よし、まず「助詞とは何か?」ということを確認していこう。 戦略1. 助詞ってなんですか? この記事を読んでいるみなさんは、授業や問題集で助詞の項目にあたって、助詞についての理解を深めようと思っている人が多いと思います。 そこで、まずは 「助詞って何なの?」というところから解説していきます。 案外、「助詞」という言葉の定義を説明できない人は多いかと思います。 助詞をマスターするためにも、まずは助詞が何なのかを知りましょう! 1-1. 助詞とは「活用しない付属語」である。 助詞とは 「活用しない付属語」のことを言います。 ポイントは• 活用しない• 付属語である の2つ。 一方、「翁」や「姫」といった「名詞」は文脈によって形が変化するということはありませんよね。 こういった変化がないことを「 活用しない」と言います。 助詞も名詞と同じく、「や」ならどんな時でも「や」、「ぞ」ならどんな時でも「ぞ」というように「活用しない品詞」なのです。 ズバリ、押さえるべきはこの3つの助詞!!• 現代語には無い意味をもつ助詞• 現代語には存在しない助詞• 同音で複数の意味を持つ助詞 この3つの助詞を押さえてもらえれば、「助詞が原因で失点する」、ということはほぼなくなります。 それでは、ひとつずつどんな助詞なのかを見てきましょう。 記事を読んで「この助詞分からない.. 」ということがあれば、付録の方をチェックしましょう。 2-1. 現代語には無い意味を持つ助詞について。 例えば、「の」という格助詞があります。 この「の」は、現代語には• 「僕のノート」というような、 所有を表す意味や• 「人の歩いている様子が見える」というような、 主語を表す意味 があります。 しかし、古文の世界では、 「ある荒夷 「の」恐ろしげなるが」 (訳:ある荒武者 「で」恐ろしそうなのが) というような「同格」の意味や、 「世になくきよらなる玉 「の」男皇子」 (訳:世にめったにない気品のある玉の 「ような」男の王子) というような 「比喩」の意味があるのです。 このように古文の世界の助詞には、形こそ現代語と同じですが、異なる意味を持つ助詞があるのです。 現代語とは違う意味を持つ助詞がある! この「現代語には無い意味を持つ助詞」は、 助詞の「役割」を問う問題でよく出題されるので、しっかり覚えましょう。 助詞例)「の」(同格、比喩)、「より」(即時(~するやいなや、~とするとすぐに) 問題例)「下線部ア~オの「の」で用法の異なるものはどれか。 記号で答えなさい。 」 2-2. 現代語には存在しない助詞 特に覚えるべき3つの助詞の中でも、一番重要な助詞です。 例えば、 「ばや」(願望、「~したい」)、 「(な)・・・そ」(禁止、「~するな」)といった助詞が該当します。 現代語には存在しない助詞なので、種類・意味をしっかり覚えないと 確実に問題を解くことができません。 しかし覚えてしまえば、よく問われるため 得点源にもなりやすい助詞でもあるのでちゃんと覚えましょう。 しっかり覚えるぞ! 2-3. 同音で違う意味を持つ助詞 この助詞の例は、「や」や「か」が分かりやすいでしょう。 こういった助詞に関しては、意味を覚えたうえで「 見分ける」のがポイント。 まずはこちらで。 助詞には、「係り結びの法則」のように後ろの語を変化させるものがあり、文末の語の活用などを注目して見分けましょう。 文の流れから使われている助詞が何かを見抜く。 おすすめ参考書 「古典文法ドリル(学研)」 構成としては、1単元ごとに• 助詞の詳しい説明 格助詞などの種類ごと• おさらい(例題の文の現代語訳など• 問題を解いて定着させる という形になっています。 4章が助詞のパートになっています。 青と白のレイアウトで、非常に見やすいです。 「基礎からのジャンプアップノート 古典文法・演習ドリル 改訂版(旺文社)」 こちらも解説+問題で、知識を定着させやすい構成です。 自分に合いそうな方を選びましょう。 