[図表]白内障の罹患率 出典:「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」(2002年)より 初期に混濁が起きる場所は、人によって異なります。 中心部(核)に濁りがあると「目がかすむ」「以前よりまぶしい」などの違和感を抱きやすいのですが、中心部が透明のままであれば視力は低下しません。 したがって本人も支障を感じないまま、白内障が始まっているケースもあります。 混濁がひどくなると、一様に視力が低下して日常生活に困難をきたします。 図表の「進行した水晶体混濁」の項は、そうした症状の人の割合を指すものです。 70代で半数以上の人が、80歳以上では67~83%の人が、白内障手術を必要とする状態にまで進行しています。 昔の白内障手術は手術時間も長く、合併症も多かったため、多くの人は手術を受けずに、日常の不自由さを我慢して過ごしていました。 しかし、現在では「白内障は以前よりも簡単な手術で治せる病気」という評価が定着しつつあります。 日本国内で行われている白内障手術の件数は現在、年間約140万件にのぼります。 1992年当時は年間30万件弱だったので、数十年前と比較すると4倍以上も増加しているのです。 その背景にはもちろん高齢者数の増加がありますが、大きな要因としては、今日の白内障手術の技術が飛躍的に進歩したことが挙げられます。 白内障手術は、濁った水晶体を取り除き、その部分に人工のレンズを入れる手術です。 この水晶体の役割を果たす人工のレンズは時代とともに、「単焦点眼内レンズ」「多焦点眼内レンズ」など、さまざまなタイプのものが作られるようになりました。 連載第4回で詳しく説明しますが、「超音波乳化吸引装置」という手術機器が発達し、それに伴い「超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術」という手術方法が開発されました。 患者さんの目の状態によって異なりますが、現在、日本で行われている白内障手術のほとんどがこの「超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術」といわれています。 需要の拡大とともに症例数が増え、広く浸透した白内障手術により、日本全国、どの病院・クリニックへ行っても、一定の質を担保した白内障手術を日帰りで受けられる状態になりました。 ところが近年、白内障手術に関する不満や後悔の声を見聞きします。 学会の報告で取り上げられることもありますし、新聞や雑誌、ニュースなどでも話題になっているようです。 私自身、外来患者さんから家族や友人・知人の体験談を打ち明けられることも少なくありません。 白内障手術への不満や後悔の声がだんだん募ってきたのはどうしてでしょうか? 「眼内レンズ」のメリット・デメリットとは? 「白内障手術は一定の質を担保したものになってきた」と前述しましたが、併せて知っていただきたいのは、「白内障手術は患者さんの希望に応じて結果が変わる」ということです。 例えばAさんが白内障手術を受けるとします。 「手術後は近くがはっきり見えるようになりたい」と希望すれば、近くが見やすくなる眼内レンズを使用しますし、「遠くの景色をはっきり見たい」と希望すれば、遠くが見やすくなる眼内レンズを使用します。 「遠くも近くも見えるようにしたい」と希望する場合は、遠近両用の眼内レンズを選ぶことも可能です。 このようにAさんは、手術後に手に入れたい〝見え方〟を自分の意思で選ぶことができます。 患者さんが明確な希望を提示し、医師がそれを実現するための手術を行う。 言い換えれば白内障手術は、患者さんと医師、両者の協力があってこそ成功するものなのです。 こう書くと、問題はすぐにでも解決できそうですが、実際はさまざまな要素が影響を及ぼします。 まず、現在の白内障手術に使用している眼内レンズには、それぞれメリットとデメリットがあります。 Aさんが「近くをはっきり見たい」場合には、近くにピントが合う眼内レンズを使うので、遠くはメガネなしでは見えにくくなります。 