「これで全員、船に移り終えましたか?」 真王陛下は、マーガレッタに状況を聞く。 伝令を部屋の前に残して、戻られたらすぐにこの船に来られるようにはしておきましたが。 」 それを耳にした、レオルド卿が首を振った。 「また、あいつは独断専行か?懲りない奴だ。 」 「あなたが思われているように、おそらくミリンが心配で、いてもたってもいられなくて飛び出したのでしょう。 でも、出て行ったところで、あの子一人で、何ができるわけでもありません。 」 「なるほど、そういう考え方もできるか。 だが、今回ばかりはあいつの下手な鉄砲は、外れてしまうだろう。 連れて行けば、あの子は必ず、自分もミリンを救いに行くと言うでしょうから。 あの子の存在意義そのものなのですよ、ミリンを守ることは。 ですから、もし間に合わなければ、ここに置いていきましょう。 」 「そうだな。 もう二度と、あんな思いはしたくない。 」 リリンも、子息として可愛がっているとはいえ、産まれたときから父親として暮らしてきたレオルド卿にしてみれば、実の子ではないとしても、アレサンドロは大事な息子に違いない。 ある意味、血を分けた娘であり、いずれ王となるミリンへの愛情よりも、深いものがあるのだろう。 「では、マーガレッタ。 船に乗船した関係者を、すべてホールに集めなさい。 」 「陛下の仰せのままに。 」 そのとき、側にいたサイバー子爵に、レオルド卿が質問する。 「ところで子爵、共和国の方々はどうされたのだろうか。 このようなことになってなんの対応もできなかったが。 」 そうだ、本来そのような気遣いをしなければならない、ミリン本人がさらわれてしまい、あちらも気遣って何も言ってはこないものの、かなり失礼なことをしている。 「もちろん、パーティー会場のアベハルンビルが崩壊し、調印式もあのようなことになりましたので、失礼は承知で調印式のみということにさせていただいております。 確認したわけではありませんが、聞くところによると、すべてのメンバーは国に帰ってしまったということです。 しかも、市長など一部の上層部は、高速艇という日中なら2時間ほどで戻れる船を使って飛んで帰られたということです。 」 「なるほど、仕方あるまい。 あれほどの力を見せつけられては、おちおちここにはいられまい。 」 「会場では、本国で対策を考えなければと、おっしゃっていたのを聞いたものがあるようです。 」 レオルド卿は首をひねって、なんとなく共和国、モーイツの港の方を向いてあきらめたように漏らす。 「それは考えざるを得ないだろう。 何と言ってもまずは、自国を守らねばならないからな。 」 そういっている間に、船の中で一番広いホールに、調印式会場にいたものを中心として、ほとんどの者が集められた。 関係者すべてを前にして、メトベーゼが簡単にこれから始まる会を説明した後、真王が前に立って最初の声を発する。 「では、これまでどのような検討がおこなわれ、今から、どこへ行ってなにをするのか、明確にしていきたいと思います。 まずは本日起こったことを、簡単にまとめておきます。 マーガレッタ。 」 マーガレッタが説明を始めた。 「はい、我々はこのボコボヘ、国内に侵入して悪の根を張ろうとしていた組織と、その配下となっていた国内組織を殲滅、あるいは追い出すため、殿下とともに軍を率いてやってきました。 しかし、我々がここへ着く前に、この街にいた悪党どもは、共和国モーイツ港において要人を拉致監禁していた国際マフィアの者たちと、仲間割れをして全滅していたのです。 この辺りから、悪の組織の脅威が去ったことを受けて、すぐに共和国から安全保障条約締結の申し入れがあり、モーイツとボコボの都市同士で、仮調印を行う運びとなりました。 しかし、この街に殿下が入られたことで、王家直轄地と共和国の調印式が予定され、本日午後調印式が執り行われました。 しかし、マフィアはこの地での失態が、広く世間に知れ渡ったらしく、すでに手を伸ばしている世界各国において、その支配力が低下し、排斥運動にさらされてしまっていたようだ。 とらえた獣人達の話によれば、この王国を完膚なきまでに征服したという狼煙をあげなければ、全世界におけるマフィア存亡の危機にまで追い詰められていたと言ってよいらしい。 そのためこの調印式を機会として、全勢力をあげてミリアンルーン殿下の命を狙いに来たというわけだ。 しかしその暗殺には、先の宰相であった魔女アラディアの私怨も、こめられていたと思われる。 知っての通り、すでにマフィアが利用してきた麻薬強化人間や魔法銃は改良版が今回用意され、殿下の暗殺を断行してきた。 ここにお集まりいただいている魔法使いや、多くの国民の協力によって魔女は追い払うことができたのだが、残念ながら殿下は守りきることができなかった。 魔女の言葉が真実であるならば、永遠の牢獄といわれる異界に連れ去られたと考えられている。 」 そう言いきったマーガレッタは、悔しさのあまり奥歯を強くかみしめたのだろう。 かすかにギリッという音がきこえた。 その後はリリンが続ける。 「さて、この戦いを惨敗にしなかった、キーマンが何人かいます。 その一人は世界一の悪魔と言われてきたサタンですが、どうやら私たちの認識は謝っており、サタンは別名ルシーという魔法使いだったようです。 しかし彼女が、先にあった魔王征伐の際、敵の魔族に加担していたことは間違いのない事実であり、今回どのような経緯で、我々に協力をしてくれたかは、十分わかってはおりません。 次にあげられるのは魔女に敗れ連れ去られてしまったものの、最も巨大なモンスターを倒し、以前王都でもミリンを助けてくれた、王国勇者の存在です。 その正体は一週間ほど前に、サイバー子爵の領内で子爵夫人デニムを誘拐しようとした悪漢の手から救出し、共和国のモーイツの港町で拉致された、要人の解放に尽力したとして勲章まで与えられた、ここにいるタオの知己でもある、ラゴンであったということも確認が取れております。 そしてそのラゴンが妹と称して連れていた、ミツという少女そしてハナコと言う従者の3人は、サイバー子爵が確認しております。 彼らにはほかにも仲間がいるようですが、王国勇者には、そもそもクロスとクラサビという、私たちへの連絡係がおりました。 彼らがすべてつながっていたことは明白ですし、ミリンの言動から、あの子は彼らの存在をよく理解していたようであることも薄々わかっています。 」 いささか聞いている者にざわつきがある。 それを制止してリリンは先を続けさせた。 「ここにいる方々は、ほとんど会場におられて、何がそこで行われたか知っている人ばかりですので、このあたりの事情は、ある程度理解できておられるとは思いますが、次期国王でもあるミリアンルーン殿下を、2人の忠勇の士とともに、我々が永遠の牢獄とよびならわす恐ろしい場所へ送り込んでしまったのは、二十年以上前に先の宰相として王国の治世を貶めた、あの魔女アラディアです。 」 マーガレッタの発表に、再び会場がざわつくより前に、リリンはその後を一息に話し終える。 「この状況を受けて、王都では仮の至高評議が行われ、ここにいる私たち抜きで、ミリアンルーンの救出を行うことが、仮決議されたと知らせてきました。 それは、ミリアンルーンをガニマの聖脈が、次代の後継者から外さないことに起因しています。 平たく言うなら、神様はミリンをお見捨てになっていないということです。 」 「おーっ。 」 ほとんどの者から、感嘆の声が挙がった。 意気消沈した者たちが希望を得た歓迎の声だ。 予想していた反応を受けて、さらにリリンは付け加える。 「それをもって、ガニマの聖脈がミリアンルーンの無事な帰還を信じて疑っていないのだと、オンドーリア大司祭は判断しています。 とはいっても、それを頼みにしてなんの手も打たず、手をこまねいていても、ミリアンルーンが帰ってくるという保証が得られたわけではありません。 」 「そこで、私近衛隊長のマーガレッタと、サイバー子爵が救出に向かい、殿下とほかの二人を救い出して来ることを、真王陛下にお誓い申し上げた。 」 「おーっ。 」 同じように感嘆の声が挙がるが、それは先ほどのものとは違う、不安に満ちた声が多数混じっていた。 「そうだ。 今上がった声のように、俺とマーガレッタ二人では、殿下のところへたどり着くことさえおぼつかない。 」 今度は、ふーっというため息がかすかに聞こえる。 「ですから、今から協力してもらえるであろう方を探しに行きます。 ペスペクティーバ殿、老師はその心当たりをご存じと思いますが。 」 いきなり声をかけられたペスペクティーバは、考え込んでいたのだろう、はっと驚きつつも即答で返す。 」 「やはり、ラーゴというお名前が出ましたね。 それは最近、ガニメーデの聖霊たちの、ドミニオンマスターに就任されたというお方ですね。 」 やはり慌てている。 うっかり口を滑らせてしまったものの、ラーゴ本人から口止めをされていたのは一目瞭然だ。 「いまこそ、皆さんの知恵をお借りしたいのです。 ミリン一人のためではなく、ここまで立ち直った王国の将来のために。 」 リリンは頭を下げる。 魔法使いに国王が頭を下げるということは、人前では決して見られない行為だ。 周囲にざわつくものがあるのも仕方がない。 「国王、頭をお上げください。 我々魔法使いは、人間の政治や国同士の諍いには手も口も出さないのが、この世界が出来上がって以来の不文律でございました。 しかし、今、国ではない闇の組織といった、得体の知れぬ者に手を貸す魔法使いが現れ、ましてやそのものは自らの私欲のために、この国を貶めたこともあり、もはやこの不文律はないがしろになっているといってよいでしょう。 」 その言葉を受けるように、隣にいた魔法使いが声を上げる。 「だから、先ほど我々はある結論にたどり着いたのだ。 真王陛下、口を挟むことをお許しいただきたい。 レオルド卿と契約によって雇われているガスパーン、魔術師ということになっているが、南下ハルンでは名の知れた、れっきとした魔法使いである。 」 「存じておりますよ。 卿からよく話しを聞いております。 」 「その話はもう勘弁してくだされ。 年寄りの冷や水というやつです。 」 「それでガスパーン、たどり着いたという結論とは?」 レオルド卿が話を切ってガスパーンに問い直した。 (173) 真王の新たなる不安 リリンは、魔法使い2人が出した結論を聞いて驚いていた。 「そう、レオルド卿それなのです。 このような世の中のいびつさが、神龍であるラーゴをこの世に登場させた理由ではなかろうかということ。 人間種のものが繁栄し、それ同士が切磋琢磨して競い合い発展していく様は、たとえ命の代償を必要としたとしても、そこに人を創造した神である神龍の介入は本来の種の成長を促す意味で、決して褒められたことではないと思われて慎まれてきた。 神とはそうあるべきものであると、人間も神龍もそう信じてきたのだ。 そのため、我々魔法使いも生活の改善などにその力を貸すことがあっても、決して政治的な紛争などに手を貸すことは謹んで来た。 しかし、悪の組織のような物に手を貸し、治安の根幹を揺るがす魔法使いが、自らの私怨のためにあらわれるようになって、静観しているわけにはいかないとそのようなものをこの時代が遣わされたのではないだろうか。 」 この時代がつかわしたという大掛かりな話になって、真王リリンは偉大なる神の名を口にする。 「では、サラマンドラ太陽神の御意思が働いたとでもいうのでしょうか?」 「神といえばそういうことになるのだろうが、必ずしもそういうことでもないやもしれんと考えておる。 」 「しかし、アラディアひとりのために、そこまで世の中が動くのでしょうか。 」 そんな悪い魔法使いが出るたびに、神龍なみの能力者が現れるなどというなら、先の王国存亡の危機の際に現れているはずだ。 今度は、ペスペクティーバがその疑問を受けて言う。 「いや、真王陛下。 アラディアひとりの為と考えるのは、早計やもしれぬのではないか。 」 「それはどういう意味ですか?他にもそのような不埒な輩がいるということですか。 」 そんな恐ろしいことはあってはならないが、それ以上の悪い状況になっているなどとは考えたくもない。 「そのように聞こえたかもしれんが、それも当たらずとは当たらずとも遠からずといったところではないだろうか。 土台これまでのような様々な悪の組織に加担する動きが、魔女アラディアの一人の私怨によるものだけで、ここまでやってこれるものだろうか。 」 「ということは?」 「そう、アラディアには、さらに裏で糸を引く黒幕がいるというのもその結論の一つ。 」 「なんと、まだあの外道の裏に何者かがいると。 」 だが、それならそれでそのような陰の黒幕を退治してもらえれば話が終わる。 「そもそも、あの女は生粋の魔法使いではない。 あやつを異界の番人から、人間界に連れ出したものがいるといわれているが、真龍の決められた職分を放棄して変えさせることなど、誰にでもできるものではない。 たとえ造られた当初から、その運営管理を真龍がほとんど携わらなかった異界といってもだ。 」 「その黒幕とやらに、心当たりはあるのですか?」 「我らには、そんな想像ができるだけである。 もちろんあの魔女が急にそういう力をつけてきたという可能性もあるが、しかしそれでも、急に力を付ける原因があるだろうと考えられよう。 」 リリンは、それ以上の真相が明らかにならないことに不満を持ちながら、その恐ろしい真相が目の前に突き付けられなかったことに、やや安堵する。 ことは、100年単位の魔王の復活などとはレベルが違うのだ。 しかしマーガレッタは、なおも問い直す。 「では、神龍の神通力を持つラーゴというのは、そのような力に対して世界がバランスをとるため、あるいはその力を倒すために自然発生的に登場したものと?」 「そんな都合よくできていれば、こんな困った事態にはなっておらんと思わんか。 」 「そう、神がもたらしたなどと考えない方がよい。 まだ我々よりも早く、さらには詳しくそうした異常事態に気づいたものが、なんとかしたいと画策した結果と考えた方がつじつまがあうのではないか。 」 マーガレッタが驚きと共に、声を荒げてガスパーンに迫る。 「人の身で、ラーゴという存在を召還したといわれるのか。 」 リリンもそこには疑問を投げかけた。 いっせいに会場がざわつく。 神龍に、ということはすなわち神に匹敵する力を持つものを召喚できるものがいるとするなら、そのほうが恐ろしい。 「いや、聞いたことがない。 しかし魔物であれば、巨大な力を持ったものを召還する術があると聞く。 」 ガスパーンはそのように言ったが、そうなれば神龍ラーゴは魔物でありながら、魔王を越える神龍の力を持つ、いわば魔神ということになる。 それは、我々だけでなく、ヒト種や聖霊など、世界に生きる生物すべてにとってさらに問題がある。 「では、もしかしてラーゴというのは、魔族なのでしょうか?」 「毒をもって毒を制すという言葉がある。 そう考えた者があっても不思議ではない。 だがどうだ?世の中にそのような気配はみえるか?」 そう言われても、なんの力も持たない人の身では気づいていないだけかもしれず、ラーゴが神の力を持っている魔神かも知れないと聞いて、会場は静まり返った。 その静寂を破って真王陛下がなお質問する。 「その話を聞いて、さらにもう一つ心配があるのです。 会場であなたたちや、2人の女の子たちが、人でないものに転身させられました。 それはどういう事なのですか?魔女が自分の邪魔をするものの、評判を落とそうとしたという者が圧倒的多数なのですが。 」 この話については、2人の魔法使いは冷淡な反応をした。 「それについてはノーコメントじゃ。 」 「ふむ、そこへ行こうとするのだろう?自分でお聞きになればよい。 」 「ただ、ガニメーデやウンディーネの聖霊たちが、そのようなものを喜んで自分たちの頭にすえるだろうか。 