な作品だったのです。 タイは、映画「ハングオーバー2」でもあるように、世界一の売春ツアー渡航先となっていて、売春婦は約300万人いるとも言われますが、こういった現状を軍や警察も黙認しています。 「闇の子供たち」では、• 児童が男娼させられる• 8歳ほどの女児がでっぷりした白人の相手をする• ペニス勃起のため、ホルモン剤を過剰投与された男児が死亡する• 日本人オタクが児童に性行為させ動画撮影する など観るに耐えないシーンが何度も出てきます。 これらは人身売買保護団体のスペシャリストから見ても現実に起こっていることです。 そして、タイに限らず世界のいたるところで起こっている、という目線で観ていただきたいと思います。 1人でも多くのタイの子供の命を救いたい! という視点です。 人身売買組織、子供を売る親を批判するのはまず1に考えてしまうことですし、そもそも日本にいれば人身売買なんて他人事のように思えるかもしれません。 しかし、 人身売買に関わる人を批判するだけでは、根本的な問題解決には至らないと私自身は考えます。 その理由に、発展途上国には、日本のようにお金を持ち、社会保障もそれなりに整った国では考えられない事情があるからです。 タイでは、50万円あれば1年ほどは暮らせますが、 トラフィッカーの7割は「親や近所の人」といった被害者の知り合いというデータがあり、家計を救出すべく「いい仕事がある」と子供らが騙されて売られてしまうのです。 売り飛ばされてしまった子供の売春宿での月収は、親の収入の10倍はくだらないでしょう。 タイでは、お金に困る人はたくさんおり、その場合まず親戚に無心しますが、それでも足りなければ地域の闇金に手を出します。 その取り立てにあえぎながら生活することもよくあることですが、闇金である以上返済は容易なことではありません。 返済のために、 女性ならば身売りをする、 男性なら脚を切断され物乞いとしてマフィアが現金収入を得させる… ということが横行しているのが現状なのです。 社会保障整備の少ない発展途上国では、お金ほど力のあるものはなく、 逆に お金がなければこのように落ちるところまで落ちてしまうのです。 日本にいれば気づかないことですが、そんなお国事情で生きているとき、私たちに 人身売買なんて絶対にしない(させない)! という選択肢を選べるでしょうか? 映画では、AIDSを発症して売春宿から捨てられ、はいつくばって故郷へ帰り、そのまま小屋に放置され亡くなった「ヤイルーン」という女児が出てきます。 帰って来たとき、故郷の人は誰1人歓迎しませんでした。 しかし、 亡くなって小屋ごと火葬したとき、母親と思われる女性だけ、悲鳴をあげるように号泣しました。 売春宿に売った自分、貧しい環境、医療を受けさせられず邪魔者のように扱った最期・・・こんなことはどれも母親が心から望んでいたことなのではなく、子を愛する気持ちに変わりはありません。 ただただ、貧困という圧倒的な現実に太刀打ちできなかったのです。 批判することは簡単ですが、貧困国でなぜ「闇の子供たち」のようなシステムが出来上がっているのか?という背景にも目を向けていただきたいですね。 なんて思っていませんか? 日本でもれっきとした人身売買があり、 2005年に刑法で「人身売買罪」が新設されたことをご存知でしょうか? 日本の人身売買の例としては• 家出少女の援交強制• ポルノ・風俗業界で借金を負わされ働かされる• 外国人技能実習生・研修生が過酷な日常を強いられる (2018年末の入管法改正で話題となった不審死も相次いだ件) などが挙げられます。 1998年に放送された、いしだ壱成主演のドラマ「聖者の行進」は水戸アカス事件を題材としています。 水戸アカス事件は、従業員の知的障害者らに、日常的に拷問・強姦を行っていた事件ですが、これも人身取引の一端のようなものでしょう。 しかし、これらが人身売買罪として刑罰が成立するかというと、立件は非常に難しいものがあり、現状は脅迫罪や風営法などの法律を複合的に適用することがほとんどのようです。 