「いいじゃん!」 「だめッス」 「なんで!」 「なんでも」 「うう……ラギーのわからずや〜〜!!」 「えっ、ちょ」 制止の声を無視して私はラギーの部屋を飛び出した。 ラギーが追いかけて来るのがわかったけど、全力疾走するには心もとない服を着ているので、物陰に隠れたり、細い道を曲がったりしてなんとか逃げ切る。 さすがに見失ってくれただろうというところで一息ついた。 「似合ってないのかな…」 今私は、ナイトレイブンカレッジの制服着ている。 けれどいつもよりかなり、足元が涼しい。 スラックスではなくプリーツスカートを履いているからだ。 ナイトレイブンカレッジに生徒として在籍することになった時、支給されたのは皆と同じ制服だった。 女子生徒用の制服の用意はないのは当然だ。 けれど先日学園長にお願いしてみたら、あっさり用意してくれたのである。 それを渡してもらったのが今日の昼休みのこと。 放課後ラギーの部屋を訪れ、意気揚々と披露したのだが、ラギーの反応は想像とは違うものだった。 『それ…明日から学校着てくつもりスか』 『うん!どう似合う?』 『…. だめッス』 『え?』 『それ着てくのは禁止』 頑なにスカートスタイルにNGを出すラギーとそのまま口論になり、飛び出してしまったわけである。 てっきり喜んでくれると思って見せたのに。 というか何故ラギーの許可をもらわなきゃいけないんだろう。 「監督生?」 「ジャック!」 人気のない廊下でモヤモヤとしていたところに通りかかったのはジャックだった。 運動着を着ているので、部活の帰りだろうか。 「どうしたんだ?ってあれ、その服…」 「へへっ学園長が用意してくれたんだ〜どう、可愛い?」 「ああ、可愛いな」 「!?」 スカートをなびかせるようにくるりと一周して見せると、ジャックはさらっと褒めてくれた。 冗談にまっすぐ返されて気恥ずかしさがあるが、その顔を見ればお世辞じゃないとわかるので嬉しい。 「ありがとね」 「っ、いやべつに俺は」 ほっとした気持ちで笑いかけるとジャックが頬を染める。 恥ずかしいことを平気で言う一方で、自分もすぐ真っ赤になってしまう彼である。 「似合わないかなあって落ち込んでたから嬉しいな」 「似合わない?誰かに言われたのか」 「ん〜そう言われたわけではないけど」 「照れ隠しってやつじゃねえか」 「エーデュースあたりはなんか、絶対からかってくるよね」 「ははっ、あいつらはたしかにな」 馬子にも衣装〜くらいが良いとこだろうか。 まあ、私が可愛いって思ってるんだからなんて言われてもいいけどね。 唯一言って欲しい相手からは、期待通りの評価はもらえなかったけど。 「ジャック」 「制服って、好き?」 「制服?いや、窮屈だし」 「そうじゃなくて、制服着てる女子ってどうかな」 「は?なんだその質問」 「いや…なんでもないや」 まったくわからないという顔で首をひねるジャック。 まあジャックはそうだよねなんて苦笑しながら、頭の中では数週間前の記憶が蘇っていた。 学園でバスケの大会が開かれていたその日は、外部の客がかなり押し寄せるいうことで、私はアズール先輩の頼みでモストロラウンジの手伝いをしていた。 『他校の女子きてる!』 『ちょっと、盗撮は禁止ッスよ』 『いやいや〜さすがにそれはしないって。 でもセーラーっていいよねえ。 男のロマン!』 同じく駆り出されていたラギーが、となりのテーブルでケイト先輩と話しているのが耳に入る。 『ね、ラギーくんもそう思わない?』 『オレはブレザー派ッスね』 『え、なになに?ラギーくんの性癖暴露とか超貴重じゃん〜〜』 『性癖って……制服嫌いな男とかいないっしょ』 実を言えば、女子用の制服を着たいと思ったのはそんな会話がきっかけだった。 学園長に普通の女子高生らしく過ごしたいんだと訴えたのは嘘ではなかったが、一番の動機はラギーに見てほしかったからである。 制服好きって言ってたのに、私の制服じゃ刺さらないっていうのか。 またモヤっとしてしまった私は、半ばヤケクソでジャックに話しかけた。 「ねえジャック!制服デートしよ!」 「は…で、でーと!?」 「せっかく可愛い制服着れたんだから、デートしたい気分なの!クレープ食べてプリクラ撮りたい!」 「プリ…?なんだか知らねえけど行かねえからな!」 「ジャックのケチ〜〜〜」 「ケチってお前なあ。 こんなとこラギー先輩に見られたら——」 「なあ〜にしてるんスかあ?」 聞こえてきた声に二人して固まる。 ギギギッと機械人形さながらの効果音をつけて振り返れば、案の定ラギーが立っていた。 見るからに怒っているラギーにジャックが顔を真っ青にしているけれど、簡単に折れてはあげないんだから。 「ラ、ラギー先輩!!ち、ちがっ俺は」 「な…なに?私今からジャックとデート行くから、邪魔しないでよ!」 「はあ?」 周囲の温度が一気に下がった。 なに今の。 過去に聞いたことないくらい低い声だったんだけど。 内心めちゃくちゃビビりながらもジャックにひっついていた私だが、近寄ってきたラギーにべりっと剥がされてしまう。 「ジャックくん、ちょ〜っと外してもらえます?」 「えっ」 「や、やだ!ジャック!見捨てないで!」 「先輩命令、聞けるッスよねえ?」 「は、はい!」 「いい子ッス」 見捨てないでと泣きついてみたが、ジャックがラギーの命令に背くはずもない。 悪いなと言って去っていってしまった。 人気のない廊下に取り残されたのは私たちだけ。 「機嫌、なおしてくださいよ」 「ずっと不機嫌なのはそっちじゃん」 はあっと大きなため息をつかれて身体がびくりと震える。 喧嘩したいわけではないのにな。 でも何が悪いかわからないのに謝るのも嫌だった。 面倒くさい奴だって思われたかもしれない。 似合ってもいない制服を着てはしゃぐ私を、滑稽だと思われていたら、なんて考えてしまうと、うっかり涙腺が刺激される。 悟られないように俯いたのだが、頬をぶにっと掴まれて無理やり上をむかされた。 「な〜に泣いてるんスか」 「泣いてないし」 「泣かせたいわけじゃなかったんスけどね」 「……なんでそんな怒るの。 彼女が可愛い制服姿見せてあげたっていうのに」 「そりゃ、可愛いからッスよ」 「え?」 今、可愛いって言った? ぱちりと目を瞬かせれば、目の前の男はにやりと笑った。 「こーんな短いスカートはいちゃってさァ」 「ひやっ」 「誘ってるって思われても仕方ないッスよね?」 ラギーの左手が、むき出しの太ももに置かれ、するりと撫でられる。 