」 それはそうだが、気のない返答を聞いて真王リリンが数段高い舞台を降り、魔法使いたちの前へ歩みでた。 常にそばに付いているマーガレッタ隊長も急いで後に続く。 手にちいさなミニチュアのような杖を持っている。 「ぶしつけながら、お二人のお手を拝借できますか。 2人とも同じ結果となった。 ガスパーンが驚いて尋ねる。 「なんですかな、これは?」 ペスペクティーバはこれを知っていたようだ。 「ほう、いわゆる正体鑑定装置をお持ちか。 ならば相手の許可がでれば、試されてみるがよろしかろう。 」 まるで自分はラーゴの正体を知っているが、納得いかないようだから自分でチェックしてみればよいといわんばかりの態度だ。 リリンがきびすを返して再び舞台に戻っていく。 しかし付き添って降りてきたマーガレッタ隊長は、そこで止まったままだ。 「ガスパーン殿にお尋ねしたい。 」 「なにかな、マーガレッタ隊長殿。 」 「あなたは、ラーゴやそれらの存在をこの旅にでる前からご存知だったのか?」 その質問に対して、ガスパーンはいささか戸惑いながら応える。 「いやいや、そのような存在を薄々想像したのはこのボコボヘ入ってから。 確信したのは今日の調印式でだ。 先ほどからラーゴという方が魔の者ではないかという疑心がささやかれているが、その一方で元の魔王島に聖泉を引いたのもラーゴと考えられている。 」 「確かに。 それは、この世の脈を司る聖霊シルフィーの一人から聞いたものだ。 間違いない。 そして、シルフィーは神龍様のご神託を得たと申している。 さらにそれは、聖霊のドミニオンマスターとなられたラーゴさまのことかと問うたところ、否定はしなかった。 」 それは初耳だ。 それであれば、聖霊のオフィサーがドミニオンマスターになったと聞いたとき、すなわち神龍が現れたと言ってくれればよかったのだ。 「そうだったのですか!」 「そうだ。 だから聖霊のドミニオンマスターが現れたということは、出来る限り伏せられた。 世の中が混乱するからだ。 」 「もはや世の中に龍はいないとされているからな。 」 「新しい秩序のはじまりだということですか。 」 「それゆえ、現れてはいけない、生み出してはいけないものとされてきたのだ。 それは王であるあなたならよくご存知であろう。 」 世界の理を正す神龍の力が巻き起これば、人間の事情など無視されてしまうかもしれない。 だからこそラゴンのような、使徒が間に立って人間世界のことを考えながら対処してくれている必要があった。 しかし、その力が及ばないと神龍が判断したのであれば、その問題、原因に対して、神龍の力は容赦なく振り下ろされる。 そうなってしまえば、人の都合である人間社会の事情など斟酌されないおそれさえある。 人間一人一人の都合をいちいち気遣っていては、世界の理を押し通すことなどできないからだ。 最悪、人間同士のいがみ合いがその原因であると考えられるならば、いっそのこと人がいなくなってしまえば、その問題は片付くと考えるかもしれないのが神というものである。 だが既に賽は投げられている。 リリン自身が巨人族から国を守るため、そしてこの場所に来るために神の力を使ってしまったのだ。 人の力では解決できないことが起こっていることを、神に示してしまった。 「レオルド卿!どうしましょう。 そんなものが出てくれば。 」 「確かに我々は、人間は微力だ。 我々が家屋敷を建てるときにアリの巣のことまで考えないように、神は我々の生活のことまでは考えようとしてくれないのが、世の中の理というものだ。 」 「そうなのです。 」 「だがリリン。 絶望するのはまだ早い。 我々にはミリンという希望がある。 」 「ミリンがですか?」 レオルド卿の言っている意味がすぐにはわからなかった。 今いない、二度と戻ってくるかどうかわからないミリンが、なぜ希望なのか。 「聖霊の言葉を思い出すんだ。 彼らはミリンのことをその存在、彼らの『ドミニオンマスターが深い親しみをもち、強い結びつきを持つまれにみる王の器』であると言ったのではないのか。 」 「それはこのペスペクティーバの耳も聞いている。 いわく、『アレサンドロの蘇生に役に立ちたい』、いわく、『ミリアンルーン殿下と親しくしてもらっている』と。 」 「おおーっ。 」 直にラーゴの声を伝え聞いた誰もが、いままでにない歓喜の声を上げたが、最も驚いたのは真王リリンであった。 自分の考えていたことと、寸分違わず合致したからだ。 聖霊からもアレサンドロのことについては聞いていなかった。 」 「リリン、民の前だ。 」 「あ、ああ、レオルド卿!あの子は。 」 「そうだな、アレサンドロの蘇生をも約束してもらっていたのだ。 」 気がそぞろになるのも無理はなかった。 想像していたのは空言ではなかった確信が持てたのだ。 ならばミリンを救いに行くことも夢ではない。 ということは、ほぼ間違いなくマーガレッタたちの進軍を前に、魔王城の戦力を骨抜きにしてしまったのはラーゴの力だ。 「聞きましたか、やはり我々にとってミリンを助け出すことが最後の望みとなっているようです。 誰でも、どんな曖昧な情報でも許します。 」 (177) サバトラーの語る事実 関係者を集めた船の中、それがどんなものでもよいと、情報を求める真王陛下の言葉に続いて、サイバー子爵が続けた。 「いずれにしろ、早速この深夜に集まってもらったが、船は明日の夜明けまでは危険なので出航はできん。 陛下もこうおっしゃっているので、いまのうちに全員の知っていることを整理しておきたい。 」 「陛下、たいしたことではないかもしれませんがお話が。 」 「近衛副隊長キャラブレ、お話しなさい。 マーガレッタ達が別墅に戻ってきた時、入れ替わるように姿を消してしまいました。 そうですね。 」 リリンは、ここへ移動してからもずっと側について、乗船状態などをマーガレッタに報告していた衛兵の責任者に問う。 「はい、我々別墅を護る衛兵は、誰もその姿を見ておりません。 」 それを聞いたキャラブレは、再度周囲を見回してから、会場には聞こえないような小声で、ようやく話しはじめた。 「それでは申し上げますが、あのクロスがこの街へ陛下をお連れすると言って来た時のことでございます。 あの時、神の御技を人が見るのは危険だと言って、目を閉じろと言われましたですね。 」 「そうでしたね。 そして目を開けば、目の前にこのボコボへ通じる道が開いて、その道を神が進まれていました。 その後をついて、我々はここへ来れたのです。 」 「その目を閉じろと言われた一瞬、実は私薄目を開けてみておりましたのです。 」 「なんと!目が潰れるとは思わなかったのですか。 」 その声だけは、ホールにいた人間の多くが聴いてしまっただろう。 「片目だけでございますが、もしも全員が目をつぶった時に何か起こってはと思い、近衛副隊長として、失明を覚悟でこっそり見ていたのでございます。 その技をかける瞬間、クロスが呼び出した神に我々から見えぬよう、クロス自身の羽織っていた聖衣を覆い被せたのです。 それでも、神が技をかける一瞬だけ、姿を変えたのが分かりました。 聖衣の上から黒いツノの影が見え、黒っぽいネズミ色のい翼が、広がったように見えたのです。 」 「それは、悪魔となった堕天使の姿にも見えたと言うことですか?」 リリンはラーゴとミリンの、魔王城殲滅作戦以前から交わされていた盟約があったという想像が当たったように、一方でラーゴやクロスをはじめとするメンバーの、『魔の者』疑惑も信憑性を帯びてきた。 しかしそれをここで全員に聴かせるのは、いかがなものだろうか。 「わたくしにはわかりません。 ただ、この際お知らせしておいた方が良いのではないかと思いました。 」 「わかりました。 ただ、はっきり見たのではないのですから、そのことはクロスにあって問いただしてみてから、発表することにしましょう。 」 「陛下のお心のままに。 」 再度、会場から意見を募集すると、すかさず会場の後ろの方から手が上がる。 」 「おお、サバトラー執事長。 あなたもなにかご存知でしたか?」 「はい。 まずは、この船で王子を送り届ける算段をしていただいていることに感謝しております。 それに対して、我らが何のお返しもできていないことを悔いておった。 」 それには、マーガレッタが口を差し挟む。 「そんなことはありません、半魚人のみなさんはその後、河での航行に力を貸していただいたり、魔王島深海の探索にもご助勢たまわり、さらには今日のアベハルンビルの消火にも、お仲間から多大なご協力をいただいたと報告を受けております。 」 「そんなことは、船を襲った奴らの、罪滅ぼしの一端に過ぎんこと。 しかし、聞くところによると、ラゴン殿とミツ殿が倒れられ、特にラゴン殿は敵に連れ去られたと聞く。 今は敵への情報漏洩に気遣って、隠し事をしているときではないと思ってお話ししたいと思いますのでな。 」 「是非お聞かせ下さい。 私は不思議に思っていたのです。 あなたがたの拉致されていた場所を、管理していた悪漢どもの早々の退散というのを。 」 「さもありましょう、子爵殿。 それは、ラゴン殿から堅く口止めされていた件でございましたので。 」 「実は、子爵殿たちの一行がお越しになる前の深夜、ラゴン殿たちが突然現れて我々を拉致していた男たち30名ほどを、あっという間に片付けてしまいましてな。 」 「やはりそうであったか。 」 これも、リリンたちの話し合いの中、サイバー子爵が想像していたとおりだ。 「そのときおっしゃったのが、『この国の者たちを恨まないでください』といわれたことと、『自分たちのことは伏せておいてください』ということでありました。 それはその後、マフィアに乗っ取られた街を救い出しに行くために、自分たちの存在を、先もって敵に知られたくないということでしたので、もうお話ししてもよろしいでしょう。 」 「それは、ラゴンとミツ、そしてハナコの3名だったのだな。 あー、ミツというのは黒髪黒目の成人したばかりくらいの少女で、ハナコはあなたくらい背丈のある大人の女性だ。 」 「いや、もっといらっしゃいました。 およそ7~8名。 そして、そのうちのもっと幼い二人の女の子が我々に、あなたたちが来る数時間前まで付き添って、いろいろと世話を焼いてくださいました。 」 「そうだったのか。 あの時すでに、そんなに協力者がいっしょだったのだな。 」 「その中には、年端もいかぬ子供達もおりました。 」 それを聴いて、焦ってレオルド卿が話に割り込む。 そして、ラブリンを前に出して、問いただした。 「ちょっと待ってくれ、その中にこの子はいたかね?」 「いや、そんなお子さんは見ませんでしたね。 どの子も、もっと顔立ちの非常によく整われた、綺麗な子供ばかりで。 」 それを聴いたレオルド卿は、やや不機嫌に言う。 「何を言う、この子はうちの娘の小さい時にそっくりなのだ。 」 「それは失礼を。 しかしそのお子さんもただものではございませんな。 」 「分かりますか。 」先ほど、正体判明装置と言われた道具でラブリンの正体を確認したばかりのリリンは、その反魚人の炯眼に舌を巻いた。 「その子もこの魔法道具で先ほど調べた結果、まだ生まれたばかりだけども、魔法使いの血を引く者と鑑定されていますわ。 」 補足してレオルド卿が付け加える。 「ただ本人は、自分の親のことは覚えていないそうなのだがね。 」 それを聴いた会場が、ほうーという感嘆をもらす。 ペスペクティーバが目を凝らしてラブリンを見た挙げ句、腕を組んで何度かうなずいているのは、すでに何かを感じていたのだろうか。 「そうでございましたか。 それはさておき、確かにそのぐらいの歳の子までもが混ざっておりました。 それと、国表のものがそちらの船を襲った時は、ラゴンではなく、先ほど来でております、ラーゴという名で連絡を取って来られました。 その時のお姿を拝見しておりませんが、その時のお声は、確かにラゴン殿でしたな。 我らギルマン族は、水の中でも互いの声を聞き分けることができるほど、音への感受性が研ぎ澄まされており、聞き間違えることはございません。 」 「ラーゴがラゴンと同じ声?それは、ラゴンを通じてラーゴという方が話されていたと言うことではなかったのか?」 「それはわかりません。 しかし、ラゴン殿は確かに口を開いて話されておりましたが。 」 「ラゴンというのは、本日魔女に連れ去られた鎧武者ですな。 」 ペスペクティーバが口を挟んだ。 「老師はラゴンを今日初めて、見られたのですね。 」 「いかにもそうでございます。 見たのは初めてでございましたが、確かに王国勇者の名乗りを上げた声には聞き覚えがありました。 あの声と話し方はな、ラーゴ様のものでございます。 」 「やはり、ラゴンとラーゴは同じ人物ということなのか。 」 「いやそれは違います。 お会いになればわかりますが、ラーゴ様はあのような人間とは、似ても似つかの姿でございますから。 」 「そうなのですか。 なら希望が湧いてきましたね。 老師はラーゴ様という方は元気にしていらっしゃると思いますか。 」 「それですが、我々の近くでギェーモンが仲間の魔法使いが言っとったことには、あのラゴンと言うものをラーゴ様が操っており、ラゴンが倒されたためにそのダメージがラーゴにいってしまっただろうということでした。 数週間から2ヶ月の単位で意識が戻らなのではないかと、ミツと言う少女に話しておりました。 」 数週間は長すぎる。 リリンは悲嘆を隠しきれない声を上げる。 「そうなのですか。 」 「ラーゴ様は、我がスポットライトニングでも傷つけることはおろか、当たったことさえ気づかないほど強靭な方でございましたから、そういう外的な力に抵抗力の強いものほど、内面から大きなダメージを受けるとも言っておりました。 つまりあのラゴンと言う若者は、いや若者に見えるよろい武者は、実のところ仲間のギェーモンという魔法使いが作った、オートマトン、つまりカラクリ人形なのです。 しかしかなり精巧にできているため、人間としか思えないでしょうが。 」 「ラゴンが人形?いや彼は食事もしていたというし、あの声で普通に俺と話をした。 照れたり笑ったり、あんなことが人形に出来るのだろうか。 」 「それはそれで、ラーゴ様があの人形を通して、あなたと話していたのです。 」 「ちょっと待ってくれ!」今度は会場の別の場所から、タオが口を出した。 「陛下の前で申し訳ございませんが、わしも短い間だがラゴンと何度も話しをし、一緒にプラトーシャールもやったのだ。 」 「見ていただいた通り、あれほどの戦いが自由自在にできるのですから、プラトーシャールのプレーぐらい、朝飯前と思われませんかな。 」 「そう言われればそうだな。 」 「では、妹と言っていたミツも、同じように人形なのか。 」 「そうではないでしょう。 ギェーモンがミツに説明していたというのは、ミツは人形を操るということがどういうことなのか、全く分かっていないからだったようです。 」 「なるほど。 とはいえ実際操っていたラーゴ様自身が、その所をよくわかっていなかったようですから、まったく可能性はないとは言えませんが。 」 「ではミツは何者だと思われる?いやその正体を老師は知っておられるのか。 」 それについては、首を振って答えるペスペクティーバ。 「お会いになって確認されるがよろしかろう。 そのような便利な道具もあるのだから。 そしてその上で、お味方にされるのかどうされるのかを、自分たちでお決めになったらよろしかろう。 今敵が誰で、味方が誰なのか。 それはそれぞれが自身で決めること。 その出生が何であるとかだけで決めて良い、そんな時代ではなくなっているのだと感じております。 そしてそうでなければ、ラーゴ様は、今この時代に生まれてこられなかった。 」 ペスペクティーバの、演説めいた話が一段落したのを見計らって、サバトラーが再び口を開いた。 「それはそうと真王陛下。 