彼を表す代名詞は数多いが、百獣の王、とはまさしく言い得て妙である。 辞書を引くとそこには、"全ての獣の中で最も最強のもの"と記されており、それはすなわちライオンであると言われているのだが、それもそれでまた、彼にぴったりであると言えよう。 ダンデライオン。 古フランス語で、ライオンの歯、を意味しているらしい。 そんなことをぼんやりと考えながら、私のベッドの上でごろりと横たわり、ぐーすかと眠りこけている男を見下ろした。 黄金色の立て髪……ではなく、濃い紫色の長い髪は、白いシーツの上でよく映える。 投げ出された手足は、身体がでかいせいでベッドから若干はみ出していた。 わざわざ、ほんとうにわざわざこんな狭いところで寝なくたって、家に帰ればバカみたいに広いベッドがあるだろうに。 言っておくが、ここは私の家だ。 更に言うと、私の寝室の、私のベッドの上である。 どうしてこうも図々しく、まるで自分の家のように、他人のベッドで爆睡できるのだろうか。 いや、そもそもどうしてこの男は、性懲りもなくやってきては部屋へと上がり込み、だらだらと居座ろうとするのか。 それに関してはもう問いただすことさえ億劫になるくらいなのだが、さすがに無許可で寝室へと転がり込み、我が物顔でベッドを占領するのは如何なものだろう。 一言物申してやらねば、とそう思ってから、数分間。 ただ何となく、少しも起きる素振りを見せず、ぐうぐう寝息を立てている男ーーーダンデを眺めていた。 ふと気になって、半開きの上唇を人差し指でぐいっと押し上げてみる。 当たり前に露わになった前歯は、憎たらしい程に綺麗に生え揃えてあり、その先が鋭く尖っているわけもなかった。 ……いやいや、私は一体何を期待していたというのだろう。 というより、一見したところかなり丈夫そうな歯である。 顔の骨格もしっかりしているし、手加減なく噛み付かれでもしたら肉だけでなく、骨まで持っていかれそう。 歯先なんか尖っていなくても、十分に獲物を仕留められそうだ、なんて見当違いなことを考えていれば、ふと視線を感じてダンデを見遣る。 ばちり、と目が合った。 こちらは正真正銘の、黄金色の瞳、である。 「……なにしてるんだ?」 「ダンデの歯を見てた」 「なぜ」 「いや、なんか丈夫そうだな、って」 「……確かに丈夫であることには間違いないが」 よくわからない、というような顔された。 まあ、そりゃあそうだろう。 私もよくわからない。 ようやく私は手を離し、それでも寝転がったまま動こうとしないダンデに向かって口を開く。 「ていうか、ダンデこそなにしてるの」 「オレか?オレは……眠いから寝てた」 「……だったら自分の家で寝てよ」 「お前のベッドの方が落ち着くんだよ。 仕方ないだろう……」 「って、オイ。 寝直そうとするな」 ごろり、と寝返りを打ってそう言うもんだから、寝るな寝るな、とその頬を軽くべしべしと叩く。 昼間はあんなにつるっと綺麗に剃り上げられている頬も 顎髭は年中あるが 、夜になると若干じょりじょりしている。 ……ダンデ、男性ホルモン多そうだしなぁ。 前、ちらっとお腹が見えたことがあったんだけど、アレ、なんて言うんだっけ……あ、そうだ。 ギャランドゥ。 体毛濃そうだな、とは思ってたけど、いざ目にしてしまうと何だか、見てはいけないものを見てしまったような、そんな感じがして妙に居た堪れない気分になったことを覚えている。 ……って、そんなことを考えている場合ではなかった。 今はこの男を一刻も早くこの場所から立ち去らせることが重要課題であり、私自身、健やかな安眠を確保する為にも早急に眠りにつく必要があるのだ。 要するに、私も異常なほどの睡魔と現在進行形で戦っているのである。 「ダンデ、ねぇ、お願いだからどいて」 「んー……」 「んー、じゃなくて。 早く帰んないと明日きついよ」 「問題ないぜ……今日はここに泊まるから」 「いや大問題なんだけど。 私どこで寝ればいいのよ」 勘弁してくれ……と、項垂れていると、ダンデが急に私の腕をがしりと掴んだ。 普通にびっくりして、え、何?と尋ねると、ダンデは寝ぼけ眼といった様子でこちらを見て、それから口を開く。 「だったら、一緒に寝ればいいだろ」 「はぁ?」 「ほら、こっち」 「何言って……ーーーっぎゃあ!」 ぐいっ、と引っ張られて、物の見事にベッドへダイブさせられた。 顔面をなかなかの勢いでマットレスへとぶつけてしまい、先ほどに続いて、へぶ!と何ともしれない奇声を上げてしまった。 