ロンドン・ナショナル・ギャラリー内観 C The National Gallery, London ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、英国ロンドン中心部のトラファルガー広場に面した世界有数の美術館。 王室の収集を母体とした多くのヨーロッパの美術館とは違い、1824年に国家制定法により設立された美術館であることに最大の特徴がある。 ファン・アイク、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ティツィアーノ、ルーベンス、ベラスケス、ターナー、モネ、セザンヌ、ゴッホなど、13世紀から20世紀初頭までのヨーロッパ絵画の様々な画派を網羅した約2,300点の作品を所蔵し、年間の来場者数は世界の美術館・博物館でもトップ5に入る500万人超を誇る。 しかし所蔵作品の多くを常設展示している同館は作品の貸出に極めて厳しいことで知られ、これまで館外で所蔵作品展が開催されることは一度もなかった。 日本初公開となるゴッホの傑作《ひまわり》をはじめ傑作約60点を一挙日本で公開することは、同館史上初の試みであり、歴史的な開催となる。 本展のみどころ フィンセント・ファン・ゴッホ 《ひまわり》 1888年、カンヴァスに油彩、92. Bought, Courtauld Fund, 1924 ゴッホの代表作として世界中で愛されている傑作《ひまわり》。 彼は1888年から89年にかけて、南フランスのアルルで花瓶に生けたひまわりの絵を7点描いた。 ロンドンのヴァージョンはそのうちの4点目にあたり、共同生活を送る予定だった 畏友ポール・ゴーガンの寝室を飾る目的で描かれたもの。 ゴーガンの寝室には2点のひまわりが飾られたが、彼はロンドンのヴァージョンを最も好んでいたとされている。 ひまわりの花は、ゴッホの夢であった共同生活に対する忠誠を象徴していたとも考えられる。 本ヴァージョンは、多様なトーンと筆致で描き分けられた黄色の美しい調和が際立つ作品で、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(東京)所蔵の《ひまわり》も本作品を元に制作されている。
次の写真:橋本 菜摘 フィンセント・ファン・ゴッホの絵画は強烈な色彩で世界中の人たちを魅了しています。 1853年、ゴッホはオランダの牧師の家に生まれ、27歳で画家を志し、37歳で亡くなるまでの10年間に絵画約850点、素描約1000点を描きました。 「ゴッホ展」では10か国・地域、27か所から作品を集め、初期から晩年までのゴッホ作品約40点、ハーグ派と印象派の作品約30点でゴッホの人生をたどります。 展覧会は東京と兵庫の2会場で開催され、この記事では東京展をメインに紹介します。 ハイライトは、看板の中央にあるゴッホ《糸杉》 1889年6月、メトロポリタン美術館 です。 「エジプトのオベリスクのように美しい」とゴッホは弟テオへの手紙に書いています。 西洋では死の象徴とされる糸杉をゴッホはうねるような筆づかいで仕上げています。 最後の展示室でご覧下さい。 写真:橋本 菜摘 会場には壁にゴッホの手紙の言葉が書かれています。 手紙から芸術や文学、画家・作品論、孤独と葛藤などゴッホの考えを知ることで、作品をより深く理解できます。 音声ガイドでは弟テオが「にいさん」と呼びかける設定もあって兄弟のつながり知ることができます。 写真の場面では、壁の上方に手紙が記されています。 「何か他のものに手をつける前に、素描をもっと多く、そして誠実にやれと諭してくれたのは他ならぬマウフェ自身だったんだ。 1882年7月23日頃 弟テオへの手紙より ハーグ 」 マウフェ 1838〜1888年 はハーグ派の指導的な立場で親戚でもあり、ゴッホに絵画の基礎やモデルを使うことも教えてくれました。 ハーグ派はオランダ南西部の都市ハーグを中心に活動した画家グループで、田園風景や農民の生活を写実的に描きました。 雪原で羊を追うテーマは、羊飼いをキリストに羊を民に見立てる宗教的な意味もあります。 アントン・マウフェ《雪の中の羊飼いと羊の群れ》1887-88年 ハーグ美術館 写真:橋本 菜摘 1886年2月、ゴッホはパリの弟テオを訪ねて同居を始めました。 この年は第8回印象派展が開かれましたが、グループの結束は崩れていました。 