」 「なんでございましょう、サバトラー執事長殿。 」 「出航は夜明けという事をお伺いしたが、今この船の周りには我らの種族数名が警戒にあたっている。 もしよければ、この闇の中でも昼間よりも早く船を進める水先案内人として、務めさせてもらえると思うがいかがかな。 」 それを聞いたマーガレッタは、いままで固く暗かった顔を、いささか明るくして言う。 「あぁ、そうでした。 陛下、彼らはボリー大河を下るときにも、我々をカイヅやパルキーの船着き場まで、信じられない速さで導いてくれたのです。 そのおかげで行程よりも、全体で2日も早くこの町に入ることができました。 」 サイバー子爵がその話を受けて勢いづいた。 「なるほど!そのような水先案内人がいれば、安全に、しかも夜明けまでに魔王島までつけるかもしれん。 」 「そうですね。 今は一刻を争う時です。 もしかすると、ラーゴ様と言われる方は倒れておられるかもしれませんが、ミツや側近の者たちに話ができるかもしれません。 是非お願いしましょう。 」 「わかりました。 すぐに指示を出してまいります。 」 さっそくサバトラーが甲板に向かうと、サイバー子爵も動いた。 「私も行って参ります。 船を出航を命じなければなりません。 」 (182) 黄泉の国から帰った女 サバトラー執事長の呼びかけで、すぐに半魚人たちは集合し、真夜中ではあるものの、すぐにも魔王島に向かって出航する、水際案内を努めてもらえるよう指示が出された。 「了解しました。 この時間なら障害になるような航行する船は、この界隈にはおそらくありませんでしょう。 魔王島までは海のモンスターもおりませんし、場合によってはウンディーネたちの協力も得られましょう。 いささか陸沿いの岩礁を避けて、昼間より迂回は必要ですが、夜明けに出るよりは遙かに早く着くことが可能でございます。 」 「それはかたじけない。 」 半魚人たちが海に戻ると、サバトラー執事長はサイバー子爵に向き直って彼の思いを告げてきた。 「それはそうとサイバー子爵、このサバトラーも、最後の戦場へお連れいただくことは叶わんだろうか。 マフィアもこれで全滅したと云うことであるし、王国には結果的に、先王アジェームズ一世の仇をうってもらった。 もはや、この老いぼれの死に場所はそこにしかないように思える。 」 「いや、確かにサバトラー執事長の腕のほどは、グールメンに聞いており、ありがたい限りだ。 しかし、あなたには王子を祖国まで送り届ける大事なお役目がある。 」 「それが、このような特別船をしつらえてもらいながら失礼な話だが、本国から王と王妃が国賓高速船シーフォースワンを出航させ、此方に向かわれた旨連絡があった。 あれであれば、もちろんこのような澪引きはあってのことだが、三日もかからず此方に到着するであろう。 」 「なるほど、だがそれには陛下のお許しもいただく必要があり、私の一存では返答しかねる。 魔王島について、ミツやラーゴに会って、今後の策が明らかになってから、陛下にご相談しよう。 」 「わかり申した。 何卒良しなにお願いする。 」 「それはこちらの口上だ。 そのときはよろしくお願いします。 」 早速、真夜中すぎに異例の出航ということになった。 周囲の安全確認を終えると、例がないとはいえ慣れた動きでほどなく深夜の出帆の準備は整い、またしても夜間とは思えない速さで船は大海原に滑り出す。 やや、共和国側へ大きく迂回するルートをとったとき、共和国方面からサーチライトを照らしながら、猛スピードで走ってくる小さな船があると、澪引きする半魚人から知らせが入った。 「高速艇です。 」 「それは、共和国のトップたちが乗って帰ったものではないか。 」 元はといえば、マフィアが全滅したとき、モーイツの港に残されたものだという。 万が一のことも考慮して、サイバー子爵は身構え船全体に緊急報を通達する。 だがそれは取り越し苦労だったようで、至近距離まで近づいてきたとき、高速艇から拡声器のようなものを通じて声がかかった。 「おーい、その船は王国の、サイバー子爵の船籍ではないか。 」 その時すでに、急を伝え聞いたボコボ省官長が甲板に上がってきていた。 「あの声は、この度の交渉の代表をつとめたオートン市長代行。 」 「止めろ、船をこちらに。 」 高速艇を、停止した軍艦に横付けさせ、上からサイバー子爵は叫ぶ。 「どうされたのだ、オートン殿。 元の守りを固めるために、モーイツへ帰られたのではなかったのか。 」 「申し訳ない。 お話しする間がなかったのだが、ヤチァローカ市長と相談して、ミリアンルーン殿下救出部隊の助っ人を選出し、これを連れて来るために戻っていたのだ。 」 「それは何と手回しの良い。 まずは真王陛下がおこしなので、その旨をご報告いただきたい。 」 「わかりました。 ではとりあえず、私だけ乗船させていただきます。 」 ロープが下ろされ、それにつかまってオートンが船に上がってきた。 「この船は、これから元の魔王城のあった島へ向かうのですが。 」 「わかりました。 高速艇は後ろをついてこさせましょう。 」 「半魚人殿、聞いての通りだ。 その船も一緒にお連れしてください。 」 サイバーが船の上から叫ぶと、水面から返事が返ってきた。 「了解いたしました。 」 サイバー子爵はホールへ戻り、取り急ぎオートンを真王陛下に紹介する。 「真王陛下、オートン市長代行です。 本来、今回の仮調印の代表者で、モーイツ商工会の会長も勤められております。 このたびの調印式には駆けつけながらも、あのようなことになってしまい、ご挨拶も十分にできておらず、国王として至らない点がありましたことを陳謝申し上げます。 」 「何をおっしゃられますか。 大した手勢で来ていなかったとはいえ、安全保障条約締結直後にありながら、あのような無頼の横行を目の前で許してしまったことは、我々もたいへん遺憾に感じております。 実は国から町年寄拉致事件に続く、昨晩の砲撃事件を受けて、防衛チームが組織され、モーイツ港へ共和国きっての強者七名が送り込まれていたところでした。 現状から王国では、おそらくすぐにも殿下救出にあたられると考え、その中からすでに一度引退したものではありますが、ぜひ仁徳厚き真王陛下のお役に立ちたいと志願するものがありましたので、急ぎ連れて参りました。 」 「え、しかし、それではモーイツ防衛に差し障りがありましょう。 」 「いや、恥ずかしい話しながら、志願してくれたのは一人でした。 その程度では防衛に支障がでたりはしないという事で、モーイツ市の独断で行わせていただいております。 」 「よろしいのですか。 」 「何をおっしゃいますか、安全保障条約というのは、こういう時に力を合わせるという事を意味するのではありませんか。 それを申し入れしたのは、こちらなのです。 」 それを聞いて、サイバーは口をつぐんではいられなくなった。 「オートン市長代行!」 「はい、どうされましたサイバー子爵、改まって。 」 「陳謝させてくれ。 俺はあなたたちが急いで帰られたのを見て、自国の護りを大事と、さっさと帰られたのだと考えてしまっていた。 あなたたちが、自分の国のことだけしか考えていないと一時でも思った俺、いや私を許してほしい。 」 「お気になさいませんよう。 あの恐ろしい力を見て、母国にその情報を知らせなければと思ったというのは間違いありません。 しかも、防衛チームから誰も志願するものがなければ、場所が場所だけに命令許可も本国からは下りそうにない。 結果的には何もできず、逃げたような結果になっていたかも知れません。 」 「確かに、思えばよく志願していただける方があったものだと。 それは、正しく状況をご認識いただいての事なのか?」 「そうですわ。 」 「ですが、その魂を真王の、いや王国の未来の為に使われたいと。 」 「なんというありがたい言葉でしょう、失礼ですがその方の名は?」 「共和国ではナンバーと名乗られておりました。 ナンバー殿は、異国の生まれにして最初に共和国で名誉市民・警備勲章を授与された伝説の平民といわれた女性です。 」 「女性?女の方なのですか?」 「そして今、高速艇から乗り移るとき、もし協力の申し出を遠慮されるような場合は、陛下にこのように申し上げてほしいとことづかりました。 『陛下の恩義に報いるため、黄泉の国から戻って参りました』と。 」 「なんと、黄泉の国から?それは本当ですか?」 「はい、彼女は噂では、同じように勲章を受賞された弟君と2人で、受賞後アファーの大森林に探検に行く、エクスプローラの一員として志願されましたが、数年後、生還されたのは彼女お一人だった結果を恥じられて、第一線を退かれ、隠遁生活をなさっていると噂されておりました。 」 そこまで聞いて真王は上を仰いでさけぶ。 「カゲイ!間違いありません。 」 「はい、仰せのままに。 」 影が動いたのを察知して、サイバー子爵も甲板に駆け戻る。 カゲイよりも、若干遅れて甲板に着いたサイバー子爵が見たのは、高速で月明かりの海を進む高速艇から軍艦に飛び移ってくる、人並みはずれた跳躍力をもった、女の人影だった。 どうやら、カゲイから光る道具を利用して、あちらに連絡を送って呼び入れたようだ。 」 「カゲツ様、お元気でしたか。 」 「真王陛下に長らえさせていただいた大事な命、むざむざ捨てられるものですか。 」 「それでは今回のナンバー殿と言われるのはやはり。 」 「もちろん、一緒に助けていただいた弟を大森林の探検で失い、以来自ら終わらせることもできず、見事に散らせられる、このような舞台を待ち望んでいました。 」 「では、まだ正式に申し出ておりませんが、拙者もご一緒に。 」 「バカを言ってはなりません、今はカゲイが影鍬の長でありましょう。 人の身では立ち向かいきれない、恐るべき魔女と事を構えているそうではありませんか。 」 「それがカゲツさま。 その魔女とはあのアラディアのことなのです。 」 「なんということ、未だに王国に災いをなそうというのでしょうか。 思えばあの魔女のおかげで当時影鍬だった私たちは、心ならずも非道な行いに手を貸したことさえありました。 」 「そうでございます。 未だに王国に、いわれない恨みを抱いているのです。 」 「調印式での様子を聴く限り、私たちのような天啓のない人間が束になっても、現在のアラディア相手に歯が立たないとは思いますが、殿下を連れ帰ることでその鼻を明かしてやれるというのは、小気味良い話ではないですか。 」 「その心意気といい、お見かけする限りといい、まったく当時とおかわりになっていない。 」 「何を言うのです、恥ずかしい。 あれからもう何年経ったことか。 」 「お話中申し訳ない。 私は今、王国8貴族をまとめる立場にいる、子爵でサイバーと申します。 」 「お名前は存じております。 たいそう有能な方だと、共和国の評議員以上では知らぬ者はおりません。 」 「いや、私などまだ駆け出しで。 だがその私でも、かつてのカゲツ殿のお名前といきさつは存じております。 よろしいのですか。 また王国へ戻って来られても。 」 「ですから、私は今、共和国のナンバーでございますから、そのようにお取り計らいのほどよろしくお願いいたします。 」 「大丈夫です、サイバー子爵さま。 最近このように色々なことが起こって、拙者のようなものが人前に出ることも増えてまいりましたが、そもそも影鍬の顔など誰も知りません。 」 「なるほど。 そういえばそうしたものだったな。 ではナンバーどの、真王陛下の御前にご案内いたします。 」 アネクドート 184-1 カゲツの思い出 前編 王国から逃亡して、ほとぼりの冷めた頃、建国間もない共和国で名声を得たカゲツは、特別なエクスプローラ募集に、自ら志願して参加した。 エクスプローラとは別名『探検パーティー』ともいわれる。 通常、エクスプローラは前衛と後衛の戦士そして、情報収集を行う盗賊または間諜、魔術師あるいは魔法使い、聖人といった5人が標準的なメンバーとなる。 だが、人間のパーティーに魔法使いがメンバーとなることはほとんどなく、営利目的のエクスプローラに聖人が参加することも皆無といえる。 そこで、聖水を大量に持ち運ぶ剛力と呼ばれる力持ちを仲間に入れることが多い。 多くは獣人とのあいのこが起用される。 あくまでこういったケースが多いと言うだけで、そのときの事情や、探検対象によって、内容も人数も大きく変わることがあるが、そのときはこのスタンダードなチーム編成が求められた。 その目的は、命を狙われるのがわかっていながら王国から出て、すべてをかける意味のある最後の使命とした、アファーの大森林への探検である。 つまりカゲツが影鍬を引退して、しかも命を懸けて王国から籍を外した理由だった。 もちろん、弟のカゲロウも喜んで同行を申し出る。 その大森林には、万病に効くと言う薬草などが生えているため、スポンサーには事欠かなかったが、実際行くとなると誰もが二の足を踏み、まともなメンバーが集まらない。 そのため、計画されては計画倒れに終わるという試行錯誤を繰り返していたが、そこへ名誉市民・警備勲章を取り、共和国におそらく右にでるものがないとお墨付きのついたカゲツたちが参加を表明したため、一気にチームが出来上がった。 大峡谷まで行く、多数の人間によるキャラバンや、輸送用の船をスポンサーから集まった手付金で準備し、すぐに5人ずつのエクスプローラー隊二つが出来上がった。 それぞれの前衛であり、隊長がカゲツとカゲロウである。 メンバーの中には、金や名声に飢えた、胡散臭い者がいたが、集めるのはカゲツたちではないので、あきらめざるを得なかった。 もちろん、魔法使いもいなければ、聖人の参加も望むべくもない。 あたかもごうよくそうな魔術師たちと剛力、聖人くずれで補われていた。 さらに不安になるのが、盗賊職で参加しているゲスナーという男であった。 職名ではなく本当に盗賊をやっていたのではないかという、そんな雰囲気さえ持ち合わせており、出立して数日のうちに金と女にだらしがないということは、カゲツの耳にも聞こえてきた。 何か月もかけての船旅と行軍の末、キャラバンは大峡谷の手前の村にたどり着く。 そこで再度十分な準備を整えた後、山を登ること2日、峡谷へ降りていくこと1日のところで支援部隊はキャンプを張り、そこからエクスプローラーだけが一週間大森林へ向かっていくことになる。 一週間経っても帰ってこず、延長を依頼する連絡の鳩も戻ってこなかった場合、エクスプローラーは全員死んだものとしてキャラバンは撤退することに決まっていた。 エクスプローラー2組は二日かけて大峡谷を降りて行き、これより下層がないのを確認して、それでも大事をとって最も先行をカゲツが、しんがりをカゲロウが務め、大森林に向かっていた。 その時中心が金色に光る水晶が目の前の道に埋まっているのを発見する。 それを見つけた盗賊職の男ゲスナーがカゲツを押しのけてそれを取りに行こうと走り出た。 「待て、はやるな!」 カゲツは何があるかわからないから慎重に、と注意したが、ゲスナーは聞かなかった。 「見つけたのは俺だ!俺のもんだ!」 とその水晶を土の中から掘り起こそうと力をこめて動かした。 水晶の中に金の鉱石が包まれた確かに誰が見ても値打ちのありそうなものではある。 しかも周りの土をのけていってもさらに大きな本体があり、ゲスナーが捩って動かそうとしてもとても動かない。 それでもなお、全身を使って力を加えるゲスナー。 すると、あろうことか突然歩いていた道が二つに割れ、全員がその割れ目に引きずり込まれる。 いや、道が割れたというよりも、各自の立っている場所から地割れが発生したかのように感じられた。 だが、かろうじて何人かは割れ目の角に手をかけて持ちこたえる、ほどなく地面になんとか上がって来れた。 カゲロウと、巨漢の動きが鈍い魔術師デブラデルが、割れ目のかなり奥まで落ちていたが、何とか姿が確認できる。 それ以外のものはもう、絶望的と思われた。 