日野 自動車。 【自動車の歴史】日野自動車のルーツ・歴史と車種の特徴を知ろう!

日野自動車、首都圏のディーラー3社を統合へ その背景と今後

日野 自動車

1954年5月上場 略称 日野、HINO 本社所在地 〒191-8660 日野台三丁目1番地1 設立 (17年) (日野重工業株式会社)(創業:(明治43年)) 事業内容 トラック・バスの製造販売 トヨタ自動車株式会社からの自動車受託生産 代表者 代表取締役兼 資本金 727億1,700万円(2020年3月31日時点) 発行済株式総数 5億7,458万850株(2020年3月31日時点) 売上高 連結:1兆8,155億9,700万円 単独:1兆2,755億7,400万円 (2020年3月期) 営業利益 連結:548億5,900万円 単独:180億9,300万円 (2020年3月期) 純利益 連結:314億6,700万円 単独:278億7,100万円 (2020年3月期) 純資産 連結:5,926億8,000万円 単独:4,123億9,300万円 (2020年3月31日現在) 総資産 連結:1兆2,750億8,000万円 単独:8,138億5,200万円 (2020年3月31日現在) 従業員数 連結:3万4,548人 単独:1万2,935人 (2020年3月31日時点) 決算期 主要株主 :50. )は、主に・といったをするのメーカーである。 通称「 日野」、ローマ字表記は「 HINO」。 のでのうちの一つ。 日本のトラック・バス業界最大手。 及びの構成銘柄の一つ。 左はブルーリボンシティ、右は2代目ポンチョ 主にやなどのの生産を手がけ、トヨタブランドの小型や小型、普通、などの受託生産も行っている。 親会社のトヨタがへ納入するやトヨタ向けの生産、あるいは軍用も共同開発している。 期に、連結決算で売上高が1兆円を超えた。 2019年も1兆9,813億円で過去最高益を更新している。 日本国内の大型・中型トラックで、2020年現在46年連続で販売台数が1位、大型トラック顧客満足度調査で11年連続で1位、小型トラックも6年連続で1位、である。 に海外向け販売台数が国内向けを上回り、現在は総販売台数の7割以上を海外向けが占めている。 世界90か国以上で販売しており、や、、、、等では市場占有率が首位である。 に、世界で初めてハイブリッドトラック・バスのグローバルでの累計販売台数が1万台を超えた。 世界の大型トラック製造メーカーの中でも毎年生産台数トップ10にランクしている。 1965年にの傘下に入り、にトヨタが株式の過半数を取得して化した。 合理化のためにバス部門はと経営統合して2004年10月に日野自動車・いすゞ自動車共同出資の新会社()に移行し、いすゞと共通の車両がジェイ・バスから供給されている。 日野は観光バス、いすゞは路線バスを開発して相互供給する。 いすゞは日野の母体になった会社で、現在はトヨタ自動車との資本提携関係にあるため、日野との関係も深い。 同時に、への供給を取りやめている。 から一部のに限り、西工へのシャシー供給が再開したが、それも西工のと共に終了した。 また、2018年4月には商用バス・トラックの分野でと包括的な提携をすることが発表されている。 東京都の日野自動車21世紀センター内に、トラック主体のであるを設けている。 東京瓦斯電気工業はその名の通り、時代末期から時代にかけて、普及期にあった・電気器具を生産した。 時には海外からの大量受注などにより業績を伸ばし、用国産エンジン「」なども生産している。 「TGE」( Tokyo Gas Electric Engineering Co. の)のブランドで、日本でも初期の自動車に取り組んだ。 「」も参照 企業系譜としてはいすゞ自動車の分派ではあるが、日野製造所がら瓦斯電系出身の技術者を主軸とした製造拠点であったことから、日野自動車では自社のルーツを瓦斯電に求めている。 そのほか、瓦斯電を母体とした会社には、などがある。 後のには民需転換により 日野産業に改称。 ディーゼルエンジン技術を生かして当時としては異例の超大型トラック・を開発、次いで以降は通常シャーシ()の大型ディーゼルトラック・バスの生産も開始して、母体企業のいすゞと競合する大型車両業界の有力メーカーとなった。 には、のの技術供与を受け、小型乗用車のを行い、後に完全国産化を果たした。 その後自社開発の(駆動)小型「」、「」、で4輪の「」など、先進的な自動車を開発・生産していたが、のとの提携以後は、再びトラック・バスの開発・生産に特化して現在に至る。 年表 [ ] 日野ルノー4CV• 東京瓦斯工業創立。 (瓦斯電)と改称。 から陸軍四屯自動貨車5台の試作勧奨を受ける。 並行してTGE-A型トラックの自主開発を開始。 TGE-A型の製造を開始、「」に定める軍用保護自動車の認可第1号となる。 石川島自動車製作所・ダット自動車製造と三社合併、東京自動車工業創立。 ディーゼル自動車専用許可会社に指定、ヂーゼル自動車工業と改称。 瓦斯電系の日野製造所が分離独立。 日野重工業発足。 日野産業に改称。 日野ヂーゼル工業と改称。 仏・と技術提携、ルノーPA型・のを開始。 日野自動車工業と改称。 8月ミニバス、ライトバン発売。 4月900(PC10型)、小型トラック900発売。 900が、700cc-1000ccクラスの国内レースで優勝。 5月日本の商用車メーカーとしては初めての海外販売会社をタイに設立。 900が、第1回1300cc以下国内スポーツカーレースで欧州車を押さえ2位。 2月コンテッサ1300発売。 4月コンテッサ1300発売。 9月「ブリスカ1300」発売。 小型バス「」発売。 トヨタ自動車と業務提携。 コンテッサ生産終了。 羽村工場に小型車専門ライン完成。 、の生産を開始。 12月の生産を開始。 実施賞を受賞。 それまで大型4社でシェア4位だったが、このシリーズの成功を契機に、以後連続シェア1位を継続している。 日本初の登場。 (ブルーリボン U-HT2MLA改)• それまでの「翼マーク」に変わって「Hマーク」が登場。 へのバスシャーシ供給を取りやめる(ブルーリボン、セレガ)。 工販合併により日野自動車と改称。 中型クラスエンジンをに2004年からOEM供給することを発表。 引き換えに日産ディーゼル製システムの供給を受けることに合意。 スウェーデン・と協業提携。 スカニアのトラクターヘッドを日野ブランドで販売開始。 合理化のため、とバス部門を経営統合し、を設立。 2003年 搭載のバスがで試験走行。 ジェイ・バスが・の2社を合併。 この頃から、へのシャーシ供給を一旦中止(中型エンジンの日産ディーゼルへのOEM供給を除く)するも、2006年より路線系のみ再開。 中型バスへのエンジン供給は2007年に日産ディーゼル側の生産体制変更により中止(製に切り替え)。 スカニアとの協業提携を解消。 の古河工場にてノックダウン生産開始。 トラック・バス部門のと電動トラックで提携すると発表。 ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資会社であるMONET Technologiesへ本田技研工業と共にMaaS事業の価値向上とモビリティサービスユーザーへのサービス向上を図ることを目的に資本・業務提携に関する契約を締結。 6月 AIを活用した世界初のハイブリッドシステムを搭載した大型トラック、プロフィア ハイブリッド発売。 日野工場のすべての機能を古河工場に移転し、日野工場の閉鎖を予定。 4月23日、 のバッテリー・メーカーであると商用EV開発における協業を中心とする戦略的パートナーシップ契約を締結。 