その手を掴んで止めようとするも力が違いすぎて剥がすことができない。 後ろに逃げようと後ずさると背中はすぐに壁にぶつかってしまった。 「ちょ、何して」 「無防備する彼女にお仕置きッス〜」 「こんなとこで何かんがえ——」 うるさいとでも言うように、口を塞がれた。 さっきまで喧嘩してたというのに、いきなり空気変えてくるのやめてほしい。 どんな風に受け止めていいのか戸惑っていた私だが、優しく髪を梳かされ、下唇を食まれるうちに、脳が熱にうかされる。 力を抜いた私に気づいたのか、ラギーの舌がぬるりと侵入してきた。 「んん…ッ」 上顎や歯茎を刺激されて、快感に身体がもぞもぞと動く。 人気がないとはいえ、いつ誰かが通りかかるかもわからない。 その緊張感が高鳴る心臓を余計に早く動かす。 ラギーの手の軌道に合わせて、触れられた場所が熱を持っていくようで。 「ラ…ギー、もう…」 「あーあーそんなとろけた顔しちゃって。 とりあえず移動しますか」 「はぁっ、ちょ、ちょっとタイム」 「人に見せられないような顔してるって、自覚あるみたいでよかったッス」 「…………」 すっかり上機嫌になったラギーがにっこりと笑う。 そして「あっ」と何かを思い出したかと思うと、突然ジャケットを脱いでこちらに渡してきた。 「はいこれ」 「え?」 「腰に巻いてください」 「な、なんで…」 「さっきも言ったッスけど、それ、短すぎッスからね?」 そう言われてスカートを見下ろす。 短い…かな?私の感覚からすれば、全然普通の丈ではあるのだけど。 というか、ラギーが不機嫌だった理由って……。 「私の制服姿を人に見せたくない、的な?」 「………」 ぼそりと言った言葉は図星だったようで、ラギーは気まずそうに頭を掻いている。 「なにそれ!」 「いやわかるでしょ」 「わからないよ!」 「言う前にアンタが逃げ出すから……」 原因がわかって、やっと安心した。 どうやら私の制服姿がお眼鏡にかなわなかったわけではないようだ。 過保護すぎるように思うけれど、独占欲みたいなものを感じてちょっとだけ嬉しくなる。 「わかった……明日、学園長に返してくる」 「あ、返さなくていいッスよ」 「え?」 「オレの部屋で着るのは、大歓迎なんで」 「え」 「ほら、そろそろ部屋戻るッスよ 「え!!」 「大丈夫。 ちゃんとクリーニングはしとくんで」 「クリーニングってなんで…」 「いや〜制服ってやっぱ男のロマンッスねえ」 そのまま部屋に引きずり込まれた私は、深い学びを得た。
次のひょこひょこと動く頭部のお耳。 気分に合わせて揺れる尻尾。 垂れ目がちで愛嬌のある瞳。 「な~にそんなに見てるんスか監督生さん」 私が見つめていたことに気が付くと、こちらを見て目を細め口角を上げて笑う。 ふぁ、ふぁ、ファンサ~~~~~!!!!!!! マジフト大会が終わってから彼と話すことが増えたんだけど、もうほんっとうかわいい。 お詫びと称してご飯くれることもあるし、授業が一緒だったら話しかけてくれるしでもうほんとうかわいい……かわいい~~~!!!!! ラギー・ブッチ毎秒かわいすぎるずるい…… 「すき……」 「なんの話ッスか?」 「ラギー先輩がめちゃくちゃかわいすぎて見てるだけで好きって言いたくなる……かわいい……すき……」 「そんなに見るなら金貰うッスよ~?」 「……それだ!!!!!!!!!!」 私が突然叫んだものだから近くに居たラギー先輩はその身を大きく震わせた。 ご、ごめんよ……獣人聴覚いいのにこんな近くで大声出したら耳痛かったよねごめんね……。 いやでもこれから提案することはラギー先輩にとって悪い話じゃないから許してほしい。 そう思いながら私は口をゆっくりと開いた。 [newpage] 三馬鹿(私は含まないものとする)のお昼の誘いを断って、向かう先は植物園近くの彼と約束した場所。 進んでいくにつれてそこに腰掛けている人が居るのがはっきりと分かる。 やばっ! 急いだつもりだったけど待たせちゃってる!! 小走りから全速疾走へとシフトチェンジし、彼の元へとようやく辿り着けば咄嗟に言葉が出てこない。 た、体力がねぇ……! ぜえぜえと肩で息をしつつ、「す…ません、ラギ、せん、」と息も絶え絶えに言葉を紡げば彼は笑いながらコップを差し出してくれた。 「はいはいカントクセーくん。 午前の授業お疲れ様ッス。 ただでさえ疲れてるだろうに急いで来なくてもよかったんスよ?」 なんて言葉では言いつつも彼は満面の笑みだ。 まるで私が早く来てくれて嬉しいみたい。 もしそうならすごく嬉しいなあ。 私までにこにこと笑顔になりながら彼にコップを返す。 「お茶ありがとうございますラギー先輩……あれ? ラギー先輩?」 彼はなんだか不満そうな顔で私を見ている。 さっきの笑みはどこへやら。 今のこの短い時間でなにかやらかしてしまっただろうか。 うんうんと唸りながら首を傾げる。 ……やっぱり何が原因か分からない。 「わっ!?」 がぶり、なんて音を立てて鼻先を軽く噛まれる。 痛くはなかったけど、鼻を噛まれるというシチュエーションに思わず頬が火照る。 私のその様子に満足したのか先輩はまた笑顔に戻った。 あ~~~もうほんとうラギーくんずるい……!!!!! 「俺たち恋人同士なんスから。 ね?」 「ラギー、くん……ずるい、すき……すごいすき……」 「本当物好きッスよね~。 ……まあ俺もアンタのこと好きッスけど」 「ウグッ……ラギーくんのファンサがやばすぎて死にそういや死んだありがとうございました」 「はいはい馬鹿なこと言ってないでご飯食べてもらっていいッスか~?」 口を動かしつつも、彼は黄色い布で包まれたものをゆっくりと取り出し広げていく。 四角い箱の中にはカリっと揚げられた美味しそうな唐揚げ、ふわふわとしていて一口で食べられそうな卵焼き、魚介類が入っているグラタン、つやつやとしたミニトマトなどが入っていた。 「お弁当だ~~~!!!!」 「そうッスよ。 アンタ食べたいってこの前言ってたから。 まあここは腕によりをかけて作らせてもらったッスよ。 ちゃんと味わって食べてくださいよ~」 「ラギーくんが……ラギーくんが私のためにお弁当作ってくれた……」 「聞いてるッスか~?」 「聞いてるよ~~~~!!!!! めっちゃくちゃうれしい~~~~!!!!!」 「あ~……そうっすか。 ほら、アンタこれで食う方が楽なんでしょ」 「お箸もある~!!! えっ、めっちゃ至れり尽くせり……神様仏様ラギー様……」 「急に拝むのやめてほしいッス。 