カゲツは、地面から10メートル近く下の出っ張りに引っかかった、デブラデルを助けようとなんとか降りていく。 悪運の強いことに、最初にはい登ったものの中に水晶を掴んで離さなかったゲスナーがいた。 カゲツがデブラデルを助けに降りていく間にも、命令を無視したゲスナーと他の仲間の争う声が聞こえてくる。 「カゲロウ、あなた先に上がって。 」 やはり途中で止まって、デブラデルのサポートにつこうとしていたカゲロウに、争いを止め、落ちた人間の救出を急ぐため、先に上に上がるよう指示をするカゲツ。 了解したカゲロウは、先によじ登って仲裁しようとしているが、さらにその騒ぎは大きくなっているように聞こえ、しばらくして静かになった。 「カゲロウ!片付いたら早くロープを降ろして。 」 カゲツはカゲロウに、デブラデルを釣り上げるためのロープを垂らしてくれと叫ぶが、何の返答もない。 「誰か、近くにはいないの!」 最初、それほどのロープの予備がなくて、短いものを継ぎ合わせるなどの作業に手間がかかっているのかと思っていたが、層でもなさそうだ。 どうしてしまったのか、何度呼んでも答えがないのはおかしい。 痺れを切らして、持ち合わせのロープと杭で巨漢のデブラデルを落ちないように処置し、すぐに上から引き上げると言い残してカゲツは地上に戻る。 カゲツの身のこなしなら、1分もかからず地上に上がれるのに、鈍重なデブラデルは自力ではとても、いやカゲツが下から押し上げても上がって来れそうにはなかった。 」 そして地上に上がったカゲツは、予想もしなかったものを見る。 なんとか地上に這い出ていた、カゲロウ以外の4人の、首のない死体がそこに転がっていた。 もちろん、あたりは血まみれである。 人員を募集した時、たしかに応募は少なかったものの、それほど誰でも仲間に入れたわけではない。 そして見覚えのある黒い粉が散乱している。 それは魔獣のような、自らの力よりもはるかに高い能力の敵と会った時に、影鍬が使う目潰しの粉であった。 それでも魔獣のような鼻の効くものは、狂ったように獲物を匂いで探して追ってくる。 おそらくカゲロウは、後から上がってくる自分から、その脅威を引き離すために、囮になって逃げたに違いない。 だが、アファーの大森林の入り口であるこんなところに、魔ものがいるはずがない。 いるとすれば神獣、あるいはそれに近いものだ。 状況を理解したカゲツは、まずはデブラデルを引き上げるためロープをたらそうとした瞬間、地響きを感じ、また地割れが起こるかと思って飛び退くと、地割れが急に狭まった。 10メートルほど下から、デブラデルが悲痛な声を上げて潰れていったのがわかった。 それからカゲツは、他のメンバーが残した荷物をまとめ、森の中に消えたと思えるカゲロウの後を追う。 しかし、いくら探してもわからない。 余力があれば、必ず自分にわかるような形をつけているはずなのだが、それもできない状態だったのか。 アネクドート 184-2 カゲツの思い出 後編 カゲツはその夜、夢を見た。 まるで、現実のような夢だったが、今でもそれは夢だと思っている。 木の上で気配を消し、仮眠をとっていたとき、カゲロウたちを襲ったと思われる鳥のような獣に襲われる夢だった。 カゲロウたちが襲われていたのをその目で見たわけではなかった。 そいつが襲ったのだというのは、長年死地を潜り抜けてきた、カゲツの直感にすぎない。 カゲツが、殺気を持って近づいてきた生物を関知できなかったのは、ありえないことだが、やはりそれも夢である所以に違いない。 警戒している状態で、気付けなかった生き物など、影の仕事について以来初めてだった。 なにしろ、気がついたら背中からへそのあたりまで、その鋭く長い爪が貫いていた。 「げぼっ!」 血反吐を吐いて、木の下に転がり落ちるカゲツに、さらに攻撃の手をゆるめようとしない敵の動きを感じたが、これも信じられないことに、あまりの痛みで身体が思うように動かせない。 ぐずぐずしていたため、防ごうとした右腕の肘から先が、次の攻撃で吹き飛んだ。 もぎ取られたというのが正しいだろうか、激痛が体中に走る。 しかし、ここで死ぬわけには行かない。 カゲツには、ここに来てやらなくてはならない目的があった。 そのときはじめて、カゲツが思うように身体を動かせなかったのは、最初の一撃で背骨をもへし折られていたからだということに気づくカゲツ。 しかも、月が雲に隠された深い森の中、夜目のきくカゲツでも視認できない暗闇を、敵は正確におそってくる。 あわや、カゲツの頭が鋭い爪に握り潰されようとした瞬間、口笛が聞こえて、鳥の影は空へ帰って行った。 羽ばたきがどんどん遠ざかっていく、瞬殺の危険からは助かったのだ。 だが、もはやここで果てるしかないと覚悟するカゲツ。 その時、口笛が聞こえたほうから、異様な声が響いてきた。 「何をしに、この森にやってきた。 」 耳ではなく、頭の中に響く声。 いや、声というより虫の羽音のようだ。 影鍬は、遠くの仲間に連絡をつけるとき、同じように虫の羽音のような信号で言葉を伝える。 普通の人間には、それは虫の出す雑音にしか聞こえないものだが、それとよく似ていた。 「あなたは、この森の住人か?神につながる使徒なのか。 」 「こちらが質問している。 答えず問いかけるのは非礼であろう。 」 男なのか、女なのか、あるいは若いのか年寄りなのかもわからない。 しかし、相手はカゲツのことを間違いなく見ていると確信した。 「もしそうであれば、森に勝手に入ったことを謝りたかったのだ。 私はカゲツ、弟と共に使徒にあい、祖国の窮乏を伝え、助けを求めるためにやって来た。 」 「お前の仲間は、この森に入り、早々森の宝を奪おうとした。 そのため森が怒り、地が不埒ものを飲み込もうとし、護翼獣がその愚かな脳を食い散らかした。 」 「すまない。 」 「どのような者であっても同じことだ。 だがもし、この地に使徒がいたとしても、使徒や魔法使いは人間同士の争いや、自然な営みによる問題には助勢しない掟というのは知らぬのか。 」 それを言ってくるところを見ると、この声の主は間違いなく使徒、或いはそれにつながるものに違いない。 それであれば、もうこの命に未練はない。 (ただ自分の言いたいことだけは、ここで聞いてもらわなければ!) 「知ってはおりますが、藁をもつかむ思いでやって参りました。 」 「わかっていようが、もはやおまえの命は長くはない。 ここで嘘をついても、仕方のないことと理解しているであろう?それでも、伝えたいことがあるなら話すが良い。 遺言と思って聞くだけは聞いてやろう。 」 (やった!) 言われたとおり、消えかけた命であるが、望みが叶うならば弟と2人分使っただけの値打ちがある、とカゲツは歓喜した。 とたんに痛みを忘れたほどである。 「私はここへ来るために、二度命を捨てている。 聞いてもらえるなら惜しくはない。 言われるとおりこの傷では助からないし、治療できるところまで動くこともできないだろう。 伝えたいことは一つだ。 月がこの世界を狙っている。 何とかそれを止めて欲しい。 いや、せめてこの世を今まで導いてきた方々の耳に、その事実を届けたかったのだ。 わが国に国を貶めた宰相がいた。 そのものは魔女にして、元は異界の番人であったとも言われている。 その魔女は国を追われて、今、その行方は分からないが、私は魔女が宰相であったとき、護衛の任務にあたっていた。 その間、魔女が何度も月からの命令を受けていたのを見ていた。 それは独り言だと思っていたのだが、最近封印されていた先の宰相の部屋から、その内容を綴ったものが一部だけ見つかった。 その中には月の神ディアーナから指示を受けて、地上にはびこる教会勢力を衰退させ、世界からヒト族の希望を失わせようとした片鱗が書かれていたのだ。 他のものは宰相の絵空事、妄想だと切り捨てたが、私はあの前後すべてを聞いている。 あれが彼女の独り言でなく、神との会話であったとわかって、この世界すべてを貶め、ついにはサラマンドラ神をも追い落とそうとしている、月の神の陰謀が見えてきたのだ。 」 一気にそれを言い終えると、口に溜まった血反吐を吐き出す。 」 「当時私の聞いたことが正しければ、ディアーナは月からセレーネを追い出して月光を我が物とし、地獄に魔臣バフォメットを送って支配し、地獄で要らなくなったアラディアを地上を貶める魔女としてつかわしたのだ。 もしも疑わしいというなら、私が死んだらこの頭の中身をひらいて調べてくれればよい。 」 聞きかじったことのあるだけの知識を披露すると、この暗闇の中ではどこに存在するのかすらわからないが、その言葉を聞いたカゲツに声をかけている存在が、残念そうに首を振ったように思えた。 「おろかな人間よ、それは人による。 そこに横たわれ。 」 折れた背骨を押して横たわるのは激痛が走ったが、もはやその後はないのだ。 無理をおしてなんとか指示された通りにした。 もうかなり血液も流れ出てしまっており、力が入らない。 「好きにしてくれ。 思い残すことはない。 」 「我が血を受け入れよ。 それほどの痛みはない。 」 その声が最後だった。 痛みではなかったが、頭の中に火花が駆け巡った。 目が覚めたら、昨夜、木の上で仮眠していたままの姿、怪我もなければ衣服に破れや血の跡もなかった。 カゲツはそれを根拠に、何かに襲われたのも、誰かと話をしたのも、全て夢の中の話だと理解した。 だが、なんとなくその夢を、自分が一番聞いて欲しいものが見ていたと、信じられるようになった。 ただ、もげたはずの右腕には違和感がのこる。 まるで自分の腕ではないようだった。 おそらく仮眠を取るつもりで、右腕をおかしなところに挟んでいて、痺れてしまっただけだろうと思い、気にしないように動き出し、しばらくするとその違和感も次第になくなっていた。 そしてキャラバンと分かれて一週間後、キャンプに無事に戻りついたのは、衰弱した若い女性を背負ったボロボロのカゲツ一人であった。 その女は、森の出口近くに倒れていたのだ。 カゲツの報告を聞いて、他のエクスプローラーは全員死亡したものとみなされ、キャラバンは撤収した。 若い女性は近くの村まで連れ帰り、回復を待って話を聞くと、どうやら王国の生まれであるという。 ボコボの港のある、王家直轄地の農村で生まれ育ったが、ある時村が魔王城から来た魔族に襲われ、さらわれた。 すぐにこの大峡谷に秘薬を取りに来た、悪魔の下働きとして、ここまで連れて来られ、長期間その秘薬のもとになる植物を探したり危険なところに入る時のみはりや囮にされたりして利用された挙句、魔王城まで連れて帰るのが面倒ということで、森に捨てられたのだと身の上を語った。 カゲツ達はその女の言い分を信じ、また女が森林を放浪中に見つけたと言う金塊を報酬として、ボコボの港まで届けてやることにした。 その金塊が、キャラバンを組むのに集められた準備の金よりも、はるかに上回ることが分かったからである。 ちなみに女の名前はドーラと名乗ったが、それ以上のことは結局ボコボに着くまで何も話さず、船が港沖に到着し、ドーラを下船させるための手続きを行なっている間に、金塊を置いて姿をくらました。 ややこしい手続きを嫌がったか、待ちきれなかったのだろうと言うことで、手続きを打ち切って、カゲツたちは最も近く、安全に寄港できるモーイツへ戻り、金塊を金に換えて首都に凱旋したが、カゲツは弟を含むメンバーすべてを失った事を恥じ、隠遁生活を送る。 なんのために生きているのかわからなかった。 あの後、使徒が魔女討伐に動いたという話は聞かない。 それを知るために、伝説のエクスプローラなどが動き出したときには、わかる立場にカゲツは今もしがみついている。 すなわち、現在の首相であるワリトモー氏とは懇意だったことを利用して、相談役として陰ながら共和国の防衛を支えてきた。 そして今回、共和国と安全保障条約を締結した、古巣の王国と、共通の敵にモーイツがさらされていると聞いて、いてもたってもおれずに首都デンナーからやってきて、帰ってきたオートンたちの提案した、王国への支援部隊に名乗り出たのだった。
次の氷雪地帯は、特別任務「失われた幽世線」をクリアすると解放されます。 失われた幽世線では、ジンオウガ亜種の狩猟が行われます。 あわせて読みたい• 指定レベルの減少が可能に 導きの地のレベルを意図的に下げる機能が追加されます。 レベルの調整はしやすくなるものの、レベルを上げる方法は以前と変化ないので、注意が必要です。 特殊痕跡がより集めやすくなる 導きの地で解析済みの特殊痕跡を入手した際、完了した場合、クエストメンバーも同じ痕跡を獲得できるように変更されます。 今までよりも特定のモンスターを周回する機械が自然と増えます。 溶岩地帯は、導きの地が解放後に『大団長』との会話で始まる特別任務を全てクリアすると行けます。 新素材はカスタム枠の拡張やパーツ強化に使用 溶岩地帯の登場と共に追加された素材は、カスタム強化の枠拡張やパーツ強化に使用されます。 パーツ強化はアップデート後から上限が拡張されており、以前に限界まで強化していた武器をさらに強くすることが可能です。 東キャンプ 3 の解放方法 キャンプ候補地に到達する 導きの地東キャンプを解放するには、キャンプ候補地に到達し納品依頼を出現させる必要があります。 キャンプ候補地はエリア3にありますが、導きの地の地形は入り組んでいて分かりにくいので注意しましょう。 初期キャンプからエリア1に出てエリア4の陸珊瑚エリアの入り口を経由し、エリア3に入る下り坂の途中にキャンプの入り口があります。 入り口はツタを登った位置にあるので注意しましょう。 必要な素材は導きの地でしか入手できないものなので、導きの地を探索しながら集めましょう。 龍脈の重竜骨は各地帯の下級のモンスターから、繁栄の結晶は森林地帯の採掘で入手できます。 赤 荒地地帯• 赤 陸珊瑚地帯• 赤 瘴気地帯• 赤 溶岩地帯• 赤 氷雪地帯• 赤 導きの地 全域• 大きな龍脈炭• 結晶化した骨片• 結晶化した竜骨• 結晶化した古龍骨 ゲージを溜めて導き素材を入手 採取を続けてゲージを上げる 各地帯で採取を行うと地帯ごとに採取ゲージが上昇します。 ゲージが一定以上になるとゲージの色が橙、赤と変化し、レア度の高い素材が入手できます。 ゲージの色は生態マップ以外にも、採取する際のアイコンの色や採取ポイントの形で判別できます。 巨大な採取ポイントからは「導きの~」素材が必ず1つ入手できます。 巨大採取ポイントが出現したら、エリアを探して必ず採取しましょう。 巨大採取ポイントが発生した後は、ゲージが黄色の状態まで下がります。 多くの素材を集めたい場合は周回が必須です。 おすすめ採取ルート 目的の2地帯を周回する 導きの地の鉱脈と骨塚は、ペースが速いと再出現しないことがあります。 2地帯にまたがって採取するか、通常素材の採取で時間を有効活用しましょう。 特に荒地、森林地帯を採取するルートと陸珊瑚、瘴気地帯を採取するルートがおすすめです。 氷雪地帯周回ルート エリア ルート解説 16 西初期キャンプ 1 から氷雪地帯に入り、分岐を左に入って外周を回るようにエリア17に向かう 17 外周側を確認しながら時計回りにエリアを確認する 氷雪地帯は、西初期キャンプからエリア1に出て北側の段差の上から向かうことができます。 氷雪地帯入り口にはトウガラシがあるので、ホットドリンクを持っていかなくても問題ありません。 ほとんどの採取ポイントがエリア外周側に出るので確認しやすいですが、エリア16中央よりの骨塚とエリア17から16に入った通路が見つけにくくなっているので注意しましょう。 採取用の装備を用意している場合は、空きスロットに耐寒珠をセットしておくと快適です。 