具体的なやり方 基本的に二つの教材どちらともやり方は変わりません。 1 解説の部分を読む。 2 問題を解く。 3 間違えた問題を確認。 4 解説で扱っている例文、及び間違えた問題の文を音読。 (特に例文は暗記するぐらいまで繰り返し読むこと) やることはいたってシンプルです。 特にしっかりやってほしいのが 「 4 解説で扱っている例文、及び間違えた問題の文を音読。 」 解説を読んで、すぐに問題を解けば正答率は当然高くなります。 その正答率を見て、「よーしもう大丈夫!」となってしまうと キケン。 古典文法は、繰り返し見て覚えるのが鉄則です。 その章で扱った内容をしっかり定着させましょう。 3周ほど繰り返せばほぼ身につきます。 例文、間違えた文を音読して、知識を身につけよう! Step2. 演習をする。 次は頭に入れた知識を 「活用する」ために問題を解きましょう。 自分がしっかり文法事項を理解できているのかを確かめるつもりでやりましょう。 オススメ教材はこちら。 おすすめ参考書 「基礎から学べる入試古文文法」 解説が詳しく載っている問題集です。 アウトプット用の教材としてはちょうどいいでしょう。 具体的なやり方 1 問題を解く。 2 間違えた問題の解説を読む。 3 間違えた問題の音読。 Step2の目的は、知識がちゃんと問題を解けるレベルまで身についているかを確認するためのもの。 間違えた問題を重点的に復習しましょう。 基本的にはやり方は、Step1の「 2 問題を解く。 」以降と同じ流れです。 といっても、問題集の解説だけでは、 実は不十分。 問題集の解説は、 主に「その問題」についての解説を行っており、「文法事項」全般を復習することには向いていないのです。 なので、問題集だけの解説で満足してしまうと、 知識のヌケモレが発生したり、その問題を解けるようになるだけ、という状態になってしまいます。 助詞ってどんなものがあるの? この章では、助詞の種類についての解説になります。 記事を読んでいて、「この助詞ってどんな種類の助詞だっけ…? 」となったら、ぜひ読んでみましょう。 助詞はこのように• 関係を示す助詞• 格助詞 例)「の」、「が」など• 接続助詞 例)「ば」、「ども」、「して」など• 意味を添える助詞• 係助詞 例)「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」「は」「も」• 副助詞 例)「だに」、「まで」など• 終助詞 例)「(な)・・・そ」、「ばや」など• 間投助詞 例)「や」、「よ」など 大きく分けると2種類、細かく分けると6種類に分かれます。 ひとつずつ見ていきましょう。 「順接」、「逆説」、「単純接続」の3つだ! 例を挙げると、 ・順接の接続助詞「ば」 「四日、風吹け ば、え出でたたず」(土佐日記 一月四日) (訳:四日、風が吹く ので、出発することができない) ・逆接の接続助詞「ども」 「親のあはすれ ども、聞かでなむありける」(伊勢物語 二三) (訳:親が結婚させようと するが、承諾しないのであった。 ) ・単純接続の接続詞「して」 「ゆく川の流れは絶えず して、しかももとの水にあらず」(方丈記・一) (訳;(流れて)ゆく川の流れは絶えることが なくて、しかももとの水ではない) 意味を添える助詞 もう一つの大きなグループは、意味を添える助詞。 「関係を示す助詞」は、あくまで「単語と単語、文と文を繋ぐ」という役割で文章自体の内容には何も変化をさせるものではありませんでした。 一方、「意味を添える助詞」は、「~なのか?(疑問)」「~だけ(限定)」といったように文章に新しい意味を付け加えます。 意味を添える助詞は「意味を付け加える」んだね! そしてこの「意味を添える助詞」は4種類あります。 一つずつどんな種類の助詞なのか見ていきましょう。 特に「ぞ」「なむ」(強意)、「や」「か」(疑問・反語)は文末を 連体形に、「こそ」(強意)は、文末を 已然形にします。 