ほらそれより弁当開けたんだからさっさと食べる」 「え~?」 「せっかく保温の魔法使ってアンタに一番美味しいって思えるようにしたんスけど無駄になっちゃうんスかね~。 あ~あ」 「!?!?!??! 食べる!!!!」 「はいどうぞ。 召し上がれ」 「いただきます!」 彼の言葉に促されるまま、可愛い桜模様のお箸箱からピンク色のお箸を取り出してお弁当に手をかける。 まず真っ先に箸を伸ばしたのは唐揚げだ。 何を隠そう私は唐揚げがソウルフードといってもいいくらいに大好きなのだ。 彼と話している時にその話をしたから入れてくれたのかもしれない。 グラタンとか甘い卵焼きが好きとも言ったから、卵焼き甘いのかな~! 楽しみ~!! ふわふわと落ち着きない思考のまま唐揚げを一口齧る。 思った通り、皮はカリっとしていてお肉のところはすごいジューシーになっている。 お塩だけで味付けしてるのかな? でもそのおかげか、そこまで脂っこいと思わず程よい味付けで何個でも食べられそうだ。 「おいしい~!!! ラギーくんおいしいよ~!!!」 「はいはい。 アンタの顔見てたら分かるッスよ」 「卵焼きも甘い! 美味しい!!」 「甘いのが好きって言ってたのちゃ~んと覚えてましたから。 それくらいのが好きでしょ?」 「うん! あ~どれ食べても美味しい……美味しい……」 「ほ~んと幸せそうな顔で美味しそうに食べるんスから」 「だって美味しいもん!!」 「素直でお利口さんッスね~」 「あっ! 信じてないでしょ!? 心から言ってるんだからね!?」 「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ。 ちゃんと伝わってますから。 ほらこれ食べて」 「んぐっ……」 ラギーくんに口の中に放り込まれたものを咀嚼する。 これもまた唐揚げだけどお塩じゃなくて醤油で味付けされてる~!! こっちもこっちでおいしい……しあわせ……もっきゅもっきゅとにこにこしながら食べていると、ラギーくんがこっちを見て目を細めて笑っている。 なんだろう? 首を傾げると、小さく笑われる。 「口におべんとついてるッスよ」 口元に伸ばされた手がひょいと何かを掬ったかと思うと、そのまま彼の口元に運ばれる。 ……えっ?! 私は……一体何を見せられて……??? 「アンタって見てるだけでも面白いッスね」 「え!? もしかして私からかわれてました?!」 「さ~どうでしょう」 「うっ、悪戯っ子な笑みもかわいい……ずるい……すき……」 「はいはい。 俺も好きッスよ。 じゃあ次はこれ食べてみて」 「あー」 「イイコ」 やった~これあーんだ!!! ってテンション高くなりつつ言われるがままに口を開けたらまさかの「イイコ」発言で死んだが???? え、私今生きてる??? 死んでるでしょ???? あんなニヤッとした笑みでラギーくんからのイイコ呼びとかなに??? 突然のご褒美に死にそうだが???? いや死んだが?????? 頭の中がはてなでいっぱいになりながら、必死に咀嚼する。 ラギーくんのせっかく作ってくれたお弁当の味を忘れるなんてそんなことは絶対に嫌なので混乱で味が分からないなんてそんな馬鹿な真似はしないのである。 ファンの鑑なのだ。 今度はピーマンの肉詰めだな……牛ミンチの甘辛い味付け嫌いじゃないむしろ好き!! お野菜も一緒に食べれるしラギーくん本当料理上手嫁に来て。 せわしなくラギーくん(とお弁当)のことを考えている私にせっせとせっせと餌付けのように次から次へとおかずを口に入れてくるラギーくん。 っていやちょっと待って!? 両手を顔の前に掲げ、ストップと身体で表すと次のおかずを取ろうとしていた手を止めてくれる。 「どうしたんスか?」 「いやどうしたもなにも! 先輩、私に食べさせてばっかりで全然食べてないじゃないですか」 「あー……ほんとッスね?」 「ラギー先輩が食べさせてくれるのは身に余る光栄なんですけど、でもやっぱり先輩にもご飯食べてほしいです!!! ラギーくんご飯いっぱい食べて……」 「なんスかそれ」 「推しに対する素直な気持ちです」 「はいはい。 じゃあ次これッスね」 「もぐ……!?」 「どうどう。 ちゃんと俺も食べたッスよ。 それに胸……じゃなくて、今日はお腹がいっぱいなんで監督生くんが食べてるのを見てたい気分なんスよね~」 「……本当ですか?」 「本当ッス。 俺にこうされるのイヤ?」 「……いやじゃないですぅぅうぅ!!!!!」 「シシシ、本当アンタって分かりやすい」 笑いながらまた餌付けタイムに戻る。 若干気恥ずかしくはあるけれど、私は嬉しいし幸せだけど、ラギー先輩は本当に大丈夫なのかな? 口を動かしながら横目で彼を窺うと、「んー?」なんて優しい声で返される。 えっっっっっっ……好き……好きだが……?????? ラギー先輩の一挙一動に心揺れ動かされまくりだしお弁当美味しいしで幸せ過ぎてやばい……。 ドーパミンやらセロトニンやらがどぱどぱ出てる自信ある……。 内心で彼を拝みながら食べさせてもらうという幸せタイムを漫喫していたが、楽しい時間というものは必ず終わりが来るもので彼が今最後のデザートであるりんごをそっと口に入れてくれた。 うさぎさんにりんご切ってくれてた……かわいい……でも口に運ぶときは皮嫌いかなって云う恐らく親切心からりんごだけにしてくれてた……うさぎさん……いやでも皮嫌いだから有難い……細かいところまで気が利くラギー・ブッチやばい。 推す……いや推してたわ……。 最後の一口までしっかりと味わう。 「ごちそうさまでした! 美味しかったです!!」 「見てるだけで伝わってきたッスよ、ホント。 喜んでもらえたならなによりッス」 「あの、えっと、そのよければなんですけど……あっ、やっぱりなんでもないです」 言いかけた言葉を飲み込む。 ここまでやってもらったのにお願いするのは厚かましい話だ。 「すみませんラギーせんぱ、」 「嘘吐く悪い子は食べちゃうッスよ~」 「っっ!?!?!?!?」 隣に座っていたラギー先輩が突然私の首元に顔を埋めた。 かと思うと、ざらついた舌がべろりと首を舐め上げた。 ネコの舌みたいなその感覚に耐え切れず「ひゃっ!?」と声が上がる。 彼はそのまま舐め上げたそこをがぶがぶと甘噛みする。 「ら、らぎーせんぱい!?!」 「ほんとはなんて言いたかったんスか~」 「ほ、んとは、ひっ、あの、おべんと、また、作ってほしくて、」 「うんうん。 