1 七月一八日。 午前七時。 気温二十七度。 女1の部屋。 学生の一人暮らしにしては広くて立派な低層マンション。 もうそろそろ目覚まし時計が鳴りそうな空気のなか、男1が目を覚ます。 女1は眠っている。 男1、出来合いのドリップコーヒーをマグカップに淹れて、口をつける。 カーテンの隙間から漏れる光。 男1 青空に光り輝く太陽を、実はあまりすきじゃない。 居心地がわるくて。 面倒だから雨もすきじゃない。 雪は、わるくない。 いちばんいいのは曇り空だ。 一面まっしろな曇り空の日は、外に出て煙草を吸う。 いかにも退屈そうで、こちらに無関心な空を見ると、心が落ち着く。 そしてたまに、一瞬でいいからあの退屈な曇り空の、気を引くことができたなら、その時は徴〈しるし〉に、雷のいっぽんにでも打たれて、死んでしまってもいい。 なんて、もうそろそろ目覚まし時計が鳴りそうな空気のなか アラーム音。 部屋のAIスピーカーから聞こえてくる。 アラーム音。 女1が鈍く反応する。 アラーム音。 男1が立ち上がり、アラームを止める。 音声 「今日は、七月十八日。 茹で豚の日です」 女1 ・・・なにそれ 男1 茹で豚の日だって。 おはよう 女1 おはよう 男1 カーテン開けていい? 女1 うーん 女1が全然眠そうな様子をみて、男1はカーテンを開けないことにする。 男1、出掛ける支度を始める。 男1 今日ちょっと、先に出るね。 学生課に呼ばれてるから 女1 うん 男1 二度寝して二限に遅れないように 女1 うーん・・・今日さあ 男1 うん? 女1 行くんだよね、菊池〈きくち〉くんのところ 男1 行くよ 女1 うん 男1、支度を一旦止める。 男1 ちょうど一年前の今日、七月十八日。 茹で豚の日。 僕たちがあいつと最後に会った日 男1、支度を再開する。 男1 あれ、学生証・・・智美〈ともみ〉ちゃん学生証どっかで見なかった? 女1 見てないよ 男1 あれー・・・ごめんカーテン開けるから 女1 うーん 夏の強い陽射しが差し込む。 男1 うわ 女1 まぶしい 男1 外〈そと〉出たくないなあ 女1 あった? 男1 まだ 男1、学生証を探し回りながら 男1 「アレサ、学生証はどこ」 音声 「おっしゃっていることの意味がよく分かりません」 男1 だめだ 女1 フフフ 男1 智美ちゃんはさあ、晴れの日ってすき? 女1 うーん、すき、かな。 天気が良いと気持ちいいし、洗濯物乾くし 男1 そっか 女1 宇宙食君〈うちゅうしょくくん〉は? 男1 僕は曇りの方がすきだ 女1 そうなんだ・・・どうして? 男1 うーん、曇りの方が落ち着くから 女1 宇宙食君っぽいね 男1 え? そうなの 女1 うん 男1 自分で自分っぽいとか、よく分からないから 女1 うーんたしかに 男1 あっ、あったあー。 よかった 女1 おめでとう 男1 お騒がせしました・・・じゃあ 女1 うん、行ってらっしゃい 男1 行ってきます。 あ、二度寝してもいいけど二限に 女1 (遮るように)だいじょうぶ 男1 そう、じゃああとで 女1 うん、またあとでね 男1、部屋を出る。 Chapter 1. 2 女1 「アレサ、音楽掛けて」 音楽がAIスピーカーから聞こえてくる。 女1 小田智美〈おだともみ〉二十一歳。 大学三年生。 朝は苦手です。 パチっと眼がさめるなんて、絶対にどこかの誰かの嘘だと思う。 わたしの朝は濁って濁って、そのうちだんだん澱粉が下に沈むように、少しずつ上澄みができて、やっと疲れて眼がさめる時、わたしは最高にひとりぼっちの気分になる。 でも最近、宇宙食君がうちに来てくれるようになって、少しいいです。 結構上向きかもしれません。 アレサも宇宙食君が買ってきてくれたやつです。 わたしが朝起きられるようにって。 アレサを買ってから、もうすぐ二週間。 宇宙食君と付き合って、もうすぐ九ヶ月。 あのことがあって、ちょうど一年 Chapter 2. 1 男1 あれはそう、誰もが平成最後の夏とか言って、やたら特別がっていたけれど結局、皆いつもと代わり映えしないことで騒いでいただけの、毎日暑すぎて、頭のおかしい夏だった。 菊池と僕は大学の同期で、住んでいる所も偶然近かったりでよく話す仲だった。 かといって趣味嗜好が似てる訳でもなく、向こうはフットサル、僕は古いレコードを買い漁るという具合だから、つまりお互いの社交性だけで付き合っているような、いわゆる普通の友達だった Chapter 2. 2 一年前の七月一八日。 午後一時過ぎ。 気温三十四度。 「なか卯」店内。 男1と男2がテーブル席に座っている。 女4がワンオペしている。 男2 暑っちー・・・宇宙食 男1 んん 男2 あの店員、愛想ゼロ 男1 あーね、いっそ清々しいなーって思って見てた 男2 あれはだめだろー、客商売であれはだめだよお金貰ってんだから 男1 まあね 女3が店に入る。 女4 いらっしゃーせー 男2 ほら、聞いたか 男1 いやもう聞いてるよさっきから 男2 あれは頂けないなあ 女3が席に着く。