しかし、日本でも自由と権利が奪われ、肉体と精神が搾取されている現状があることは否めません。 昨今のポルノ業界がそうであるように、ほとんどの被害者が「泣き寝入り」しているので明るみに出ないのです。 その点、お隣 韓国は人身売買に関して非常に進んでおり、 2004年「性売買特別法」という法律が制定されました。 このきっかけとなったのは、知的障害のある少女らを檻に入れて、売春させていた組織の建物が火事になり、少女10数名が死亡した事件です。 この事件により世論が変わり、買春による逮捕者は「更生プログラム」に参加しないと罰金、実刑を受けることとなりました。 また、韓国は人口の3分の1がクリスチャンですから人道的考えも影響しているかもしれません。 「3か国語を操るヤリ手サラリーマン」といった印象の南部が、自殺をして幕を閉じるのです。 この映画を観た人は、ラスト 南部はなぜ死んだ? というところを後味悪く引きずることでしょう。 これは「永遠の0」で、宮部久蔵が最後特攻を志願した謎と同じようなもので、観た人がその心情を考えるしかありません。 しかし、 揺るぎない事実は南部が「小児性愛者(ペドフィリア)」だったことです。 劇中には、南部が男の子の手を引っ張り「放して」と言われつつもホテルへ連れこむ回想シーンが何度か出てきます。 しかし、南部は皮肉にも臓器売買の実態を暴くため、傷ついた児童を追うことになります。 そのうちに 子供の命を搾取する「極悪非道な闇の人間」と、 「自分の個人的な経験」を重ね合わせていったのでしょう。 罪のない子供から何度も何度も向けられる悲しい視線や、 気色悪い日本人どもめ! とマフィアに罵倒された南部は、 ついに罪悪感を背負い切れなくなり、自我が崩壊したと私は推測します。 小児性愛者は、「ロリコン」などと勘違いされがちですが、現代医学では「本人の意思では選べない精神障害」と認定されています。 「小児性愛者=児童虐待」とは一律にはならず、症状と行動を切り離し、 普通の家庭を築こうとしている患者さんも多くおられます。 日本はまだ研究も対策も遅れていますが、イギリスでは小児性愛者への匿名の電話相談窓口があるほどに理解も進んでいます。 劇中でも、前半は南部自身が「小児性愛者という自分の疾患に折り合いをつけているような穏やかな日々」に感じ取れます。 しかし、 売春宿の子供が「先進国の加害者の大人・南部を逆説的に崩壊させた」という ロジックが、「闇の子供たち」に潜む、もう1つの闇なのかもしれません…。 国際協力団体への就職・ボランティアに関心がある人 「闇の子供たち」は、アジアのダークな部分を余すことなく映し出しています。 そして、資本主義で自由を手に入れた日本人含む富裕層が、金の力で加害者となる醜い姿も映し出されます。 国際協力やNGOの活動に参加したい人、就職を考えている人には、貧困国の現状を学ぶためにぜひオススメしたいです。 子供の実態だけでなく、 それとリンクするマフィア、警察、軍部のとの組織的な繋がり・腐敗まで勉強になると思います。 社会科などの先生 本作はR-12指定がかけられています。 そのため児童は観ることができませんが、 社会科などの先生にはぜひ観ていただき、 今、世界で何が起きているのか? を、小さな生徒にもわかりやすく説明していただきたいと思います。 その生徒ほどの年齢の子が、このようにすさまじい環境にさらされているのですから…。 日本の子供と「闇の子供たち」の子供の違いは、ただ生まれた場所が違うだけです。 「生徒を慈しむ気持ち」も沸いてくるかもしれません。 「なぜ?余計暗い気分になるのでは…?」と思われるかもしれません。 「闇の子供たち」では想像をはるかに絶する子供たちの悲惨な状況が映し出されます。 そして、映画では子供の顔がアップになり「じーーーーー」とこちらを観てくるシーンが繰り返し出てきます。 こういったシーンを観ていると、 今ここに、子供が笑顔で存在しているだけで十分だ。 くらいの気持ちになってきます。 