そのため遠くを見るときは、メガネで視力を補います。 「遠くをはっきり見たい」場合には、反対に手元を見るときにメガネが必要になります。 また、遠くも近くも見えるようになる眼内レンズは、実はどちらも「はっきりと」「鮮明に」といえるほどの見え方ではありません。 遠近両用のコンタクトレンズを使ったことのある人は想像できると思いますが、遠くのみ、あるいは近くのみに特化した眼内レンズよりピントが甘く、その効果は「遠くも近くも、まずまず見える」といった程度にとどまります。 前述したように白内障手術は、濁った水晶体を取り除き、人工の眼内レンズに置き換える手術です。 眼内レンズは目のピントを固定させますので、遠くにピントを合わせるレンズは近くが、近くにピントを合わせるレンズは遠くが、どうしても見えにくく感じ、メガネで補う必要が出てくるのです。 医師はこうしたメリット・デメリットを患者さんに説明します。 患者さんはそれを比較、検討し、不明点や疑問点があれば医師に聞いて相談を重ねます。 そして、最終的に患者さん自身が使用する眼内レンズの種類、それによって手術後に得たい見え方を決めていきます。 また、先ほどは分かりやすく「遠く」か「近く」かの2種類で説明しましたが、実際にはさらに細かく分類できます。 例えば「近くをはっきり」「手元が見えるように」といっても「針仕事がしやすいように」と「店の棚で商品を見つけやすいように」では、目から見る対象までの距離が異なります。 「携帯電話を見やすく」と「パソコンを見やすく」でも、実は大きな差があります。 そのため問診や診察では、できるだけ患者さんに具体的な場面に合った、希望する見え方について話してもらうようにします。 「テレビが見えるように」と望む患者さんに「テレビは部屋のどこに置いていますか?」と聞いたり、「スポーツをするときメガネをかけたくない」と望む患者さんに「ゴルフはされますか?」と質問したりすることもあります。 中には「そんなに詳しく話さなくてはいけないのですか?」と不思議そうに聞き返す患者さんもいますが、その質問に対する答えで、最適な眼内レンズの種類や度数が大きく変わってきます。 手術後に「私の生活にそぐわない目になってしまった」と後悔しないためには、詳細な問診や相談の繰り返しはどうしても疎かにすることはできません。 藤本雅彦 医療法人敬生会フジモト眼科 理事長兼院長.
次の多焦点レンズとは 眼内レンズは、球面レンズや非球面レンズ、透明なガラスタイプや黄色いタイプなどバリエーションは豊富になりました。 また、乱視を矯正するためにトーリック機能が付いたレンズもあります。 これらのレンズは好みで選べるものではなく、自分の目に合うレンズを適切に眼科医が診断しなくてはなりません。 単焦点レンズ 以前は白内障のレンズといえば健康保険が適応される「単焦点眼内レンズ」でした。 焦点は1つですので、遠方に焦点が合う度数レンズを挿入すると、眼鏡なしで遠くは見えても近くは老眼で眼鏡が必要になります。 しかし、画質はとてもきれいで満足度の高い手術です。 多焦点眼内レンズ 現在は技術が進歩して「多焦点眼内レンズ」も使われるようになりました。 焦点が2ヶ所あるため、遠くも近くも見えて眼鏡が不要になります。 多焦点レンズはレンズの表面に同心円状の溝を何重にも重ねているので、レンズを通過する光りが眼内で遠近に分かれて焦点が合うようになります。 また、多焦点レンズは保険が適切されないため、一般的に片側35~40万円と高額です。 多焦点レンズを希望する人は遠近両用眼鏡の用に快適に過ごせると思っている人も多いですが、眼内レンズと眼鏡は全く感覚も違います。 眼内レンズは一度装着し時間が経てば取り外すことのできませんし、仮に不具合が発生すればリカバリーが困難になります。 多焦点眼内レンズの失敗 多焦点眼内レンズに人気が出る背景にはインターネットや雑誌の広告でメリットばかり強調されて、間違った情報が散乱しているためです。 広告には多焦点レンズがプレミアム手術などと書かれており、単焦点レンズよりも優れている用に紹介されています。 