ここでかわいい悲鳴の一つでも上げれればよかったのかもしれないが、私は元来そういう性分ではないのである。 ダンデもそれをわかっているので、平気でこういうことをしてくるのだろうが……冷静に考えて、互いにとっくに成人を迎えている男女が同じベッドで眠るなんて、正気の沙汰ではない。 ていうかそもそもの話、ダンデの身体がでかいせいでベッドがめちゃくちゃ狭い。 こんなんじゃまともに寝れやしないじゃないか、とそう抗議するべくダンデに向き直ったがーーーこいつ既に寝てやがるじゃねぇか。 この野郎。 すうすう気持ち良さそうに寝息立てやがって。 全くいい度胸してやがる。 ……と、お口が悪くなってきたところで、深い深い溜め息を吐いた。 こんな風に罵ってみたところで、ダンデは昔からこういう男だ。 自分のペースは絶対に崩さないのである。 まともに付き合っていたら埒があかないので、こうなったらリビングのソファで寝るしかないか、と立ち上がろうとしたその時、がばり、と腕がこちらへ伸びてきた。 ギョッとしたのも束の間、次の瞬間には、ホールド。 腕の中に閉じ込められて 物理 、いやこれは一体何の冗談だろうか、とさすがに困惑する。 ただ同じベッドの上に寝るだけでなく、腕の中に閉じ込められて 物理 しまっては、些か誤解を招いてしまうのではないだろうか。 いや誰に しかしそれにしたってなんという腕力。 がっしり、といった表現がまさに相応しいほど、正面からまるで抱き枕のように抱き竦められていて、息が詰まる。 ていうか、熱い。 ダンデ、体温高すぎないか。 こんなんじゃ寝苦しくてとてもじゃないが耐えられない。 ぐいぐいと厚い胸板を押し返しながらも、それでも何とか身体を反転させてダンデに背を向ける。 ふう、と一息吐き、腕を解いて早いとこ脱出しようとしていたその時。 「……オイ、どこに行くんだ」 背後から、まるで這うような低い声が聞こえた。 思わず反射的にびくりと反応してしまうくらいには、普段のダンデに似つかわしくない声色で。 ぎゅ、と手を掴まれて、完全に動きを封じられた私は、ただひたらすら固まるしかなかった。 どうやら様子がおかしいと異変に気が付き、ダンデ?と声を掛けてみれば、返事の代わりにうなじ辺りにぐりぐりと頭を押し付けられる。 ……いや、こいつ何をしているんだ。 もう一度名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、熱い吐息が首元を掠めてーーーがぶり、と。 あろうことかうなじに噛み付いてきたのである。 「ーーーひっ、」 思わず、喉の奥から引き攣った悲鳴が漏れた。 いやだってしょうがないだろう。 まさか噛み付かれるなんて思いもしないし。 ダンデのあの歯で、あの丈夫な歯で噛み付かれては、首元を食い千切られてしまうのではないか。 そんな不安が一瞬頭に過ったが、がぶがぶと噛み付いてくるそれは、何だか甘噛みのようでもあった。 いやだからといって、痛くないわけではない。 もちろん。 歯が皮膚に食い込む痛みに、なにしてるのやめて、と声を上げたが、ダンデのことだ。 そう簡単にやめるわけもなく、ただひたすらうなじやら肩やらにしきりに歯を立ててくる。 いや、なにこれ。 どういう状況なの。 「ダンデ、ねぇ、ダンデってば、」 「…………」 「も、いたいからやめて」 「……たべたい」 「はぁ?」 頭沸いちゃったのだろうか、この男。 いや食べてどうすんのよ、と思わずツッコミを入れたが、それっきりダンデは喋らなくなってしまった。 と同時に、がぶがぶと歯を立てるという全くもって意味不明な行動も、ここでようやく終わりを迎えたのである。 その時は心底安堵したのだが、しばらくうなじ付近に付けられた噛み跡が消えず、ダンデに対して非難の声を上げたのは言うまでもない。
次の音楽 [ ]• ダンデライオン - がに発売した通算6枚目となる『』に収録されている楽曲。 - に結成された男性音楽グループ。 - 作詞・作曲の歌。 への提供曲であるが、原田と松任谷が共にシングルを出している。 - の歌。 ダンデライオン - の歌。 アルバム『』に収録。 - の歌。 - のシングル。 ダンデライオン - の歌。 アルバム『』に収録。 ダンデライオン - の歌。 アルバム『Message 〜best collection 2006-2011〜』に収録。 ダンデライオン - の歌。 シングル『』のB面。 企業 [ ]• - の企業。 レーシングチーム「DANDELION RACING」の運営母体。 - 日本の企業。 ダンディライオン(ダンディ・ライオン) - 日本の、が制作の際に用いていた別名義の1つ。 漫画 [ ]• - の漫画。 - 原作、作画の漫画。 だんでらいおん - の漫画家デビュー作。 『』第1巻に収録。 関連項目 [ ]• このページは です。 一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。 お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。 を見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。