これらの変化を「 係り結びの法則」といいます。 例) ・類推(~さえ)の副助詞「だに」 「光やあると見るに、蛍ばかりの光 だになし」(竹取物語・仏の御石の鉢) (訳:光があるのかと見ると、蛍ぐらいの光 さえない) ・限度・程度の副助詞「まで」 「梅の木などには、かしがましき までぞ鳴く」(枕草子 鳥は) (訳:梅の木になどには、(うぐいすが)うるさい くらいなく) このほかにも、「さへ(~までも)」、「すら(~さえ)」など多くの副助詞があります。 副助詞は、「傍線部を現代語訳せよ」といった類の問題でよく見られるので戦略4で紹介する教材でよく確認しましょう。
次の解説 多くの虫の中で、特に、みの虫・ぬかづき虫のあわれ深さ、蝿の憎らしさ、夏虫のかれんさ、蟻のおもしろさについて述べている。 全体を通して明るくユーモラスで、俳諧的気分がみなぎっている。 また蠅の[濡れ足]などには、作者のとらえ方のするどさが見られる。 虫は、鈴虫。 ひぐらし。 きりぎりす。 はたをり。 われから。 ひを虫。 みの虫、いとあはれなり。 鬼の産みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親のあやしききぬひき着せて、「いま秋風ふかむをりぞ来むとする。 待てよ。 」といひおきて、逃げていにけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月(はづき)ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ。 」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。 読解の要点 平易いな一節であるが、「鬼の」・「親に」・「親の」が父親か母親かについて古来説が分かれている。 またそれに関連して「ちちよ」も「父よ」なのか、それとも単にみの虫の鳴く音なのか、説が分かれている。 それぞれ一理あって、どちらがよいとも決定しかねるが、両方の節を、自分なりに比較して考えてみるのもおもしろかろう。 口訳 虫では、松虫。 ひぐらし。 きりぎりす。 はたおり。 われから。 ひお虫。 蛍《がおもしろい》。 みの虫はたいそうかわいそうだ。 《この虫は》鬼が産んだものであるから、親に似て、この子も恐ろしい心を持っているだろうと思って、親がそまつな着物を着せて、「もうじき秋風が吹くだろうが、そのころには帰って来よう。 それまで待っておいで。 」と言っておいて、《じつは》逃げて行ったのも知らないで、《みの虫は》やがて秋風の音を聞いて秋になったのを知り、八月ごろになると、「ちちよ、ちちよ。 」とたよりなさそうに鳴く、それはたいそうかわいそうだ。
次の枕草子とは 枕草子が書かれたのは平安時代の中期、1001年 長保3年 頃。 約300の章段から成り、大きく分けて内容は下記の3種類に分類されます。 「川は」など、特定のテーマに沿って関連するものを書いた 類聚的章段• 宮中での経験を書いた 日記的章段• 思ったことや考えを書いた 随想的章段 清少納言の生涯 枕草子の作者、清少納言が生まれたのは966年頃。 あまり身分の高くない受領階級の娘として生まれました。 歌人として活躍していた家系で、父親は後撰和歌集の撰者でもある清原元輔。 清少納言もその文才を受け継いだのです。 16歳頃、清少納言は橘則光と結婚し、翌年に則長を生みます。 そして993年、清少納言が30歳くらいの時に一条天皇の妃である 中宮定子に仕えるため、宮中に出仕しました。 定子と清少納言の仲は非常に良く、当時貴重だった 紙を定子に貰った事が枕草子執筆のきっかけになります。 密かに書いていた枕草子でしたが、左中将の源経房が訪れた時にこの本を借り、それを周囲の人間にも読ませた事から世間に広まっていきました。 枕草子執筆のきっかけとなった定子でしたが、清少納言に紙を渡した数年後、24歳の若さで亡くなってしまいます。 