次のひょ っとしたら、最初で最後かも知れ ませんね。 こんな夜を皆様と過ご すのは。 そもそも、お陰様で、と申しま しょうか、私が過去、ブルーノー ト東京さんでオンステージする際 は、ほとんどが満員御礼、有難く も頂戴しておりまして、つまり、 私は、ステージの上から、そうい う光景しか見た事がありません。 ですので、今夜ばかりは、何か 、会員制の秘密クラブめいている ような、非合法のパーティーでも あるかのような、ちょっと不良で 特権的な気分を、せっかくですか ら、皆様、ステージ上の私共、ブ ルーノート東京の全スタッフと共 に、大いに味わいましょう。 私が、歌い、演奏 し、スキャットする。 という、シ ンプルにそういう事で、今までガ ッチリと組織化された、軍のよう なオーケストラを率いてきた私に とって、ひょっとしたら、今まで で一番リラクシンなステージかも 知りません。 ただ好きな曲を、気 の置けない仲間と、好きなように 楽しみたいと思います。 今回も、飲食のセクションの皆 様と、ライブを楽しむ相談をしま して、時節柄、がっつりお料理を 、というよりも、楽しく気楽にお 聴き頂けるよう、第一には「今回 のライブのテーマが<花>である 事」をお伝えした上で、「ワイン セレクトより、オリジナルカクテ ルの充実を、そして、ブランデー と、出来たらオリジナルのショコ ラをお出しして頂きたい」とワガ ママを言わせて頂きました。 ブラ ンデーとショコラに合う、花のよ うな音楽をお届けする所存であり ます。 ごゆっくりお楽しみくださ い。 カクテルは「flowers of romance」という、英国の パンクロックマニアには知らぬ者 はいないアルバムから拝借してい ます。 シャルトリューズ、赤紫蘇 、レモン、そしてペルーを原産国 として知られる「ピスコ」という 、非常に艶かしい蒸留酒がベース になっています。 一口ずつ舐める ように、ぜひお試しください。 ブランデーは王道、Henne ssy XOをご用意し、ショコラは「シ ンプルなガナッシュ(ショコラテ ィエの名店「ヴァローナ」のグラ ン・クリュ・マリアージュのセリ エの中、多く用いられるグアナラ 種使用)」、「キャラメリゼヘー ゼルナッツ(真のノワゼットです ね)」、そしてパティシエの力作 となります、「ブルーマロウをあ しらった、ラベンダーのアロマ香 るガナッシュ」は、うるさ型のシ ョコラ・ラヴァーの皆様にも、味 をしっかりご記憶して頂けるでし ょう。 こちらもカクテル同様、舐 めるように淫らに、そして遊ぶよ うに楽しくお召し上がりください。 音楽はその行為自体のために組 織されています。 「花」と云うの は、特に大人にとって、思ってい るより簡単なものではありません。 それでは最後までごゆっくりお 楽しみくださいますよう。 またし てもコラボレーションを楽しんで 下さった飲食セクションの声も代 弁しまして、皆様に感謝の意を表 したいと思います。 菊地成孔.
次のレーベルサイトのみでのCD販売(2019年12月1日よりサブスクリプション解禁。 渋谷パルコ内「GAN-BAN」のみが全国で唯一の店舗売り)。 菊地成孔が(偶然にも)小田朋美を巻き込んで、なおかつ実働しない。 という余りにも先鋭的なシステムのポップユニットFINAL SPANK HAPPYは、CD不況の時代、あるいはSNSに覆われた現代社会(さらに加えるなら自分たちのパブリックイメージ)に対する秀逸なるカウンターだ。 ファーストアルバム『mint exorcist』をリリースしたBOSS THE NK(菊地のアヴァター)、OD(小田のアヴァター)に、いまの思いを訊く。 SPANK HAPPYは、菊地成孔(サックス)、ハラミドリ(ヴォーカル)、河野伸(キーボード)の3名をオリジナルメンバーとするポップユニットで、1994年にメジャーデビュー。 その後、97年に河野が脱退、さらに98年には、菊地が「壊死性リンパ結節炎」という日本では極めて症例が少ない病に倒れ、活動休止。 その間にハラが脱退したことでいったん幕を閉じる(ここまでが第1期)。 