中野剛志 [評論家] 1971年生まれ。 元・京都大学工学研究科大学院准教授。 専門は政治経済思想。 96年に東京大学教養学部(国際関係論)を卒業、通商産業省(現・経済産業省)に入省。 2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。 05年に博士号を取得。 主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『国力論』(以文社)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』(KKベストセラーズ)など。 DOL特別レポート 内外の政治や経済、産業、社会問題に及ぶ幅広いテーマを斬新な視点で分析する、取材レポートおよび識者・専門家による特別寄稿。 各国は国境管理を厳格化し、医療物資を奪い合い、財政規律を捨てて巨額の財政出動を行った。 これは、90年代以降、大きな影響力を持ってきた新自由主義というイデオロギーの終わりを意味する現象かもしれない。 コロナ対策としてスウェーデンなど一部の国で試みられた「集団免疫」戦略の失敗もまた、新自由主義の終焉を暗示しているように思える。 スウェーデンの「集団免疫」戦略 ICU利用では「命の選別」も 「集団免疫」戦略というのは、あえて都市封鎖など厳格な感染防止策をとらず、むしろ多くの人々に感染を経験させることで、免疫を獲得させて、感染症の早期収束を図るという戦略である。
次の5月19日現在で、日本で新型コロナによって死亡した人数は763人になる。 人口100万人あたりの死者数に換算すると、スペイン587人、イタリア523人、米国268人、ドイツ96人に対して、日本はわずか6人であり、先進国のなかで圧倒的に少ない。 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」からこれまで、日本の政府の新型コロナ対策は後手に回り、悲観的に捉えられてきた。 しかし、犠牲者を最小限に抑えるという最大の目的は果たしている。 ただ、その理由は、実際のところよくわかっていない。 日本はウイルス感染の有無を調べるPCR検査数が世界のなかでも圧倒的に少なく、集中治療室(ICU)も充実していない。 世界各国が不思議がるなか、「日本人はすでに集団免疫を獲得している」という新説が登場した。 その説は、京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らが唱えたものだ。 カギとなるのは新型コロナのうち、「K型」と「G型」という2つの型だ。 全国紙科学部記者はこう語る。 「簡単にいうと、日本ではまったく無自覚のうちに、1月中旬に中国発の弱毒性『K型』が流行のピークに達したということです。 中国からの厳密な入国制限が3月中旬までもたついたことが幸いし、中国人観光客184万人を入国させ、国内に『K型』の感染が拡大して集団免疫を獲得したとされます。 一方、欧米は2月初頭から中国との直行便や中国に滞在した外国人の入国をストップしたので、国内に弱毒性の『K型』が蔓延しなかった。 その後、上海で変異した感染力や毒性の強い『G型』が中国との行き来が多いイタリアなどを介して、欧米で広がったとされます。 日本はすでに『K型』の蔓延によって集団免疫を獲得しており、『G型』の感染が拡大しなかった。 だから日本の死者数が少ないという説です」 これに対し、国際医療福祉大学病院内科学予防医学センター教授の一石英一郎さんは、「仮説としては非常に優れている。 今後の実証実験に期待したい」と話す。 現在、世界各国の政府や企業、団体は、「免疫パスポート」の発行の準備を進めている。 「免疫パスポートとは、新型コロナに感染して免疫ができたことを証明する書類やパスなどのことです。 経済活動の再開を目指す各国では、検査をして抗体があった人に証明書を与えて、就労や移動の自由などを認める動きが出てきています」(前出・全国紙科学部記者) ドイツでは、ドイツ感染症研究センターなど複数の研究所が免疫パスポートの発行を提案している。 またイギリス政府は検査で抗体が確認された人に証明書やリストバンドを発行し、外出制限を解除していく方向を考えている。 フランスでは、IT企業が感染リスクのない観客だけがスポーツを観戦できる、スポーツイベント用の「免疫パス」を開発中だという。 そうした免疫パスポートには賛否の声があがる。 また免疫を持つ人と持たない人を区別することは差別にもつながり、倫理上の問題もあります。 一方で、経済活動を再開するには現実的に必要との声もあります。 出入国の際は相手国から文字通りの『免疫パスポート』を求められる可能性もあります。 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんは賛成の立場だ。 「日本でも即刻導入すべきです。