「離乳食が進まない」「トイレトレーニングがまた失敗した…」なんてことがとてもちっぽけに感じられるでしょう。 子供がただそこに存在し、ヘラヘラと楽しそうに笑ってくれているだけで幸せだ! くらいには思えてきますよ。 少し育児の肩の荷が下りるかもしれません。 女性を性的玩具と考えたことのある人 この世の中に「人を性的玩具」と考える人がいるとは、信じたくありません。 しかし、もしもそういう方がいたら、女性としては、この映画を観て一度じっくり考えてほしいと思います。 売春婦は本当にお金が欲しいのか…?外貨を落とすことがためになるのか…?ということです。 加害者がいなければ被害者はいません。 ただこの映画では、売春宿のブローカー自身も虐待経験があったことが描かれています。 売られてきた児童がボスに暴力を振られるシーンを見たとき、ブローカーはあとで嗚咽してしまいます。 つまり、買春していた児童が、大人になって結局同じ虐待をしているのです。 もしかしたら、体罰や親から子への虐待が世代間で連鎖していくように、 被害者がいなければ加害者はいないのかもしれません。 最後に…どのような経歴、過去がある人でも、1度この映画で自分の内面について、じっくり考えてみるのもいいかもしれません。 それが 「闇の子供たち」の不幸な子供が跳ね返してくるメッセージです。
次のCONTENTS• 映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の作品情報 C 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』のあらすじとネタバレ C 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 車椅子に乗り、軍服を着た若いアフリカ系アメリカ人のアダム・グリーンは、ホワイトハウスでの議会委員会の前で証言するために聴聞会に出席していました。 彼は最初、用意した書面を読み上げていましたが、途中で自分の言葉で語っても?と尋ね、自分が数字に得意であることを話し始めました。 彼の示す数字はイラク戦争に関わることでした。 彼は両親の反対を押し切り愛国心から軍隊に入隊したのですが、戦地を走行中に、爆撃を受け、命は取りとめたものの脊髄を損傷。 下半身麻痺となって車椅子での生活を余儀なくされたのです。 彼は問いかけます。 「なぜ戦争を始めたのですか?」と。 2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。 ジョージ・W・ブッシュ大統領は国連総会での演説でテロとの戦いを宣言します。 イスラム系テロ組織アルカイダによる犯行と見られ、オサマ・ビンラディンが首謀者とみなされました。 新聞社ナイト・リッダー社のワシントン支局では、アメリカ政府が、ビンラディンを匿っているアフガニスタンだけでなく、イラクを視野に入れているという情報を得ます。 支局長のジョン・ウォルコットは、部下のジョナサン・ランデー、ウオーレンス・ストロベルに取材を指示。 中東問題や安全保障の専門家から、フセインとアルカイダをつなぐ証拠は何もないのに、政府がイラクと戦争をしようとしていると聞かされます。 アメリカ政府の本当の狙いはアフガニスタンではなくイラクであると。 ラムズフェルド国防長官は1997年からフセインをお払い箱にしたがっていたという情報までありました。 元CIA長官のウールジー国防副長官は、テロとイラクの関連を捜査させていました。 記者たちは「調査というよりイラクを黒幕にしたいのかも」と考えます。 アメリカでは愛国心の波が広がり、政府はアフガニスタンに侵攻。 空爆を続けますが、ビンラディンを捕らえることはできません。 ビンラディンは逃走したままでしたが、ブッシュ大統領は、2002年1月29日、一般教書演説で、アフガニスタンのテロリスト訓練キャンプを破壊し、国民を飢えから救い、圧制から解放したと述べます。 アメリカ政府はテロとの戦いを続けていくと宣言し、イラクをテロ支援国だと非難しました。 