結成当初はリーダー、プロデューサーを掲げないフラットなユニットだったが、ことのなりゆきにより、菊地が名実ともに全体を引き継ぐかたちになった。 99年、新たに岩澤瞳(ヴォーカル)を迎えた菊地は、「カラオケトラックと岩澤&菊地のヴォーカル」というスタイルに切り替え、活動を再開(その後「録音音源とリップシンク」へと進化)。 いくたびかのヴォーカル交代の末、2006年に活動を終了する(ここまでが第2期)。 OD (食パンを食べながら)そんな難しいモン無いじゃないスか(笑)。 BOSS ただただ、マナーに沿ってどんどん曲をつくっていった感じですね。 OD 最初のライヴ(18年5月30、菊地のレーベル「 」主催の「GREAT HOLIDAY」に20分のショーケースでライヴデビュー)からフジロックの1回目(同年7月26日にGAN-BAN SQAREにて)までの間に、BOSSといっぱい曲をつくったデス。 アルバムはこの時期につくったのと、後でつくったのと半々じゃないスか。 BOSS バンドのトーンを基に、やはりODと出会い、こいつのスキルやタイプ、何より勢いですね、それでパーッとできちゃったのがこの4曲です。 「mint exorcist」は「一気につくった」のでも「少しずつつくった」のでもなく、18年作と19年作にはっきりと分かれてます。 OD 「NICE CUT」「Devils Haircut」「雨降りテクノ」「共食い」「太陽」「mint exorcist」は年が明けてからつくったじゃないスか。 BOSS このあたりの曲は滑り込みというか、締め切りギリギリにできました。 バンドができるときってやっぱり楽しいので、どんどんつくっていった18年版の曲と、アルバムをいよいよ出しましょうとなって、練り上げながらも切羽詰まった感じでつくったのが19年版の曲、という感じです。 詰将棋みたいな感じで、「前半はこんな感じだから、後半はこんな感じで……」といったふうに。 ちなみに、Beckの「Devils Haircut」のカヴァーはどちらのアイデアでしょうか? BOSS ふたりしかいないので、本当に合議制なんです。 「なにか1曲カヴァーを入れよう」という話はしていて、じゃあどの曲にしようかとなったときに……。 OD 片っ端からYouTubeを見たじゃないスか〜。 BOSS ODはそもそもポップスの洋楽をあんま知らないんで、先入観なく選べるなと思い、とにかくふたりで次々に聴いて決めました。 ODは勿論、BECK初めて聴くくらいの感じだったよね? OD BECKサンはお名前だけ聞いたことがあったじゃないスか(笑)。 曲は、「ふ〜むふむコレは……どっかで聴いたこともあるかも知れないかもじゃないスか〜」と思ったデス(笑)。 BOSS わたしは『オディレイ』は普通に愛聴盤ですんで、ODが食いついた時に「まさか、アルバムの名前が気に入ったとかじゃないだろうな(笑)」と思ったぐらいです(笑)。 OD なんでみんな超新鮮で、なかでも「コレはヤバい曲じゃないスか。 やりたいデス! 」と言ったデスね。 BOSS で、決まったところで、ふたりでアレンジに着手した、という感じです。 BOSS 一応企業秘密です(笑)。 アメリカのヒップホップとか、1曲に対して10人くらいいたりしますよね。 サビだけつくっているヤツとか、ビートだけつくっているヤツとか、元ネタだけ出したヤツとかいるわけですが、全員「ソングライター」としてクレジットされます。 OD コライティングとか言うらしいじゃないスか〜。 BOSS あれは、日本人もみんなやっている作業を合衆国的に、平等に詳細に書いているわけです。 といってもぼくらの場合、ふたり以外は入ってこないけれど。 「一方が8割ほど書いて、パンチラインだけもう一方が書いて」ということはあるし、まったく半々の曲もあったりします。 まあ、ご想像にお任せします。 という感じで(笑)。 OD 作曲も、曲によって割合が全然違うデス。 BOSS いずれにせよ、われわれの方針として、「これはどっちの色が強めの曲で」ということは聴いてのお楽しみということにしています。 どちらかが完全につくっちゃって、もう一方はただ歌っているだけという曲はなくて、全部にふたりの手が入っています。 だから、あのマキシシングル(「アンニュイエレクトリーク」も収録)は聴いてたじゃないスか。 「不思議なバンドだな〜」という印象だったデスが、でもそれより前に自分はアーバンギャルドさんを知っていて、「すげー独特な人たちじゃないスか〜」と思っていたデス。 