ちゃんと言えて監督生くんはイイコっすね~」 「んっ、じゃ、あ、なんでまだ、ひゃ、その、舐めたり噛んだりするんですか……!?」 「ん~? ほら、また敬語使ってたじゃないッスか。 だから、お仕置きみたいな?」 「うっ」 「監督生くん美味しいッスね……」 首元から聞こえるその声がいつもより低くて甘い。 美味しいってなに、美味しいってなに!!?!?!? これ以上ラギーくんの傍に居たらなんかダメだと思った私は急いで謝った。 「ラギーくんごめんなさい~~~!!!!」 「ん……まあ、しょうがないから許してあげるッス」 「ありがとう~~~~!!!! あ~……心臓がやばかった……」 「俺にどきどきしちゃいました? あっ」 そこで言葉を区切ると、ラギーくんはまた私の耳元に顔を寄せてきた。 焦ってるラギーくんの声を聴きながらそっと意識を手放した。 [newpage] 次からラギー視点のお話だったり小話。 最後に人物設定とあとがき [newpage] 「レンタル彼氏になってください!!!!!!!!!」 「は?」 [newpage] 馬鹿みたいな提案をしてきた監督生だったが、その提案を面白いと思った自分もなかなかに頭のねじが飛んでいる。 まあでも面白いと思ったのは確かだったし、マドルもくれるというなら否はない。 なんせ提案こそ違えど、スラムでも似たようなことを言ってきた連中はいたからだ。 紅一点の監督生、お人好しで優しいともてはやされても中身は結局そこら辺に居る雌と同じ。 まあ絞るだけ絞ってポイすりゃいいッスかね~。 そんな風に思っていたのだが、この監督生今までの雌と同じどころか全く違った。 まず名前で呼ぼうとしただけでも、「ふぁ、ふぁんさ、神……! いやまだそういうのは慣れてないので監督生で大丈夫です!」だし、キスの一つも望むかと思えば、自分を見つめて満足そうに微笑むばかりである。 これでお金を渡されるのはなんだか……いやすごく楽なのだが、対価が合ってない気がして変に気分が悪い。 「監督生くんはなんかしたいこととかないんスか?」 「したいこと、ですか?」 ある日我慢しきれずにそう言ったところ、監督生は目を丸くして驚いた。 本人としては既に満足なのだろうけど、俺の方を見て、ただ愛しそうに微笑むだけなんて居心地が悪いのなんの。 無償で捧げられる、いや、むしろお金をもらって無償の愛を捧げられているようで変な感じなのだ。 この気持ちを解消できるなら多少のことはやってやろうと思っている。 「んー……え、えっと、じゃあ、ラギー先輩隣に座ってもいいですか?」 「もちろん」 「じゃあ、失礼します」 いつもは対面に座る彼女。 始めて肩を並べて座ると、ふわりと甘い香りがした。 お菓子や花とは違う甘い匂い。 彼女自身の匂いだろうか、と思ったところで首を大きく振って思考を振り払う。 監督生のことなんてどうでもいいのに、ついついそんなこと考えちゃうんだから女の子っていうのはやっぱりやばい。 気持ちを落ち着かせながら監督生の言葉を待っていると、照れているのか、少し顔を赤くしながら指を落ち着かなそうに動かしている。 「他には?」 「あの、その、おみみ触ってもいいですか?」 「耳? まあ、いいッスけど」 「やったー! じゃなくて、その、ありがとうございます! わ、もふもふだ~!」 彼女が手を伸ばして俺の耳に触る。 どうなっているのかという好奇心からくるものだろうから、無遠慮に触られるものかと身構えていたがそんなことはなかった。 優しく、まるで宝物を触るかのような優しい手つきで耳に触れられる。 耳の先から根元に向かって優しく撫でたかと思うと、探るように中の耳毛を触ってみたり、でも、ずっと俺の様子も軽く伺いながら。 嫌がったらすぐに止めようと思っているのだろうが、嫌なんて思ってない。 むしろずっとそうして欲しいくらいに気持ちがいい。 撫でられることもなくはないけれど、こんなにも優しく、自分に触れていることが楽しい、幸せだと全面に出している人なんて居なかった。 少し涙で目元が歪む。 誤魔化すように「ン~……なんだか眠くなってきたッス」と言ってみる。 優しい彼女のことだ。 「ごめんなさい」と言いながら手を離すだろうと思った。 思っていたのだが、「え、あ、じゃあよければ膝どうぞ!」とぽんぽんと自分の膝を叩く始末である。 えっ……えっ?!?!?!? 俺の動揺なんて分かっちゃいないのか、監督生は首まで傾げている。 アンタ自分が男子校唯一の女の子だって自覚して……! 俺だって男ッスよ!?!? という気持ちがなくもないが、せっかくの好機をハイエナが逃がすわけもなく。 「失礼するッス」 「寝づらかったらすみません」 寝づらいなんてそんなこと全くなかった。 程よい肉付きの太ももは枕にちょうど良い柔らかさだと思う。 でも、寝れるかと言ったら話は別だ。 この枕柔らかいだけじゃなくて、女の子の匂いするし、少し顔を上げたら彼女の胸部で主張してるものが視界に入るし、手を太ももに置いていいのかどうかもすごい悩むし、幸せだけどどうしていいのかわかんないッスよこれ……! 手を若干浮かしながら動けずにいると、彼女がまた耳を触る。 今度は耳だけじゃなくて、頭も撫でるところに含まれていた。 だけどやっぱり撫でる手つきが優しいのは変わらなくて。 こんなの、好きになっちゃうじゃないッスか……。 彼女から搾り取るだけ搾り取ってやろうと思っていた思考はどこへやら。 この日ラギー・ブッチは人生で初めて金銭の絡まない恋に落ちたのだった。 [newpage] [chapter:バイト] (レンタル彼氏を頼む前) 「おっ、今日は監督生さんもモストロでバイトッスか」 「そうです! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」 「難しい言葉知ってるんスね~。 まあ、ミスしてもフォローするんで肩の力抜いてやりましょ。 そんなんじゃ却って失敗しちゃうッスよ~」 「! ありがとうございますラギー先輩!」 「いえいえ~。 あっ、賄いなにがいいッスか?」 「賄い、ですか?」 「そーそー。 結構監督生さん食べるの好きッスよね? ご褒美……とまではいかないかもしれないんスけど、好きなもの今日は作るッスよ?」 「え、あ、じゃあグラタンとかでもいいですか……?」 「りょーかい。 バイト終わりをお楽しみに」 「楽しみです。 ラギー先輩本当にありがとうございます!」 [newpage] [chapter:好きなもの] 「ラギー先輩の好きなものってなんですか?」 