次の一向に終息のめどが立たない新型コロナウイルス。 感染者増加を食い止めるために、重要だとされるのは「集団免疫」だという。 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんが解説する。 「ウイルスに感染すると、体内の免疫システムが働いて『抗体』ができます。 するとその後、再び同じウイルスには感染しにくくなる。 こうした抗体を持つ人が人口の一定程度を占めるようになると、ウイルスが人から人へ移動できなくなり、やがて流行が終息します。 これを『集団免疫』と呼びます」 米ハーバード大学公衆衛生大学院の研究チームは、外出規制などで流行と医療崩壊を防ぎながら、徐々に感染者を増やして集団免疫を獲得するまでの期間を予測した。 その結果、新型コロナの流行を抑えるために集団免疫を獲得するには、2022年まで「断続的な外出規制」を続ける必要があることがわかったという。 『断続的な外出規制』とは、2〜3か月の自粛と解除を繰り返す、といった方法だ。 1つは「結果的集団免疫」と呼ばれる方法だ。 これは多くの人が自然に感染することで、結果的に集団免疫が成立するというもの。 前述したハーバード大の試算も外出規制を強めたり解除したりしながら、自然に感染者が増えて集団免疫を獲得することを前提にしている。 新型コロナの発生源になった中国の武漢では、爆発的感染拡大によって集団免疫を得た可能性がある。 上海新型肺炎治療専門家チーム長は「武漢の多くの人が免疫を持っているということは、武漢は中国で最も安全な都市ということになる」との見方を示している。 だが、結果的集団免疫の獲得には高いハードルがある。 集団免疫を得るまでに多くの人の感染が必要不可欠で、死亡者の増加や医療崩壊が懸念されるのだ。 その困難な道に挑んだのがイギリス政府だった。 ボリス・ジョンソン首相は3月、多くの人が集まるイベントの禁止や外出規制をせず、段階的な制限によって多くの人に感染させ、集団免疫を獲得する施策を打ち出した。 しかし、国内外から「国民の命でロシアンルーレットをやるのか」との批判が強まると、一転して、ロックダウンやソーシャルディスタンスなどの活動制限に踏み切った。 日本の安倍晋三首相も4月3日に国会で、コロナ対策の方針として「集団免疫の獲得を直接の目的とはしていない」と答えている。 集団免疫を獲得する第2の方法は、「ワクチン」によるものだ。 多くの人がワクチンを接種することで免疫をつけることができれば、自ずと集団免疫が成立する。 現在、アメリカと中国を中心に60のワクチン候補の研究が進むとされる。 ただし開発に時間がかかるのも事実だ。 史上最速で承認されたといわれる「おたふくかぜ」のワクチンは、ウイルスサンプルの収集から認可まで4年を要した。 2002年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)や2012年から登場した中東呼吸器症候群(MERS)もワクチンは開発されていない。 1976年に発生したエボラウイルスでさえいまだに、効果的なワクチンや治療法は確立していない。 たとえワクチンが開発されても、終息は難しいという意見がある。 昭和大学の二木芳人客員教授(感染症学)はこう話す。 「ワクチンが世界中の人にまんべんなく供給されるのは、開発されてから3年以上はかかります。 その間にも感染者は増え続けるでしょう。 さらにこの感染力の強いウイルスは感染の過程で変異する恐れがある。 ワクチンを作っているうちに効かなくなることがあり得ます」 教訓となるのは、ちょうど100年前に流行が終息したスペインかぜだ。 1918〜1920年にかけて地球を襲ったスペインかぜでは、当時の世界人口の約3分の1にあたる5億人が感染し、2000万人から4500万人が命を落とした。 内務省(当時)の報告書などによると、日本をスペインかぜの第1波が襲ったのは1918年8月で、翌年7月までに2116万人が感染して25万人が死亡した。 その3か月後に2回目の流行が発生し、241万人が感染して12万8000人が死亡。 さらに1920年の8月に第3波が到来して、22万人が感染して3600人が死亡した。 「なぜか第2波は死亡率が高かった。 最初の流行で感染せずに免疫がつかなかった人が命を落としたのか、ウイルスが強力に変異した可能性もあります。 その一方で多くの国民が感染して集団免疫が獲得されると、次第に死亡率が低下しました。 それとともに病原性も低下し、スペインかぜは季節性インフルエンザに移行したとされます。
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