定子が枕草子の全編を読むことが出来たのかは、わかっていません。 枕草子は、清少納言が宮仕えをしていた7年間の出来事や考えたことを書いた随筆です。 実は、定子が上昇気流だったのは清少納言の出仕から1年程の間でした。 父を亡くし、兄が流罪になるなど、その後は定子も清少納言も惨めな経験も多かったのです。 しかし、枕草子にはそういった辛い出来事などは書かれていません。 そういった事も踏まえて読んでみると、また違った味わいが出てくると思います。 ちなみに清少納言は当時としては長命で、60歳程まで生きたとされています。 枕草子の内容 この章では、枕草子の原文と現代語訳を抜粋してご紹介します。 冒頭文 第一段:原文 春はあけぼの。 やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。 夏は夜。 月の頃はさらなり、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。 雨など降るも、をかし。 秋は夕暮れ。 夕日のさして、山の端いと近くなりたるに、烏(からす)の、寝所(ねどころ)へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。 まいて、雁(かり)などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。 日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。 冬はつとめて。 雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。 霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶(ひおけ)の火も、白き灰がちになりて、わろし。 現代語訳 春はほのぼのと夜が明けるときが素敵。 だんだんとあたりが白んで、山のすぐ上の空がほんのりと明るくなって、淡い紫に染まった雲が細くたなびいている様子が良い。 夏は夜。 月が出ていればもちろん、闇夜でも、蛍がいっぱい飛び交っている様子。 また、ほんの一つ二つ、ほのかに光っていくのも良い。 雨の降るのもまた良い。 秋は夕暮れ。 夕日が赤々と射して、今にも山の稜線に沈もうという頃、カラスがねぐらへ帰ろうと、三つ四つ、二つ三つなど思い思いに急ぐのさえ、しみじみと心にしみる。 まして、カリなどで列を連ねて渡っていくのが遥か遠くに小さく見えるのは面白い。 すっかり日が落ちてしまって、風の音、虫の音などが様々に奏でるのは、もう言葉に尽くせない。 冬は早朝。 雪が降り積もっているのはもちろん、霜が真っ白に降りているのも、またそうでなくても、はりつめたように寒い朝、火などを大急ぎでおこして炭火を部屋から部屋へ運んでまわるのも、いかにも冬の朝らしい。 昼になってだんだん寒さが緩むと火鉢の炭火も白く灰をかぶってしまって間の抜けた感じだ。 すさまじきもの 第二二段:原文 すさまじきもの。 昼吠ゆる犬。 春の網代。 三、四月の紅梅の衣。 牛死にたる牛飼ひ。 稚児亡くなりたる産屋。 火おこさぬ火桶、炭櫃 すびつ。 博士のうち続きに女子うませたる。 方違にゆきたるにあるじせぬ所。 まして節分などはいとすさまじ。 現代語訳 似合わなくて期待はずれで、気持ちがさめてしまうもの。 昼に吠える犬。 春まで残っている網代。 三、四月 今の四、五月 の紅梅がさねの着物。 牛の死んでしまった牛飼い。 赤ん坊の亡くなってしまった産室。 火をおこさない火鉢、いろり。 学者の家に続いて女の子ばかり生まれたの。 方違え 陰陽道で災いを避ける為に方向を変えてから目的地に行くこと に行ったのにご馳走をしない家。 まして節分など特別な日は、ほんとうに期待はずれだ。 心ときめきするもの 第二六段:原文 心ときめきするもの。 雀の子飼ひ。 稚児遊ばする所の前渡る。 