「俺の好きなものッスか? ドーナツが好きッス」 「ウッ……ドーナツ好きなラギー先輩かわ……天使じゃん……愛した……」 「はいはい知ってるッス。 監督生くんはなにが好きなんスか?」 「唐揚げ好きです!」 「へ~唐揚げッスか」 「あっ、今女子らしくないって思いましたよね?! でもいいんです。 好きなものには正直に生きていきますから……」 「思ってないから大丈夫っすよ~」 「あっ、あと、グラタンとかクリームシチューみたいな白いのも好きです!」 「ぶっ!!?」 「うわっ!? ラギー先輩なんですか!?」 「いやこっちがなんですかッスよびっくりした!」 「え?」 「え? ……いややっぱなんでもないッス」 「えーー!?!?!? なんなんですか!?!??」 「なんでもないんで忘れてほしいッス……」 [newpage] [chapter:先輩じゃなくて] 「ラギー先輩」 「それ」 「?」 「やめません?」 「……! ラギー様!!」 「ちがう!!!!!!」 「いたっ! 暴力反対です~」 「そんなに強くしてないから許してほしいッス。 いやでも痛かったっすかね?」 「……ちょっと痛かったです」 「あ~~~(女の子ですもんね~~~)」 「先輩?」 「いや、悪かったって思って。 おまじないみたいなもんッスけど……Pain pain go away」 「お……おお! 痛いのどっか行きました!」 「それならよかったッス」 「ありがとうございます先輩!」 「礼ならいらな……そうっすねもらいましょうか」 「えっ……」 「ステイステイ。 監督生くんそっとお財布からマドルを取り出そうとするのはやめるッス」 「だってお礼……」 「いや気持ちは嬉しいんスけどね? そうじゃなくてね?」 「じゃあなんですか?」 「先輩って言うのやめません?」 「へ?」 「だって今の監督生くんと俺って恋人同士、なんですよね?」 「そ! そう、ですね……」 「(真っ赤になってんのかわいい)」 「じゃ、じゃあ、ラギーくん、でいいですか?」 「敬語もなしで」 「わか……った!」 「うんうん。 監督生くんはいいこッスね~」 「ラギーくんに褒められた!! 今日はいいことあったな~!!」 「(幼女みたいッスねこの子ほんとう無防備。 かわいい)」 「ラギーくん?」 「んーん。 でも恋愛感情ではない。 ラギーのお金とるッスよ発言で「それじゃん!?!?!?!?」と天啓を得た。 現世でも推しに貢いでいた。 推しに貢げる幸せ……。 ラギーからの気持ちには一切気付いてないし、むしろ(日に日にファンサが増えていく……ラギーくんファンサぱねぇ~~~~!!!! 推す~~~いや推してた~~~!!!!)ってなってる。 脳内も発言もいつでもやかましい。 呼び方はラギー先輩からラギーくんに変わった。 ラギーくんにはちゃんとマドル渡してる。 マドルはバイトで稼いだもの。 サムさんのところだったり、モストロ・ラウンジでも働いている。 最近はレンタル彼氏を頼んでない日もラギーの距離が近かったり、彼氏みたいな態度をとられてひょえぇえええ~!?!?!?ってなってる。 脳がバグるのでやめてくださいもっとやってください!!!!!!(????) ラギー 恋愛の真似事したらお金もらえるってラッキーという思考だった。 下町育ちだからそういうことには慣れてるし、何要求してきても大体は応えようとは思ってた(金銭は跳ね上がるが) しかし監督生にそういう邪な気持ちは一切なく、推しを拝みたい、もしよければ頑張ってる推しをヨシヨシしたいという気持ちだった。 無償の愛にやられた。 自分に対する監督生の気持ちが愛でも恋でもないことには後々気付くも、「俺の顔が好きって言ってるんスから、押したら堕ちてくれますよね?」って思ってる。 呼び方は監督生さんから監督生くん、アンタなど親しみのあるものに変わった。 本当は名前で呼びたい。 [newpage] [chapter:あとがき] レンタル彼氏ラギーくん。 お読みくださってありがとうございました。 好き好き好きーー!!!!!っていうものの、相手に対しては一切恋愛感情無く、相手が恋愛感情として「好き」と言っても「私も好きー!(恋愛感情ない)」が性癖なのでとうとう書きました。 最初の犠牲者はラギーくん君に決めた!!!! 続きはアズール相手で書くかまたラギーくんで書くか、はたまた全く違うものを書くか未定です!!!!!(大声) ここまで読んでくださってありがとうございました!.
次のひょこひょこと動く頭部のお耳。 気分に合わせて揺れる尻尾。 垂れ目がちで愛嬌のある瞳。 「な~にそんなに見てるんスか監督生さん」 私が見つめていたことに気が付くと、こちらを見て目を細め口角を上げて笑う。 ふぁ、ふぁ、ファンサ~~~~~!!!!!!! マジフト大会が終わってから彼と話すことが増えたんだけど、もうほんっとうかわいい。 お詫びと称してご飯くれることもあるし、授業が一緒だったら話しかけてくれるしでもうほんとうかわいい……かわいい~~~!!!!! ラギー・ブッチ毎秒かわいすぎるずるい…… 「すき……」 「なんの話ッスか?」 「ラギー先輩がめちゃくちゃかわいすぎて見てるだけで好きって言いたくなる……かわいい……すき……」 「そんなに見るなら金貰うッスよ~?」 「……それだ!!!!!!!!!!」 私が突然叫んだものだから近くに居たラギー先輩はその身を大きく震わせた。 ご、ごめんよ……獣人聴覚いいのにこんな近くで大声出したら耳痛かったよねごめんね……。 いやでもこれから提案することはラギー先輩にとって悪い話じゃないから許してほしい。 そう思いながら私は口をゆっくりと開いた。 [newpage] 三馬鹿(私は含まないものとする)のお昼の誘いを断って、向かう先は植物園近くの彼と約束した場所。 進んでいくにつれてそこに腰掛けている人が居るのがはっきりと分かる。 やばっ! 急いだつもりだったけど待たせちゃってる!! 小走りから全速疾走へとシフトチェンジし、彼の元へとようやく辿り着けば咄嗟に言葉が出てこない。 た、体力がねぇ……! ぜえぜえと肩で息をしつつ、「す…ません、ラギ、せん、」と息も絶え絶えに言葉を紡げば彼は笑いながらコップを差し出してくれた。 「はいはいカントクセーくん。 午前の授業お疲れ様ッス。 ただでさえ疲れてるだろうに急いで来なくてもよかったんスよ?」 なんて言葉では言いつつも彼は満面の笑みだ。 まるで私が早く来てくれて嬉しいみたい。 もしそうならすごく嬉しいなあ。 