で、アーバンさんたちが「SPANK HAPPYの影響を受けている」と言ってるのを後から聞いて、うおー、そうだったデスか、といったふうに、SPANK HAPPYの前のやつは、ぼやっと知ってたじゃないスか。 後からBOSSに聴かせてもらったデス。 「Physical」みたいにエンディングでプレイする曲すらあるわけですが、「Physical」とか「フロイドと夜桜」みたいにアップリフティングな曲も録音して、それがアルバムのピークみたいになっちゃうと意味がないので、ライヴでも1曲目にやっていて、イントロダクションとしてもぴったりな「アンニュイエレクトリーク」だけ収録することにしたんです。 あと単純に、ビートのクオリティが高かったですし。 OD 自分たち的には自信満々じゃないスか(笑)。 9月にライヴをやったときに初めて爆音で聴いたデスが、結構手応えがあったというか。 家で小さな音で聴くのも全然いいデスけど、やっぱりフロアでどかーんってかけると、いろいろな音が聴こえてきて興奮するじゃないスか〜。 ビートメーカーの子分たち(「MAKNSY」:菊地の私塾、ペンギン音楽大学のビートメイキングクラスの同級生がつくった、日本で唯一のType Beat制作チーム)は、ヤバい奴らだし、今回担当してくださったふたりのエンジニアさんもすばらしい方々だったので、こりゃあ音も最高だなって感動したデス! BOSSとODと並ぶ3名が、日本で唯一のType Beat制作チーム「MAKNSY」(マッキンゼー)の面々。 FINAL SPANK HAPPYしかやってない身からすると、どんな感じですか? OD ミトモさんは多才でカッコいいじゃないスか。 でも、自分は、ミトモさんだと全然着ないような服でも、可愛いと思ったらバンバン着ちゃうデスし、ミトモさんは口パクで踊ったりしないじゃないスか〜(笑)。 最初は何もかも新鮮で驚いてたデスけど、いまはライヴをいっぱいやって、ダンスも口パクも慣れてきて、BOSSと自分の挑戦というデスかね。 「これもやりたい」「あれもやりたい」といったことが、活動してる間にドンドン出てきてるじゃないスか(笑)。 OD 自分とBOSSは喧嘩したり、仲直りしたりしながらも、お互いに尊敬しあってるじゃないスか〜。 BOSS ODがいなかったら、おそらく菊地くんも、スパンクスの再開はしなかったと思います。 菊地くんには「完全な天才で、オレかオレ以上の才能がある新人を探してくれ」と言われて、かなり難航しましたが、こいつと出会えてよかったです。 つくっているときから「今年のベストワンになるに決まっているし、向こう10年まで広げても、十分鑑賞に耐えうるものができる」と思っていました。 ゲートが開いたときに何枚売れるかをODと賭けて、わたしは「1時間で2,000枚売れる」って言って、負けたんです(笑)。 BOSS そうそう。 そうしたら、こいつと一緒に「うわー!! 祖父江慎さんですか! 」となりまして。 OD ほかにもアイデアがあったデスが、祖父江さんが「この方向に絞っていきたい」「これがいいです、絶対揃いのスーツがいいです」って、グイグイきたじゃないスか〜。 BOSS わたしの考えでは、アタマの上にふたりともパンを乗せる予定じゃなくて(笑)。 ODはパン好きですから乗せるけど、わたしは乗せないだろうな、と思っていたら「ふたりでピッタリ揃えて、クラフトワークみたいにバチッと揃えるんだ」っていうふうに祖父江さんが、というか、アタマの上にパンを乗せることにものすごく執着されていて(笑)。 天才の判断ですね(笑)。 メチャメチャ簡単にいうと、2期は「菊地くん本人がすべてやっていた」こともあって、フェティッシュで、エレガントで、まあ、病的だと。 出した当時は早すぎて、時代は病的とかフェティッシュどころかさわやか渋谷系だったので、まったく蹴られちゃったのですが、いまは国民が病的でフェティッシュになってきたからか、「あれいいよね」みたいな感じにやっとなってきたというか。 彼の仕事はいつでも早すぎますから。 でも、いまから改めてそんなことをする気は菊地くんにはなくて、もう鬱とかネガティヴとか、われわれも表現として飽き飽きなんで、おもしろくて調子いいんだっていう、泣けるときは普通に泣けるんだっていうような感じが、なんとなく最初の気分というかセッティングとして、特にODと出会ってからは明確に固まりましたね。 OD 自分はパン工場での鼻歌とかカラオケとかはやったことあるデスが、それだけだったんで、最初は何もかもびっくりしたじゃないスか! でもボスと色々つくってるうちに、やりたいことがどんどん湧いてきたデス! 