よき薫き物たきて、一人臥 ふ したる。 唐鏡の少し暗き見たる。 よき男の車とどめて、案内問はせたる。 頭洗ひ、化粧じて、香ばしう染みたる衣など着たる。 ことに見る人なき所にても、心のうちはなほいとをかし。 待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふと驚かる。 現代語訳 心がときめくもの。 スズメの子を飼う。 赤ん坊を遊ばせている所の前を通る。 良い香をたいて、一人で横になっている時。 舶来の鏡が少し曇ったのを覗き込んだ時。 身分の高そうな男が牛車を止めて、供の者に何か尋ねさせているの。 髪を洗い、お化粧をして、香りをよくたきこんで染み込ませた着物などを着た時。 別に見る人もない所でも、心の中ははずんでとても素敵だ。 待っている男のある夜、雨の音、風が吹き、がたがた音がするのも、はっと胸が騒ぐ。 過ぎにし方恋しきもの 第五九段:原文 河は。 飛鳥川、淵瀬も定めなく、いかならむと、あはれなり。 大井川。 音無川。 七瀬川。 耳敏川、またも何事をさくじり聞きけむと、をかし。 玉星川。 細谷川。 五貫川、沢田川などは、催馬楽 さいばら などの思ははするなるべし。 名取川、いかなる名を取りたるならむと、聞かまほし。 吉野川。 天の河原、「棚機つ女に宿借らむ」と、業平が詠みたるも、をかし。 現代語訳 川は。 飛鳥川、昨日は深かったところが今日は浅瀬になっていると、歌では無常そのもののように詠まれているが、どんな川なのかあわれに思われる。 大井川、音無川、七瀬川。 耳敏川。 また、いった何ごとをりこうぶって聞いたのだろうと思うとおかしい。 玉星川。 細谷川。 五貫川・沢田川などは、催馬楽 =宮廷の雅楽 などを思い浮かべる。 名取川、どんな名を取ったのだろうと聞きたくなる。 吉野川。 天の河原、「七夕の織姫に宿を借りよう」と在原業平が歌に詠んだのも、面白い。 わりなくしぶしぶに、起きがたげなるを、強ひてそそのかし、「明け過ぎぬ。 あな見苦し」など言はれて、うち嘆く気色も、げに飽かずもの憂くもあらむかし、と見ゆ。 指貫なども、居ながら着もやらず、まづさし寄りて、夜言ひつることの名残、女の耳に言ひ入れて、なにわざすともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。 格子押し上げ、妻戸ある所は、やがてもろともに率て行きて、昼のほどのおぼつかなからむことなども言ひ出でにすべり出でなむは、見送られて、名残もをかしかりなむ。 思ひいで所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫の腰こそこそとかはは結ひ、直衣、袍、狩衣も、袖かいまくりて、よろづさし入れ、帯いとしたたかに結ひ果てて、つい居て、鳥帽子の緒、きと強げに結ひ入れて、かいすふる音して、扇、畳紙など、昨夜枕上に置きしかど、おのづから引かれ散りにけるを求むるに、暗ければ、いかでかは見えむ、「いづら、いづら」と叩きわたし、見いでて、扇ふたふたと使ひ、懐紙さし入れて、「まかりなむ」とばかりこそ言ふらめ。 現代語訳 男というもの、やはり、明け方の別れ際の姿にこそ、そのセンスと真情が問われるというもの。 しかたなくしぶしぶと、いかにも起きたくなさそうなのを、女に無理にせきたてられ、「もうすっかり明るくなってしまったわ。 世間体が悪い」などと言われ、ちょっとため息なんかついているのは、本当にもっと一緒にいたいのだろうと思わせる。 指貫袴なども座ったままではこうともせず、また女にくっついて、夕べの甘いことばの続きを女の耳にささやき、そのうちさりげなく帯など結ぶ様子ではある。 格子を押し上げて、妻戸 =両開きの扉 の所まで女を連れていき、今日の昼間会えない間、どんなに気がかりで不安だろうかなどとつぶやきながらそっと出て行く。 そんな別れ方なら、女も自然にその後姿を、いつまでも名残惜しげに見送ることだろう。 