私までにこにこと笑顔になりながら彼にコップを返す。 「お茶ありがとうございますラギー先輩……あれ? ラギー先輩?」 彼はなんだか不満そうな顔で私を見ている。 さっきの笑みはどこへやら。 今のこの短い時間でなにかやらかしてしまっただろうか。 うんうんと唸りながら首を傾げる。 ……やっぱり何が原因か分からない。 「わっ!?」 がぶり、なんて音を立てて鼻先を軽く噛まれる。 痛くはなかったけど、鼻を噛まれるというシチュエーションに思わず頬が火照る。 私のその様子に満足したのか先輩はまた笑顔に戻った。 あ~~~もうほんとうラギーくんずるい……!!!!! 「俺たち恋人同士なんスから。 ね?」 「ラギー、くん……ずるい、すき……すごいすき……」 「本当物好きッスよね~。 ……まあ俺もアンタのこと好きッスけど」 「ウグッ……ラギーくんのファンサがやばすぎて死にそういや死んだありがとうございました」 「はいはい馬鹿なこと言ってないでご飯食べてもらっていいッスか~?」 口を動かしつつも、彼は黄色い布で包まれたものをゆっくりと取り出し広げていく。 四角い箱の中にはカリっと揚げられた美味しそうな唐揚げ、ふわふわとしていて一口で食べられそうな卵焼き、魚介類が入っているグラタン、つやつやとしたミニトマトなどが入っていた。 「お弁当だ~~~!!!!」 「そうッスよ。 アンタ食べたいってこの前言ってたから。 まあここは腕によりをかけて作らせてもらったッスよ。 ちゃんと味わって食べてくださいよ~」 「ラギーくんが……ラギーくんが私のためにお弁当作ってくれた……」 「聞いてるッスか~?」 「聞いてるよ~~~~!!!!! めっちゃくちゃうれしい~~~~!!!!!」 「あ~……そうっすか。 ほら、アンタこれで食う方が楽なんでしょ」 「お箸もある~!!! えっ、めっちゃ至れり尽くせり……神様仏様ラギー様……」 「急に拝むのやめてほしいッス。 ほらそれより弁当開けたんだからさっさと食べる」 「え~?」 「せっかく保温の魔法使ってアンタに一番美味しいって思えるようにしたんスけど無駄になっちゃうんスかね~。 あ~あ」 「!?!?!??! 食べる!!!!」 「はいどうぞ。 召し上がれ」 「いただきます!」 彼の言葉に促されるまま、可愛い桜模様のお箸箱からピンク色のお箸を取り出してお弁当に手をかける。 まず真っ先に箸を伸ばしたのは唐揚げだ。 何を隠そう私は唐揚げがソウルフードといってもいいくらいに大好きなのだ。 彼と話している時にその話をしたから入れてくれたのかもしれない。 グラタンとか甘い卵焼きが好きとも言ったから、卵焼き甘いのかな~! 楽しみ~!! ふわふわと落ち着きない思考のまま唐揚げを一口齧る。 思った通り、皮はカリっとしていてお肉のところはすごいジューシーになっている。 お塩だけで味付けしてるのかな? でもそのおかげか、そこまで脂っこいと思わず程よい味付けで何個でも食べられそうだ。 「おいしい~!!! ラギーくんおいしいよ~!!!」 「はいはい。 アンタの顔見てたら分かるッスよ」 「卵焼きも甘い! 美味しい!!」 「甘いのが好きって言ってたのちゃ~んと覚えてましたから。 それくらいのが好きでしょ?」 「うん! あ~どれ食べても美味しい……美味しい……」 「ほ~んと幸せそうな顔で美味しそうに食べるんスから」 「だって美味しいもん!!」 「素直でお利口さんッスね~」 「あっ! 信じてないでしょ!? 心から言ってるんだからね!?」 「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ。 ちゃんと伝わってますから。 ほらこれ食べて」 「んぐっ……」 ラギーくんに口の中に放り込まれたものを咀嚼する。 これもまた唐揚げだけどお塩じゃなくて醤油で味付けされてる~!! こっちもこっちでおいしい……しあわせ……もっきゅもっきゅとにこにこしながら食べていると、ラギーくんがこっちを見て目を細めて笑っている。 なんだろう? 首を傾げると、小さく笑われる。 「口におべんとついてるッスよ」 口元に伸ばされた手がひょいと何かを掬ったかと思うと、そのまま彼の口元に運ばれる。 ……えっ?! 私は……一体何を見せられて……??? 「アンタって見てるだけでも面白いッスね」 「え!? もしかして私からかわれてました?!」 「さ~どうでしょう」 「うっ、悪戯っ子な笑みもかわいい……ずるい……すき……」 「はいはい。 俺も好きッスよ。 じゃあ次はこれ食べてみて」 「あー」 「イイコ」 やった~これあーんだ!!! ってテンション高くなりつつ言われるがままに口を開けたらまさかの「イイコ」発言で死んだが???? え、私今生きてる??? 死んでるでしょ???? あんなニヤッとした笑みでラギーくんからのイイコ呼びとかなに??? 突然のご褒美に死にそうだが???? いや死んだが?????? 頭の中がはてなでいっぱいになりながら、必死に咀嚼する。 ラギーくんのせっかく作ってくれたお弁当の味を忘れるなんてそんなことは絶対に嫌なので混乱で味が分からないなんてそんな馬鹿な真似はしないのである。 ファンの鑑なのだ。 今度はピーマンの肉詰めだな……牛ミンチの甘辛い味付け嫌いじゃないむしろ好き!! お野菜も一緒に食べれるしラギーくん本当料理上手嫁に来て。 せわしなくラギーくん(とお弁当)のことを考えている私にせっせとせっせと餌付けのように次から次へとおかずを口に入れてくるラギーくん。 っていやちょっと待って!? 両手を顔の前に掲げ、ストップと身体で表すと次のおかずを取ろうとしていた手を止めてくれる。 「どうしたんスか?」 「いやどうしたもなにも! 先輩、私に食べさせてばっかりで全然食べてないじゃないですか」 「あー……ほんとッスね?」 「ラギー先輩が食べさせてくれるのは身に余る光栄なんですけど、でもやっぱり先輩にもご飯食べてほしいです!!! ラギーくんご飯いっぱい食べて……」 「なんスかそれ」 「推しに対する素直な気持ちです」 「はいはい。 じゃあ次これッスね」 「もぐ……!?」 「どうどう。 ちゃんと俺も食べたッスよ。 それに胸……じゃなくて、今日はお腹がいっぱいなんで監督生くんが食べてるのを見てたい気分なんスよね~」 「……本当ですか?」 「本当ッス。 俺にこうされるのイヤ?」 「……いやじゃないですぅぅうぅ!!!!!」 「シシシ、本当アンタって分かりやすい」 笑いながらまた餌付けタイムに戻る。 