モータースポーツ [ ] HINO Team SUGAWARAのマシン(2018年) 1960年代の乗用車を開発していた頃は、「日野プロト」「日野GTP」などと呼ばれるを開発してレースに参戦していた。 1990年以降日本国内の大型車メーカーでは唯一、に「」で参戦している。 オペレーションはダカール出場のギネス記録を保持するとその息子のチームである「チームスガワラ」で、ワークス支援のなかった1993~1995年、1998年~2005年もプライベーターとして日野のマシンで参戦し続けるほど関わりが深い。 1997年のダカール・ラリーではトラック部門総合では史上初となる1・2・3位を独占という歴史的な記録を収めている。 その後設定された排気量10リッター未満クラスにおいては、2020年大会までで11連覇・29回連続完走を達成している。 2019年には、専任のチーフエンジニアや車両開発の最先端にいる技術者を結集させた「新生チームダカール」を社内にも発足させ、さらなる活動の強化を図っている。 なお1999~2002年のダカールでは、ラリーの最後尾を走り選手の安全を確保するスイパートラックとしてプロフィアが採用されていた。 2000年代にの強豪チームであるとシップ契約を締結していたこともある。 生産拠点 [ ]• 本社・日野工場()• 新宿オフィス(東京都新宿野村ビル)• 古河工場()• 大型・中型トラック(/)• 羽村工場(東京都)• 小型トラック・(/////)• 新田工場()• 、エンジン部品等• 金沢工場・旧()• トラック(アルミバン)/競走馬専用運搬車(セレガRボディ)• 小松事業所・旧日野車体工業(石川県)• バス(//)• ジェイ・バス宇都宮事業所・旧()• バス /)• 本社工場()- 吉原工場から移管。 バス()• 本社・上尾工場()• 大型除雪車• トヨタ自動車TABC社()• 中型トラック• ウェストバージニア工場(アメリカ合衆国)• 中型トラック• ウッドストック工場()• 中型トラック• コロンビア工場(・)• 中型トラック・小型トラック• メキシコ工場(・)• 中型トラック• タイ日野製造 Hino Motors Manufacturing Thailand (・)• 中型トラック・小型トラック• インドネシア日野製造 Hino Motors Manufacturing Indonesia (・)• 中型トラック・小型トラック• 観音工場(・)• 大型・中型・小型トラック(//)・大型バスシャーシ• 広汽日野自動車有限公司(・)• 大型トラック・小型トラック• 上海日野発動機有限公司(・)• 大型エンジン・中型エンジン・小型エンジン 古河工場 [ ] 古河工場(2018年12月撮影) 2010年12月22日、茨城県開発公社より茨城県古河市名崎4112番1外の古河名崎工業団地(旧跡地、南側)を約59億円で取得した(2009年1月に予約していた)。 2012年〜2020年にかけて、新工場を建設する。 まずは海外輸出のKD工場を2012年まで移管する予定である。 最終的には2020年までに日野工場の全ての機能を古河新工場に移管して、日野工場を閉鎖する予定。 車種一覧 [ ] 現行の車種・製品 [ ] トラック [ ]• 大型・(海外名:700シリーズ)• 中型・(海外名:500シリーズ)• 小型・ (海外名:300シリーズ) バス [ ] バスについては、・からの車種もあるが、から日野自動車・いすゞ自動車の両社に同一製品が供給される統合車種に移行が進んでいる。 (RU系、大型観光・高速)- はとの統合車種• (2代目HL系、大型路線ハイブリッド車)- 車体はいすゞ・エルガ 2代目LV系 がベース• (KX系、大型路線ハイブリッド)- との統合車種• (RR系、中型観光・自家用)- はとの統合車種• (2代目HX系、小型路線)• (XZB系、)- のOEM車種 いすゞ自動車から供給されている車種• (2代目KV系、大型路線)- 現行車種はとの統合車種• (2代目KR系、中型路線)- 現行車種はとの統合車種 その他 [ ]• (向けの輸送車両)• (陸上自衛隊向けの輸送車両)• (との共同開発による専用シャーシ。 日野グループのが委託生産をしており、そのほとんどはとして架装されている)• MAF-125A(モリタとの共同開発による用超大型。 製のディーゼルエンジンを搭載する。 日野・スカニアトラクター(社製のトレーラーヘッドの。 2002年から2011年まで販売された。 W系 - エンジン(も参照。 700シリーズ - 基本的にはプロフィアであるが、地域特性に合わせ、日本では見られないものもある。 詳細は「」を参照• 300シリーズ - デュトロ。 海外バスシャーシ 台灣 [ ]• (: ) バス• RM8J 大型観光バス• RN8J 大型観光バス• (: ) 過去の生産車種・製品 [ ] トラック [ ]• トレーラートラックT10型・T20型• 大型トラック型(4X2)• 大型トラック型(4X2)• 大型トラック型(前1軸・後1軸 4X4)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X6)• 大型トラック型(前2軸・後1軸 6X2)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X4)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X2)• 大型トラック型(前2軸・後2軸 8X4)• 大型トラック型(4X2)• 大型トラクタ型(4X2)• 大型トラクタ型(前1軸・後2軸 6X4)• 構内専用ダンプ型(前1軸・後2軸 6X4)• 重ダンプ型(前1軸・後1軸 4X2)• 輸出仕様車では1995年まで「エコノディーゼル ECONO DIESEL 」シリーズとして販売していた。 バス [ ] 廃止された型式および車名を示す。 (・など)• (BD系・BT系など、大型一般)• (大型一般)• (中型)• (大型高速、)• (小型)• (大型一般)• (大型観光)• (大型観光)• (中型)• (大型9m)• (大型9m路線)• (RY、)• (大型一般)- ディーゼル車、ハイブリッド()、CNG車• (小型)• (小型)• (RX系、小型)• (中型幅ノンステップ路線)• (大型路線)- ディーゼル車、ハイブリッド、CNG車• (KR系、中型路線)- LR系 との統合車種• (KV系、大型路線)- LV系 との統合車種 乗用車 [ ]• ミニバス 商用車 [ ]• オート三輪 [ ] は製で1960年代初頭まで日野で販売された。 オリエント• ハンビー• ハスラー 産業用ディーゼルエンジン [ ]• P系 - P09-TD・P09C-TD• EP系 - EP100-T その他 [ ]• (・)• MH - モリタとの共同開発による消防車専用シャーシ。 多くは梯子車に架装されているが、化学車や高所放水車も存在する。 MAF-125 - モリタとの共同開発による空港用超大型化学消防車。 販売会社 [ ]• 北海道日野自動車(札幌・札幌北・旭川・室蘭・苫小牧・千歳・空知・小樽・岩見沢)• (函館)- グループ• 東北海道日野自動車(釧路・帯広・北見・網走・中標津・紋別)• 青森日野自動車(青森・八戸・弘前・十和田・むつ)• 岩手日野自動車(盛岡・花北・水沢・一関・宮古・大船渡)• 宮城日野自動車(仙台・石巻・古川・大河原)• 西東北日野自動車(秋田・山形・庄内・横手・大館・能代・米沢・新庄)• 福島日野自動車(福島・いわき・郡山・会津・相双・白河)• 茨城日野自動車(土浦・つくば・茨城・ひたちなか・守谷・古河・岩瀬・鹿島)• 栃木日野自動車(宇都宮・那須・足利・小山・真岡)• 群馬日野自動車(前橋・高崎・太田・上武・吉岡)• 千葉日野自動車(千葉・習志野・成田・柏・市原・木更津・長沼・銚子)• (大宮・熊谷・川越・足立・八王子・江戸川・瑞穂・六郷・板橋・新狭山・朝霞・松伏・岩槻)• 傘下に専業のがあったが、12月27日をもっての関連会社であるに営業譲渡された。 