第1期サンはバンドだから別だとしても、第2期サンは、やってること自体は似てるから、そりゃあ比べられるじゃないスか〜。 でも、自分と岩澤さんは全然違うし、BOSSと菊地さんも全然違うし、一緒につくっているうちに、自分たちだからこそできる、いいものになりそうだなっていう気はしてたじゃないスか。 だからもう、曲ごとにバンバンやりたいことをやった感じデス! BOSS よくあるネタ的な話で言うと、「エイリアンセックスフレンド」に関しては「Poomみたいな感じの曲があるといいね」という話はしました。 とはいえ、こんなに元ネタなしでつくっているアルバムはあまりないです。 12曲あったら、半分くらい「これはあの曲の影響を受けて」といったことがあるのがポップカルチャーで、わたしはそれも得意ですが、ODの才能のあり方が、広範なポップスの知識があって、そこから元ネタをひとつ選んで、「ちょちょいとこれに似たのをつくるじゃないスか」という感じじゃなくて、元ネタがあったとしても相当自分でいじってオリジナルまでもっていくし、あるいはゼロからつくっちゃうところがあるので、普通のポップスメーカーみたいに、「スティーリー・ダンをすごい聴き込んで……」みたいなことはなかったですね。 「Poomみたいなものにしてみようか」といっても、雰囲気やある一部の和声進行は同じだけど、といった感じです。 換骨奪胎というか。 微妙な話ですが、ポップスの拡大再生産というか、そのままやっちゃうことのほうがポップミュージックの歴史という意味においては正統という側面もあります。 (山下)達郎さんだって小西(康晴)さんだって、桑田佳祐さんですら、元ネタの引き方は大胆ですよね。 でも今回は、「ここらへんはこうなっているからいいよね」とか「こういうふうに転調しているからいいよね」ということで、構造が一回エッセンシャルに抽象化されています。 ルビー・フランシスやPoomは好きで聴いていて、「こんなふうなのいいね」ということにはなったのですが、「ここからここまでマルっといただき」みたいなことはしていないですね。 っていうか、ODにはそれができないんで。 お互いの意見にしても、ゾルゲル状じゃないけれど、「どこまでがどこだったっけ」みたいなところがあるし、参考にしているものもすごい微妙なことだったりするので、ハッキリと「ココがこうです! 」って分けられるものでもなかったりするじゃないスか。 BOSSの言ったとおり、もうちょっと抽象的なことだったりするので。 BOSS 先程も言ったポップスの健全なあり方というか、「これはアレの影響を受けているよね」といったサインというのは、それはそれでポピュラーミュージックのユーザーは嬉しいわけです。 一種の暗号解読であり、チャームですよね。 それに、ポップカルチャーで「まったく聴いたことがないオリジナル」なんて、単純に可愛くないんですよ。 嬉しくないというか。 だから「Devils Haircut」に関しては、「あ、これはきっとYMOの『体操』だな」っていう聴かれ方をされるだろうな、というのはあって、実際「体操」なんだけれど、「体操」の擬態というか、ちょっと「体操」の感じが入っているだけで、大元になっているのは多調性といって、一曲のなかにキーが複数入っている。 というのがターゲットです。 それに、「体操」以外のネタも入ってる。 ネタを重層的に構えてますね。 マッシュダウンとか言いますが。 BOSS それは連想ですよきっと(笑)。 イメージだけの関係妄想というか。 細野さんとはレンジとか声質が全然違いますからね。 でもあのコーラスは、ある程度ふざけて大げさにおもしろく入れたんだけど、ミックスしてみたら普通になっていて、世の中って結構ゆがめて歌っているんだなって思いましたね。 OD そう、録ったときはすごかったというか、聴いたら笑うぐらいだったデスね(笑)。 」が口癖)。 BOSS 口癖の英語化ですよね(笑)。 OD 「NICE CUT」「Devils Haircut」とカットが続いちゃったのは偶然デスけど。 BOSS そうね(笑)。 」って言ったときに「ナイスカット」しかないんで(笑)。 だったらなにかを切っていく話にするしかない……っていう程度です。 この曲はいちばんふざけてるというか、気楽な感じですね。 ドンドン切ってゆくだけ。 ハサミと日本刀で(笑)。 OD 最初はもっとふざけてたデスね。 BOSSのナレーションが話してる途中で自分が遮って切れちゃうみたいな。 面白すぎたんでやめたじゃないスか(笑)。 