若干気恥ずかしくはあるけれど、私は嬉しいし幸せだけど、ラギー先輩は本当に大丈夫なのかな? 口を動かしながら横目で彼を窺うと、「んー?」なんて優しい声で返される。 えっっっっっっ……好き……好きだが……?????? ラギー先輩の一挙一動に心揺れ動かされまくりだしお弁当美味しいしで幸せ過ぎてやばい……。 ドーパミンやらセロトニンやらがどぱどぱ出てる自信ある……。 内心で彼を拝みながら食べさせてもらうという幸せタイムを漫喫していたが、楽しい時間というものは必ず終わりが来るもので彼が今最後のデザートであるりんごをそっと口に入れてくれた。 うさぎさんにりんご切ってくれてた……かわいい……でも口に運ぶときは皮嫌いかなって云う恐らく親切心からりんごだけにしてくれてた……うさぎさん……いやでも皮嫌いだから有難い……細かいところまで気が利くラギー・ブッチやばい。 推す……いや推してたわ……。 最後の一口までしっかりと味わう。 「ごちそうさまでした! 美味しかったです!!」 「見てるだけで伝わってきたッスよ、ホント。 喜んでもらえたならなによりッス」 「あの、えっと、そのよければなんですけど……あっ、やっぱりなんでもないです」 言いかけた言葉を飲み込む。 ここまでやってもらったのにお願いするのは厚かましい話だ。 「すみませんラギーせんぱ、」 「嘘吐く悪い子は食べちゃうッスよ~」 「っっ!?!?!?!?」 隣に座っていたラギー先輩が突然私の首元に顔を埋めた。 かと思うと、ざらついた舌がべろりと首を舐め上げた。 ネコの舌みたいなその感覚に耐え切れず「ひゃっ!?」と声が上がる。 彼はそのまま舐め上げたそこをがぶがぶと甘噛みする。 「ら、らぎーせんぱい!?!」 「ほんとはなんて言いたかったんスか~」 「ほ、んとは、ひっ、あの、おべんと、また、作ってほしくて、」 「うんうん。 ちゃんと言えて監督生くんはイイコっすね~」 「んっ、じゃ、あ、なんでまだ、ひゃ、その、舐めたり噛んだりするんですか……!?」 「ん~? ほら、また敬語使ってたじゃないッスか。 だから、お仕置きみたいな?」 「うっ」 「監督生くん美味しいッスね……」 首元から聞こえるその声がいつもより低くて甘い。 美味しいってなに、美味しいってなに!!?!?!? これ以上ラギーくんの傍に居たらなんかダメだと思った私は急いで謝った。 「ラギーくんごめんなさい~~~!!!!」 「ん……まあ、しょうがないから許してあげるッス」 「ありがとう~~~~!!!! あ~……心臓がやばかった……」 「俺にどきどきしちゃいました? あっ」 そこで言葉を区切ると、ラギーくんはまた私の耳元に顔を寄せてきた。 焦ってるラギーくんの声を聴きながらそっと意識を手放した。 [newpage] 次からラギー視点のお話だったり小話。 最後に人物設定とあとがき [newpage] 「レンタル彼氏になってください!!!!!!!!!」 「は?」 [newpage] 馬鹿みたいな提案をしてきた監督生だったが、その提案を面白いと思った自分もなかなかに頭のねじが飛んでいる。 まあでも面白いと思ったのは確かだったし、マドルもくれるというなら否はない。 なんせ提案こそ違えど、スラムでも似たようなことを言ってきた連中はいたからだ。 紅一点の監督生、お人好しで優しいともてはやされても中身は結局そこら辺に居る雌と同じ。 まあ絞るだけ絞ってポイすりゃいいッスかね~。 そんな風に思っていたのだが、この監督生今までの雌と同じどころか全く違った。 まず名前で呼ぼうとしただけでも、「ふぁ、ふぁんさ、神……! いやまだそういうのは慣れてないので監督生で大丈夫です!」だし、キスの一つも望むかと思えば、自分を見つめて満足そうに微笑むばかりである。 これでお金を渡されるのはなんだか……いやすごく楽なのだが、対価が合ってない気がして変に気分が悪い。 「監督生くんはなんかしたいこととかないんスか?」 「したいこと、ですか?」 ある日我慢しきれずにそう言ったところ、監督生は目を丸くして驚いた。 本人としては既に満足なのだろうけど、俺の方を見て、ただ愛しそうに微笑むだけなんて居心地が悪いのなんの。 無償で捧げられる、いや、むしろお金をもらって無償の愛を捧げられているようで変な感じなのだ。 この気持ちを解消できるなら多少のことはやってやろうと思っている。 「んー……え、えっと、じゃあ、ラギー先輩隣に座ってもいいですか?」 「もちろん」 「じゃあ、失礼します」 いつもは対面に座る彼女。 始めて肩を並べて座ると、ふわりと甘い香りがした。 お菓子や花とは違う甘い匂い。 彼女自身の匂いだろうか、と思ったところで首を大きく振って思考を振り払う。 監督生のことなんてどうでもいいのに、ついついそんなこと考えちゃうんだから女の子っていうのはやっぱりやばい。 気持ちを落ち着かせながら監督生の言葉を待っていると、照れているのか、少し顔を赤くしながら指を落ち着かなそうに動かしている。 「他には?」 「あの、その、おみみ触ってもいいですか?」 「耳? まあ、いいッスけど」 「やったー! じゃなくて、その、ありがとうございます! わ、もふもふだ~!」 彼女が手を伸ばして俺の耳に触る。 どうなっているのかという好奇心からくるものだろうから、無遠慮に触られるものかと身構えていたがそんなことはなかった。 優しく、まるで宝物を触るかのような優しい手つきで耳に触れられる。 耳の先から根元に向かって優しく撫でたかと思うと、探るように中の耳毛を触ってみたり、でも、ずっと俺の様子も軽く伺いながら。 嫌がったらすぐに止めようと思っているのだろうが、嫌なんて思ってない。 むしろずっとそうして欲しいくらいに気持ちがいい。 撫でられることもなくはないけれど、こんなにも優しく、自分に触れていることが楽しい、幸せだと全面に出している人なんて居なかった。 少し涙で目元が歪む。 誤魔化すように「ン~……なんだか眠くなってきたッス」と言ってみる。 優しい彼女のことだ。 「ごめんなさい」と言いながら手を離すだろうと思った。 思っていたのだが、「え、あ、じゃあよければ膝どうぞ!」とぽんぽんと自分の膝を叩く始末である。 えっ……えっ?!?!?!? 俺の動揺なんて分かっちゃいないのか、監督生は首まで傾げている。 アンタ自分が男子校唯一の女の子だって自覚して……! 俺だって男ッスよ!?!? という気持ちがなくもないが、せっかくの好機をハイエナが逃がすわけもなく。 