溶岩地帯周回ルート エリア ルート解説 14 キャンプ3から崖を飛び降りて溶岩地帯に入り、エリアを時計回りに回るようにエリア15に向かう 15 エリア南西の骨塚を確認したら内周側沿いに移動する 溶岩地帯へ向かうには、東キャンプ 3 の西側にある崖から飛び降りると簡単です。 溶岩地帯の入り口には、クーラードリンクの素材のヒンヤリダケがあるので予め用意しなくても問題ありません。 採取ポイントの出現待ちの間は、他地帯の周回を並行して行うと効率的です。 荒地・森林地帯周回ルート 開始から3層までのルート 3層から帰還までのルート エリア ルート解説 3 キャンプ3から匍匐で外に出てエリア9に向かう 9 エリア9東側の採取ポイントから確認しつつエリア8へ向かう 8 エリア9か時計回りにフィールド端を確認しつつエリア6へ向かう 6 採取ポイントを確認しつつ坂道かツタを登ってエリア7へ向かう 7 テトルーの住処まで確認したらエリア3のキャンプにファストトラベルして繰り返し 荒地と森林地帯を周回するおすすめルートです。 片方だけでは採取ポイントが再出現していないことがあるので同時に行うと効率的です。 陸珊瑚・瘴気地帯周回ルート 開始から陸珊瑚ルート 陸珊瑚から瘴気ルート エリア ルート解説 3 キャンプからエリア4経由でエリア10に向かう 10 エリア10についたらフィールドを時計回りに確認しながらエリア11へ向かう 11 南側の骨塚を確認したらツタを登り西側の鉱脈を確認して崖を飛び降りエリア4に戻る 4 エリア4北西の坂道からエリア1に入ってすぐ右側の崖を飛び降りてエリア12へ向かう 12 採取ポイントを確認しつつエリア13へ 13 採取し終えたらキャンプへファストトラベルして繰り返し 陸珊瑚と瘴気地帯を周回するおすすめルートです。 エリア4から飛び降りる崖の位置がわかりにくいので注意しましょう。 強走珠【2】• 跳躍珠【2】• 潜伏珠【1】 頭• 威嚇珠【1】• 威嚇珠【1】• 威嚇珠【1】 胴• 耐麻珠II【4】• 跳躍珠【2】• 耐麻珠【1】 腕 スロットが3つの腕• 地学珠【1】• 地学珠【1】• 地学珠【1】 腰• 無食珠【1】 脚• 潜伏珠【1】• 潜伏珠【1】 護石 なし 発動スキル おすすめ理由 ・ランゴスタの攻撃を受けても麻痺にならない ・長時間ダッシュし続ける事ができる ・スタミナ最大値が減少しなくなる ・採取回数を上げて効率アップ ・大型モンスターに見つかったときに対応しやすくなる ・小型のギルオスなどから攻撃されなくなる ・瘴気エリアの継続ダメージを無効化する ・採取モーションの高速化 ・採取ポイントが見つけやすくなる ・ツタを登るのが速くなる 導きの地での採取におすすめのスキルです。 隠れ身の装衣を使用する場合は整備スキルも候補に入ります。 整備の極意で装衣を常時使用 部位 防具名 スロット 武器 上位の各ゼノ武器 スロットカスタム• 強走珠【2】• 無食珠【1】• 威嚇珠【1】 頭• 強走珠【2】 胴• 地学珠II【4】• 跳躍珠【2】• 地学珠【1】 腕• 地学珠【1】 腰• 無食珠【1】 脚• 跳躍珠【2】• 無食珠【1】 護石 なし 発動スキル おすすめ理由 ・隠れ身の装衣やアサシンの装衣を常時使い回せる ・ランゴスタの攻撃を受けても麻痺にならない ・長時間ダッシュし続ける事ができる ・スタミナ最大値が減少しなくなる ・採取回数を上げて効率アップ ・小型のギルオスなどから攻撃されなくなる ・瘴気エリアの継続ダメージを無効化する ・採取モーションの高速化 ・採取ポイントが見つけやすくなる ・ツタを登るのが速くなる マスターランクのナナテスカトリ装備が必要なので作成難易度は高いですが、整備Lv5で隠れ身の装衣やアサシンの装衣を常時使用して、採取を楽にできます。
次の「これで全員、船に移り終えましたか?」 真王陛下は、マーガレッタに状況を聞く。 伝令を部屋の前に残して、戻られたらすぐにこの船に来られるようにはしておきましたが。 」 それを耳にした、レオルド卿が首を振った。 「また、あいつは独断専行か?懲りない奴だ。 」 「あなたが思われているように、おそらくミリンが心配で、いてもたってもいられなくて飛び出したのでしょう。 でも、出て行ったところで、あの子一人で、何ができるわけでもありません。 」 「なるほど、そういう考え方もできるか。 だが、今回ばかりはあいつの下手な鉄砲は、外れてしまうだろう。 連れて行けば、あの子は必ず、自分もミリンを救いに行くと言うでしょうから。 あの子の存在意義そのものなのですよ、ミリンを守ることは。 ですから、もし間に合わなければ、ここに置いていきましょう。 」 「そうだな。 もう二度と、あんな思いはしたくない。 」 リリンも、子息として可愛がっているとはいえ、産まれたときから父親として暮らしてきたレオルド卿にしてみれば、実の子ではないとしても、アレサンドロは大事な息子に違いない。 ある意味、血を分けた娘であり、いずれ王となるミリンへの愛情よりも、深いものがあるのだろう。 「では、マーガレッタ。 船に乗船した関係者を、すべてホールに集めなさい。 」 「陛下の仰せのままに。 」 そのとき、側にいたサイバー子爵に、レオルド卿が質問する。 「ところで子爵、共和国の方々はどうされたのだろうか。 このようなことになってなんの対応もできなかったが。 」 そうだ、本来そのような気遣いをしなければならない、ミリン本人がさらわれてしまい、あちらも気遣って何も言ってはこないものの、かなり失礼なことをしている。 「もちろん、パーティー会場のアベハルンビルが崩壊し、調印式もあのようなことになりましたので、失礼は承知で調印式のみということにさせていただいております。 確認したわけではありませんが、聞くところによると、すべてのメンバーは国に帰ってしまったということです。 しかも、市長など一部の上層部は、高速艇という日中なら2時間ほどで戻れる船を使って飛んで帰られたということです。 」 「なるほど、仕方あるまい。 あれほどの力を見せつけられては、おちおちここにはいられまい。 」 「会場では、本国で対策を考えなければと、おっしゃっていたのを聞いたものがあるようです。 」 レオルド卿は首をひねって、なんとなく共和国、モーイツの港の方を向いてあきらめたように漏らす。 「それは考えざるを得ないだろう。 何と言ってもまずは、自国を守らねばならないからな。 」 そういっている間に、船の中で一番広いホールに、調印式会場にいたものを中心として、ほとんどの者が集められた。 関係者すべてを前にして、メトベーゼが簡単にこれから始まる会を説明した後、真王が前に立って最初の声を発する。 「では、これまでどのような検討がおこなわれ、今から、どこへ行ってなにをするのか、明確にしていきたいと思います。 まずは本日起こったことを、簡単にまとめておきます。 マーガレッタ。 」 マーガレッタが説明を始めた。 「はい、我々はこのボコボヘ、国内に侵入して悪の根を張ろうとしていた組織と、その配下となっていた国内組織を殲滅、あるいは追い出すため、殿下とともに軍を率いてやってきました。 しかし、我々がここへ着く前に、この街にいた悪党どもは、共和国モーイツ港において要人を拉致監禁していた国際マフィアの者たちと、仲間割れをして全滅していたのです。 この辺りから、悪の組織の脅威が去ったことを受けて、すぐに共和国から安全保障条約締結の申し入れがあり、モーイツとボコボの都市同士で、仮調印を行う運びとなりました。 しかし、この街に殿下が入られたことで、王家直轄地と共和国の調印式が予定され、本日午後調印式が執り行われました。 しかし、マフィアはこの地での失態が、広く世間に知れ渡ったらしく、すでに手を伸ばしている世界各国において、その支配力が低下し、排斥運動にさらされてしまっていたようだ。 とらえた獣人達の話によれば、この王国を完膚なきまでに征服したという狼煙をあげなければ、全世界におけるマフィア存亡の危機にまで追い詰められていたと言ってよいらしい。 そのためこの調印式を機会として、全勢力をあげてミリアンルーン殿下の命を狙いに来たというわけだ。 しかしその暗殺には、先の宰相であった魔女アラディアの私怨も、こめられていたと思われる。 知っての通り、すでにマフィアが利用してきた麻薬強化人間や魔法銃は改良版が今回用意され、殿下の暗殺を断行してきた。 ここにお集まりいただいている魔法使いや、多くの国民の協力によって魔女は追い払うことができたのだが、残念ながら殿下は守りきることができなかった。 魔女の言葉が真実であるならば、永遠の牢獄といわれる異界に連れ去られたと考えられている。 」 そう言いきったマーガレッタは、悔しさのあまり奥歯を強くかみしめたのだろう。 かすかにギリッという音がきこえた。 その後はリリンが続ける。 「さて、この戦いを惨敗にしなかった、キーマンが何人かいます。 その一人は世界一の悪魔と言われてきたサタンですが、どうやら私たちの認識は謝っており、サタンは別名ルシーという魔法使いだったようです。 しかし彼女が、先にあった魔王征伐の際、敵の魔族に加担していたことは間違いのない事実であり、今回どのような経緯で、我々に協力をしてくれたかは、十分わかってはおりません。 次にあげられるのは魔女に敗れ連れ去られてしまったものの、最も巨大なモンスターを倒し、以前王都でもミリンを助けてくれた、王国勇者の存在です。 その正体は一週間ほど前に、サイバー子爵の領内で子爵夫人デニムを誘拐しようとした悪漢の手から救出し、共和国のモーイツの港町で拉致された、要人の解放に尽力したとして勲章まで与えられた、ここにいるタオの知己でもある、ラゴンであったということも確認が取れております。 そしてそのラゴンが妹と称して連れていた、ミツという少女そしてハナコと言う従者の3人は、サイバー子爵が確認しております。 彼らにはほかにも仲間がいるようですが、王国勇者には、そもそもクロスとクラサビという、私たちへの連絡係がおりました。 彼らがすべてつながっていたことは明白ですし、ミリンの言動から、あの子は彼らの存在をよく理解していたようであることも薄々わかっています。 」 いささか聞いている者にざわつきがある。 それを制止してリリンは先を続けさせた。 「ここにいる方々は、ほとんど会場におられて、何がそこで行われたか知っている人ばかりですので、このあたりの事情は、ある程度理解できておられるとは思いますが、次期国王でもあるミリアンルーン殿下を、2人の忠勇の士とともに、我々が永遠の牢獄とよびならわす恐ろしい場所へ送り込んでしまったのは、二十年以上前に先の宰相として王国の治世を貶めた、あの魔女アラディアです。 」 マーガレッタの発表に、再び会場がざわつくより前に、リリンはその後を一息に話し終える。 「この状況を受けて、王都では仮の至高評議が行われ、ここにいる私たち抜きで、ミリアンルーンの救出を行うことが、仮決議されたと知らせてきました。 それは、ミリアンルーンをガニマの聖脈が、次代の後継者から外さないことに起因しています。 平たく言うなら、神様はミリンをお見捨てになっていないということです。 」 「おーっ。 」 ほとんどの者から、感嘆の声が挙がった。 意気消沈した者たちが希望を得た歓迎の声だ。 予想していた反応を受けて、さらにリリンは付け加える。 「それをもって、ガニマの聖脈がミリアンルーンの無事な帰還を信じて疑っていないのだと、オンドーリア大司祭は判断しています。 とはいっても、それを頼みにしてなんの手も打たず、手をこまねいていても、ミリアンルーンが帰ってくるという保証が得られたわけではありません。 」 「そこで、私近衛隊長のマーガレッタと、サイバー子爵が救出に向かい、殿下とほかの二人を救い出して来ることを、真王陛下にお誓い申し上げた。 」 「おーっ。 」 同じように感嘆の声が挙がるが、それは先ほどのものとは違う、不安に満ちた声が多数混じっていた。 「そうだ。 今上がった声のように、俺とマーガレッタ二人では、殿下のところへたどり着くことさえおぼつかない。 」 今度は、ふーっというため息がかすかに聞こえる。 「ですから、今から協力してもらえるであろう方を探しに行きます。 ペスペクティーバ殿、老師はその心当たりをご存じと思いますが。 」 いきなり声をかけられたペスペクティーバは、考え込んでいたのだろう、はっと驚きつつも即答で返す。 」 「やはり、ラーゴというお名前が出ましたね。 それは最近、ガニメーデの聖霊たちの、ドミニオンマスターに就任されたというお方ですね。 」 やはり慌てている。 うっかり口を滑らせてしまったものの、ラーゴ本人から口止めをされていたのは一目瞭然だ。 「いまこそ、皆さんの知恵をお借りしたいのです。 ミリン一人のためではなく、ここまで立ち直った王国の将来のために。 」 リリンは頭を下げる。 魔法使いに国王が頭を下げるということは、人前では決して見られない行為だ。 周囲にざわつくものがあるのも仕方がない。 「国王、頭をお上げください。 我々魔法使いは、人間の政治や国同士の諍いには手も口も出さないのが、この世界が出来上がって以来の不文律でございました。 しかし、今、国ではない闇の組織といった、得体の知れぬ者に手を貸す魔法使いが現れ、ましてやそのものは自らの私欲のために、この国を貶めたこともあり、もはやこの不文律はないがしろになっているといってよいでしょう。 」 その言葉を受けるように、隣にいた魔法使いが声を上げる。 「だから、先ほど我々はある結論にたどり着いたのだ。 真王陛下、口を挟むことをお許しいただきたい。 レオルド卿と契約によって雇われているガスパーン、魔術師ということになっているが、南下ハルンでは名の知れた、れっきとした魔法使いである。 」 「存じておりますよ。 卿からよく話しを聞いております。 」 「その話はもう勘弁してくだされ。 年寄りの冷や水というやつです。 」 「それでガスパーン、たどり着いたという結論とは?」 レオルド卿が話を切ってガスパーンに問い直した。 (173) 真王の新たなる不安 リリンは、魔法使い2人が出した結論を聞いて驚いていた。 「そう、レオルド卿それなのです。 このような世の中のいびつさが、神龍であるラーゴをこの世に登場させた理由ではなかろうかということ。 人間種のものが繁栄し、それ同士が切磋琢磨して競い合い発展していく様は、たとえ命の代償を必要としたとしても、そこに人を創造した神である神龍の介入は本来の種の成長を促す意味で、決して褒められたことではないと思われて慎まれてきた。 神とはそうあるべきものであると、人間も神龍もそう信じてきたのだ。 そのため、我々魔法使いも生活の改善などにその力を貸すことがあっても、決して政治的な紛争などに手を貸すことは謹んで来た。 しかし、悪の組織のような物に手を貸し、治安の根幹を揺るがす魔法使いが、自らの私怨のためにあらわれるようになって、静観しているわけにはいかないとそのようなものをこの時代が遣わされたのではないだろうか。 」 この時代がつかわしたという大掛かりな話になって、真王リリンは偉大なる神の名を口にする。 「では、サラマンドラ太陽神の御意思が働いたとでもいうのでしょうか?」 「神といえばそういうことになるのだろうが、必ずしもそういうことでもないやもしれんと考えておる。 」 「しかし、アラディアひとりのために、そこまで世の中が動くのでしょうか。 」 そんな悪い魔法使いが出るたびに、神龍なみの能力者が現れるなどというなら、先の王国存亡の危機の際に現れているはずだ。 今度は、ペスペクティーバがその疑問を受けて言う。 「いや、真王陛下。 アラディアひとりの為と考えるのは、早計やもしれぬのではないか。 」 「それはどういう意味ですか?他にもそのような不埒な輩がいるということですか。 」 そんな恐ろしいことはあってはならないが、それ以上の悪い状況になっているなどとは考えたくもない。 