ウォルコットはジョナサンとウオーレンスに「政府の嘘をあばけ」と命じます。 そんな中、ペンタゴンの関係者の女性が、名前は伏せることを条件に、ペンタゴン内で行われていることを内部告発してきました。 軍務経験のない人々が偽の情報をもとに戦争を準備しているというのです。 彼らは中東関係の専門家の助言や情報に耳をかさず、自分たちにとって都合のよい情報だけを集めていると彼女は語りました。 イラクが大量破壊兵器を所持しているといいますが、その証拠は何一つとしてないのです。 戦争を始めるための正当化が行われている段階と記者たちは考え、フセインが倒れるとイラクは内戦状態になり、そのため、アメリカ軍も何年も戦地に留まらねばならなくなるだろうと、イラクに侵攻すると起こる可能性のあることを冷静に紙面に掲載します。 ナイト・リッダー社は、元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイという頼もしい助っ人を得て、批判記事を掲載し続けます。 しかし、そのような論調はナイト・リッダー社だけでした。 NYタイムズも政府の発表を載せているだけのプロパガンダに陥っているとウォルコットは激しく非難します。 ナイト・リッダー社は全国31紙を統合したメディアで、彼らが書いた記事が、それら31紙の新聞に掲載されます。 ウォルコットは「我々は大手メディアではないが、基地のある町に読者がいる。 もし他のメディアが広報に成り下がったらまかしとけ。 我々は我が子を戦争にやる者の味方だ」と部下たちの前で演説します。 取材をする中、ウオーレンスには匿名の脅しのメールが届き、また、ジョナサンの妻は家が盗聴されているのではないかと恐れます。 彼女は旧ユーゴスラビアの紛争経験者でした。 大量破壊兵器の証拠が出たという記事が出ますが、調べていくと、政府高官の嘘が明らかになります。 しかし、政府がつかんだという情報はすぐにNYタイムズで発表され、大手メディアはフセインが核兵器を使用した場合の恐怖を煽り、愛国心に傾く世論は政府の思惑通りに傾いていくのでした。 唯一イラク侵攻に反対し続けたパウエル国務長官もテネットCIA長官に半ば騙された形で、情報は確実だと安保理で演説することとなります。 軍事力行使を認める決議の投票が行われ、賛成多数となります。 戦争を止めることができなかった記者たちは「全て無駄だった」と肩を落とします。 2003年3月バグダッド爆撃が開始。 6週間後にはブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を出しますが、その直後、兵士のアダム・グリーンは爆撃を受け、負傷、半身不随となります。 大量破壊兵器は発見されず、戦争は長期化。 のちにNYタイムズは読者に謝罪しています。 ナイト・リッダー社の記事こそ事実だったのです。 車椅子に乗ったアダム・グリーンは父母と共にワシントンのベトナム戦争没者慰霊碑を訪れていました。 「ザ ウォール 」と呼ばれる慰霊碑に亡くなった兵士の名前が刻まれています。 アダムは慰霊碑に手を合わせている男性に声をかけます。 「あなたもベトナムへ?」男性はジョー・ギャロウェイでした。 ギャロウェイが頷くと、アダムは「ありがとう」と礼を述べました。 するとギャロウェイもアダムの方を向き、「ありがとう」と礼を言うのでした。 映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の感想と評価 C 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. ロブ・ライナー監督の前作『LBJケネディの意志を継いだ男』は、リンドン・B・ジョンソン大統領を描いた政治映画でしたが、その公開時から既に次回作が イラクの大量破壊兵器の存在に疑問を持った記者を描いた作品として報道されていました。 