何か急に思い出したようにさっさと起き出して、ばたばたと指貫袴をはいてひもをごそごそ締め、直衣や狩衣なども袖をまくりあげてたくし込み、帯を固く結んで座り直し、烏帽子のひもをきっときつそうに結び、それをきちっとかぶり直す音がする。 扇・懐紙など、夕べ枕元に置いたのが自然にあちこち散らばってしまったのを探すのだが、暗いので見つからない。 「どこだ、どこだ」と手探りでたたきまわり、やっと見つけ出してほっとして扇ではたはたあおぎ、懐紙を突っ込んで、「それじゃ、帰るとするか」などと言う。 ありがたきもの 第七二段:原文 ありがたきもの。 舅に褒めらるる壻。 また姑に思はるる嫁の君。 毛のよく抜くる銀の毛抜き。 主そしらぬ人従者。 つゆの癖なき。 かたち・心・ありさますぐれ、世にふるほど、いささかのきずなき人。 同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかの暇なく用意したりと思ふが、遂に見えぬこそかたけれ。 物語・集など書き写すに、本に墨つけぬ。 よき草紙などは、いみじう心して書けど、必ずこそ汚げになるめれ。 男・女をば言はじ、女どちも、契り深くて語らふ人の、末まで仲よき事、かたし。 現代語訳 めったにないもの。 舅にほめられる婿。 また、姑にほめられるお嫁さん。 毛がよく抜ける銀の毛抜き。 主人の悪口を言わない使用人。 全然欠点のない人。 顔立ち・心・ふるまいも優れていて、ずっと世間で人付き合いをしてきて、ほんの少しの非難も受けない人。 同じ仕事場で働いている人で、互いに礼をつくし、少しの油断もなく気を遣い合っている人が、最後まで本当のところを見せないままというのもめったにない。 物語や和歌集などを書き写す時、元の本に墨を付けないこと。 上等な本などはとても気を付けて写すのだけれど、必ずといっていいほど汚してしまうようだ。 男と女とはいうまい、女同士でも、関係が深くて親しくしている人で、最後まで仲が良いことはめったにない。 あさましきもの 第九三段:原文 あさましきもの。 指櫛 さしぐし すりて磨くほどに、物に突きさへて折れたる心地。 車のうち返りたる。 さるおほのかなる物は、所せくやあらむと思ひしに、ただ夢の心地して、あさましうあへなし。 人のために恥づかしうあしき事、つつみもなくいひいたる。 かならず来なむと思ふ人を、夜一夜起き明かし待ちて、暁がたに、いささかうち忘れて寝入りにけるに、烏のいと近く、かかと鳴くに、うち見あげたれば、昼になりにける、いみじうあさまし。 見すまじき人に、ほかへ持て行く文見せたる。 むげに知らず見ぬことを、人のさし向かひて、争はすべくもあらず言ひたる。 ものうちこぼしたる心地、いとあさまし。 現代語訳 呆然としてしまうもの。 指櫛をこすって磨くうち、物にぶつかって折ってしまった時の気持ち。 牛車がひっくり返ったの。 あんなに大きなものはどっしりしていると思っていたのに、ただ夢のような気がして、唖然としてあっけない思いだ。 当人にとっては恥ずかしく具合の悪いことを、遠慮もなく言っているの。 絶対来ると思う男を、一晩中まんじりともせず起きて待っていて、明け方にふと忘れて寝込んでしまい、カラスがすぐそばでカアカア鳴くので、ちょっと見上げたら昼時になってしまっていた、なんてことだと呆れ返ってしまう。 見せてはいけない人に、他へ持って行く手紙を見せてしまったの。 こちらがまるっきり知らず見もしないことを、人が、ひざ詰めで反論もできないぐらいに言うの。 何かをひっくり返してこぼした時の気持ち、本当にがっかりだ。 胸つぶるるもの 第一四五段:原文 胸つぶるるもの。 競馬見る。 元結よる。 親などの心地あしとて、例ならぬ気色なる。 まして、世の中などさわがしきころ、よろづの事おぼえず。 また、物言はぬ児の泣き入りて、乳も飲まず、乳母の抱くにも止まで、久しき。 例の所ならぬ所にて、殊に又いちじるからぬ人の声聞きつけたるは道理 ことわり 、異人 ことひと などの、その上などいふにも、まづこそつぶるれ。 