「失礼するッス」 「寝づらかったらすみません」 寝づらいなんてそんなこと全くなかった。 程よい肉付きの太ももは枕にちょうど良い柔らかさだと思う。 でも、寝れるかと言ったら話は別だ。 この枕柔らかいだけじゃなくて、女の子の匂いするし、少し顔を上げたら彼女の胸部で主張してるものが視界に入るし、手を太ももに置いていいのかどうかもすごい悩むし、幸せだけどどうしていいのかわかんないッスよこれ……! 手を若干浮かしながら動けずにいると、彼女がまた耳を触る。 今度は耳だけじゃなくて、頭も撫でるところに含まれていた。 だけどやっぱり撫でる手つきが優しいのは変わらなくて。 こんなの、好きになっちゃうじゃないッスか……。 彼女から搾り取るだけ搾り取ってやろうと思っていた思考はどこへやら。 この日ラギー・ブッチは人生で初めて金銭の絡まない恋に落ちたのだった。 [newpage] [chapter:バイト] (レンタル彼氏を頼む前) 「おっ、今日は監督生さんもモストロでバイトッスか」 「そうです! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」 「難しい言葉知ってるんスね~。 まあ、ミスしてもフォローするんで肩の力抜いてやりましょ。 そんなんじゃ却って失敗しちゃうッスよ~」 「! ありがとうございますラギー先輩!」 「いえいえ~。 あっ、賄いなにがいいッスか?」 「賄い、ですか?」 「そーそー。 結構監督生さん食べるの好きッスよね? ご褒美……とまではいかないかもしれないんスけど、好きなもの今日は作るッスよ?」 「え、あ、じゃあグラタンとかでもいいですか……?」 「りょーかい。 バイト終わりをお楽しみに」 「楽しみです。 ラギー先輩本当にありがとうございます!」 [newpage] [chapter:好きなもの] 「ラギー先輩の好きなものってなんですか?」 「俺の好きなものッスか? ドーナツが好きッス」 「ウッ……ドーナツ好きなラギー先輩かわ……天使じゃん……愛した……」 「はいはい知ってるッス。 監督生くんはなにが好きなんスか?」 「唐揚げ好きです!」 「へ~唐揚げッスか」 「あっ、今女子らしくないって思いましたよね?! でもいいんです。 好きなものには正直に生きていきますから……」 「思ってないから大丈夫っすよ~」 「あっ、あと、グラタンとかクリームシチューみたいな白いのも好きです!」 「ぶっ!!?」 「うわっ!? ラギー先輩なんですか!?」 「いやこっちがなんですかッスよびっくりした!」 「え?」 「え? ……いややっぱなんでもないッス」 「えーー!?!?!? なんなんですか!?!??」 「なんでもないんで忘れてほしいッス……」 [newpage] [chapter:先輩じゃなくて] 「ラギー先輩」 「それ」 「?」 「やめません?」 「……! ラギー様!!」 「ちがう!!!!!!」 「いたっ! 暴力反対です~」 「そんなに強くしてないから許してほしいッス。 いやでも痛かったっすかね?」 「……ちょっと痛かったです」 「あ~~~(女の子ですもんね~~~)」 「先輩?」 「いや、悪かったって思って。 おまじないみたいなもんッスけど……Pain pain go away」 「お……おお! 痛いのどっか行きました!」 「それならよかったッス」 「ありがとうございます先輩!」 「礼ならいらな……そうっすねもらいましょうか」 「えっ……」 「ステイステイ。 監督生くんそっとお財布からマドルを取り出そうとするのはやめるッス」 「だってお礼……」 「いや気持ちは嬉しいんスけどね? そうじゃなくてね?」 「じゃあなんですか?」 「先輩って言うのやめません?」 「へ?」 「だって今の監督生くんと俺って恋人同士、なんですよね?」 「そ! そう、ですね……」 「(真っ赤になってんのかわいい)」 「じゃ、じゃあ、ラギーくん、でいいですか?」 「敬語もなしで」 「わか……った!」 「うんうん。 監督生くんはいいこッスね~」 「ラギーくんに褒められた!! 今日はいいことあったな~!!」 「(幼女みたいッスねこの子ほんとう無防備。 かわいい)」 「ラギーくん?」 「んーん。 でも恋愛感情ではない。 ラギーのお金とるッスよ発言で「それじゃん!?!?!?!?」と天啓を得た。 現世でも推しに貢いでいた。 推しに貢げる幸せ……。 ラギーからの気持ちには一切気付いてないし、むしろ(日に日にファンサが増えていく……ラギーくんファンサぱねぇ~~~~!!!! 推す~~~いや推してた~~~!!!!)ってなってる。 脳内も発言もいつでもやかましい。 呼び方はラギー先輩からラギーくんに変わった。 ラギーくんにはちゃんとマドル渡してる。 マドルはバイトで稼いだもの。 サムさんのところだったり、モストロ・ラウンジでも働いている。 最近はレンタル彼氏を頼んでない日もラギーの距離が近かったり、彼氏みたいな態度をとられてひょえぇえええ~!?!?!?ってなってる。 脳がバグるのでやめてくださいもっとやってください!!!!!!(????) ラギー 恋愛の真似事したらお金もらえるってラッキーという思考だった。 下町育ちだからそういうことには慣れてるし、何要求してきても大体は応えようとは思ってた(金銭は跳ね上がるが) しかし監督生にそういう邪な気持ちは一切なく、推しを拝みたい、もしよければ頑張ってる推しをヨシヨシしたいという気持ちだった。 無償の愛にやられた。 自分に対する監督生の気持ちが愛でも恋でもないことには後々気付くも、「俺の顔が好きって言ってるんスから、押したら堕ちてくれますよね?」って思ってる。 呼び方は監督生さんから監督生くん、アンタなど親しみのあるものに変わった。 本当は名前で呼びたい。 [newpage] [chapter:あとがき] レンタル彼氏ラギーくん。 お読みくださってありがとうございました。 好き好き好きーー!!!!!っていうものの、相手に対しては一切恋愛感情無く、相手が恋愛感情として「好き」と言っても「私も好きー!(恋愛感情ない)」が性癖なのでとうとう書きました。 最初の犠牲者はラギーくん君に決めた!!!! 続きはアズール相手で書くかまたラギーくんで書くか、はたまた全く違うものを書くか未定です!!!!!(大声) ここまで読んでくださってありがとうございました!.
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