横浜日野自動車(横浜・川崎・湘南・相模原・瀬谷・厚木・港北)• 山梨日野自動車(甲府・田富・笛吹)• 新潟日野自動車(新潟・新発田・長岡・上越・糸魚川・六日町)• 富山日野自動車(富山・高岡・入善・砺波)• 石川日野自動車(金沢・七尾・小松)• 長野日野自動車(長野・松本・小諸・飯田)• 福井日野自動車(福井・敦賀・)• (岐阜・各務原・本巣・大垣・多治見・美濃加茂・高山) - グループで、以前は株式上場(名証二部)していた。 静岡日野自動車(静岡・沼津・富士・藤枝・袋井・浜松・清水)• 愛知日野自動車(名古屋・港・半田・豊橋・岡崎・豊田・小牧・一宮)• 三重日野自動車(四日市・津・伊勢・上野・尾鷲・桑名)• 滋賀日野自動車(栗東・彦根・長浜)• 京都日野自動車(京都・舞鶴)• (大阪・東大阪・南大阪・中央・寝屋川・臨海)• 神戸日野自動車(神戸・姫路・尼崎・明石・小野・淡路・但馬)• 奈良日野自動車(奈良)• 和歌山日野自動車(和歌山・田辺・新宮)• (松江・米子・鳥取・出雲・石見・益田)• (代理店)(鳥取(東部のみ))• (岡山・岡山西・岡山東・倉敷・津山)• 広島日野自動車(坂・西条・福山西・福山東・呉・三次・西風新都・廿日市・本郷)• 山口日野自動車(山口・下関・岩国・宇部・周南・萩出)• 徳島日野自動車(徳島)• 香川日野自動車(高松・丸亀)• (松山) -• 高知日野自動車(高知・中村)• 九州日野自動車(福岡・古賀・糸島・北九州・久留米・筑豊・佐賀・長崎・佐世保・大分・中津)• 熊本日野自動車(熊本・大津・八代)• 南九州日野自動車(宮崎・鹿児島・鹿児島南・川内・鹿屋・都城・日向)- グループ• 沖縄日野自動車(豊見城・中部・北部) 主要子会社 [ ]• 日野エンジニアリングアネックス• 日野ロジスパック• 日野ヒューテック• 日野テクニカルサービス• 日野リトラックス• 日野コンピューターシステム• 日野ハーモニー• 日野セールスサポート• 福島製鋼• 理研鍛造• 明友機工• 埼玉鋳造工業• 吉沢鉄工所• セリオ• 日車物流 主要関連会社 [ ]• MOBILOTS• ホリキリ• 埼玉機器• 三共ラヂエーター• 岡本物流• 千代田運輸• 宣伝・広告 [ ] 前半の「風のレンジャー」と称されたのに、、の3人を起用した。 のレンジャーフルモデルチェンジの際には、トラックのイメージ一新を狙い、を起用した。 また前半にはのCMにの曲にイルカのCGイラストが流れるもの、のモデルチェンジ時には出演のCMも流れた。 1990年代後半の発売当時はがCMに出演していた。 以降はが同CMに起用されており、「」の影響があってかで比較的多く(1日中)流れていた。 近年はやでもCMを流す。 かつて放送されていたのでは試合中継の際にスポンサーとなっていた。 これはの親会社であった()との関係が深いためである。 2010年代は「トントントントン日野の二トン」という軽快なキャッチフレーズと対照的な、との繰り広げるシュールギャグのCMが人気を集めている。 トラックだけでなく、バスのCMも流す事もあった。 モデルチェンジ時に制作され、(初代)のCMはバブル期の1990年ということもあり、大々的な宣伝活動を行っていた。 テレビCMは、の「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」、の「」、の「」・「」・「」、、のスポンサーも務めていたが、「」の番組途中で降板するも、2011年10月に系列の「」、ミニ番組「」で久々にテレビ番組のスポンサーになった(提供コメントでは「」と読み上げている。 沖縄での日本テレビ火曜夜8時枠でのCMはで放送された)。 また、2013年4月にの「」に1992年以来のスポンサーとして提供するようになった。 系列土曜もしくは日曜5:00〜13:00の時報CMにも起用されている。 書籍・雑誌ではに書籍広告を出している。 バブル期にはに広告を出していた。 の()発生時は近畿地方のテレビ・ラジオのCMを自粛する処理で対応し、それ以外のエリアでは通常通りCMを流していたが、の()では、未曾有の災害と・でのなどの被害を受けて - まで全てのラジオCMを自粛した。 4月22日にラジオCMを再開するも当面は企業CMや緊急災害時のトラック運転に対する心構え、の節約に関するお願いなど「日野自動車が今、何かできること」を宣伝していた。 7月1日より主力トラックのの新CMを制作、放送すると同時にイメージタレントに、、を起用したテレビCMスポットとラジオCMを流している。 この3人には実家が自営業であるという共通点があり、特に佐々木の実家は実際にデュトロハイブリッドのユーザーでもある。 また、ブランドCMとして、ダカールラリーへの挑戦「明日を止めないために」を放送している。 キャッチフレーズ [ ]• ディーゼル車は日野 1970年代〜1980年代• 新しい時代はいつも日野から始まる 1980年〜1986年頃• 夢はいつでも地球サイズ 1990年代前半、CI採用前まで使用• 性能は、環境のために 1994年〜2006年頃 日野工業高等学園 [ ] 日野工業高等学園は、日野自動車株式会社がに基づき運営するによるで、東京都日野市にある。 もとは1951年4月に、に基づき、卒業後入社した社員を対象とした3カ年教育の技能者養成所で、施設として認定される。 これを1959年6月に「日野自動車工業高等学園」と改称。 1962年11月から、に基づきの指定を受けてとなり、との連携を開始。 1964年4月には、と連携を開始した。 1970年代後半から1980年代にはしばらく休止していたが、1991年3月に「日野工業高等学園」として機械科と板金科の2科で再開、また、4月には専修コースを設置した。 その後自動車整備科、電気制御回路組立科を追加した。 2003年に専修コースの募集は休止したが、2020年現在は、機械加工科、塑性加工科、製造設備科、自動車製造科の4科で運営されている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 日野自・古河工場が操業 茨城新聞• 朝日新聞社 : p. 朝刊 11. 2018年9月19日• 日野自動車 2020年4月23日. 2020年6月7日閲覧。 日野自動車 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 - 前身となった企業• - 日野自動車の• - 日野自動車の• - 日野自動車の• - 日野自動車ラグビー部。 2020年現在、に所属する。 - で放送しているの。 - 所在地。 地名が社名の由来となった• また、は主要ユーザーの1つ。 ・ - 前者はトラック、後者はバスにおける主要ユーザー。 上記の通り日野自動車の販売会社を傘下に持つ。 - 車の組み立て工場。 、、、 - 海外事業においては、と合弁で会社を設立しているケースも多い。 - オリエントブランドでを製造ていた頃に日野自動車販売が販売元だった。 外部リンク [ ]•

次の

【自動車の歴史】日野自動車のルーツ・歴史と車種の特徴を知ろう!