「そのように聞こえたかもしれんが、それも当たらずとは当たらずとも遠からずといったところではないだろうか。 土台これまでのような様々な悪の組織に加担する動きが、魔女アラディアの一人の私怨によるものだけで、ここまでやってこれるものだろうか。 」 「ということは?」 「そう、アラディアには、さらに裏で糸を引く黒幕がいるというのもその結論の一つ。 」 「なんと、まだあの外道の裏に何者かがいると。 」 だが、それならそれでそのような陰の黒幕を退治してもらえれば話が終わる。 「そもそも、あの女は生粋の魔法使いではない。 あやつを異界の番人から、人間界に連れ出したものがいるといわれているが、真龍の決められた職分を放棄して変えさせることなど、誰にでもできるものではない。 たとえ造られた当初から、その運営管理を真龍がほとんど携わらなかった異界といってもだ。 」 「その黒幕とやらに、心当たりはあるのですか?」 「我らには、そんな想像ができるだけである。 もちろんあの魔女が急にそういう力をつけてきたという可能性もあるが、しかしそれでも、急に力を付ける原因があるだろうと考えられよう。 」 リリンは、それ以上の真相が明らかにならないことに不満を持ちながら、その恐ろしい真相が目の前に突き付けられなかったことに、やや安堵する。 ことは、100年単位の魔王の復活などとはレベルが違うのだ。 しかしマーガレッタは、なおも問い直す。 「では、神龍の神通力を持つラーゴというのは、そのような力に対して世界がバランスをとるため、あるいはその力を倒すために自然発生的に登場したものと?」 「そんな都合よくできていれば、こんな困った事態にはなっておらんと思わんか。 」 「そう、神がもたらしたなどと考えない方がよい。 まだ我々よりも早く、さらには詳しくそうした異常事態に気づいたものが、なんとかしたいと画策した結果と考えた方がつじつまがあうのではないか。 」 マーガレッタが驚きと共に、声を荒げてガスパーンに迫る。 「人の身で、ラーゴという存在を召還したといわれるのか。 」 リリンもそこには疑問を投げかけた。 いっせいに会場がざわつく。 神龍に、ということはすなわち神に匹敵する力を持つものを召喚できるものがいるとするなら、そのほうが恐ろしい。 「いや、聞いたことがない。 しかし魔物であれば、巨大な力を持ったものを召還する術があると聞く。 」 ガスパーンはそのように言ったが、そうなれば神龍ラーゴは魔物でありながら、魔王を越える神龍の力を持つ、いわば魔神ということになる。 それは、我々だけでなく、ヒト種や聖霊など、世界に生きる生物すべてにとってさらに問題がある。 「では、もしかしてラーゴというのは、魔族なのでしょうか?」 「毒をもって毒を制すという言葉がある。 そう考えた者があっても不思議ではない。 だがどうだ?世の中にそのような気配はみえるか?」 そう言われても、なんの力も持たない人の身では気づいていないだけかもしれず、ラーゴが神の力を持っている魔神かも知れないと聞いて、会場は静まり返った。 その静寂を破って真王陛下がなお質問する。 「その話を聞いて、さらにもう一つ心配があるのです。 会場であなたたちや、2人の女の子たちが、人でないものに転身させられました。 それはどういう事なのですか?魔女が自分の邪魔をするものの、評判を落とそうとしたという者が圧倒的多数なのですが。 」 この話については、2人の魔法使いは冷淡な反応をした。 「それについてはノーコメントじゃ。 」 「ふむ、そこへ行こうとするのだろう?自分でお聞きになればよい。 」 「ただ、ガニメーデやウンディーネの聖霊たちが、そのようなものを喜んで自分たちの頭にすえるだろうか。 」 それはそうだが、気のない返答を聞いて真王リリンが数段高い舞台を降り、魔法使いたちの前へ歩みでた。 常にそばに付いているマーガレッタ隊長も急いで後に続く。 手にちいさなミニチュアのような杖を持っている。 「ぶしつけながら、お二人のお手を拝借できますか。 2人とも同じ結果となった。 ガスパーンが驚いて尋ねる。 「なんですかな、これは?」 ペスペクティーバはこれを知っていたようだ。 「ほう、いわゆる正体鑑定装置をお持ちか。 ならば相手の許可がでれば、試されてみるがよろしかろう。 」 まるで自分はラーゴの正体を知っているが、納得いかないようだから自分でチェックしてみればよいといわんばかりの態度だ。 リリンがきびすを返して再び舞台に戻っていく。 しかし付き添って降りてきたマーガレッタ隊長は、そこで止まったままだ。 「ガスパーン殿にお尋ねしたい。 」 「なにかな、マーガレッタ隊長殿。 」 「あなたは、ラーゴやそれらの存在をこの旅にでる前からご存知だったのか?」 その質問に対して、ガスパーンはいささか戸惑いながら応える。 「いやいや、そのような存在を薄々想像したのはこのボコボヘ入ってから。 確信したのは今日の調印式でだ。 先ほどからラーゴという方が魔の者ではないかという疑心がささやかれているが、その一方で元の魔王島に聖泉を引いたのもラーゴと考えられている。 」 「確かに。 それは、この世の脈を司る聖霊シルフィーの一人から聞いたものだ。 間違いない。 そして、シルフィーは神龍様のご神託を得たと申している。 さらにそれは、聖霊のドミニオンマスターとなられたラーゴさまのことかと問うたところ、否定はしなかった。 」 それは初耳だ。 それであれば、聖霊のオフィサーがドミニオンマスターになったと聞いたとき、すなわち神龍が現れたと言ってくれればよかったのだ。 「そうだったのですか!」 「そうだ。 だから聖霊のドミニオンマスターが現れたということは、出来る限り伏せられた。 世の中が混乱するからだ。 」 「もはや世の中に龍はいないとされているからな。 」 「新しい秩序のはじまりだということですか。 」 「それゆえ、現れてはいけない、生み出してはいけないものとされてきたのだ。 それは王であるあなたならよくご存知であろう。 」 世界の理を正す神龍の力が巻き起これば、人間の事情など無視されてしまうかもしれない。 だからこそラゴンのような、使徒が間に立って人間世界のことを考えながら対処してくれている必要があった。 しかし、その力が及ばないと神龍が判断したのであれば、その問題、原因に対して、神龍の力は容赦なく振り下ろされる。 そうなってしまえば、人の都合である人間社会の事情など斟酌されないおそれさえある。 人間一人一人の都合をいちいち気遣っていては、世界の理を押し通すことなどできないからだ。 最悪、人間同士のいがみ合いがその原因であると考えられるならば、いっそのこと人がいなくなってしまえば、その問題は片付くと考えるかもしれないのが神というものである。 だが既に賽は投げられている。 リリン自身が巨人族から国を守るため、そしてこの場所に来るために神の力を使ってしまったのだ。 人の力では解決できないことが起こっていることを、神に示してしまった。 「レオルド卿!どうしましょう。 そんなものが出てくれば。 」 「確かに我々は、人間は微力だ。 我々が家屋敷を建てるときにアリの巣のことまで考えないように、神は我々の生活のことまでは考えようとしてくれないのが、世の中の理というものだ。 」 「そうなのです。 」 「だがリリン。 絶望するのはまだ早い。 我々にはミリンという希望がある。 」 「ミリンがですか?」 レオルド卿の言っている意味がすぐにはわからなかった。 今いない、二度と戻ってくるかどうかわからないミリンが、なぜ希望なのか。 「聖霊の言葉を思い出すんだ。 彼らはミリンのことをその存在、彼らの『ドミニオンマスターが深い親しみをもち、強い結びつきを持つまれにみる王の器』であると言ったのではないのか。 」 「それはこのペスペクティーバの耳も聞いている。 いわく、『アレサンドロの蘇生に役に立ちたい』、いわく、『ミリアンルーン殿下と親しくしてもらっている』と。 」 「おおーっ。 」 直にラーゴの声を伝え聞いた誰もが、いままでにない歓喜の声を上げたが、最も驚いたのは真王リリンであった。 自分の考えていたことと、寸分違わず合致したからだ。 聖霊からもアレサンドロのことについては聞いていなかった。 」 「リリン、民の前だ。 」 「あ、ああ、レオルド卿!あの子は。 」 「そうだな、アレサンドロの蘇生をも約束してもらっていたのだ。 」 気がそぞろになるのも無理はなかった。 想像していたのは空言ではなかった確信が持てたのだ。 ならばミリンを救いに行くことも夢ではない。 ということは、ほぼ間違いなくマーガレッタたちの進軍を前に、魔王城の戦力を骨抜きにしてしまったのはラーゴの力だ。 「聞きましたか、やはり我々にとってミリンを助け出すことが最後の望みとなっているようです。 誰でも、どんな曖昧な情報でも許します。 」 (177) サバトラーの語る事実 関係者を集めた船の中、それがどんなものでもよいと、情報を求める真王陛下の言葉に続いて、サイバー子爵が続けた。 「いずれにしろ、早速この深夜に集まってもらったが、船は明日の夜明けまでは危険なので出航はできん。 陛下もこうおっしゃっているので、いまのうちに全員の知っていることを整理しておきたい。 」 「陛下、たいしたことではないかもしれませんがお話が。 」 「近衛副隊長キャラブレ、お話しなさい。 マーガレッタ達が別墅に戻ってきた時、入れ替わるように姿を消してしまいました。 そうですね。 」 リリンは、ここへ移動してからもずっと側について、乗船状態などをマーガレッタに報告していた衛兵の責任者に問う。 「はい、我々別墅を護る衛兵は、誰もその姿を見ておりません。 」 それを聞いたキャラブレは、再度周囲を見回してから、会場には聞こえないような小声で、ようやく話しはじめた。 「それでは申し上げますが、あのクロスがこの街へ陛下をお連れすると言って来た時のことでございます。 あの時、神の御技を人が見るのは危険だと言って、目を閉じろと言われましたですね。 」 「そうでしたね。 そして目を開けば、目の前にこのボコボへ通じる道が開いて、その道を神が進まれていました。 その後をついて、我々はここへ来れたのです。 」 「その目を閉じろと言われた一瞬、実は私薄目を開けてみておりましたのです。 」 「なんと!目が潰れるとは思わなかったのですか。 」 その声だけは、ホールにいた人間の多くが聴いてしまっただろう。 「片目だけでございますが、もしも全員が目をつぶった時に何か起こってはと思い、近衛副隊長として、失明を覚悟でこっそり見ていたのでございます。 その技をかける瞬間、クロスが呼び出した神に我々から見えぬよう、クロス自身の羽織っていた聖衣を覆い被せたのです。 それでも、神が技をかける一瞬だけ、姿を変えたのが分かりました。 聖衣の上から黒いツノの影が見え、黒っぽいネズミ色のい翼が、広がったように見えたのです。 」 「それは、悪魔となった堕天使の姿にも見えたと言うことですか?」 リリンはラーゴとミリンの、魔王城殲滅作戦以前から交わされていた盟約があったという想像が当たったように、一方でラーゴやクロスをはじめとするメンバーの、『魔の者』疑惑も信憑性を帯びてきた。 しかしそれをここで全員に聴かせるのは、いかがなものだろうか。 「わたくしにはわかりません。 ただ、この際お知らせしておいた方が良いのではないかと思いました。 」 「わかりました。 ただ、はっきり見たのではないのですから、そのことはクロスにあって問いただしてみてから、発表することにしましょう。 」 「陛下のお心のままに。 」 再度、会場から意見を募集すると、すかさず会場の後ろの方から手が上がる。 」 「おお、サバトラー執事長。 あなたもなにかご存知でしたか?」 「はい。 まずは、この船で王子を送り届ける算段をしていただいていることに感謝しております。 それに対して、我らが何のお返しもできていないことを悔いておった。 」 それには、マーガレッタが口を差し挟む。 「そんなことはありません、半魚人のみなさんはその後、河での航行に力を貸していただいたり、魔王島深海の探索にもご助勢たまわり、さらには今日のアベハルンビルの消火にも、お仲間から多大なご協力をいただいたと報告を受けております。 」 「そんなことは、船を襲った奴らの、罪滅ぼしの一端に過ぎんこと。 しかし、聞くところによると、ラゴン殿とミツ殿が倒れられ、特にラゴン殿は敵に連れ去られたと聞く。 今は敵への情報漏洩に気遣って、隠し事をしているときではないと思ってお話ししたいと思いますのでな。 」 「是非お聞かせ下さい。 私は不思議に思っていたのです。 あなたがたの拉致されていた場所を、管理していた悪漢どもの早々の退散というのを。 」 「さもありましょう、子爵殿。 それは、ラゴン殿から堅く口止めされていた件でございましたので。 」 「実は、子爵殿たちの一行がお越しになる前の深夜、ラゴン殿たちが突然現れて我々を拉致していた男たち30名ほどを、あっという間に片付けてしまいましてな。 」 「やはりそうであったか。 」 これも、リリンたちの話し合いの中、サイバー子爵が想像していたとおりだ。 「そのときおっしゃったのが、『この国の者たちを恨まないでください』といわれたことと、『自分たちのことは伏せておいてください』ということでありました。 それはその後、マフィアに乗っ取られた街を救い出しに行くために、自分たちの存在を、先もって敵に知られたくないということでしたので、もうお話ししてもよろしいでしょう。 」 「それは、ラゴンとミツ、そしてハナコの3名だったのだな。 あー、ミツというのは黒髪黒目の成人したばかりくらいの少女で、ハナコはあなたくらい背丈のある大人の女性だ。 」 「いや、もっといらっしゃいました。 およそ7~8名。 そして、そのうちのもっと幼い二人の女の子が我々に、あなたたちが来る数時間前まで付き添って、いろいろと世話を焼いてくださいました。 」 「そうだったのか。 あの時すでに、そんなに協力者がいっしょだったのだな。 」 「その中には、年端もいかぬ子供達もおりました。 」 それを聴いて、焦ってレオルド卿が話に割り込む。 そして、ラブリンを前に出して、問いただした。 「ちょっと待ってくれ、その中にこの子はいたかね?」 「いや、そんなお子さんは見ませんでしたね。 どの子も、もっと顔立ちの非常によく整われた、綺麗な子供ばかりで。 」 それを聴いたレオルド卿は、やや不機嫌に言う。 「何を言う、この子はうちの娘の小さい時にそっくりなのだ。 」 「それは失礼を。 しかしそのお子さんもただものではございませんな。 」 「分かりますか。 」先ほど、正体判明装置と言われた道具でラブリンの正体を確認したばかりのリリンは、その反魚人の炯眼に舌を巻いた。 「その子もこの魔法道具で先ほど調べた結果、まだ生まれたばかりだけども、魔法使いの血を引く者と鑑定されていますわ。 」 補足してレオルド卿が付け加える。 「ただ本人は、自分の親のことは覚えていないそうなのだがね。 」 それを聴いた会場が、ほうーという感嘆をもらす。 ペスペクティーバが目を凝らしてラブリンを見た挙げ句、腕を組んで何度かうなずいているのは、すでに何かを感じていたのだろうか。 「そうでございましたか。 それはさておき、確かにそのぐらいの歳の子までもが混ざっておりました。 それと、国表のものがそちらの船を襲った時は、ラゴンではなく、先ほど来でております、ラーゴという名で連絡を取って来られました。 その時のお姿を拝見しておりませんが、その時のお声は、確かにラゴン殿でしたな。 我らギルマン族は、水の中でも互いの声を聞き分けることができるほど、音への感受性が研ぎ澄まされており、聞き間違えることはございません。 」 「ラーゴがラゴンと同じ声?それは、ラゴンを通じてラーゴという方が話されていたと言うことではなかったのか?」 