『LBJケネディの意志を継いだ男』が上出来の政治映画だっただけに期待が高まっていましたが、その期待に違わぬ力強い作品に仕上がっており、 ロブ・ライナーの語り口の旨さに改めて感心させられます。 現在ではイラク戦争の大義名分であった大量破壊兵器がなかったことはよく知られていますが、当時から政府の動き、発表に疑問を抱き、緻密な取材と不屈の精神で真実を伝え続けたメディアがあったのです。 NYタイムズですら政府の発表を鵜呑みにし、大手メディアがことごとく戦争を起こしたい政府の思い通りに動き、国民に破壊兵器の恐怖を煽り、戦争に加担していった中で、信念を貫くのは相当の勇気も覚悟もいったことでしょう。 真実を国民に伝えるという ジャーナリズムのあるべき姿が描かれ、 脅しにも屈しない勇気、金銭の欲望に囚われないクリーンさが心を打ちます。 なによりも彼らが実際に戦争に赴く兵隊たちとその家族のことをきちんと視野にいれて物事を考えていたことが重要です。 ここを無視する人々のなんと多いことか。 私利私欲に走って人を犠牲にすることをなんとも思わない人間が多数存在することに身震いさえ覚えます。 ジャーナリズムが方向を間違え、政府のプロパガンダに陥ってしまうのがいかに危険かということを映画は明らかにしています。 トランプ時代の今だからこそ、ロブ・ライナーはあえてこの作品を撮ったのでしょう。 しかし これはアメリカだけの問題ではありません。 非常に身近で、重要なこととして受け取るべき問題なのです。 2001年9月11日の同時多発テロからイラク戦争の勃発までを、ロブ・ライナー監督は、当時の実際の映像を組み込みながら、わかりやすく構成していきます。 軍事力行使を認める決議投票が行われ、戦争突入へと向かう状況を表す一連の演出はとりわけ鮮やかです イラク戦争反対演説が行われている映像に、軍事力行使を認める決議投票の結果を読み上げる声を重ね、さらに ルーク・テニー扮するアダム・グリーンら、若い兵士が軍事訓練を受けている映像を交互に映し出し、緊迫感を高めています。 まとめ C 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 真実を訴えようと巨大な嘘に立ち向かった記者のひとり、 ジョナサン・ランデーには、『LBJケネディの意志を継いだ男』でジョンソン大統領を演じたウッディ・ハレルソンが扮し、もうひとりの記者、 ウォーレン・ストロベルには『X-MEN』シリーズのジェームズ・マースデンが扮しています。 いつもユーモラスな感覚を忘れないランデー、仕事は出来るのに女性に奥手なマースデンと、彼らの性格や私生活にも踏み込み、人間らしい魅力あるキャラクターにしています。 また、元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイを演じるのは トミー・リー・ジョーンズで、そこにいるだけで大いなる助っ人になると思えるくらいの迫力と存在感を見せています。 そんな 記者たちをまとめる編集長を演じるのは、ロブ・ライナー。 予定されていた俳優が降りてしまったことから、急遽引き受けることになったそうですが、 彼が行う部下への演説は見事なものでした。 記者としての生き様と同時に、それぞれが 一人の魅力ある人間として描かれているところも本作を豊かなものにしています。
次の日本では劇場未公開のカナダ製作映画「レベル16 服従の少女たち」を鑑賞いたしました。 暗くて、じわじわ恐ろしい・・。 派手な格闘もドンパチもほぼないんだけど、少女たちの置かれた環境がわかるにつれ、そろりそろりじゃなくて、じわりじわりと怖さが迫ってくる感じ。 決して評価が高いわけじゃないのが個人的には残念だけど、私としては、とても好きなジャンルの映画でした。 こういうのを掘り出せるから、未公開映画を掘ってみたくなるんですよねぇ。 未公開映画では、こちらもじわりじわりと怖くておススメ! さてっと、これを書いちゃうと、想像力豊かな方は、 ピン!ときちゃうかもしれないけど、女性の若さや美への執着心て、限度を超えるとホラーです。 