一生に一度の手術なら、より高価な多焦点レンズを選びたいと思うのが普通の考えかも知れません。 また、先進医療に対応した生命保険に入っている場合は、せっかくだから高級なレンズを選びたいと思う人もいます。 もちろん、自分の目に合う多焦点レンズが装着できて快適に生活している人も沢山います。 一方で、多焦点レンズがピッタリと合うような理想的な眼を持っている人はそれ程多くはいないのが現実です。 多焦点眼内レンズによる白内障を得意とするクリニックの中には全体の手術に占める割合が数十%、年間の手術件数が数百件以上になる所もあります。 一見すると多焦点眼内レンズが得意で安全だと思えるかも知れません。 しかし、日本を代表するような眼科医であっても多焦点レンズによる白内障手術が占める割合は数%未満です。 それ程、 適応する眼は少ないのが現状です。 単純に多焦点レンズの手術件数が多いクリニックはグレーゾーンと呼ばれる人達にも行っていたり、患者の希望を常に優先している場合もあります。 このような医療機関では間違いなく、不具合を抱えた患者が多数発生します。 見え方に後遺症が発生しても適切に対処してもらえずに、「いずれ慣れる」「様子を見ましょう」と言われ兼ねません。 結果的に術後は後悔し苦しみ続けるのです。 なお、親身で技術や知識のある医師程、多焦点レンズには慎重であり、患者が希望しても単焦点レンズを勧めます。 利益を優先するクリニックは単焦点レンズも行うものの多焦点レンズの適応判断基準が緩くなるようです。 見え方の不具合 眼内レンズの見え方は単焦点、多焦点に限らず人口のレンズですので、本来ある正常な眼に比べると劣ります。 多焦点レンズは焦点に合う光りの量が遠方と近方で半分になるため、見え方のコントラストや鮮明度は落ちます。 精密な作業を日常的にする職業(職人や歯科医、デザイナーなど)は合わないことも多いため避ける方が無難です。 もしも、見え方に不具合が発生すれば仕事ができなくなる恐れがあります。 また、眼の疾患(加齢黄斑変性や緑内障など)で目の感度が落ちている人は見え方が悪化する恐れがあります。 結果的には画質落ちても良いので、近くも遠くも眼鏡を使いたくない人に適しています。 なお、多焦点眼内レンズは両目に挿入することを強く勧めます。 片側だけ挿入すると、反対側の眼だけ眼鏡が必要になることや見え方がアンバランスになり致命的です。 眼内炎 稀にですが術後約1000~2000人に一人の割合で眼内炎が発生する場合があります。 失明のリスクがある一刻を争う症状のため、素早い処置が必要です。 気になる症状が発生すれば直ぐに眼科医の診察を受けてください。 眼科選びや手術 白内障手術は多くの眼科が行う手術であり、一般的です。 故に、街中を探せば技術のある医師は沢山います。 通常の単焦点レンズを受けるなら問題はありませんが、多焦点眼内レンズを希望する場合は正しく診断して施せる医師に出会えるかが重要です。 インターネットでプレミアム(高級)と大々的に宣伝しているような眼科は避けるようにしてください。 このようなクリニック最先端の技術提供、ゴールデンアワー賞受賞、名医紹介、手術件数、先進医療実施施設に認定など「みやび」に着飾っています。 海外のゴールデンアワー賞を受賞と書かれて、賞状を海外医師と並んで撮影している写真が掲載されているケースがありました。 実際には海外の研修イベントに出席すれば貰えるだけの賞です。 また、厚生労働省が認可する先進医療実施施設に関しては多焦点眼内レンズによる白内障手術を10件実施すればできます。 言わば、認定=高い技術だと思わないでください。 白内障の症状が軽く、手術がまだまだ先であっても、利益を優先するために無理に勧められるようなケースもありました。 大切なことは信頼できる技術と知識を持つ眼科医を見つけることです。 白内障の手術 手術は通常10分程度で終了します。 簡単な手術と思われがちですが、約10%程度の人は手術が難しい眼をしているため数十分でできる手術が2~3時間掛かる場合もあります。 