「それはわかりません。 しかし、ラゴン殿は確かに口を開いて話されておりましたが。 」 「ラゴンというのは、本日魔女に連れ去られた鎧武者ですな。 」 ペスペクティーバが口を挟んだ。 「老師はラゴンを今日初めて、見られたのですね。 」 「いかにもそうでございます。 見たのは初めてでございましたが、確かに王国勇者の名乗りを上げた声には聞き覚えがありました。 あの声と話し方はな、ラーゴ様のものでございます。 」 「やはり、ラゴンとラーゴは同じ人物ということなのか。 」 「いやそれは違います。 お会いになればわかりますが、ラーゴ様はあのような人間とは、似ても似つかの姿でございますから。 」 「そうなのですか。 なら希望が湧いてきましたね。 老師はラーゴ様という方は元気にしていらっしゃると思いますか。 」 「それですが、我々の近くでギェーモンが仲間の魔法使いが言っとったことには、あのラゴンと言うものをラーゴ様が操っており、ラゴンが倒されたためにそのダメージがラーゴにいってしまっただろうということでした。 数週間から2ヶ月の単位で意識が戻らなのではないかと、ミツと言う少女に話しておりました。 」 数週間は長すぎる。 リリンは悲嘆を隠しきれない声を上げる。 「そうなのですか。 」 「ラーゴ様は、我がスポットライトニングでも傷つけることはおろか、当たったことさえ気づかないほど強靭な方でございましたから、そういう外的な力に抵抗力の強いものほど、内面から大きなダメージを受けるとも言っておりました。 つまりあのラゴンと言う若者は、いや若者に見えるよろい武者は、実のところ仲間のギェーモンという魔法使いが作った、オートマトン、つまりカラクリ人形なのです。 しかしかなり精巧にできているため、人間としか思えないでしょうが。 」 「ラゴンが人形?いや彼は食事もしていたというし、あの声で普通に俺と話をした。 照れたり笑ったり、あんなことが人形に出来るのだろうか。 」 「それはそれで、ラーゴ様があの人形を通して、あなたと話していたのです。 」 「ちょっと待ってくれ!」今度は会場の別の場所から、タオが口を出した。 「陛下の前で申し訳ございませんが、わしも短い間だがラゴンと何度も話しをし、一緒にプラトーシャールもやったのだ。 」 「見ていただいた通り、あれほどの戦いが自由自在にできるのですから、プラトーシャールのプレーぐらい、朝飯前と思われませんかな。 」 「そう言われればそうだな。 」 「では、妹と言っていたミツも、同じように人形なのか。 」 「そうではないでしょう。 ギェーモンがミツに説明していたというのは、ミツは人形を操るということがどういうことなのか、全く分かっていないからだったようです。 」 「なるほど。 とはいえ実際操っていたラーゴ様自身が、その所をよくわかっていなかったようですから、まったく可能性はないとは言えませんが。 」 「ではミツは何者だと思われる?いやその正体を老師は知っておられるのか。 」 それについては、首を振って答えるペスペクティーバ。 「お会いになって確認されるがよろしかろう。 そのような便利な道具もあるのだから。 そしてその上で、お味方にされるのかどうされるのかを、自分たちでお決めになったらよろしかろう。 今敵が誰で、味方が誰なのか。 それはそれぞれが自身で決めること。 その出生が何であるとかだけで決めて良い、そんな時代ではなくなっているのだと感じております。 そしてそうでなければ、ラーゴ様は、今この時代に生まれてこられなかった。 」 ペスペクティーバの、演説めいた話が一段落したのを見計らって、サバトラーが再び口を開いた。 「それはそうと真王陛下。 」 「なんでございましょう、サバトラー執事長殿。 」 「出航は夜明けという事をお伺いしたが、今この船の周りには我らの種族数名が警戒にあたっている。 もしよければ、この闇の中でも昼間よりも早く船を進める水先案内人として、務めさせてもらえると思うがいかがかな。 」 それを聞いたマーガレッタは、いままで固く暗かった顔を、いささか明るくして言う。 「あぁ、そうでした。 陛下、彼らはボリー大河を下るときにも、我々をカイヅやパルキーの船着き場まで、信じられない速さで導いてくれたのです。 そのおかげで行程よりも、全体で2日も早くこの町に入ることができました。 」 サイバー子爵がその話を受けて勢いづいた。 「なるほど!そのような水先案内人がいれば、安全に、しかも夜明けまでに魔王島までつけるかもしれん。 」 「そうですね。 今は一刻を争う時です。 もしかすると、ラーゴ様と言われる方は倒れておられるかもしれませんが、ミツや側近の者たちに話ができるかもしれません。 是非お願いしましょう。 」 「わかりました。 すぐに指示を出してまいります。 」 さっそくサバトラーが甲板に向かうと、サイバー子爵も動いた。 「私も行って参ります。 船を出航を命じなければなりません。 」 (182) 黄泉の国から帰った女 サバトラー執事長の呼びかけで、すぐに半魚人たちは集合し、真夜中ではあるものの、すぐにも魔王島に向かって出航する、水際案内を努めてもらえるよう指示が出された。 「了解しました。 この時間なら障害になるような航行する船は、この界隈にはおそらくありませんでしょう。 魔王島までは海のモンスターもおりませんし、場合によってはウンディーネたちの協力も得られましょう。 いささか陸沿いの岩礁を避けて、昼間より迂回は必要ですが、夜明けに出るよりは遙かに早く着くことが可能でございます。 」 「それはかたじけない。 」 半魚人たちが海に戻ると、サバトラー執事長はサイバー子爵に向き直って彼の思いを告げてきた。 「それはそうとサイバー子爵、このサバトラーも、最後の戦場へお連れいただくことは叶わんだろうか。 マフィアもこれで全滅したと云うことであるし、王国には結果的に、先王アジェームズ一世の仇をうってもらった。 もはや、この老いぼれの死に場所はそこにしかないように思える。 」 「いや、確かにサバトラー執事長の腕のほどは、グールメンに聞いており、ありがたい限りだ。 しかし、あなたには王子を祖国まで送り届ける大事なお役目がある。 」 「それが、このような特別船をしつらえてもらいながら失礼な話だが、本国から王と王妃が国賓高速船シーフォースワンを出航させ、此方に向かわれた旨連絡があった。 あれであれば、もちろんこのような澪引きはあってのことだが、三日もかからず此方に到着するであろう。 」 「なるほど、だがそれには陛下のお許しもいただく必要があり、私の一存では返答しかねる。 魔王島について、ミツやラーゴに会って、今後の策が明らかになってから、陛下にご相談しよう。 」 「わかり申した。 何卒良しなにお願いする。 」 「それはこちらの口上だ。 そのときはよろしくお願いします。 」 早速、真夜中すぎに異例の出航ということになった。 周囲の安全確認を終えると、例がないとはいえ慣れた動きでほどなく深夜の出帆の準備は整い、またしても夜間とは思えない速さで船は大海原に滑り出す。 やや、共和国側へ大きく迂回するルートをとったとき、共和国方面からサーチライトを照らしながら、猛スピードで走ってくる小さな船があると、澪引きする半魚人から知らせが入った。 「高速艇です。 」 「それは、共和国のトップたちが乗って帰ったものではないか。 」 元はといえば、マフィアが全滅したとき、モーイツの港に残されたものだという。 万が一のことも考慮して、サイバー子爵は身構え船全体に緊急報を通達する。 だがそれは取り越し苦労だったようで、至近距離まで近づいてきたとき、高速艇から拡声器のようなものを通じて声がかかった。 「おーい、その船は王国の、サイバー子爵の船籍ではないか。 」 その時すでに、急を伝え聞いたボコボ省官長が甲板に上がってきていた。 「あの声は、この度の交渉の代表をつとめたオートン市長代行。 」 「止めろ、船をこちらに。 」 高速艇を、停止した軍艦に横付けさせ、上からサイバー子爵は叫ぶ。 「どうされたのだ、オートン殿。 元の守りを固めるために、モーイツへ帰られたのではなかったのか。 」 「申し訳ない。 お話しする間がなかったのだが、ヤチァローカ市長と相談して、ミリアンルーン殿下救出部隊の助っ人を選出し、これを連れて来るために戻っていたのだ。 」 「それは何と手回しの良い。 まずは真王陛下がおこしなので、その旨をご報告いただきたい。 」 「わかりました。 ではとりあえず、私だけ乗船させていただきます。 」 ロープが下ろされ、それにつかまってオートンが船に上がってきた。 「この船は、これから元の魔王城のあった島へ向かうのですが。 」 「わかりました。 高速艇は後ろをついてこさせましょう。 」 「半魚人殿、聞いての通りだ。 その船も一緒にお連れしてください。 」 サイバーが船の上から叫ぶと、水面から返事が返ってきた。 「了解いたしました。 」 サイバー子爵はホールへ戻り、取り急ぎオートンを真王陛下に紹介する。 「真王陛下、オートン市長代行です。 本来、今回の仮調印の代表者で、モーイツ商工会の会長も勤められております。 このたびの調印式には駆けつけながらも、あのようなことになってしまい、ご挨拶も十分にできておらず、国王として至らない点がありましたことを陳謝申し上げます。 」 「何をおっしゃられますか。 大した手勢で来ていなかったとはいえ、安全保障条約締結直後にありながら、あのような無頼の横行を目の前で許してしまったことは、我々もたいへん遺憾に感じております。 実は国から町年寄拉致事件に続く、昨晩の砲撃事件を受けて、防衛チームが組織され、モーイツ港へ共和国きっての強者七名が送り込まれていたところでした。 現状から王国では、おそらくすぐにも殿下救出にあたられると考え、その中からすでに一度引退したものではありますが、ぜひ仁徳厚き真王陛下のお役に立ちたいと志願するものがありましたので、急ぎ連れて参りました。 」 「え、しかし、それではモーイツ防衛に差し障りがありましょう。 」 「いや、恥ずかしい話しながら、志願してくれたのは一人でした。 その程度では防衛に支障がでたりはしないという事で、モーイツ市の独断で行わせていただいております。 」 「よろしいのですか。 」 「何をおっしゃいますか、安全保障条約というのは、こういう時に力を合わせるという事を意味するのではありませんか。 それを申し入れしたのは、こちらなのです。 」 それを聞いて、サイバーは口をつぐんではいられなくなった。 「オートン市長代行!」 「はい、どうされましたサイバー子爵、改まって。 」 「陳謝させてくれ。 俺はあなたたちが急いで帰られたのを見て、自国の護りを大事と、さっさと帰られたのだと考えてしまっていた。 あなたたちが、自分の国のことだけしか考えていないと一時でも思った俺、いや私を許してほしい。 」 「お気になさいませんよう。 あの恐ろしい力を見て、母国にその情報を知らせなければと思ったというのは間違いありません。 しかも、防衛チームから誰も志願するものがなければ、場所が場所だけに命令許可も本国からは下りそうにない。 結果的には何もできず、逃げたような結果になっていたかも知れません。 」 「確かに、思えばよく志願していただける方があったものだと。 それは、正しく状況をご認識いただいての事なのか?」 「そうですわ。 」 「ですが、その魂を真王の、いや王国の未来の為に使われたいと。 」 「なんというありがたい言葉でしょう、失礼ですがその方の名は?」 「共和国ではナンバーと名乗られておりました。 ナンバー殿は、異国の生まれにして最初に共和国で名誉市民・警備勲章を授与された伝説の平民といわれた女性です。 」 「女性?女の方なのですか?」 「そして今、高速艇から乗り移るとき、もし協力の申し出を遠慮されるような場合は、陛下にこのように申し上げてほしいとことづかりました。 『陛下の恩義に報いるため、黄泉の国から戻って参りました』と。 」 「なんと、黄泉の国から?それは本当ですか?」 「はい、彼女は噂では、同じように勲章を受賞された弟君と2人で、受賞後アファーの大森林に探検に行く、エクスプローラの一員として志願されましたが、数年後、生還されたのは彼女お一人だった結果を恥じられて、第一線を退かれ、隠遁生活をなさっていると噂されておりました。 」 そこまで聞いて真王は上を仰いでさけぶ。 「カゲイ!間違いありません。 」 「はい、仰せのままに。 」 影が動いたのを察知して、サイバー子爵も甲板に駆け戻る。 カゲイよりも、若干遅れて甲板に着いたサイバー子爵が見たのは、高速で月明かりの海を進む高速艇から軍艦に飛び移ってくる、人並みはずれた跳躍力をもった、女の人影だった。 どうやら、カゲイから光る道具を利用して、あちらに連絡を送って呼び入れたようだ。 」 「カゲツ様、お元気でしたか。 」 「真王陛下に長らえさせていただいた大事な命、むざむざ捨てられるものですか。 」 「それでは今回のナンバー殿と言われるのはやはり。 」 「もちろん、一緒に助けていただいた弟を大森林の探検で失い、以来自ら終わらせることもできず、見事に散らせられる、このような舞台を待ち望んでいました。 」 「では、まだ正式に申し出ておりませんが、拙者もご一緒に。 」 「バカを言ってはなりません、今はカゲイが影鍬の長でありましょう。 人の身では立ち向かいきれない、恐るべき魔女と事を構えているそうではありませんか。 」 「それがカゲツさま。 その魔女とはあのアラディアのことなのです。 」 「なんということ、未だに王国に災いをなそうというのでしょうか。 思えばあの魔女のおかげで当時影鍬だった私たちは、心ならずも非道な行いに手を貸したことさえありました。 」 「そうでございます。 未だに王国に、いわれない恨みを抱いているのです。 」 「調印式での様子を聴く限り、私たちのような天啓のない人間が束になっても、現在のアラディア相手に歯が立たないとは思いますが、殿下を連れ帰ることでその鼻を明かしてやれるというのは、小気味良い話ではないですか。 」 「その心意気といい、お見かけする限りといい、まったく当時とおかわりになっていない。 」 「何を言うのです、恥ずかしい。 あれからもう何年経ったことか。 」 「お話中申し訳ない。 私は今、王国8貴族をまとめる立場にいる、子爵でサイバーと申します。 」 「お名前は存じております。 たいそう有能な方だと、共和国の評議員以上では知らぬ者はおりません。 」 「いや、私などまだ駆け出しで。 だがその私でも、かつてのカゲツ殿のお名前といきさつは存じております。 よろしいのですか。 また王国へ戻って来られても。 」 「ですから、私は今、共和国のナンバーでございますから、そのようにお取り計らいのほどよろしくお願いいたします。 」 「大丈夫です、サイバー子爵さま。 最近このように色々なことが起こって、拙者のようなものが人前に出ることも増えてまいりましたが、そもそも影鍬の顔など誰も知りません。 」 「なるほど。 そういえばそうしたものだったな。 ではナンバーどの、真王陛下の御前にご案内いたします。 」 アネクドート 184-1 カゲツの思い出 前編 王国から逃亡して、ほとぼりの冷めた頃、建国間もない共和国で名声を得たカゲツは、特別なエクスプローラ募集に、自ら志願して参加した。 エクスプローラとは別名『探検パーティー』ともいわれる。 通常、エクスプローラは前衛と後衛の戦士そして、情報収集を行う盗賊または間諜、魔術師あるいは魔法使い、聖人といった5人が標準的なメンバーとなる。 だが、人間のパーティーに魔法使いがメンバーとなることはほとんどなく、営利目的のエクスプローラに聖人が参加することも皆無といえる。 そこで、聖水を大量に持ち運ぶ剛力と呼ばれる力持ちを仲間に入れることが多い。 