いみじう憎き人の来たるにも、またつぶる。 あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。 昨夜来始めたる人の、今朝の文の遅きは、人のためにさへ、つぶる。 現代語訳 はらはらどきどきするもの。 競馬見物。 元結をよる時。 親などが具合が悪いといって普段と違う様子の時。 まして、世間で伝染病が流行っていると聞けば、もう何も手につかない。 また、口の聞けない赤ん坊が泣くばかりで乳も飲まず、乳母が抱いてもずっと泣き止まない時。 思いがけない所で、特にそれも、公でない恋人の声を聞きつけた時は当然のこと、他の人が、その噂などをしても、たちまちドキドキする。 ひどく嫌な人が来た時もまたドキドキ。 変にドキドキ縮みっぱなしなのが心臓というもの。 昨夜通い始めた男の今朝の手紙が遅いのは、人ごとでもはらはらする。 うつくしきもの 第一四六段:原文 うつくしきもの。 瓜に書きたる児の顏。 雀の子の、鼠なきするに、をどりくる。 二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひくる道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。 頭は尼そぎなる児の、目に髮のおほへるを、かきはやらで、うち傾きて、物など見たるも、うつくし。 大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くも、うつくし。 をかしげなる児の、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむ程に、かいつきて寝たる、いとらうたし。 雛の調度。 蓮のうき葉のいと小さきを、池よりとりあげたる。 葵のいと小さき。 何も何も、小さき物は、皆うつくし。 いみじう白く肥えたる児の二つばかりなるが、二藍の薄物など、衣長にて、襷結ひたるが這ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着て歩くも、皆うつくし。 八つ九つ、十ばかりなどの男子の、声は幼げにて書読みたる、いとうつくし。 鶏の雛の、足高に白うをかしげに、衣みじかなるさまして、ひよひよとかしかましう鳴きて、人の後・前に立ちて歩くも、をかし。 また、親の、ともに連れて立ちて走るも、皆うつくし。 雁の子。 瑠璃の壺。 現代語訳 かわいらしいもの。 ウリに描いた子どもの顔。 スズメの子がチュッチュッというと跳ねて来る。 二つか三つの幼児が、急いで這ってくる途中に、ほんの小さなごみがあったのをめざとく見つけて、ふっくらと小さな指でつまんで、大人などに見せているしぐさ。 おかっぱ頭の子どもが、目に前髪がかかるのをかき上げないで、ちょっと頭をかしげてものを見たりしているしぐさ。 それほど大きくはない公卿の子息が、美しい衣装を着せられて歩く姿。 きれいな赤ん坊が、ちょっと抱いてあやしてかわいがっているうちに、抱きついて寝てしまったようす。 人形遊びの道具。 ハスの浮き葉のとても小さなのを、池の中から取り上げたの。 アオイのとても小さいの。 小さいものはみんな可愛らしい。 たいそう色白な太った幼児で、二つばかりのが、二藍の薄物の長いのを着て、袖をタスキに結んで這い出して来たのも、また、丈は短いが袖ばかり目立つのを着て歩きまわるのも、みな可愛い。 八つか九つ、十くらいの少年が、子どもっぽい高い声で本を読んでいるのも。 ニワトリの雛が、足長く、白く愛らしく、裾をからげたような格好で、ぴよぴようるさく鳴いて、人の後先に立って歩くのも面白い。 また、親鳥が一緒に連れて走るのもみな、可愛らしい。 カルガモの卵。 瑠璃の壺。 ただ過ぎに過ぐるもの.
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