ゴーギャン 1848〜1903年 、シニャック 1863〜1935年 など若手の参加があり、ゴッホは彼らと交流を深めました。 ゴッホはモネ 1840〜1926年 を印象派のなかで最も高く評価しました。 「あぁ、クロード・モネが風景を描くように、人物を描かなければ。 1889年5月3日 弟テオへの手紙より アルル 」、ゴッホのつぶやきが聞こえてきそうです。 クロード・モネ:左《花咲く林檎の樹》1873年以前? 「オリーヴの木からは無限のモティーフを引き出すことができます」とゴッホは友人イサークソンへの手紙 1890年5月20日 に書いています。 近くに傑作《糸杉》も展示されています。 1890年7月、ゴッホはピストル自殺で亡くなり、ゴッホを支えていた弟テオも体調を崩して翌年1月に亡くなりました。 ゴッホの作品は生前にはほとんど売れませんでしたが、テオの遺志をついだ妻ヨハンナやゴッホの友人らが展覧会を開き、ゴッホ評価につながりました。 展覧会は東京展の終了後に兵庫展が開催されます。 ゴッホ展の基本情報 ・上野の森美術館 2019年10月11日〜2020年1月13日 住所:東京都台東区上野公園 1-2 電話番号:03-5777-8600 ハローダイヤル アクセス:JR上野駅「公園口」より徒歩3分、東京メトロ・京成電鉄「上野駅」より徒歩5分 ・兵庫県立美術館 2020年1月25日〜3月29日 住所:兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1丁目1番1号[HAT神戸内] 電話番号:078-262-0901 アクセス:JR神戸線「灘駅」より徒歩10分、阪神本線・神戸電鉄線「岩屋駅」より徒歩8分 2019年11月現在の情報です。 最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。 ueno-mori. artm. pref. hyogo. html.
次の強烈な色彩で人々を魅了し続ける画家、 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-90)。 37年という短い人生のうち、 画家として活動したのはわずか10年間にすぎません。 その短い画業にもかかわらず、 唯一無二の表現を獲得しえた背景には、大きな2つの出会いがありました。 27歳で画家として生きることを決意した ファン・ゴッホをまず導いたのが、「ハーグ派」です。 農村生活を静謐な筆致で描いた彼らから、 ファン・ゴッホは画家としての基礎を学びました。 これまでファン・ゴッホとの関わりの中で 焦点を当てられる機会が少なかったハーグ派ですが、 ファン・ゴッホの画業の中でとても重要な役割を果たしたのです。 その後ファン・ゴッホはパリに出て「印象派」と出会い、 躍動する色彩の虜となりました。 本展では、約50点のゴッホ作品に加え、 マウフェやセザンヌ、モネなどハーグ派と 印象派を代表する巨匠たちの作品約30点や、 ファン・ゴッホが手紙の中で語った言葉を交えながら、 独自の画風にたどり着くまでの過程を掘り下げて紹介します。 兵庫展は2020年3月20日(金)をもって会期終了いたしました。 多くの皆さまにご来場いただき、誠にありがとうございました。 会 場 : 〒651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1 開館時間 : 10:00~18:00 (金曜、土曜は20:00まで、入場は閉館の30分前まで) 休 館 日 : 会期中無休 観 覧 料 : (税込) 一般 1,700円(1,500円) 大学生 1,300円(1,100円) 70歳以上 0,850円( 0,750円) 高校生以下 無料• 多くの皆さまにご来場いただき、誠にありがとうございました。 会 場 : 上野の森美術館 〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2 開館時間 : 9:30〜17:00 (金曜、土曜は20:00まで、入場は閉館の30分前まで) 休 館 日 : 12月31日(火)、1月1日(水・祝) 観 覧 料 : (税込) 一般 1,800円 1,600円 大学・専門学校・高校生 1,600円 1,400円 中学・小学生 1,000円 0,800円•
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