多くは獣人とのあいのこが起用される。 あくまでこういったケースが多いと言うだけで、そのときの事情や、探検対象によって、内容も人数も大きく変わることがあるが、そのときはこのスタンダードなチーム編成が求められた。 その目的は、命を狙われるのがわかっていながら王国から出て、すべてをかける意味のある最後の使命とした、アファーの大森林への探検である。 つまりカゲツが影鍬を引退して、しかも命を懸けて王国から籍を外した理由だった。 もちろん、弟のカゲロウも喜んで同行を申し出る。 その大森林には、万病に効くと言う薬草などが生えているため、スポンサーには事欠かなかったが、実際行くとなると誰もが二の足を踏み、まともなメンバーが集まらない。 そのため、計画されては計画倒れに終わるという試行錯誤を繰り返していたが、そこへ名誉市民・警備勲章を取り、共和国におそらく右にでるものがないとお墨付きのついたカゲツたちが参加を表明したため、一気にチームが出来上がった。 大峡谷まで行く、多数の人間によるキャラバンや、輸送用の船をスポンサーから集まった手付金で準備し、すぐに5人ずつのエクスプローラー隊二つが出来上がった。 それぞれの前衛であり、隊長がカゲツとカゲロウである。 メンバーの中には、金や名声に飢えた、胡散臭い者がいたが、集めるのはカゲツたちではないので、あきらめざるを得なかった。 もちろん、魔法使いもいなければ、聖人の参加も望むべくもない。 あたかもごうよくそうな魔術師たちと剛力、聖人くずれで補われていた。 さらに不安になるのが、盗賊職で参加しているゲスナーという男であった。 職名ではなく本当に盗賊をやっていたのではないかという、そんな雰囲気さえ持ち合わせており、出立して数日のうちに金と女にだらしがないということは、カゲツの耳にも聞こえてきた。 何か月もかけての船旅と行軍の末、キャラバンは大峡谷の手前の村にたどり着く。 そこで再度十分な準備を整えた後、山を登ること2日、峡谷へ降りていくこと1日のところで支援部隊はキャンプを張り、そこからエクスプローラーだけが一週間大森林へ向かっていくことになる。 一週間経っても帰ってこず、延長を依頼する連絡の鳩も戻ってこなかった場合、エクスプローラーは全員死んだものとしてキャラバンは撤退することに決まっていた。 エクスプローラー2組は二日かけて大峡谷を降りて行き、これより下層がないのを確認して、それでも大事をとって最も先行をカゲツが、しんがりをカゲロウが務め、大森林に向かっていた。 その時中心が金色に光る水晶が目の前の道に埋まっているのを発見する。 それを見つけた盗賊職の男ゲスナーがカゲツを押しのけてそれを取りに行こうと走り出た。 「待て、はやるな!」 カゲツは何があるかわからないから慎重に、と注意したが、ゲスナーは聞かなかった。 「見つけたのは俺だ!俺のもんだ!」 とその水晶を土の中から掘り起こそうと力をこめて動かした。 水晶の中に金の鉱石が包まれた確かに誰が見ても値打ちのありそうなものではある。 しかも周りの土をのけていってもさらに大きな本体があり、ゲスナーが捩って動かそうとしてもとても動かない。 それでもなお、全身を使って力を加えるゲスナー。 すると、あろうことか突然歩いていた道が二つに割れ、全員がその割れ目に引きずり込まれる。 いや、道が割れたというよりも、各自の立っている場所から地割れが発生したかのように感じられた。 だが、かろうじて何人かは割れ目の角に手をかけて持ちこたえる、ほどなく地面になんとか上がって来れた。 カゲロウと、巨漢の動きが鈍い魔術師デブラデルが、割れ目のかなり奥まで落ちていたが、何とか姿が確認できる。 それ以外のものはもう、絶望的と思われた。 カゲツは、地面から10メートル近く下の出っ張りに引っかかった、デブラデルを助けようとなんとか降りていく。 悪運の強いことに、最初にはい登ったものの中に水晶を掴んで離さなかったゲスナーがいた。 カゲツがデブラデルを助けに降りていく間にも、命令を無視したゲスナーと他の仲間の争う声が聞こえてくる。 「カゲロウ、あなた先に上がって。 」 やはり途中で止まって、デブラデルのサポートにつこうとしていたカゲロウに、争いを止め、落ちた人間の救出を急ぐため、先に上に上がるよう指示をするカゲツ。 了解したカゲロウは、先によじ登って仲裁しようとしているが、さらにその騒ぎは大きくなっているように聞こえ、しばらくして静かになった。 「カゲロウ!片付いたら早くロープを降ろして。 」 カゲツはカゲロウに、デブラデルを釣り上げるためのロープを垂らしてくれと叫ぶが、何の返答もない。 「誰か、近くにはいないの!」 最初、それほどのロープの予備がなくて、短いものを継ぎ合わせるなどの作業に手間がかかっているのかと思っていたが、層でもなさそうだ。 どうしてしまったのか、何度呼んでも答えがないのはおかしい。 痺れを切らして、持ち合わせのロープと杭で巨漢のデブラデルを落ちないように処置し、すぐに上から引き上げると言い残してカゲツは地上に戻る。 カゲツの身のこなしなら、1分もかからず地上に上がれるのに、鈍重なデブラデルは自力ではとても、いやカゲツが下から押し上げても上がって来れそうにはなかった。 」 そして地上に上がったカゲツは、予想もしなかったものを見る。 なんとか地上に這い出ていた、カゲロウ以外の4人の、首のない死体がそこに転がっていた。 もちろん、あたりは血まみれである。 人員を募集した時、たしかに応募は少なかったものの、それほど誰でも仲間に入れたわけではない。 そして見覚えのある黒い粉が散乱している。 それは魔獣のような、自らの力よりもはるかに高い能力の敵と会った時に、影鍬が使う目潰しの粉であった。 それでも魔獣のような鼻の効くものは、狂ったように獲物を匂いで探して追ってくる。 おそらくカゲロウは、後から上がってくる自分から、その脅威を引き離すために、囮になって逃げたに違いない。 だが、アファーの大森林の入り口であるこんなところに、魔ものがいるはずがない。 いるとすれば神獣、あるいはそれに近いものだ。 状況を理解したカゲツは、まずはデブラデルを引き上げるためロープをたらそうとした瞬間、地響きを感じ、また地割れが起こるかと思って飛び退くと、地割れが急に狭まった。 10メートルほど下から、デブラデルが悲痛な声を上げて潰れていったのがわかった。 それからカゲツは、他のメンバーが残した荷物をまとめ、森の中に消えたと思えるカゲロウの後を追う。 しかし、いくら探してもわからない。 余力があれば、必ず自分にわかるような形をつけているはずなのだが、それもできない状態だったのか。 アネクドート 184-2 カゲツの思い出 後編 カゲツはその夜、夢を見た。 まるで、現実のような夢だったが、今でもそれは夢だと思っている。 木の上で気配を消し、仮眠をとっていたとき、カゲロウたちを襲ったと思われる鳥のような獣に襲われる夢だった。 カゲロウたちが襲われていたのをその目で見たわけではなかった。 そいつが襲ったのだというのは、長年死地を潜り抜けてきた、カゲツの直感にすぎない。 カゲツが、殺気を持って近づいてきた生物を関知できなかったのは、ありえないことだが、やはりそれも夢である所以に違いない。 警戒している状態で、気付けなかった生き物など、影の仕事について以来初めてだった。 なにしろ、気がついたら背中からへそのあたりまで、その鋭く長い爪が貫いていた。 「げぼっ!」 血反吐を吐いて、木の下に転がり落ちるカゲツに、さらに攻撃の手をゆるめようとしない敵の動きを感じたが、これも信じられないことに、あまりの痛みで身体が思うように動かせない。 ぐずぐずしていたため、防ごうとした右腕の肘から先が、次の攻撃で吹き飛んだ。 もぎ取られたというのが正しいだろうか、激痛が体中に走る。 しかし、ここで死ぬわけには行かない。 カゲツには、ここに来てやらなくてはならない目的があった。 そのときはじめて、カゲツが思うように身体を動かせなかったのは、最初の一撃で背骨をもへし折られていたからだということに気づくカゲツ。 しかも、月が雲に隠された深い森の中、夜目のきくカゲツでも視認できない暗闇を、敵は正確におそってくる。 あわや、カゲツの頭が鋭い爪に握り潰されようとした瞬間、口笛が聞こえて、鳥の影は空へ帰って行った。 羽ばたきがどんどん遠ざかっていく、瞬殺の危険からは助かったのだ。 だが、もはやここで果てるしかないと覚悟するカゲツ。 その時、口笛が聞こえたほうから、異様な声が響いてきた。 「何をしに、この森にやってきた。 」 耳ではなく、頭の中に響く声。 いや、声というより虫の羽音のようだ。 影鍬は、遠くの仲間に連絡をつけるとき、同じように虫の羽音のような信号で言葉を伝える。 普通の人間には、それは虫の出す雑音にしか聞こえないものだが、それとよく似ていた。 「あなたは、この森の住人か?神につながる使徒なのか。 」 「こちらが質問している。 答えず問いかけるのは非礼であろう。 」 男なのか、女なのか、あるいは若いのか年寄りなのかもわからない。 しかし、相手はカゲツのことを間違いなく見ていると確信した。 「もしそうであれば、森に勝手に入ったことを謝りたかったのだ。 私はカゲツ、弟と共に使徒にあい、祖国の窮乏を伝え、助けを求めるためにやって来た。 」 「お前の仲間は、この森に入り、早々森の宝を奪おうとした。 そのため森が怒り、地が不埒ものを飲み込もうとし、護翼獣がその愚かな脳を食い散らかした。 」 「すまない。 」 「どのような者であっても同じことだ。 だがもし、この地に使徒がいたとしても、使徒や魔法使いは人間同士の争いや、自然な営みによる問題には助勢しない掟というのは知らぬのか。 」 それを言ってくるところを見ると、この声の主は間違いなく使徒、或いはそれにつながるものに違いない。 それであれば、もうこの命に未練はない。 (ただ自分の言いたいことだけは、ここで聞いてもらわなければ!) 「知ってはおりますが、藁をもつかむ思いでやって参りました。 」 「わかっていようが、もはやおまえの命は長くはない。 ここで嘘をついても、仕方のないことと理解しているであろう?それでも、伝えたいことがあるなら話すが良い。 遺言と思って聞くだけは聞いてやろう。 」 (やった!) 言われたとおり、消えかけた命であるが、望みが叶うならば弟と2人分使っただけの値打ちがある、とカゲツは歓喜した。 とたんに痛みを忘れたほどである。 「私はここへ来るために、二度命を捨てている。 聞いてもらえるなら惜しくはない。 言われるとおりこの傷では助からないし、治療できるところまで動くこともできないだろう。 伝えたいことは一つだ。 月がこの世界を狙っている。 何とかそれを止めて欲しい。 いや、せめてこの世を今まで導いてきた方々の耳に、その事実を届けたかったのだ。 わが国に国を貶めた宰相がいた。 そのものは魔女にして、元は異界の番人であったとも言われている。 その魔女は国を追われて、今、その行方は分からないが、私は魔女が宰相であったとき、護衛の任務にあたっていた。 その間、魔女が何度も月からの命令を受けていたのを見ていた。 それは独り言だと思っていたのだが、最近封印されていた先の宰相の部屋から、その内容を綴ったものが一部だけ見つかった。 その中には月の神ディアーナから指示を受けて、地上にはびこる教会勢力を衰退させ、世界からヒト族の希望を失わせようとした片鱗が書かれていたのだ。 他のものは宰相の絵空事、妄想だと切り捨てたが、私はあの前後すべてを聞いている。 あれが彼女の独り言でなく、神との会話であったとわかって、この世界すべてを貶め、ついにはサラマンドラ神をも追い落とそうとしている、月の神の陰謀が見えてきたのだ。 」 一気にそれを言い終えると、口に溜まった血反吐を吐き出す。 」 「当時私の聞いたことが正しければ、ディアーナは月からセレーネを追い出して月光を我が物とし、地獄に魔臣バフォメットを送って支配し、地獄で要らなくなったアラディアを地上を貶める魔女としてつかわしたのだ。 もしも疑わしいというなら、私が死んだらこの頭の中身をひらいて調べてくれればよい。 」 聞きかじったことのあるだけの知識を披露すると、この暗闇の中ではどこに存在するのかすらわからないが、その言葉を聞いたカゲツに声をかけている存在が、残念そうに首を振ったように思えた。 「おろかな人間よ、それは人による。 そこに横たわれ。 」 折れた背骨を押して横たわるのは激痛が走ったが、もはやその後はないのだ。 無理をおしてなんとか指示された通りにした。 もうかなり血液も流れ出てしまっており、力が入らない。 「好きにしてくれ。 思い残すことはない。 」 「我が血を受け入れよ。 それほどの痛みはない。 」 その声が最後だった。 痛みではなかったが、頭の中に火花が駆け巡った。 目が覚めたら、昨夜、木の上で仮眠していたままの姿、怪我もなければ衣服に破れや血の跡もなかった。 カゲツはそれを根拠に、何かに襲われたのも、誰かと話をしたのも、全て夢の中の話だと理解した。 だが、なんとなくその夢を、自分が一番聞いて欲しいものが見ていたと、信じられるようになった。 ただ、もげたはずの右腕には違和感がのこる。 まるで自分の腕ではないようだった。 おそらく仮眠を取るつもりで、右腕をおかしなところに挟んでいて、痺れてしまっただけだろうと思い、気にしないように動き出し、しばらくするとその違和感も次第になくなっていた。 そしてキャラバンと分かれて一週間後、キャンプに無事に戻りついたのは、衰弱した若い女性を背負ったボロボロのカゲツ一人であった。 その女は、森の出口近くに倒れていたのだ。 カゲツの報告を聞いて、他のエクスプローラーは全員死亡したものとみなされ、キャラバンは撤収した。 若い女性は近くの村まで連れ帰り、回復を待って話を聞くと、どうやら王国の生まれであるという。 ボコボの港のある、王家直轄地の農村で生まれ育ったが、ある時村が魔王城から来た魔族に襲われ、さらわれた。 すぐにこの大峡谷に秘薬を取りに来た、悪魔の下働きとして、ここまで連れて来られ、長期間その秘薬のもとになる植物を探したり危険なところに入る時のみはりや囮にされたりして利用された挙句、魔王城まで連れて帰るのが面倒ということで、森に捨てられたのだと身の上を語った。 カゲツ達はその女の言い分を信じ、また女が森林を放浪中に見つけたと言う金塊を報酬として、ボコボの港まで届けてやることにした。 その金塊が、キャラバンを組むのに集められた準備の金よりも、はるかに上回ることが分かったからである。 ちなみに女の名前はドーラと名乗ったが、それ以上のことは結局ボコボに着くまで何も話さず、船が港沖に到着し、ドーラを下船させるための手続きを行なっている間に、金塊を置いて姿をくらました。 ややこしい手続きを嫌がったか、待ちきれなかったのだろうと言うことで、手続きを打ち切って、カゲツたちは最も近く、安全に寄港できるモーイツへ戻り、金塊を金に換えて首都に凱旋したが、カゲツは弟を含むメンバーすべてを失った事を恥じ、隠遁生活を送る。 なんのために生きているのかわからなかった。 あの後、使徒が魔女討伐に動いたという話は聞かない。 それを知るために、伝説のエクスプローラなどが動き出したときには、わかる立場にカゲツは今もしがみついている。 すなわち、現在の首相であるワリトモー氏とは懇意だったことを利用して、相談役として陰ながら共和国の防衛を支えてきた。 そして今回、共和国と安全保障条約を締結した、古巣の王国と、共通の敵にモーイツがさらされていると聞いて、いてもたってもおれずに首都デンナーからやってきて、帰ってきたオートンたちの提案した、王国への支援部隊に名乗り出たのだった。
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