BOSS 根底にあるアティテュードとして、深刻なことを歌うとか、人生に疲れている人を励ますのだっていうことを、能動的にはしないのだと。 よくギャグで言うんですが、「あなたが背中押してくれた」って、飛び降り自殺する人のことだな(笑)、とか(笑)。 ポップスの基本だと思いますが、おもしろい曲があって、切なくてちょっと泣ける曲があって、痛快な曲があって、ドープでエロティックな曲もあって……というふうにしておけば十分だと思っています。 令和というのは、平成と違ってSNSとかで人がどんよりしちゃって、鬱病の患者がすごく増えちゃって、ということに比べると、涼しく小気味よい感じで、いい感じでいきましょう。 って言うのが、ずっと言ってる、われわれのトーンとマナーですね。 トーンとマナーなんて古いけど(笑)。 「mint exorcist」ではセリフで言っちゃってますけど、要するにわれわれは新人だし、音楽に対して基本的には無教養なわけです。 これが「菊地成孔と小田朋美のアルバム」ってことになると、とんでもなくハイクオリティでアカデミックなアルバムというふうにタレントイメージで捉えられてしまうわけです。 実際のところ、凝るところは凝っていますが、そんなことはリスナーには関係ない。 ぐるっと回って話が円環しちゃうのですが、いまでも「菊地・小田」って言いたがる人が多いんです。 それはこっちの責任もあって、顔が似ているから仕方がないんだけど(笑)、そんなもんわれわれには関係ないので(笑)。 ODなんて全部我流の天才なんですが、祖父江さんのおかげで、ハイクオリティにふざけたジャケットに仕上がったこともあって、上手く出せたと思っています。 OD、ヴァイナル切りたい? OD ヴァイナル……よくわからないじゃないスか。 BOSS あはは(笑)。 OD ヴァイナルがあるとDJサンがクラブとかでかけてくれる? そういうことデスか? BOSS DJがかけてくれるし、でっかい盤をコレクションする人たちが買うんだ。 あと、CDプレイヤーがない人(笑)。 OD 確かに見た目的に大きいといいじゃないスか。 BOSS いまはプロダクツの乗りこなしが難しい時代なので、サブスクとCDプロダクツをどういうふうにするのか、ということそれ自体がミュージシャンのタクティクスのひとつになってますよね。 星野源さんが『POP VIRUS』を出してすぐにサブスクを解禁して、それでも盤は売れるという自信とか、ああいう振る舞いまでもが音楽家に問われるようになってきちゃっていて、高年齢の新人としては難しいなぁとは思っているんです。 ただとにかく、「CDはもう売れないんだ」っていうひとつの鬱的な諦観、そうした諦めている感じとか、鬱病傾向の人の自己防御で「期待すると後で落ちるから、悪く考えておけば大丈夫なんだ」という考え方が、われわれも菊地くんもいちばん嫌いなんです。 あとからグズグズに失敗してもいいから、「これは最高だ」って考えて、常に最高で楽しいし、バッチリで世界一だっていうバカみたいな、ヤンキーみたいな感じで考えて(笑)、それで動くというのが原動力になってます。 CD不況の時代に、しかも流通もさせない(ライヴ会場と自社サイトのみで販売。 12月1日よりサブスク解禁。 店頭販売は、渋谷パルコ内の「GAN-BAN」のみ)ので、『mint exorcist』はちょっと買いづらいわけです。 普通にタワーにポロッと並んでそうな態で、並んでいないっていう(笑)。 OD 自分は並んでいないほうがワクワクするじゃないスか。 「いま、ここでしか買えないもの」とか、このご時世あまりないデスよね。 いまはどこでも手に入るものばかりだから、ここでしか買えないことに文句を言う人もいるかもしれないデスが、会場しか体験できないライヴも、ここでしか買えないぞって形の買い物も楽しいし、イマジネーションが湧くじゃないスか。 OD むちゃくちゃつくりたいデス!! 新しい曲をライヴでやりたいじゃないスか〜。 BOSS さっき言ったように、1年に半分ずつつくっているから、つくり疲れがないんです。 いま、12曲を一気にワンシーズンでつくるってなると、別に誰が彼がじゃなくて、大変だと思います。 いまは1曲できるとすぐに配信で出しちゃうのが流行りですが、ウチらはそうしないつもりです。 というのも、最終的には12曲分くらいのイマジネーションやモチヴィションがふたりのなかにあるので。 まあ、1曲つくったら配信しそうだけど(笑)。 年寄りの粘りを見せたいですね(笑)。 SPANK HAPPYで行くのはどうかって。 したらもう、「そんなの願ったり叶ったりですよ! 