日野 自動車

1954年5月上場 略称 日野、HINO 本社所在地 〒191-8660 日野台三丁目1番地1 設立 (17年) (日野重工業株式会社)(創業:(明治43年)) 事業内容 トラック・バスの製造販売 トヨタ自動車株式会社からの自動車受託生産 代表者 代表取締役兼 資本金 727億1,700万円(2020年3月31日時点) 発行済株式総数 5億7,458万850株(2020年3月31日時点) 売上高 連結:1兆8,155億9,700万円 単独:1兆2,755億7,400万円 (2020年3月期) 営業利益 連結:548億5,900万円 単独:180億9,300万円 (2020年3月期) 純利益 連結:314億6,700万円 単独:278億7,100万円 (2020年3月期) 純資産 連結:5,926億8,000万円 単独:4,123億9,300万円 (2020年3月31日現在) 総資産 連結:1兆2,750億8,000万円 単独:8,138億5,200万円 (2020年3月31日現在) 従業員数 連結:3万4,548人 単独:1万2,935人 (2020年3月31日時点) 決算期 主要株主 :50. )は、主に・といったをするのメーカーである。 通称「 日野」、ローマ字表記は「 HINO」。 のでのうちの一つ。 日本のトラック・バス業界最大手。 及びの構成銘柄の一つ。 左はブルーリボンシティ、右は2代目ポンチョ 主にやなどのの生産を手がけ、トヨタブランドの小型や小型、普通、などの受託生産も行っている。 親会社のトヨタがへ納入するやトヨタ向けの生産、あるいは軍用も共同開発している。 期に、連結決算で売上高が1兆円を超えた。 2019年も1兆9,813億円で過去最高益を更新している。 日本国内の大型・中型トラックで、2020年現在46年連続で販売台数が1位、大型トラック顧客満足度調査で11年連続で1位、小型トラックも6年連続で1位、である。 に海外向け販売台数が国内向けを上回り、現在は総販売台数の7割以上を海外向けが占めている。 世界90か国以上で販売しており、や、、、、等では市場占有率が首位である。 に、世界で初めてハイブリッドトラック・バスのグローバルでの累計販売台数が1万台を超えた。 世界の大型トラック製造メーカーの中でも毎年生産台数トップ10にランクしている。 1965年にの傘下に入り、にトヨタが株式の過半数を取得して化した。 合理化のためにバス部門はと経営統合して2004年10月に日野自動車・いすゞ自動車共同出資の新会社()に移行し、いすゞと共通の車両がジェイ・バスから供給されている。 日野は観光バス、いすゞは路線バスを開発して相互供給する。 いすゞは日野の母体になった会社で、現在はトヨタ自動車との資本提携関係にあるため、日野との関係も深い。 同時に、への供給を取りやめている。 から一部のに限り、西工へのシャシー供給が再開したが、それも西工のと共に終了した。 また、2018年4月には商用バス・トラックの分野でと包括的な提携をすることが発表されている。 東京都の日野自動車21世紀センター内に、トラック主体のであるを設けている。 東京瓦斯電気工業はその名の通り、時代末期から時代にかけて、普及期にあった・電気器具を生産した。 時には海外からの大量受注などにより業績を伸ばし、用国産エンジン「」なども生産している。 「TGE」( Tokyo Gas Electric Engineering Co. の)のブランドで、日本でも初期の自動車に取り組んだ。 「」も参照 企業系譜としてはいすゞ自動車の分派ではあるが、日野製造所がら瓦斯電系出身の技術者を主軸とした製造拠点であったことから、日野自動車では自社のルーツを瓦斯電に求めている。 そのほか、瓦斯電を母体とした会社には、などがある。 後のには民需転換により 日野産業に改称。 ディーゼルエンジン技術を生かして当時としては異例の超大型トラック・を開発、次いで以降は通常シャーシ()の大型ディーゼルトラック・バスの生産も開始して、母体企業のいすゞと競合する大型車両業界の有力メーカーとなった。 には、のの技術供与を受け、小型乗用車のを行い、後に完全国産化を果たした。 その後自社開発の(駆動)小型「」、「」、で4輪の「」など、先進的な自動車を開発・生産していたが、のとの提携以後は、再びトラック・バスの開発・生産に特化して現在に至る。 年表 [ ] 日野ルノー4CV• 東京瓦斯工業創立。 (瓦斯電)と改称。 から陸軍四屯自動貨車5台の試作勧奨を受ける。 並行してTGE-A型トラックの自主開発を開始。 TGE-A型の製造を開始、「」に定める軍用保護自動車の認可第1号となる。 石川島自動車製作所・ダット自動車製造と三社合併、東京自動車工業創立。 ディーゼル自動車専用許可会社に指定、ヂーゼル自動車工業と改称。 瓦斯電系の日野製造所が分離独立。 日野重工業発足。 日野産業に改称。 日野ヂーゼル工業と改称。 仏・と技術提携、ルノーPA型・のを開始。 日野自動車工業と改称。 8月ミニバス、ライトバン発売。 4月900(PC10型)、小型トラック900発売。 900が、700cc-1000ccクラスの国内レースで優勝。 5月日本の商用車メーカーとしては初めての海外販売会社をタイに設立。 900が、第1回1300cc以下国内スポーツカーレースで欧州車を押さえ2位。 2月コンテッサ1300発売。 4月コンテッサ1300発売。 9月「ブリスカ1300」発売。 小型バス「」発売。 トヨタ自動車と業務提携。 コンテッサ生産終了。 羽村工場に小型車専門ライン完成。 、の生産を開始。 12月の生産を開始。 実施賞を受賞。 それまで大型4社でシェア4位だったが、このシリーズの成功を契機に、以後連続シェア1位を継続している。 日本初の登場。 (ブルーリボン U-HT2MLA改)• それまでの「翼マーク」に変わって「Hマーク」が登場。 へのバスシャーシ供給を取りやめる(ブルーリボン、セレガ)。 工販合併により日野自動車と改称。 中型クラスエンジンをに2004年からOEM供給することを発表。 引き換えに日産ディーゼル製システムの供給を受けることに合意。 スウェーデン・と協業提携。 スカニアのトラクターヘッドを日野ブランドで販売開始。 合理化のため、とバス部門を経営統合し、を設立。 2003年 搭載のバスがで試験走行。 ジェイ・バスが・の2社を合併。 この頃から、へのシャーシ供給を一旦中止(中型エンジンの日産ディーゼルへのOEM供給を除く)するも、2006年より路線系のみ再開。 中型バスへのエンジン供給は2007年に日産ディーゼル側の生産体制変更により中止(製に切り替え)。 スカニアとの協業提携を解消。 の古河工場にてノックダウン生産開始。 トラック・バス部門のと電動トラックで提携すると発表。 ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資会社であるMONET Technologiesへ本田技研工業と共にMaaS事業の価値向上とモビリティサービスユーザーへのサービス向上を図ることを目的に資本・業務提携に関する契約を締結。 6月 AIを活用した世界初のハイブリッドシステムを搭載した大型トラック、プロフィア ハイブリッド発売。 日野工場のすべての機能を古河工場に移転し、日野工場の閉鎖を予定。 4月23日、 のバッテリー・メーカーであると商用EV開発における協業を中心とする戦略的パートナーシップ契約を締結。 モータースポーツ [ ] HINO Team SUGAWARAのマシン(2018年) 1960年代の乗用車を開発していた頃は、「日野プロト」「日野GTP」などと呼ばれるを開発してレースに参戦していた。 1990年以降日本国内の大型車メーカーでは唯一、に「」で参戦している。 オペレーションはダカール出場のギネス記録を保持するとその息子のチームである「チームスガワラ」で、ワークス支援のなかった1993~1995年、1998年~2005年もプライベーターとして日野のマシンで参戦し続けるほど関わりが深い。 1997年のダカール・ラリーではトラック部門総合では史上初となる1・2・3位を独占という歴史的な記録を収めている。 その後設定された排気量10リッター未満クラスにおいては、2020年大会までで11連覇・29回連続完走を達成している。 2019年には、専任のチーフエンジニアや車両開発の最先端にいる技術者を結集させた「新生チームダカール」を社内にも発足させ、さらなる活動の強化を図っている。 なお1999~2002年のダカールでは、ラリーの最後尾を走り選手の安全を確保するスイパートラックとしてプロフィアが採用されていた。 2000年代にの強豪チームであるとシップ契約を締結していたこともある。 生産拠点 [ ]• 本社・日野工場()• 新宿オフィス(東京都新宿野村ビル)• 古河工場()• 大型・中型トラック(/)• 羽村工場(東京都)• 小型トラック・(/////)• 新田工場()• 、エンジン部品等• 金沢工場・旧()• トラック(アルミバン)/競走馬専用運搬車(セレガRボディ)• 小松事業所・旧日野車体工業(石川県)• バス(//)• ジェイ・バス宇都宮事業所・旧()• バス /)• 本社工場()- 吉原工場から移管。 バス()• 本社・上尾工場()• 大型除雪車• トヨタ自動車TABC社()• 中型トラック• ウェストバージニア工場(アメリカ合衆国)• 中型トラック• ウッドストック工場()• 中型トラック• コロンビア工場(・)• 中型トラック・小型トラック• メキシコ工場(・)• 中型トラック• タイ日野製造 Hino Motors Manufacturing Thailand (・)• 中型トラック・小型トラック• インドネシア日野製造 Hino Motors Manufacturing Indonesia (・)• 中型トラック・小型トラック• 観音工場(・)• 大型・中型・小型トラック(//)・大型バスシャーシ• 広汽日野自動車有限公司(・)• 大型トラック・小型トラック• 上海日野発動機有限公司(・)• 大型エンジン・中型エンジン・小型エンジン 古河工場 [ ] 古河工場(2018年12月撮影) 2010年12月22日、茨城県開発公社より茨城県古河市名崎4112番1外の古河名崎工業団地(旧跡地、南側)を約59億円で取得した(2009年1月に予約していた)。 2012年〜2020年にかけて、新工場を建設する。 まずは海外輸出のKD工場を2012年まで移管する予定である。 最終的には2020年までに日野工場の全ての機能を古河新工場に移管して、日野工場を閉鎖する予定。 車種一覧 [ ] 現行の車種・製品 [ ] トラック [ ]• 大型・(海外名:700シリーズ)• 中型・(海外名:500シリーズ)• 小型・ (海外名:300シリーズ) バス [ ] バスについては、・からの車種もあるが、から日野自動車・いすゞ自動車の両社に同一製品が供給される統合車種に移行が進んでいる。 (RU系、大型観光・高速)- はとの統合車種• (2代目HL系、大型路線ハイブリッド車)- 車体はいすゞ・エルガ 2代目LV系 がベース• (KX系、大型路線ハイブリッド)- との統合車種• (RR系、中型観光・自家用)- はとの統合車種• (2代目HX系、小型路線)• (XZB系、)- のOEM車種 いすゞ自動車から供給されている車種• (2代目KV系、大型路線)- 現行車種はとの統合車種• (2代目KR系、中型路線)- 現行車種はとの統合車種 その他 [ ]• (向けの輸送車両)• (陸上自衛隊向けの輸送車両)• (との共同開発による専用シャーシ。 日野グループのが委託生産をしており、そのほとんどはとして架装されている)• MAF-125A(モリタとの共同開発による用超大型。 製のディーゼルエンジンを搭載する。 日野・スカニアトラクター(社製のトレーラーヘッドの。 2002年から2011年まで販売された。 W系 - エンジン(も参照。 700シリーズ - 基本的にはプロフィアであるが、地域特性に合わせ、日本では見られないものもある。 詳細は「」を参照• 300シリーズ - デュトロ。 海外バスシャーシ 台灣 [ ]• (: ) バス• RM8J 大型観光バス• RN8J 大型観光バス• (: ) 過去の生産車種・製品 [ ] トラック [ ]• トレーラートラックT10型・T20型• 大型トラック型(4X2)• 大型トラック型(4X2)• 大型トラック型(前1軸・後1軸 4X4)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X6)• 大型トラック型(前2軸・後1軸 6X2)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X4)• 大型トラック型(前1軸・後2軸 6X2)• 大型トラック型(前2軸・後2軸 8X4)• 大型トラック型(4X2)• 大型トラクタ型(4X2)• 大型トラクタ型(前1軸・後2軸 6X4)• 構内専用ダンプ型(前1軸・後2軸 6X4)• 重ダンプ型(前1軸・後1軸 4X2)• 輸出仕様車では1995年まで「エコノディーゼル ECONO DIESEL 」シリーズとして販売していた。 バス [ ] 廃止された型式および車名を示す。 (・など)• (BD系・BT系など、大型一般)• (大型一般)• (中型)• (大型高速、)• (小型)• (大型一般)• (大型観光)• (大型観光)• (中型)• (大型9m)• (大型9m路線)• (RY、)• (大型一般)- ディーゼル車、ハイブリッド()、CNG車• (小型)• (小型)• (RX系、小型)• (中型幅ノンステップ路線)• (大型路線)- ディーゼル車、ハイブリッド、CNG車• (KR系、中型路線)- LR系 との統合車種• (KV系、大型路線)- LV系 との統合車種 乗用車 [ ]• ミニバス 商用車 [ ]• オート三輪 [ ] は製で1960年代初頭まで日野で販売された。 オリエント• ハンビー• ハスラー 産業用ディーゼルエンジン [ ]• P系 - P09-TD・P09C-TD• EP系 - EP100-T その他 [ ]• (・)• MH - モリタとの共同開発による消防車専用シャーシ。 多くは梯子車に架装されているが、化学車や高所放水車も存在する。 MAF-125 - モリタとの共同開発による空港用超大型化学消防車。 販売会社 [ ]• 北海道日野自動車(札幌・札幌北・旭川・室蘭・苫小牧・千歳・空知・小樽・岩見沢)• (函館)- グループ• 東北海道日野自動車(釧路・帯広・北見・網走・中標津・紋別)• 青森日野自動車(青森・八戸・弘前・十和田・むつ)• 岩手日野自動車(盛岡・花北・水沢・一関・宮古・大船渡)• 宮城日野自動車(仙台・石巻・古川・大河原)• 西東北日野自動車(秋田・山形・庄内・横手・大館・能代・米沢・新庄)• 福島日野自動車(福島・いわき・郡山・会津・相双・白河)• 茨城日野自動車(土浦・つくば・茨城・ひたちなか・守谷・古河・岩瀬・鹿島)• 栃木日野自動車(宇都宮・那須・足利・小山・真岡)• 群馬日野自動車(前橋・高崎・太田・上武・吉岡)• 千葉日野自動車(千葉・習志野・成田・柏・市原・木更津・長沼・銚子)• (大宮・熊谷・川越・足立・八王子・江戸川・瑞穂・六郷・板橋・新狭山・朝霞・松伏・岩槻)• 傘下に専業のがあったが、12月27日をもっての関連会社であるに営業譲渡された。 横浜日野自動車(横浜・川崎・湘南・相模原・瀬谷・厚木・港北)• 山梨日野自動車(甲府・田富・笛吹)• 新潟日野自動車(新潟・新発田・長岡・上越・糸魚川・六日町)• 富山日野自動車(富山・高岡・入善・砺波)• 石川日野自動車(金沢・七尾・小松)• 長野日野自動車(長野・松本・小諸・飯田)• 福井日野自動車(福井・敦賀・)• (岐阜・各務原・本巣・大垣・多治見・美濃加茂・高山) - グループで、以前は株式上場(名証二部)していた。 静岡日野自動車(静岡・沼津・富士・藤枝・袋井・浜松・清水)• 愛知日野自動車(名古屋・港・半田・豊橋・岡崎・豊田・小牧・一宮)• 三重日野自動車(四日市・津・伊勢・上野・尾鷲・桑名)• 滋賀日野自動車(栗東・彦根・長浜)• 京都日野自動車(京都・舞鶴)• (大阪・東大阪・南大阪・中央・寝屋川・臨海)• 神戸日野自動車(神戸・姫路・尼崎・明石・小野・淡路・但馬)• 奈良日野自動車(奈良)• 和歌山日野自動車(和歌山・田辺・新宮)• (松江・米子・鳥取・出雲・石見・益田)• (代理店)(鳥取(東部のみ))• (岡山・岡山西・岡山東・倉敷・津山)• 広島日野自動車(坂・西条・福山西・福山東・呉・三次・西風新都・廿日市・本郷)• 山口日野自動車(山口・下関・岩国・宇部・周南・萩出)• 徳島日野自動車(徳島)• 香川日野自動車(高松・丸亀)• (松山) -• 高知日野自動車(高知・中村)• 九州日野自動車(福岡・古賀・糸島・北九州・久留米・筑豊・佐賀・長崎・佐世保・大分・中津)• 熊本日野自動車(熊本・大津・八代)• 南九州日野自動車(宮崎・鹿児島・鹿児島南・川内・鹿屋・都城・日向)- グループ• 沖縄日野自動車(豊見城・中部・北部) 主要子会社 [ ]• 日野エンジニアリングアネックス• 日野ロジスパック• 日野ヒューテック• 日野テクニカルサービス• 日野リトラックス• 日野コンピューターシステム• 日野ハーモニー• 日野セールスサポート• 福島製鋼• 理研鍛造• 明友機工• 埼玉鋳造工業• 吉沢鉄工所• セリオ• 日車物流 主要関連会社 [ ]• MOBILOTS• ホリキリ• 埼玉機器• 三共ラヂエーター• 岡本物流• 千代田運輸• 宣伝・広告 [ ] 前半の「風のレンジャー」と称されたのに、、の3人を起用した。 のレンジャーフルモデルチェンジの際には、トラックのイメージ一新を狙い、を起用した。 また前半にはのCMにの曲にイルカのCGイラストが流れるもの、のモデルチェンジ時には出演のCMも流れた。 1990年代後半の発売当時はがCMに出演していた。 以降はが同CMに起用されており、「」の影響があってかで比較的多く(1日中)流れていた。 近年はやでもCMを流す。 かつて放送されていたのでは試合中継の際にスポンサーとなっていた。 これはの親会社であった()との関係が深いためである。 2010年代は「トントントントン日野の二トン」という軽快なキャッチフレーズと対照的な、との繰り広げるシュールギャグのCMが人気を集めている。 トラックだけでなく、バスのCMも流す事もあった。 モデルチェンジ時に制作され、(初代)のCMはバブル期の1990年ということもあり、大々的な宣伝活動を行っていた。 テレビCMは、の「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」・「」、の「」、の「」・「」・「」、、のスポンサーも務めていたが、「」の番組途中で降板するも、2011年10月に系列の「」、ミニ番組「」で久々にテレビ番組のスポンサーになった(提供コメントでは「」と読み上げている。 沖縄での日本テレビ火曜夜8時枠でのCMはで放送された)。 また、2013年4月にの「」に1992年以来のスポンサーとして提供するようになった。 系列土曜もしくは日曜5:00〜13:00の時報CMにも起用されている。 書籍・雑誌ではに書籍広告を出している。 バブル期にはに広告を出していた。 の()発生時は近畿地方のテレビ・ラジオのCMを自粛する処理で対応し、それ以外のエリアでは通常通りCMを流していたが、の()では、未曾有の災害と・でのなどの被害を受けて - まで全てのラジオCMを自粛した。 4月22日にラジオCMを再開するも当面は企業CMや緊急災害時のトラック運転に対する心構え、の節約に関するお願いなど「日野自動車が今、何かできること」を宣伝していた。 7月1日より主力トラックのの新CMを制作、放送すると同時にイメージタレントに、、を起用したテレビCMスポットとラジオCMを流している。 この3人には実家が自営業であるという共通点があり、特に佐々木の実家は実際にデュトロハイブリッドのユーザーでもある。 また、ブランドCMとして、ダカールラリーへの挑戦「明日を止めないために」を放送している。 