1980年代に「永遠に美しく・・」という、永遠の美しさを追求して争う2人の中年女性の姿を描くブラック・コメディ映画がありました。 いつまでも美しくいるために、あらゆることに対して「もっと!もっと!」とエスカレートしていく気持ちは、今ならわからなくもないけど、 行き過ぎた美への執着心の着地点は「崩壊」なわけです。 ネットで芸能人を「劣化」と表している記事があるけど、そんな表現をするから巷の女性が「若さや美に執着する」ことにもなるのだと思います。 誰でもが劣化と無縁ではないことを、若い頃は実感できないのよね。 私もそうだったけど。 何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、ってことですかね。 それでは 「レベル16 服従の少女たち」へGO!あらすじはネタバレしていますことをご了承くださいね。 製作年:2018年 製作国:カナダ 上映時間:102分 監督:ダニシュカ・エスターハジー キャスト:ケイティ・ダグラス 、セリーナ・マーティン 16歳のヴィヴィアンとソフィーは、孤児として幼いころからとある寄宿学校で育てられてきた。 少女だけのその学校では、「服従」と「清潔さ」が美徳として重んじられ、外界との接触は一切絶たれた規則正しい生活を送り「純潔」を保った結果、優秀な生徒は素晴らしい家族に里子として迎えれらると教え込まれていた。 そして、その夜、いつものようには眠りにつけない2人は恐ろしい光景を目にするのだった… あらすじ その1 見られている 映画は、朝の洗顔風景から始まります。 同じ寝巻を着て、廊下の左側を一列になってうつむきながら歩く少女たち。 蛍光灯の光が寒々と照らされ、窓もない無機質な廊下を、白いお揃いの寝巻をまとい、同じ髪型をした少女たちが、うつむいて一列に歩いている姿を見るだけで、この作品の異常さが伝わってきます。 手には、自分専用のタオルと石鹸。 そして、ひとりずつ洗顔をする洗面台の正面には、カメラが取り付けられ、監視されています。 ヴィヴィアンが、弱視のソフィアが落とした石鹸を拾ってあげていたところで、洗顔の順番が来てしまい、時間内に監視カメラへ映らなかったことで罰を受けることになってしまいます。 ヴィヴィアンは、映らなかったことの釈明をソフィアに求めますが無言。 監視カメラに映らなかったことで、警報音と共に 「Clean Girl、Clean Girl、Clean Girl」と、耳をふさぎたくなるほどの連呼がスピーカーから流れてきます。 その2 遵守すべき清潔さ ヴィヴィアンたちが所属している 「ヴェスタリア・アカデミー」という寄宿学校には、厳しい掟があり、それを破ると罰せられます。 アカデミーは「女性の美徳」として、従順・清潔・忍耐・謙遜・純潔・温厚・節度を掲げています。 そして、それらをきっちりと守っていれば、16歳になったとき、優しい家庭に里子にもらわれていく、と先生から教えられているんですよ。 統制され、厳しいルールが決められ、守らなければ罰が待っている。 それでも守るのは、優しい家庭に里子にもらわれる、という希望があるから。 しかぁーし「女性の美徳7か条」が、時代錯誤も甚だしいんだけど、少女たちはアカデミーの外に出たことがないから、何の疑問も感じないんですね。 清潔でないと人から言われようもんなら、止めて!私は清潔よっ!と、パニックに陥るほど、彼女たちにとってアカデミーの教えは絶対。 女性の美徳の反対側にあると教えられているのが、好奇心・怒り・感傷・粗野・・。 結局は管理しやすいように、コントロールしてるってことです。 マイナスの感情が沸くから人間らしいのであり、マイナスな感情をコントロールするからこそ、人の気持ちもわかるわけで、とは言え、アカデミーにとって大事なのは、決して 「教育」ではなく、コントロールなんです。 その3 怪しいビタミン剤 洗顔の時間にソフィアから本当のことを言ってもらえなかったヴィヴィアンは、レベル16になったとき、ソフィアと再会します。 