」みたいになって。 ちなみにMVも伊勢丹三越さん全面協力で撮りました。 菊地くんが伊勢丹と懇意にしてきたっていう流れがあって、その恩恵に預かったという。 そのときには、ODとやることになっていて、「ヒコーキ」のデモを聴いてもらったら「完璧です! 」ってことで、ぜひSPANK HAPPYで、ということになりました。 伊勢丹の人たちが1期や2期のSPANK HAPPYを知っていたこともあり、「十数年ぶりに復活するんですよね? それってヤバいじゃないですか」って。 それでぜひ、という感じになったのが18年の5月のことでした。 BOSS 菊地くんがラジオで再開を宣言して、すぐにわたしに「相方を探してくれ。 天才的な能力をもった、いままででいちばんいいパートナーを探してこい」ってことで、大げさじゃなく、世界中を回りました。 菊地くんでさえ、2期の岩澤さん脱退後は、上海まで行きましたからね。 それでも見つからなくて、わたしの寝床がある川崎のパン工場に行ったらODがいて(笑)、「こいつはすごい」ってことになりまして。 「」にそこら辺のことは全部書いてあります。 生演奏のエクストリームなジャズにラッパーが入った「SONG-XX」にも小田は参加。 菊地と小田だけの「花と水クラシックス」は北京ブルーノートまでツアーに。 連名での映画音楽も2作ある)、もっと言うと、で小田さんのソロアルバムを出しましょうとなったのがそもそもだったのかもしれないです。 「『シャーマン狩り』の次なのでどんなの出しましょうかね」となったものの、やや迷走して、スカッと「こういうのをやりましょう」とはならなかったのですが、小田さんは才能あるので、出したら名盤になるので丁寧にやりましょうかと言っている間に、菊地くんも疲れてきて、SPANK HAPPYの再開を始めちゃった。 そしたら本当に、偶然にも小田さんとこいつがそっくりだったんで、「周りはみんな菊地と小田のバンドだって言うでしょ。 メディアも」と、菊地くんは楽しんでました。 ODであれ小田さんであれ、同じ話ですからね。 才能がある人を見つけてプロデュースしたり、パートナーになってもらうという意味では。 2期の岩澤さんは本当にお人形で、なんの意味もわからず、なんにも知らずに、まあそこはコンセプチュアルなところだから強みでもあるわけですが、なんだかわからず現場に来て、ただ言われたとおりに書いてある歌詞をその場で歌うっていうだけの人でした。 踊りもできないし、ただ口パクで舞台に立っていただけなので、1ミリも音楽に関与してなかったですね、あの人は(笑)。 そこがすごいといえばすごいのですが、だからその反動で天然のスーパーガールみたいな人がいて、全部やっちゃうんだ、打ち込みもやっちゃうんだっていうコントラストがすごくよかったんです。 計画的にはできませんよ。 こんなこと。 OD 菊地さんはヤバいじゃないスか(笑)。 BOSSとは全然違うデス。 顔も似てない。 BOSS お客様の情報速度が、個々人で昔より開いてしまっています。 いまみたいに情報が多すぎたり、あと、「情報はいつでも取れる」とたかをくくると、情報貧者になってしまうという。 昔は情報に飢えていたし情報が少なかったから、マーケットがせーので発信すれば認識が一緒だったんです。 1回ライヴに来たりInstagramを見たりすれば、根本のムードからして全然違うんだっていうか、実際やっている作業が違うんだっていうことはわかると思います。 ODが打ち込んでいて、わたしがヨコで見ている絵がいっぱいInstagramに上っているわけなので、まあまあ、いろいろなことがわかるのですが、そういうものをまったく目にしない人もいるし。 と、あとは作品を通じてFINAL SPANK HAPPYがどういうものなのかを、2期との比較でもなんでもいいんだけど、とにかく明確に違うんだっていうことが定着すればいいなと思っていますし、するとは思っています。 「mint exorcist」聴けばわかるでしょ。 いつだって音楽自体が最強の情報なんですよ。 OD 再開したことすら知らない人もまだいるじゃないスか。 でも自分は「再開って、何がデスか? 」って言ってたから(笑)。 BOSS 菊地くんはいまだに「菊地秀行さんの弟さんなんですね、びっくりしました」と言われますからね。 何十年言わせるんだよって。 遅い人はめちゃくちゃ遅い。 マラソンの最後尾を見ていたらキリがないですね。 でも、皮肉ではなく癒されますけど。 遅い人見るのは。 菊地くんもわたしも早い方なんで。 