キャッチフレーズ [ ]• ディーゼル車は日野 1970年代〜1980年代• 新しい時代はいつも日野から始まる 1980年〜1986年頃• 夢はいつでも地球サイズ 1990年代前半、CI採用前まで使用• 性能は、環境のために 1994年〜2006年頃 日野工業高等学園 [ ] 日野工業高等学園は、日野自動車株式会社がに基づき運営するによるで、東京都日野市にある。 もとは1951年4月に、に基づき、卒業後入社した社員を対象とした3カ年教育の技能者養成所で、施設として認定される。 これを1959年6月に「日野自動車工業高等学園」と改称。 1962年11月から、に基づきの指定を受けてとなり、との連携を開始。 1964年4月には、と連携を開始した。 1970年代後半から1980年代にはしばらく休止していたが、1991年3月に「日野工業高等学園」として機械科と板金科の2科で再開、また、4月には専修コースを設置した。 その後自動車整備科、電気制御回路組立科を追加した。 2003年に専修コースの募集は休止したが、2020年現在は、機械加工科、塑性加工科、製造設備科、自動車製造科の4科で運営されている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 日野自・古河工場が操業 茨城新聞• 朝日新聞社 : p. 朝刊 11. 2018年9月19日• 日野自動車 2020年4月23日. 2020年6月7日閲覧。 日野自動車 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 - 前身となった企業• - 日野自動車の• - 日野自動車の• - 日野自動車の• - 日野自動車ラグビー部。 2020年現在、に所属する。 - で放送しているの。 - 所在地。 地名が社名の由来となった• また、は主要ユーザーの1つ。 ・ - 前者はトラック、後者はバスにおける主要ユーザー。 上記の通り日野自動車の販売会社を傘下に持つ。 - 車の組み立て工場。 、、、 - 海外事業においては、と合弁で会社を設立しているケースも多い。 - オリエントブランドでを製造ていた頃に日野自動車販売が販売元だった。 外部リンク [ ]•

次の

日野自動車労働組合(CRINPA)

日野 自動車

日野自動車の歴史とそのルーツとは? 日野自動車の歴史は明治末期からはじまります。 しかし、当時は自動車とは関係ないものをつくっていました。 ガスや電気器具の生産です。 大型自動車をつくっている現在の日野のイメージとはかけ離れていますね。 では、どのようにして自動車メーカーへと変化を遂げたのでしょうか。 ガス・電気器具の生産から始まった日野自動車 1872年、横浜や一部の都市部でガス灯が注目されるようになりました。 ガス灯は薄暗いという欠点がありましたが、提灯よりは良いということで、東京府から要請を受け、渋沢栄一らにより東京瓦斯株式会社が設立されました。 東京瓦斯株式会社は、ガス灯をさらに明るくするガスマントルという技術を確立させました。 このガスマントルの製造のために、同会社は自社工場を建設し本格的にガスマントル製造に取り掛かります。 明治末期から大正時代にかけて、ガスや電気器具が普及し始め、東京瓦斯工業株式会社は、ガス・電気器具を生産していました。 そして1913年には、東京瓦斯電気工業株式会社と会社名を改称しました。 市民の生活に捧げたガス・電気器具生産。 しかしこの事業は、1914年に開戦した第一次世界大戦により、大幅に変更されることになります。 東京瓦斯電気工業株式会社は、第一次世界大戦時、海外から薬莢(やっきょう:銃砲の発射薬を詰める容器のこと)の大量受注、さらに軍事用の航空機国産エンジン「神風」なども生産し、軍需により業績を伸ばしていきました。 そして、同じ時期、「TGE」(Tokyo Gas Electric Engineering Co. の頭字語)というブランドで、自動車量産に取り組み始めました。 戦争と国策に翻弄される日野自動車 1918年、第一次世界大戦が終わると、ようやく本格的に自動車生産に入ります。 20年後の1937年には、国策であった「大型車両生産の強化」に合わせ、同自動車部は自動車工業株式会社および共同国産自動車株式会社と合併し、東京自動車工業株式会社を設立しました。 ガス・電気器具の生産から自動車生産へ移り変わることになったのです。 戦争、また国策により、日野自動車は翻弄される時期が続きます。 1941年、総合車両メーカーである、ヂーゼル自動車工業株式会社と改称。 しかし翌年、戦時体制下の国策により、特殊車両製造部門であった日野製造所を分離独立させ、日野重工業を設立させられることになりました。 これは、九七式中戦車などの軍需車両の製造を行わせる国の目的によるものでした。 終戦により、民間へ向けての大型自動車生産開始した日野自動車 1946年、第二次世界大戦終戦により民需転換し、大型トラック・バス(トレーラー型)およびの生産に入ります。 社名を、日野産業株式会社に改称しました。 得意分野であったディーゼルエンジン技術を生かし、当時としては異例の超大型トレーラートラックやバスを開発していきます。 さらに2年後の1948年には、販売部門を独立させ、日野ヂーゼル販売株式会社を設立しました。 そして社名を日野ヂーゼル工業株式会社と改称しました。 翌年には、東京証券取引所へ株式上場を果たします。 1953年には、国内初のセンターアンダフロアエンジン・バスを発売。 ルノー車の生産開始後は日野自動車独自の開発も 同年、フランスのルノーと技術提携し、乗用車「ルノー」の生産を開始しました。 そして、後に完全国産化を果たすことになります。 大型のモビリティに特化してきた日野でしたが、ここで新たな分野に挑戦しました。 その後、日野は小型自動車やワンボックスカーなど家庭用自動車の先進的な開発に取り組みました。 日野ヂーゼル工業株式会社は、日野自動車工業株式会社と改称しました。 日野自動車の歴代の代表車種を紹介 これまで様々なものづくりにチャレンジしてきた日野自動車。 歴史に残る代表的な車をご紹介します。 日野・コンテッサ 1961年には、乗用車「日野コンテッサ900」を発売。 これは同社が独自開発した唯一の乗用車となります。 同車は、第1回日本グランプリ1300cc以下国内スポーツカーレースで欧州車を押さえ2位という大挙を遂げます。 1965年まで生産されたコンテッサ900は、日野・ルノーの好評と信頼が得られていた影響で、タクシー業界へも多く納入されました。 日野・ルノー4CV(神風タクシー) タクシーとしても使われていた、日野ルノー4CV。 