次の彼を表す代名詞は数多いが、百獣の王、とはまさしく言い得て妙である。 辞書を引くとそこには、"全ての獣の中で最も最強のもの"と記されており、それはすなわちライオンであると言われているのだが、それもそれでまた、彼にぴったりであると言えよう。 ダンデライオン。 古フランス語で、ライオンの歯、を意味しているらしい。 そんなことをぼんやりと考えながら、私のベッドの上でごろりと横たわり、ぐーすかと眠りこけている男を見下ろした。 黄金色の立て髪……ではなく、濃い紫色の長い髪は、白いシーツの上でよく映える。 投げ出された手足は、身体がでかいせいでベッドから若干はみ出していた。 わざわざ、ほんとうにわざわざこんな狭いところで寝なくたって、家に帰ればバカみたいに広いベッドがあるだろうに。 言っておくが、ここは私の家だ。 更に言うと、私の寝室の、私のベッドの上である。 どうしてこうも図々しく、まるで自分の家のように、他人のベッドで爆睡できるのだろうか。 いや、そもそもどうしてこの男は、性懲りもなくやってきては部屋へと上がり込み、だらだらと居座ろうとするのか。 それに関してはもう問いただすことさえ億劫になるくらいなのだが、さすがに無許可で寝室へと転がり込み、我が物顔でベッドを占領するのは如何なものだろう。 一言物申してやらねば、とそう思ってから、数分間。 ただ何となく、少しも起きる素振りを見せず、ぐうぐう寝息を立てている男ーーーダンデを眺めていた。 ふと気になって、半開きの上唇を人差し指でぐいっと押し上げてみる。 当たり前に露わになった前歯は、憎たらしい程に綺麗に生え揃えてあり、その先が鋭く尖っているわけもなかった。 ……いやいや、私は一体何を期待していたというのだろう。 というより、一見したところかなり丈夫そうな歯である。 顔の骨格もしっかりしているし、手加減なく噛み付かれでもしたら肉だけでなく、骨まで持っていかれそう。 歯先なんか尖っていなくても、十分に獲物を仕留められそうだ、なんて見当違いなことを考えていれば、ふと視線を感じてダンデを見遣る。 ばちり、と目が合った。 こちらは正真正銘の、黄金色の瞳、である。 「……なにしてるんだ?」 「ダンデの歯を見てた」 「なぜ」 「いや、なんか丈夫そうだな、って」 「……確かに丈夫であることには間違いないが」 よくわからない、というような顔された。 まあ、そりゃあそうだろう。 私もよくわからない。 ようやく私は手を離し、それでも寝転がったまま動こうとしないダンデに向かって口を開く。 「ていうか、ダンデこそなにしてるの」 「オレか?オレは……眠いから寝てた」 「……だったら自分の家で寝てよ」 「お前のベッドの方が落ち着くんだよ。 仕方ないだろう……」 「って、オイ。 寝直そうとするな」 ごろり、と寝返りを打ってそう言うもんだから、寝るな寝るな、とその頬を軽くべしべしと叩く。 昼間はあんなにつるっと綺麗に剃り上げられている頬も 顎髭は年中あるが 、夜になると若干じょりじょりしている。 ……ダンデ、男性ホルモン多そうだしなぁ。 前、ちらっとお腹が見えたことがあったんだけど、アレ、なんて言うんだっけ……あ、そうだ。 ギャランドゥ。 体毛濃そうだな、とは思ってたけど、いざ目にしてしまうと何だか、見てはいけないものを見てしまったような、そんな感じがして妙に居た堪れない気分になったことを覚えている。 ……って、そんなことを考えている場合ではなかった。 今はこの男を一刻も早くこの場所から立ち去らせることが重要課題であり、私自身、健やかな安眠を確保する為にも早急に眠りにつく必要があるのだ。 要するに、私も異常なほどの睡魔と現在進行形で戦っているのである。 「ダンデ、ねぇ、お願いだからどいて」 「んー……」 「んー、じゃなくて。 早く帰んないと明日きついよ」 「問題ないぜ……今日はここに泊まるから」 「いや大問題なんだけど。 