このような眼は手術前から分かる場合もあれば、手術してみて分かる場合もあります。 多焦点眼内レンズは様々な種類があります。 通常の遠近2焦点から遠中近3焦点レンズも開発されています。 例)ReSTOR(レストア)、iSii(アイシー)、TECNIS Multifocal(テクニス・マルチフォーカル)、FineVision(ファインビジョン)、LENTIS Mplus X (レンティスMプラスX)など この中から好きなレンズが選べるのではなく、患者さんに合う最適な種類を適切な診断や検査により見極める必要があります。 どのレンズを選択するかによって術後の見え方は大きく左右されます。 また、どの種類のレンズも眼に合わない場合もあるため、適応外の診断も重要です。 仮に合わない眼内レンズが挿入されれば視力が出ていてスッキリしない不具合が出たりとリスクがあります。 失敗後の再手術 多焦点眼内レンズで見え方に不具合が発生すれば、早急に再手術を準備する必要があります。 再度、眼内レンズを入れ替えば良いと思う人が多いですが、現実は違います。 眼内レンズを入れ替えて術後数ヶ月経過すると、水晶体嚢に癒着が起こり取り外すのが困難になります。 つまり、この 数ヶ月以内に再手術が出来るかどうかが運命を左右します。 不具合を抱えた多くの人は、この機関を逃したために生涯悩み続けているのが現状です。 もしも、手術の見え方に納得できない場合は早期に手術を受けた眼科医に説明を求めてください。 また、セカンドオピニオンを受けることも大切です。 術後、一ヶ月程度は傷の回復具合により見え方は安定せずに、眼の状態も適切に診断できません。 そのため、診察を受けながら再手術を念頭に準備します。 再手術自体は白内障手術と同じ手順です。 術後、一ヶ月後~数ヶ月以内に眼内レンズの入れ替えを行うべきです。 明らかに問題があるのに執刀医が拒むなら、躊躇せずに他の信頼できる眼科医で単焦点レンズに入れ替えることが賢明です。 多焦点眼内レンズのまとめ 最近は多焦点眼内レンズを受ける人が増えると共に、不具合を抱えた人が発生してさ迷う結果になっています。 白内障手術において高い技術を持つ眼科医は多いですが、多焦点眼内レンズに合う眼やレンズの種類を適切に診断できる眼科医は割合が減ります。 知識不足の中で、合わない眼内レンズが挿入されるケースが後を経ちません。 もしも、白内障手術を受けるなら単焦点眼内レンズを選ぶことを推奨します。 逆に、多焦点眼内レンズを選択するなら、リスクを許容しながらも信頼できる眼科医を複数尋ねてください。 なお、眼科医の多くは患者さんの眼を大切にする志の高い人であり、故に多焦点眼内レンズは慎重です。 医療が進歩する中で恩恵を受ける人もいれば、一定の割合で犠牲になる人もいます。 インターネットの普及でメリットばかりが先行しますが、光りがあれば影があるのも事実です。 しっかりと知識を持ち、正しい判断をしてください。 白内障の手術を受ける全ての人が成功して、人生を歩んで欲しいと願っています。
次のさすがに手術が始まると世間話はない。 医師の手の動き、実際には聞こえない息遣い、看護師の気配が気になる。 眼前には相変わらず万華鏡の模様が展開される。 手術は15分~20分ほどで終わると聞いていたが、なかなか終わらない。 しばらく沈黙が続いていた手術室内に密やかな会話が始まる。 目が見えない分、聴覚が研ぎ澄まされる。 一体、何があったんだろう?手術は順調なのか? そして時間が進むにつれて視界は崩壊していき、万華鏡ではなくなる。 眼の中心部では、CGでできた卵の黄身がグチャグチャに掻き回され続ける。 それはカエルの卵か、子供のころに理科のテキストか何かで見た細胞分裂も思わせる。 手術の後半には眼の中に何かが差し込まれる感触があり、 それ以降はCGの周辺部に手術室の天井らしきものと医師の頭のようなものがリアルな画像で見える。 一つの眼の中で、二次元と三次元が一緒に見えるという体験したことのない画像になる。
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