フランス・ルノーのデザインの影響で、かわいらしい愛嬌ある姿で有名となり、「亀の子ルノー」と呼ばれて、多くの人に愛されました。 1963年まで生産され、約35,000台が販売されたといわれています。 ヒノ・サムライ 幻のレーシングカーといわれている「ヒノ・サムライ」。 日野自動車は、実はレースにもチャレンジしていました。 1967年にトヨタ自動車と業務提携したことにより、乗用車開発をやめ、同時にレースからも撤退します。 レース撤退末期につくられたのが、「ヒノ・サムライ」というレーシングカーです。 1967年の第4回日本グランプリに出場する予定でしたが、予選前のエンジントラブルで車検に落ちてしまい、出場を逃しました。 その後、「ヒノ・サムライ」は、アメリカに渡り改良を重ねて90年代までマイナーレースに出たりしたそうですが、現在保管されているかは不明です。 日野自動車のバス「レンジャーシリーズ」 国内初のスケルトンバス発売、御前山テストコース(茨城県)稼働開始するなど、大型車の開発に再び力を入れていきます。 日野自動車のハイブリッド・バス「HIMR」(ハイエムアール) 1991年には、世界初のディーゼル・電気低公害システム「HIMR(ハイエムアール)」バスを発表し、環境に配慮したバスづくりへ意欲をみせるようになります。 日野自動車は海外展開へ 日野自動車は、1962年には、初の海外販売会社をタイに設立しました。 そしてその2年後の1964年にはタイに製造会社を設立しました。 日野自動車は海外へ向けて大きく展開しようとしていました。 しかし1967年、トヨタ自動車工業株式会社(以下、トヨタ)との業務提携により大きな転機を迎えます。 日野自動車は再びトラック・バスなどの大型車開発へ トヨタとの業務提携により、同社は再び大型車およびの開発・生産に特化した事業を行うことになります。 乗用車をつくりはじめた日野自動車がなぜ大型車に特化した車両ばかりつくるようになったのか。 それには、いくつかの理由があります。 1つは、日野自動車に大型車から乗用車までカバーできるような技術的戦力、経営戦力がなかったためだと考えられます。 幅広いものづくりを進めたい従業員の気持ちもあったのかもしれませんが、日野自動車には乗用車開発・製造の技術が未熟であったことも理由の一つでしょう。 次に、トヨタとの業務提携による影響があります。 トヨタも元々大型トラックを作っていましたが、当時は6トン積み程度のトラックづくりが限界でした。 その頃、10トントラックが普及しはじめ、トヨタはその波についていけなくなり、大型車のプロ集団である日野自動車に大型車を作るよう仰いだのでしょう。 日野自動車との業務提携というビジネス展開に成功したトヨタは、完全子会社化することよりトヨタ流の経営を徹底し、日本における自動車業界の安泰を狙ったのではないでしょうか。 合理化を図り「いすゞ自動車」と日野自動車は経営統合へ 2001年、トヨタの完全子会社化、2003年には、大型車両業界で競い合っていた、いすゞ自動車とバス部門を経営統合することが決定し、ジェイ・バスが設立されました。 2004年には、営業利益が過去最高記録を樹立しました。 これには、ディーゼル車の排ガス規制強化に伴い、買い換えが増えたことによる販売数増加が背景にあると考えられます。 また、海外での販売も好調であった上、トヨタからの受託生産の増加も影響しました。 さらなる飛躍!海外拠点拡大する日野自動車 日野自動車の海外拠点はタイのみでしたが、2006年からカナダで北米専用トラックの現地組み立てを開始、また、オーストラリアで初の小型トラックを販売開始するなど、さらなる海外展開を開始していきます。 その他にも、アメリカ、コロンビア、ロシア、インドネシア、香港にもマーケットを広げ、日野は「世界の日野」として活躍を遂げていきます。 日野自動車の特徴とは? 日野自動車がつくる大型自動車は、人気・技術ともに国内No. 1といわれています。 エンジンはトップクラス、そして故障も少なくメンテナンス費用が安いことで、ユーザーから支持を受けています。 国内の大型車販売において30年以上連続でシェアトップのプロフィアは代表的な車種です。 今まで培ってきた技術を活かした日野自動車のトラック 大型自動車といえば日野。 そう認識される日まで長い歳月がかかりました。 そんな日野自動車が作り出す現在の大型車をご紹介します。 日野自動車の小型トラック「DUTRO(デュトロ)」 主に業務用として販売されている小型トラック「デュトロ」。 荷物の積み下ろし軽減仕様、メンテナンスのしやすさ、13か所にもおよぶ収納スペース、道幅が狭くても軽自動車並の取り回しの良さは、作業をする人たちのストレスを知りつくし、ストレス軽減を目指した小型トラックといえます。 現在、注目されているNOx(光化学スモッグや酸性雨などを引き起こす大気汚染原因物質)やPM(粒子状物質。 呼吸器に悪影響を及ぼす危険性あり)を低減するとともにCO2の排出量も抑え、エンジン単体でのクリーン化と低燃費化を達成しています。 日野自動車の大型トラック「PROFIA(プロフィア)」 ドライバーモニター、車線逸脱警報など、前方不注意を警告する各種装置はすべて標準装備となっています。 ドライバーの疲れによる事故防止策を考え抜いた技術が積み込まれている大型トラックです。 日野自動車のバス「Blue Ribbon(ブルーリボン)」シリーズ 運転する人にも、乗車客にも、環境にも配慮したブルーリボンシリーズのバス。 低燃費のためのアイドルストップはもちろん、90kWの大を実現した新開発の永久磁石式モーターを積み、より優れたハイブリット車を開発。 力強い走りと低燃費の両立を実現させたバスです。 また、日野自動車は完成車だけでなく、産業用のの開発・生産もしています。 これらのエンジンは、油圧ショベル、ホイールローダー、クレーン、フォークリフト、発電機、その他さまざまな「働く機械」に搭載されています。 日野の得意とする高出力、耐久性、信頼性は、ここにも活かされているのです。 大型自動車のスペシャリスト「日野自動車」 日野自動車の歴史、ルーツや車種の特徴についてのまとめ記事はいかがでしたでしょうか? ガス・電気器具の生産から始まった日野。 戦争や国策に翻弄され、業務提携や子会社化による大きな環境変化を乗り越えながらも、「日野の行く道」を模索し続け、探し出した答えが、「日野といえば、トラック。 日野といえばバス」といったイメージに繋がるのではないでしょうか。 ハイパワーを作り出すことに力を入れていた初期、一般人の乗りやすさを求め乗用車を作ってきた中期、そして、現代の環境汚染に対応するハイパワー+クリーン技術を追求する現在…… 日野は、変化する時代とともに、その時代に合ったモノをつくりだすスペシャリストたちであるといえるでしょう。

次の