私どこで寝ればいいのよ」 勘弁してくれ……と、項垂れていると、ダンデが急に私の腕をがしりと掴んだ。 普通にびっくりして、え、何?と尋ねると、ダンデは寝ぼけ眼といった様子でこちらを見て、それから口を開く。 「だったら、一緒に寝ればいいだろ」 「はぁ?」 「ほら、こっち」 「何言って……ーーーっぎゃあ!」 ぐいっ、と引っ張られて、物の見事にベッドへダイブさせられた。 顔面をなかなかの勢いでマットレスへとぶつけてしまい、先ほどに続いて、へぶ!と何ともしれない奇声を上げてしまった。 ここでかわいい悲鳴の一つでも上げれればよかったのかもしれないが、私は元来そういう性分ではないのである。 ダンデもそれをわかっているので、平気でこういうことをしてくるのだろうが……冷静に考えて、互いにとっくに成人を迎えている男女が同じベッドで眠るなんて、正気の沙汰ではない。 ていうかそもそもの話、ダンデの身体がでかいせいでベッドがめちゃくちゃ狭い。 こんなんじゃまともに寝れやしないじゃないか、とそう抗議するべくダンデに向き直ったがーーーこいつ既に寝てやがるじゃねぇか。 この野郎。 すうすう気持ち良さそうに寝息立てやがって。 全くいい度胸してやがる。 ……と、お口が悪くなってきたところで、深い深い溜め息を吐いた。 こんな風に罵ってみたところで、ダンデは昔からこういう男だ。 自分のペースは絶対に崩さないのである。 まともに付き合っていたら埒があかないので、こうなったらリビングのソファで寝るしかないか、と立ち上がろうとしたその時、がばり、と腕がこちらへ伸びてきた。 ギョッとしたのも束の間、次の瞬間には、ホールド。 腕の中に閉じ込められて 物理 、いやこれは一体何の冗談だろうか、とさすがに困惑する。 ただ同じベッドの上に寝るだけでなく、腕の中に閉じ込められて 物理 しまっては、些か誤解を招いてしまうのではないだろうか。 いや誰に しかしそれにしたってなんという腕力。 がっしり、といった表現がまさに相応しいほど、正面からまるで抱き枕のように抱き竦められていて、息が詰まる。 ていうか、熱い。 ダンデ、体温高すぎないか。 こんなんじゃ寝苦しくてとてもじゃないが耐えられない。 ぐいぐいと厚い胸板を押し返しながらも、それでも何とか身体を反転させてダンデに背を向ける。 ふう、と一息吐き、腕を解いて早いとこ脱出しようとしていたその時。 「……オイ、どこに行くんだ」 背後から、まるで這うような低い声が聞こえた。 思わず反射的にびくりと反応してしまうくらいには、普段のダンデに似つかわしくない声色で。 ぎゅ、と手を掴まれて、完全に動きを封じられた私は、ただひたらすら固まるしかなかった。 どうやら様子がおかしいと異変に気が付き、ダンデ?と声を掛けてみれば、返事の代わりにうなじ辺りにぐりぐりと頭を押し付けられる。 ……いや、こいつ何をしているんだ。 もう一度名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、熱い吐息が首元を掠めてーーーがぶり、と。 あろうことかうなじに噛み付いてきたのである。 「ーーーひっ、」 思わず、喉の奥から引き攣った悲鳴が漏れた。 いやだってしょうがないだろう。 まさか噛み付かれるなんて思いもしないし。 ダンデのあの歯で、あの丈夫な歯で噛み付かれては、首元を食い千切られてしまうのではないか。 そんな不安が一瞬頭に過ったが、がぶがぶと噛み付いてくるそれは、何だか甘噛みのようでもあった。 いやだからといって、痛くないわけではない。 もちろん。 歯が皮膚に食い込む痛みに、なにしてるのやめて、と声を上げたが、ダンデのことだ。 そう簡単にやめるわけもなく、ただひたすらうなじやら肩やらにしきりに歯を立ててくる。 いや、なにこれ。 どういう状況なの。 「ダンデ、ねぇ、ダンデってば、」 「…………」 「も、いたいからやめて」 「……たべたい」 「はぁ?」 頭沸いちゃったのだろうか、この男。 いや食べてどうすんのよ、と思わずツッコミを入れたが、それっきりダンデは喋らなくなってしまった。 と同時に、がぶがぶと歯を立てるという全くもって意味不明な行動も、ここでようやく終わりを迎えたのである。 その時は心底安堵したのだが、しばらくうなじ付近に付けられた噛み跡が消えず、ダンデに対して非難の声を上げたのは言うまでもない。
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