OD とにかく楽しく1曲1曲つくっていたら、いつの間にか盤になった、みたいな感覚デス。 最後のほうはさすがに完成に向けて締め切りが〜〜。 てなったけど、基本的には追い立てられずに、「この曲はこれでやるんだ、わー! 」ってやっていたら、いつの間にか1枚のアルバムになっていた、くらいの体感なので、ひたすら楽しいデス。 いろいろな服を着て、はやく次のライヴをしたいじゃないスか。 レコーディングもライヴも大好きデス。 BOSS どちらかというとこれは菊地くんの属性だから、わたしと液状化しちゃうのですが、さっきも言ったように菊地くんもわたしも4万枚売れてしかるべきと思っていて(笑)、4万枚売るということは、(マネージャーの)長沼家が4万枚梱包しなきゃいけないから(笑)、大変な労働がまっているぞっていうことになっちゃうんだけど。 そうすね、これも菊地くんの属性で、音楽に関しては自信家で躁病だから、このアルバムはあんまりうまくいかなかった……と思ったことは、あんなにアルバムを出している人にも関わらず、1回か2回しかないと思います。 あとは、最高傑作ができたと思いながらつくっているから、今回は菊地くんを嫉妬させたいですね(笑)。 彼にはこんなに頼もしいパートナーはいないわけで。 ダンスにしても、ODは踊ったことがなかったけれど、やらせると天才なんでなんでもできちゃうわけです。 いろいろな服を着て、振り付けもパッと覚えて、Instagramの管理もできるし(笑)。 頼もしいうえに能力開発というか、どんどんものを覚えていくという。 ODは今年いっぱいでがっつり浸透するといいなと思っています。 小田さんの芸名だと思ってる人は遅れた人になる(笑)。 二極化が進むでしょうね(笑)。 わたしも菊地くんと別個の、独立した人物であると思われ始めている頃合いでしょう。 OD もういるじゃないスか!! Buffaro Daughterのライヴ映像に菊地さんが出ているのを見て、「これは『エイリアンセックスフレンド』のおじさんだ」って書いてあるTwitterを見かけたデス! うわーそういう人もいるんだなって。 一瞬、なんだかわからなくなったデスが(笑)。 自分とBOSSが菊地さんもミトモさんもブッ飛ばすじゃないスか(笑)。 BOSS 何度も言いましたが、いちばん幸福で楽な人は、菊地くんも小田さんも知らない人です。 別に「体操」から引っ張るわけじゃないけど、YMOのいちばん幸福な観客は、ミカバンドもはっぴいえんども知らずに、いきなりYMOを見た人ですよ。 われわれはディグっても過去履歴ないですけどね(笑)。 OD 「エイリアンセックスフレンド」のライヴ映像は、菊地サンとかミトモさんとか、SPANK HAPPYということでもなくて、リコメンドというアルゴリズムの神に愛されて(笑)、なにかの拍子にYou Tubeのオススメになって全然知らない人たちがわーって来てくれたから、幸せな人が多いデスね(笑)。 BOSS スパンクハッピーを25年間聴いててくださった方はもちろんありがたいし、菊地くんと小田さんのファンの方が、われわれを彼らだと思って愛好してくださるのはもちろんありがたいに決まっているんだけど、だからむしろ海外にだって行きたいですよ。 まったく予備知識ない人たちにフレッシュなインパクトを与えられますからね。 その意味では、まだ日本でも動画が30万回再生されれば可能性があるわけですよね。 BOSS あらゆる匿名化はどんどん進むでしょうし、そのうち中東の女性みたいに、外出するときには顔を隠したヴェールを被る女性が出てきてもおかしくない世の中です。 でも、われわれは、本名があって、それを隠してるんじゃない。 20世紀的な、キャラクターでも芸名でもない。 とにかくみんな、いまは本当の意味で遊ぶ余裕がなくなっていますから。 音楽がとにかく苦しい日々を救ってくれる神かクスリみたいに思っている人が多いので。 だからもし神さまなんだとしたら、遊んでる神さまだし、クスリなんだとしたら楽しいクスリという感じではいたいですね。 そうそう、子ども番組とか出たいよね(笑)。 OD 出たい!「パンじゃないスか!」って。 BOSS 「みんなパンをたべるじゃないスか」って(笑)。 window. その後、97年に河野が脱退、さらに98年には、菊地が「壊死性リンパ結節炎」という日本では極めて症例が少ない病に倒れ、活動休止。 その間にハラが脱退したことでいったん幕を閉じる(ここまでが第1期)。
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