アカデミーでは、レベル16が卒業の年。 少女たちは、優しい家庭へ里子に行くことを楽しみにしています。 再会したヴィヴィアンは、洗顔事件のことを恨んでいるため、ソフィアを避けていますが、ソフィアから「毎日配られるビタミン剤は飲まないで!」と忠告されます。 少女たちは 「健康は体を作り、病気を防ぎます」という放送の中、毎日ビタミン剤と信じている錠剤を飲まされています。 この校内放送が、感情も抑揚もない言葉で繰り返され、非常に不気味。 裏で行われていることの恐ろしさと陰湿さを感じさせます。 一体、アカデミーの目的は何なのか?少女たちの未来は? その4 徐々に明らかになるアカデミーの秘密 ソフィアを恨んではいたものの、忠告を聞いてビタミン剤を飲まなかったヴィヴィアンは、その夜、初めて目にした光景がありました。 みんなが同じ部屋で寝静まったころ、警備員がやってきて、赤い唇の女教師に指示され、少女を別室に運ぶこと。 その夜運ばれた少女の一人が、ヴィヴィアン。 部屋にいたのは、初老の夫婦。 「日光による損傷がなく、お肌の輝きと艶が違います」という赤い唇の女教師の説明を聞いて、寝ている少女をじっくりと観察した後、 「この子を買うわ」と夫人が言います。 ピンときました??? アカデミーには、専属の校医がいます。 こいつが曲者!ソフィアと少しずつ情報交換をし、アカデミーは何かがおかしい、と感じたヴィヴィアンは行動に出ます。 ふたりで協力してアカデミーから逃げ出す計画を立てますが、まあいろいろと邪魔は入るし、トラブルが発生するわけですよ。 そりゃあ、すんなり逃げられたら映画としての面白みはないですもんね。 ふたりは、逃げこんだ地下室で、クラスメイトだった少女の死体を見つけますが、なんと!彼女は、顔の皮をはがされていました。 そうです!アカデミーは、病院が経営していた「飼育場」。 若くて美しいお肌を作るために、貧困層から子どもを買ってきて育てていたわけです。 感想 女性の根底にある美や若さへの執着心を利用して、ひと儲けしようという悪だくみが描かれている作品です。 映画に描かれていることが、そのまま現実におこるとは考えにくいけど、似たようなことはあるだろうと思います。 怖いですねぇ ドアを開けるカードキーが使えず、ヴィヴィアンが他の方法でドアをこじ開けるのですが、 「それで外れるわきゃないって」という安易な方法だったり、弱視だったよね?と疑問に思うほどソフィアの行動がキビキビしていたり・・・ と、ちょいちょい現実的じゃない部分もありましたが、ベースにある女性の美や若さへの執着をこうした商売に繋げる発想は、現実でも起こりうることですよね。 中盤までは、 何故少女たちは団体生活をしているのか?がよくわからないにも関わらず、恐ろしいことが隠れているに違いないと確信できる運びに興味が沸き、最後まで面白く鑑賞しました。 映画は、最後の最後以外は、全てが外の空気を全く感じないアカデミーの中だけ。 一瞬、校医の部屋の窓から外の風景が映るけど、外気を感じない閉塞感が、映画をより恐ろしいものにしています。 校医でもあり美容整形外科のドクターでもある男性が、アカデミーの経営が苦しいことを漏らすシーンがあり、私もこれで採算が合うのか?とは感じていたんですね。 何十人もいる少女たちの生活を全てアカデミーで負担しているのだから、セレブ夫妻はいくら出して若い肌を買うのだろうか?と思っちゃったわね。 ゲスな勘繰り? 校内も少女たちの服装も、全てが無彩色に近い色使いの中、女教師の赤い唇だけが艶々と色彩を放っています。 周りが無彩色だからこそ、その赤が際立ち、赤い色に込められたメッセージがあるように思いました。 歳を取って、鏡に映る自分が劣化していくのは残念に思うけど、若さや美への執着は、心の醜さを生む!ということを肝に銘じよう、と感じた映画でもありました。 姿勢が悪くなって老けた印象にならないよう、せっせと筋トレでもすっかな。
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